「あっ」
そんな声を上げてニーナは気まずそうな表情をする。
「先輩。僕、今日は学校休んだ方が良いって言いませんでしたっけ?」
ガルロアとニーナが外延部で話し合った翌日の昼休み、ジャンケンで全敗したガルロアがとぼとぼと六人分のドリンクを買おうと歩いているとばったりニーナに出くわした。
「・・・・・それはそうなのだが。確かに剄脈が弱っているのは実感しているが、しかし学校に来られないほどではなかったというか、昨日も勝手に小隊の訓練を休みにしてしまったのに、二日連続は流石にできないというか」
わたわたと言い訳をするニーナを見てガルロアは苦笑する。
「まぁ、自分で大丈夫だと言うのなら、別に構わないんですけどね」
「そ、そうか」
そう言ってニーナはほっとしたような表情を浮かべた。
「ところでガルロア」
「はい?」
ニーナの先ほどまでとはまるで違う真剣な表情を見て、昨日の話のことかなぁ、と頭の中で考える。
そのガルロアの予想は、当たらずとも遠からずといった感じになった。
「お前は電子精霊を知ってるか?」
ニーナの言葉にガルロアはしばし考え込む。
電子精霊。
それは都市を動かす意識だ。
仙鶯都市シュナイバルで生まれ、各都市へと向かって送られる。
現代の技術では、再現どころか解析すらできないとされている神秘。
ガルロアはそのように記憶している。
様々な要因で幾多もの自律型移動都市が滅んでいるのに対し、電子精霊ばかり生み出されてもただ単に供給過多になるだけではないかとガルロアは思っているのだが、もしかしたらそこにもガルロアの知らない神秘があるのかもしれない。
「・・・・・電子精霊って、都市を動かしてる意識ですよね?それがどうかしたんですか?」
ガルロアの答えにニーナは満足げに頷いて、続けて問うてくる。
「うん。それでお前はツェルニの電子精霊を知ってるか?」
その問いにガルロアはあきれた顔を返す。
「流石に知ってるわけがないでしょう。電子精霊なんてよっぽどの理由がなきゃ見られるもんじゃないですよ」
「む・・・。そう言われればそうだったな。私にとっては身近な奴だったから、すっかりそのことを失念していた」
気まずげに答えるニーナの言葉にガルロアはわずかな引っ掛かりを覚える。
「身近な『奴』・・・・ですか。電子精霊相手にずいぶんと親愛的な言い方をしますね。それに、電子精霊ってそんなに身近にあり得るような存在じゃないと思うんですけど?」
そのガルロアの問いに今度はニーナが苦笑する。
「ああ。普通はそうなんだろうが、ツェルニは特別なんだ」
その言葉にガルロアが困惑していると、ニーナは事情を説明してくれた。
何でもニーナは都市の機関部の清掃のバイトをしているらしい。
都市の機関部。
それは都市の動力の中心部であり、電子精霊の存在する場所だ。
存在するといっても本来余り姿を見られるものではないはずなのだが、しかしツェルニの電子精霊――名前もそのままツェルニなのだが――はニーナによく懐いているらしく、度々彼女の前に現れるため、ニーナにとってツェルニはとても身近な存在らしい。
「へぇ。それにしても電子精霊が人に懐くなんてあるんですね?僕も一度だけ故郷の電子精霊に会ったことがありますけど、そんな素振りは全くありませんでしたよ?まぁ、ウチの都市の電子精霊は見た目からしてかなり怖かったですから懐かれても嬉しくないですけど」
ムオーデルの電子精霊を思い出してガルロアはブルリと震える。
霊封都市ムオーデル。
そのおどろおどろしい名前に恥じない、相当な外観をしていた。
「まぁ確かに、私の出身はシュナイバルで小さい頃から電子精霊は身近にいたが、ここまで懐かれたのはツェルニが初めてだ」
見た目からしてかなり怖かったというガルロアの言葉に微妙な表情を浮かべながらニーナが答える。
「それで?そのツェルニがどうかしたんですか?」
さっきから中々話が進まないなぁと心の中で嘆息しつつガルロアが聞く。
「お前が昨日言った守りたいものについて一晩考えたんだが、私はツェルニを守りたいんだ」
ニーナの言葉にガルロアは一瞬呆けてしまった。
「電子精霊を守りたいなんて・・・・・、なんていうか変な人ですね。それって庇護欲とかですか?」
言った直後にガルロアは後悔する。
言葉があからさま過ぎた。
驚いて本心をそのまま口に出してしまった自分を責める。
案の定、ニーナはムッとした表情になる。
「庇護欲であるわけがないだろう。私は真剣にツェルニのために戦いたいと、ツェルニを守りたいとそう思ってるんだ。
ツェルニは優しい奴だ。私は何度もツェルニに助けられた。だからツェルニのために戦いたいと思ったんだ」
そう言われてもガルロアにはいまいちピンとこない。
ガルロアの中で電子精霊=故郷で見た恐ろしい奴、となってしまっているために、いまいち想像がつかないのだ。
しかし・・・・・、
「・・・・・すみませんでした。失言でした。確かにツェルニを知らない僕にはそんなことを言える資格はなかったですね」
自分はツェルニを知らないのだ。
自分が知らないだけでツェルニは本当に特別なのかも知れないとガルロアは謝る。
そんなガルロアにニーナも怒気を治め、再度話し出す。
「お前は昨日、都市を守るために戦うのは馬鹿だと言った。決して叶わない目標を据えて戦うのは馬鹿だといった。
だがこの場合はどうすればいい?電子精霊ツェルニを守ろうとするということは、そのまま都市を守るということに繋がってしまうだろう?」
ガルロアは困ったように頬をかく。
そして呟く。
「まさかそんなパターンがあったとは・・・・・」
ガルロアの言葉にニーナは失望したような表情を浮かべる。
しかしガルロアにしてみれば、失望されても困るといったようなものだ。
実際、自分達の過ごす都市を守りたいと思う人間はたくさんいる。
そう思って個人で実行できるのは、普通は例えば市長のような権力者だけで、ただの一武芸者では力不足なのだが、それでも自分達の住む都市に愛着を持って、守りたいと思う人間は多いだろう。
しかし、そんな彼らも本当に守りたいものは何かというものを真剣に考えれば、家族や親しい友人であるはずで、なればこそ都市を守るというのは武芸者という集合の、集合的目標であるはずで、あるべきだ。
・・・・と、これがガルロアの持論である。
といっても完全な受け売りであるのだが。
しかし電子精霊を真剣に守りたいと言う人間がいるとは、思いもよらなかった。
そんなイレギュラーなど考えもしなかった。
だが、まぁ、
「まぁ、良いんじゃないですか?それでも」
「ん?」
ガルロアの言葉にニーナが反応する。
「昨日も言いましたが、この話はつまり心構えに関するものなんですよ。自分が最大限の力を発揮するためにはどうすればいいかってことなんです。
武芸者の誇りとか義務とか、無謀な目標とか、そんなものじゃなくお前にはもっと真剣になれるものがあるはずだろ?ってそういう話なんですよ。
守りたいと思うものは人それぞれ違うはずで、だからその人が真剣に考えて、心のそこから都市を守りたいって思うのなら、それでいいんですよ。
この話の本質は決して揺るがない信念を心に据えろってことですからね」
・・・・・・・実はこの話には続きがあって、実際の実際は、誇りや義務みたいな、都市を守るために無条件に死んでもいい理由じゃなく、大切な人と、そこにいる自分を守るために戦えという、つまるところ、命をかける理由と死にたくない理由を同時に作れというのが本当の本質だったりする。
守るために戦うのではなく、守ったところに帰るために戦う人間が本当に強くなれるのだと、そんな話だ。
しかしそれは平和な学園都市では分かりづらいものだし、電子精霊を守りたいなどというイレギュラーには当てはまらなさそうだし、それに生き汚い武芸者は嫌われる傾向にあるため、この話はしないほうが良いだろう。
そんなガルロアの思いをよそにニーナはすこし難しそうな顔をする。
「・・・・・・・そういう・・・・ものなのか?」
「大体において、ニーナ先輩が本当に守りたいものが、電子精霊だけって事はないでしょう。友達とか隊の仲間とか色々いるでしょう?そういう人たちを守ったり助けたりするために戦えば、結果的にツェルニを守ることに繋がりますよ」
「・・・・・・・そうか。・・・・・・そうだな」
なにやら、少しばかり晴れた表情で納得できた様子のニーナにガルロアは少し安心した。
「ところでガルロア。ひとつ言っておきたいことがあるのだが・・・・・」
「はい?」
真剣な顔をして言いよどむニーナにガルロアは首をかしげる。
「その・・・・だな。武芸者の誇りや義務をクソ喰らえだというのは余り感心できん。昨日は上手く言いくるめられたが、誇りや義務はそれはそれで大事なものだと私は思っている」
ニーナの言葉にガルロアは、まぁ普通はそんなもんだよな、などと思いながら「それは僕には分からないことですね」と、そう言った。
ちなみに、その後ニーナと別れたガルロアは、ミィフィに「おっそいっ!ジュース買うのに何分かかってんのさっ!!」と怒られ、今後一週間毎日飲み物を買いに行かされることになってしまった。
†††
「いや~。それにしてもやっぱり特殊な回路してるよねぇ。この剣」
ツナギをきた上級生が感心したように、興奮したように、目を輝かせながらガルロアの使用している白金練金鋼の大剣を見ていた。
彼の名前は、ハーレイ・サットン。
錬金科の三年生で、ニーナの幼馴染で、そして第十七小隊の専属練金鋼技師であるらしい。
「まぁ、その回路の組み方は僕の戦い方に起因するものなんで」
「でもさ、なんで白金練金鋼なの?」
ふと思い出したようにハーレイが聞いてくる。
「なんでって、なんですか?」
「いや、だってさ、大剣って武器は重さと取り回しにくさを代償に、通常の剣よりもリーチと頑丈さと、短所にもなってるけど重さによる破壊力を得た武器だろ?
白金練金鋼は剄の伝導率じゃピカ一だけど、軽いしもろいし、大剣って武器の特徴を完全に殺してると思うんだ」
なるほど、とガルロアは納得する。
「確かに昔は鋼鉄練金鋼とかを使ってたんですけどね。でも事情があって、練金鋼にこだわる理由がなくなったってのが一番の理由なんですが・・・・・・、」
「うん?」
ガルロアの練金鋼をいじる手を止めてハーレイが顔を上げる。
「師匠に言われたんですよ。『お前は普通の武芸者とは違う。ならば普通の武芸者と同じ戦い方をすることに意味はないかもしれない。お前にしかできない、お前のための戦い方を模索してみたらどうだ?』って。その模索の一環として白金練金鋼を使ってるんです。そもそも大剣を使い始めたのだって、その一環なんです。僕の通ってた道場は本来普通の剣の道場だったんですよ。まぁ今では大剣のほうが得意で、剣の技術はほとんど補助に回ってしまってますが」
「ああ、それでこの前鋼鉄練金鋼の普通サイズの剣が欲しいって言ってきたのか。あっ、そうだ。その鋼鉄練金鋼、できたから持ってきたよ」
「本当ですか」
ガルロアは嬉々として差し出された鋼鉄練金鋼を受け取る。
先の汚染獣戦で紛失したままで、少し気分的な収まりが悪かったのだ。
「レストレーション」
復元してみて、満足する。
ハーレイの技師としての技量は十分以上らしい。
「いい感じです。ありがとうございます」
「そっか。それは良かった。それでさ、複合練金鋼のことだけど、ここの数値は・・・・・」
ハーレイがガルロアに向かって、散乱している様々な機材の中から一つの数値を見せてくる。
そう。
今日は複合練金鋼の設定をガルロアにあわせるための最終調整のためにハーレイの研究室に来ていたのだ。
複合練金鋼の使用者はガルロアに決まっていた。
討伐に先発で出ることが決め手である。
他にもガルロアが使っていた白金練金鋼が、複合練金鋼の予想完成形に近かったことなども理由である。
そのため、今までにも何度かハーレイとは顔を合わせて実験に付き合わされたり、色々と話し合ったりしていた。
ちなみにハーレイの研究室。
何人かで共同で使っているらしいのだが、ものすごく散らかっていて、なにやら変な匂いがこもっていたりする。
ユリアが部屋の惨状を見た瞬間にものすごく嫌そうな顔をして「外で待ってる」と言ったほどだ。
まあ視力聴力だけでなく、嗅覚まで優れている彼女には、ここの研究室の匂いは堪えたのだろう。
ハーレイはユリアが出て行ってしまったことにショックを受けたらしく、「・・・・・少し片付けよう」などと呟いていた。
「それから、この白金練金鋼の回路の組み方は、複合練金鋼にも適用させた方がいいのかな?」
「はい。できればお願いします」
「そっか。ちょっと大変かもしんないけど、まぁなんとかしてみるよ」
「はぁ。なんかすいません」
「いやいや、腕がなるよ」
このハーレイ。
見ていて感心してしまうほどの練金鋼オタクである。
普段はかなり平凡な人間なのだが、練金鋼が絡むと途端にあらゆる情熱を燃やしだす。
今回もその情熱でなんとかしてくれるだろうなぁと、ガルロアは未だ付き合いは短いが信頼を寄せている。
それにまだ会ったことはないが、ハーレイと共同でこの複合練金鋼を開発している人もかなり優秀な人らしい。
だから、複合練金鋼に関しては任せておけば安心だろう。
「ところでさあ」
話し合いも終わりに近づいた頃になってハーレイがいきなりガルロアに聞いてくる。
「表にいるユリアちゃんとガルロア君はどういう関係なの?」
その言葉にガルロアは大きく、大きく、大きく溜息をついた。
「な、なんか僕悪いこと言った!?」
「いえ、なんでみんなそればっかり聞いてくるんだろうなぁって思いまして」
「そりゃ誰でも気になるよ。ユリアちゃんみたいな美人さんのことは。それでどうなの?やっぱり付き合ってるんだよね?」
半ば確認するような言い方をするハーレイにガルロアはもう一度溜息をつく。
「一応、付き合っているというわけではないです」
そして、ガルロアのこの返答に変な顔をするハーレイを見て、ガルロアは再三の溜息をついた。
†††
「ゴメン。おそくなちゃった」
「構わないわ」
ハーレイの研究室の外でガルロアはユリアと合流する。
ユリアの長い黒髪がサイドポニーになっているが、これはミィフィの仕業だ。
ミィフィはユリアで遊ぶ(?)のが気に入ったらしく、昼休みになるとしばしばユリアの髪を弄り回す。
その結果のサイドポニーだ。
これまでの首の後ろあたりで一つにまとめていた髪型も、ユリアらしい清涼感が合って似合っていたのだが、しかしこれはこれで良いかもしれないとガルロアは思う。
・・・・・というか、この新鮮な感じがかなり良い。
いつもミィフィには迷惑(?)をかけられているが、これだけは感謝してもいいと思う。
「最近忙しいけど、明日が終われば元通りだからさ。それにユリアも毎度毎度僕についてこなくってもいいんだよ?ミィフィに誘われてなかった?」
「いいの。私はロアと一緒にいたいし、それにこの前、ミィフィに連れて行かれたときは本当に大変だったから」
「着せ替え人形にされちゃったときか」
ガルロアは苦笑気味に答える。
数日前、ユリアが大した私服を持っていないことを知ったミィフィとナルキと、一応メイシェンが、ユリアを連れて様々な洋服店に行ったということがあった。
綺麗な服を着たユリアを前にしたガルロアを、ミィフィとナルキが盛大にニヤニヤして見ていたことを思い出す。
ユリアはうんざりしていた様子だったが、ガルロアとしてはこれからもミィフィたちにはよろしくしてもらいたいところである。
・・・・・ニヤニヤされるのは気に食わないが。
「一つ、注意しておきたいことがあるわ」
「ん?なに?」
ユリアの言葉にガルロアは即座に反応する。
「私は以前言ったわよね。私には闘争本能も破壊本能も残ってるって」
「うん」
幼生体が襲来した際に、ガルロアはユリアからその話をされた。
「もしかしたら私、強い汚染獣を前にしたら少し暴走してしまうかもしれないわ」
「そっか」
ガルロアは気楽そうに返事を返した。
そんなガルロアにユリアが不思議そうな顔をする。
「いいの?」
そう聞いていたユリアにガルロアは小さく笑みを浮かべて「いいよ」と返す。
仕方ないことは仕方ないと諦めるしかない。
ただ、その場合に備えて、カリアンへの言い訳を考えておこうかなと、そう思うだけだ。
昨日の夜、ガルロアを守るといってくれたユリアが暴走するときは、きっとガルロアに危険が及んだときになるのだろうから、責められるはずもない。
「そう」
ガルロアの答えにユリアは安心したようにそう言って、それにガルロアは微笑みを返し、そして二人は並んで歩く。
†††
ガルロアがユリアと歩いている頃、生徒会室ではカリアンと一人の男が二人きりで向かい合っていた。
学生のみで運営されている都市であるツェルニにいるにしては、男は少し年を取りすぎているように見える。
「それで?俺に何をさせるつもりだ?」
男が念威操者らしい声色で、つまり淡白な声で言う。
「俺の仲間は全員放浪バスに押し込まれて追放されたのに、なぜ俺だけ残した」
数日前にツェルニから商業用のデータを盗み出そうとした、数人で構成された犯罪グループがあった。
その犯罪グループはレイフォン・アルセイフの協力を得たツェルニの都市警察に捕らえられ、そしてデータチップを全て回収された後、即座に罪科印を押されて放浪バスに押し込まれている。
・・・・・・・この男以外は。
グループにとっての不運は、レイフォン・アルセイフという天才がツェルニにいたことだろう。
それがなければ、経験の少ないツェルニの若年の武芸者など、撃退して逃げ切ることのできる実力があった。
そしてそれはこの男にしても例外ではない。
ただしこの男は武芸者ではなく念威操者だが。
「ふむ。君に協力してもらいたいことがあってね」
カリアンが微笑みを顔に貼り付けて男に言う。
しかし男は鼻を鳴らしてそれに答えた。
「俺になんの得がある。無罪放免にでもしてくれるつもりか?」
つまらない冗談でも言うような、そんな様子で男が言った言葉に、しかしカリアンは笑みを深くした。
「その通りさ。君の協力次第で、私は君を無罪にしても良いと思っている。もっとも無罪といっても、協力後は即座に都市を出てもらうし、それまで監視もつけさせてもらうがね。しかし罪科印を押したりすることは決してしない」
「なに?」
男はしばしいぶかしげな表情をしたが、しかしやがて声を出す。
「内容を聞かせて欲しい」
その男の言葉に、カリアンは内心を押し隠そうとするかのごとく、さらに笑みを深くした。
†††
都市の脚部にある出撃デッキで、ガルロアは遮断スーツを着て、軽く複合練金鋼を振り回した。
その様子を、ハーレイなどの練金鋼の技師と、遮断スーツを製作した人間たちが見守る。
「大丈夫です。いい感じです」
一通り動き終わったガルロアの声に、一同が安心したように安堵の溜息をつき、そして遮断スーツを製作した人間たちは、即座に出撃デッキを出て行った。
レイフォンのためのスーツを急務で作るのだろう。
『ふむ。それではよろしく頼む』
宙を浮く念威端子からカリアンの声が響く。
その端子の形に少し疑問を覚えて、ガルロアは口を開く。
「フェリさんはどうしたんですか?ここから汚染獣のところまで念威を飛ばせるのはフェリさんだけなんじゃないんですか?」
宙に浮いている端子も、今現在ヘルメットに覆われた自分の視覚や聴覚をサポートしてくれている端子も、それらはフェリのものではなかった。
『なに、フェリにはできる限り休んでいてもらいたいと思ってね。だから移動の途中まではこちらの人に代わってもらっていると、それだけの理由さ』
「それって二度手間になりません?」
『それもそうなのだが、しかし納得してくれ。私だって一人の兄だ。妹にはできる限り苦労させたくないのだよ』
「はぁ」
少し疑問は残るが、まぁ兄というのはそんなものなのかなぁと、ガルロアはとりあえず納得し、練金鋼を収めてそのままランドローラーへと向かう。
「それじゃ行こうか」
ランドローラーに取り付けられたサイドカーに座る、ガルロアの着ているものよりかなりゴテゴテした遮断スーツを着たユリアに声をかける。
「ええ。いつでも大丈夫よ」
ユリアの答えを聞いてガルロアは作業員に合図を送る。
都市の脚部の上部にある出撃デッキと、都市の脚部の最下部にある出撃口をつなぐエレベーターがゆっくりと下降を始める。
「頑張ってね」というハーレイの言葉を背中に聞きながら、ガルロアとユリアは下へ下へと降りていく。
そして、扉がパッと開き、それと同時にガルロアはアクセルを全開まで踏み込んだ。
バンっと風がヘルメットを打つ。
砂塵の舞う荒れた大地が目に映る。
ガルロアは都市の外へと飛び出した。
なんど経験しても都市の外に出る際には、軽い焦燥感が付きまとう。
そんなことを思いながら、ガルロアはランドローラーのスピードを上げる。
ツェルニがどんどん遠ざかる。
そして数十分後、ガルロアは地獄を見ることになる。
†††
「見て」
ユリアの言葉にガルロアはユリアのほうをちらりと向く。
ランドローラーで、しかも荒れた大地を運転しているために、前方以外に視界の注意を向けられないのだ。
そうして見たユリアは真後ろを向いていて、ガルロアは流石に真後ろは向けないよとヘルメットの中で苦笑する。
「ツェルニが遠ざかっているわ」
「そりゃ、ランドローラーの方が早いんだから当たり前だよ」
ガルロアの苦笑気味の答えに、しかしユリアは首を振る。
「違うの。ツェルニが進行方向を真後ろに変更してるのよ」
は?と、ガルロアの思考は一瞬停止して、そして直後、前方への注意などそっちのけにして後ろを振り返る。
「・・・・・・・・な・・・・」
視界には荒れた大地しかなかった。
荒れた大地やゴツゴツと突き出した岩以外に、ガルロアにはなにも見ることができなかった。
なにも見えない。つまりツェルニが見えない。
自分の視界からまだ消えているはずのない都市が、そこには存在しなかった。
「な、なんで?なんでもう都市が見えない。いくらランドローラーのほうが早いからって、それでも同じ方向に向かってるんだぞ?まだ見えるはずだろ?」
「だから、ツェルニが進行方向を真後ろに変更してるのよ」
ユリアにはまだ都市が見えているのだろう。
彼女の視力はガルロアを軽く凌駕する。
しかし・・・・・・・。
「一体、いつ方向を変えたんだ。僕にも見えない距離っていったら、そんなの僕達が都市を出た直後くらいから、都市と僕達がお互い遠ざかる向きで移動してるって事だよ!?」
それならなぜ念威操者はそれを教えてくれなかった。
なぜ今まで都市が進路を真逆方面に変えたと伝えてくれなかった。
「ちょっと念威操者。どうなってんの!?」
聞いた直後にガルロアは、はっと気付く。
もしも。
もしもガルロアとユリアが都市を出た直後に、都市が進路を変えたなら、都市が進路を変えた音がガルロアに、それでなくてもユリアに聞こえても良かったはずだ。
ランドローラーの駆動音や、都市外の風の音などに、大部分は紛れてしまうかもしれないが、それでも念威操者のサポートがあれば、かすかにでも聞こえたはずだ。
それがガルロアにもユリアにもまるで聞こえなかったということは・・・・・・・。
「・・・・・・おい。念威操者。あんた、僕達に絶対に外の音が入ってこないように音声をシャットアウトしてたのか?」
しかしガルロアに帰ってくる答えはない。
「くっそ」
ガルロアは急いでランドローラーの向きを変える。
「ユリア。まだ見えてるんでしょ?案内して」
「わかったわ」
そうしてガルロアは都市を追い始める。
しかし直後・・・・・、
「うっ、うわっ」
足元で何かが爆発した。
「ねっ、念威爆雷っ!?」
念威操者の使う攻撃手段。
上手く当てれば、武芸者さえノックアウトできるそれは、ランドローラーのタイヤをパンクさせることくらい容易くやってのける。
全てのタイヤをパンクさせられたランドローラーは当然のごとく一気にバランスを崩す。
「ちぃっ」
「ロア!?」
ガルロアは即座にユリアを抱えてランドローラーから真横へと飛ぶ。
ガルロアが決して遮断スーツを破かないようにしながら何とか着地。
そこからしばらく離れた位置で、ランドローラーは横転した。
「くっそっ。なんだってんだよっ!」
ガルロアは悪態をつきながら倒れたランドローラーへと駆け出し、そしてランドローラーのところへと辿り着く前に足を止める。
「おい・・・・・・。うそだろ・・・・・・」
ランドローラーを動かす燃料でもあるセルニウム。それをためているタンクのすぐ傍で、一つの念威端子が爆発する兆しを見せていた。
セルニウムは爆発的に燃える。
そんなものに念威爆雷を撃たれたら、ランドローラーは木っ端微塵になる。
「やめてくれよ・・・・・・・・」
ガルロアが呆然と呟く。
しかしそんなガルロアの願いもむなしく、その念威端子は念威爆雷を発動させて、セルニウムに火をつけた。
どっごぉぉぉおお・・・・・・・と、凄まじい音が響く。
ヘルメット越しにも聞こえるほどの爆発を起こす。
ガルロアとユリアが乗って来ていたランドローラーは紙切れのように吹き飛んで破壊される。
「・・・・・・な・・・・・・ん・・・、で」
呆然と呟いて、ガルロアは力が抜けたように膝をついた。
そして。
それに追い討ちをかけるかのごとく、ガルロアの視界は奪われた。
闇と静寂が訪れる。
†††
「これで良かったのか?」
たった今、ガルロアの視界のサポートを切った念威操者の男が、カリアンに話しかける。
この部屋にはカリアンと男しかいない。
「ああ。これで良かった。ありがとう。これで君の無罪は確定だ」
そう答えたカリアンの声は少し震えていた。
そんなカリアンの様子を男はつまらなそうに見やる。
「そんなことになるのなら、なぜ俺にこんな取引を持ちかけた」
「それがこの都市を守ることに繋がるからさ」
カリアンは昨日、この男と一つの取引を行っていた。
その内容は、無罪にしてやる代わりに、ガルロアとユリアのサポートを頼む、というものだった。
男はその内容を怪しみ、なぜそんなことを俺に頼むのかと聞いてきた。
そしてカリアンはそれに、場合によっては後ろ暗いことをしなければならない。その役目を、妹や、他の生徒達に押し付けたりはしたくない、とそう答えた。
そしてその後ろ暗いことを行った結果が今である。
罪悪感に押しつぶされそうになる。
こんな結末になるくらいなら、なぜ彼らを穏便に追放しなかった。
彼らは無条件追放には反抗するが、しかし都市を出て行けというのならそれに従うつもりはある、といっていた。
そんな風にカリアンは自問して、そして即座に自答する。
それは彼らが、追放という形で失うにはあまりに惜しい戦力であり、しかし都市が逃げたという推論が確信に変わってしまうと、すぐにでも追放したいほどに危険性の高い存在だったからだ。
個人的には信用していると言ったのは他ならぬ自分であるし、それに見合うだけのことをこれまでガルロアはしてきてくれた。
しかし・・・・・・・。
・・・・・・・しかし。
「・・・・・・都市が逃げるという事実は、あまりにも重いんだ。本当に、あまりにも、重いんだ。都市が逃げるということは、それは都市の敵だということだ。都市の全力を以って排除しなければならない存在なんだ。ただ怪しいだけの人間であった君達は、都市が逃げたという事実の前に、都市の敵であることが確定してしまったんだよ。・・・・・君達がもっと詳しく事情を話してくれていたなら、こんな強硬な手段は使わなかったかもしれないのに・・・・・」
呟いて、カリアンは言い訳がましい自分の言葉に唇を強く噛む。
そんなカリアンの様子をつまらなそうに見ていた男は、そのまま「それじゃあな」と部屋を出て行った。
一人になった部屋の中で、カリアンは強く強く、唇をかみ締めた。