緊張する。
これからの数分で、大げさでなく自分の今後が変わってくる。
明るく受け入れられるか、そうならないか。
今日は編入一日目。
つまり第一印象の問題の話である。
「はぁ~・・・・・」
ガルロアは大きく息を吐く。
こういう経験は今までに無い。
ともすれば、初めて汚染獣と戦った時ぐらいには緊張していた。
「大丈夫?」
ユリアがガルロアの顔を覗き込みながら聞いてくる。
ガルロアとは対照的に、ユリアは緊張などとはまるで無縁のようだった。
特になんの感慨もなさそうに立っている。
「おい、そろそろ行くぞ。大丈夫か?」
教師役の上級生が立ち止まってしまったガルロアを急かすように、しかし気遣うように言う。
既に、ガルロアとユリアが所属することになる教室の前まで来ていた。
「はい。分かりました。大丈夫です」
「そうか」
ガルロアのその返事に満足げに頷いて、上級生の男子生徒は教室の扉を開けた。
教室にいた生徒達の、好奇心に満ちた視線が突き刺さる。
少し不快なそれだが、しかしその不快感を表情に出すようなことはしない。
第一印象は大事だ。
教室の中を見ると、見知った顔が四つあった。
レイフォン、ナルキ、メイシェン、ミィフィ。
上級生に連れられて入ってきたガルロアとユリアを見て、
レイフォンは「うっ」というような表情をし、
ナルキは「おっ」、メイシェンは「あっ」というような表情をした。
そしてミィフィは・・・・・、
「それじゃ、転入生を紹介するぞー」
教師役の上級生がガルロアとユリアを紹介しようとするが、しかしそれを遮るように―ガタン―と誰かの椅子が音を立てた。
ガルロアが音のした方向を見ると、ミィフィが驚きに満ちた表情をしながら立ち上がっていた。
そしてズビシっとガルロアの顔を指差し彼女は大声を出す。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
壮絶に嫌な予感がした。
「ガルルン!!!!!!」
・・・・・・・・・・・・。
クラス中が沈黙する。
何か意味の分からない音声を聞いたとばかりにこの場にいる全員の頭上に疑問符が浮かぶ。
「ガルルンじゃん。どうしたのガルルン。転入できたのガルルン?やったじゃんガルルン」
そんな中、ミィフィだけは元気だった。
「しかもガルルン、同じクラスになれるなんてラッキーだねガルルン。ガルルンは日ごろの行いが良いんだね!!」
僕は日ごろの行いがそんなに悪かったのか、僕が一体何をしたなんの因果でこんな罰ゲームみたいな呼称を響き渡るような大声で叫ばれなくちゃいけないんだ、僕はまだ本名すら名乗ってないぞ、ガルルンが僕の名前だと思われたらどうする、っていうかあからさま過ぎるだろ、わざとやってないか!?・・・・・・・とガルロアは心の中で叫ぶ。
やがて機関銃のごとく連呼された『ガルルン』という単語が、今入ってきた転入生の呼称であると気付く生徒が現れ始め、その生徒達から失笑が漏れる。
「はぁ~・・・・・」
ガルロアは諦念、落胆、悲壮の全てを込めて、大きく溜息をついた。
†††
「スイマセンでした」
所変わって屋上。
現在は昼休み。
ミィフィ、絶賛正座中である。
ミィフィの誠意を込めた(?)謝罪はガルロアに向けられているのだが、しかしガルロアは「僕の第一印象が・・・・・・ギャグキャラになってしまった・・・・・」と頭を抱えて呻くばかりである。
そんな二人を遠巻きに眺める四人。
レイフォン、ナルキ、メイシェン、ユリアである。
「あはは・・・、ガルロアは・・・なんというか、災難だったな」
ナルキの苦笑混じりの呟きにレイフォンは心から同意した。
ミィフィの破滅的なセンスによるあだ名を転入初日から大声で叫ばれるというのは本当にかわいそうだと思った。
自分の『レイとん』というあだ名も同じように叫ばれたらと想像すると、余計にそう思う。
とはいえ、悪いことばかりじゃなかったんじゃないかとも思う。
ガルロアは武芸科の制服を着ていた。
レイフォンにはよく分からないことなのだが、普通科の生徒は初対面の武芸科の生徒に対して、ある種の緊張感を覚えるらしい。
それは、武芸者の堅苦しい話し方や、高圧的と言って言えなくもないような態度がそうさせるのだろうが、しかしあの騒動のおかげでガルロアは普通科の生徒からも好意的に受け入れられていた。
たいしてユリアの方は、普通科の制服を着ていて、そして相当な美人。
ユリアもミィフィにあだ名を叫ばれたのだが、しかしユリアにつけられたあだ名は『ユリちゃん』と全然普通のものであったため、普通に凄い人気者になっていた。
本人は少し煩わしく思っていたような風が見て取れたが・・・・・。
「それにしても、ミィフィのつけるあだ名ってこう、女の子につける場合は割かし普通なのに、僕とかガルロアとか男子につける場合は相当ひどいよね」
「そうか?『ガルルン』というのはともかくとして、あたしは『レイとん』の方は結構気に入ってるぞ。なあ、メイシェン」
「えっ?・・・えっと・・・。・・・・う・・・、うん。そうだね」
「・・・・・そう」
二人の友人の言葉にレイフォンは軽くめまいを覚える。
「それにしても、」
とナルキはユリアに話しかけた。
「二人とも転入できて良かったな。二人が転入できて、あたしも嬉しいよ」
「ええ。ロアが頑張ってくれたみたい」
「そういえばこの前、ガルロアが生徒会室に呼ばれたって言ってたな。あれは転入に関することだったのか?」
「ええ。『頭と心臓とお腹が全部痛くなるような筆舌しがたい凄絶なる話し合いの末にようやく勝ち得た・・・・・っていうか負け得た権利だ』って言ってたわ」
「・・・・・一体、何を話し合っていたのか気になるな・・・・・」
本当に不思議そうな表情を浮かべるナルキ。
「そうね。私にも詳しいことは教えてくれなかったわ。ただ『あの生徒会長は悪魔だ・・・そうに違いない・・・・』とだけ・・・・・」
「・・・・・心のそこから同意見だ・・・・・」
呟くレイフォン。
何を話していたのかはレイフォンとしても気になるところだが、しかしカリアンへ対するその心情はとても、とてもとてもよく分かる。
あだ名のことといい、既にガルロアに対して相当な親近感を覚え始めているレイフォンである。
しかし・・・・とその一方でレイフォンは思う。
親近感などど好意的ともいえるような感情を相手に対して持ちながら、しかし相手への警戒心が全く薄れない自分は一体どうなっているのだろう・・・・とレイフォンは自分の心理状態に疑問を抱く。
こうして見る限り、自分の警戒心のそもそもの発端となっているユリアは、その身にまとう雰囲気以外は全くおかしなところの見当たらない普通の少女であるし、ガルロアだって全然おかしなところは無い。
二人ともナルキやミィフィと普通に話している。
そういえばメイシェンはガルロアの存在に・・・・・というより男子がいることにたいして緊張しているようで余り言葉を発さない。
そう考えてみれば、自分が何故メイシェンに受け入れられているのかは、結構不思議なところだ。
(・・・・・なんだろう?女々しいやつだとか思われてたりしてるってことなのかなぁ?・・・・・うーん、・・・・有り得なくも無い。・・・・・でもそれは嫌だなぁ・・・・っていやいや、違う違う)
場違いなところに逸れかけた自分の思考を慌ててもとの位置に戻す。
とはいえ・・・・・、
結局のところ自分には答えは出せないんじゃないかとレイフォンは思っている。
少なくとも現時点では。
最初は違和感だった。
見たことは無いのに知っているような・・・・・、
ユリアとユリアの纏う雰囲気との間に漠然と感じる違和感、ズレ。
知っているなら会ったことがあるはずだとも思うのだが、しかしこれほどに印象深い雰囲気を放つ人間など、一度見たら忘れるわけも無い。
それならば、やはり会ったことなどないのか。
しかしそれでもやはり、自分はどうしようもなくこの雰囲気を知っている。
(いつどこでこの雰囲気を感じたのかを思い出せればいいんだけど・・・・・)
そもそもユリアは剄脈を持っていない。
レイフォンにはそれが分かる。
それなのに自分に焦燥感や緊張感を与えてくるなど何かの間違いではないかと、実はそんなことを思っていたりもしたのだが、しかし先日、ガルロアが生徒会室に呼ばれた日、あの日に成り行き上で二人きりになったときに確信した。
確信させられた。
間違いなく自分の心の深層はユリアという個人に対して恐怖に似た何かを感じている。
一体どういうことなのか・・・・・・・
そんな風に考えていたときだった。
「どうしたの?」
「うわっ!?」
かけられた声に驚いて、レイフォンは過剰なまでの反応をしてしまった。
ナルキは驚いたように目を丸くし、メイシェンは口に手を当て、そしてレイフォンに声をかけた張本人であるユリアは少し困ったような表情をしていた。
「あっ、あ・・・・えーっと・・・・ゴメン」
慌てて謝るレイフォン。
「一体どうしたんだ」
ナルキが驚きの表情のまま聞いてくる。
「いや、考え事してたからさ。いきなり話しかけられてびっくりしたんだ」
そんな風に答えると・・・・・、
「ちょっとちょっとちょっとー」
・・・・・と今度は向こうで正座をしていたミィフィと、頭を抱えていたガルロアが近づいてきた。
ミィフィの膝は長時間の硬い場所での正座のせいで赤くなっている。
「なんかレイとんの叫び声が聞こえたけど何だったのー?」
「えーっと、たいしたことじゃないんだ」
レイフォンが近づいてきた二人にも、ナルキにしたのと同様の説明をしようとしたとき・・・・・、
「ロア。レイフォンにひどいことをされたわ」
・・・・・と、
何の前触れもなく、ユリアが言った。
「えーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
驚きの声を上げる。
しかし驚いていたのはレイフォンだけでなく、他の四人も同様に驚いていた。
なんというか。
なんか意外だった。
本気で言っているのか、冗談で言っているのかは分からないが、そのどちらにしても、ユリアがこんなことを言い出すとは思わなかった。
余り変化しない淡白な表情や、周りのものに余り興味を持っていなさそうな冷淡な態度からイメージしていた自分の想像はもしかしたら大きく間違っているのかもしれない。
そんな中、いち早く驚きから抜けたのはやはりというべきかガルロアだった。
驚きの表情を一転、凄く楽しそうな笑顔へと変えて、
「あはははははははははは」
と凄く楽しそうに笑いだす。
そんなガルロアの様子を見て、ユリアも
「ふふふ」
と微笑んだ。
「あの・・・・・、えっと・・・・・ゴメン」
ころころと変わる場の空気に若干困惑しながら、レイフォンはとりあえずもう一度ユリアへの謝罪を試みる。
そんなレイフォンにユリアは
「大丈夫よ。全然気にしてないから」
と答えた。
・・・・・なにそれ・・・。
レイフォンは大いに脱力する。
「なんってゆーか、びっくりしたねー。ユリちゃんでもそーゆーコトを言うときがあるんだなって感じ」
「ああ。でもそれよりも、あたしは二人がいきなり笑い出したときの方がびっくりしたな。一体、どういう状況なんだ!?って思ったな」
「ああ、確かに。なーんかあの時二人だけで通じ合ってた感じだったよねぇ」
ナルキの言葉にミィフィは大きく頷き、そしてミィフィはガルロアとユリアに問いかける。
「ねえねえ、二人ってやっぱ付き合ってんの?」
その質問にガルロアは少し困った表情を浮かべた。
「付き合ってるってわけではないと思うんだけど・・・・・、うーん、なんて言えばいいのかな?自分達でもよく分かってないってのが本当のところかな?っていうのと全く同じ問答を今までにも何回かしたじゃんか。なんで何度も聞いてくるんだよ」
「いやぁ、何か変わった返事が返ってこないかなーと思って」
「そう簡単には変わんないと思うよ。今は今の関係が一番しっくりくるからさ」
「ふーん。つまんないの」
ミィフィは不満げに口を尖らせる。
そんなミィフィの様子にガルロアは苦笑を浮かべた。
「恋人以上で恋人未満。今のところの僕達の関係は、そこら辺がちょうど良いんだよ」
「・・・・・まぁ、そんなものね。今の関係がとても心地いいわね」
ガルロアの言葉にユリアも同意する。
「なにそれ。わけわかんないし」
しかしミィフィはやっぱり口を尖らせたままだった。
その後は本当になんの変哲も無い他愛もない会話しかしなかった。
「ガルロアは武芸者だったんだな」
「ん?あれ?気付いてなかった?」
「ああ、放浪バスの旅のときも結構ぐったりしていたし、余り武芸者には見えなかった」
「そうそう、ガルルンってなんか全然強そうじゃないしねっ!」
「ガルルンはやめてって言ってるじゃん・・・・・っていうか、強そうに見えないって・・・前にも同じようなことを言われたことがあるな」
「っていうかむしろ弱そうに見えるし」
「ぐっ!?・・・・・弱そうに見えるってのはちょっとひどいと思うんだけど?」
「ああ、確かにガルロアはそこらの犬にも負けそうに見えるな」
「・・・・・・・」
そんな会話の末に泣きそうになりながらうずくまるガルロア。
「そういえばさ、今まで何度かユリちゃんに会ったけど、なんか毎回着てる服が地味だったよね」
「そういえば、そうだったな。せっかく美人なんだからもっと着飾ればいいものを」
「・・・・・私、ああいった感じ以外の服なんて持っていないけど?ロアの都市でもらった服しか持っていないから」
「・・・・・・・なにやってんのさ!ガルルン!!」
「ええっ!?僕っ!?」
「保護者なんだからもっとちゃんとしないと!!」
「保護者って何だよ!?」
「ガルルンはもう駄目だ。ユリちゃん、今度私たちと一緒に買い物にいこう!」
「・・・・・・・?」
ミィフィのテンションについていけずに困惑気味に首をかしげるユリア。
そして、昼休みの終了のチャイムが鳴ったとき、レイフォンはなんだか毒気を抜かれた気分だった。
ガルロアとユリアの様子を見ていると、自分が何を考えているのか全然分からなくなった。
何の変哲も無い・・・・・とは実際には言えないかもしれないが、
しかしレイフォンが今見ている二人は、本当に何の変哲も無い一組の男女にしか見えない。
だからこそ、自分が何に緊張しているのか、自分が何に焦燥しているのか、自分が何に恐怖しているのか、全く分からなくなった。
それならば、この二人に対して、猜疑心を向けるべきではないのかもしれないと思った。
ユリアと対したときの緊張感や焦燥感や警戒心はどうしたって捨てられないが、しかしだからといって猜疑心や敵対心は向けるべきではないのだろうと、レイフォンはそう思った。
そんなことを思いながら、レイフォンは他の五人と一緒に教室へと歩いていくのだった。
しかし、そのレイフォンの考えは、すぐに覆されることになる。
†††
「レイフォン君、まず最初に君に言っておくことがある。ガルロア・エインセルとユリア・ヴルキア。この二人のことを今後、警戒対象として見て欲しい」
そんな、カリアンの言葉にレイフォンは目を見開いた。
この場にいたガルロアも同様に驚いた表情をしている。
「・・・・・それは・・・・・どういう意味ですか?」
困惑気味に訊ねるレイフォンに、カリアンはその顔に微笑を湛えたまま「そのままの意味だよ」と答えた。
レイフォンがガルロアを見ると、ガルロアはカリアンのその微笑を気分悪そうに見つめていた。
あとがき
いつもより更新が遅くなってしまった、
なんか短いかも、
変なところで切れてる、
ダメなコトばかりですいません。最近忙しくなってきてしまいました。
次話はできる限り早く投稿します。
私は感想をもらうと、どんな内容でも本当に感謝な気分になるのですが、しかし今回は驚きました。
あとがきで特定の誰かに対して何かを書くということは余りしたくないのですが、しかし今回はやらせてもらいます。
hirogoさん、本当にありがとうございます。
読んでいただけただけでとても嬉しいのに、ここまで丁寧にたくさんのことを書いてくださって本当にありがとうございます。
とても参考になりました。
これから時間があるときにちょくちょく修正していこうと思います。
それでは。