【1-4】
アツアツの鉄板がでーんと置かれる。
じゅうじゅうという至高の福音が鳴りやむことなく続いていた。
ごくり。
「じゃ、まずは食べてからにしようか」
がつがつがつがつ、がつっ!!
「……って、もう食べ始めてる!?」
同席者への配慮とか礼儀とかなんぞどうだっていいからオレは食う。
つーか、もう喰い終わったし。
「なぁなぁ、おかわりしていいよな! すみませーん、このスライスドラゴン御膳とミノタウロスも大好きなカツ丼を一つずつ」
「もう、好きにしたらいいと思うよ…………」
がっくりとうなだれる青年――ふっ、オレの勝利だな。美味しさのあまりに涙が出てくるぜ。
――オレたちは場所を移して、ステーキハウスにやってきていた。
このサガっていうゲームに冠されている異文化交流という言葉には嘘偽りなくて、こっちでは日本食は珍しかったりする。そのなかでもオレの泊まっていたような安宿の食事というのはクソマズイ。美味しいものを食べたかったのなら、桁が二つ三つは違っている高級店にいかないと望めないんだよな。
ぱさついていて味気のないイモやパン、お米に対して謝れと言いたくなってくる牛乳漬けのご飯。
ここ最近はそんなものばっか喰ってきたオレにとっては奢ると言ってくれた怪しい青年は神様みたいなもんだった。
ドレスコートとかのない店の中ではまぎれもなく最上級の店――周囲を見回してみたって、オレみたいに、初心者装備をしているヤツなんかはいないところ。
なのに好きなだけ頼ませてくれるとは、涙が出る。
こんなところで奢ってくれるのならこれから青年のことは先輩と呼ぼう。
「満足できたかな?」
「おー、たらふく喰ったしもう食べられねーよ。ごちそうさん」
聞き覚えのない果実のジュースで口の中の脂を洗い流しながらそうお礼を言っておく。
敬語とかじゃなかったけど、この男はそんなことを気にするようなヤツじゃないだろうからかまわない。
「だったらコレの説明をしてもらっていいかな?」
「ああ、ウィンドウのことか。いいぜ、なんだって聞いてくれ」
オレ用にカスタマイズしているウィンドウは、お代りを食っている間に確かめられるように他人にも触れられて一部は操作できる設定にして渡してあった。
興味深そうにいろいろやっていたからもうだいぶ機能は把握されているんだろーな。
まぁそんなに時間かけていじくったやつじゃないからどんなに知られたってかまわないんだが……
つーかなにに喰いついたのかよくわからんよ、オレには。
ウィンドウは新規に実装された機能ってわけじゃないからこっちじゃ三年前からあるはずなんだしよー。
オレのやっていた使い方くらいとっくに広まっていそうなんだけどどうなってんだ?
……そこんところどうなんだ、先輩?
「まず一番最初に聞いておきたいのは――どうやって、今そこにいない店のメニューウィンドウを表示させているのかな?」
「そりゃあ<リンク>させているからだろーが。同じ街ン中なら有効だぜ?」
がくっと先輩がテーブルに突っ伏した。
先輩の分の皿は片付けられているけどオレが喰い散らかしたときに飛び散った油があるんだが。
……このイケメンフェイスが汚れるぶんにはかまわないか。
「いやさ、君はわかっているのかな」
「なにが?」
「これがぼくたちみたいに店を構えている人間にとってはどれだけ仕入れにかかる手間が省ける機能かっていうこと」
「知らねーよ、んなもん」
店どころか土地すら借りられなくなった貧乏人には関わり合いのないことじゃね、そんなの。
だからさ、その変人を見るような目つきはやめてくれよ。頼むから。
【1-5】
普通、<サガ>での買い物っていうのは二種類に分類されている。
実際にそのショップに並べられているものを選ぶのと、ウィンドウにあるデータ化されているものを購入するものだ。
前者の特徴はばらつきがあること。品質はとびぬけていいものもあればキズものが混じっていたりして、目利きの能力が必要になってくる。一点ものや訳あり品など、お宝が眠っている可能性があるのもこちらだ。といってもたいていは見かけ倒しのものに騙されてオシマイになってしまうらしいが。
後者の特徴は常に均一っていうことだ。例えば、『ティンファークの木材』というアイテムをウィンドウから100個買ったとする。そうしたらまったく同じ形のしている木目まで同じものが100本手に入ることになるんだ。その店がつぶれるか商品を並べ替えたりしないかぎりはつねに同一の品質が提供されることになる。
まあ、アイテムをデータ化してまとめるにはいくつか条件があるからすべてそうできるわけじゃないらしーがな。
「ウィンドウにある商品を買うのにも、その店にいかなかったらその店のウィンドウは表示されないから足を運ばないかぎりは買うことはできない。それがぼくたちの常識だ」
「馬鹿じゃねーの? 店に入ったときに表示するようにと店を出るときには消えるようにと条件付けられていることと、権限があるかないかっていうことは別問題だろうが。街の中ならどこだってリンク機能は働く――権限はあるわけだから、どこにいたって買い物はできるってことだろ。店のリストなんぞをわざわざ初期設定いじくって非公開にしているところはあんまないしな。流石に街の外のフィールドや街の中でもダンジョンとかは権限ないからどうしようもないけど……つーことだ」
先輩はパチクリさせると疲れたように、わかった、と言った。
「要するに――君はこの価値がわかっていないだね?」
「えっ、こんな豆知識が金になるのか?」
マジか? こんな初日には知っていたことが知られていなかったなんて嘘ってもんだろ?
「ここであと十日間は三食食えるくらいの金額でも安いくらいだよ。情報通を気取るつもりはないけど、最古参のぼくが知らなかったことなんだよ?」
「なんでだよ、こんなの誰にでも試せばわかることだろ?」
「逆になんでできたのさ? ぼくたちにとっては望んでも望んでもできなかった機能なのにさ」
……なんだ、この食い違いは。
オレにとっては説明書見ずにてきとうなボタン操作していたらできたようなことなのに、先輩はできるようにならないのか、いろいろ試してもできなかったことだと言う。
別のゲームの話をしているみたいで気持ち悪いな。
「ったくよぉ、実際にやってみたほうが早いんじゃねーか。一番、基礎的なことをやってみるからちょっと見てろや」
「そのほうがいいかもしれないね。頼むよ」
まずはここステーキハウスのメニュー代わりになっているウィンドウを手元に呼び出す。
もっとも一般的な、商品とその説明がずらーっと並んでいるリストだ。
「こいつをまずはリセットする」
オレがそう念じたら、リストにあったら商品名が一気に消えていく。
「……えっ、なにをしたのさ?」
「この店固有のデータを削除して、ショップのリストの雛形を取り出しただけなんだから騒ぐなよ」
現在のウィンドウには商品は一つも並んでいないことになっていることはもちろん、最上部に表示されていた店名や営業時間、要所要所に書き込まれていた店長のコメントなども空白のスペースになっている。背景となっていたちょっとした画像も真っ白くなっている。いわゆるテンプレートっていうもんの状態だな。
「どこでそういう操作ができるのさ」
「思念操作に決まっているだろ?」
先輩はどういうわけかオレを睨んだが、続けて、とうながした。
「もう終わりに近いんだけどな。この雛形に――そうだな、さっきの広場の近くにあったアイス屋の店IDをぶちこむ。そうしたらアイス屋のメニューが表示されただろ? じゃあ、ちゃんと機能するかどうか買ってみてくれ。チョコチップのやつな。ほら、買えただろ? たったこれだけのことだ」
先輩の目の前に出現したアイスを受け取って、かじりつく。
やっぱデザートは別物だよな。これもオレの金じゃないし。
「いろいろと言いたいことはあるけどさ――それは置いとくとして。その、アイス屋のIDっていうのは何番でどうやって調べるのさ?」
「アイス屋のIDは『アイス屋のID』だろ? それ以外のなにがあるんだ?」
しばらく絶句した先輩だったけど、ややするとぶつぶつと呟き始めた。プログラミングっていうわけじゃないのか、とか言っていたけど、オレは今、久々のアイスに夢中になっているからたいして耳には入ってこなかった。
アイスをコーンまで喰い尽くしたオレはふと気付いた。
やべっ……こんなアクションになるくらいだったら事前に交渉しとけば今晩の宿賃くらいはせびれたかな。
いまさら後悔するオレだった。