その光景を見たとき、ほむらの胸に浮かんだのは、激しい焦燥であった。 あの黒い魔法少女が、ほむらの目前で魔女に転じたあの魔法少女が、まどかとさやかの至近にいる。 それにまどかの危機に際して側にいられなかった、その思いもあったのか。 ほむらは反射的に取り出した拳銃を黒の魔法少女に向けていた。 その時、視界に映る、倒れた男女と仁美の姿。 ここで二つの事がほむらに幸いした。 一つ、ほむらはかつての時間軸における魔法少女襲撃事件に関わっていなかった事。 二つ、キュゥべえとの和解が成立していた事。 もしほむらが襲撃事件の事を知っていたら、彼女の引き金は止まらなかった。 時に味方のように振る舞うのがその手口だと知っていたならば。 そしてキュゥべえと和解していなかったら、その助言を素直に聞けたかどうか。 『危なかったね。彼女が二人を助けてくれたよ』 タイミングよく滑り込んだキュゥべえの言葉に、状況判断をする冷静さがほむらに戻り、惨劇は阻止された。 もしここでその手が止まらなかったなら、全てが終わっていた可能性すら有ったのだ。 「まどか、大丈夫?」 息を整え、まどかとさやか、そしてキリカの立つ所に現れるほむら。 「あ、ほむらちゃん! 今日出かけてたんじゃなかったの?」 「急いで、戻ってきた……遅かったみたいだけど」 「危なかったね。私がいなかったらどうなっていたか。まあ私も、実のところはあんまり自慢できる話でもないんだけど」 その言葉に少し面食らうほむら。何しろほむらはキリカの事を名前しか知らないと言ってもいい。あの事件においてほむらとキリカの接点は、最終局面において、織莉子の隣にいた、ただそれだけでしかないのだから。 そして彼女は、その場で魔女になってしまったのだ。 「あなたがまどか達を助けてくれたのね」 「恩には恩で報いる。当然の事だよ」 至極真っ当な事をいわれてほむらは意外に思う。彼女の事はあの忌々しい予知の魔法少女とは切り離して考えた方が良さそうだ、そう、ほむらは考えた。 それでも確認はしないといけない。油断無く相手の挙動を見定めながら、ほむらは言葉を口にする。 「ただ、一つだけ、確認しないといけない事があるわ」 「ん? 私は君になにかした事があったかな?」 隠しようもない敵意をほむらから感じて、キリカはまどか達をかばうような位置取りに移動する。その何気ない行動がほむらをいらつかせるが、それを無理矢理押しつぶしてほむらは禁断の名前を形にする。 「あなた、織莉子、と言う人を知っている?」 「おりこ? だれ、それ」 どう見ても演技とは思えないその様子に、ほむらは肩の力を抜いた。同時に霧散する敵意に、キリカだけでなく、まどかやさやかもとまどった様子を見せる。 「ねえ、ほむらちゃん、一体どうしたの?」 「そうそう。なんでそんなに緊張してたのさ」 二人の言葉で、完全にほむらの焦りが消えた。 息を整え、改めてキリカ達に向き直るほむら。 そして深々とキリカに対して頭を下げた。 「お礼が遅れてごめんなさい。まどか、と、さやかを助けてくれて、ありがとう」 「むっ、今なんかあたしの名前が遅れたような」 「気のせいよ」 鋭いさやかのツッコミを何とか切り返した事で、ようやくほむらはいつもの調子に戻るのであった。 変身を解き、おじさん達には悪いと思いつつも仁美だけを抱えてその場から離れる四人。 公園の一角まで戻ってきた所で、仁美が目を覚ました。 「あら、ここは……」 「仁美ちゃん!」「よかったあ~」 目が覚めた瞬間抱きつかれて困惑する仁美。 「お、落ち着いてください。なにがあったのですか?」 どうにか二人をなだめた仁美の問いに、ほむらが答える。 「あなたは魔女にとらわれて、危うく死ぬ所だったのよ」 「魔女に……あなたが助けてくれたの?」 「いいえ。私は駆けつけたけど間に合わなかった。助けてくれたのは、彼女」 「私は呉キリカ。君は恩人達の友達かな?」 恩人、と言うのが誰の事か判らなかったが、続く言葉から、それがまどか達の事だと仁美は判断した。 「恩人というのがよくわかりませんけど、まどかさんとさやかさんなら、私のお友達ですわ」 「うん。ならよかった。恩を返せるというのは気持ちのいいものだ」 そういうキリカの言動を見て、少し意外に思うほむら。 どうやら自分が考えすぎていたようだと、改めて時間を繰り返す事の危険性に思い至る。 先入観は、時に諸刃の刃となるのだ。 あの時間では織莉子の刃として自分たちに敵対したキリカという魔法少女。だが、今の彼女は明らかに織莉子を知らない。 あの時間軸で織莉子達が襲ってきたのはかなり後の時だったことを合わせて考えれば、今の彼女は織莉子と知り合う前の彼女だったという事だろう。 決して同じになるとは限らない歴史の綾が、今回彼女を織莉子ではなく、まどか達と知り合わせた。そういう事なのだとほむらは結論する。 ならば、自分の取るべき態度は。 「ところで呉キリカ。あなたは、魔法少女というものを判っているのかしら」 「全然。私にとってあの時必要だったのは、恩人達を助けられるかどうか、その一点だけだったから」 やはり、とほむらは思い、傍らにいるキュゥべえを見つめる。 キュゥべえはほむらにだけ通じるテレパシーで返事をしてきた。 『まあ考えた通りだよ。君との約束があったからね。たまたま彼女が二人の後をつけていたから、彼女に契約を持ちかけたんだ』 それを聞いてほむらは思わずキリカを睨み付けてしまう。 「ん? 私が何か君にしたかな?」 「ほむらちゃん、どうしたの、いきなり?」 「呉キリカ、二人を助けてくれた事には感謝するわ」 「ん? 何か意味深だな、その言い方は」 「それでも確認しないといけない事が出来たわ。何故、あなたは二人の後をつけていたの?」 思わぬ言葉に、当事者以外……まどか、さやか、そして仁美はきょとんとした顔になる。 「まあそれはそうだけど、なんで君がそのことを?」 「キュゥべえから聞いたわ。あなたが二人をつけていたって」 「ああ、そのことか。それは……愛だよ」 思わずこける一同。 それはどう見てもストーカーの台詞だ。 「いや実際、魔法少女として契約したからこうやって話も出来るけど、私は元々ネガティブな性格で、先日まどかとさやかに優しくされた事は、ものすごく私にとっては衝撃的だった。でも私は、改めてお礼をいう事も、挨拶をする事すら、とてもじゃないが出来なかった。 また話がしたい、そう思ったのに踏ん切りが付かなくて、二人には失礼だけど、形として後をつけるような事になってしまった。そうしたらこれだ。何とかしたい、でもなんにもできない。そう思っていた所に、天からの使者は訪れた」 どこがネガティブだ。 ほむらは内心そう突っ込んでいた。 仁美もだった。 まあこれは、以前のキリカを見た事のない二人ではしかたのない事だっただろう。 「話を聞けば、私には彼女たちを救う力があるというではないか。こんな私でも役に立てる。ならばもうためらう理由はなかった」 その言葉が出たとき、二人の少女の瞳に影が差した。 まどかと、ほむらに。 特にまどかは、その瞬間、思わず下を向いてしまった。 「ネガティブで、自分すら嫌っていた私は願った。変わりたい。守られるだけでなく、守れる自分になりたいと。そしてキュゥべえは、私の願いを叶えてくれたよ」 今度はほむらがその瞬間歯を食いしばっていた。 「まあ、うまい話には裏がある。恩人達の様子からすると、どうも魔法少女になるというのはいい事ばかりじゃないみたいだけど、そんなもの、恩人達を救えた事に比べたら些細なものだ。今の私には判る。踏み出せず、後悔ばかりしていたら、勝ち取れるものは何も無いとね」 「あなた……」 ほむらにとっては意外だった。いや、だからこそというべきなのか。 あの織莉子は、あの戦いの時、抜け殻となったキリカの死体を守ったが故に敗北した。 それを考えれば、あの二人の絆がどれほどのものか想像が付こうというものだ。 そして今初めて納得した。魔女となった彼女が、それでも織莉子に従っていたわけを。 そしてほむらは、彼女に聞いた。 「もし、この先あなたに逃れられない死と絶望が待っていたとしても、あなたは後悔しない? 刹那の願望に身を任せた事を、己の命を売り渡した事を」 「それがどうした。自分の命で恩人に報いる事が出来るのなら、安いものじゃないか」 とどめの言葉だった。間違いない。彼女は、呉キリカは。 (私の、鏡写しだ) ほむらは、そう思った。 と、その時。 ぴるるるるる、ぴるるるる…… 雰囲気をぶち壊しにする、携帯の着信音が鳴り響いた。 鳴っていたのはほむらの携帯、掛けて来たのはちえみだった。 《先輩、キュゥべえから聞きました。そちらは大丈夫ですか? こちらはマミさんがあっさり片付けてくれましたけど。とりあえず今急いで見滝原に向かっています。先輩はどこですか?》 「私たちは東公園にいるわ。とりあえずまどか達は無事よ」 《よかった~。東公園ですね。なら10分くらいでそちらに行けますけど》 「それが少しいろいろ話す事が増えたの。マミはいる?」 《はい。当然いますけど》 「マミに聞いて。あなたの家、また借りられないかって」 《はい……いいそうですけど》 「ならマミの家の前で合流しましょう。紹介する人もいるから」 《判りました》 携帯を切ったほむらは、まどか達にいった。 「ちえみからだったわ。後キリカさん、話したい事があるから、よかったらもう少しつきあっていただけないかしら」 「別に私はかまわないぞ。恩人達も来るのか?」 まどか達に確認を取るキリカ。 「キリカさん、私たちの事は恩人じゃなくて名前でいいですよ。ほむらちゃん、マミさんの家へ行くの?」 そう聞いてきたまどかにほむらは頷く。 「なら一緒に行く。仁美ちゃんはどうする?」 「そうですわね……もうお稽古事とかは間に合いませんから、私もご一緒いたしますわ。連絡はむしろもう少し後の方が良さそうですわね。今連絡するとすぐ帰って来いっていわれそうですし」 そういってぺろりと舌を出す仁美。 「んじゃいくか。あ、先輩、私もさやかでいいですよ」 さやかも同意する。そしてキリカも、 「ん、判った、恩人。これからはまどかにさやかって呼ばせてもらうよ。私の事はキリカでいい」 「はい。よろしく、キリカさん」 「私も。キリカさん」 改めて頭を下げるまどかとさやか。 「んじゃいくか……えっと、君はなんていったっけ」 「暁美ほむらよ」 「んじゃほむら、これからもよろしく。恩人の友達だし」 「そういえば助けられたお礼もまだでしたね……私は志筑仁美です」 「そっちは仁美ね。覚えたよ」 和やかな中どこか微妙な雰囲気のまま、彼女たちは合流地点である、マミの住むマンションに向かった。 その日のマミのマンションは賑やかだった。マミがほむらと知り合ってから何かと訪ねる人はいたが、これほどの大人数が押しかけてきたのは初めてだった。 マミ、ほむら、ちえみ、キリカの魔法少女四人に加え、まどか、さやか、仁美の三人も加わった総勢七人だ。 「こんなに大勢の人を迎え入れたのは初めてよ」 「ごめんなさい、迷惑でしたか?」 代表するように答えた仁美に、マミはにこやかに微笑む事で答えた。 「いいえ、元々私一人には分不相応に広い家だから。賑やかな方がうれしいわ」 ここで集まるときには定番のケーキも、今日は種類が揃っていない。 そして一息ついた所で、キリカに対して魔法少女の真実(限定版)と注意点などが説明される。 それを聞いたキリカは、ただ一言、ふーんといっただけだった。 「まあ世の中、そうそううまい話ばかりじゃないっていう事か。そういう事なら、自分が壊れない程度に協力するよ」 「あなたは近接戦闘の方が得意みたいだから、当座はマミとコンビを組むといいかもしれないわ」 真面目に考えてアドバイスをするほむら。 「ですね。この中じゃマミさんが一番のベテランですから、基本的な事を教わるのには一番です」 「私とちえみは、ある意味ちょっとずるしたみたいな所もあるから、指導には向かない面もあるし」 「了解。えっと、マミさんだっけ? しばらくお願いします」 そういってきちんと頭を下げるキリカ。 マミもうれしそうに答えた。 「同じ年だからあんまりかしこまる事はないわ。呉さんが魔法少女として一人で行動できるようになるためのアドバイスは惜しまないつもりだけど」 「なんにせよよろしく。でもうれしいなあ」 「なにか?」 感慨深げにするキリカに、マミが聞いた。 「いや、私は少しだけ話したけど、本来暗くて友達も誰もいなかったんだ。だけど魔法の力を借りたとはいえ、一歩踏み出してみただけでこんなにたくさんの友達が出来た。私的にはこれは革命だ。そういう意味では恩人の二人に対してまた恩が積み重なってしまった気がする。命を救って返した恩など、まさに微々たるものだ」 「え、そんな、気にしないでください」 「あんまり気を使われると、かえって心苦しいわよ」 まどかとさやかも困惑気味だ。 「それに比べたら先ほど聞いた真実なんて屁でもない。ちょっと自分のあり方が変わっただけじゃないか。私には私という意思がある。私は恩人の愛を感じられる。私は恩人には報いたいと考えられる。それらが失われる事に対したら、私が純粋な意味では人間ではないなんて些細な事だ。 まあ、魔法少女になった事で愛を感じられなくなると言うのなら、私は大いに憤っただろうけどね」 「強いのね、呉さんは」 マミが少し感慨深げにいう。実際、マミにとってキリカの言葉には、いちいちはっとさせられる事が多かった。 だがキリカは、首を横に振った。 「私は弱いよ。今の私は、祈りによって増幅されているようなものだ。世の中が気に入らなくて。内心みんなを馬鹿にして。でもそんな自分を認められなくて。なににも興味を持てなくて、空っぽだった自分。 本当は寂しいくせに。みんなに交じれないくせに。初めて心が満たされる事があっても、踏み出す事すら出来なかったくせに。 魔法の力を、祈りの力を借りて、一歩を踏み出したとたんに理解出来た。 自分が弱いって事を。今までの憤懣や空虚は、全部自分の弱さを認められなかった自分が生み出していたんだって。 そして私は踏み出した先にある果実を、勇気を出して認める事のすばらしさを、空虚な自分が満たされる事の幸せを知った。知ってしまった。 知ってしまったからにはもう引き返せない。いや、引き返したくなんかない。 今の自分が偽りの自分でも、魔法によって書き換えられた嘘の自分でも、もう二度とあの頃の自分には戻りたくはない。 ならば」 瞳に力を込め、マミを……そしてみんなを見つめるキリカ。 「受け入れるしかない。代償がどんなに高価でも、貴重でも、もはや自分には今の自分を手放せない。ならば道は前に進む事だけだ。偽りの勇気を掲げ、人を捨てた身を肯定して、信じたものを、得た友をその手に抱えて進む以外の道はもはや無い。 迷ったり、恐れたりする事は、自分に対する裏切り以外のものではない」 それは圧巻だった。魔法少女になる負の側面を、全て吹き飛ばす高らかな宣戦布告。 マミは彼女の強い心に、自分の悩みを吹き飛ばされたような気がした。 まどかとさやかも、あまりにも様変わりしてしまったキリカにびっくりしたものの、その宣言は心に強く響いた。 特にまどかの心に。 そしてほむらは、改めてかつての彼女があれほど恐ろしい強さを誇ったのかを実感していた。 これほどの強い心を、あの織莉子に従っていたキリカが持っていたのだとしたら、あの言葉の意味が理解出来る。 ――これで私は、安らかに絶望できる。 その言葉は大いなる矛盾だ。魔法少女が絶望から魔女になる時には、決してそんな言葉は語れない。魔法少女の絶望は、希望が断たれる事による反転だ。つまり、そこには絶対的な否定の感情がつきまとう。先日の下僕の魔女のように、現実を認められないからこそ堕ちるのだ。かつてのさやかもそうだった。魔法少女として人を救う事に希望が見いだせなくなったとき、彼女は堕ちた。 だが、あの時魔女となったキリカには、その種の諦念や否定に当たる感情が全く見当たらなかった。 だとしたらあの魔女化は不本意なもの――感情ではなく、物理的な要因。グリーフシードが足りなかったか、ソウルジェムか肉体が限界を超えて損壊したか、いずれにせよ希望を失った果ての精神的な堕ち方ではない。 そしてかつてのキリカは、魔女化したにもかかわらず、織莉子の事を認識していたのだ。 それはすなわち、魔女化したにもかかわらず、理性を保っている事なのだ。 魔女化した事により、おそらく倫理や恐怖などは消滅したのだろう。社会的理性も、また。 だが大切な友人や戦闘に関する知識は、明らかに失われていなかった。それゆえあの二人はコンビネーションを行って戦闘し、こちらを苦しめたのだから。 杏子に付いていた幼い魔法少女の言葉で魔女化の衝撃から抜け出し、こちらのコンビネーションを取り戻せなかったなら、あの時間違いなくこちらが全滅していたはずだった。 (敵に回すと心底恐ろしいけど、味方になるとここまで心強かったとは) ほむらは心のメモに、また一文を書き加えた。 説明が終わった後、ふと思いついてほむらは懸念となっている事を改めて話題に出してみた。 「マミもあちらに行って少しは実感したと思うけど、今この地域全体で魔女が急増している感じがするわ。そのことで気になる事があるの」 「私も滝の上町に行って感じたわ。魔女の邪気がずいぶん濃いって」 「そのことについて確証はないのだけど、一つ気になる事があるわ。以前聞いたでしよう? 白巫女の事」 その話題に、意外にもキリカが食いついた。 「ああ、聞いた事がある。白滝女学院近くに住まうという、占い師の事だろう?」 「聞いた事があるの?」 「君は何か含む所があるのかい? 私に殺気が向いているよ」 ほむらは慌てて殺気を収めた。自分でも過剰反応だという事が自覚できるだけに、ほむらは素直に頭を下げる。 「ごめんなさい。そういえば私とちえみの事は説明していなかったわね。ちょっとそのことに関係があって」 ついでとばかりに、ほむらは自分の特殊性を説明する。 「その記憶の中で、私は一度あなたと死闘をしているのよ。だから、つい」 「ああ、なるほど。それは仕方ないかも」 理由を聞いて、キリカはあっさりと引き下がった。 「私はこういう性格だ。たぶん君とは、互いを理解し合うか、徹底的な宿敵になるかのどちらかになるような気がするよ」 「それは同感ね」 キリカの言葉に心から同意するほむら。 「そうそう、白巫女だろ? 話を何となく聞いていて、あまりのうさんくささに馬鹿にしてたからよく覚えている。 曰く、白巫女の館は心からの悩みを持つものにしかたどり着けない。 曰く、訪ねてきた者のことを全て見透かす。 曰く、その助言は絶対の成功を相談者にもたらす。但し、永遠とは限らない。もっとも、私も一度本気で行こうかと思ったから、今更なんだけどね」 「何故一度行こうかと思われたのですか?」 そう質問する仁美に、キリカは何故か真っ赤になる。 「いや、実は……どうやってまどかとさやかに話しかけたらいいか、助言をもらおうかと」 「え」 それを聞いて何故かまどかも真っ赤になる。さやかは赤くはならないものの視線がずれる。 ついでにほむらの中の自覚無きデフコンがレベルを1上げていた。 「ちなみに永遠じゃないっていうのは、これも又聞きだけど、告白は助言でうまくいったけど、その後別れた恋人達がいたらしい。そういう事らしいよ」 「告白してつきあうのと、それを維持するのは別ですものね」 仁美も頷いていた。 そしてほむらは、少しずれた話を元に戻した。 「そしてその白巫女だけど、ひょっとしたらこの魔女大量増殖に関わりがあるかもしれないの」 「……どういうことなの」 マミの目が鋭くなる。それに対してほむらは、 「先日、今日の依頼の元になった、佐倉杏子との共同戦線を張っていたとき、ちょっと気になる手がかりがあったの。それと未解決だけど、記憶にある関係のないある出来事が合わさると、どうも気になるのよ、白巫女の正体が。だから一度、きちんと調べたい」 「以前そのことでいろいろいったけど、あなたがちょっと、とは行かない話なのかしら」 「ええ。私の最悪の予感が当たっていたら」 マミの問いに、真面目な顔で答えるほむら。 「だから調査に行くとしたら、私は可能な限りの全戦力を投入したいわ。ここにいる魔法少女ら全員に加えて、佐倉杏子の援軍も頼むつもりよ」 「よほどの事なのね」 ほむらの切羽詰まった様子に、マミも気を引き締める。 「ただ、問題はどうやってそこにたどり着くか。私が聞いた話では、いずれも『本気で相談したい悩みがないとたどり着けない』となっているわ。もしこれが事実なら。私程度の気持ちではたどり着けない可能性がある」 「私もそういう悩みはあまりありませんし」 「私の悩みは解決してしまったなあ」 「私も先輩のおかげでそういう悩みはないです」 魔法少女組は、見事なまでに悩みが解決していた。ほむらには聞いてみたい事がないわけではないが、自分の思惑など、もし敵が「あれ」なら簡単に見透かすであろう。 そうなると出てこない可能性も高い。 だがここで、一番動いてほしくない山が動いてしまった。 「あのね、みんな、多分だけど……私が行けばたどり着けると思う」 自信なさげではあったものの、力強く、まどかは言い切った。 言葉にした事で気持ちを決めたのか、まどかは全員の事を見つめる。 「私、ただの女の子で、守られてばっかりで、役には立ってないし、魔法少女になるような願いもまだ持ってない……みんなを守りたいっていう願いじゃ駄目だって言われているし。 でも、私もみんなのために何かしたい。ただ守られてるばっかりじゃ、なんか、とってもいやなの。 だからって無茶な事をしたらみんなが悲しむから出来ないけど……これならきっと、私に出来る。今私、ちょっとそういう助言聞いてみたい事もあるし。たぶんその人のところへたどり着けると思う」 「まどかっ」 ほむらが焦った声を上げる。他のみんなは少しびっくりした目でほむらを見つめていた。 「駄目よ、まどか。最悪があった場合……あなたは殺されるわ」 「ええっ!」 さすがに驚きの声が上がった。 「暁美さん……それは、あの記憶の中の?」 「ええ。一度マミには話したわね。例外の一回。最悪が当たった場合、白巫女の正体は、あの女よ」 ギリギリと、見ている方が痛ましくなるほどに歯を食いしばるほむら。 皆、その異様な迫力に、声も出ない。 だが、一人だけ例外がいた。 「なんだ、君は守りきれないというのかい? なら私が代わりに守ろうじゃないか。なにがあろうと、私は絶対に恩人の命を守る」 「あなたになにが判るというの!」 キリカの言葉に、ほむらがキレた。 「なにも判らないさ。だがこれだけは誓える。私は恩人を守る、と」 「相手がどんなに強大でも?」 「それがどうした。私は相手が強そうだからとしっぽを巻いて、恩人の意思を潰す事の方に罪悪感を感じるよ」 「知ったような事を! あれはそんなにに生やさしいものではないわ!」 「それでも、だ」 そう言いきったキリカの迫力に、思わずほむらがひるむ。 「君の視点からは無謀なのかもしれないね。でも私には恩人の望みは潰せない。そこに危険があるというのなら全力で排除する。勝てない相手に敵対したのなら我が身を盾にしてでも逃がす。たったそれだけの事を、何故君は否定するんだい? ああ、君が見たという記憶では、まどかは白巫女に殺されたのかもしれない。だが、『それがどうした』。そんなものは君が見ただけの記憶だ。現実じゃない。ならば君のなす事は、現実を覆して、新しい現実でその悪夢を消し去る事じゃないのかな? ただ遠ざけるだけじゃ、それは恩人の意思を無視して、自己満足にひたるだけの最低な行為だ。 恩人が望んだのなら、その行く手に立ちふさがるものすべてを粉砕するのが、親友の努めだと、私は思うよ。まあさすがに、恩人が悪に染まろうとしているのなら止めようとくらいはするけどね」 キリカの言葉が、ほむらの胸に突き刺さっていた。いいたい事はいくらでもある。だが今の彼女の暴論には、そんな言葉は通じない。 通じるとしたら、全ての真実を掛けた言葉でないと無理だ。ほむらにもそのことは判っていた。 それに、ほむら自身も少し惹かれてしまったのだ。 現実を覆して、新しい現実で悪夢を消し去る。 それこそが、ほむらの望んだ事なのだから。 そして、作戦の決行が決まった。 目指すは謎の巫女の館、挑むは五人の魔法少女と二人の魔法少女候補。 残念ながら仁美は参加できなかった。時間の都合と、魔女に操られる恐れがあるという事で。 そして彼女たちは、そこで絶望より恐ろしい希望を知る事になる。