それは、今見ても異常な光景で、
そのはずなのに自然な光景に見えて、
そのことを気持ち悪いと思っていた少年は、
少しだけ、その気持ち悪さを許容してもいいかな?などと、
そう思い始めていた。
†††
「あなたは、誰」という問いは、相手が何を聞きたがっているのか、どこまで聞きたがっているのかが曖昧だ。
思わず名前を答えてしまったが、これ以上何か言うことはあるのだろうかとガルロアは困惑する。
この少女に限って、自分の出身地やら何やらを聞きたがっているとは思えないが、名前を答えるだけでは不十分な気もする。
この少女は、「あなたの名前は?」ではなく、「あなたは、誰?」と聞いたのだ。
ニュアンスからすると、
ガルロアの個人的な感覚からすると、
この少女は、「自分の本質」とでも言うべき物について聞いているように感じた。
(そんなの、わかるわけないじゃん)
そう思ったから、これ以上答えようとするのはやめて、聞き返すことにした。
「お前は、・・・・・・・誰だ?」
少し迷ったが、「何だ」ではなく、「誰だ」と聞いた。
彼女の、透き通る様な声を聞いてなお、「何だ」とは聞きたくなかった。
それほど、彼女の声は美しかった。
答えて欲しいと思った。
彼女がなんと答えるのかも気になるが、
それ以上に、もう一度、彼女の声を聞きたかった。
だが、彼女は答えなかった。
もう、ガルロアへの興味は失せてしまったのか、
ガルロアの問いを聞いていなかった。
ガルロアへと向けられているその瞳は、
すでにガルロアを映していなかった。
それがたまらなく悔しくて、
退避を促してくる念威操者の声を無視して、
それでもしつこく話しかけてくる念威操者の配置している念威端子を全て破壊して、
もう一度問いかけた。
「お前は誰だ」
剄をぶつけながら、大きな声で、そう聞いた。
そうしてやっと少女はガルロアを見る。
その瞳の焦点を僕へと合わせて、ゆっくりと口を開き、再度ガルロアへと話しかけてきた。
「なんでそんなことするの?」
彼女が言う。
念威操者のサポートを失ってしまったので、少女の声が曇って聞こえる。
「そんなことって?」
ガルロアが答える。
「威嚇行為のこと。あなたじゃ私に勝てないのに、なぜそんなことをするの?死にたいの?」
剄をぶつけたことを言っているのだろう。
「そうしないと、君は僕の事を見てくれないと思って。」
「あなたはちゃんと私の視界に入っていたけれど?」
「そういう意味じゃなくてさ。こう・・・、僕に興味を持って欲しかったんだ。」
「興味?なぜ?」
「僕が君に興味があるから。」
自分で言って驚いた。
ガルロアという人間は自分を殺しかけた存在に興味を抱いているのだ。
「だから、教えて欲しいことがある。」
命を賭けてでも何かを知りたくなるほどの興味を彼女に抱いているのだ。
この感情が何に起因するものなのかはわからないが、
彼女のことを知りたかった。
だからガルロアは彼女にもう一度問いかける。
「あなたは、誰?」
五回目の同じ質問だ。
一番最初に聞いたときよりも、ずいぶんと柔らかな表現になった。
今度こそは答えてくれるだろうか。
ガルロアはそう思いながら、少女の答えを待った。
そして、
「私はいろんな都市に行った。たいていの都市では私のことを同じ名称で呼ぶけれど、ある都市に2回目に行ったときだけ、私は初めてそれまでとは別の名称で呼ばれたわ。」
少女はそう話し始めた。
「あなたが何を聞きたがっているのかは分からないけれど、私があなたに答えられるのは、その二つの名称だけ。」
そうしてガルロアは少女の正体を知る。
「私は、その都市で『ヴァルキュリア』と、他の大抵の都市では『汚染獣』と呼ばれていたわ。」