「それじゃまた、先輩」 「明日から忙しくなるわよ、ちえみ。でも無理はしないで。私は魔女化したあなたなんか見たくないのよ」 「わかってます!」 そしてほむらは、ちえみの呼んだタクシーに乗って、見滝原へと帰っていった。 その様子をじっと見つめるちえみ。 だがその瞳には、どこか思い詰めたような光があった。 『ちえみ、よかったのかい?』 『ええ。こうして記憶を継承できるのなら、この情報を渡すのは、まだ早いと思うの』 無言のまま、ちえみはキュゥべえと話す。 自室に戻った彼女は、自分のソウルジェムを見る。 それはずいぶんと濁っていた。 「とりあえず、これなら何とかなるかな?」 図鑑を開き、とある魔女のページを確認する。 そこに描かれているのは、鳥かごに入った魔女の姿。 鳥かごの魔女ロベルタ。その性質は憤怒。カゴの中で足を踏み鳴らし叶わぬもの達に憤り続ける。この魔女はアルコールに目がなく、手下達もまた非常に燃え易い。 「どう見てもお酒に溺れて身を持ち崩した魔法少女よね、これ。使い魔も弱点がものすごくはっきりしてるから、これなら何とかなりそう」 そうして手にするのは、工業用アルコールや有機溶剤。そしてそれらを入れていた大量の空き瓶である。 そして彼女はお手製の火炎瓶をいくつも作り上げた。 数時間後、彼女は自室で危険域にまで濁ったソウルジェムをグリーフシードで浄化していた。使ったグリーフシードはそのままキュゥべえが回収する。 「何とかなったぁ……先輩も、こんな苦労を積み重ねて、あんなに強くなったのね」 彼女は魔法少女の姿のまま、巨大な本を開く。 そこに載っているのは、ぼやけたワルプルギスの夜のシルエット。 だが、ちえみがページをひとなですると、曇ったガラスを拭いたように、絵柄の曇りが取れた。 そしてそこに記されている、ワルプルギスの夜の詳細な情報。 そこには、前回のループでもほむらが去った後に話された情報……なんという魔法少女が魔女化した姿なのかまでが記されていた。 その特性も、倒すための手段すらも。もっともその手段は、とうてい彼女に容認できるものではなかったが。 彼女はそれらを読み返すとさらにページをめくる。ワルプルギスの夜ページの後に描かれているのは、魔法少女のほむらの姿。 「ごめんなさい……先輩」 ほむらは気づいていなかったが、席を外した後、ちえみはほむらの全てを、その固有魔法で暴いていたのだった。 それはどうしても必要なことだったから。そしてそのせいでちえみのソウルジェムは危うく濁りきる所だった。自分でもよく持ちこたえたと思うほどだった。 「ごめんなさい……」 再び虚空に謝るちえみ。 「でも、その代わり、絶対に見つけ出して見せます……先輩が、この悲しい因果の糸を出し抜いて、幸せになれる方法を」 そしてちえみは考え、求める。 永遠に未来の来ないこの舞台装置の世界をぶっ壊して、世界を救う方法を。 「キュゥべえも、協力してね」 『判っているよ、ちえみ。というか僕たちに選択の余地はない。暁美ほむらの本懐を遂げさせなければ、今の僕たちの記憶は全てが虚空へと消えることになる。宇宙の寿命を延ばすためのプロジェクトは、ある意味成功したとも言えるけど、僕たちもだからといってただ消えるのは少し違う気がするからね。やり方によっては神すら生み出せることが解った以上、たとえ消えるにしてもとことんその可能性は追求しておきたいし、鹿目まどかの作り上げた新世界にいる僕たちにも、この情報は伝えたい』 「私嘘つくのはいやだけど、これは仕方ないのね」 『僕たちと違って、この場合は君たちの言葉で言う、『嘘も方便』というケースじゃないかな』 ちなみにキュゥべえがちえみから記憶を継承したことは嘘ではない。ちえみが契約直後ソウルジェムを手にした直後倒れたのも事実だし、そのちえみを診断してキュゥべえもループの記憶を受け継いだのも事実である。 ただその後ちえみから新たに知識を分けて貰っただけだ。 インキュベーターは嘘は言わない。だが余計なことも言わないのだ。 こうして、かつて自分を助けてくれた一人の少女のために、永遠の時を繰り返す覚悟を決めた少女がいたように。 まるでその後を追うかのように、少女は自分を救ってくれた先輩を助ける決意をするのであった。