その出会いは必然なのか。 繰り返す時間は、寂しい乙女を定めの友に出会わせた。 それは本来の出会うべき人物が存在しない事に対する補完か、代償か。 だが、それによって、また運命の時計は進む。 来るべき終焉の時に至る、定めの時計が。 その日見た夢はややこしい二重の夢だった。 出てきたのは、今日お金を拾ってあげた、引っ込み思案な先輩。 キリカ、という名前の先輩。 そしてそれが必然だったかのように、まどかはその晩、彼女の夢を見た。 ストーリー的には破綻していた。学校を襲う魔法少女。それに対抗する魔法少女。 何故かキリカ先輩が、その双方にいた。 敵だった先輩は魔女になり、味方の先輩は出会いとはまるで別物のハイテンションで活躍する。 珍しく、訳が判らない夢だった。 朝、まどかはさやかに夢の話をする。 「さやかちゃん、昨日合った先輩、なんか夢に出た」 「ええっ! じゃ、先輩も魔法少女?」 「先輩、ですか?」 そう聞いてくる仁美に、まどかは昨日のコンビニであった事を話す。 「暗い感じの、呉キリカ先輩ですか。同じ校内で魔法少女なのなら、マミさんが気がつかないはずはありませんよね」 「だよね~」 さやかも頷く。 「ま、もし因縁があるなら、ほむほむが知ってるんじゃないかな」 「あ、確かに」 少し気が軽くなり、表情が明るくなるまどか。 「でも、少しおかしな気分ですね」 そんなまどかを見て、仁美が言う。 「歴史を繰り返す。同じ時を何度も。ほむらさんは、毎回、何度も、こんな不思議な思いを味わったのでしょうか」 「……あ~、確かに。そうよね」 「ほむらちゃん……私、なにもわかってないんだ」 少し沈む一同。 「でも、それはそれとして、まどかさんの夢がただの夢ではない以上、キリカさんがそれに出てきたという事は、事の是非は置いてもほむらさんに話しておいた方がいいとは思いますわ」 「だよね。少なくとも別の歴史では、キリカ先輩も巻き込まれたっていう事だよね」 そうまとめるさやかの言葉に、まどかもほむらにこの事を話す事にした。 「あ、ほむらちゃん」 まどかが教室に入った時、ほむらは既に登校していた。 「なに? まどか」 微妙にテンションのおかしいまどかの様子に、ほむらは首をかしげる。 「あのさ、まどかがちょっとまた妙な夢見てさ」 まわりを憚ってか、さやかがなんとでも取れる言葉で補足する。 まどかも声を落として、ほむらに聞く。 「あのね、ほむらちゃん、昨日、コンビニで呉キリカさんって言う人と出会ったんだけど……」 そこで思わず言葉を止めてしまう。 ほむらが明らかに緊張したからだ。いや、殺気立ったという方がいい。 一瞬、クラスメイトがぴくりと肩をすくめて、周りを見渡したくらいだ。 よく一瞬で済んだものだと思うほどだった。 「まどか……彼女とは、友達になれたの?」 何気ない一言が、異様に重い。 そんなほむらに気圧されつつも、まどかは言う。 「うん……まだお互い名前を教えただけ位だけど。ただ、夢に出てきたから……」 それを聞いたとたん、あからさまにほむらの緊張が解けた。 さすがにまどか達にも、只事ではないと察知できた。 「なあ、なんでそんなに緊張したの?」 さやかが意を決してほむらに聞く。 ほむらは、かすかに聞こえるくらいの小声で、まどか達に告げた。 「彼女は……呉キリカは、あなたたちの最大の味方か……最悪の敵かのどちらかになるからよ。 敵に回った時は、結果として……まどかを殺す事になったから」 さすがにまどか達も、それ以上の事をこの場で聞くのは憚られた。 今日は土曜なので、昼で下校になる。 マミ達はこの後、そのまま滝の上に遠征して杏子を手伝う予定であった。 このあと見河田町から来るちえみと合流するために、マミとほむらは合流場所であるいつものバーガーショップで待機。 まどか達も、ちえみが来るまでそれにつきあう事にした。 その席で。 「呉キリカさんですか? 私は知らなかったわ。少なくとも、魔法少女じゃないのは確かよ。今の見滝原中には、私と暁美さん以外の魔法少女はいないはずだし」 「私の知っている歴史でも、この時点で彼女が魔法少女だった事はないわ」 マミとほむらは、まどかから今朝見たという夢の話を聞いていた。 内心だが、ほむらは頭が痛かった。 イレギュラーだったまどか殺害の時と、前回のキリカ合流時の話が混じっている。 さすがにこのネタはあまりまどか達には話したくないが、混ざった理由は何となく想像が付いた。 ほむらはキリカとの因縁が薄い。織莉子及びキリカと深く関わったのはマミや杏子で、ほむらは最終決戦の場に居合わせたに過ぎない。 前回の時でも、キリカはまどか及びさやかと縁を結んでいたが、ほむらとの縁はあまりない。 そしてまどかの夢の原因は、ほぼ間違いなくほむらが紡いだ因果のせいである。それゆえほむら自身がキリカとの因果を持っていないので、たぶんまどかもそれをうまく受け取れていないのだ。 情報不足ゆえに、因果による夢を普通の夢のように適当な情報で補完しておかしくなったのだろう。 だとしたらある意味幸いであった。キリカがらみでは、どうしても感情的になってしまう自分を、ほむらも自覚していたから。 だが、だとするとあの事件が起きる可能性が高まる。箱の魔女エリーに仁美が襲われ、それにまどか達が巻き込まれる可能性が。 ほむらは冷静に事実関係を考える。 箱の魔女は、現在見滝原にあまり魔法少女がいない事を鑑みても、おそらくは使い魔からの進化。現時点で発見できていなかった事及び過去の強さからしても、進化してそれほどの時間は経っていない。 最初の被害者が仁美である事からも、あまり自分たちのテリトリー内で発生したとは考えにくい。外部から流れてきたと考える方が妥当である。 「まどか、そしてさやかと仁美さんも、注意しておいて欲しい事があるわ」 「なに?」 「何か?」 「以前何かあったのでしょうか」 ほむらの言葉に、まどか達は彼女に注目する。 「これはあくまでも前回での事だけど」 そう前置きしてほむらは話す。 「私たちがやはり遠征していた時、仁美さん、あなたが魔女にとらわれて、危うく殺されそうになったわ」 「私が、ですか?」 緊張を隠せない仁美。ほむらはそれを気にせず言葉を続ける。 「まどか達がそれに気がついて引き離そうとしたものの、結局一緒に巻き込まれて危ういところだったわ。私も駆けつけたけど、結局のところ私は間に合わなかった。 そんなあなたたちを助けてくれたのが、呉キリカよ」 「キリカ先輩が?」 不思議そうに聞くまどか。 「先輩、魔法少女じゃないんだよね……ってまさか」 「多分だけど、そのまさかよ」 正解を思いついたらしいさやかに、ほむらは言う。 「たまたまあなたたちの事に気がついたキリカが、その場でキュゥべえと契約して、あなたたちを救ってくれたのよ。彼女にもいろいろあるらしいんだけど、残念ながら私はあまり彼女については知らないわ」 実は嘘である。直接の呉キリカについては知らなかったが、まどかのいないあの世界でキリカの事はかなり調べている。 だがそのことや、彼女がストーカー気質である事などは、ほむらは話す気はなかった。 「私の体験からしても、歴史は繰り返すとは限らないけど、用心はした方がいいわ。どうも滝の上の様子は、私が知っている前よりもひどそうなの。だとするとすぐには駆けつけられないかもしれないわ。 月曜日には帰ってくるけど、充分気をつけて」 まどか達もそれを聞いて首を縦に振った。 「うん、気をつける」 「やっぱり因縁あったのか。でも、今度はそんなことさせるのは問題だよなあ」 「私も気をつけないといけませんわね」 ちょうどその時、ちえみがこちらにやってくるのが見えた。 「あ、ちえみちゃん」 「お待たせしました~」 まどかの挨拶に、手を振って答えるちえみ。 「とにかく気をつけてね」 「うん。がんばってね」 そして六人の乙女達は、三人ずつに別れて解散するのであった。 かつての世界では、マミと共に滝の上に行ったのも、仁美が襲われてキリカが契約したのも数日後の事である。それゆえ、月曜までに戻ってくればまだ間に合うとほむらは考えていた。 だが、歴史というものはそううまくいかないらしい。こちらが事態を加速させれば、それに呼応したかのように、運命もまた加速するのか。 マミ達が見滝原を出た後、それは起こる。 「さて、これからどうする? 明日は休みだし、仁美も今日は」 「ええ、お稽古事もありませんわ」 「さやかちゃん、お見舞いは?」 「あ~、えっと、たぶん大丈夫」 「なら、決まりですわね」 少女達は、恭介のいる病院へと向かう。 そして、そこで。 「どうしたんだい、なんか真面目な顔をして」 思わぬイベントが起きた。 「恭介……こんなときだけど、聞いて欲しいんだ。あたし……恭介が好き。友達じゃなくて、男と女として」 さすがに仁美とまどかもあっけにとられた。もちろんいきなり告白された恭介も。 しかもさやかは。 「そして……仁美も恭介の事が好きなんだ」 「さ、さやかさん!」 真っ赤になりながらさやかを止める仁美。恭介はもう大混乱だ。 「だ、大丈夫? 上条君」 「び、びっくりしたけど、何とか……」 まどかに言われて、何とか自分を取り戻す恭介。 落ち着いたところに、さやかが言った。 「返事はまだいいよ。恭介だって困るだろうし、実のところ、恭介があたしの事、女としては意識してなかったのはわかってる」 「さやか……」 「だから別段、仁美の方が好きって言ってもそれはかまわない。変な遠慮は無しで、恭介にはじっくり考えて欲しいんだ。あたしの事、妹や友達としてか見られないのか、それとも一歩進んだ仲になってもいいのか」 「なんでいきなり……」 とまどいつつも聞いてくる恭介。当然だろう。女の子がこんなふうに思い切るには、何かがあったと予想する事は簡単だ。 「恭介、この間の魔女の事見て、どう思った?」 そんな彼女が恭介に返してきたのは、忘れられないあの異変。 「あれかい?……忘れられる訳がない。他の人には話していないけど、あれはもう一つの現実だった。僕たちがそんな事を大人に言っても、当事者にならない限りは単なる妄想としか取られないって思うけどね」 「うん。あたしも同感」 同意するさやか。 「そしてさ、あたし、考えたの。もうあたしは、その『もう一つの現実』からは逃げられないって。忘れて、無かった事にして、知らない振りをして、今まで通りに生活していくなんていう器用な事、あたしは出来ない。 だからさ……いろんな意味で、けじめをつけたかったの。 いいたい事とか、ため込んでた事とか、全部表に出しちゃう。 その上で、普通に生きるのか、それとも引き返せない道へ進んじゃうのか、決めたいって思って。 あたしには今、あたしにしかできない事がある。 そしてまどかみたいに、それを止める理由もない。 だからさ、突き詰めてみたいの、自分を。 恭介に思い切って告白したのもそう。自分勝手な決めつけ。 恭介に止められたら止まるかもしれない、止まらないかもしれない。 ただ、返事を聞かないと、前に進めないって思った。 それがどっちの答えでも。 ううん……たぶんあたしは進んじゃうと思う。今じゃなくても、いつかは。 マミさんかほむほむが倒れたりしたら、たぶんなにもかも振り切って。 だからさ……あたし、後悔は残したくないんだ。やっておけばよかったっていう事を、残したくないんだ。 こんな私のわがままで、混乱させちゃって、ごめんね……」 それは、さやかがため込んでいた、ここ数日の悩みの決壊だった。 仁美も、まどかも、なにも言えなかった。 そして、恭介は。 「さやか」 そう、力強く彼女の名前を呼ぶと、その続きを言った。 「はっきり言って、さやかの事を、そういう対象として考えた事は今まで無かった。嫌いとかじゃなくて、さやかがいるのが当たり前すぎて、そんな事、考えた事もなかった。 ひどい言い方だけど、そういう事だと、仁美さんも僕が好きって言われた事の方がなんかびっくりする」 その言葉を聞いて、真っ赤になって下を向く仁美。何ともいえないさやか。 「だからといって、仁美さんが好きって言うのもまた違う気がする。いつもお世話になっているけど、さやかほどよく知っている訳じゃないし、正直、今の僕にはどっちも選べない」 それを聞いて、何故か乙女三人は頷いてしまった。 「仁美さんとは、ある意味そういう関係前提でおつきあいして、初めて答えが出る気がする。さやかとだと、今すぐにはなんか想像できない。なまじっかよく知りすぎてて、そういうふうに考えると微妙な気分になっちゃって。 女の子の前で言う言葉じゃない気もするけど、男としてそういう対象としてさやかや仁美さんを見た場合、ちょっと複雑すぎて答えが出ない感じなんだ」 「うん……何となく、わかる気がする」 正直な恭介の言葉に、さやかも頷いた。 「たぶん、あたし、もしこの間の事が無くて、平穏な日が続いていたら、ずっとそのままで……仁美とかが先に告白するまで、なにもしなかったと思う。で、仁美辺りが告白してきてやきもきして、もし恭介がそれを受け入れちゃったら、張り合いもせずに影で泣いてた気も。 でも、あたし、知っちゃったの。 未来って、自分が思っていたより先がないって。やれる時にやっておかないと、なにもつかめないんだって。 だからさ、恭介。答えはどっちでもいい。難しいかもしれないけど、ごまかしたりだけはしないで」 静かな、しかしそれだけに奇妙な迫力のあるさやかの言葉。 恭介には、頷く事しかできなかった。 そんな、少し微妙な気分のまま、まどか達は病院を出た。 いつの間にか夕日も落ち、夜の帳が下りようとしている。 広い見滝原の公園で、三人は腰を下ろした。 「さやかさん、決めたのですね、魔法少女になるって」 口火を切ったのは、仁美だった。 「……やっばりわかる?」 それを肯定するさやか。 「もちろんですわ。そうでもなければ、あなたがあんな思い切りのいい事をするはずがありませんもの」 「まどか、ごめん。私も人外の仲間入りする。置いてってごめんな」 「ううん……仕方ないよ。本当は私も一緒に行きたいけど」 「まどかさんの事情……つらいですわね。誰よりも強くなれるのに、それは出来ないって」 「ほむらちゃんも、そのことでなんかいっぱい抱えてるみたいだし」 「ったく……ま、無理もないと思うけどね」 まどかの夢の話を聞いていたさやかと仁美には、ほむらの苦悩も、少しだが感じる事が出来た。 「そうそう、さやかさん。対価の祈りは、やはり上条君の腕を?」 「うん。あたしが何とかしたい事なんて、それしかないし」 「だとしたら、直接それを願うのは止めた方がいいですわね。もし突然腕が治ったら、絶対に感づきますわ」 「あ、そか。そしたら恭介」 「絶対負い目に思いますわね」 あちゃ~、と叫んで頭を抱えるさやか。 「う~、腕は治したいけど、恭介がそれを重荷に感じたら本末転倒だし……」 「だとしたら、いい方法がありますわ」 にっこりと黒い笑みを浮かべる仁美。 「仁美ちゃん、なんか恐い」 まどかも思わず引いてしまう。 しかし仁美は、そんなまどかの事は意に介さず、続きを語った。 「直接上条君を直すのではなく、上条君の腕の治療法が発見される事を願えばいいのですわ。上条君の腕を治す治療法が見出され、それを彼が受けられるようにと」 「あ、なるほど」 ぽんと手を打つさやか。 まどかも思わず仁美の事をまじまじと見つめてしまった。 「仁美ちゃん、頭いい……」 「ふふ、もし私が魔法少女になれるとしたら、どんなお願いをしようかと考えていた事ですの」 「さんきゅ、仁美。それ使わせてもらっていい?」 「もちろんですわ」 お互い顔を見合わせて、にっと笑う二人。 「ところで、いつお願いするのですか?」 「今すぐってわけじゃないよ。いくら何でも。マミさん達が頑張っているところにいきなり魔法少女が増えても、グリーフシードの事とかもあるでしょ。その辺、ちゃんと先輩達と話してからにするつもり」 「その方がよろしいですわね」 仁美もさやかがちゃんとその辺まで考えていた事に感心した。 だが、その時は意外と早いうちに来る事になる。 そう、いますぐに。 公園内の灯りが、いつの間にか消え始めている事に三人が気がつくのは、このすぐ後の事であった。