ほむらが見滝原総合病院を退院して見滝原中学に転入するまで、一週間弱の空き時間がある。 なにもしなかった一ヶ月から帰還したほむらは、かなり濁ってしまっているソウルジェムの浄化のために、手頃な魔女を倒す事にした。 いつものループでは、この一週間は武器の調達とキュゥべえ狩りに使っていた。 かつての経験から、ここでキュゥべえを無駄と知りつつ狩っておかないと、まどかとキュゥべえが接触して、まどかが魔法少女になってしまうのだ。 だが今回はキュゥべえ狩りをする時間がない。正確にはその時間を魔女を狩るために使わねばならない。 毎度お世話になっている暴力団事務所から毎回愛用している武器を確保すると、ほむらはいつもと違う街に足を踏み入れた。 残念な話だが、今までほむらは見滝原中学周辺では、薔薇の魔女か芸術家の魔女が現れるまで魔女を見かけていない。この時間ではまだ両者とも孵っていない可能性が高いのだ。 魔女の大本が魔法少女とはいえ、そうそう魔法少女が頻繁に魔女になるわけではない。 大概は一人で戦っていた魔法少女が力尽き、人知れず魔女になるパターンの方が多いと、ほむらは思っている。さやかのような事が頻繁に起こるのなら、もっと噂になっているはずだ。 そのためほむらは、いつもキュゥべえを待ち伏せするルートを捨て、今まで踏み入れた事のない、近隣の街へと足を伸ばしたのである。 とりあえず杏子の縄張りとは反対の方に足を伸ばす事にする。見滝原を地盤とする巴マミも、その近隣を地盤とする佐倉杏子も、魔法少女としてはアクティブな方だ。それはいわば、彼女たちの領域に潜む魔女は狩られている可能性が高い上、ぶつかり合う可能性も高いという事である。 加えてマミはわりとお人好しだ。敵対しなければグリーフシードを分けてくれさえする性格なのは経験済みである。なのでどうしても見つからなかったらマミのところへ行くという最終手段もある。それゆえいきなりマミのところはまずい。 「一ヶ月しかないからとはいえ、私の世界は狭かったのね」 未知の町並みを、ソウルジェムの輝きに気をつけつつ、ほむらはひとりごちる。 トライアンドエラーでは追いつかない、ならば。 鬱に陥る自分と戦いながら、一月の間それでもほむらは考えた。 「検証していく。一つの事項のために2週か3周してでも、それが『やるべき』なのか『やってはいけない』のか、それとも『どうでもいいのか』を確実に蓄積していく」 人気の消えた裏路地で、自分に言い聞かせるようにほむらは言う。 「確定した知識は、たとえ何周しても消えない、確実な『力』に変わる。それを蓄積して、まどかを救うための『標』となす」 それがまどかを見殺しにする事になっても。 (繰り返す事は見捨てる事。最後の一回が成立するまで、私はまどかを『殺し続ける』事になる) それはほむらが、鬱の思考の中でたどり着いた、一面の真実。 たとえ毎回まどかを救うためにあがいたとしても、それは否定しきれない真実なのだ。 ただ一度の成功以外は、全てまどかを苦しめる事。苦しめなくとも、まどかを別のなにかにしてしまう事。 今までの自分は、先の見えない近道を進んでいた。だがそれでは堂々巡りの可能性も高い。ならば。 (地図を作る。この一ヶ月に、自分が知りうる事の出来る地図を。その地図の中から、まどかを救うための道筋を、必ず見つけ出す) そんなことを考えながら、未知の地を歩く事3日。 「あああああああああっ!」 過去聞いた、そして二度と聞きたくない叫び声を、ほむらは聞いた。 それは魔法少女が、魔女と化す時の、断末魔の、悲鳴。 時を止めて駆けつけたいが、あまり魔力に余裕がない。 断腸の思いで、ほむらは駆け出した。 間に合わなかった。そこには既に、結界が出現していた。 そして聞こえる声。 『君は魔法少女だね? 大変なんだ! すぐそこに魔女が出現したんだ!』 長い耳に浮かぶ円環を嵌めた、白いマスコットを思わせる小動物がいた。 そのまま撃ち殺そうとも思ったが、今は魔女の方が先だ。 ほむらは結界の中に飛び込んでいく。 「これ……!」 広がる結界は、見覚えのあるものだった。無限に広がる本棚。そして本に手足の付いた使い魔。 それはあの、全知を名乗る魔女のそれに非常によく似ていた。 だが、完全に同じではない。 かの魔女の結界内の本棚は、摩天楼どころではない高さを持っていた。本棚というより壁であった。だがこの魔女の本棚は、無限に広がるものの高さは低い。 何より違うのは、魔女の本体だった。 かの魔女は、自分と背丈も変わらない、シルエットの少女だった。だがこちらは。 巨大な机。それは小学生が好みそうな、学習机を思わせる。 そこに座る、一応人型をしたなにか。 胴体は中学生くらいを思わせる女性だか、頭部が存在していなかった。 代わりにあるのは、顔面の位置に浮かぶ仮面。 魔女は、本をものすごい速さで読む。終わりまで行くと、首をひねり、再び初めから本を読み始める。 ただひたすらにそれを繰り返したいた。 「似ているけど……ちがう。これって、さやかの時みたいに……」 思わず考えに耽ってしまったほむらの元に、使い魔が襲ってくる。 『危ない!』 キュゥべえのテレパシーが割り込んでこなければ、不覚を取ったかもしれない。 間一髪、白紙のページを開いて襲ってくる使い魔をさけ、取り出した拳銃で逆襲する。 使い魔は、銃弾一発で砕け散った。 『大丈夫かい? まだ慣れていないのかな?』 心配そうに聞いてくる小動物を無視して、ほむらは戦いに意識を集中する。 魔女は、それからわずか30秒後に撃破された。 あまりにも弱い魔女だった。 ほどけた結界の後に、グリーフシードが転がっている。ほむらはそれを使って、ソウルジェムの濁りを払った。 『驚いたな。見かけない顔だから新人かと思ったら、ずいぶん強いんだね』 「一つだけ確認するわ」 なれなれしく話しかけてくるキュゥべえに、ほむらは冷たく言い放つ。 「今の魔女は、魔法少女が魔女化した直後のものね」 『……』 しばしの沈黙の後、キュゥべえは答えた。 『君はそれを知っているんだね。魔法少女の真実を』 「知っているわ。それを今更どうこう言いはしない」 そう。今更なのだ。だが、それとは別に、未来へ向けてのメモリーが一つ増えた。 「教えなさい。今魔女化した魔法少女の名前は?」 『それを聞いてどうするの? 彼女は消滅した。肉体も滅んでいるから、彼女の存在した痕跡は何も無いのに』 「あなたが理解する必要はないわ。答えなさい」 そう言って銃を突きつけるほむら。 『仕方ないなあ。教えないと君のソウルジェムが濁りそうだからね。彼女の名前は添田ちえみだよ』 「添田、ちえみ……」 ほむらはその名前を心に刻む。 「もう少し詳しい話を。知っているのでしょう」 『ここ、見河田町の、見河田中学1年だよ。それ以上は知らない』 「あと一つ、彼女が願ったことは」 『頭が良くなりたい、だったよ。自分は馬鹿で、物覚えが悪いから、きちんといろんな事を覚えられるようになりたいって』 それを聞いたとき、ほむらは理解していた。その少女は、『彼女』だと。 だが、あの彼女は、たどり着いた果ての絶望で魔女になったと言っていた。それにしては姿も違うし、脆すぎる。 さやかが魔女化した時は、結界内の様子や使い魔の姿は違ったが、魔女本体の姿や能力は同じだった。 この違いはなんなのかしら、そう思った時、彼女の言葉が思い出された。 --もしこれが知識を『求める』事だったら、私は無差別に人の記憶を奪いながら、自分は一切それを覚えられない、そういう存在になったでしょうね。 あの魔女の姿は、頭部を--つまり、ものを記憶する『脳』を持たない姿をしていた。だとしたら、今自分が倒した魔女は、あの魔女が、『全知に至る前』に魔女化した姿だったのではないか。 それにもう一つ。全知の魔女は既知を語れない。だが、仮定によって語られた事は、限りなく真実に近い。それは背後にある全能の知識より導き出される予測を、嘘偽りなく語るものだから。加えてあの魔女は、直接自分に繋がらない世界の事に関しては真実を語れる。この魔女が、自分が取り得た可能性の一つならば、それは全知の魔女となった彼女から見れば『あり得ないこと』になるので、彼女はそれを語る事が出来る。 いずれにせよ。 添田ちえみという少女は、あの全知の魔女に至る存在である可能性が極めて高い。だとすれば魔法少女としての彼女は、全知の魔女が語ったように『戦闘力は低いが、組んだ相手に必ず勝利をもたらす』という存在になるはずである。逆に言えば単独では役立たずのまま恐怖などから魔女化する可能性も高いという事だ。 これは重要な情報だ、とほむらは思った。自分が万全なら、添田ちえみの魔女化は防げる可能性が高い。気になる事、矛盾はいくつかあるが、時間を考えても仲間に引き込めれば今までの流れを変える一因となるのは間違いない。 「次は、絶対助けてあげる」 今回は間に合わなかったが、次回は必ず助けよう。 用済みになったキュゥべえを撃ち殺しつつ、ほむらは、そう心に刻み込んだ。 見滝原中学に転入した時点で、まどかは既に魔法少女になっていた。理由は以前と同じ、猫の命を救うため。強さは初期の頃のまどか程度だった。この点についてはまた別の機会に検討する必要性あり、と心に刻む。 それはそれとして、今回はマミのフォローをして共にまどかを鍛えてみた。 魔法少女の真実は語らない事にする。少なくともマミにとってなにかの切っ掛けがなければ、待っているのは同士討ちであろう。 さやかは恭介のために契約した。 杏子とのいさかいは知っていたのでフォローしてみる。結果5人の魔法少女がそろい踏みした。 だがそれも一時。やはりさやかは魔女化し、私たちで倒す事になってしまった。魔女化した際の結界はディスコの方。 そしてやはりマミが錯乱。予測していたので杏子を助ける事は出来たものの、マミは自殺した。落ち込むまどかのフォローに全力を尽くす事になる。 そしてワルプルギスの夜。今回は私、まどか、杏子の三人で挑む。 もちろんこてんぱんにされて負けた。武器が足りなかったのも一因だとは思うが、さして重要な要素ではないだろうと判る。前回も思ったのだが、単なる火力ではどうも難しい気がする。 あと今回は過去に戻れる事は話していなかったので、まどかの願いを聞く事はなかった。 今回新たに判った事は総合して3つ。 全知の魔女の元と思われる、添田ちえみという少女がいる。 ワルプルギスの夜に対しては、ただの火力では対抗出来ないかもしれない。 まどかが魔法少女となる時、その実力は願いの強さに比例する可能性が高い。 もしくは女神化した世界を経由することによって因果の蓄積が消えている。 --こうして少しずつでも知識を増やしていけば、まどかを昇華させずに倒す道も見えるはず-- そしてほむらは、この時間軸から姿を消した。