「・・・・・なぜ今までの会話からそんな話になったのかわからない」
「いやぁ、いつまでも『お前』とか『君』とか言い続けるのは嫌だから。かといって、『ヴァルキュリア』ってのは、なんとなくいかつい感じがする。だから、『ヴァルキュリア』をもじって、『ユリア』。自分では結構いいと思うんだけど。で?どう?ユリアって呼んでもいい?」
「そう。あなたの好きにすればいいわ。どの道、私には明確な個体名というものがないのだから、私のことを人間がなんと呼ぼうとその人間の勝手よ」
「それは良かった。ちなみに僕のことはロアって呼んでくれたらうれしい」
「そう」
・・・・・ロアと呼んでくれるつもりはなさそうだ。
(ん~。残念。まあそれは置いといて、)
ガルロアは少し名残惜しそうにしながら、また質問をはじめる。
「ところでユリアは何でそんなに人間の言葉を話せるの?」
「私たちは、ああ。あなたには『汚染獣は』といった方がわかりやすいかしら。汚染獣はある程度成熟すると、人間の言葉を理解できるようになれるわ。
まあ、大雑把にはといったくらいなのだけど。人間との戦闘の中で理解していくの。
『突撃』と聞こえたら人間が攻撃してくるとか、『発射』と聞こえたら何かが飛んでくるといった風なことを理解していくのよ」
「それで、ユリアみたいに長く生きた個体は、ここまで言葉を理解できるって事なの?」
「そういう事ではないわ。あくまで私たち汚染獣は『大雑把』にしか言葉を理解できないの。
脳の大部分を闘争本能にとられて、思考能力とかはほとんどないから。
私がここまで言葉を理解できるのは、この姿になって思考能力を得たからよ。
汚染獣にも記憶というものがあって―――――まあこれも思考能力のない汚染獣にはほとんど意味のないものなのだけど―――――私は思考能力を得たことによって、自分の記憶をたどることができた。そうして人間の話していることを思い出すことによって、大雑把にしか理解できていない、自分の人間の言葉の知識を補完させたのよ。
まあ、あまり使われなかった言葉の意味は理解できなかったけれど。さっきの『老性体』ってやつとかね」
確かに老性体という言葉はあまり使われることがない。普通の都市は汚染獣と遭遇することはほとんどない。それが老性体となると、『ない』と断言してしまっても言いすぎにはならない。それほどまでに遭遇率が低いため、老性体という言葉はあまり知られていないのだ。恐らくユリアもそういった都市にいった時は『強力な汚染獣』などと呼ばれたのだろう。
それにしても、『老性体』という言葉は理解できなかったものの、『人間の話していることを思い出して、言葉を習得した』といったユリアの記憶力と思考能力の凄まじさは、驚嘆に値する。そんな離れ業をやってのけるとは、もしかして汚染獣は、脳が闘争本能に埋め尽くされていなければ、相当な天才になりうる種族なのかもしれない。
しかしそれは今考えるようなことではない。
考えるべきことは他にある。
最初にユリアは『人間との戦闘の中で』といった。それはつまり、『都市を襲った時に』ということなのだろう。
彼女が、汚染獣は人間の言葉を理解できるように『なれる』といったのは、理解できるようになれない場合もあるからだろう。
それは恐らく、理解できるようになれる前に死んでしまう、人間との戦闘に負けてしまうことがあるからだろう。
そして彼女は理解できるようになった。
それは、人間との戦闘に勝ち続けたということだ。
彼女はこれまでにいくつかの都市を滅ぼしてきたということなのだろう。
それを理解した。
だからガルロアは聞くことにした。
最後まで聞かないようにしてきたことを聞くことにした。
「ユリアは最初に僕を見たときに、いきなり襲ってきたよね。それは何で?」
まずはそこから聞き始める。
「久しぶりに強そうな力を感じて、少し興奮してしまったのよ。汚染獣である私がこの言葉を使うのもどうかと思うけど、『血が騒いだ』ってやつ。まだ汚染獣としての闘争本能が少しは残ってるのかもしれないわね」
「強そうな力っていうのは剄ぶつけた時のこと?」
「ああ、剄といったわね、あの力。そう。そのときの事。あんなに強い剄を浴びたのは、前に行ったあの都市以外では初めてだわ」
「なるほど。でも、僕のことを殺そうとはしなかったよね。それは何で?」
「一度打ち合って満足したから、いえ、あなたとあれ以上戦っても満足できそうになかったから、かしら。やっぱりあの都市で戦った人間達の方があなたより全然強かったわ」
一体何なんだその都市は!?
ガルロアはそうおもった。
彼も自分の実力には相当な自信を持っていたのだ。
汚染獣の雄性体を単騎で撃破できる自分は、この世界中で見ても相当な実力者であると思っていた。
実際にそのとおりで、世界中の武芸者に順位をつけたら、彼の順位は上から数えた方が圧倒的に早いという位置に来るだろう。
そんな彼よりも『全然』強かった人間『達』。
まあ確かにそれぐらいでなければ、老性8期など撃退できるはずもないのだが。
(・・・・・そんな都市とは絶対戦争したくないなぁ。・・・・・ってイヤイヤ。今はそんなことを考えてる場合じゃなかった)
驚きのあまり、横道にそれた自分の思考を、ガルロアは元の位置に引き戻す。
そして、
「それじゃあ、最後の質問だ」
決定的なことを問い始めた。
「ユリアは・・・・・・、君は・・・、」
この質問の答えを聞いてしまったら、もう彼女と会話することはできなくなるかもしれない。
その可能性がある。
それでも聞かない訳にはいかなかった。
彼女はこの質問になんと答えるだろう。
そんな不安を押し隠し、彼は最後の質問を言い切った。
「君は汚染獣として人間を、都市を、襲撃する意図はあるのか?」