オレの名前はエド・ジンパチという。
システムを魔改造するという特殊技能を身につけたためこれからはコレでサクセスストーリーを紡いでいくと思っていたら、なんか、汗だくになって悲鳴を上げながら稽古することになっているサガ・プレイヤーだ。柔軟なんてのは序の口で、木刀でぶんなぐられても目を閉じないようにする訓練やら、急所を守るために手足を盾にする訓練やら、どんな激痛にも意識を飛ばなくする訓練やら――常軌を逸してるしごきを受けるようになってもう一週間になる。
ほぼつきっきりの先輩(自分のプレイはどうした、そんなんじゃ追い抜かれちまうぞ剣士最強)は勝手にオレの育成方針を決めたらしくて、スキルの選択とかに自由はないのが現状だ。普通、武器は8分類のうちからどれかを選択するというのにどれでもない素手を選択させられている。大分類の中には【拳】というものがあるけど、それはグローブやナックル・メリケンサックなどを意味していて、本当の素手はそこに含まれない。なので、本来武器に備わっている攻撃力どころか武器分類の熟練度による強化効果を受けられないという、こんぼうを与えられて旅立つ勇者以下の装備ということで……いや、装備していないのか。
さらには格闘スキルを習得しようと道場に行こうとしたら足払いされたので、スキルによるシステムのアシストも受けられていない。
本当に生身そのままのような状態で稽古させられている。
不満はまぁ、ないわけではないんだけど。
――無茶苦茶に面白い。
ただ体を動かしているだけではなく、そうしながら教えられていくサガのことは興味深くて面白かった。先輩はそういうのを調べるのが好きなのかよく調べていて、疑問に思ったことはたいていのことは教えてくれて、一部は謎のまま残してくれる。その割合が絶妙で、自分の足と耳で調べたくなってきてたまらなかった。好奇心をどこまでも刺激していく。店のシステム案もいくつも浮かんできていた。この稽古を受ける前に弄っていたらとんでもない駄作を作ってしまうところだったとわかってしまう。
それに、鍛えられていると強くなっていくというのが実感できるのもたまらない。
今日教わったのは心眼と呼ばれる上級者のテクニックだった。
この世界の物理法則は基本的に地球と変わらない。
変わらないが……<エフェクト>に属する現象は唯一の例外になる。
オレを構築しているアバター・エフェクト、ウィンドウなどのシステム・エフェクト、モンスターやNPCのユニット・エフェクト、武器や道具などのアイテム・エフェクト、魔法みたいな効果や技を使うときのシステムアシストのスキル・エフェクト――これらはゲームっぽい法則に従い、ときに物理法則を浸食することになる。
このエフェクトの特徴はすべて視認できるということだろうか。
オレは武芸:銃のスキルを使ったことがあるけど打ち出した銃弾が鬼火のように燃えている綺麗なものだった。
上級者になるともっと派手になってくるらしい。
けど、心眼というテクニックの真骨頂はこれらのエフェクトを感じることにあった。
オレたちは霊能世界<サガ>にあるアバターの感覚を精神世界<アストラル>にある本体で受け取って、操作しているわけだ。
しかしそれはアバターの感覚しか本体は受け取ることができないということではないらしい。
使い魔の見ているものが見られるスキルがあったり、肉眼ながら望遠鏡や顕微鏡の機能を持たせた視界を持つスキルがあったり、特殊効果のあるアクセサリーを装備することで暗視やら服すけすけができるようになったり。アバターに本来備わっている視力で集められる情報以外のこともアストラルの本体は受け取ることができるらしいのだ。
これにはどれだけの権限を持っているのかが鍵になる。
けど、あまり知られていないだけで最初から持っている権限があるという。
それが『エフェクトを感じる』権限だという。
通常はアバターの五感に反映させるだけで行使している権限らしいのだけどあえて意識することによって、五感によることなく、このエフェクトを感じ取ることができるようになると先輩は言った。そして、先輩は目隠しをしたまま僕の取り出したアイテムをすべて言い当ててしまった。これはアイテム・エフェクトを感じて判断しているのだとか。
慣れていれば、真後ろから無音で襲いかかってくる矢を切り捨てれるようになると先輩は笑って告げる。
すぐにできることではなかったけど、それでもちょっとずつ見えないものが見えてくるようになったのは楽しくてしかたなかった。
目を閉じて、真っ暗闇のところからさらに表示画面を切り替える感覚で色彩豊かな光だらけの世界に入っていく。
オーロラや万華鏡に通ずる美しさがそこにはあって夢中になってしまう。
きっかけは視界だったはずなのに不思議とエフェクトの感触や匂いまで伝わってくるような不思議な感触。
それでいてアバターの五感もしっかりとある――パソコンのモニターとテレビを同時に観ているようなところもあって、その感覚のすべてを言葉で言い表すことはできなかった。
ただ素晴らしい世界ではあった。
正直、先輩に修行内容から育成方針のなにからなにまで決められていくことに反発がないわけでもない。
けれど敷かれたレールが、遊園地のジェットコースターがお客さんを楽しませるためにあるように、この道は自分を強くするために考え抜かれたうえで用意されたものだとわかるので納得して進んでいけた。いけた……いける。きっと、いけるはず。たぶんいけたらいいなーと思う。いけたら奇跡だ。
結論――あきらかにオーバーワークです。
先輩は鬼ではない(小太刀には『暗鬼』なんていう銘がついているけど)ので、与えられた課題を一発OKできたらすぐに次の課題にいくわけではなく、想定していた時間よりはやめに達成した分の休憩をくれる。つまり、うまくやればそれだけ休みは多くなるというわけだった。なのでオレは楽して力をつける方法を考えればいいということになる。
さて、どうしたらいいのか。
素手という格闘スタイルなんだから街にある武器屋でグローブのひとつでも買ったらその攻撃力と熟練度ボーナスの分は強くなれる。
が、これは先輩に禁じられていることだからボツになる。
次にスキルを習得することを考えた。
道場に行くことはこれまた禁じられているので……自作してみる。
銃スキルをもとにして我流のスキルとかを。あと、柔軟スキルとかも忘れずに作っておいた。このあたりのことはシステムを弄るのと大差ない難易度のことなので試し試しでも三時間くらいでできた。
これはけっこういいところまでいったんだけど――先輩にオレのステータスを覗ける権限を与えたままだったのを忘れていた。いつになく褒められたその日の最後にウィンドウを見られた、見慣れないスキルがずらっと増えていることを問い詰められ、自作したことを白状させられたしまった。そうしたら先輩は「僕ほどのチーターでもオリジナルのスキルを開発するくらいなのにスキル体系を作っちゃうなんて……しかもその価値をわかってないとか。惜しい、惜しいなー。本当だったらこのスキル体系を作る技術を研究させたいところだけど、本人の特殊体質が致命的にスキルと合っていなさすぎる…………いっそ彼のために鍛えるなんてことをせずに、僕のためのスキル体系ばっか作るように飼い殺ししちゃおうかな?」とかぼそぼそと言っていた。が、オレは先輩が自分の世界に集中している間にユミちゃんの差し入れを貪るのに忙しくてあんま聞いていなかったりする。今日はクリームがたっぷりと詰まっているパンに抹茶の粉っぽいのを振りかけたものだった。あくまで「っぽいもの」で、正体はなにかの鱗粉らしいけどまぁ美味しければいっか。
というわけで、先輩にオリジナルのスキル体系をセットすることまで禁じられてしまった。
ただ店のシステムを作ったあとに研究することを約束させられて、毎月の賃金が3倍ということになった――豪遊できるなこれは。
となるともう普通に訓練するくらいしか思いつかなくなってきた。
なので、ダメもとで隠しステータスに手だししてみた。
オレはオンラインゲームをするときに連打ツールとかBOTとかを使うことは無いけれど、その効率の良さは知っている。
熟練度上げなんていう繰り返し作業をさせるのならこれほど向いているものはない。
実際にダンジョンとかでは知らない間に死んでいそうで恐くてできないけど型稽古を繰り返させとくだけならBOTで十分なはずだ。
じゃあどうやってBOTを作るかということになる。
まずは心眼のときに覚えた、表示画面を切り替える感覚を応用していく。
色彩豊かなエフェクト光に支配されている世界からその光を抜いていく――エフェクト情報の出力をカットするイメージ。
五感でもなくエフェクトでもない、ほとんどなんの情報も出力されていないなにもない空間を用意する。
上下左右や足場となるところだけはあるようにしておくのを忘れない。
そこでアバターの分身を作りだす。
これは店のIDをコピーするようなもんだった。
とはいってもサガの世界にエドが二人できたわけではない。
なんというか、普通のオンラインゲームでショップにいったとき着せ替えできるように表示される仮のアバターみたいなもの。
アストラルからの操作は受けてないのでぐたっと寝たままそこにある。
ここに型稽古の行動パターンを吹き込む。そうしたら仮のアバター(これはゴーストと命名するかな)は動き出して、虚空を殴ったり蹴ったりするようになった。
それにさらに重心とか体の構造とかの先輩が重点的に教えたことをイメージして処理を複雑にしていく。
なんとなーくそういうことをやっていき。
ややすると――そこには、一心不乱に稽古を重ねているオレがいた。
しかし一人だけではまともに練習なんてできないのでどうせならと稽古のときのイメージから先輩のゴーストもつくって相手をさせる。
あとはゴーストの感覚をアストラルにいる本体に繋げて、無意識のうちに学習するように設定。
うーん、即興にしたらこんなもんかな?
オレは延々と戦い続ける二人を満足げに眺めて、ラストに時間の流れが10倍速以上になるようにして元のアバターの感覚に戻る。
リアルの身体でこんなことをやっていたら脳が酷使されてダメになっちゃうけど精神体だから問題はないわけで。
思いのほかうまくいったなー。
まぁ、これを先輩に報告したらまた賃金は上げられそうだけどこれもまた禁じられそうなので黙っておくことにする。
これで稽古で楽できたらいいんだけどどうなることやら。
明日が楽しみのような、憂鬱のような。
ダメならダメでまた別のを考えるだけだけど。
……ゴーストを動かしっぱなしにしたまま寝たら超悪夢でした。