「確認です。正反対の側に汚染獣が二体くるまで、後何分残ってますか?」
ガルロアは傍らを飛ぶフェリの探査子に話しかける。
『後、6分強ですね。ツェルニの生徒達はあなたが今倒した汚染獣の元へと向かっていますが、正反対のものにはまだ気付いてないようです。ですがこれもまた、もうすぐ気がつくんじゃないでしょうか?』
「いや、建物が邪魔になって気がつかないかもしれませんよ?」
『・・・・・先ほどの汚染獣はあなたに攻撃されるまで全く咆哮をあげませんでしたが、今近づいてきている汚染獣も全く咆哮をあげずにここへ来るとは言い切れないんじゃないですか。咆哮をあげられたら一発で気付かれますよ。』
「確かにその通りなんですが、そこは汚染獣が咆哮をあげないことを祈るしかありませんね。」
ガルロアの答えに、全く、とフェリが呆れ声を出す。
「それにしても・・・・・こういう言い方はあれですが、ここの武芸者の未熟さには恐ろしささえ感じますね。今が夜であることを差し引いても、サイレンが鳴らないと、ここまで接近してきている汚染獣の存在に気付けないというのは、割と相当だと思いますよ。」
『都市戦でも負け続けですしね。そのせいで私やレイフォンさんがとばっちりをくったり。ですが、この場合は私たちにとっては好都合でしょう。』
「まぁ、そうですね。ところで生徒会長は何してるんです?」
『あの人は会議にでてます。一応最高責任者ですからね。あなたとばかり話しているわけにはいかないのでしょう。』
「それもそうですね。」
話しながらも、疾走るスピードは緩めない。
建物の屋上や屋根の上を駆け、もはや走るというよりも飛んでいるようなものだが、そのスピードは凄まじい。
『・・・・ガルロア・エインセル・・・でしたよね。以前会ったときはあなたが武芸者だとは思いませんでした。』
「そうですか?念威操者なら、そういうのも分かるんじゃないですか?」
『私は普段いつでも念威を使っているというわけではないですからね。それにしても不思議ですね。この都市の武芸科長なんかは、強そうな図体をしてそれなりに強いですが、あなたやレイフォンさんは別格の強さですよね。そんなに弱そうなのに。・・・・・そんなに弱そうなのに・・・・・。』
二度言われた。
しかも二度目はしみじみと。
「・・・・・・・僕ってそんなに弱そうですか・・・・・?」
ガルロアはフェリの容赦ない言葉に少なからずショックを受ける。
わざわざ二度も言う必要があるのかと。
『ええ。弱そうですね。体つきもパッと見では華奢な方ですし、顔つきも精悍とは言い難い。何よりまるで覇気がない。あなたが武芸者であることすら信じられません。はっきり言って、あなたはそこらの犬にも負けそうです。』
「・・・・・・・・・・・・・。」
ぐぅの音も出ない。
完全に心を叩き折られた。
『それにあなたは―――――――』
「もういいです。やめてください。」
『―――――――・・・・・まぁいいでしょう。』
ガルロアの涙ながらの懇願にフェリはようやく口を閉じる。
『・・・・・・・・・・汚染獣の到着まで後5分を切りました。間に合うんですか?』
しばらく両者ともに沈黙した後にフェリが言った。
「う~ん。・・・・・・・これは・・・・まぁ当たり前ですが、間に合いませんね。」
ガルロアは困りながら答える。
巨大なレギオスをたったの6分強で縦断するのは不可能だ。
ガルロアが全力を出しても19分弱はかかる。
思いっきり走っているためにところどころの屋根がヒビ割れているかもしれないが、それほど本気で疾走っても19分弱はかかる。
本来なら話す余裕などないほどの速度で走っていて、ガルロアは結構頑張って話していたりする。
『まぁ、確かに当たり前ですね。今のペースだとあなたの到着まであと十七分といったところでしょうか?そうすると、十二分程度の間、汚染獣が二体野放しになりますね。』
「いえ、汚染獣は人間を喰らいに来てるんだから、建物の破壊なんかはしないで、まず人間が多くいる場所、つまりツェルニの生徒達が多くいる反対側へと向かうと思います。やつらにもその程度の知恵はあるでしょう。だから必然的に僕とすれ違うことになる訳で、だから僕と汚染獣の接触は今から・・・・・そうですね・・・・・11分程度後、汚染獣の到着から6分程度後になると思います。それに・・・・・。」
『・・・・・なんですか?』
「汚染獣のうちの一体は、やつらが到着したと同時に仕留めます。」
フェリはその言葉に驚くような気配を見せたが何も聞いてこなかった。
そして5分後。
『汚染獣が二体、ツェルニに到着しました。それから、4分ほど前にツェルニの生徒達が接近してきている汚染獣に気付きました。ですが、彼らではもうあなたには追いつけないでしょうから問題はありません。』
フェリが報告してくる。
「そうですか。」
『それで?どうするんですか?』
フェリの声は興味と疑いの色に彩られていた。
「まぁ、見ててください。今からやりますから。」
そう言ってガルロアは予備に持っている鋼鉄練金鋼の剣を復元させた。
『あなたも先ほどの鋼糸というものが使えるんですか?』
フェリが聞いてくるが今はひとまず無視して、練金鋼に限界まで剄を込める。
そして今度は前へと進みながらも大きく上方向に跳躍。
都市のエアフィルターは、都市の上を球状に覆うようになっているため、当然の帰結として都市の中心の建物が高く作られ、都市の外側の建物が低く作られている。
ガルロアはいまだ都市の中で一番高い建物の生徒会棟を挟んで、汚染獣の反対側にいた。
だから、上方向に跳躍しないと、汚染獣が見えなかったのだ。
そして汚染獣を見据えたガルロアは、鋼鉄練金鋼を逆手に持ち直して頭の後ろに大きく振りかぶる。
『もしかして、投げようとしてますか?』
フェリのあきれた声が聞こえてくるが、ガルロアはそれもまた無視する。
「おぉぉぉおおらあぁぁぁああ。」
そして、ガルロアはフェリの予想したとおりに、剣を思いっきり投げた。
活剄で最大まで強化した腕力にガルロア自身が前へと進んでいる勢いを上乗せして、そして投げると同時に剣の柄に衝剄を当てることで速度と威力をさらにブーストさせる。
投げる際の踏み込みのために足の裏から下方向に衝剄を放出させることで、一時的な足場を作る。
そんな様々な工夫を持ってして投げられた、剄が限界まで込められた鋼鉄練金鋼は一条の光線となってまっすぐ汚染獣へと向かっていく。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」
ガルロアが叫ぶ。
遠くに見える汚染獣が、迫ってくる剣に気付き回避しようとする。
剣が先か・・・・・・。回避が先か・・・・・。
そして・・・・・・・・・。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
遠くから汚染獣の断末魔が響いてきた。
ガルロアの放った剣は、見事に汚染獣に喰らいつき、そのまま頭を貫いていった。
「っよしっ!」
ガルロアは拳を握る。
『まさか本当に剣を投げるだけで倒してしまうなんて・・・・・。』
フェリは呆然とする。
「まぁ、あの汚染獣は一期のものみたいでしたからね。成功したのには、それもあったと思いますよ。実際僕としても成功するかどうかは半々だと思ってましたし。」
『・・・・・半々だったのに、あれほど自信たっぷりに到着と同時に仕留めますなんて言ったんですか。』
フェリの声が少し、じとっとしたものになる。
ガルロアはその声色に少しばかり恐怖を感じ、冷や汗を流しながら話を変える。
「し、しかしですね。鋼鉄練金鋼なくしちゃいましたね。予備のために持ってたものなんですけど、あれで結構使い勝手が良かったんですよね。」
そんなことを言いながらガルロアはもう一体の汚染獣のほうへと向けて、再度疾走りだした。
『ところで、一期とか二期とか、何のことか教えてもらえませんか?』
フェリがいきなりそんなことを聞いてくる。
「ええ。良いですけど。雌性体から生まれた幼生体が成長すると、雄性体の一期になります。そこからは脱皮を一回するごとに二期、三期となって、より強力になっていきます。それから繁殖期に入った汚染獣を雌性体と呼び、繁殖を選ばないで、自分の強さだけを追及する汚染獣を老生体と呼びます。雄性体とは五期のものまでは戦ったことはありますが、僕は老生体とは戦ったことはありません。ちなみに、あそこにいるのは多分雄性の三期です。」
先ほどの剣を投げる際の跳躍のときに二匹の汚染獣を確認し、片方は一期で片方は三期だった。
そしてガルロアは一期のほうに剣を投げたのだった。
『どうやってそれらを判別しているんですか?』
「まぁ、単純に大きさですね。それなりに汚染獣戦を経験したら誰でもわかるようになります。老生体と遭遇したら、単純に大きさだけでは測れないっていうのを聞いたことがありますが、それは僕には分からないことですね。」
『そうですか・・・・・。ところで汚染獣ですが、あなたの予想通りまるで建物を攻撃しようとしませんね。まっすぐに武芸科の生徒達が密集している地帯に向かっています。』
「それはラッキーですね。不幸中の幸いってやつですね。」
『・・・・・?あなたはこれを予測してたんじゃないんですか?』
「いえ、実は確率は半々位かなって思ってま・・・・・・・し・・・た・・・・・け・・ど・・・・・」
探査子の向こうでフェリの怒気が高まったのが分かった。
『あなたは確証のないことを自信満々に言うのが好きなんですか?先ほどからすごいと思っては落胆している私がバカみたいじゃないですか。』
「えっ?すごいと思ってくれてたんですか?」
ガルロアが驚いて思わず問い返す。
『黙りなさい』
「・・・・・・・すいません。」
ものすごくドスのきいた声で怒られた。
『さて、言われなくても分かっていると思いますけど一応。あなたの予想より少し早いですが、恐らくこのままだと後3分後に接触です。』
フェリが気を取り直して報告してくる。
「はい。分かってます。もう見えてます。今度の相手は雄性の三期ですからね。一連の襲撃の中で一番強力です。だから、少し集中させてください。」
『分かりました。では頑張ってください。』
そしてその言葉を最後にフェリは一言もしゃべらなくなった。
「っしっ。」
ガルロアは気合を入れる。
自分の頬を叩き、喝を入れる。
「レストレーション」
白金練金鋼の大剣を復元させる。
ずっしりと腕にかかる大きな質量のために、走る速度が少し落ちる。
「・・・・・そういえば、故郷ををでる前に最後に戦った汚染獣が雄性の三期だったな。あの時は無理やり力押しで一瞬で決めたけど、今回はあんな無茶できそうもない。」
鋼鉄練金鋼は既になくしてしまったし、白金練金鋼の大剣は汚染獣との連戦でだいぶ消耗している。
幼生体と針剄だけで戦うことで、できる限りの消耗を抑えたが、そもそも強度的な問題の大きい白金練金鋼だ。すでに相当消耗してしまっている。
あまり無茶な戦闘をしては、練金鋼のほうがついてこれなくなるだろう。
「まぁ、今は仕方ない。これだけで何とかしよう。一撃を確実に決められたら勝てる。」
今回も故郷を出た時と同じような短期決戦を選ぶしかないが、しかし、今回は力押しの短期決戦ではなく、自分の技術で一撃でしとめよう。
ガルロアはそう考えながら汚染獣へと向かっていった。
汚染獣との距離がみるみると近づいていく。
「どうする・・・・・。首を落とすか・・・・・いや、一撃で首を正確に落とすのは難しいかな・・・・・。」
汚染獣もガルロアの存在に気付き、ガルロアへとまっすぐに向かってくる。
「脳を突き刺そうにも、三期ともなればそれなりに外殻も頭蓋骨も硬いだろうから、一撃で殺せるかどうかは不安だな。」
もう既にガルロアと汚染獣との距離は詰まりきっていて、激突は目前だった。
「それなら、いっそあれやってみるか」
ガルロアが小さく呟き、・・・・・そして両者は交錯した。
汚染獣がガルロアを喰おうと大きく口を開けて迫ってくる。
ガルロアはそれを真上へ跳ぶことでかわすが、しかし直前にガルロアが立っていた建物は、周りの二棟ほどの建物を巻き込んで崩れていった。
汚染獣はガルロアが真上に避けたと瞬時に理解して、はねるようにその大きな口を今度は真上へと向けてガルロアに迫る。
ガルロアは空中にいるために回避行動を取れない。
そのはずなのに、その瞬間、ガルロアは口角を吊り上げた。
「よっし。思惑通りだ。そのままこっち来い。」
汚染獣がガルロアに迫る。
ガルロアはそれを待ち受ける。
そして、回避行動を取れないガルロアは為すすべなく汚染獣の大きな口の中に飲み込まれていった。
『あっ!?』
フェリの端子から悲鳴が漏れる。
バクンっ、と汚染獣の口が閉じられる。
この瞬間、ガルロアの敗北が決した・・・・・・・・・かに思われた。
しかしそうはならない。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
突如、汚染獣が大きく悲鳴をあげ、巨体を大きくのけぞらせながら閉じた口を再度大きく開ける。
その口の中に、汚染獣の口内から上顎を突き抜けて脳へと向かって大剣を突き刺しているガルロアの姿があった。
外殻も頭蓋骨もないために、大剣は至極あっさりと突き刺さっていた。
「これでっ・・・・・・・終わりだっ!!!」
ガルロアが叫び、汚染獣の頭の内部で何かが爆発した。
ガルロアが大剣の切っ先に込めた剄を爆発させ、汚染獣の脳を内側から破壊した。
汚染獣が目元や鼻から緑色の体液を振りまきながら落下していく。
断末魔をあげる間もない最期だった。
「よっと」
無事に汚染獣の口内から脱出したガルロアは地面へと着地した。
『無茶なことをしないでくださいっ』
フェリの端子から怒声が響く。
「すいません。ですが、これでひとまず終わり。それで、どうですか?あのあと索敵を続けて何か見つけましたか?」
今の三体目で最後だとは思うが、一応確認しておく。
『ええ。周囲50キルメルまで確認しましたが、特に何もありません。』
「はぁ。それならもう大丈夫そうですね。良かった。これでやっとユリアのとこに戻れる。」
本当は幼生体をささっと片付けて帰るつもりだったのに、幼生体戦は長引くわ、救援は呼ばれるわで散々だった。
「さすがに疲れましたね・・・・・。」
ガルロアが何とか壊れずに持ちこたえた大剣を剣帯に収めながら呟いた。
『まぁ、汚染獣との連戦ですし、当たり前なんじゃないんですか?』
「いえ、ここまで全速力で疾走って来たのが疲れました。」
『・・・・・・・あなたは本当に別格なんですね・・・・・』
フェリがあきれたように言う。
「いえ、レイフォンのほうが僕より確実に強いですよ。ある人にもそう言われましたし、僕自身もそう思ってます。」
『・・・・・私からしてみればどっちもどっちです。どっちも化け物ですね。』
「化け物って・・・・・」
ガルロアが苦笑する。
『さて、ツェルニの生徒がもうすぐそちらに到着します。逃げた方が良いんじゃないですか?もし見つかったらきっとすごい勢いで詰め寄られますよ。さっきから彼ら、汚染獣の襲撃に気付いてはあたふたと走り回って、それなのに汚染獣は訳も分からず倒されていって、相当いらだっています。念威操者の念威を私が妨害しているので、全く状況が分からないというのも原因の一つでしょう。』
「あれ?念威の妨害なんてしてくれていたんですか?後でツェルニの人たちに恨まれたりしません?」
『誰が念威の妨害をしてるかを悟られるようなヘマはしません。それに怒りの矛先はきっと全部兄に向かうでしょうし。いい気味ですね。』
「それは確かに。」
自分達の転入試験の受験を拒否し続けたことへの恨みを忘れたわけではない。
「・・・・・それにしても、ツェルニの生徒と時間に追われまくった今回の戦闘は本当に大変でしたね。難しい賭けというか、危ない賭けを何度かしましたし、本当に難しかったですが、生徒会長やフェリさんの協力のおかげで、なんとかかんとか犠牲者も出ませんでしたし。建物が3棟ほど倒壊しましたが、許容範囲ですよね。」
結果は最善といっていいだろう。
「それじゃ、僕は忠告通りに逃げるとします。今回は本当に協力ありがとうございました。
フェリさんのおかげで難しいなりにも比較的楽にここまで漕ぎ着けました。」
ガルロアが礼を言う。
『勘違いしないでください。あくまで私はレイフォンさんの頼みを聞いた責任を果たしただけです。』
「まぁ、それでも。助かりました。それじゃ、僕はユリアのところに戻ります。」
『そうですか。ユリアさんはシェルターにいるんですよね?』
「いえ、外来用の宿舎にいます。」
『・・・・・・・・・なんでですか・・・・・・。いえ、まぁいいでしょう。それじゃぁ、念威のサポートはもういりませんよね。ここで切りますよ?』
「はい。大丈夫です。」
『では』
そうしてフェリの端子はガルロアのそばから離れていった。
遠くからツェルニの生徒が近づいてくる音がする。
「さてと」
呟きながら殺剄。気配を消す。
そして闇に溶け込むように姿を隠しながら、ガルロアはユリアのいる宿舎へと向かう。
やがて宿舎に辿り着き、ガルロアは自分の部屋の戸を開ける。
ユリアはそこで待っていてくれた。
「おかえり」
ユリアが言う。
そしてガルロアは答える。
「ただいま」