また、夢を見た。 それはついこの間見た、悪夢のような光景。 でも今の自分は知っている。これは悪夢のような、ではなく、現実の光景だと。 ただ違うのは、そこに至る過程。 目の前に広がる、やたら背の高い机と椅子のある空間に来た時、現実では自分の他に三人の友達がいた。 さやかちゃん、仁美ちゃん、恭介君。 でも、今見ている夢では、さやかちゃん一人だけだ。 そこに至るまで居た、魔法少女を名乗った二人もいない。 いるのはキュゥべえという可愛い謎生物だけ。 魔女の結界といわれる空間にとらわれた自分たちは、助けが確実に来る場所として、ここを選んだのだ。 そして助けは来た。巴マミという、自分たちの先輩の魔法少女。 暁美ほむらと名乗った、一番気になっている長い黒髪の人は来ていない。 一人だけでも、彼女は強かった。瞬く間に使い魔を蹴散らし、本体の人形に一撃を当てる。 あ、でも、あれ、脱皮するんじゃ…… そう思っていたら、マミさんは脱皮した魔女に半身をかじられてしまった。 夢の中で絶叫する私とさやかちゃん。遅れてやってくるほむらさんとちえみさん。 でもマミさんは体半分無くなってもへこたれずに、現実でちえみさんを治した時のように、リボンで体を形作るとあっという間に元通りになっちゃった。 その後は、ちえみさんが相手の弱点を見抜き、ほむらさんが攻撃、マミさんが使い魔相手に回っていた。この夢では弱点がまだわかっていなかったせいか、あんまりうまくいっていないみたい。 夢の中の私が、お弁当のチーズカツのことを思い出す。あれ? 夢の中だと全部食べちゃってたのかな? 現実ではお話ししてたら食べ損ねて一つ残しちゃってたんだけど。 そうしたらあの魔女が私めがけて襲いかかってきた。ものすごく必死に、なりふり構わないっていう感じで。 私が「あ」って思っていたら、いつの間にかほむらさんが助けてくれてた。 本当に「あ」っていう間だった。まるでコマ落としみたいに風景がとんでた。 そして目の前で魔女が倒される。なのに。 力尽きたマミさんが、魔女に変わってしまった。 ほむらさんが何か言ったみたいだけど、夢の中だからか、はっきりとした言葉としては聞こえない。でも、いいたい事は伝わってきた。 魔法少女が力尽きると、魔女になってしまうという事は。 マミさんの死体を残して、黒い霧がかたまり、金色の繭が生まれる。 私とさやかちゃんは、マミさんの体を担いでその場から去った。 そして私とさやかちゃんは、離れたところでキュゥべえにお願いする。 マミさんを、生き返らせてって。 二人の願いは叶って、私とさやかちゃんは魔法少女になった。 さっきまでとは違う。ものすごい力がわいてくる。 私はさやかちゃんが刀で切り開いた道に、手にした弓から放たれる光の矢を撃ち込んだ。 マミさんが変わった魔女は、その一撃で消し飛んだ。 ……そこで、目が覚めた。 起きてもまだ頭がぼうっとしている。 「なんなんだろう、今の夢……」 そう呟くまどか。まどかは自分の見たのが、ただの夢ではないのを何となく感じていた。 起きても記憶がぼやけない、やけに明晰な夢。 しかも色つきどころか、全身の感覚に、フルにその時の記憶が残っている。 目の前にソウルジェムが生まれる時の痛み。 軽くなった体で駆け抜けた時の風の感触。 光の弓を引き絞り、一撃で紐の魔女を倒した時の達成感。 ……その感覚は、まるで現実に体感したかのように、はっきりとまどかに刻まれていた。 「絶対、これ、夢じゃないよね」 そう自答すると、まどかはベッドから下りた。 「ねえママ」 「なんだい、まどか。妙に深刻な顔して。また変な夢でも見たの?」 「夢は夢なんだけど……」 そこで少し口ごもるまどか。 少し考えをまとめ、こう口にする。 「話していると長くなりそうなの。帰ってきたら相談したいけど、いいかな」 「うーん、今の仕事だと、ちょっと難しいかも……」 母としては娘の相談には是非とも乗りたいのだろうが、彼女の勤務時間がなかなかそれを許さない。 普通の学生は、彼女の帰宅時間にはもう寝ている方が普通だ。こっそりラジオの深夜放送を聞いてでもいない限りは。 まどかもちょっとがっかりしながらも、母の事情を察して頷く。 「ごめん、ママ」 「いいのよ。ま、もしうまく時間があったら、遠慮無く相談しなさい。私もお酒は控えるから」 この母親はしょっちゅう泥酔して帰宅するのだ。もっともそれは大半が仕事の上のもので、決して憂さ晴らしなどで呑んでいるばかりではない。 それでもまどかは、一応聞いてみた。 「あのね、ママ、現実に魔法少女が悪っぽいお化けと戦っているって言ったら、ママ信じる?」 母、詢子は、化粧中にもかかわらず思わずまどかの顔を見つめてしまい――真面目な顔で言った。 「信じられない話だけど、信じないと駄目みたいね」 「え?」 言ってみたまどかの方が驚いた。 「なんで?」 「そんな顔して言うっていう事は、まどかにとっては、それは本当のことなんでしょう?」 当然のようにそう返されて、まどかは改めて母を尊敬するのであった。 そして朝食の時、唐突に詢子は夫である知久に言った。 「そうそうパパ、まどかね、現実に魔法少女に出会ったみたいなのよ」 思わず飲んでいたスープを吹き出しかけてむせるまどか。 ん、と胸の真ん中あたりを叩いて何とか持ちこたえる。 「ママ、いきなり何言うのよ!」 「あら、真面目な話なんでしょ?」 怒るまどかにしれっと返す詢子。 そう言われるとまどかも返す言葉もない。 「それは、そうだけど……」 「おや、もしかして真面目な話なのかな」 「ええ」 まどかの様子に、一見にこやかに、その実目だけが真剣な表情で、妻を見つめる父。 その父に対して、これまた目だけが真剣な顔で見つめ返す母。 その意味すること。それは、魔法少女云々は、荒唐無稽であっても冗談事ではないこと。 少なくとも妄想として茶化したりせず、真面目に向き合うべき話だという事。 目と目だけでそれだけの会話をした夫婦は、愛する娘に結論を言う。 「ま、私はどうしても忙しいから、パパにも相談してみなさいな」 「僕でよければちゃんと相談に乗るよ」 まどかにも、両親が自分の事を心配して、真面目に相談に乗ってくれるのだという事は伝わった。心にほっこりとしたものが生まれる。 だからまどかはこう返す。 「ありがとう、パパ、ママ」 その隣では、弟がよくわからない、とでも言いたげに姉の方を見ていた。 そして通学路で。 「……っていう夢を見たの」 「……なんていうかさ、もうそれ」 「絶対ただの夢でも、まどかさんの妄想でもありませんわね」 さやかと仁美にも、まどかの夢が只事ではないことがいやでも理解出来ていた。 「一番ありそうなのが、普通ならあり得ないのですけど、いわゆる並行世界とかでの現実が伝わってきたっていう事だというところですね」 「だよね~」 「とどめはその夢を、まどかさんがはっきりと憶えていられるという事ですわ」 二人の意見に、いちいちまどかは頷いてしまう。 「そうなの。思い出そうとすると、わりとはっきりと思い出せるの。まるで私が本当にそれを体験したみたいに」 「そういう夢というのも無い訳ではないですけど、状況を考えると……ですわね」 「そうなると、マミさんあたりにちゃんと相談してみた方がいいかな」 さやかの意見に、まどかは肯定の意を示す。 「マミさん、三年って言ってましたよね。そうすると上の階かな?」 『必要なら連絡を取ってあげるよ』 そこにいきなり声なき声が頭に響き、まどかとさやかの体がびくりと震える。 「ちょ」 『静かに。そのまま歩いて。ここは人通りが多いから、僕は視線が合わないように、影から付いていくよ』 さやかがその場で百面相をするのを見て、仁美は何となく事情を察したらしい。 「ひょっとしてキュゥべえちゃんかしら」 「うん。今話しかけてきた」 まどかもさやかの言葉に会わせて首を縦に振る。 「それでなんと?」 「必要なら連絡とってくれるって」 まどかがそう言うと、仁美はちょっと首をかしげながらにっこりと微笑んで言った。 「ありがとう、お願いするって伝えてもらえますか?」 『仁美のいう事は聞こえているから大丈夫だよ』 「聞こえてるって」 「そう……ありがとうございます、キュゥべえさん」 『礼には及ばないよ。素質のある子の周りにいるのは、僕の努めみたいなものだしね。普通はもっと積極的に勧誘するんだけど、君たちはちょっと特別な事情があるから。ただ、その気があるならいつでも呼んでね。まどかだけは、ちょっといつでもとはいかないけど』 『私たちが、特別?』 言い方が言い方だけに、ここはテレパシーで返すまどか。 『僕の口から話すと怒る人がいるからね。そのうちわかるよ。マミとの連絡は、僕にお願いすればいつでも繋いであげるよ。距離の限界があるから、本当にいつでもとは言えないけど、学校内くらいなら大丈夫』 『ありがとう』 ちょうどそこで、三人は学校に到着した。 教室に入り、他のクラスメイトと挨拶を交わしたりして少し落ち着いた所で、まどかはキュゥべえに頼んでマミと連絡を取ってみる。 『あら、まどかさん、なにかしら』 『あ、ちょっと大丈夫ですか?』 『少しくらいなら平気だけど、どうしたの?』 『ちょっと、相談したいことがありまして、お昼休みあたりにでも、時間が取れないかと』 『いいわよ。ならお昼ご飯一緒にいただきましょうか。まどかさん達はどこで』 『あ、屋上です』 『ならご一緒させてもらうわ。いいかしら』 『はい、もちろんです』 ちょうどそこで、担任の早乙女先生が入ってきてしまった。 「はいは~い、皆さん元気ですか~。先生は絶好調ですよ~」 この言葉を聞いて、どうやら先生の恋愛はうまくいっているようだと、まどかのみならず、クラス全員がそう思った。 そして昼。 屋上で昼食をとっている生徒は、ちらほらとしかいなかった。季節的に少しずれているせいもあるだろう。皆無ではなかったが、こうしてちゃっかりキュゥべえが紛れ込んでいても、不審に思われない程度には間隔が空いている。 いつもの三人に、マミとおまけにキュゥべえを迎えての昼食会が始まっていた。 マミのお弁当は、仁美のものとよく似たサンドイッチのメインのランチボックスと、ポットに入れられた紅茶。 「実はちょっと魔法でずるしているの」 とマミの語る紅茶は、入れ立てのような香気を放っていた。 「うわ、なんかうちのとは別物」 「普通なら時間が経って渋くなってしまいますのに」 「よくわかんないけど、とってもいい香りです」 少女達にも好評だったようだ。 「それで、お話って?」 食後の紅茶でまったりした所で、マミがまどかに聞いてくる。 「あのですね……」 まどかは、今朝見た夢の話をした。 「キュゥべえ」 『なにかな、マミ』 「心当たり、あるかしら」 この中で仁美にだけは伝わらない会話が行われる。 仁美には、何も無い空間を見つめるマミが独り言を言っているようにしか見えない。 それでも仁美には、視線の先にキュゥべえがいて、キュゥべえが無言の返答を返したことがわかった。 まどかもさやかもなにも言わない所を見ると、あたりさわりのない返事なのだろうと、仁美は理解する。大事なことなら、必ず二人は仁美にも説明する。 『確定してはいないけど、暁美ほむらから流出した因果を読み取っているのかもしれないね』 キュゥべえはそう答える。 『まどかが特別なのは、ある意味暁美ほむらとの、こことは違う時間軸でのことが影響しているんだ。おそらくまどかが見た夢の光景というのは、かつて暁美ほむらが巡った、今ではない時間の出来事じゃないかな。僕自身にも、マミやまどか自身にとっても、それはただの妄想に近いものだけど、暁美ほむらにとっては現実で、添田ちえみにとっては現実と変わりない継承した記憶なんじゃないかなと思う。 そういう意味では、たぶん添田ちえみの状態が一番近いと思う。彼女は自身が暁美ほむらと共に体験した記憶を、契約の際にまとめて引き継いでしまうそうだから』 「添田さんの状態……そういえば、そんな事言ってたわ」 マミは自分を説得しに来た時に、ほむらとちえみの言っていたことを思い出す。 あの時点ではほむらは、時間遡行ではなく、並行世界記憶の継承だと言っていた。さすがに同じ時間を繰り返しているというのは、いきなりだと嘘くさいと思ったからであろう。 対してちえみは、魔法少女として契約すると、ほむらと絡んだ因果の影響で、過去ほむらと共にした時点での経験がまとめて流れ込んでくるそうだ。結果、契約した時点で、ちえみは時を越えてきたちえみと同化するような形になってしまうらしい。 同化すると言っても、ちえみの自我が消えるようなことはなく、と言うか、比較しようにも同化してくる方のちえみの記憶は、契約以前においてはこちらのちえみのものと全く同一なので、自分が『変わった』という意識は微塵もないらしい。 ちょうど今のまどかのように、自分のものではない異世界的な体験を、まどかの何倍もの量でまとめて受け取るようなものなのだろう。 そう、自分の考えをまとめたマミは、まどかに安心するように言う。 「この現象については、私よりも添田さんに相談した方がいいかもしれないわ。添田さんも、ちょうど今のあなたみたいな、別の世界の出来事を受け取ったって以前言っていたから。 そういう意味では私より頼りになるわ。 でも……と言うことは、あなたも知ってしまったのね。魔法少女の最期に待つものを」 「え?……あ、はい」 まどかは最初はなんの事か判らなかったが、改めて問われて、それがマミが魔女に変わってしまったことだと気がつく。 「ん? なんの事?」 「さやかさんはお気楽ですね……私は気がつきましたわ、まどかさんのお話を聞いていて」 仁美は気がついたようだが、さやかは判っていないようだった。 そしてマミは、ふう、とため息を一つつくと、まどか達の方を見ていった。 「私も知った時は心が萎えそうになったわ……そう、魔法少女が倒れるのではなく、絶望と共に落ちた時、その身を魔女と変えて世に仇なす存在となる。ならばなんのために魔法少女がいるのかと。私もキュゥべえに問い詰めてみたけど、返ってきた言葉は身も蓋もなかったわ」 『聞かれたら答えない訳には行かないからね』 身も蓋もないことを言った存在は、しれっとしたままそう答える。 「事前に添田さんから言われていなかったら、なにをしたか自分でもわからなかったでしょうね」 『だから聞かれない限り答えないんだけど』 「あなたたちがそういうものだって、嫌と言うほど判らされちゃったもの」 そう言いつつキュゥべえを見るマミの視線は、今までとは違ってどことなく冷ややかだった。 ただ、冷ややかではあっても、そこに蔑視のような負の感情は入っていない。呆れた目で見る、と言うのが近いだろう。 マミ自身も、もし事前にほむらやちえみの話を聞いて、ある程度の心構えが出来ていなかったらどうなったことかと思う。自分なりに想像してみて、一番ありそうなのが耐えきれずに魔女になるかその前に自殺。 下手に耐え切れたら魔女を減らすために魔法少女を狩るという本末転倒に至る可能性も有った。 少なくとも話を聞いたちえみがああもあっけらかんとした明るさを保っていなかったら、マミは自分が耐え切れたとは思えない。ただでさえ自分はわりと落ち込みやすい方であるのだから。 そういう意味でも、相談できる友人を持つという事は大切なのだと、マミは思った。 「だとすると、ちえみさんと会えるのはいつ頃になるんですか?」 「そうね……いまね、魔女が増えすぎて手が回っていない滝の上に手助けに行くためにね、見滝原の魔女を判る限り退治している最中なの。一区切り付くのが、予定だと、たぶん金曜の放課後あたりかしら。そのあと休みを利用して滝の上に遠征する予定だから、そこがベストね」 「それじゃ金曜の放課後にお願いします。さやかちゃん達は?」 「あたしは問題ないよ」 「私は午後からお稽古事の予定がありますけど、場合によってはキャンセルできるように準備しておきます」 こうして、少女達の予定は定まった。 その後は数日、平穏な時が過ぎる。 もっともまどかは、相変わらずの夢に悩まされる日々なのだが。 25日の金曜日。 もうかれこれ十日近く、夢を見る日が続いている。 少し慣れたのか、体調の方は熟睡していたのと変わらない程度にはちゃんとしてきた。 酔って帰ってきた母親を弟の達也と一緒に起こし、母と並んで朝の洗顔にいそしむ。 「相変わらず例の夢見てるのかい?」 「もうどう考えても夢じゃないと思うけど」 母の問いにまどかは頷く。この数日の間のことを踏まえて、まどかは信じてもらえなくてもいいけど、と前置きした上で、個人情報だけ別にして魔女と魔法少女のことを両親にぶちまけていた。 両親曰く。 「理屈はわかるけど、ひどい話よね。まどか、うかつにそんな話に乗っちゃ駄目よ」 「出来れば僕もそのキュゥべえ君と直に話がしてみたいと思うね」 母はわりと冷静な感じだったが、父が冷静に見えてなんかものすごく怒っているように感じたのがまどかにとっては意外だった。 さすがにまどかには娘を嫁に出す時の父親の心境は理解出来なかったらしい。 「でもね、まあそんな裏がある方が納得できる話ではあるのよね。それは逆にそういう裏があるという事は、それ以上の裏が無いとも言えるから。実際、もうどうやっても死ぬしかなかったり、その時点でどうあがいてもどうにもならないことを一発逆転どうにかしちゃうという事が必要な場合には、彼らの持ち出す契約も、リスクはあっても考えられる選択肢ではあるのよ」 母親は一流のビジネスマンらしく、リスクと利益を冷徹に計算することを教える。 「個人的にどうにかなるような理由で契約するようなことは絶対『駄目』と言うしかないけどね。でもたとえば、私たちの誰かがもうどうしても現代医学じゃ助からない怪我かなんかをしたら、まどか、契約しないことに耐えられる? まあ無理よね、あなたの性格じゃ」 「うん……たぶん無理だと思う」 まどかもそう頷く。 「たとえ将来魔女になっちゃうとしても、目の前のママを助けられるなら、たぶん契約しちゃう。ままが死にかけながら『駄目』って言ったとしても」 「大事なのはね、そういう事をきちんと考えられる心よ。理性的に走りすぎるのも、感情的に突っ走るのも、どっちも最後はたいてい不幸を招くものだしね。頭は冷たく、心は熱く。これが一番物事をうまくいかせる秘訣なのよ。 ま、それでもいろいろつらいことはあるから、大人はお酒に逃げたりするんだけどね。大人はあなたたちと違って、家族を養うとか、逃げられない選択って言うのがあってね。 その辺はまだあなたたちの年なら考える必要はないから、自分の事だけをよく考えて答えを出しなさい。 どうもね、まどかの性格だと、最後は契約しちゃいそうな気がするから。これはママからの忠告」 「うん、ありがとう、ママ」 まどかは、心が少しだけ軽くなったように感じた。 まどかは知らない。 まどかからの話を聞いた詢子が、酒の席で親友の早乙女和子に多少ぼかしながら魔法少女のことを話したことを。 そして和子から、小中学生の少女が、突然謎の失踪を遂げることがあるという都市伝説めいた話が、教師達の間に伝わっていることを。 単なる思春期の不安定さがもたらしていると言われていたことに、実は思わぬ介入があったのではないかと二人が懸念したという事を。 だが、幸いというか、残念なというか、この相談事がまどか達の未来に何かをもたらすという事はなかった。 少なくともまどかやほむらが、なすべき事を成し遂げる時が来るまでの間には。 それでも、この事実は、最終的にある影響を残すことになる。 まどかにとってはあずかり知らぬ事であったが。 「おはよ~」 「おはよう、まどか」 「おはようございます、まどかさん」 仲良し三人組は、いつものように合流して見滝原中学を目指す。 たわいもない会話、なにも起きない日常。 だが、それは意外に長くは続かなかった。 「目玉焼きの焼き方に文句をつける男を選んではいけませんよ!」 絶叫ではないものの力説する担任教師の言葉に、ああ、終わったのかと思うクラス一同。 本来なら問題になるはずだが、まどか達を初めとして、クラスメイトはもうこの担任のこれには慣れきっている。 「それはそうと、今日は転校生を紹介します」 もっとも、さすがに今日のこれには、クラスの全員が『おいおい』と内心でツッコミを入れていた。 まどかとさやかも、思わず目線を合わせる。 だが。 転校生が入室してきた時、そんな思いは全て吹き飛んだ。 特にまどかは。 「暁美、ほむらです。よろしく」 ホワイトボードに名前を書き、そう名乗って一礼した少女を見た時、まどかは激しい既視感と、わずかな違和感を感じていた。 つややかな長い黒髪のクールビューティー。 身のこなしと、落ち着いた声音を聞いたクラスのみんななら、彼女のことをそう評したであろう。 だがまどかは。 何故か、彼女が一礼した時、その背後にお下げ髪で眼鏡を掛けた、目の前の彼女とは似ても似つかぬ彼女の姿を幻視していたのだった。 (なに、今のほむらさん……) 「おい、まどか、まどかっ」 一瞬の放心は、隣のさやかに小声で突かれるまで、まどかの心を占領していた。