『ああ。まだここにいましたか。無事ですか?』
念威端子がガルロアのそばに来て、それと同時に彼の視覚と聴覚が鮮明になる。
「うん。無事だよ。ちょうど良かった。これから戻ろうと思ってたんだ。」
ガルロアが少しほっとしたように答えた。
念威操者の誘導と、視覚のサポートなしで都市に戻るのは難しい。
ガルロアの装着しているヘルメットは、自分の目で外の様子を見ることができるようになっているが、少し激しい動きをすればすぐに砂塵に張り付かれてしまうので、そうなったら一々ぬぐわないといけなくなる。
そんな状態で、ランドローラーを、それも荒れ果てた大地で運転するのは、不可能に近い。
そのため、ガルロアも少し困ってしまっていたのだ。
衝動で、念威操者の配置していた端子を破壊してしまったことを後悔していた。
念威操者が怒って、迎えに来てくれなかったらどうしようかと思っていたのだ。
『ああ、それは良かった。・・・・・というより、いきなり何するんですか。都市の外で念威端子を破壊するなんて、自殺行為ですよ。というより、実際に私本人に痛みがあるわけではないですけど、幻痛とかはあるんですよ。結構驚くんですよ。いや、そんなことはどうでもいいですね。問題は、私のサポートの中であなたが死んでしまうようなことになったら、私の都市での立場がなくなるってことですよ。わかってるんですか?ああ、あなたが生きていて本当に良かった。都市の住民の全員から恨まれるところでしたよ。都市外に逃亡するような羽目にならなくて本当に良かった。』
怒りつつも、心底ほっとしたような声が念威端子から響く。
「ってゆうか、僕が生きてることよりも、自分の立場が守られたことに安心してるみたいだね・・・・・。」
『当たり前です。他の誰よりも自分が可愛いですよ。この状況であなたが死んでいても自業自得ですが、その場合の私はどうなると思ってるんですか。100パーセント自分のせいで死んだあなたは、都市の英雄になり、全く悪くない私は、神童を死に追いやった大罪人になるんですよ。あなたはそういった立場の人間なんです。もう少し私に気を遣ってください。』
ガルロアが、その後も延々と続く説教と文句と愚痴を聞き流し続けていると、ユリアが不思議そうな顔をして、
「さっきから何をしているの?」
と訪ねてきた。
相変わらず表情の変化は乏しいが、ガルロアには見分けることができた。
「ん?ああ。そっか。ユリアには、この声が聞こえてないのか。ねえ。彼女にも回線を開いてあげてくれない?」
ガルロアが念威操者にそう頼むと、彼はそこでやっと思い出したかのように訪ねてきた。
『そうそう。その娘は一体何なんですか?』
それに対してガルロアは
「ああ。そっか。僕が端子を壊しちゃったから聞けなかったんだね。」
と答えながら、やっぱり念威端子を破壊しといて正解だったなぁと思っていた。
ユリアが汚染獣であるという話を念威操者に知られるということは、都市の上層部にそれを知られるのと同義である。
そうなった場合、ユリアが都市に入ることは不可能となる。
場合によっては、ユリアは都市の武芸者に攻撃されてしまうだろう。
都市の武芸者がユリアを殺すことは、実力的にありえないし、ユリアが都市の武芸者を殺すことも、彼女の性格上考えられない。
その点においては心配はないが、ガルロアとしては、ユリアに武器が向けられているのは見たくない。
そもそも、彼女が都市に入れるか入れないかで、ガルロアが彼女と一緒にいることへの難易度は大きく変わる。
ユリアが汚染物質の中を遮断スーツなしで生きられるという事実は隠しようもないが、彼女が汚染獣であるという事実を隠し通し、都市の中に入ることができれば、ユリアと自分は簡単に一緒にいることができるようになる。
もし、汚染物質の中でも生きられるということから、ユリアが都市の人間から悪い感情を持たれてしまうのなら、そのときは放浪バスに乗って、ユリアのことを知る人のいない他都市へと逃げればいいだけのことである。
もちろんガルロアはユリアが都市に入れなかったからといって、彼女と一緒に生きることをあきらめるつもりはないが、物事は簡単な方がいいのは確かである。
だから、ガルロアは必死で言い訳を考え始めた。
そして、とりあえずの時間稼ぎのために、
「彼女の名前はユリアって言うんだ」
とだけ答えてみる。
すると念威操者は、
『ほう。ユリアさんというのですか。それで、彼女は何者なんですか?』
と聞いてきて、言い訳を考える暇を与えてくれない。
仕方ないので、ガルロアはどんどんと話をしていくことにする。
途中でボロが出ないのを祈るばかりだ。
「彼女は見てのとおり人間の女の子だよ。」
『人間の女の子が何故こんなところにいて、汚染物質の中で生きているのかを聞いているのです。彼女は本当に人間なんですか?』
意外に鋭いなと思いつつ、ガルロアは、
「情報収集なら念威操者のほうが優秀でしょ。あんたはどう思ってるの?」
と聞き返す。
『あんたって・・・。もう少し年上への敬意を払ってください。まあ、今はやめときましょう。さて、彼女は私から見ても人間に見えます。ですが、どうにも違和感があるんですよね。いえ、何がというわけではないんですが、何かこう引っかかるんですよ。』
念威操者から見てもユリアはちゃんと人間に見えるらしい。
そのことに安心し、
違和感があるというのは要注意だなと思いつつ、
ガルロアは彼に
「それは、彼女が汚染物質の中で生きられるって事と関係あるんじゃない?」
と答える。
『それはどういうことですか?』
「僕にもよく分からないんだけどね。彼女は汚染物質の中で生きられるらしいんだ。つまり普通の人間とは少し違うんだから、そこに違和感を感じてるんじゃない?」
『何故汚染物質の中で生きられるんでしょう?』
「それは僕にも分からないよ。ユリア本人も分からないってさ。っていうか、最近までは、彼女もそのことを知らずに、他の都市で普通に暮らしてたらしいんだ。それが、とある事故がきっかけで、彼女が汚染物質の中でも生きられるってのが分かったらしくて。それで、そのことを気味悪がったその都市の上層部が彼女を都市外追放したらしいんだ。ある程度の食料は何とか持ちだせて、それでここまで歩いてこれたんだけど、そこで食料も尽きて、着ていた服は汚染物質に焼かれてボロボロになっちゃって、それで今、ここに身一つでいるって訳らしいんだ。」
都市外追放とは、犯罪などを犯した人間を都市の外に追放することだ。
軽い犯罪の場合は都市から都市へと移動する唯一の交通手段である放浪バスに乗せられて、他都市へと追放される。
だが、重い犯罪だった場合、生身の体で都市の外に、汚染された大地へと放り出される。
つまりは死刑ということだ。
我ながら素晴らしい嘘だとガルロアは思った。
何も悪いことはしていないのに、都市外へと追い出された少女。
なぜか汚染物質に耐性を持っていたため、ここまで生きながらえてしまった少女。
完全に死角なしだ。
完璧な嘘だ。
しかし彼がそう思っていられたのもつかの間のことだった。
念威操者は
『とある事故とは?』
とガルロアに聞いた。
「・・・・・えっ・・・と・・・。」
『どうしたんですか?』
「あの・・・・・、そこまでは聞いてないっていうか・・・・。」
『なるほど。では彼女の方に聞いてみましょう。』
「わぁーーーーーー待った待った待った知ってる知ってる知ってる実は知ってるちょっと言いにくかっただけで実は知ってるから待って待って待ってってば。」
『いきなりどうしたんですか。』
「・・・・えっ、・・いや・・・、都市外追放になった経緯を何度も彼女に説明させるのはかわいそうだと思って・・・・・。」
しどろもどろになりながらも、ガルロアが言う。
『・・・まあそうですね。私が軽率でしたね。』
危ないところで何とか持ち直したガルロアは真剣に言い訳を考える。
ユリアに剄脈はなさそうなので、都市外に戦闘に出ていたという嘘は恐らく通じない。
剄脈のない人間が都市外で戦闘するわけがないからだ。
また、都市外に整備に出ていたという嘘も、彼女の外見年齢から見破られる可能性が高い。
と、そこでうまい言い訳を考え付いた。
「ユリアの生まれた都市は、今でも汚染物質について研究しているらしくてね。彼女は誤って、その研究所に入っちゃって、汚染物質を浴びちゃったらしいんだ。」
『汚染物質を都市内に入れるような都市があるんですかね?』
「まあ、あってもおかしくないじゃん。あんただってこの世のすべての都市を知ってるわけじゃないだろ?都市間の交流は少ないんだ。僕らの知らない都市がいくつあっても不思議じゃない。」
『まあ、そうですね。それより、汚染物質について研究しているようなその都市が、汚染物質に耐性を持ってるその女の子を追放するんですか?むしろ、研究材料の一つにすると思いません?』
「・・・・・・・あーー、それはほら、・・・・・アレだよ・・・・。えーーと・・・、あっ。そうだ。うん。ほら、汚染物質の研究は、一部の酔狂な科学者が秘密裏にやってたことらしいんだよ。その都市の上層部はそのことを知らなかったらしいんだ。んで、ユリアが汚染物質を浴びちゃったその事故が結構大事になって、そのことが都市中に知られて、それでユリアが気味悪がられたってところみたいだよ。」
『あっ。そうだ。うん。って、まるで今考えたみたいですね。』
「・・・・・そんなことないよ。」
『いえ、怪しいです。』
「ソンナコトアリマセン」
『どこから嘘なんですか?』
結構簡単にばれてしまったので、ガルロアは『とある事故』に対する言い訳をあきらめることにした。
「・・・・・はあ。すいません。実は僕はユリアが経験したその事故ってのは知らないんだよ。ただ、彼女に根掘り葉掘り聞くのが嫌なんだ。でも、ユリアは間違いなく人間だし、絶対に悪いことをするような人じゃない。それは僕が保証する。
ところで、さっきからあんたしか話してないけど、この会話、市長達も聞いてるんでしょ?
市長、これから都市に帰りますが、彼女を都市にいれてもらえませんか?」
そうガルロアが、恐らくこの会話を聞いているであろう市長に尋ねると、しばらくの沈黙の後、市長の声が聞こえてきた。
『それは許可できんな。都市に帰るなら、君一人で帰ってきたまえ。彼女を連れてくることは許可できん。』
その言葉はある意味予想通りではあった。
それでもその言葉はガルロアにとって頭に来るものだった。
「ユリアは何も悪いことはしていません。なぜ許可できないんですかっ?」
『それが都市の決まりだからさ。それに、私達は、最初に君が襲われているのを見ている。たとえ、悪事を働いていなくとも、彼女が危険人物であることは、それで証明されている。』
「その襲われた本人である僕が、彼女を無害だといってるんです。それでいいじゃないですか。」
『君には何度もこの都市の危機を救ってもらっている。今回の雄性3期の汚染獣のこともそうだ。都市にいる武芸者だけでの対抗も可能だったが、一人の犠牲者も出さずに汚染獣を倒すことができたのは、紛れもなく君のおかげだ。さすがは神童。都市の英雄だ。私もそんな君の頼みなら聞いてやりたい。』
「だったらっ」
『だが、この都市の最高戦力である君が圧倒された相手だ。あの後何があったのかは分からないが、最初の打ち合いを見れば十分だ。
彼女は君よりもはるかに強い。そうだろう?』
「たしかにそうですが・・・・・、それが何なんですか」
『君はこの都市で生まれ、この都市で育った。私も君のことはよく知ってるし、この都市の害になることはしないと信用している。だから大丈夫なんだ。
だが、彼女は違う。私は彼女のことを信用できない。それなのに、うちの都市には彼女が暴走した際に、それをとめることができる武芸者がいないのだ。そんな人間をどうして都市に入れることができる?』
ガルロアには言い返せる言葉がなかった。
市長の言うことは間違いなく正論で、間違っているのは自分であると分かっていた。
それでも、
「それでも、僕は、ユリアと離れたくありません。離れるつもりもありません。ユリアが都市に入れないのなら、僕は都市に帰りません。ユリアと一緒にいます。うまくすれば、他の都市を見つけることができるかもしれませんしね。」
と強い語調で言い切った。
そして、そういったガルロアに対して、市長は
『本気かね?』
と問う。
それに対してガルロアは、やはり
「本気です」
と返す。
『その場合、君はほぼ間違いなく、他の都市にたどり着く前に死ぬぞ?』
「覚悟の上です」
そうしてお互いにしばらく黙っていた。
無言のやり取り、
無言の根競べをしていたが、
やがて市長が、
『それほどの覚悟なら仕方ない。今、彼女をこの都市に入れることを許すことはできないが、そんな年齢で、この都市のために何度も命を張ってくれた君がそれほどまでに言うんだ。私も少しは譲歩しよう。』
と話し始めた。
『そうだな。今、うちの都市には放浪バスが1台来ている。今すぐその娘と都市に帰還して、それに乗り込め。ただし、都市の内部に入ることは許さん。旅の準備はこちらで整える。そして、そうだな・・・、5年だ。5年以上、彼女とともに過ごし、その間、彼女が問題を起こさなかったなら、その時は、この都市に迎えよう。まあ、5年といわず、10年すごしてもいいし、うちの都市に帰ってこなくてもいいが、できれば、ガルロア君には、もう一度帰ってきて欲しいところだ。
彼女が暴走してもしなくても、ね。
それが私にできる最大の譲歩だ。それでいいかね?』
それを聞いてガルロアは驚いた。
都市の内部に入り込まれなければ、もしもユリアが暴走したときに、彼女を抑えられるだろうという彼の見通しは、甘いといわざるを得ないが、それでも、そんな危険を冒してでも、ガルロアのためにそこまでしてくれたのだ。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
ガルロアは心のそこから感謝した。
『全く。都市の神童がいなくなるなんて。市民にどう言い訳すればいいんだ。まったく、念威操者も厄介なものを見つけてくれたものだ。』
そんな市長の言葉を聞きながら、ガルロアはユリアのそばへと近づいていった。
結局念威操者はユリアに回線を開かなかったため、彼女はずっと不思議そうな顔をしてガルロアを見つめていた。
ユリアにはきっとガルロアが虚空に話しかけているように見えただろう。
そんな彼女にガルロアは、
「とりあえず、少し髪を切ろうか」
といい、持っていた予備の錬金鋼を復元し、彼女の長い黒髪を腰の下辺りでざっくりと切る。
そのとき触れた彼女の肌の温度は、人間のそれと同じくらいだった。
少し髪型が乱雑になってしまったが、それは、次の都市についた時に整えてもらおうとガルロアは思う。
そして今もなお裸でいる彼女にどぎまぎしつつ、一人乗り用であるはずのランドローラーに何とか二人で乗り、都市まで帰還する。
そして、そのまま息をつくまもなく、放浪バスの乗車口へと向かう。
すると、そこには、市長と、もしもユリアが暴走した場合に備えてなのか、たくさんの武芸者達がいた。
「これが君達の旅の荷物だ。とりあえず、その娘にはこの服を着せておけ。それから、その中にお前の壊れた錬金鋼を新調したものが入っている。」
市長はトランク2つと錬金鋼がはいっていると思われる木箱を1つ、それから、ユリアのための衣服を1式渡してくる。
ユリアはそれを、見よう見まねでちゃんと着る。
そして市長は、
「私が送り出した人物が、他都市で暴走して、その都市を滅ぼした。などということになるのは心苦しい。絶対に問題を起こさずに、そしてできれば帰ってきなさい。」
そういってガルロアたちを送り出した。
ガルロアたちは放浪バスに乗り込む。
そして、放浪バスは出発する。
未知なる外の世界へと。
ガルロアたちを乗せて。
しばらくして後ろを振り返る。
まだ、今出てきた都市が見えていた。
そしてガルロアはユリアに話しかけた。
「ねぇ、ユリア?」
「なに?」
「あの都市の名前知ってる?」
「いいえ。知らないわ。」
「うん。まあそうだろうね。あの都市はさ、僕の生まれ育ったあの都市はさ。」
そして後ろを振り返るのをやめたガルロアはユリアの目を見て言う。
「ムオーデル。『霊封都市ムオーデル』って言うんだ。霊封なんて変な名前だろ?」
苦笑しながらそう言った彼に、ユリアはただ
「そう。」
と言い、
その後つづけて、
「覚えておくわ」
と言った。