薔薇の咲く庭に、白い魔法少女――いや、使い魔は佇む。 語る言葉は、宣戦布告。受けるは五人の魔法少女。 そして戦いは始まる。 「初手はあたしが行くぜえっ!」 口にしていた菓子をかみ砕き、佐倉杏子が吠える。 「あんたはどうもいけ好かないんだよっ!」 手にした槍を接棍のように変形させ、彼女の死角を凄まじい速度で狙う。 だが彼女は、そちらを見もせず、わずかに動いただけでその攻撃を躱した。 間合いを詰めた杏子が次々と攻撃を繰り出す。だがその攻撃は、ことごとく当たらない。 ゆらりと彼女が動くたびに、紙一重の隙間で杏子の攻撃は空を切るばかり。 「杏子! 一人ではおそらく攻撃を当てるのは無理よ」 ほむらが指示を飛ばす。 「もし彼女が私の知っている彼女に近いのなら、絶対によけられない攻撃以外は彼女には当たらないわ!」 「なんだそりゃ!」 指示を出しつつも、ほむらは相手の動きを見ていた。 (あの動き、間違いなく彼女は織莉子と同じ『予知』の力を持っている。加えて身体能力はオリジナルの彼女より上……単体でキリカの力のサポートを受けていたのと同じくらいはありそうね) そしてほむらの出した結論は、 (全力で行く) 出し惜しみをしていたら勝てない。相手は予知能力者だ。しかも即座にこちらの動きを見きり、その予知に従って攻撃を躱す事が出来るほどの。 まともにやったらあらゆる攻撃を見切られる。こういう輩に対する手段は一つ。 ほむらは左手の盾に手を掛ける。ほむらの意思によって動いた盾は、常に流れ落ちている、砂の流れを止めた。 同時に世界が静止する。ほむらは止まったときの中を素早く動き、同時に多方面からの攻撃を仕掛ける。 絶対の見切りに対抗するには、見切ってなおよけられない、飽和攻撃が最も有効だ。 だが。 時が動き、同時に10以上の方向から襲いかかった銃弾を、彼女は平然とすり抜けていった。 「時間停止からの同時攻撃。いい手ですが、同期が甘いですわ。着弾にこれだけ誤差があっては、躱せてしまいますわよ?」 「なら、これならどう?」 それに答えるのは巴マミ。浮かび上がるのは、無数とも思えるほどのマスケット銃。 杏子とほむらが攻撃をしている隙に、時間を掛けて召喚したものだ。 「あたしからもおまけだよ!」 さらに彼女の周辺の空間が、ぐん、と重くなったような印象を受けた。 キリカの持つ固有魔法。対象の感覚や運動を抑圧する、『速度低下』の魔法。 素早く杏子とほむらが引くと同時に、おびただしい弾幕が全方位から彼女に襲いかかった。 しかも彼女はキリカによって反応速度を低下させられている。 だが。 「思ったよりコンビネーションが出来ていますね。でもまだまだ」 ふと気がつくと、彼女の周囲に浮いていた魔法球が、複雑な軌道で彼女の周囲を回っていた。その動きに合わせるように踊る彼女。 いや、踊っているのではない。あの無数の弾幕の中に、魔法球を使って間隙を作り、その隙間をくぐり抜けているのだ。 「まあ、こんなものでしょうか」 弾幕が生み出した土煙。それが晴れたとき、そこに立っている彼女は、 傷一つ、付いていなかった。 「なんだありゃ……」 「いうだけの事はあるみたいだね」 杏子とキリカが、前線を固めながらつぶやく。 「個別に攻めていては、らちが明かないわね」 「こちらの攻撃を全て事前に予測、それをすり抜ける未来を見切り、それを引き寄せる……想像以上に、手強いわ」 相手の回避能力を突破する術を考えるマミとほむら。 「私は今回役に立てません……」 弱点の無い敵にはとことん弱いちえみ。 「気にしないで。それよりちえみはまどかとさやかに付いていて」 ほむらは気を許しはしない。相手はあいつの写し身なのだ。 「わかりました!」 空元気かもしれないが、明るく答えるちえみ。 そのまま庭の端でこの戦いを見ているまどかとさやかの脇へと駆け寄っていった。 「では、そろそろこちらからも仕掛けましょう」 新たに五つの魔法球が、彼女のまわりから生まれた。 防御に四つ、攻撃に五つ。九つの魔法球を、彼女は巧みに操って四対一の攻防を支える。 「うわ、なによあれ。四人がかりなのになんかあしらわれちゃってるし」 「ほむらちゃん……マミさん……キリカさん……」 さやかとまどかも、固唾を呑んでこの戦いを見つめている。 恐ろしい事に、彼女の攻撃はたまにとはいえ四人に命中するのに、未だ彼女に対するこちらの攻撃は当たらない。 杏子の槍も、 キリカの爪刀も、 マミとほむらのの銃弾も、 そのことごとくが、彼女に躱され、あるいは魔法球に軌道をずらされていた。 「けっ、いうだけの事はあるじゃねえか」 「全くだ。ここまでよけられると手がない」 前衛二人のつぶやきに、ほむらはあまりやりたくはなかったが、最後の手段を使う事にした。 「二人とも。マミも。私が隙を作るわ。だから、『なにがあっても』攻撃の手を抜かないで」 そして返事を待たず、ほむらは時を止める。そのまま静止している彼女の背後に回り込み、相手の体を掴むと同時に時間停止を解放する。 さすがに彼女もこれをよける術はなかった。殴られたのならまだしも、拘束されてしまっては振り払おうにもわずかながら身動きが取れなくなる。 「かわまないわ! 私ごと打ち抜きなさい!」 杏子もキリカもためらいはしなかった。 ほむらを傷つける事を恐れず、この千載一遇のチャンスに容赦なく攻撃を叩きつける。 さすがにこれは命中した。ほむらを振り払ったものの、引き換えに脇腹と足に攻撃をもらった。 ほむらもあおりを受けてかなり深い傷を受けている。 その傷に黄色いリボンがしゅるりと巻き付く。 「無茶だけど、仕方ないわね」 そしてリボンが光になると同時に、ほむらの傷は消える。 「さすがに戦闘速度での予知は、取りこぼしが出ますわね。判ってはいましたけど、この手を使われるとさすがに回避できませんわ」 「ハメ技っぽいけど、遠慮はしないわ」 再び時間停止からの拘束を仕掛けるほむら。時間停止を併用されているため、わかっていても組み付かれる事は阻止できない。 「ですが甘いわね」 「!」 背後から彼女を拘束したほむらの腹部に衝撃が走る。 「どうやって組み付かれるかは、一応予知できるのですよ。そこに仕掛けをするくらいは簡単ですわ」 彼女は己の背中に魔法球を一つ隠していたのだ。自分も反動でダメージを受けるが、組み付かれたまま杏子達の攻撃を受けるよりは軽い。 「さて……私の攻略法も見破られてきたみたいですから、こちらも本気で行きましょうか」 「おや、君はまだ本気じゃなかったのかい?」 当たらないとは知りつつも、牽制のために攻撃を仕掛けるキリカ。 それを躱しつつ、彼女は言った。 「暁美ほむら、何故かはわかりませんけど、あなたは今の私の元の人物と、戦った事がありますね?」 「あなたに比べれば、ごく当たり前の人間だった分弱かったけど」 「なら運がよかったですね。あなたの知る彼女は、自分の真の攻撃手段に気がついていませんでしたから」 「……どういうこと?」 「こういう事ですわ」 そう言うと彼女は、攻防一体だった九の魔法球を全て自分の周囲を巡る形に変えた。 牽制も、本命も、銃弾すらも、九の守りを突破できない。 その中心で、彼女はさらに何かを取り出した。 新たな、純白の魔法球と、細長い一メートル半くらいの棒のようなものを。 そして彼女の右の瞳が、すっと細められると同時に、異様な気配を湛える。 それは彼女の予知が全力になった証。 そして彼女は、棒状のものを水平にすると、構えをとった。 その構えを見て、魔法少女達はその棒がなんであるかを悟った。 棒の根本を右手で持ち、左手で支えを象って、その先端部を添える。 棒の先端に浮かぶのは、白の球。 それは紛れもない、ビリヤードの構えであった。 「ブレイク・ショット」 小さくその言葉を口にした彼女は、静止する白球に棒――キューを叩きつける。 打ち出された白球は、周回していた九つの魔法球にぶつかり、それをはじき飛ばした。 「うわっ」「なんのっ」「きゃあっ!」「っ!」 白球に弾かれた魔法球は、今までのふわりとした動きとは一転した超高速でほむら達に襲いかかる。何とか初撃は躱すが、躱した瞬間別の球が体に突き刺さる。しかも反動で跳ね返った球がさらに別の球に当たり、軌道を変えた球がまた襲いかかってくる。 目の前の球をよけたつもりが、まるで吸い込まれるように自ら別の球に当たりに行っていたりする。 そして魔法球が勢いを失って静止したとき、ほむら達四人は、全て地に倒れ伏していた。 「これでわかったかしら」 球と魔法球を消し、ジークリンデは宣言する。 「少しそのまま休んでいれば、すぐに動けるようになりますわ。ちえみさん、まどかさん、さやかさん、ご心配なく。私にはあなた方を本気で害するつもりはありませんから」 「あの……どうしてなんですか?」 まどかは、ジークリンデを見つめて質問する。 「あなた、使い魔なんですよね、魔女から生まれる。今まで見た魔女や使い魔は、みんな人を襲ってました。人を操って、自殺させようとしたり、食べちゃおうとしたり。 そういう事をする魔女はやっつけないといけないって思います。でもジークリンデさんは、こうやってお話も出来ますし、人を襲っているようにも見えません。魔女って、必ずしも人を襲うものじゃ、無いんですか?」 「あなたは迷っているのね、鹿目まどか」 そう問われ、まどかは少し下を向いて考え……そしてキッと上を向いて言った。 「はい。私、魔法少女になって、みんなと一緒に戦いたい。でも、ほむらちゃんはそれをいやがってる。他の世界の事を知ってて、私が魔法少女になると、いつも最後は悲しい結末になるからって。それに、私には、かなえたい願いがないんです。戦いたいから魔法少女になるのは、特に駄目だって。ほむらちゃんもマミさんも同じ考えみたいですし。 それに……何となく感じてはいるんです。戦いたいから、みんなの手助けをしたいから魔法少女になるんじゃ、何か駄目なんだって言うのは」 「そう……真面目なのね。あなたは。そして、とても優しい」 ジークリンデは、慈母の笑みを浮かべながら言った。 「あなたの気持ちはわかるわ。そして、暁美ほむらの懸念も、私は判っている。あなたの戦いたいという気持ちは、尊いものだわ。呉キリカなら、何故ためらうと言うでしょうね。 でも、私はあえて言うわ。あなたは、安易に魔法少女になってはいけない存在よ」 「どうしてですか?」 「そうだよ。なんでまどかは、魔法少女になっちゃいけないんだよ」 話を聞いていたさやかも乱入してきた。その後では、ちえみが何故かあたふたしている。 ちえみは話題がひじょ~にまずい方向に向かっているのを感じていた。だが彼女にはそれを止める事は出来ない。 「鹿目まどか」 そしてジークリンデは語る。 「あなたは、魔法少女として、きわめて特異な立場にいるわ。私は何故あなたが魔法少女になる事を勧めないのか、その説明をする事が出来る。その助言をする事が出来る。 でも、それを聞いてしまったら、あなたはもはや引き返せない。その説明をするには、隠された真実を全て話さないといけないから。 そしてそれは大変に重い事。あなたに重大な選択を迫る事でもあるわ。 霧の魔女の手下、魔女でありながら人を襲わず、ただ助言するものとして、まず私は、あなたに助言を聞く意思があるかを確認しなければならない。 なぜなら、この助言には、まず『あなたの意志を確認する』という項目が入っているから。 聞いてしまえば引き返せない。この助言は、魔法少女の祈りを掛けるのに匹敵する重さがあるわ。 その内容を説明するわけにはまだ行かないけど、知ってしまえば――あなたは、たぶん真っ当な終わりを迎える事が出来ない。あなたは望んでその命を散らしてしまいかねない。暁美ほむらの思いを、踏みにじる事になるかもしれない。 ――それでも、あなたは、私の助言を受けるかしら」 「まどか……」 脇で聞いていたさやかの顔が少し引きつる。さすがに彼女にも判ったのだ。まどかの問いに答える事、それは予想以上にとんでもないことなのだと。 まどかには、そしてほむらや魔法少女達には、何か大きな『謎』がある。そして知ってしまえば、たぶん後悔するような事なのだ、それは。 いや、多分ではない。『絶対』後悔する事だ。 こう、何気なくおいしく食べていたご飯に、とんでもないものが混じっていた、とか言うような、いわゆる『知らなきゃよかった』的な何か。 だが、さやかは同時に思っていた。まどかの性格からしたら、止まらないんじゃないか、と。 そしてまどかは。 「私は……知りたいです! 知ったら後悔するのかもしれない……でも、今聞かなかったら、やっぱり私は後悔すると思うから! 同じ後悔するのなら、せめて知って後悔したい!」 「やはりそう言うのね、あなたは」 ジークリンデは、ふっと気を抜いた笑みを浮かべると、まどかに向かって言った。 「では聞きな そこで唐突に、ジークリンデの言葉は止まった。少し遅れて響く、ぱあんという乾いた音。 額にぽつりと空く黒い点。 「聞く必要はないわ、まどか」 その声にまどかが振り向くと、そこには拳銃をぶら下げたほむらが立っていた。 一方ジークリンデは、次の瞬間、まるで小麦粉をぶちまけたかのように白い霧になって飛び散り、死体すら残さずに、文字通り『霧散』した。 「ほむらちゃん! どうしてっ……」 「聞かせるわけにはいかないのよ、この事は」 泣き顔になるまどか。だがほむらはそんなまどかをはねつけるように言う。 「悪いけど……こればかりは、たとえ嫌われても、絶対に教えられないの。たとえあなたが望んでも、地獄へ一直線の道を進ませるわけにはいかないから」 「……暁美さん、あなたは、知っているの?」 二人の間に、よろよろと力無くではあったが、立ち上がったマミが聞いてくる。 その後すぐに、杏子とキリカもよろけつつ立ち上がった。 「あたしは詳しい事は知らないけど……まあうかつに聞かせられる話じゃねえ気はするな。裏目に出たらろくでもない事にしかならねえ事もあるし」 杏子がマミへ、ほむらに代わって言う。 「ほむら、私個人としては恩人の希望を無理矢理押しつぶすような君の言動は気に入らない。だが、そんな事をしたら嫌われるとわかっていてもやると言う事は、よほどの事なんだろうね。さすがにそれだけは判る。まあ、私には出来そうもないけどな」 キリカも、ほむらへプレッシャーを掛けつつではあったが、思った事を口にする。 そしてほむらは、それに答えることなく、こう言った。 「帰りましょう。さっきの一撃は、まさに僥倖よ。彼女は意識しなければ未来を知る事は出来ない。あんな場でもなければ、間違いなくよけられていたわ」 ほむらは体が動くなるようになると同時に、時間を止め、至近距離で銃弾を放ったのだ。 まともでは絶対によけられない距離から。 これが先ほどのような戦闘中なら、自分がこの手段を取るという事自体を予知されて対策されてしまっただろう。だがほむらは知っていた。織莉子の――ひいてはジークリンデの予知は、『魔力を使って行う能動的な行為』であることを。そして先の模擬戦で予知を全開にしていたのなら、戦闘終了後の未来はわざわざ予知していないだろうと。 予知はいろいろ負担の大きい能力だから、おそらく戦闘後はオフにする、そうほむらは読んでいた。 一種の博打であったが、気がついてみればジークリンデがまどかにいらん事を吹き込もうとしている。 後は一種の反射だった。いくら何でもまどかに魔女化と、その果ての事を知られるわけにはいかない。魔女化だけならまだしも、その先はまずい。 だが、親の心子知らずではないが、ほむらの思いはまどかには判らない。 「ほむらちゃん……ひどいよ。なんで、教えてくれないの? なんで、私だけ、仲間はずれにするの?」 その言葉が、ほむらの胸に突き刺さる。 その胸の痛みに、ほむらは自分のたがが緩んでいる事に気がつく。 最後の一度のために、他は切り捨てる覚悟をしたはずだった。だが気がつけば、切り捨てられない自分がいる。 「私だって知りたい! みんなと一緒に頑張りたい! なんで、なんで駄目なの! なんで私は、魔法少女になっちゃ駄目なの! なんで、なんで!」 駄々っ子のように泣きながら、ぽかぽかとほむらを叩くまどか。 ほむらは甘んじて叩かれるままにしている。 その背後では、 「佐倉さん……あなたは、判っているの?」 「ちょこっとはな。あたしは、見ちまったから」 「見ちまったって……なにを?」 「まあ、なんというか……魔法少女の宿命というか、なれの果てというか、終わりというか……メンタルの弱いやつには、教えられねえ話だよ。実際、ほむらが言うには、聞いただけで戦えなくなったり、果ては自殺した魔法少女もいるような話らしいし」 「私は大丈夫かな?」 「そうですね……キリカさんはたぶん平気だと思います。マミさんは……微妙?」 「添田さん、その言い方は少し傷つくわ」 魔法少女達が、その秘密について議論していた。 それゆえ、それに一番最初に気がついたのは、話題に入りそびれたさやかであった。 「なんか……魔法少女って、思っていたよりなんかずっとややこしいものなんかなあ」 「ええ。曲がりなりにも奇跡を操る技ですのよ? その代償が、軽いはずはありませんわ」 「あ、やっぱり……って、あんたああああっ!」 さやかは、自分の独り言に合いの手を入れてきた人物を見て、思わず絶叫してしまった。 ついさっきほむらに殺されたはずのジークリンデが、何食わぬ顔で佇んでいたからだ。 「ちょ、なんで」 「あの、私は使い魔ですよ? まあちょっと変わっていて、同時に一体しか出現しないんですけど、代わりがいないわけではないのですから」 その言葉を聞いたほむらが、「キュゥべえみたいな使い魔ね……」とつぶやいていた。 ちなみにそれを聞いていたのはちえみだけだったと言っておこう。 そして新たに現れたジークリンデは、心底困ったような表情で、一同に告げた。 「暁美ほむらさん。さっきの攻撃はなかなかでしたわ。ただ、ちょっと困った事になりましたの」 「……その言い方からすると、何か不都合があったのかしら」 言い回しから、よくない事ではあっても敵意有っての事ではないと判断するほむら。 だが、彼女の口が出た言葉は、それを裏切るものであった。 「ええ。あのお方と私は、基本的に人間を襲ったり死なせたりはしない魔女であり、使い魔なのですが、それでもやはり『魔女』なのです。 そして魔女には一種の『律』があります。性質から生じる、逃れられない業のようなものですわ。 あなたの行動は、その『律』に引っ掛かってしまうのです。 具体的に言えば、あなたたちはこの後、あのお方に襲われます」 さすがに引きつる一同。 「あのお方の『律』は、『助言を妨げるものを許さない』です。あの不意打ちが、もう少し早ければ、まだギリギリ間に合ったのですが、わたくしが助言を告げはじめてしまったがゆえ、残念な事になりました」 「まどか……」 それを聞いたほむらは、じっとまどかを見つめる。心底、申し訳なさそうに。 「絶対、守るから」 「……」 そういうほむらのあまりにも真摯な顔に、まどかはなにも言い返せない。 まどかの中では、反発する心と、大切に思ってくれているという心が、激しくぶつかり合って渦を巻いていた。 そんな二人をさらりとスルーして、ジークリンデは説明を続ける。 「あのお方の名は、霧の魔女ヴァイス。その性質は『奇跡』。閉ざされた未来にあってなお、その先を求めるもの。過去と未来を知り尽くすその魔女には、あらゆる攻撃は通じない。 彼女に勝つためには、文字通りの『奇跡』を起こさねばならない……幸い、あのお方は、直接人を傷つける力は持ち合わせておりません。ですが、同時にあのお方は、こういうお方なのです。 魔法少女が魔法少女である限り、絶対に勝てない魔女。あらゆる世界に存在する魔女の中で、三番目に強い魔女。 それでも、たぶんさやかさんとまどかさんは生き延びられるでしょう。あのお方は『人間を傷つけることが出来ない』ので。ですが、それ以外の方は……まず生きて帰れないでしょうね。お覚悟のほどを。 そういうわけですので、帰り道には十分注意してください。それと」 そこで一旦ジークリンデは、言葉を切って皆を見渡した。 「もし無事に生きて帰れたら、またお越しください。一度助かれば、『律』は解除されますのでご安心を」 その言葉と同時に、どこからともなく霧が漂いだし、辺りの景色が白い背景にとけていく。 気がつけば、白亜の館は、姿を消していた。