「・・・・・お前ら金持ってんのか?」
宿屋のおっさんにそういわれた。
「・・・持ってるよ」
あまりに不躾だったため、初対面の人とは敬語で話すことにしているガルロアも、つい地が出てしまった。
交通都市ヨルテムは、その都市の性質上、様々な都市から多くの人がやってくる。
そのため、他の都市と違って、民営の宿屋もいくつかあった。
その多くは、設備を豪華にすることで、客を引き込もうとしているのだが、中には、宿泊料金の安さを売りにしているところもある。
ガルロア達は、そこを訪れていた。
なるほど。
この安さの理由の一つに、店の主人の性格が含まれているのかもしれない。
「俺のとこは安さを売りにしてっけど、タダで泊めてやるって訳じゃねぇんだぞ」
「だから持ってるって」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ」
ガルロアは武芸者として都市に尽くし、それも都市の中では一番強い武芸者だった。
そのおかげでずいぶんと稼いでいた。
それなのに大きく金を使う機会はなかったため、ずいぶんと溜め込んでいるのだ。
あわただしく都市を出てきたため、そのお金はほとんど諦めていたのだが、市長の用意したトランクの中に『都市が保管しているマスターキーを使って、タリスに取ってきてもらった。勝手に入ったことに関しては許して欲しい。』と、そう書かれた市長の手紙と共に、お金のはいったカードなど、自宅に保管していた幾つかの私物が入っていた。
タリスとは、ガルロアがユリアと出会ったときに、ガルロアをサポートしていた念威操者である。
ガルロアは彼とは色々なところで繋がりがあったため、彼が自分の家に入ったことはそれほど気になることではなかった。
そんな訳で、お金はたくさん持っているのである。
それでも安い宿屋に来たのは、まだ今後の身の振り方を決めていないため、とりあえず節約しておこうと思ったからである。
「そうか。そいつは悪かったな」
これっぽっちも悪いなんて思っていないような顔で店主が言った。
何故こいつは接客業なんてやってるんだろうと思ってしまうほどに無愛想で強面な店主である。
料金前払いだというのでガルロアが金を払うと、店主は満足したような顔で、
「ほんじゃ、これが部屋の鍵だ。」
といって、部屋の鍵を渡してくる。
それを見て、ガルロアは「あれ?」と思った。
「ねえ。おっちゃん。鍵一つしかもらってないけど?」
「ああ?二人部屋じゃだめなのか?」
「えっ?僕、ちゃんと一人部屋を二部屋って言ったじゃん」
「ああ。言ってたなそんなこと。どうせこいつら金持ってねえと思って聞いてなかったわ」
「・・・・・」
「それに、一人部屋なんてもう余ってねぇよ。最近お前くらいの年の奴が何人か来て、泊まってんだ。諦めて二人部屋にいけ。文句があんなら出てけ。ただし、もらった金は返さねぇ」
店主がいきなりおかしなことを言い出した。
「何でだよ!?訴えてやる!?」
ガルロアがそう言っても、店主はたいして動じない。
「ああ。うるせぇうるせぇ。頼むから泊まってってくれよ。都営の宿舎と同じだけの質で値段はこっちのが安いのに、何が原因なのかウチの店には客があんまり来ねぇんだ。」
「間違いなく、おっちゃんの性格が原因だよ。」
本当になんでこいつは宿の店主をやっているんだろう?
「んん?そんな訳ねぇだろう。まあ泊まってってくれや。」
「・・・いや、でも、さすがに男女二人で同じ部屋ってのは・・・。」
ガルロアが赤面しながらそういうと、店主は大笑いし始めた。
「がはははは。ガキが粋がってんじゃねぇよ。それにそっちの嬢ちゃんは別に気にしてないみたいだぞ」
「えっ!?」
とガルロアが振り返ると、ユリアはむしろ不思議そうな顔で
「一体なにが問題なの?」
と聞いてきた。
「・・・・・もういいです。ここに泊まりますよ。」
ガルロアが諦めてそういった。
これからはユリアに一般常識も教えようと決意しながら。
(とは言いつつも、少しは嬉しいんだけどさ。)
ガルロアがこっそりとそんなことを思っていると、
「なんだ。お前も喜んでんじゃねぇか。」
と店主に見抜かれていた。
†††
宿屋で一騒動あったが、荷物を部屋に置いて、それぞれシャワーを浴びたガルロアたちは、ヨルテムの市街地へと繰り出していた。
その中で、ユリアは色々なものに興味を示した。
名前と特徴は放浪バスのなかでガルロアが教えたが、実物を見るのは初めてである。
彼女がリンゴとトマトを見比べていた光景は、ガルロアにとって印象的だった。
買ってあげようとも思ったのだが、今は用事がある。
買うのはそれが済んでからにしようと思って、今、ガルロアたちは美容院の前にいる。
「ここで何をするの?」
とユリアがガルロアに聞いた。
「そりゃ、髪を切るんだよ。」
「誰の?」
「ユリアの。」
「?」
首をかしげる。
「僕が錬金鋼でざっくり切ったまんまだからね。ちゃんと綺麗にしてもらわないと。」
そう言って、ガルロアはユリアの背中を押して店内に入っていった。
チリンチリンと来客を知らせるための鈴が鳴り、
店の奥から
「いらっしゃいませ~」
と聞こえてきた。
そして、30歳前後の女性が出てきた。
「こんにちはぁ。1段落ついて休んでいたんだけれど。初めてのお客さんね。初めまして。私はアリサ・ウェールズ。『29歳』よ。」
にっこりと笑ってそういった。
「・・・僕はガルロア・エインセルです。」
「ユリア・ヴルキアよ。」
「えーと、今日は、僕は切らないんですけど、ユリアの髪を綺麗に整えて欲しいなって思って。よろしくお願いします。」
そう言ったガルロアだったが、アリサの反応があまり良くないため、少し考えて付け足す。
「・・・よろしくお願いします、お姉さん。」
すると、アリサの顔がパッと華やいだ。
「うん。素直な子って好きよ。全く。まだ私は若いわ。」
「・・・・・このためだけにいきなり自己紹介を始めたんですか?」
「ええ。そうよ。まだおばさんって呼ばれたくないもの。それで、この子の髪を切ればいいのね。って何これ、すごい乱雑じゃない!?一体どうしたのよ!?」
ユリアの髪を見て、アリサが少し驚いた。
「ああ。それ、伸び放題になってた彼女の髪を、僕が錬金鋼でざっくり切ったんです。」
「一体、何でそんな状況に。・・・ま、いいわ。ほんじゃぁユリアちゃん。そこ座って。せっかく可愛いんだからもっと綺麗にしなくちゃ。」
そういって、ユリアを椅子に座らせる。
ガルロアは順番待ちの人のためにおいてある椅子に座って終わるのを待つことにする。
「んで?髪の長さはこれくらいのままでいいの?それとも、もっと短くしちゃう?」
霧吹きをして、髪をとかしながらアリサが言った。
「何でもいいわ。」
「なんでもいいって言われても。」
困ったようにアリサがいうと、
「ロアに聞いて。」
とユリアがいう。
「だって。ガルロア君。どうする?」
「じゃあ、そのくらいの長さのままでお願いします。」
「そ。わかったわ。」
そう言ってテンポ良く髪を切り始めた。
シャキシャキという髪の切れる音を聞きながら、ガルロアがぼーっとしていると、いきなり店のドアが勢い良く開かれた。
「こんちわーぁって、あれ?今日は客がいる。二人も!」
そう言って入ってきたのは、ガルロアたちと同じくらいの年齢の女の子だった。
「あっ。僕は並んでるわけじゃないよ。あの子が終わるのを待ってるんだ」
「あっ、そうなの?ってかこの辺じゃ見かけない人だね。外来の人なの?名前は?」
勢い良く訪ねてくる女の子にガルロアがすこし驚いていると、
「あーあー。興味深々なのは良いけど、少しは遠慮しなさいよ。ガルロア君が困ってるじゃないの。」
とアリサが助け舟を出してくれた。
「ぶー。いいじゃん別に。ババくさいよ?おねーさん?」
その少女がからかうようにアリサに言った。
「あんた、そのツインテール両方とも落とすわよ。」
「あはは。ゴメンゴメン。」
「はぁ。それで、あんた何しにきたのよ?」
アリサが、ユリアの髪を切る手を止めずに言った。
「髪を切りにきたに決まってんじゃん。もうすぐ学園都市に行くからね。その前に髪整えとこーと思って。」
ころころと変る場の空気に半ば呆けていたガルロアだったが、ある単語が気になって、少女に話しかけた。
「ねぇ。ちょっといい?学園都市って何?」
すると少女はガルロアの方を向いた。
「ん?知らないの?・・・えーと、名前は?」
「えっ。ああ。僕はガルロア・エインセル。ついさっきこの都市に着いたんだ。」
「やっぱり、この都市の人じゃなかったんだ。わたしはミィフィ・ロッテン。よろしくね。ガルルン。」
なんか変な音が聞こえた。
「ガルっ・・・えっ?・・ガルルン?・・・えっ?・・なにそれ?」
「なにって、あだ名だよ。私のことはミィちゃんって呼んでね。」
「あだ名って・・・。っていうか、僕が『ガルルン』でロッテンさんが『ミィちゃん』ってのは不公平な気がする。せめて、『ガルルン』と『ミッフィッフィ~』とかじゃなきゃ・・・・・。」
「さすがに『ミッフィッフィ~』はなくない?」
「『ガルルン』だってないよ。」
そんなことを言いながら、ガルロアは少し驚いていた。
彼には、同年代の友達がいたという経験がない。
生まれながらにして、異常なほどの剄量を持っていた彼は、足りない技術をその剄で埋めることによって、若干十歳で都市内最強と呼ばれるほどになったのである。
そのせいで、都市内では『神童』と呼ばれ、半ば神聖視されていた。
同年代の子供達も、彼を神聖視してしまって、友達と呼べる存在がどうしてもできなかったのである。
そんな寂しい思いをしたおかげで、数週間前に荒野でユリアの本当の気持ちに気づけたのかもしれない。
つまり、ガルロアは同年代の人間と話すことが結構苦手である。
その彼が、これほど自然に話すことができるのは、ミィフィの纏う雰囲気によるものだろう。
これは、彼女の天性の才能なのかもしれない。
・・・ネーミングセンスはきっと最悪だろうが。
「うん。じゃああだ名はもうしばらく検討しよっか。」
「うん。それがいいね。それで?学園都市ってなんなの?」
「あっ。そういえばそんな話だったね。えーっと、学園都市っていうのはね、学生の、学生による、学生のための・・・・・」
とミィフィは説明してくれた。
要するに、学生だけで都市運営をする都市らしい。
六年間在学して、知識を得、そして去っていくという都市。
ちょうど良いなとガルロアは思った。
市長に提示された期間は五年。
その期間を一箇所で過ごすことができ、去るときは、その都市に何のしがらみも残さない。
学費も何とかなりそうである。
しかし。
「その都市の入学試験ってもう終わっちゃったの?」
とガルロアが聞くと、
「うん。終わっちゃった。」
とミィフィが答えた。
「追加募集とかやってない?」
「う~ん。分からないけど。」
「例えば、今僕がその都市に行って何かしらで都市の入学基準以上の実力を見せたら、入れてくれたりするのかな?」
「それが、基準値を圧倒的に上回ってたらあるかもだけど、っていうか、どったの?学園都市に入りたいの?わたしと同じ場所で青春を送りたくなっちゃったのっ?」
「いや、それはないけど。」
「それはないって断言されると少し腹立つ。それで?なんでそんないきなり学園都市に興味を持ったのさ?」
「・・・・・。」
まさか、『僕はユリアとは絶対に離れない』といったら、ユリア共々期間限定で都市を追放されて、今、今後の身の振り方を考えているんだけど、それに学園都市がちょうど良いなって思ったから。なんて言えない。
さてどうしようかと思っていると、
「終わったわよ~」
とアリサが言った。
ユリアが椅子から立ち上がってこちらを向いた。
前髪も綺麗に自然な感じになっていて、そして後ろ髪はなぜかリボンで括られていた。
「かわいいいいいいいいいいい」
突然ガルロアの隣から大声が聞こえた。
「いや。これは可愛いとかじゃない。なんだろ?美しい?綺麗?あああああ。とにかく、名前は?えっなに?ガルルンの彼女なの?」
また『ガルルン』といわれている。
「少し落ち着きなさい」
見かねたアリサがミィフィに拳骨を落とした。
ガルロアがアリサってミィフィの扱いが雑だなぁと思っていると、ユリアがガルロアのほうに歩いてきて、
「どう?」
と聞いてきた。
ユリアのほうから何かを聞いてくるのは珍しいなぁと思いつつ、ガルロアは自分の気持ちを素直に言う。
「うん。綺麗になった。すごい似合ってるよ。」
少し髪を綺麗に整えて髪型を変えるだけでここまで変るとは思わなかった。
するとユリアは、少し照れたように
「ありがとう。」
といった。
それを見て、アリサが驚いた顔をした。
「わたしがなに聞いてもほとんど反応してくれなかったのに、ガルロア君が相手だとずいぶん変わるのね。ま、いいわ。料金はそこに書いてあるとおり。リボンはサービスしとくわ。」
ガルロアがお金を払うと、
「ありがとう。またきてね。ユリアちゃん可愛いから」
とアリサが言った。
「こちらこそありがとうございました。リボンも。」
とガルロアが言い、
「ありがとう」
とユリアが言う。
そして、ミィフィにも別れを告げようとして思い出した。
「そういえば、ミィフィの行く学園都市の名前ってなに?」
「ん?ツェルニってとこ。もしホントに行くんだったら、バスが出るのは明後日だよ。」
「そっか。ありがとう。じゃあね。」
そう言って、ガルロアたちは店をでた。
「ねぇユリア。」
しばらくあるいてからガルロアが話しかける。
「なぁに?」
「ツェルニって学園都市に行ってみようと思うんだ。」
「学園都市?」
「うん。学生の学生による・・・・・・・」
ガルロアはミィフィからされたのと同じように説明した。
「そこに行ってみても入学できるかどうかは分からないけど、・・・・ついてきてくれる?」
そう聞くとユリアは、
「わたしがロアから離れるわけないじゃない。わたしは今もロアと一緒にいたいと思ってるわ。」
と言ってくれた。
『何を当たり前のことを』といってる風だった。
「ありがとう。じゃあ、次の目的地はツェルニだ。」
宿に戻る途中でくるときに見かけたリンゴなどを買う。
そういえば、ユリアは放浪バスの中で食べた、味気ない保存食や栄養剤を「おいしい」と言って喜んで食べていた。
新鮮な果物や、温かいご飯を食べたらどんな反応をするだろう?とガルロアは少し楽しみにしていたのだが、これが想像以上の反応だった。
顔を輝かせながらアレもコレもと食べるユリアは、とても可愛くて、人間にしか見えなかった。
節約しようと安い宿に泊まったのがパァになったが、ガルロアは決して悪い気分はしていなかった。
そうこうしているうちにあっという間に二日後がやってくる。
ガルロアは新たな土地へと思いを馳せながら、ユリアと一緒にツェルニへと向かう放浪バスへと乗り込んだ。