「ところで、相談事って?」 「……あなたにしか倒せない魔女がいるのよ」 マミは少しとまどっていた。 ほむらはマミを連れてバーガーショップを出た後、近くの魔力を調べながら未使用区画の方へと歩いて行った。 まるで魔女がいるのを確信しているかのように。 ひょっとしたら、例の並行世界記憶で、ここに魔女がいるのを知っているのかもしれない。そう思って聞いてみたらその通りだった。 「過去はまどか達も一緒だったから逃がしてしまっていたし」 「……ひょっとして彼女たちにきつい事をいったのは」 「何故かわりとよくここで巻き込まれていたのもあるわ。それが半分」 「後の半分は?」 「言った事そのままよ。あの二人には出来るなら魔法少女にはなって欲しくはないの。さやかは私が知る歴史の中で、魔法少女になって真っ当な終わりを迎えた事がほとんどないし、まどかは最後はワルプルギスの夜と戦って終わる事ばかり。せめて一度でも普通の少女として終わる所がわかればいいんだけど」 「……難儀ね、それ」 「さやかはまだそういう普通の終わりもあるのよ、魔法少女にさえならなければ。でもまどかに至っては最後はどうしても魔法少女になって終わるわ……ああ、一度だけ例外があったわね」 例外という割には、ほむらの顔は苦虫をまとめて百匹ぐらいかみつぶしたようなひどさだった。 「あまりいい例外というわけでもなさそうね、その様子じゃ」 「ええ。魔法少女になる前に殺されたんですもの、その時間軸では」 さすがにマミも黙り込んだ。 ただ、一つだけわかった事があった。 暁美ほむらにとって、鹿目まどかは大切な人物なのだ。たとえそれが、引き継いだ記憶によるものでも。 でも少し気になったので、マミはちょっといたずらをしてみる事にした。 「ねえ暁美さん」 「何かしら」 声音に含まれたどこかいやな響きを感じたのか、ほむらの声も少し固い。 「ずいぶん鹿目さんの事を気に掛けているみたいだけど、ひょっとしてあなた、記憶だけでなく、それに伴う気持ちまで引き継いでいるの? 本来ならたとえ記憶を引き継いだとしても、鹿目さん達とは初対面に近いはずよ。あなたは」 ほむらは固まってしまった。 「……その辺はちょっと複雑な事情があるわ」 「いいのよ、今のはちょっとからかっただけ」 マミは優雅に微笑みつついう。 「でも一つだけわかったわ。暁美さん、あなたが並行世界の記憶を引き継いでいるっていうの、嘘ね」 「……」 無言のまま、研ぎ澄まされた意識がほむらからマミにぶつけられる。 それは殺気と言うには温く、かといって敵意というには強すぎる、微妙な気であった。 だかマミは動じるどころか涼風のようにその気を受け止めていた。 「でも、同時に判ったわ。あなたにとって鹿目さんは、今でない時間でも大切な人だったのね。そしてこれはうぬぼれかもしれないけど、私や美樹さんも、多分」 殺気は、霧散した。 「あなたが話そうとしない限りは、もうこれ以上突っ込んだ話はしないと約束するわ。する必要もないと思うし……本当にいたのね」 マミは、すぐそこに魔女の結界があるのを感じ取っていた。もちろん、ほむらも。 そしてほむらは。 「このマーク……間違いなくゲルトルートね」 そう呟いた瞬間、その姿が消える。 むしゃくしゃしていたほむらは、何か面倒くさくなり、時間を止めて一気にゲルトルートの結界中央へと走り抜ける。 元々この魔女の結界の構造は熟知している。時間を止めた事が無駄にならないほどの手際よさで、ほむらはゲルトルートを奇襲する。 こいつには弾薬を使う事すら勿体ない。薔薇を愛し、薔薇と共に生きる彼女には、薔薇を枯死させる農薬系の薬物がことのほかよく効く。 ぼろぼろにしたところで、焼却用のナパームをぶち込み、仕上げた。 あっさりと魔女を倒してきたほむらに感心すると同時に、何故わざわざ自分に声を掛けて来たのかをマミが質問すると、冒頭の答えが返ってきた。 「私だけにしか倒せない魔女?」 「ちえみの分析で判ったのだけれど、わずかな犯罪歴も許されない、きれいな魔法少女じゃないと倒せないの、その魔女は。私にしろ佐倉杏子にしろ、純粋にきれいとは言えない身だから」 「……何となくだけど判った気がするわ。幸い、今の見滝原では危険な噂は流れていないし、話からすると滝の上あたりかしら」 「よくわかったわね。まだそこまで話していないのに」 「佐倉杏子の名前が出れば見当が付くわ。あちらは今いい噂は聞かないし」 「詳しくはここじゃ無理ね。あ、噂といえば」 ほむらは、「白巫女」の話をマミにしてみた。 「そういえば聞いた事があるわ。魔法少女の、というのではないけど、白女……あ、失礼、白滝女学院の近くに、変わった占いの先生がいるって」 「占いの先生?」 「ええ。しかもちょっと変わった事に、本当に困った悩みを抱えていないと、そこにはたどり着けないとか。伝わる話では、きれいな白亜の建物らしいのに。目の前にくるとなんで判らなかったんだろうって思うらしいですけど」 「きな臭いわね……」 「私はそういう力を持っている魔法少女なんじゃないかとは思いますけど。でも何か?」 「ちょっと気になる事があって。出来れば一度調査してみたいと思っているわ」 マミはそこに少し違和感を感じた。それを言葉にしてみる。 「あの、何か大事な用事でも抱えてるのかしら」 問われてとまどうほむら。 「別にそんな用はないけど……何故?」 「いえ、あなたならもっと積極的に動くのではないかと思ったのよ、人任せにせずに」 いわれてみてほむらもそう問われる理由に思い当たった。 まどかの事をそれほど気に掛けていない以上、もっと軽く動いた方がいい。 だが、いつの間にか自分は、複数の人間で動く事を前提にしていた。 理由はやはりちえみが一番大きいだろう。ふと自分の中で、ちえみの存在がずいぶん大きくなっているのをほむらは感じた。 まどかに対する思いが減ったわけではない。純粋にちえみに対する気持ちが育っているのだ。 そしてほむらは答えた。 「多分……一人で動く事に限界を感じたのね、私は」 マミはその言葉が、ずいぶんと重みを持っているのを感じた。 それは、たくさんの『経験』を積まないと出てこない言葉。そう、感じた。 そして何となく、暁美ほむらという人間が見えた気がした。 (記憶の継承というのは、やっぱり嘘ね……多分暁美さんは、継承ではなく、『体験』している……記憶しているという並行世界を、ただ見たのではなく、実際に。 イメージからすると、並行世界への移動というより……時間遡行、かしら。確証はないけど、彼女はこの世界を、きっと何度も繰り返し体験している……そんな気がするわ) そう考えると、いろいろな事が腑に落ちる。 (だとすると、鍵になるのは多分鹿目さんね。暁美さんは彼女だけは助けられないといっている。そう、彼女だけ。彼女の話からすると、他の知り合いや友達は、救われている場合もあるみたいだけれど、鹿目さんだけは毎回非業の死を遂げているっぽいようだし。 ……そして多分、私のパートナーだという魔法少女だったのも、多分鹿目さんね。それが一番私にしてもしっくり来るし。でも魔法少女になれば、待っているのは確実な死の未来……暁美さんとしては魔法少女になって欲しくないのも道理だわ) 恐ろしい事に、マミの推理はほとんど正鵠を射ていた。 そしてほむらはそんなふうに思われている事には気づかず、先の質問の返答を求める。 「そんな魔女は放置できないわね。私にしか倒せなさそうなら、当然行くわ」 マミは当然のように、そう答えた。 さやかとまどかは、少し意気消沈したまま、互いの家路を辿っていた。 もう少し先で、二人の道は分かれる。だが、お互い、何となくまだ別れたくない気分になっていた。 といっても時間をつぶせそうなスポットは、角のコンビニくらいしかない。 そして二人は、どちらとも無くコンビニに寄っていこうと言い出した。 ……それが今回のループにおける、大きな分岐点となった。 コンビニは意外と混んでいた。見滝原中を初めとする、近くの学校の制服が入り乱れている。 どうやら部活動組の帰宅と重なったらしい。 さやかとまどかは、単に時間をつぶしたかっただけなので、少し雑誌を眺めたりしていた。 と、その時。 ちゃりんというお金の落ちる音が、連続して聞こえてきた。 まどかがそちらを見ると、レジ前で誰かがお金を落としてしまったようだ。 落とし主はお金を拾おうとしていたが、どうにもその動きがどんくさいというかトロい。 「とっととしろよなー」 「後ろつかえているので早くお願いします」 心ない声も聞こえている。 そんな冷たい世間を象徴するような出来事に、まどかとさやかは、若者らしく反発した。 魔法少女にあこがれたのに、それを冷たく否定されたように感じていたのもあったのかもしれない。 くすぶっていた『何かをしたい』という思いが、心の中の勇気を、ほんの少し後押ししたのかもしれない。 まどかはその時、落とし主がお金を拾うのを、ごく当然のように手伝っていた。 そしてまどかが動けば、さやかも動く。 二人は拾い集めたお金を、落とし主に手渡した。 「これで全部ですか?」 「多分もう無いと思うけど」 二人から差し出されたお金を見て、少しびっくりしている落とし主。 この時まどかとさやかは、相手が自分たちと同じ見滝原中学の制服を着ている女性である事に気がついた。 幾分自分たちより大人っぽい雰囲気からすると、多分上級生だろう。 そしてその上級生は、びっくりしつつも差し出されたお金を確認し、小さく頷いた。 どうやら人見知りするタイプらしい。 そしてまどかとさやかは、名も知らぬ先輩に小さく礼をすると、また店の奥へと向かった。 そのままジュースの缶を一つずつ取り、列の後ろに並ぶ。 二人が会計を済ませて店を出ると、先ほどの先輩が店の前にいた。 あれっと思っていると、その先輩は、少し小さな聞き取りにくい声で、しかしはっきりといった。 「……ありがとう」 「あ、いえ」 「気にしない気にしない、困ったときはお互い様。あ、ごめんなさい、三年の方ですよね。あたしったらえらそうに」 まどかとさやかの様子に、またきょとんとなってしまう先輩。 そして視線を外すと、下を向いたまま、やはりぼそっと先輩は言った。 「……気にしなくて、いい」 「でも先輩は先輩ですから。調子こいてすみません」 軽く頭を下げるさやか。 「さやかちゃんったら。そろそろ行かないと」 「そうだね、まどか。そろそろ帰らないとまずいか」 実際思ったより時間が経っていた事に気がついて、帰ろうとする二人。 その時、先輩の口から言葉が漏れた。 二人のフレンドリーな様子が誘った、彼女の言葉。 それが第二の分岐点になる。 「……キリカ」 「え?」 それを聞いて、まどかの足が止まる。 「呉、キリカ。それが私の名前。あなたたちの名前を聞くだけなのは、なんか違う気がしたから」 そして因果は結ばれる。 「何かこういうのっていいですね……私、鹿目まどかっていいます。2年です」 「あたしは美樹さやか。まどかの友達やってます。いわゆるマブダチ?」 「こういうのはきっと、袖すりあうも他生の縁、っていうんでしょうね」 そういって微笑むまどか。それにつられたかのように、さやかも笑う。 そして、呉キリカも、自分でも忘れていたくらい久しぶりに、自然に微笑む事が出来ていたのだった。 二人は実際に時間がなかったのか、二手に分かれて早足で帰っていった。 それを見送る形になったキリカは、自分の心が温かくなっているのを感じた。 二人は同じ中学の2年だという。 明日は、学校に行ってみようか。 何故かキリカは、そんな気持ちになった。 ……かくして運命は書き換わる。 この出会いは、どのような運命を紡ぐのか。 それはまだ、誰も知らない。