それは幾度となく夢見た戦い。 焦がれたのではなく、文字通りに、夢として見た戦い。 眼前を覆い尽くすのは、逆しまの魔女。 対抗するのは、魔法少女。 今回のそれは、暁美ほむらただ一人。 夢を見る者……鹿目まどかが知る中で、一番苛烈な戦いだ。 あまりにも強大な魔女に、個人とは信じられないような物量で対抗するほむら。 だが、それなのに。 その数多の物量が、彼の魔女には何の役にも立たなかった。 打ち据えられるほむら。 夢の中のまどかは――そう、夢を見ているまどかは、この光景を映画かアニメのように、俯瞰した第三者の目で見ているのだ――倒れたほむらに駆け寄る。 会話しているようなのだが、その言葉は聞こえない。 そして、登場人物のまどかは、キュゥべえを前に願いを掛ける。 ここまでは何度か見ていた。 だが、今回の夢では、少し違うことがあった。 いつもなら聞こえないはずの声が、聞こえる。聞こえてくる。 まどかは知りたかった。 まどかが何度か見た夢で、この夢でだけはまどかは魔女にならないのだ。 まどかが魔法少女として戦った夢だと、たいていワルプルギスの夜を倒すと同時に、心が絶望に満たされたまま意識が飛んで目が覚める。 ああ、魔女になっちゃったんだ、と、何となくだが判る。 だがこの夢の時だけは、ワルプルギスの夜を撃破する前に何かがある。そこの辺りはどうしても憶えていられない。まどかの感覚だと、憶えていられないというより、ごちゃごちゃしすぎて判らなくなるみたいだ。 何か自分が同時に100の言葉で100人相手に同時にしゃべっているような気分になる。 そしてそのままワルプルギスの夜が倒れ、ほむらを救ったところで目が覚めるのがいつものパターン。 だが。 いつもは聞こえないまどかの声が、今日はかすかに聞き取れそうだった。 ――私は―― ――全ての魔女を―― ――魔法少女が―― そのまま、なんとしてもそれを聞こうと思っていた時だった。 「それはカンニングだよ」 突然耳元で、誰かがそんな事を囁いた。 「ひゃっ」 まどかはそんな自分の声で目が覚めた。 時間を見ると、大分早い。だが、寝直すには少し時間がない。 「起きよ……」 しかたがないので、まどかは少々寝不足のまま早起きをする。 カーテンを開けると、窓の外でキュゥべえがひなたぼっこをしていた。 「なんでいるの、キュゥべえ」 思わず少し引いてしまうまどか。トウテツ戦の時に見たホラーな光景がトラウマになっているようだ。 『やあ、おはよう、まどか』 キュゥべえの方はそんな事を気にした様子もなくまどかに挨拶をする。 『ちなみに質問の答えだけど、素質のある子の近くには、たいてい僕たちは控えているよ』 「ぼく……たち?」 まどかは、初めてキュゥべえが自分の事を複数形で呼んだことに気がついた。 『ああ、これは別段秘密でもなんでもないんだけど、聞かれたり知られない限りは説明しないたぐいのことだからね』 そう言われてまどかは、ちらりと時計を見る。時間は大丈夫そうだ。 いい機会なので、まどかはトウテツ戦の頃から気になっていることを聞いてみることにした。 「ねえキュゥべえ、ちょっと聞いていいかな」 『いいよ』 あっさりそう答えるキュゥべえに、まどかは質問をする。 「キュゥべえって、本当はいっぱいいるんだよね。でもなんでみんなそっくりなの? わざわざ似せているの?」 『それは、僕たちが容姿や態度を揃えているのかっていう事かい?』 「うん、それもあるけど、いっぱいいるはずなのに差がないのも気になって」 それを聞いたキュゥべえは、不思議そうに答えた。 『僕たちは僕たちだからね。どの個体でも、ほぼ違いはないし、そもそも意味がないし』 「え? なんで意味がないの? あ、ひょっとしてキュゥべえっていっぱいいるけど、心は1つだけとかそういう事なの?」 まどかはうまく言葉に出来なかったが、要は個々のキュゥべえは単なる端末で、どこかにメインサーバーとも言える中枢があるのかと聞いていた。 その意味を正確にくみ取ったキュゥべえは、それに対する答えを、まどかにもわかるように説明した。 『僕たちが単なる端末で、どこかに中枢があるのかと聞かれたらそれはNOだ。僕たちは、ちゃんとそれぞれの個体が思考能力と自我を備えた、れっきとした知的生物だよ』 「でも、それならなんでみんな差がないの? 個性がないの? なんで?」 『ああ、そういう事か。その答えは簡単な事さ。そもそも差が出る理由がないんだ』 ますます困惑するまどか。 「どうして差が出ないの?」 『当然だろう? まどか、1+1を、そろばんで計算しても電卓で計算しても、答えは同じだろう? 僕たちは別個の個体ではあるけど、個々の情報はほぼ瞬時に全個体が共有するような形で分配している。同じ情報を元に自分の為すべき事を思考すれば、同じ答えが出るのは当然だよ。だから僕たちは別個の知性であっても、行動は常に一貫したものになるのさ』 「なんで同じになるの? 同じ本を読んだって、私とさやかちゃんじゃ違う感想になるのに」 『それが僕たちと君たちの違いだよ。僕たちからすれば、同じ情報からまるで違う解釈を引っ張り出す君たちの方が訳が判らないんだから。その辺はお互い様さ』 それは感情を、自分の判断を優先する種族と、理性を、包括的な判断を優先する種族との致命的な差。 そこには重要な意味があるのだが、まどかがそれを理解するのはまだ先の話。 「仁美、ちょっといいかな」 「よろしいですけど、どうかしたのですか?」 「ん? ああ、放課後、ちょっとつきあって欲しいんだ」 「私は大丈夫ですが……私だけですか?」 携帯を広げてスケジュールを確認しつつ答える仁美に、さやかは真面目な顔で答えた。 「うん、仁美だけ」 「……わかりましたわ」 その口調にあることを感じ取った仁美は、小さく首を縦に動かした。 その日の放課後、さやかが仁美を誘って行ったのは、予想通り病院であった。 「よ、調子はどうだい? 恭介」 わざと伝法な口調で声を掛けるさやか。それに応える恭介の表情は、今までの数段明るい。 「あ、さやか、それに志筑さん。すごいビッグニュースがあるんだ」 「ビッグニュース?」 「うん、僕の腕、また動くようになるかもしれないんだ!」 さやかと仁美の間で、無言のまま視線が交わされる。 「どうしてまた急にそんな話が?」 「うん。日米共同で、iPS細胞から神経を再生させるっていうプロジェクトがあって、これが動物実験でほぼ成功して、いよいよ人間に試してみる段階になったらしいんだ」 「それの被験者に?」 「てかさ、それってひょっとして、人体実験?」 喜ぶ恭介に、さすがにツッコミを入れる仁美とさやか。 だが恭介は、そんな二人を安心させるように言った。 「あ、心配しなくても大丈夫。実はもう、人間に使っても一定の効果は出ることはわかっているんだ。成功率何%って言う実験のレベルでは、もうほぼ100%だって判ってる」 「あれ、じゃあなんでまだ実験なの?」 さやかが当然のように質問する。そこまで行っているのなら、とうに公開されていておかしくないはずだ。 だが、聞いてみればわかる話ではあった。 「『動く』所までは確立しているんだ。でも、それが『とりあえず』なのか、『完全に』なのかがまだ判らないらしくて。損傷した神経系を補填・再生できるところまではほぼ完璧になったらしいんだけど、それによって再生前と後で感覚が変わったりするのかっていう、最後の段階の検証が残っているんだ。 この検証には、普通の人じゃ駄目で、超一流の職人さんみたいな、繊細な感覚を極限まで使うタイプの人じゃないと検証が出来ないらしくて。だけどそんな腕前の人を実験のために怪我させる訳にも行かないでしょ。だからある程度の評価を受けていて、日常を越えた『プロ』としての感覚を持っている人をピックアップしたら、僕が引っ掛かったらしいんだ」 きわめて筋の通ったその説明に、さやかと仁美は思わず納得してしまった。 何というかキュゥべえ、本気で仕事は確かなようだ、と、思わず同じ事を考えてしまう二人。 「僕がまだ若いっていうのも理由の一つらしい。年齢による経過の差も見たいっていうし。だから、僕の腕が治ることだけなら大丈夫らしいよ。 腕前の方は感覚が変わるかもしれないから、一時は落ちるかもしれない。でも、もし変わっちゃったとしても、弾けさえすればまた腕なんか上げられる。動かない今より、ずっと、いいんだ」 恭介は力強くいったつもりなのだろう。だが、その目からは、いつの間にか涙が溢れていた。 さやかと、仁美の目からも。 いい話ではあったが、そこでさやかが動いた。本来の目的のために。 「感動しているとこ悪いけどさ、少し深刻な話していい?」 「深刻な話?」 「うん……またいきなりでごめんなんだけど、答え、聞かせてもらいたくなって」 恭介は思わずさやかと仁美の顔を見つめてしまった。この二人だけで『答え』といわれたら、それがなんであるかが判らない恭介ではない。 そして、一応自分なりの答えは出ていた。 「わかった……まず、さやか」 名前を呼ばれて、居住まいを正すさやか。 「あれから何度か、いろいろ考えてみた。それで判ったのは、僕はさやかと別れることは考えられない。でも、それは、やっぱり恋人のそれじゃない。いなくなられるのはいやだ。でも、欲しいとは思わない。それはやっぱり、恋の好きじゃないと思う」 さやかは、何も言わず、表情も変えず、そのまま恭介を見続けた。 「そして志筑さんの方は、それ以前にいて欲しいのかどうかがまだ判らない。知り合ってはいるけど、さやかほどある意味深い仲じゃない。 でも、想像してみると、何か心がもやもやするんだ。さやかの時には感じなかったのに。 だから志筑さん、少し男としてあまりにも虫のいい話を聞いてもらえますか?」 「虫のいい、話、ですか?」 「はい、情けなく、おまけに虫のいい話です……僕と、恋人を前提としておつきあいしてもらえませんか?」 一瞬、さやかも仁美も思考が空白になってしまった。よく回らない頭で、さやかは何とか言葉を紡ぎ出す。 「ちょ、恭介、それって普通、『結婚を前提として』でしょ! 何よ恋人を前提としてっていうのは」 「変な言い回しだけど、こうとしか言えないんだ」 対して恭介は、あくまでも真面目だった。 「僕はまださやか以外の女の子とはつきあいがほとんど無い。そしてさやかとの関係も、好きではあるけど恋だとはどうも思えない。 そして志筑さんには事実上告白されたようなものとして、何かよく判らない気持ちがある」 そう理路整然と語る恭介に、さやかも仁美も思わず頷いてしまった。 「そうなると僕にはもう頭の中では判断できない。だから志筑さんには少しがっかりさせちゃうかもしれないけど、とりあえず、って、ちょっとひどい言い方だけど、恋人同士であることを前提として、お互いに少しつきあってみないと、ぼくの中の結論が出ないと思ったんだ」 「ああ、そういう事ですのね」 「お試し期間みたいなもんか……恭介、あんた真面目なんだか不器用なんだか馬鹿なんだか。普通そういうのは黙ってつきあって、合わなかったら別れ話を切り出すものでしょ」 「そんなひどいこと、出来る訳無いだろ」 さすがに仁美には無理だったが、つきあいの長いさやかには判ってしまった。 「はいはい、あんた、変なところで真面目だもんね……仁美とつきあってみて、あ、これなんか違う、僕はやっぱりさやかが……なんて思っても、つきあい始めちゃってたら、絶対別れ話なんか切り出せないもんね、恭介は」 「さやかさん、それって略奪宣言ですの?」 「ならうれしいんだけど、たぶん恭介、仁美とちゃんと恋人同士のつきあいしたら、たぶんそのまま一直線だと思うよ。伊達に長いことつきあってきた訳じゃないもん。二人とも、若い情熱に流されないようにはした方がいいと思うよ」 「なっ」「ちょっと!」 さやかのからかいに、ぴったり同時に反応してしまう恭介と仁美。 「ほら、息ぴったり。案外お似合いかも」 そう言われて、お互い顔を見合わせてしまい、そしてそのまま真っ赤になってしまう二人。 そんな二人を見て、さやかは自分の心の中で、何かが終わったのを感じた。 さやかは知らなかったが、それはかつても感じた痛み。 だが、過去絶望を生んだその痛みは、今のさやかには何故か心地よい痛みであった。 生まれてくるのも、絶望ではなく、むしろ希望。二人を祝福したいという、喜び。 そして同時にわき上がってくるのは、中学生らしいというより、ある意味厨二臭い使命感。 こんな平穏な暮らしを根こそぎ壊してしまうという災害級の魔女、ワルプルギスの夜。 ほむほむが時を越えてまで倒さんとしている魔女。 (絶対、やらせない。こんな小さな幸せを、壊させたりしない。絶対、止めてやる!) それは、小さな決意。だが、大きな希望を、絶望に対抗する力を生む誓い。 「腹減った~。マミ、何か作ってくれ~」 「はらへったー」 「……ずいぶんと腑抜けてるわね、杏子。それにゆまちゃんが真似するから、だらけた態度禁止」 マミが帰宅すると、何故か杏子とゆまがへたれていた。かすかにカーペットに散らばった猫の毛と、わずかに残っている傷からすると、どうも近所の猫たちと一戦やらかしたっぽい。 魔法少女化した姿からも何となく予想できたが、ゆまはわりと猫好きらしい。その絡みで、近所のボス猫たちと遊んでいたのだろう。 そんなゆまのめんどうを見る杏子は、この年でもう姉というより母親にしか見えなかった。 そんな内心は隠しつつ、母の姉として、いうべき事はいう。 「今からつくってあげるけど、カーペットの猫の毛、ちゃんと掃除しておきなさい。きれいになっていなかったら、デザート抜きよ」 デザート抜き、に反応してゆまが立ち上がる。 「あ、当然だけど魔法も抜きよ。ころころ新しいの使っていいから、ちゃんと掃除してね」 ころころというのはローラー式の粘着テープだ。汚れてきたら一周分剥いて使う掃除器具である。 そしてこの手の者は子供心にはいたずら心と叱られることが相反するギミックでもある。 ぱりっと剥いてきれいな面を出す事は、プチプチを潰す快感に通じるものがある。 きちんと怒っておかないと、子供は際限もなくああいうものを剥いてしまったりするから、同居が決まった直後マミはことのほか厳しくゆまと杏子(間違いではない)を躾けた。 その甲斐あって、今ではちゃんと食器の後片付けとかも率先してやるいい子である。ゆまだけだか。 そしてゆまは、嬉々としてころころのローラーから、汚れの付着した面をはぎ取りはじめた。 実に、平和な光景であった。 キリカは何となく、ジークリンデの元を訪れていた。 戦闘訓練のために頻繁に顔を出してはいたが、たいていは他の誰かが一緒だった。要はみんな揃ってである。 「珍しいわね、あなた一人なんて」 ジークリンデも少し意外そうだった。予知が出来ると聞いているのに意外な事なんてあるの? とキリカが訪ねると、返ってきたのはごく当たり前のこと。 「いつも未来を予知している訳ではありませんもの」 「そりゃそうか」 白薔薇だけが咲く庭先で、キリカは紅茶をごちそうになる。 「よく判らないけど、おいしいな、これ」 「あなたの好みは熟知していますから」 「それも予知?」 ところが、何故かそれを聞いたとたん、少し落ち込むジークリンデ。 「私は何か悪い事をいってしまったかな?」 「いいえ、あなたのせいじゃないの。少し知りすぎている私にだけ降りかかる、ちょっと悲しい想いだから」 「悲しい想い……ね。ほんと、あなたが魔女の使い魔だなんて、絶対に判らないだろうね」 そしてキリカは、知らぬまま残酷なことをいう。 「よかったら、聞かせてもらっていいかな。なんでか、知りたい気分になった」 「よろしい……の? 多分もあなたにとってもつらいお話よ」 「あなたは私にとって、順位は低いけど恩人の一人だ。恩には恩で報いるものだと、私は思う」 「……そういうところは変わらないのね、キリカ」 「変わらない?」 「聞けば判るわ」 それは悲しい物語。寂しい心のまま引かれあった、二人の少女の物語。 ……………… ………… …… 「そっか、そういう可能性も、あったんだ。私がまどかとさやかを恩人だと思ったあの時、もしそれを拾ってくれたのが彼女たちじゃなかったら、私の運命も、また激変するという訳か」 「ええ、そう。でもそれは、この歴史ではあり得ないこと。私の母体とも言える魔法少女、美国織莉子は、この時間軸ではあなたに知り合う前に魔女と化してしまったから。 私は彼女の意思、記憶、人格、その他全てを再現する存在ではあるけど、美国織莉子その人ではないわ。だからこそ私は決して美国織莉子の名前は使わない。 そもそも別の時間軸で暁美ほむらが私と出会い、その記憶を、添田ちえみから間接的に教えられるまで、私自身も美国織莉子の名前は知らなかったのですし」 「あれ? 再現なのに名前判らなかったの?」 「ええ。ただ一つ、それだけは、私自身も知りませんでしたわ」 「……なんかごめん。あなたがたとえ人ではないのだとしても、あなたを悲しませるのはよくないことだと思う」 「いいえ、あなたはあなたでしかない。あなたに私との交流の記憶が無い以上、そのことを問うのは無意味ですわ。ならば今生において、あなたが恩人と定めたさやかさんとまどかさんを、最後まで守り抜いてあげてくださいな。 それこそが、別の世界の私が親友だと思っていた、呉キリカの生き方ですわ」 「肝に銘じるよ、いたかもしれない親友。でも、出来るなら……」 「出来るなら?」 「さっきの物語みたいな悲しい結末じゃなく、私も、織莉子も、さやかも、まどかも、みんなが親友になれる世界、そんなのがあってもいいと思わない?」 「それはきっと、素敵な世界なのでしょうね」 それは誓い。明日を夢見る乙女達の、揺るぎない誓い。 久しぶりに化学作業に手を出して疲労した体を、今ほむらは浴室で癒していた。 薬品を洗い落とすという意味もある。 湯船に浸かりつつ、ふと自分の胸元を見てむなしくなる気持ちを抑え、ほむらは今までのことと新たに知ったこと、そして教えられたことを反芻する。 間もなく来ると思われるワルプルギスとの戦いにおいて、今回初めてほむらは武器をほぼ持たずに戦うことになる。 使い魔相手用の最小限のものだけで、ワルプルギス本体を攻撃するための重火器をほむらはほぼ捨てた。 過去の蓄積、そして新たになった知識から導き出されたのは、ワルプルギスの夜相手に現代火力はほぼ無意味という事。 それよりも今回のような複数人のパーティを組める状態では、ほむらは攻撃より防御に回った方が圧倒的にパフォーマンスを発揮出来る。 それほどまでに『時の障壁』は反則的な防御魔法だった。 実際、霧の魔女謹製のシミュレーションの中で、ほむらはそれを嫌というほど思い知ることになった。 その本質は時間停止の応用で、あらゆる物理運動を静止させてしまうもの。 いや、それどころか非物理的な魔力のようなものですら、空間内を『運動』している限りそれを止めてしまうことが出来た。 止められないのは霧の魔女などが使う精神攻撃、使う魔女はいなかったが、瞬間移動による零距離接触(ゆまのテレポートで実験済み)、そしてこれも滅多にいないが、視線による凝視攻撃くらいである。メデューサ・ゴルゴンの石化の視線は止められないということだ。 そして、事実上ほぼ全ての魔女の攻撃が止められるという事実は、時間停止による疑似転移と盾の展開・設置の組み合わせにより、敵魔女の攻撃の実に九割近くをほむら一人で阻止出来ることが訓練の結果判明した。 しかも、盾一枚であのワルプルギスの夜のビル落下攻撃を止められるのである。 反則過ぎであった。 ワルプルギスの夜そのもの相手のシミュレーションは出来なかったので、それに近い魔女の戦いを再現してもらったのだが、直径10メートルを超す隕石みたいな岩塊を、ほむらの盾は難なく止めてしまったのだ。 こと物理的な攻撃に関する限り、完全な鉄壁であることが今では判っている。 守ることに専念した時の自分の鉄壁さには、ほむら自身があきれかえるほどであった。 (全く……本当に私は自分の事が見えていなかったのね) ほむらとしても反省する事しきりである。 この事実にもっと早く気がついていれば、やりようはいくらでもあったという事だ。 もっとも、それで勝てるほどワルプルギスの夜は甘い相手ではないのだろうが。 (練習もした。訓練も重ねた。気にくわないけど、ジークリンデの忠言も受け入れた) 白巫女、白の巫女姫、助言者の名前は伊達ではなかった。 助言に従って理解された力は、間違いなく格段に魔法少女達の力を引き上げた。 非常に頭に来ることだが、あの傲岸不遜な上から目線の台詞の意味が嫌というほど理解出来てしまった。 あんな助言が出来るなら、ああいわれても納得してしまう。 文字通り、自分たちが何も判っていないことを思い知らされるのだから。 戦闘力のつけようがないちえみ以外は、ゆまですら一騎当千の魔法少女と言えるまでに仕上がった。 (もしこれで駄目だとしたら、私たちにはあの魔女を倒せない、そう言いきってもいいわ) ジークリンデは断言した。時間の矛盾によって守られているワルプルギスの夜といえども、奇跡の魔力を帯びた攻撃を止めることは出来ないと。 残念ながら、トウテツ戦の時のような無尽蔵とは行かない。それでも、杏子とゆまを中心に、奇跡の祈りを発動させれば、約30分間ほどは魔力の消耗を一切気にせずに戦える。 その間に削り切れればこちらの勝ち、相手の耐久力が上回ればこちらの負けだ。 そして情報としては貴重でも、この成果は持ち越しが効かない。 うかつに知られればかえって奇跡の芽を潰す、その理由がある限り、次のループでまた奇跡が起こることを期待することは出来ない。 そういう誘導を仕掛けるにしても、そのためには次の世界でまたジークリンデに頭を下げる必要になるだろう。それでもうまくいくかどうかはあやしい。 奇跡はあくまでも奇跡なのだ。 だからこそ、今回で潰す。 ほむらもまた、強く誓った。 そして時は遂に至る。 その日、見滝原に強風警報、竜巻警報が発令された。