【1-6】
先輩はどうやらオレが、プログラミングできるウィンドウを表示させるコマンドを見つけたものだと思っていたようだけど……あいにくと違っているんだよな。話を聞いてみた――説教みたいな勢いで説明されたことによると、普通の人は思念操作では、決定ボタンを押したり、思い描いた数値や文字を直接打ち込んだり、今必要なウィンドウを表示させたりなど、『システムを操作する思念操作』であって、オレみたいに『システムを開発する思念操作』をする人はいなかったそうだ。
だから、実際に店へ出向くことなく買い物できる技術はこれまでなかったんだとか。
へぇー、そうなんだー。
皆もやればいいのにねー、コレ。便利なのに。
今度は先輩にチャレンジさせてみたけどダメだったのでオレが操作して買った(代金は先輩持ちの)ポテトチップスを口に運びながらそう言ったら、なぜか、先輩にぎろりと睨まれたわけで。しかし、コンビニ置かれているようなのは別の、手作り感あふれる、シンプルな塩味のポテチがたまらなくうまくてステキだ。
こうついつい笑顔が出ちゃうね。
ご機嫌のオレと、どういうわけか苛立ちが限界に達したみたいな仕草をする先輩。
能天気にしていたオレはあんなことになるなんて思っていなかったのだった。
「もういい。仕事を受注してもらうくらいの関係に留めるつもりだったけど……どうも、君はふらふらとどっかへ行ってしまいそうだ。本格的に囲いこまさせてもらうよ?」
がっちりと掴まれた肩が痛いです、先輩。
オレは夢を見ているのだろうか?
頬を抓ってみるけど、用意された書類に記されている条件は変わることがなかった。
対面に座っている先輩の貼りついたようなニコニコ笑顔も変わらない、
先輩の所属するギルド『緋翔の翼』の経営する『緋翔亭』に雇われれば、基本給として、毎月100万円と交換できるだけの分のGが支払われるという内容。この毎月というのは<リアル>のほうの話だから、こっちこと<サガ>では3カ月で100万……一カ月に33万だったら上出来だ。さらには部屋と三食がついてくるっていったいなんの冗談。
オレみたいな落ちこぼれには破格すぎる条件の良さなわけで。
いや、そんだけの価値があのシステムの開発にはあるっていうことなのかよ?
緋翔亭に採用されているショップシステムをどこまで改造できるかはやったことがないから断言できないけど、少なくても、この開発する思念操作のコツを伝える講習を開いたり、さらなる発展・応用を研究さえしていれば、クビになることはないという。ただ、万が一辞めるときには3カ月前……9カ月前に申請しないとならないみたいだけど、言い換えれば、向こうだって一方的にクビにすることはできなく、はやめに通告しないとならないわけで、ということは、しばらくの生活は間違いなく安泰というわけで。
「一生ついていきますよ、先輩!」
「いやさ、そういうのはいいからここにサインくれるかな? もう説明はいいでしょ」
「ここっすね!」
オレは迷うことなくサインをしていく。
システムの開発の価値っていうもんを知ったからといって、教えてくれた先輩以外のとこにも話を持ってって、天秤をするのは趣味じゃない。
人間、お菓子まで食って趣味に多少出費できるぐらいの生活していけるなら十分だ。
とはいえ、契約書は何枚かあったけど、その内容を一字一句確認していることは怠らないようにする。
システムの開発は緋翔の翼の指示するところを最優先にする、という条件があったけど、別にオレに問題はない。これまで先輩以外には説明したことないしな。
ところで……書類を確認するくらいの知性はあるんだ、と、ぼやいている先輩の中でのオレの評価が気になるっちゃなる。
そんな社会人としての評価が底辺まで落ちるようなことしたかー、オレ?
まぁいいけど、と、最後のサインを終える。
「君はこれでうちの社員になったわけだけど……まぁ、僕たちには口調はそのままでいいよ。ただ、お客さんたちにはバイトが使うくらいの敬語を頼むよ。最悪タメ語じゃなければいいから。よっぽどひどければ指導するけど。まぁ、仕事中にはあんまお客さんと会う機会はないと思うけどさ……うちの店は一階と二階がショップになっていて、三階が住居になっているから、どうしても出入りするときにすれ違うことってあるから」
「そうなんですか、わかりましたー……って、何のお店やっているんですか?」
えっ? っと先輩がまじまじとオレを見つめてきた。
「知らなかったの、というか、僕は誰なのかわかってる?」
「先輩、有名人なんすか? 誰?」
本日何度目の呆れたって視線なのだろうか。そんなことも知らずに契約したのかと目が言っている。
思えば、職場を見学することもせずに契約しちゃったな。店員に恐い人いたらどうしよ。
内心怖々としているオレに先輩が名乗る。
「フェニックスグループ会長、『緋翔の翼』のリーダー、『緋翔亭』の店長をやらせてもらっているトウマ・セキトだよ、これからヨロシク。ジョブは<異国の剣士>、主属性は<時空>、副属性は<暗闇>と<幻影>。主系統はもちろん<武芸>の二刀流剣士。二つ名は、『刀狩り狩り』『∞の攻撃力』『人斬り』『斬殺愛好家』『剣士最強』『七番目の始祖』とかいろいろあるけど、一番有名で、一番気に入っているのは『アンデッド』かな?」
先輩はさらっと言ったけどさ。
オレはどん引きなわけで。
「先輩………………二つ名とか。厨二病は治る病気っすよ?」
「こっちじゃ二つ名があってようやく一人前なの!」
なんかすっげー怒られた。
それからオレは先輩に<サガ>における二つ名の役割をひたすら説明された。
緋翔亭までの道中、ずっと。
同じ街ン中同士でようやく掲示板が使えるくらいのネット機能しかない<サガ>において、情報収集の基本は会話に他ならなく、そういうところでは本名とかより二つ名での噂話のほうがさかんになっているとかをいろいろ。名前を覚えとくのは礼儀的な意味しかないけど、対人戦もよくあるこっちでは、二つ名はその人の戦闘スタイルや性格が詰まっているからとても重要な情報源なのだと。
そのわりに先輩のネームはとんでもないものだったことを突っ込んだら――
「まぁ、どうせ君はそのうち『九番目の始祖』とか言われることは確定なんだ。他のもつくから覚悟しときなよ?」
――と言われたけど、あれはどういうことだったんだろうか? 変な名前はつけられたくないなー。