目覚めれば、そこは見慣れた病室。 広く空間を取った、見滝原に多い構造。 カレンダーには退院前の日付まで斜線が引かれており、枕元の台には見滝原中学のパンフレット。 まがう事なき、回帰の目覚めである。 手の中のソウルジェムには、かすかな濁り。それはここが、あの魔法少女無き世界ではないことの証。 あの世界で目覚めた時は、ソウルジェムにはかけらの濁りもないのだから。 ほむらは少しだるさの残る体を起こすと、いつものアジャストを行う。 精神が落ち着いていれば、これはもう手慣れた作業だ。 退院は今日の夕方の予定。身の回りを点検すると、いつものように準備は出来ている。 最後の検診などが終了し、手続きを済ませるために医局に出向くと、そこで少し変わった事があった。 「あ、暁美さん、お手紙を預かっていますよ」 差し出されたのは女子中学生の好みそうなファンシーな封筒。こんなものを渡してくる相手など一人しか考えられない。 裏返せば案の定そこには添田ちえみの名前が。 病院を出たほむらが手紙を読んでみると、そこにはこう書かれていた。 これを読んでいるという事は無事に退院されたと思います。 当然私も(そしてキュゥべえも)記憶は継承しています。 それで前回少し思う事があったので、出来れば今回はまどかさんの様子を先に見てあげてください。後でお話ししますけど、どうもまどかさんの因果継承も、クリア条件に入っているっぽいです。 そんなわけですから、私は別の用事を先に済ませておきます。明日の午後、見滝原ショッピングモール内の、いつものバーガーショップでお会い出来ませんか? 携帯電話の番号などは前と同じですので、よければメールでも入れてください。 添田ちえみ ほむらの主観においては久しぶりの『ほむらの知るちえみ』の様子に、彼女は何かほっとしたものを感じるのであった。 それは悲しい戦いの物語。 時には一人で、時には数人で、吹き荒れる嵐の中、巨大な何かに挑戦する人たち。 その人物は皆、自分と変わらない少女達で。 どう戦っても最後は皆力尽きてしまう。 特に、どの場面でも、どんなメンバーでも、必ずいる黒と紫の女の子。 彼女の長い黒髪がたなびく様を見ていると、心がぎゅっと締め付けられたように感じる。 自分に気がついているかのように、たまに彼女と視線が合う。 その彼女の目を見ると、何故か言葉が伝わってくる。 ダ イ ジョ ウ ブ それは音ではない声。 ア ナ タ ハ ワ タ シ ガ マ モ ル カ ラ その目はとっても優しくて、それでいてとっても哀しくて。 そして結末は、いつも少女達の敗北。 これは夢なのに。夢だってわかるのに、でも自分は叫んでいる。 おねがい、わたしも―― なのに返ってくる答えはいつも同じ。 ダ メ どうして、どうしてなの。どうして私は戦っちゃダメなの? ○○○ちゃん! 私は彼女の名前を知っているはず。なのにその名前が出てこない。 そしてその叫びに答えるかのように、答えが返ってくる。 ――確かにあなたが戦えば、あれには勝てる。 なら、なんで? ――その代わり、あなたが死ぬ。 ええっ? それって確定なの? だからなの? ――もう二度と、あなたを死なせはしない。 ? それじゃ私死んだ事があるみたいだけど……? ―――― そこで返事は途絶える。 ふと気がつくと、戦っていた少女達は、ほとんどが地に倒れ伏していた。 立っているのは二人だけ。 茶色のブレザーに、モノクル、っていうのかな? 片方だけの眼鏡っぽいのをつけた子と、 真っ白な、何となく聖女って言うみたいな雰囲気の、ちょっと大人っぽい人。 その二人が、じっとこちらを見ている。 『彼女を、彼女たちを助けたい?』 茶色の女の子がそう私に聞いてくる。音が出ていないのに聞こえてくる、不思議な言葉で。 『絶望しかない未来を、覆したい?』 白い女の人がそう聞いてくる。同じような音のしない声で。 私は答える。 「もちろん! 私に何かが出来るのなら、何かしたいよっ」 ――そう叫んだ、自分の声で、目が覚めた。 「うにゅ~、なんかへんなゆめ」 目が覚めた時、よく寝たはずなのに彼女はどこか疲れたような顔をしていた。 寝床で我慢しきれなくなって続き物の漫画を読んだまま寝てしまったような、そんな感覚。 とりあえずこのぼけた頭をすっきりさせようと、彼女は階下へと降りていく。 洗面台に行くと、そこでは母が洗顔と化粧をしていた。 いつもは寝起きの悪い母の方が先に起きているという事は、思ったより寝ていたのだろうか。 「おはよう、まどか。今日は遅かったわね。どうしたの、何かむずかしい顔して」 少女――鹿目まどかの母、鹿目詢子は、やり手の会社員である。鹿目家は世間一般とは少し変わっていて、母が家計を支え、父が主夫として家庭を守っているのだ。 「おはようママ。うん、ちょっと、変な夢見て」 「なに? 夢の中でデートでもしてたのかい?」 からかうように聞いてくる母親に、まどかは真面目な顔をして答える。 「ううん、えっと……バトル?」 真顔で言われた詢子は一瞬怪訝そうな顔をした後、少し真顔になる。 「バトルって、喧嘩でもしてた、っていうわけでもなさそうね」 友達との喧嘩レベルなら、普通に喧嘩と言うはずだ。詢子はそのくらいは娘の事をきちんと理解している。 「うん……こう、私と同じぐらいの女の子が、何かものすごいのと戦ってるの。空飛んだりしながら」 「なにそれ、戦う魔法少女?」 詢子は自分が娘くらいの年に見た、テレビアニメを思い出しながら言う。 ただ気になるのは、最近はまたブームがずれて、当時のようなバトル系魔法少女物はあまりやっていないし、自宅でも見ていた事もない。まどかの読書傾向も、そういうものとは外れている。 そして娘は、案の定、真面目な表情を崩さずに答えた。 「うん……そんな感じなんだけど。それに、何か意味深で」 「意味深って、まどかもそう言う言葉使うような年頃になってきたんだね」 「ママ!」 ちょっとふくれる娘を、詢子は軽くいなす。 「でも、そういう言い方するっていう事は、変な夢って言うだけじゃないと思っているのね、まどかは」 「うん」 順番に用意されたメイクセットを手際よく使いながら、詢子はまどかに言う。 「景色も、戦ってた女の子も、見た事無いはずなのに、よく知っているような気がして。 不思議なの。それに何か言われたような気もするんだけど、よく思い出せなくて。何かこう……」 「じれったい?」 「あ、そう、そんな感じ!」 詢子の入れた合いの手に、激しくまどかが頷く。思ったより大きな娘の反応に、詢子の手がずれ掛かる。 気合いで失敗を回避しつつ、最後の口紅を塗る。 塗りおえた後、自由になった口で、改めて詢子は娘に言った。 「だとしたらあんまり気にしない方がいいよ。どっかから電波でも受け取っちゃったのかもしれないけど、わからない事はわからないんだから。わかった時点でまた考えればいいのよ。 まあ現実には手遅れっていう事の方が多いんだけどね。そういうのは」 「そうなの?」 「そう。世間はそんなに都合がいいものじゃないのよ。変な電波受け取っちゃったとしても、信じるかどうかは自分次第。信じるもよし、信じないもよし。ただね」 少し真顔でまどかの顔を、目を見つめる詢子。 「なにを選ぶにしても、それをするのは自分なの。だからね、決断を後悔しちゃダメよ。失敗しても、ただ後悔するんじゃなくて、それを次に生かせるようにならないとね、ママみたいないい女には成れないぞ」 そう語る詢子の顔を、まどかは輝いているかのように感じていた。 「ほら、そろそろ行かないと遅刻するぞ」 「あ、ほんとだ」 退院翌日。 ヤクザ屋さんに侵入しての武器の補充など、いくつかのルーチンワークをこなしたほむらは、ちえみとの待ち合わせ場所である、モール内のバーガーショップへと向かった。 久しぶりに見る、魔法少女としてのちえみだった。 「先輩、よかったです。(死んではいないと思っていましたけど)」 後半は声をひそめて言うちえみ。 「ええ。ちょっと意外な事もあったけど、こうしてまたあなたに会えてうれしいわ」 「やっぱり何かありました? 私の方も、先輩がやられちゃった後、いろいろありましたし」 それを聞いてほむらは意外な事実に気がついた。 「ちえみ、ひょっとしてあなた、あれに耐えられたの?」 前回というか、霧の魔女に敗れた時、感じた魔女の気配は『三つ』であった。そしてそのうち二つはほむらの知る魔女の物であった。 そして思い返してみれば、ちえみが変わった時になるあの図書館の魔女の姿はあの場になかった。 だとしたら結論は一つである。 「はい。その、私は、魔女に変わる時の記憶、ありますから。ギリギリだけど、耐え切れました」 それを聞いてなるほどとほむらは思う。霧の魔女はあくまでも『体験させる』力しか持たない。幻覚を利用した疑似体験であって、何かを強制する力は彼の魔女にはない。 なのであれを受けて耐えられるかどうかは自分次第なのだろう。ほむらにしても、タネが解っている以上、次は耐えきる自信がある。 「それでも私以外は全員やられちゃいまして、先輩はいなくなりましたし、マミさん、キリカさん、杏子さんは全員魔女になっちゃいました。あ、さやかさんとまどかさんは無事でしたよ。私は二人に助けてもらいましたから」 改めてそれを聞き、ほむらも安堵する。嘘をつく相手ではないとわかっていても、確実な知り合いから聞けた安心感には及ばない。 そこでほむらはある事実に気がついた。 「そうそうちえみ、私があなたより先にある意味巻き戻ったのは初めてになるわけだけど、私がいなくなった後どうしていたの?」 実際、これはほむらにとっても気になることであった。いつもならワルプルギスの夜に敗れ、ちえみも力尽きているので気にすることはなかったのだが、前回は珍しく自分が先に跳んだ形になっている。これは貴重な機会であった。 「それを踏まえてお話ししたいことがあるんです」 ちえみの表情が、きりっとしたものになった。 「一つ確認しますけど……先輩は、ジークリンデさんとの会合で、どこまで『知って』しまいましたか? 最後の時、お二人が会っているのはぼんやりとですがわかったんですけど」 そう言われたほむらは、あることに気がついて逆にちえみに聞き返した。 「そういう言い方をする所を見ると……あなたも何かを『知って』しまったのかしら」 「はい」 帰ってきたのは、即時の肯定であった。 「私は先輩がどんな魔女になるかを知ってしまいました。そしてたぶん、先輩もそれを知っちゃったと思うんですけど」 「……そうよ」 それだけで二人には通じた。 「先輩もわかっちゃったんですね。ならむしろ気楽に話せます。先輩が去った後ですけど……わずか三日後に『ワルプルギスの夜』が現れて、戦いになりました」 「えっ!」 さすがにほむらにとってもこれは予想外であった。だが、ちえみの言葉は、それだけに留まらなかった。 「その戦いの結末はちょっと置いておきます。それより大事なことがありますので。 先輩。覚悟して聞いてください。 先輩が時を戻して去った後、世界は滅びます」 ほむらは一瞬、ちえみがなにを言っているのか判らなかった。 「形はいろいろです。ですが、先輩が時を戻してから約一日で、地球はおろか、全宇宙は混沌に帰ります。ワルプルギスの夜か、まどかさんが変わる魔女……クリームヒルト=グレートヒェンによって」 「……見たの、あれを」 「はい」 まどかさんの変わる魔女、その一言がほむらを引き戻した。 「さっき置いておいた話ですけど、先輩達が敗れた後、それを埋めるべくさやかさんが契約しました。全力を出し切るために、ジークリンデさんの助言すら受けて。 強くなりましたよ、先輩が想像できないくらいに。 ワルプルギスの夜相手に、きちんと戦えるくらいには」 別の意味で、ほむらは衝撃を受けていた。あまり才には恵まれておらず、見ていて痛々しくなる戦い方をしていたあのさやかが、ワルプルギスの夜相手にまともに戦えていたという事実に。 「……ほんとに?」 「ほんとです。単身挑んで、そこそこいい勝負になっていました」 「信じられない……」 考えてみるとひどい言いぐさであるが、思わずほむらはそう言ってしまった。 「先輩、それはさやかさんに悪いですよ」 さすがにちえみも突っ込んでいた。 「そうね。言い過ぎだったわ」 「まあそれはともかく。それでもやっぱり、ワルプルギスの夜には勝ちきれなかったんです。実際先輩達が複数で掛かっても無理なんですから、単身でどうこうできるわけ無いですし。 で、それを見かねて、やっちやいました、まどかさん」 「……契約しちゃったのね」 「はい。因果が足りてないらしくて、かつての祈りは無理だったそうですけど、それでも一撃でした。でも、撃破の瞬間、ワルプルギスの夜の絶望が、一気にまどかさんにのしかかってきて……そのまま一気に魔女化して、全宇宙を呑み込んでしまいました」 ほむらはそれを聞いて頭が痛くなった。かつて魔女化したまどかを見た時、キュゥべえは言った。 『十日で地球を滅ぼせる』と。 ところがちえみによれば、全宇宙を一瞬である。 「……なんかパワーアップしているみたいね」 「あ、先輩は知っているんですね、まどかさんの魔女化した姿。ちなみに記録できました。ワルプルギスの夜と違って、内に閉じているせいで読み取っても絶望がこっちに来なかったので」 それはほむらにとっても意外であった。 「ワルプルギスの夜を越える魔女の筈なのに、それは意外ね」 「でも、あんなもの、どうやったって勝てませんよ。今事典出せませんけど、こう書いてありましたよ。 『救済の魔女クリームヒルト=グレートヒェン。その性質は慈悲。全宇宙全ての存在を強制的に吸い上げ、彼女の作った新しい天国へと導く。この天国に絶望は存在せず、拒絶された絶望は新たなる世界へと捨てられる。 この魔女を倒すものは、そもそも存在していない。世界には他のものなどなにも無いのだから』って」 ほむらは思わず吹き出してしまった。慌ててちえみに謝りつつも、描写的な意味で頭を抱える。 なんだそれは。そんなものどうしろというのだ。 しかもちえみの説明にはまだ続きがあった。 「おまけにこの切り捨てられた絶望が、新たなワルプルギスの夜になる所まで見ちゃいました。そこで力尽きたんですけど」 ほむらは本格的に、現実でも頭を抱えることになった。 「なんで魔女から魔女が生まれるの」 「推測ですけど、聞きますか?」 「聞くわ」 肯定の意を受けて、ちえみはその『推測』の説明をはじめた。 「『ワルプルギスの夜』は、先輩がなるはずの魔女。そしてその基本はたぶん、『先輩が切り捨てた絶望の未来』なんだと思います。やり直す、つまり時間を遡るっていうのは、それまで築いてきた過去と、その先にある未来を切り捨てるっていう事ですよね。過去はまだしも、未来を切り捨てるっていうのは、未来を見限る、つまり絶望に堕とすことになるわけです。ですから先輩が魔女になると、時を遡って切り捨てた物が、全てのしかかることになるんだと思います。強いはずですよ。絶望の蓄積が半端ないわけですから。 それどころかまどか先輩に繋がる因果じゃないですけど、ワルプルギスの夜も、その性質からすると、たぶん先輩が過去に戻るたびにどんどん強くなると思いますよ」 何故かほむらの脳裏に、見知らぬ少女が、「もう止めて、ほむらちゃんのライフはもうゼロよ!」と叫んでいる姿が見えた気がした。 「先輩、しっかりしてください!」 そんな声が、ほむらの意識を呼び覚ました。どうやらまた意識が飛んでいたらしい。 「大丈夫ですか? 確かにショックな事実かも知れませんけど」 「ごめんなさい。さすがにいっぱいだわ」 無茶には慣れたつもりだったが、さすがに精神的な衝撃がいろいろと多すぎた。 だが今のほむらには、立ち止まっている余裕はないのだ。 「それでも、聞かないといけないのよね」 「……はい」 少し申し訳なさそうに、ちえみは言った。どうやら、まだ衝撃的事実は続くらしい。 そう思ったらすとんと何かがほむらの中で落ちた。 人はそれを『開き直った』という。 「それで、なんでクリームヒルトからワルプルギスの夜が生まれるのかって言うのも、基本は同じ事です。まどかさんが変じるクリームヒルトは、その性質上あらゆる絶望を切り捨てちゃうんです。先輩が未来を見限るのと同じように。そしてワルプルギスの夜は『捨てられた未来』を象徴する魔女ですから、結果そういう事になるんだと思います」 「……そう。だとすると、絶対まどかを契約させるわけにはいかないわね」 「そうとも限らないと思いますけど」 意外な事に、ちえみからそんな答えが返ってきた。 「どういうこと?」 「まどかさんが契約したら、最終的に元の木阿弥になるのは確かなんですけど、同時にワルプルギスの夜を倒すのにも、まどかさんの力が必要みたいなんです。 正確に言うと、今私に思いつくワルプルギスの夜を倒す方法は二つ。でもその方法だと、その過程で、まどかさんか先輩、どちらかが必ず犠牲になっちゃいます。 なので私たちは、第三の方法を探さないといけないんです」 いやな予感を感じつつも、ほむらは確認する。 「ちなみに二つの方法って?」 「はい。魔法少女となったまどかさんが攻撃するか、先輩が魔女になるか、どちらかです。 ワルプルギスの夜が先輩だとしたら、それは過去と未来が同時に存在することになります。この矛盾がある限り、ワルプルギスの夜を倒せるのはまどかさんだけです。先輩が魔女となって矛盾を消すか、矛盾の理を超越できるまどかさん以外の攻撃は、ワルプルギスの夜には一切効きません」 「なんでまどかは?」 「先輩が魔女となるとしたら、その絶望はまどかさんを救えなかったからです。だとしたら、魔女としての先輩は、いかなる理由であろうともまどかさんを拒絶できません。それが自分にとっても致命的な攻撃であっても。 ジークリンデさんの言葉を借りれば、それがワルプルギスの夜の『律』になりますから」 せっかく立ち直ったのに、ほむらはまた頭を抱えることになった。 「どうしろって言うの……」 「先輩」 そこに突き刺さる、ちえみの言葉。 「先輩が諦めたら、それこそこの世界全てが無意味ですよ。今この世界は、そのためだけに存在しているんですから」 ほむらはまじまじとちえみを見つめる。もはや言葉も出ない。 「なんで先輩が過去に戻ると世界が滅びると思いますか? この宇宙そのものが、先輩を要として存在しているからです。本来この世界は、まどかさんが世界を改変した時に消滅して然るべき世界なのは理解していますか?」 ほむらの思考は、かつて全知の魔女と出会った時に跳ぶ。 あれはそういう意味だったのかと、ようやく理解が及ぶ。 「この世界は本当なら、先輩の魔女化と共に滅んでいる筈なんです。なのに先輩が魔女化していないから、こうやって存在している。それだけの存在です」 自分の死亡と共に跳ぶ、魔法少女のいない世界。ある意味あちらこそが、真実の世界なのか。 「ワルプルギスの夜が先輩の記憶よりさらに強いのも、たぶんこの矛盾を抱え込んでいるせいです。でも今現在では、先輩を魔女化させると世界が滅ぶ。まどかさんに任せるとまどかさんが世界を滅ぼす。手詰まりなんです。 だからジークリンデさんの元の人も魔女化しちゃったみたいなんですけど」 「なんでここで彼女が出てくるの?」 さすがにここにいたってほむらはおかしいことに気がついた。いくらちえみに知識があっても、何か明らかに『知りすぎている』。 その答えは納得はいくが納得しがたい物であった。 「だっていま先輩に話した推論、ジークリンデさんがまとめてくれたんですよ。昨日助言してもらいに行って、いろいろ二人で……じゃない、キュゥべえも交えて三人で相談して出た結論です、これ」 ほむらは思わすテーブルに突っ伏してしまった。 そんなほむらを気にせずにちえみは続ける。 「ジークリンデさんは確かに予知の力を持っていますけど、アフリカのとある少年の未来はわからないんですよ」 「……なにが言いたいの?」 唐突に出てきた言葉に、ほむらは混乱して聞く。 「ジークリンデさん……というか、先輩から見ると織莉子さんの予知能力は、能動的予知、つまり基盤となる情報がないとその力を生かせないんですよ。だから私が情報を提供して相談に乗ってもらったんです。凄かったですよ。あっという間に今私が話した結論、導き出しちゃいましたから」 「助言者の名に恥じないっていう訳ね」 「ついでにいくつか助言もらっちゃいました」 脳天気に言うちえみを少しうらやましそうに見るほむら。 「一つ、私が知る限りの時系列をまとめてみると、とりあえずベストの手段は前回と同じ、滝の上訪問だそうです。但し、マミさんを連れて行き、速攻引き返せっていっていました。 私たちの知る時間で前回シャルロッテの出現が早まったのって、私たちが滝の上を訪れたせいらしいですから。 私たちの来訪を見て、あの忍者っぽい人が入れ替わりに見滝原病院にグリーフシードを植えたんじゃないかって、ジークリンデさん分析していました」 それはありそう、とほむらも思った。 「ギロチンの魔女ヘラから杏子さんを助けないと、杏子さんがこちらへ来ない場合魔女化する可能性が高いらしいですし、私たちが時間をとられるとまどかさんとさやかさんがシャルロッテの相手をするために契約しちゃう可能性が上がるそうです。 ですので杏子さんを救った後、速攻でヘラは撃破し、返す刀で見滝原に戻ってシャルロッテに備えるのが最初の動きとしてはベストじゃないかっていってました」 「あいつの言葉なのが少し癪だけど、理には適っているわね」 ほむらもその点は認めざるを得なかった。 「あともう一つ、たとえ矛盾のせいで効かないにしても、仲間の魔法少女全員の力が解き放たれなければ、ワルプルギスの夜をどうこうするのはまず無理だっていっていました。 だから味方が揃ったらもう一度話をしに来いって言ってました」 「……むかつくけど、認めるわ」 ますますいらいらが募る。だがさらにもう一押し有った。 「そして、これはまだ不確定だそうですけど……」 何故か見上げるような目でほむらを見るちえみ。 その態度に不吉なものを感じるほむら。 「最後に事を決するのは、まどかさんになるだろうってジークリンデさん言っていました。 それがおそらくは最後の鍵になるって。 まどかさんを守るという事の真の意味を先輩が見いだせなければ、このループは果てしなく続くって……」 ちえみの言葉は、そこで止まってしまった。 眼前に阿修羅王を置いたまましゃべれるほど、ちえみの度胸はない。 そしてほむらは。 「そう……そこまで言うの、あいつは……いい度胸ね。やっぱりあなたは、私の敵よ」 そのまますっくと立ち上がるほむら。 「いくわよ、ちえみ」 「ど、どこへ?」 不安そうに聞くちえみに、ほむらは言った。 「マミのところに決まっているでしょ。ジークリンデのところに殴り込むとでも思ったの? 私はそこまで短慮じゃないわ」 それを聞いて大きく深呼吸をした後、立ち上がるちえみであった。 そんな二人を見送る白い影が一つ。 『やれやれ、ずいぶん波乱含みな始まりだね。でも現状を分析すれば、今のままでは彼女たちが救われる可能性はゼロだ。それなのに動けるというのは僕たちには考えられないよ。 まずはお手並み拝見といくよ、添田ちえみ』 感情を理解しない彼らは、あくまでも理性的に彼らを観察していた。