見滝原と滝の上の中間あたりにある名門女子校、白滝女学院。 そこから少し離れた所にあるバーガーショップで、少女達は待ち合わせをしていた。 意外な事に、女子校の近くだというのに店内には他に女生徒の姿を見かけない。 どうもこの店は、名門女子の好みには適さないようだ。 大量のポテトを間断無くほおばっていた佐倉杏子が、同席している少女達を見て少しため息をついた。 「まさかまたあんたと共闘する日が来るとはねえ、巴マミ」 「私も同じ気持ちよ、佐倉杏子」 火花は散っているものの、言葉ほど険悪な雰囲気はない。 やがて二人は、どちらとも無くふと笑った。 「前より少し丸くなったじゃないか。あんたも現実というものを少しは知ったのかい?」 「そういうあなたこそ角が取れてるわよ。少しは理想というものが判ったみたいね」 二人は互いに相手の微妙な変化に気がついていた。マミも杏子も、見え隠れしていた尖った部分が消えている。 マミは仲間が増え、孤独が癒された事で。 杏子もまた、ちえみというお節介に感化された事で。 「後はそっちの新人さんかい? なかなか面白そうなやつじゃないか」 「私は呉キリカ。そこにいるまどかとさやかの愛の力で生まれた魔法少女さ」 真顔でそんな事をいわれて、危うく吹き出しそうになる人物が三名。 当事者のまどかとさやか、そしてほむらである。 もちろん皆それが本気であると同時に冗談である事は判っている。だがそうだと判っていても耐え難い事というものはあるらしい。 ちなみに杏子は馬鹿笑いしている。 「気に入ったぜあんた。改めて、あたしは佐倉杏子だ。よろしくな」 杏子は真面目な話、この呉キリカという魔法少女を見て思いっきり気に入っていた。 基本的に杏子が好むのは裏表のない人物である。一貫していて、簡単に態度を変えない人物が杏子のジャスティスだ。 マミの場合は態度を変えない所は好感度が高いが、語る理想が借り物くさい所で反発していた。ほむらは戦闘面では信頼できるが私生活がうさんくさすぎてそういう意味では友にしづらい。実際ちえみという緩衝材がなかったら、杏子はほむらの事を信じ切れていなかっただろう。 まどかとさやかには今のところ含む所はない。ただ印象として、さやかとの間にやっかいなものを感じていた。 なんというか、腐れ縁になるか、宿敵になるか、その二択のような気がする。 「それはそうと全員揃った所で、今回の計画をまとめるわ」 代表してほむらが皆に告げる。 「あの後集めた情報でも、それほど目新しいものはないわ。新しい情報は一つだけ。白滝女学院から開発地区の方に向かっていき、霧が出てきたら館にたどり着けるらしいわ。もし霧が出てこなかったら、館は見つからない。後、同行者に悩みが無くても館にはたどり着けるのも確かよ」 「なるほどね、となれば行ってみるだけか」 杏子がパン、と手を打ち合わせる。 「まどか」 そしてほむらは、まどかに声を掛ける。 「キリカにあおられたからという訳ではないけど、あなたの事は絶対守ってみせるわ」 「うん。信じてるよ、ほむらちゃん」 だが、そういう彼女の口調は、どうにも沈みがちであった。 バーガーショップを出て、七人の少女達は街外れへと歩いて行く。 開発地区には、建設途中のビルとかが多い。今見滝原は発展と拡大の時期を迎えており、長く続いた不景気を吹き飛ばす原動力にもなっている。 すると不思議な事に、昼日中だというのにどこからともなく霧が漂いはじめた。 「これは……当たりを引いたみたいね」 「魔法少女としての力なんでしょうか」 昼日中にこれだけ濃い霧が立ちこめてくるという事は、まず自然ではあり得ない事である。 まどかとさやかを囲むように、残りの五人が位置を変える。変身こそしていないものの、いつでも動ける体勢は出来ていた。 「そんなに警戒する事はないですよ」 そんな彼女たちの耳に、突然そんな声が響いてくる。 ぎょっとする一同の元に、さらに声は続く。 「そのまままっすぐお進みください。すぐに館に着きますわ」 「どうする」 「進むしかないと思うけど」 杏子の答えに、マミが答える。 と、そこにさらに追い打ちが掛かった。 「そうそう、添田ちえみさん」 「ひゃいっ!」 突然名指しで呼ばれ、変な声を上げてしまうちえみ。 「あなたの力は、ここではまだ使わない方がいいですよ。今のあなたでは、たぶんそうした瞬間破滅しますから」 その言葉に息を呑むキリカ以外の全員。 「ちえみの力って?」 「相手の正体や弱点を見抜く力よ」 キリカの質問に答えるほむら。 「ちえみ本人には戦闘能力がほとんど無いけど、彼女のアドバイスは魔女と戦うときにものすごく頼りになるわ」 「なるほど……こういう状況で相手の事を探るのにはもってこいという訳なのか。でも先んじてそれを止められた」 「相手は既にこちらの事を把握しているというわけね……ますますあいつの雰囲気がしてきたわ」 「織莉子、っていう魔法少女?」 「ええ」 キリカの疑問を肯定するほむら。 「その人はどんな力を?」 二人の会話に興味を持ったのか、マミも聞いてくる。 ほむらは苦い顔をしながら、その質問に答える。 「……未来予知よ」 そう、ほむらが答えたその時、霧が急速に薄れていった。 そこに見えるのは、白亜の館。 それが霧に呑まれる前の風景の中に、ひっそりと溶け込んでいた。 そしてその前に佇む、一人の女性。 その姿を見たとき、ほむらは感情を抑える事が出来なかった。 目の前にいたのは、ほむらがある意味敗北を喫した、白の魔法少女。聖母を思わせるヴェールと広がったスカートに身を包む、未来を知る魔法少女。 そして世界の救済のために、鹿目まどかの排除を企み、自らは敗れたもののその目的は達成した魔法少女。 ほむらのループの中での、ただ一度のイレギュラー。その原因となった魔法少女。 その人物の姿を、ほむらと、ほむらの記録を写したちえみだけは知っていた。 そしてほむらは、感情のままに、彼女の元に走っていった。 あいつが、 あいつが、 あいつが、 まどかを……殺したっ! 感情の迸るままに白の魔法少女に襲いかかるほむら。 銃を抜くことも忘れ、その手で彼女に殴りかかろうとする。 「美国……織莉子ぉぉぉっ!」 それは魂ぎるほどの絶叫。抑えつけられた感情の爆発。 だが、その白い魔法少女は。 すっと体をずらして難なくほむらの拳をよけると、その口で残酷とも言える言葉を告げた。 「人違いですね。私の名前は、ジークリンデといいます。美国織莉子という名ではありません」 その瞬間、ほむらの心は真っ白になってしまった。 そこに他のメンバーが追いついてくる。 「先輩、落ち着いてください!」 「ほむらちゃん!」 口々に掛けられる声に、ようやく正気を取り戻していくほむら。 「あ、私……」 「びっくりしたよ。なんでいきなり殴りかかろうなんてしたの?」 まどかに言われて、完全に頭が冷えたほむら。 よく考えてみれば、もし彼女があの織莉子と同一の存在だとしても、まどかを殺すとは限らないのだ。 こちらから手を出すのは、未来を知る者の傲慢であり、あの織莉子のやった事と何ら変わりがない。 ようやくほむらもそのことに思い至った。 「失礼いたしました、ジークリンデさん」 ほむらをなだめる脇で、代表してマミが彼女にわびを言う。 ジークリンデは気にした様子もなく、あっさりと頷いて言った。 「お気になさらずに。私はあなたたちに敵対するものではないのですから。ご相談ごとがあるのでしょう? 皆さん、館の中へどうぞ」 ほむらも、ちえみも知らない事であったが、その館はかつての時間軸で美国織莉子が住んでいた屋敷に酷似していた。 ただ色が真っ白なだけで。 館の中は、拍子抜けした事に、ごく普通の家屋だった。 「てっきり占い館って聞いてたから、もっと神秘的なのかと思っていました」 「あら、それならご期待に応えるべきだったかしら」 ちえみの問いにも、素直に答えるジークリンデ。 他の皆も、思わず警戒を解いてしまうような柔らかさが彼女にはあった。 ただ一人、ほむらを除いて。 「ほむらちゃん、なんでそんなにぴりぴりしてるの……」 「ごめんなさい。判っていても気は抜けないわ。この女の正体がわかるまでは」 「あら、判らないのかしら」 挑発するようにジークリンデは言う。 「でも、それは私の役目ではないわ。私はあの方の意に沿い、望むものに助言を与えるものよ。それが私の役目」 「ならば問うわ。私の目的を果たすためにはどうしたらいいの?」 それはさらに無茶な挑発。決して答えられない質問。 だがジークリンデは、平然としたまま言い返した。 「今回は無理じゃないかしら」 その言葉に衝撃を受けるほむらとちえみ。二人だけには、彼女の言葉の意味が通じたのだ。 そしてそれを無視して、言葉を続けるジークリンデ。 「あなたが目的を果たそうにも、今のあなた方では決定的に力が足りません。少なくとも全力を出し切れるようになってからそんな寝言は言いなさい」 「言ってくれるじゃねーか」 そんな彼女の物言いに、杏子が反発した。 「あたし達が全力を出してねーだと? 魔女との戦いはそんなに甘いもんじゃないんだぜ。手を抜いてて勝てるかよ」 「あら、あなたはご存じでなくて? 私の助言を受けた魔法少女は、格段に強くなったっていう事を。そもそも力の大半を眠らせているあなたには、そんな言葉を発する資格もありませんわ」 だがあっさりとそれをいなすジークリンデ。 「もっとも、私の助言を受けてその力を解放したにもかかわらず、使い方を誤って悲惨な最期を迎えた方も多いですが」 「おい、それどういう意味だ」 杏子の頭にフラッシュバックする、あの魔法少女の最期。 そしてジークリンデは、何ら悪びれることなく言い放った。 「私は助言者。問われた悩みに、確実な解決策を与えるもの。ですが、それをどうするかはあなた方の責任です。私はちゃんと利点も欠点も全て説明しました。たいていの新しい力は、負担が増す事が多いので決して使いすぎないようにとも。 それでも力を使いすぎて自滅するのは、運用する個人の責務だと私は思いますが」 「くっ……」 彼女の言葉はまがう事なき正論で、杏子には言い返せなかった。 そして彼女は、とまどう一同にうんざりしたのか、爆弾を投入してきた。 「私など警戒しても無意味ですよ。もし戦いになったとしても、今のあなた方ではあのお方どころか私にすら勝てないでしょうし。それであのお方よりも強い存在を倒そうなど、無謀もいい所です。 もし疑問があるのなら、遠慮無く質問しなさい。疑問を解きほぐし、問いに答え、明日の希望を生み出すのが、私の使命なのですから」 「なら問うわ。あなた……何者なの?」 ほむらが切り返す。それに対してジークリンデは、驚くべき事を言った。 「その答えは、添田ちえみ、あなたに聞くのが早いでしょう」 「へっ、私?」 慌てるちえみに、ジークリンデはさらにとんでもない事を告げた。 「あなたの力で、わたしを見てご覧なさい? そうすればすぐに判りますわ。但し、あくまでも私だけにしなさい。それ以外のものを見たら、あなたの無事は保証できないわ」 そこまで言われてはちえみもためらいはしなかった。変身すると同時に、解析の魔法をジークリンデにぶつける。 そして浮かび上がった彼女の正体を見たちえみは、思わず絶句してしまった。 「う……うそ……本当に?」 「ちえみ、どうしたの?」 「添田さん?」 「おい、どうしたちえみ!」 ほむらに、マミに、杏子に話しかけられたちえみは、何とか言葉をひねり出す。 「この人……ジークリンデさん、『使い魔』です!」 「ええええっ!」 はからずしも他の皆の声がきれいにハーモニーを描いた。 「ご名答」 ジークリンデは優雅に微笑んだまま答える。 「私は霧の魔女の手下ジークリンデ。その役割は再現。主の望むままを再現し、主の意思を実現するために人と会話するのがその努め。おわかりかしら」 「判るかよっ! あんたが魔女の手下なら、あんたは私たちが狩る標的だっ」 「無駄です、佐倉杏子」 怒りのままに変身した杏子の槍を、難なく止めるジークリンデ。 「あなたは自分の力を理解しないどころか封印している。そんな体たらくでは私を倒すなど夢のまた夢ですよ」 「封印、だと?」 そう聞きつつも力を込めるが、ジークリンデはびくともしない。 見た目によらず、彼女は恐ろしく強い存在であった。 「ついでだからあなた方も聞きなさい」 マミやキリカも、ジークリンデの迫力に呑まれていた。 「魔法少女の力は、本人の性格・性質と、掛けた祈りによって決定されるわ。たとえば巴マミ、あなたなら」 名指しされたマミの体がぴくりと震える。 「あなたの祈りは『命を繋ぐこと』。そのシンボルは『リボン』、その力の本質は『拘束』。その武器は『終わりを示すもの』。故にあなたは、繋ぐ事、結ぶ事、縛る事に力を発揮するわ。 また命を願ったがゆえ、治癒と再生の力も相性がいい」 皆思わずその言葉に聞き入ってしまった。相手は魔女の使い魔であるのに、その言葉を聞かずにはいられない。決してこれは魔法ではないのに。 「佐倉杏子。あなたの祈りは、『話を聞いてもらうこと』。そのシンボルは『言霊』、その力の本質は『幻惑』。その武器は『意を貫き通すもの』。故にあなたは、惑わす事、貫く事、結びつく事に力を発揮するわ。但し今あなたは、罪悪感から幻惑の力を封じている。それゆえその力は、命の危機にしか現れない。 あなたは気がついていなかったけど、断罪の魔女からあなたが逃れられたのは、その力が現れたからよ」 杏子は激しい混乱にあった。わかってしまうのだ。彼女の言葉に嘘がない事が。 「添田ちえみ、あなたの祈りは、『知り、憶える事』。そのシンボルは『眼鏡』。その本質は『記録』。その武器は『調べ、記するもの』。故にあなたは見抜く事、調べる事、記録する事に力を発揮するわ。反面直接戦闘力はほぼ皆無に近いけど。己の力を使いこなしても、普通の戦いは難しいわね。あまりにも地力がなさ過ぎるわ」 ちえみは無言のままその言葉を聞いていた。 「呉キリカ。あなたの祈りは『変わること』。そのシンボルは『意思』。その力の本質は『抑圧』。その武器は『束縛を引きちぎるもの』。故にあなたは、変化させる事、押さえつける事、解き放つ事に力を発揮するわ。ある意味ちゃぶ台返しが得意なタイプね」 キリカはただ一言、ふーんと頷いた。 「そして暁美ほむら。あなたの祈りは『やり直す事』。そのシンボルは『砂時計』。その力の本質は『遡行』。その武器は『守護するもの』。故にあなたは繰り返す事、やり直す事、そして守る事に力を発揮するわ」 ほむらもまた、無言だった。 そしてジークリンデは、宣告するように言い放った。 「巴マミと呉キリカは、ある程度は己の力を使いこなしていると言えますけど、暁美ほむら、あなたは自分の力の本質を全く理解してない。佐倉杏子に至っては己の力を捨て去る有様」 そしてため息をつく彼女。 「これであれに挑もうなどとは、お笑いぐさ、ですわ」 四対の視線が、ジークリンデを睨む。一人睨まなかったちえみは、 「あの、あたしは?」 と、どこかずれた事を質問していた。対するジークリンデの答えは。 「あなたには今更何も言う事はありませんから」 という、何とも判断に困るものだった。さすがにこの扱いにはちえみも、 「む~っ、なんだかむかつきます」 と、珍しくも怒りを見せている。 そしてジークリンデは、ふっと意味深な笑いを浮かべると、ほむら達を逆に睨みながら言った。 「納得できないみたいですね、その様子からすると。なら、一つ」 彼女は立ち上がると、庭の方へと歩んでいった。 そして広くなった所の真ん中で立ち止まる。 「お相手、いたしましょうか」 彼女がそう言うと同時に、浮かび上がってきた魔力の球が、彼女を守るように囲んだ。