「私、太るのはいや。ご飯食べられなくなるのもいや。ご飯うんと食べても、それでちゃんとスタイルが維持できるなら、魔女だってなんとだって戦ってもいい!」 「私、人付き合い苦手だから、注目浴びるような力はいらない。でも、そんな私でも、人の役には立ちたいの。あみちゃんの役に立つ、そんな力が欲しいの! 私、なんにも出来ない自分なんて嫌い! そんな新しい私をちょうだい!」 「おめでとう。君たちの祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、君の魔法を試してごらん」 その日、この地に、また新たに二人の魔法少女が誕生した。 新宮あみ、銀城かおる。 あみの力は重力制御。かおるの力は感知不可。 あみの振るう巨大なハンマーは、信じられない威力で魔女を叩きつぶし、 かおるの振るうエストックは、ことごとく魔女の死角を突いた。 友達も出来た。御国やちる。地元スーパーの一人娘。 「へえ、すんなり契約できたんだ」 「って、あれ? やちるちゃんは契約大変だったの?」 「うん。願いのかけ方が悪かったんで。キュゥべえも、参考意見は述べたいけど、それをやると君の祈りを阻害しちゃうからって、どうして駄目だったのしか教えてくれなかったし」 「結局どうなったの?」 「最初は、泥棒をいなくして欲しいっていったんだけど、それだと『泥棒』の定義が曖昧すぎて、願いが拡散しちゃうって言われた。それに泥棒って言ってもいろいろいるでしょ? それこそ紛争地域で一日のご飯を何とか盗んだって言う子供も、お金有るのにスリルがあるからって万引きする馬鹿も、みんな同じになっちゃうから」 「ああ、そういう意味で、自分の中の『泥棒』が固まってないから、契約に至らなかったんだ」 「うん。地域限定とかも考えたけど少し変だし、で、最終的に叶ったのは、『どんな泥棒でも捕まえられる力が欲しい』だったの。これなら私の目の届く所にいる泥棒は一掃できるし、その判断も自分で付けられるから」 「考えたね~。でもなんか落ち込んでいるみたいだけど」 「うん、実は一つだけ見落としがあって」 「見落とし?」 「そう。私の力は願いによるものだから、実のところ同じ魔法少女には通じるとは限らないんだよね」 「っていうと、魔法の力を泥棒に使っている悪い子がいるの?」 「うん。なんとしてでも止めさせたいんだけど、これがまた逃げ足速くて」 たわいもないお話。戦う事も楽しかった日々。 だが暗雲は、確実に迫る。 「最近の魔女、強いね……」 「単純な力押しじゃ勝てないやつもいた」 「いろいろ工夫しているけど、ちょっときついね」 「どうにかならないかなあ……」 「当てにならない噂だけど、試してみる?」 それは一つの噂。見滝原と滝の上の中間あたりにある白滝女学園の近くに、一人の巫女がいるという。その巫女は悩める魔法少女に助言を与え、その使いこなせていない、秘めた力を解放してくれるという。 「だめもとでいってみようか」 「うん!」 白滝女学園から、開発地区へと向かう道。その開発地区の境目あたりに、一軒の占い館が立っているという。その名を『救世の希望』。 そして三人は、それぞれ白き巫女から、助言の言葉を授かった。 それは自分でも気がついていなかった、自分の力の側面だった。 『ただ、負担もその分大きくなるから、使い方には注意してね?』 そんな言葉もなんのその。彼女たちは頑張って魔女を狩った。 まあやちるは今度こそ例の万引き魔法少女を捕まえてやるって息巻いていたのだが。 だが遂に破綻の時は来る。 ある日、やちるの姿が消えた。 そして数日後、不安を覚えつつも有る魔女と激闘を繰り広げた後、それは起こった。 あみが、魔女になった。 切っ掛けはたった一言。健康診断の時に出た、ちょっとした女の子同士の噂。 ――新宮さんって、以前はもっと太っていたんでしょう? ――え、激やせじゃなかったっけ。 ――過食と拒食を繰り返して、体がひどい事になっていたそうよ。 ――最近は落ち着いたみたいですけど、またいつか太るかやせるかするんじゃないかしら。 それはスタイルのいい彼女に対する嫉妬の言葉だった。だが、それを聞いて以来、あみは体重の変化を病的に気にするようになった。 人間生きていればプラスマイナス1㎏位は、食事やなんかで変動する。体重の変化を記録するのなら、そういう環境をある程度統一して計らなければ無意味だ。 だが、そういう微細な変化すら気に掛けるようになったあみのソウルジェムは急速に濁りはじめ、いくら浄化しても追いつかなくなった。 そして遂にグリーフシードが尽き、補給のための戦いが終わった時、あみは限界を超えた。 かおるの目の前で。 しかもその時倒したのは使い魔で、グリーフシードを持っていなかった。 これが切っ掛けで、かおるのソウルジェムも濁りが激しくなった。 もしグリーフシードが切れたら、自分もまたあみと同じになってしまう。 その恐怖を紛らわせようとしている時、ふといつか行ったあの場所の事を思い出した。 白い巫女様は、今回も助言をくれた。グリーフシードを、確実に確保するための方法を。 試してみたら、実に効果的だった。 今の自分のポシェットには、たくさんのグリーフシードがある。こまめに使わないとすぐソウルジェムが濁るのが困りものだけど、ちゃんとその分の当てもある。 だがちょっとだけ困った事もあった。せっかく一人で倒せる魔女を増やしたのに、他の魔法少女がその魔女を狩ってグリーフシードを取っていってしまうのだ。 でも考えたら簡単だった。そんな魔法少女はいらないのだ。 でも、そんなかおるにも破綻の時が来た。一番効率のいい『あみ』を、三人の魔法少女が狩りに来たのだ。いつものように不意を打って一人を倒すも、二人目は心臓を一撃で潰したのに死ななかった。 再生能力持ちの可能性が高い。どうしようかと思っていたら、そいつは『あみ』の牽制に回った。 なら今のうちにもう一人を討つ、かおるがそう思った時、突然右手が吹き飛んだ。 どうして。 自分の位置は、誰にも見つからないはずなのに。 そう思ったとたん、今度は頭に衝撃が来た。何か鈍器のようなもので頭を叩かれたのだ。 鉢金状になっていたソウルジェムにまで衝撃が走り、かおるは気絶した。 彼女は知らなかった。魔法少女は、自覚が有ればソウルジェムさえ無事ならそう簡単には死なないという事を。 彼女は知らなかった。添田ちえみには、見抜くものである彼女には、隠蔽系の能力が全く効かないという事を。 彼女は知らなかった。暁美ほむらは佐倉杏子を囮にして、彼女の注意をそらした事を。 彼女は知らなかった。暁美ほむらは、死んだふりをしていたちえみを通じて、彼女の位置を把握していたことを。 そして彼女が目覚めた時、『あみ』は既に倒されていた。 もはや自分にはグリーフシードを確実に確保できる手段はない。 たったそれだけの事で、彼女は折れた。 白滝女学院の近くにある占い館には、白い巫女がいる。 もし暁美ほむらがその巫女を見たら、大いに驚愕する事だろう。 彼女はこう叫ぶはずだ。 「美国、織莉子……」と。 そしてそれは、この世界で、ただ一人彼女だけが知る名前。 そう、ただ一人……