向かってくる幼生体に、ツェルニ第十七小隊の隊長、ニーナ・アントークは両手に持った鉄鞭を振るう。
活剄で身体を強化し、衝剄によって威力を上乗せさせた、今の自分にできる限界の攻撃を放つが、しかしそれは幼生体の外殻をわずかにへこませることしかできない。
それでも自分は何度か攻撃を当てれば幼生体をしとめることができる。
しかし、都市の中でもエリートとされている自分がこれでは、他の者達では少し厳しいかもしれない。
そう思って周りを見れば、そういう者達は何人かで連携して、一体ずつ汚染獣の数を減らしていっている。
とはいえ、このままではいけない。
幼生体の動きが鈍重であること、射撃部隊が撃ち落した汚染獣が外縁部ギリギリのところで積み上げられて、なかなか動き出せずにいること。
この二つの要因に今は救われているが、もともと1千体をこえる数の幼生体を相手にしているのだ。
向こうにある幼生体の山が崩れて、こちらに向かってくるようなことになれば、幼生体一体に数人の武芸者で当たっているような今の状況では、圧倒的に武芸者の数が足りなくなる。
自分達の張っているこの防衛線はいとも容易く破られてしまうだろう。
ともすれば、絶体絶命の危機に陥ってしまうような、この危うい状況をどうにかしたいと思うのだが、だからといって打てる手段もない。
結局、今は目の前の幼生体を仕留めることしかできないのだ。
ニーナは幼生体に鉄鞭を打ちつけ、また一体、幼生体を仕留める。
「くそっ。これで何体倒した。後何体倒せばいい。」
苛立ちのこもる声をあげる。
自分の倒した幼生体の数など、きっと数えられる程度のものであり、倒さねばならない幼生体は数え切れないほどたくさんいる。
そんなことは分かっているが、声に出して少しでもストレスを発散させなければ、自身の身に降りかかるこのプレッシャーに耐え切れなくなりそうだった。
そもそも、戦闘が始まってからまだそれほど時間がたっていないというのに、ネガティブな考えしか頭に浮かんでこないことが既に状況の悪さを示している。
戦闘が長引いて長期戦になったときのことなど考えたくもない。
「レイフォンがいたならもしかして・・・・・。」
昨日の小隊対抗戦で、ニーナはレイフォンの圧倒的な実力を見た。
そして理解した。
十七小隊への入隊試験のとき、小隊の訓練のとき、自分との個人訓練のとき、そのことごとくでレイフォンは実力を隠し、思いっきり手を抜いていたのだと。
その事実はニーナにとって屈辱的で、即座に事情を知っていると思われる生徒会長の元へと押しかけた。
そして、その場で信じられない事実を聞いた。
かつてレイフォンは、武芸が最も盛んだといわれているグレンダンで、最も優れている武芸者12人に与えられる、天剣授受者の称号を得ていたという。
そんな栄誉を得ながら、レイフォンは禁忌とされている賭け試合に出場し、天剣の名を貶めた。
そしてそれゆえにグレンダンから追放されたと聞いた。
ツェルニが幼生体に襲われる直前、ニーナはレイフォンと話していた。
その中で、レイフォンにもレイフォンなりの理由があったことは理解した。
賭け試合に出場してまで金を得ようとしていた理由があったことも分かった。
だからといって、ニーナにはレイフォンの行動を是とすることができなかった。
しかし、レイフォンに実力があることは確か。
汚染獣の襲撃が頻繁にあるグレンダンで、高位の存在として君臨していたのならば、汚染獣との戦闘経験もそれなりに豊富であるはず。
いかに強力といえど、一人の武芸者の参戦で、この状況に劇的な好転を促すとも思えないが、もしもこの場にレイフォンがいたならば・・・・・・・。
と、そこまで考えて、ニーナは自分の思考を振り払う。
「他人の力を当てにしてどうする。私がツェルニを守ると決めたんだ。こんなところで挫けてなるものかっ」
いつの間にか近くにまで迫っていた幼生体の突進をいなし、そのままその昆虫のような外観の足に当たる部分を突いて、引っくり返させる。
「集中を切らすなっ。」
自身に叱責しつつ、倒れた幼生体の腹部に鉄鞭を叩きつける。
「もとより、アイツは頼りにならん。」
汚染獣襲来を告げるサイレンが鳴ったとき、レイフォンは一般市民と一緒にシェルターに逃げると言い出した。
そんな軟弱者に何ができる。
私たちの剄の力は何のためにある。
そんな軟弱者を頼りにしなくてはならないほど、私たちは弱くはない。
憤りをこめつつ、止めの一撃を放ち、また一体、幼生体を停止させる。
「よしっ。次だっ」
自身にせまる幼生体がいないことを確認し、それならばと次の標的を探すためにニーナは周囲に視線をめぐらせる。
だから、偶然見ることができた。
どこから跳んだのかは分からないが、自分達の頭上を跳び越えて、今まさに幼生体の群れのど真ん中に着地しようとしている存在を。
「んなっ!?」
何をしている!?
どこの者だ!?
自殺行為だ!?
着地と同時に襲われればひとたまりもないぞ!?
ストレスに耐え切れなくなって暴走しているのか!?
白金に輝く大きな大剣を持った男だった。
ニーナは直後にその男に起こるであろう悲劇に身構える。
しかし、そうはならなかった。
男が空中で剣を振り下ろし、その場に爆音が響いた。
その大きな音に集中を乱す生徒もいたが、その集中の乱れが大事に至るようなことはなかった。
そしてそのまま男は幼生体の群れの中に飲み込まれ、ニーナからは幼生体の群れが邪魔になって、その姿は見えなくなった。
今度こそ終わりか、と思うが、しかしニーナの予想はまたも外れる。
男の落ちたその場所から、周りの音にかき消されそうではあるが確かに戦闘音が響き、そしてその音がやむことはない。
「一体、何が起こっている・・・・・。」
呆然として呟く。
射撃部隊の位置からなら、何が起こっているのか分かるかもしれないが、しかし彼らは今も大量に空を飛んでいる幼生体の対処のため、地上に目を向けることはできないだろう。
「レイフォン・・・?・・・・ではなかったか・・・・・。」
白金練金鋼の大剣を持ち、大剣に流れる剄の輝きに淡く照らされた男の後ろ姿は、レイフォンのそれではなかった。
第一、レイフォンの武器は青石練金鋼の剣だ。
あんな馬鹿でかい剣ではないし、そもそも白金練金鋼ですらない。
「では、あれは一体・・・・・。」
と、そこでニーナは自身に迫る幼生体を確認し、再び戦闘に没頭する。
多少の混乱はあったが、しかし正体不明ではあるが心強い存在を見たことで、ニーナの士気は先ほどより上がっていた。
†††
剣を振るう。
一振りするだけで一体、幼生体が爆発し、四散し、吹き飛ぶ。
「爆発させて吹き飛ばすってのが効率を悪くしてるよなぁ・・・・・。」
ガルロアは呟きながら、しかしその手を休めることはない。
次々と幼生体を吹き飛ばし、次々と命を刈る。
「でも、そうやって吹き飛ばしておかないと視界が悪くなるし・・・・・。」
現在は夜中だ。
ただでさえ視界が悪いのに、幼生体の屍を周りに積み上げてさらに視界を悪くするようなことはしたくない。
本来ならば、様々なところへ動き回りながら戦闘をすることによって、その事態を回避するものなのだが、しかしガルロアは最初に着地したその場から、ほとんど動かずに戦闘を続けている。
この場所。
上空から落ちてくる幼生体と、レギオスの足をつたって上ってくる幼生体が合流し、戦闘区域の中で最も多くの幼生体が群れているこの場所。
そんな激戦区でガルロアは一歩も動かずに戦い続け、それでもまだまだ余裕がありそうである。
ツェルニの生徒からは自分達の方へと向かってくる幼生体の群れが壁になって、ガルロアの戦闘を見ることはできないだろうが、しかしもしも誰か見ている人間がいたならば驚愕していただろう。
その戦闘能力も凄まじいが、ガルロアの戦い方が異常だった。
ガルロアの振るう大剣が幼生体に触れることはない。
それどころか、ガルロアの周囲三メルトルの中に近づける幼生体すら存在しない。
何もないところでガルロアは剣を振り、それなのに幼生体はその動きに連動するように爆散し吹き飛ばされていく。
外力系衝剄の基本技、針剄の応用である。
練金鋼の中で剄を凝縮させ、貫通性を持った針状の衝剄として外部に放出させるのが針剄。
その針剄を、敵を貫くと同時に爆発するようにすることで、幼生体を仕留めると同時に吹き飛ばし、この場を動けないこの状況での視界の確保をすることができる。
幼生体の肉片が飛び散るという猟奇的な光景を作ってしまうことや、戦闘後の後処理が大変になるというデメリットが存在し、できれば使いたくはないのだが、この状況では仕方がない。
「完全に貫く形で針剄を撃てたら、最低でも一直線上の三体くらいは同時に倒せると思うんだよなぁ。」
大剣を振り上げ、振り上げた慣性に流されるように後ろを振り向き、そのまま大剣を振り下ろす。そして今度は大剣を横薙ぎにする形で体ごと半回転させ、また正面を向く。
前方の二体、後方の一体。
「そういえば、昔、大剣は振り上げるようなもんじゃないって怒られたことがあったっけ?」
横薙ぎの動作によって自分の真横に来た大剣をそのまま上へと持ち上げ、自分の頭上を通過させて反対側へと振り下ろす。さらにもう一度、また反対側へと大剣を振り下ろして、元の真横に大剣を戻す。そして今度は斜め上へと振り上げる。
両側面の二体、上空からの一体。
誰にともなくしゃべりながら、相当な重量であろう大剣を軽々と振り回し、一瞬で周囲の六体の幼生体を排除する。
「ふう。これで300体くらいは倒したかな?ったく、きりがないなぁ。終わりが見えないや。」
今も続々と増え続ける幼生体に呆れとともに溜め息をつく。
「だけど、なんかおかしいな?」
向かってくる幼生体を蹴散らしつつ、ガルロアは考える。
まず、自分がここで戦い始めてからもう既に相当な時間が経っているのに、戦っていれば誰かが飛ばしてくるだろうと思っていた念威端子が一向に飛んでこない。
しかし、これはまだ許容できる範囲ではある。
汚染獣戦で手間取っているだとか、色々理由は考えられる。
しかし、もう一つ。
レイフォンが姿を見せない。
ガルロアは、レイフォンは母体を倒しに向かったのだと予想していたのだが、それにしても遅すぎる。
都震が起こった直後に汚染獣襲来の警報がなったことから考えて、都震の原因は休眠中だった母体の巣を踏み抜いてしまったことだと考えられる。
つまり母体はツェルニのすぐそばにいるはずなのだから、念威操者のサポートがあればどんなに遅くても行って倒して帰るのに十分かからないだろう。
それなのに、もう戦闘開始から少なくとも一時間以上は経っている。
なにかトラブルがあったと考えたって遅すぎる。
となれば・・・・・、
レイフォンが母体を倒す際に怪我をしたか。
いや、レイフォンがすでに幼生体に腹を食い破られて瀕死の状態になっているはずの母体を相手に怪我を負う可能性はありえない。
それならば・・・・・・。
「もしかして、レイフォンは戦ってないのかもしれない・・・。」
そこまで考えて、戦闘が始まってからずっと気負った様子のない表情を浮かべていたガルロアに、初めてあせりの色が浮かぶ。
「いや、こんなときに戦ってないなんて、そんなことあるわけな・・・・・く・・・もないのかもしれない・・・・のか?」
ガルロアの脳裏に昨日の試合のレイフォンの様子が浮かぶ。
あの、序盤に見せたやる気の無さ。
あれはもしかしたらそういうことなのかもしれない。
『戦う理由を持つやつは、命をかけて戦える。戦う理由をもたないやつも、命をかけることはしないだろうけど戦える。戦わない理由をもつやつも、戦いたくない理由をもつやつも、よっぽどのことがない限り、命がかかれば戦ってくれるだろうね。今のあんたはつまり二番目。命をかけずに戦う人間。あたしはあんたがそんなんになってる理由は分かってっけど、でも気をつけな。あんたみたいのは一番舐めた野郎になりかねないよ。』
かつてガルロアにそんな話をした人がいた。
『世の中には、絶対に戦わないなんつーやつがいてね、まあそういう奴は大抵弱いから、あたしはそんな奴のことなんかどうでもいいんだけど、でもあんたがそんなことを言い出したら、それは世界を舐めきってるよ。』
ガルロアの父親が死んで間もない頃のこと。
父親を守ろうという確固とした戦う理由をなくし、仲良くしていた親友も都市を出ていき、戦う理由も戦わない理由も持たずにただ惰性で戦っていたガルロアへの警告だったのだろう。
『あんたは強い。今はまだだけど、すぐにこの都市で一番になる。そんなあんたの戦わない選択は非道だよ。』
かよっていた道場の、門下生の一人である女だった。
『あんたにもあんたの意思がある。それを止める権利なんて誰にもない。だから、結局のところあんたがどうしようとあんたの勝手だ。あんたが戦わない選択をしたとして、それで誰かが死んだとして、それに対して誰かがあんたに文句を言ったとしても、そりゃ、ただの逆ギレだ。あんたがいなきゃ死んじまうような非力な自分達が悪いんだ。』
上から目線の皮肉っぽい女だった。
『だけどな、あんたが戦えば生きる人が増えて、あんたが戦わなければ死ぬ人が増える。あんたはそれ程の力を持っちまったんだ。そのことを忘れるなよ。』
嫌な女だったが、彼女の言葉がなければ自分は今、戦っていなかったかもしれないとガルロアは思っている。
『この世界の人間の、生きようとする覚悟を舐めるなよ。この世界の人間の、生きようとする意志を舐めるなよ。それらをただの我侭で無視する人間は、救えるそれらを我侭で見捨てようとする人間は、そんな奴らは、この世界の人間を舐めすぎてる。命を舐めてる。世界を舐めてる。自分に自惚れすぎてる。吐き気がするほど自己中で殺したくなるような糞野郎だ。お前はそんな奴にはなってくれるなよ。』
彼女の言葉があったからガルロアは今も幼生体と戦っている。
しかし、レイフォンは違ったのかもしれない。
何かがあって、それを支えてくれる人がいなくて、レイフォンは戦えなくなったのかもしれない。
「糞野郎・・・・・か・・・・・。少し会って話した感じ、そんな奴じゃなかったっぽいけど、でも戦ってないみたいだし、今、なにしてんのかも分からないし・・・・・。それにしても、本当に戦っていないんなら、少し困ったことになったな。」
大剣を振り回しながら呟く。
レイフォンが実際は今何をしているのかなど知りえるはずもないが、しかしもしも本当にレイフォンが戦っていないとなると困ったことになる。
いや、こんな状況だ。戦ってくれているかもと希望的観測をせずに、レイフォンは戦っていないと判断するべきだ。
「レイフォンが母体を潰してくれると思ってたから、結構加減なく幼生体を倒しちゃってるんだよなぁ。もう、母体が救援を呼ぶか呼ばないかの瀬戸際くらいまできちゃってるかもしれない。もしかするともう呼ばれちゃってるかもしれない。」
母体がどの程度幼生体を殺されたタイミングで救援を呼ぶかは分からないが、もうだいぶ幼生体を殺してしまっている。できることなら今すぐにでも母体を潰しに行きたい。
「でも、僕がいきなりここを離れたらツェルニの学生が混乱するだろうし、だからって伝えようとしても念威端子が飛んでこないとどうしようもないっ。大声でも出せば伝えられるか?」
そんなことをグダグダと考えていると、ようやく待ちに望んだものがやってきた。
『少し良いかな?』
耳元で男の声が聞こえる。
「ようやく来てくれた。念威端子。」
心のそこからほっとしつつ、
「どうして今まで来なかったんですか?」
恐らく年上であろうその声に敬語で話しつつ文句を言う。
『済まない。ここ何十年かツェルニは汚染獣との交戦はなくてね、ここの生徒達は皆、初めての汚染獣戦だったのだよ。多少の不手際は許して欲しいね。それに、そのあたりの戦闘の指揮は十七小隊に任せてあるのだが、その十七小隊の念威操者がボイコットを起こしているんだ。そのせいで色々と混乱していたんだよ。』
「ボイコットって・・・・・。」
以前会った十七小隊の念威操者のフェリ・ロスを思い出す。
「ところで、最高指揮官の方か、このあたりの指揮官の方に念威をつなげてもらえませんか?」
少し呆れつつも、早速、母体を潰しに行くために、さっさと今の状況とこれから自分がしたいことをツェルニの指揮官に伝えなくてはと思う。
しかし帰ってきた言葉は予想外なものだった。
『その必要はないよ。私はカリアン・ロス。この都市の生徒会長だ。』
確かに生徒会長は最高指揮官だ。ならばとガルロアは早速状況を伝えようと思ったが、しかしその前に一つ恨み言を言いたくなった。
「なるほど、僕達の転入試験の受験を却下し続けた人ですか。」
『その話は後ですると約束しよう。だから、とりあえず私の話を聞いてくれ。』
「むぅ。」
カリアンの真剣な声色に思わず押し黙り、話を聞くことにする。
『君のおかげで、負傷者の数が相当少なくなっている。負傷による再起不能者はいるかもしれないが、死者は0だ。そのことにまず礼を言おう。それでだ。本題はここからだ。我々はこれより汚染獣駆逐の最終作戦に移ろうと思っている。そのため、今戦っている生徒を防衛柵の内側へと避難させたいのだが、君にその援護を頼みたい。』
防衛柵とは、高圧電流の流れる柵のことで、幼生体が空を飛ばなければ、柵だけで少しの間は幼生体を食い止められる。
礼は本題じゃなかったのか、とか『礼を言おう』って言うだけでは礼を言ったことにはならないんじゃないか、とかそんなことも気になったが、それ以上に聞きたいことを聞く。
「最終作戦っていうのは、レイフォン・アルセイフが関係ありますか?」
この都市に戦っている生徒をすべて避難させて汚染獣を駆逐する方法があるとすれば、それ以外に考えられない。
『ふむ?君はレイフォン君を知っているのかね?まぁその通りだよ。レイフォン君がようやく我々に協力してくれたということさ。喜ぶべきことに私の妹も一緒にね。』
そのカリアンの言葉に、念威端子からガルロアに聞こえてくる声が一つ増える。
『私は兄さんに協力しているわけではありません。レイフォンさんに協力しているんです。勘違いしないでください。』
嫌そうに言うその声は、以前会った十七小隊の念威操者、フェリの声だった。
そういえば彼女は自分が生徒会長の妹であるといっていた。
「レイフォンは今まで何をしていたんですか?」
カリアンが『ようやく』と言ったからには、レイフォンは自分がほとんど確信していた予想の通りの行動をとっていたのだろうが、それでもガルロアは一応聞いてみた。
『彼が今まで何をしていたのかは知らないが、まぁシェルターにも行かず、戦闘にも参加せずにいたのだろうね。しかしフェリが言うにはツェルニに来てからにごりっぱなしだった彼の瞳が晴れていたそうだ。武芸を拒否していた彼の迷いをふっきる何かがあったんだろう。』
「そうですか・・・・・。」
時間はかかったが、レイフォンがあの女の言うところの糞野郎にならなかったことを、他人事ではあるが賞賛しつつ、しかしやはり戦っていなかった事実に対し、真剣に母体の対処を考えなくてはならなくなった。
「幼生体がいるからには、必ず近くに母体がいて、幼生体を倒しすぎると母体が救援を呼ぶことを知っていますか?」
ガルロアはとりあえずカリアンがどの程度状況を把握しているのかを聴くことにする。
しかしそれに答える声はカリアンのそれではなかった。
『知っています。レイフォンさんは幼生体の殲滅後、すぐに母体を潰しに行くつもりらしいですよ。』
フェリが淡々と話す。
「幼生体を殲滅後、すぐに母体を潰しにいくって、そんなすぐに幼生体を殲滅することができるの?」
ガルロアが驚いていったその言葉に、フェリは淡々とした口調に若干の苛立ちを混ぜて答える。
『本人ができるといっているんだからできるのでしょう。私は今、あなた達の通信の他に幼生体の位置把握、母体の捜索、戦っている武芸者に退避を伝える準備、レイフォンさんのサポートを行っているんです。いい加減にしてください。いつまでもグダグダと私の手を煩わせていないで、さっさと退避の援護をしてください。』
そういえば、以前あったときもキツイ話し方をされた。
こちらにも色々と事情があったのだが、しかしレイフォンが戦ってくれるというのなら、状況に流されてみてもいいだろう。
ガルロアはそう考え、「分かりました。」と短く返事をする。
「っらぁっ!」
カリアンやフェリと会話をしている間も続々と襲いかかって来ていた幼生体を、身体全体から周囲に向けて衝剄を飛ばすことで押し返す。
そうしてできた隙を見逃さず、ガルロアは背後へと向かって、ツェルニの武芸者が戦っている場所へと向かって大きく跳躍。
―――そして着地。
「なっ、お前っ。」
ガルロアが着地すると隣から驚くような声が聞こえた。
「あっ、えーっと、確か、・・・・・ニーナ・アントークさん?」
短く鮮やかな金髪、意志の強そうな目、表情、そしてスラリとした体型。
昨日の試合で見た、十七小隊の隊長だった。
「ああ、そうだが・・・っ・・・・ふっ!」
話しているところを迫ってきた幼生体にニーナが気付き、鉄鞭を振るって幼生体をはじく。
「あんまり、油断しないでくださいよっっっとっ!」
ニーナのはじいた幼生体をガルロアは針剄を使って一瞬で片付ける。
「えっ!?」
それを見たニーナは再度、驚きの声を上げた。
そんなニーナにガルロアは話しかける。
「生徒会長の話は聞きましたか?」
「む?ん?ああ。あの防衛柵の内側まで退避しろという奴か?会長は何を考えているんだ。武芸者を退避させて何ができると言うんだ。」
ニーナは釈然としないような表情をする。
「僕はあなた達の退避の援護を頼まれています。あなた達は早く退避してください。」
ガルロアはニーナの言葉に取り合わず、同じように釈然としない様子で立っていた他数名の武芸者を急き立てて、防衛柵の中へと急がせる。
『それではカウントダウンを始めます。0になるまでに必ず防衛柵の中に退避してください。』
カリアンの声が、宙に散らばったフェリの探査子から響く。
その生徒会長の宣言に、よろよろとであったり、しぶしぶとであったり、嬉々としてであったりとしながらも、ツェルニの生徒が全員防衛柵の中に入ったのを確認する。
『10』
「それじゃ、後十秒はこの柵を守んなきゃな。」
ガルロアは一人、柵の外に残り、大剣を構える。
『9』
その様子を見たツェルニの生徒の何人かが自分も戦おうと柵を乗り越えてこようとするが、ガルロアは思いっ切り背後に剄を発し、周囲を威圧し、そんな生徒達の動きを止めさせる。
どよめきがもれる。
『8』
「はぁ~あ。あんまり目立つことはなしにしようって思ってたのに、思いっきり目立っちゃってるや。まぁ肝心のユリアは目立ってないからよしとするか。」
『7』
「っらぁっ!」
大挙して押し寄せる幼生体の群れにこれでもかとばかりに衝剄をあてる。
『6』
「もう視界の確保は必要ないからね。全力でやらせてもらう。」
『5』
大剣を一振りするだけで数対の幼生体を葬る。
『4』
一振りで数対の幼生体を葬る大剣を、凄まじい速度で振り回す。
『3』
ガルロアの周囲に、凄まじい速度で幼生体の死骸が積み重なってゆく。
『2』
「よしっ!」
ガルロアは呟いて、最後に大きく大剣を振る。
『1』
ガルロアはすぐさま後ろへと跳び、防衛柵の内側へと入り込む。
直後、次に何が起こるのか。
レイフォンが何をするかを見るために外縁部の方向へと向き直る。
そして・・・・・。
『0』
カリアンの言葉とともに、目の前の光景が変わった。
まず、防衛柵へと迫っていた幼生体が真っ二つに切り落とされる。
一体何が!?
ガルロアがそう思ったときには、既に状況はさらに凄まじいものへと変わっている。
目の前の幼生体にとどまらず、いたるところで幼生体が真っ二つにされていく。
は?
ガルロアが驚愕した瞬間、事態の凄まじさは絶頂に達す。
見渡す限りにうじゃうじゃといた幼生体達が、見渡せる全ての場所で次々と真っ二つにされていく。
次々と次々と次々と。
直前までガルロアがやっていた高レベルな戦闘が、まるで児戯にも思えてしまうような凄まじさで、幼生体たちは刈られていく。
「うわぁ・・・・・。」
ガルロアは呆然として呟いた。
「こりゃ、十秒で片がつくな・・・・・。ユリアが言ってたのはこのことか・・・・・。」
周りの武芸者は声も出せずに呆けている。
「・・・・・これは・・・・・鋼糸か・・・・・。」
よく見れば、剄ののった細い糸がそこらじゅうを漂っているのが見える。
摩擦と圧力で敵を切る武器だ。
「確かに鋼糸ってのはマイナーではあるけれど武器として確立してる。でもこんな膨大な数の糸を完璧に制御するなんて人間業じゃないでしょ・・・・・。」
ガルロアが呟く間にも幼生たちは刈られ続けている。
もう残りはわずかだろう。
「いや、完璧には制御できないから、僕達を防衛柵の内側に退避させたのか。幼生体から守るためじゃなくて、自分の攻撃に巻き込まないようにするために・・・・・。」
全く。
これが自分より確実に強いっていう存在か。
ガルロアは妙な脱力感を感じた。
レイフォンは昨日の試合では剣を使っていた。
いつも、剣をメインとして使っているのか、鋼糸をメインとして使っているのか、それとも他に隠し玉があるのか。
いずれにしても、レイフォンの強さは十分に理解した。
自分の想像の、完全に上を行かれていた。
「この分なら、母体も簡単に片付けてくれるだろうなぁ。」
ガルロアは完全に幼生体が駆逐された外縁部の一番外側、エアフィルターの方へと向かってふらふらと歩き出した。
歩き出したガルロアの後ろでは、ツェルニの生徒達が都市を守りきった事実に対し、混乱しつつも歓声を上げていた。
「なんか自信を失いそうだ。」
真っ二つにされた幼生たちの間を縫うようにして歩き、そしてガルロアはため息とともに空を見上げる。
レイフォンが跳んでいた。
「へっ!?」
レイフォンがエアフィルターを突き抜けて都市の外へと、汚染された大地へと出て行った。
「・・・・・・・バカかアイツーーーーーっ!?」
ガルロアにしては珍しく、罵倒の言葉を大声で叫ぶ。
しかしそれも無理はないだろう。
レイフォンは遮断スーツを着ていなかった。
都市の外で、遮断スーツを着ないのは自殺と同じだ。汚染物質に皮膚を焼かれ、汚染物質の中で5分も呼吸すれば肺が腐り死に至る。
「うわぁー。レイフォンの奴なにやってるんだよ。死にたいのかよ何なんだよ。」
「・・・・・どうかしたのか?」
ガルロアが混乱してぶつぶつと呟いていると、後ろからかかる声があった。
ニーナだった。
先ほどガルロアがあげた叫びに呼ばれてきたのだろう。
「あーレイフォンがレイフォンがレイフォンがぁぁぁ。」
「なに?レイフォン?そういえば、先ほどのあれもレイフォンの仕業なのか?アイツは今どこにいるんだ?」
ニーナが色々と聞いてくるが、完全に混乱したガルロアにはニーナの言葉が全く頭に入ってこない。
「おいっ。一体どうしたというんだ・・・・・」
ニーナがあきれ混じりに声を上げる。
そんな光景が4分ほど続いた後、
ヒュン、と乾いた音が響き、そして直後にズバン、とレイフォンがエアフィルターを突き抜けて入ってきた。
それを見たニーナは驚きに染まった表情をした。
「レイフォンっ!?お前、都市の外にいたのか!?遮断スーツも着ないで!?大丈夫か?」
ニーナが急いでレイフォンの方へと駆けつける。
それを見たレイフォンも、今にも倒れそうな足取りでニーナのほうへと歩き出す。
「ああ。先輩。無事でよかった。」
そんなことを笑って言うレイフォンは、汚染物質に焼かれて服も皮膚もボロボロで、目は真っ赤に充血し、涙がダラダラと流れ続けている。
「お前の方がひどい。無用心に都市を出るな。」
ニーナはレイフォンを優しく支えながら叱責する。
そんなニーナにレイフォンはやはりニコリと笑い、そして「すいません。少し疲れました」と呟く。
そしてそのままニーナを巻き込んで、ニーナを下敷きにする形で転倒した。
「おっ、おい、何をする!?」
ニーナがあわててじたばたとするが、完全に力の抜け切った人間を押しのけるというのは意外に難しいもので、難航しているようだった。
その様子をガルロアは笑ってみていたが、しかしふと何かに気付いたように視線をエアフィルターの向こうに向ける。
「くそっ。やっぱり失敗してたか。」
呟くように悪態をつく。
そして探し物をして周囲を見回す。
幸い、それはすぐ近くにあった。
「生徒会長?カリアンさん?聞こえますか?」
フェリの探査子に向けて話す。
『む?君か。協力感謝するよ。君のおかげで助かっ―――――』
「ちょっと待ってください。」
安心したように話すカリアンを押しとめて話す。
「失敗しました。」
ガルロアは簡潔に言う。
『失敗?それは何のことかな?』
緊張感を感じ取ったのか、カリアンの声にも覇気がともる。
「母体のことと、救援の話を先ほどしましたよね。それについて話があります。」
ガルロアのその言葉にカリアンの息を呑む音が聞こえた。
『今、その話を持ち出して『失敗』、嫌な予感しかしないね。私の予想が外れていることを祈りながら聞かせてもらうことにするけれど、もしかして君は救援を呼ばれたと言おうとしているかい?』
察しの良い人だ、とガルロアは感心しつつ答える。
「その通りです。救援を呼ばれました。」
ほとんど僕のせいで・・・とガルロアは心の中でつけ加える。
絶望するようなカリアンの溜め息の音が耳に痛かった。