「あっ。ガルルン、ユリちゃん!」
入学式から数日後のことである。
いまだ学園都市ツェルニへの入学を果たせずに、ガルロアがユリアと共に途方にくれながら市街を歩いていると、奇抜で個性的で独特な呼び名、率直に言うとアホみたいな呼び名で後ろから彼らを呼ぶものがいた。
そんなへんてこなあだ名で自分を呼ぶ人間は一人しかいないと、ガルロアはその声の主を確信し、そしてその破滅的な呼称に対して何度目になるか分からないような抗議をしようと振り返ったのだが、そのときガルロアの目に映った理解不能な光景のために、彼は結局抗議の声を上げることができなかった。
ミィフィ、一人の少年、一人の少女。
3人の人間が縄でぐるぐる巻きに縛られ、ナルキに連行されていた。
少年の方は、入学式で大活躍した新入生だったが、ガルロアは少女の方には見覚えが無かった。
長い銀髪で、人形のように整った顔立ち。そしてとても小柄な少女だった。
「・・・・・何事?」
ガルロアはこの異常な4人組の中で、それでも一人だけ、かろうじて他の人間よりも一歩だけまともな状況にあるナルキへと声をかけた。
「ああ。見ての通りこの3人を捕縛、連行している」
ナルキが答える。
彼女はこの状況に何の迷いも疑問も持ってはいないようである。
「・・・・・見た目から言うと、ミィフィ以外の二人は犯罪行為に手を染めたりはしなさそうだね・・・・・」
「む?確かにそう言われてみればそうだな。ミィフィは誘拐犯だが他の二人は何もしていないな」
「・・・・・ミィフィって誘拐犯なのか・・・・・。まあそれなら、その二人は解放してあげたほうが良いんじゃないかな?」
「うん。そうだな。そうしよう」
ミィフィ以外の二人が解放される。
その間ミィフィが、「私は犯罪行為に手を染めそうな見た目をしてるのかー!」「私は誘拐犯じゃなーい!」「私も解放しろー!」などと叫んでいたが、ガルロアとナルキはそれを無視する。
特に理由は無かった。その場のノリである。
ガルロアにとっては、いまだにツェルニに入学できないことへの八つ当たりでもあったりする。
「それにしてもミィフィが罪を犯すなんて・・・・・。そんなことする人じゃないと思ってたんだけど」
「うん。自分の幼馴染がこんなことをするなんて思いもしなかった。とても悲しいな。しかし、ミィフィを捕まえたのが私であるというのが唯一の救いか・・・・・」
ガルロアとナルキが悲劇の物語の登場人物のような気分に浸っていると、ミィフィが
「私は犯罪者じゃなーい!!生まれてから一度も悪事を働いたことが無いどころか、嘘すらも一度もついたことのないような善良な市民になんて事をするのさ!!」
と抗議の声を上げる。
「・・・・・ナルキ。本人は嘘をついたことがないって言ってるけど、どうなの?」
「嘘だな。私はこれまでにミィフィに99回嘘をつかれている。つまり今のは記念すべき100回目の嘘ということになる。」
「嘘だ!?私が今までついた嘘の回数を数えてるの!?それに私は少なくとも200回くらいはナッキに嘘をついた思・・・・・・・・、あっ・・・・・。」
自らボロをだした。
「・・・・・ナルキ。ミィフィの罪状に・・・虚言?っていうのかな?・・・まあそういうのも付け加えておいた方が良いんじゃないかな?」
「ふむ。そうだな。では罰として縄を少しきつく縛ることにしよう」
ナルキが縄を少しきつくする。
ギュッ。
「ひっ、ひどい!?ガルルン、助けてよ!?」
「ガルルンってあだ名はやめて欲しいって何度も言ってるじゃん。」
「へーんだ。ガルルンはガルルンだもんねー。」
その言葉を境にガルロアの雰囲気が変わった。
「・・・・・・・・・そうだな、『ガルルン』ってアホみたいな呼び方は、僕に対する名誉毀損として扱っちゃってもいい気がするな。ナルキ。ミィフィの罪状に名誉毀損も追加で。もっときつく縛っちゃえ。」
「了解だ」
ギュッ。
「えっ!?うそっ!?やめてよ!?やめてくれないと『ガルルン』ってあだ名をツェルニ中に言いふらすよ!!」
「ナルキ。恐喝も追加だ」
「うむ」
ギュッ。
「やめてってば!?ナッキも悪ノリしないでよ!」
いよいよ少しあせり始めたのか、ミィフィが真剣になってくる。
しかし、そんなことでガルロアはミィフィをからかうことをやめたりはしない。
「うるさいなぁ。そんなに大声出さなくても。ナルキ、これは公務執行妨害ってことにしちゃってもいいんじゃないかな?」
「名案だな。そうしよう」
ギュッ。
「名案だなってどういうこと!?それに今のは明らかに職権乱用だよ。もう怒った。これでもくらえっ!!」
「痛っ。なにも蹴らなくても。まあ、確かにやりすぎかも。ゴメンゴメン。まあ、それはそれとして。ナルキ、暴行も追加ね」
「ふふふ」
ギュッ。
「ふふふ!?ふふふってなに!?なんでナッキ笑ってんの!?そんなに私をいじめるのが楽しいの!?それにガルルンも、やりすぎだって自覚があるんなら、続けないでよ!?」
「まだガルルンって呼ぶのか。ナルキ、反省の色が見られないから、もう少しきつくお願い」
「うむ。それに今回は、私がドSであるみたいな言い方をされたからな。これも罰せねばなるまい。幼馴染にこんなことをするのは心苦しい限りだ」
ギュギュッ。
・・・・・ナルキの笑顔がまぶしいなぁとガルロアは思った。
「・・・・・あの、そろそろ痛いです。ごめんなさい。許してください」
「うん。謝れば許してもらえると思っている、その根性が気に食わないな。ナルキ、もう少しきつくしても良いんじゃないかな?」
「うむ。そうしようか」
ギュ~。
「なにその理屈!?それは明らかにおかしいって!?」
ミィフィがまっとうなことを言うが、
「「うるさい」」
とガルロアとナルキはそれを一蹴した。
ギュギュ~。
「鬼ぃいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
ミィフィが天にも届かんばかりの悲鳴を上げた。
そして、ここにきてついに、ようやくミィフィに助け舟が入った。
「あの・・・・、そろそろやめてあげた方がいいと思うんだけど・・・・・。」
ミィフィと一緒に縛られていた少年である。
最初は苦笑気味に見ていた彼だが、どんどんと悪化していくミィフィの状況に、最後の方は完全に顔を引きつらせていた。
ちなみに一緒に縛られていたもう一人の少女は完全に無関心で、ユリアは若干楽しんでいた気配がある。
「レ・・・レイとん・・・」
ミィフィが感動のあまり、キラキラとした目で少年を見つめる。
「・・・・・レイとんって呼ばれ方も名誉毀損に入るのかな?」
「レイと~~~~~~~~~~~~~ん」
一転してミィフィが完全に涙目になった。
「うっわ~。えげつな・・・。さすがにそれはないよ。その手のひらの返しようは僕でもひどいと思う。」
「うん。それはさすがに私でもひく。」
「ええっ!?そんなっ!?」
ガルロアとナルキは少年に全ての責任を押し付けてミィフィの側へと回ろうという作戦を展開し始める。
「一番ひどいのはナッキとガルルンだよっ!!!」
しかしミィフィが涙目のままガルロアとナルキを責めた。
作戦は失敗したようだ。
「・・・・・うん。ゴメン。本当にやりすぎた。」
「うむ。すまなかった。」
さすがに罪悪感があり、ガルロアは素直に謝罪し、ナルキもそれに習う。
「ひどいよ。みんな。ナッキとガルルンはどんどん縄をきつくしてくし、レイとんは最後に裏切るし、ユリちゃんとロス先輩はなんも言ってくれないし。それに、『ガルルン』ってあだ名が名誉毀損だっていうのは、強引じゃない?」
「あ、うん。僕もそうは思ってたんだけど、うまい言葉が思いつかなくてさ。まあでも、ガルルンなんて間抜けたあだ名は、僕の社会的評価を絶対に低下させてるから、あながち間違いでもないんじゃないかな?」
「やっぱり嘘なんじゃん。名誉毀損ってわけじゃないんじゃん!それこそ虚言じゃん!!それに縄で縛るのは暴行だし、職権乱用だって犯罪だし!!本当の犯罪者はナッキとガルルンじゃない!!」
ミィフィが正当な事実をもって二人を責め立てる。
「・・・・・ナルキ、ミィフィが僕達のことを犯罪者だって言ってる。これは本当に名誉毀損じゃない?」
「うむ。そんな気がするな。」
「そんなわけ無いじゃん。本当に事実なんだから、名誉毀損じゃないよ。どっちかというと、私を不当に犯罪者扱いした二人のほうが名誉毀損罪だよっ!!」
と、やはりミィフィは正当な意見を言う。
「「・・・・・・・・・・・。」」
それゆえにガルロアとナルキは言葉を返せなかった。
「ごめん。」
「すまん。」
素直に謝るしか道は無かった。
そもそも、ガルロアは八つ当たりで、ナルキはノリでやっていたのだ。
真剣に怒られたら、謝ることしかできない。
「まあ、いいけどさ。」
しかし、それで簡単に許してしまえるミィフィも、意外と心が広い。
「ところでさ。ずっと気になってたんだけど、ガルルンとユリちゃんは結局どうなったの?ツェルニに入学できそうなの?」
ミィフィが思い出したようにガルロアに問う。
それに対してガルロアは・・・・・・・・・。
「・・・・・・・僕の私生活を詮索してきた。これはプライバシーの侵害じゃないか?」
「まだやるの!?絶対違うよ!!聞いただけじゃん。絶対に侵害はしてないよ!!」
「ならこれは、『プチ』プライバシーの侵害だ!」
「『プチ』ってなに!?!?」
「ナルキっ!!」
「よしっ!!!」
ギュッ。
「悪魔ぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
天にも届かんばかりのミィフィの断末魔だった。
†††
今度は本当に真剣に怒ってしまったらしく、ミィフィはなかなか期限を直さなかったが、ガルロアとナルキが十分ほど謝り続けると、ようやく彼女は機嫌を直してくれた。
「あ~あ。もう。実際それほど痛かったわけじゃないけど、制服がよれよれになっちゃったじゃん。」
縄はすでに解かれている。
「ほんとにゴメン。」
「ほんとにすまん。」
ガルロアとナルキは真剣に頭を下げる。
「まったく。」
ミィフィは完璧に機嫌を直したわけではないらしい。
まだ若干怒っている。
「ところでさ、頼みたいことがあるんだけどさ。」
とガルロアがミィフィに言う。
「む~。そんな簡単に話をそらされるのは少し不満だけど、・・・まあいいや。なに?」
「うん。そこの二人を紹介してくれないかな?」
そう言って、ガルロアは先ほどまでミィフィと一緒に縛られて連行されていた少年と少女に目を向ける。
「といっても、そっちの人のほうは分かるんだけどね。入学式見てたからさ。それに、一年生で小隊に入った期待のルーキーとかってたまに噂されてるし、僕もずっと興味を持ってたからね。会ってみたいと思ってたんだ。名前は知らないんだけどさ。」
「へぇ~。レイとんって有名人だねー。確かにそういえば、私とナッキ以外のみんなは初対面か。すっかり忘れてた。
うん。それじゃあ紹介します。こっちの二人はガルルンとユリちゃん。そんで、こっちの有名人がレイとん。それから、こっちの美人さんなんだけど、実は私もほとんど初対面だからよく分からないんだよね。」
ミィフィが得意満面で紹介する。
しかし、誰一人として本名を紹介された人間がいない。
意味がないとは言わないが、余り意味の無い紹介であるとガルロアは思った。
「あのさ、ミィフィ。こういうときの紹介って、本名を教えるべきだと思うんだけど・・・・・。」
「・・・・・そういえば私、ガルルンとユリちゃんのファミリーネーム忘れちゃったんだけど。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・テヘ?」
「・・・・・・・えっと、僕の名前はガルロア・エインセル。よろしく。」
ミィフィに任せても埒が明かないと判断し、ガルロアは自分から自己紹介を始めることにした。
それにつられて他の人たちも自己紹介を始める。
「レイフォン・アルセイフです。よろしく。」
「ユリア・ヴルキア。」
「フェリ・ロスです。」
「うん。レイフォン・アルセイフと、フェリ・ロスね。僕とユリアは二人で旅?でいいのかな?まあ、そんなことをしてるんだよね。そんで、今は目的があってこの都市をウロチョロしてるんだ。それで?二人はミィフィたちの同級生なの?」
お互いの名前を把握し、ガルロアが自分についてある程度の説明をし、そして相手へと質問をした。
その瞬間、フェリから、不機嫌そうなオーラが発散された。
「あの・・・、何か失礼なことを言いましたか?」
発せられる圧力に押され、ガルロアが敬語で話しかける。
「私は二年生です。失礼ですね。」
フェリが心底うんざりしたように言った。
その反応を見る限り、良く間違えられているのかもしれない。
「・・・・・ごめんなさい。・・・・・えっと、レイフォンはミィフィたちの同級生であってる?」
「うん。そうだけど。」
ガルロアがフェリの様子にびくびくしながらレイフォンに確認すると、レイフォンも同じくびくびくしながら肯定した。
「うん。よかった。ところでそういえばどうして、最初に会ったとき、あんな状態になってたのか聞いていい?」
ずっと気になっていたこと、どうしてナルキがミィフィとレイフォンとフェリを連行していたのかを聞く。
レイフォンはそれにおずおずと答え始めた。
「えっと、僕が小隊の訓練を終えて外に出てきたらナルキに捕まえられて、そのときにはもうフェリ先輩も捕まってて、フェリ先輩はミィフィに誘拐されたみたいだったから、ナルキにミィフィも捕まえてもらったって所かな?」
「ミィフィはほんとに誘拐犯だったのね・・・・・。」
ユリアがあきれたように言う。
「ははは・・・・・。」
レイフォンもそれに乾いた笑いを漏らす。
「ところで、フェリ・・・さん?・・・はレイフォンの入ったっていう小隊の先輩とかなんですか?」
ガルロアがフェリに話しかける。
「はい。そうです。」
「念威操者ですか?」
「当たり前じゃないですか。私が武芸ができるように見えますか?」
フェリは小柄である。それに体を鍛えているという様子も無い。
確かに彼女は武芸ができそうな見た目ではない。
「確かに武芸ができそうには見えませんね。小柄ですし。」
「小さくて悪かったですね。バカにしてるんですか?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど・・・・・。」
顔のわりに意外と言うことがキツいというか、『小さい』といったようなことを言われるのが、とても嫌であるらしい。
「そこまで小さいことを気にしなくてもいいんじゃないかしら?」
ユリアがフェリに話しかけた。
「それなりに身長のあるユリアさんには分からない悩みですよ。」
「そうかしら?私はむしろ前より小さくなったのだけれど、全く気にしてないわよ?」
「どういうことですか?」
確かにユリアは、汚染獣として一般的な形態をとっていたときよりは小さくなっているんだろうけれど、そういうボロが出そうなことは余り口にして欲しくないとガルロアは思った。
ガルロアは急いで話をそらそうとフェリに話しかける。
「・・・ところでフェリさん。」
「・・・『ところで』の多い人ですね。何ですか?」
やはりキツイと思いながらもガルロアは言葉を紡ぐ。
「・・・えっと、この都市の生徒会長とは兄妹だったりします?」
学園都市ツェルニの生徒会長はカリアン・ロスという。
フェリとは名字も同じだし、入学式のときにみた生徒会長とフェリはとても似ている。
だからガルロアは聞いたのだが、フェリはそれに対してとても嫌そうな顔をした。
「ええ。そうですよ。あの人は私の兄です。」
答えたフェリの口調から、これ以上何も聞くなというようなオーラが出ていた。
嫌そうな顔をしたことと関係があるのだろう。
ガルロアはフェリにこれ以上聞くのをやめることにした。
と、こんな会話をしながらもガルロアたちは、どこかへ向かって歩いていたのだが、不意に先頭を歩いていたミィフィが立ち止まり「着いたよー!」と言った。
そういえばこの一行はどこに向かっていたのだろうといまさらながらに思い立ち、ガルロアはミィフィの方へと目を向けた。
そこはケーキ屋の前だった。
「へー。ケーキ屋に向かってたんだ。」
ガルロアが言う。
「うん。ここでメイっちが働いてるんだよね。」
「メイシェンが?あんな人見知りなのに?」
「うん。そうなの。意外でしょ。さっ、早く入ろう。」
そう言ってミィフィとナルキが店の中に入ろうとする。
そこで、
「ああ。じゃあ、僕とユリアはこの辺で。」
そう言ってガルロアはミィフィたちと別れることにした。
「ん?なんだ?一緒にいかないのか?」
店に入ろうとした足を止めて、ナルキがガルロアに問いかける。
「いや、僕達はそこで偶然会っただけなんだし。それに、ユリアはともかく、僕は結局メイシェンとは仲良くなれなかったし。むしろ怖がられてるような感じだったからさ。びっくりさせちゃうといけない。ああ。もちろん、ユリアが行きたかったら、行って良いよ?」
ガルロアがそういうと、ユリアは首を横に振った。
「ロアが行かないなら私も行かないわ。『ケーキ』は結構好きだったのだけれど、また今度にしましょう。」
ユリアは人間の食べるものをどれもおいしいといっていたが、その中でも気に入った食べ物があったらしく、ケーキはその一つのようだ。
『汚染獣も意外と甘党なんだな・・・・・。それで良いのか?汚染獣・・・・・』とガルロアは思ったのだが、あえて触れないことにした。
ユリアが人間らしくなっていくのは、ガルロアにとって喜ばしいことである。
「えー。一緒にいこうよ。メイっちもそんなにガルルンのこと嫌ってないって。」
ミィフィもガルロアとユリアを誘うが、ガルロアはそれを断る。
「ゴメン。とりあえず今日はこれで。じゃっ。」
そう言ってガルロアはミィフィたちに背を向けた。
「またね。」
ユリアもそれに続く。
「む~。」
残されたミィフィは、少し不満そうにしながらも、
「じゃ、私たちは店にはいろっ!」
とナルキ、レイフォン、フェリと共に、メイシェンの働いている店へと入っていった。