雨が降っていた。
シトシトと降る雨の中、マヤは呆然と立ち尽くしていた。
――どうしてこうなってしまったんだろう。
答えはすぐに見つかった。馬鹿だったからだ。
その人の本質も見ず、見ようともせず。
わかった気になっていた。わかると思っていた。
だから傷つけてしまった。
自分に見えた側面だけを信じ、それだけが全てと断じて。
どうしてこんなに馬鹿なんだろう。
いつもそうだ。
無知で、無思慮で、無神経で、なのにそれを知りながら、何とかなるなんて楽観的な思想で。
そうしていつも誰かを傷つけるのだ。
――俺は、…最低だ。
魔法少女まどか☆マギカ 二次創作小説
神様 = In QB 第1章 - 魔法少女達の出会い - 第3話
高架線の下を静寂が支配していた。
張り詰めた空気の中、漏れる息づかいがかすかに聞こえてくる。
その世界の中心に、1人の少女が存在した。
その少女は黒かった。
もちろん全てが黒いわけではない。
馬の尾のように纏められた、陽光を受けて銀色に輝く髪を含め、何箇所かに黒以外の色を持っている。
しかし、その少女全体を見たときに、最初に感じる印象は黒だった。
季節的にはそろそろ時期外れとなる、黒のロングコート。
中に着たブラウスは白かったが、腹部に着用されたコルセットは黒く、少女の年齢の割に大きな胸を下から支えている。
その色は下半身にも及び、胴着から、軍用と思われるブーツに至るまで、全てが黒で統一されていた。
そこまでは、少女が纏うには厳めしいものではあったが、ファッションとして言い張れなくもない。
だが、両手に着けた、数少ない黒以外の色を放つそれが、少女が日常の存在でないことを主張していた。
少女の髪と同じく陽光を反射する銀色。
しかしそれは、髪とは違い鈍く光を反射する鋼。
少女の両手には、西洋騎士の如き手甲が身に着けられていた
「――――ッ!!!」
切り裂くような吐息と共に、静寂が打ち破られる。
彼女の姿がブレ、人間大の何かが視界を横切った。
瞬間、
――ガンッ!!!
甲高い音が鳴り響いた。
1度では終わらず、続いて2発、3発、4、5、678…。
15発程聞こえただろうか。
時間にすれば、3秒もたってはいない。
人間大の物質が、約5mの距離を、3秒とかからず7往復程した計算になる。
それを成すには、どれほどの速さが必要なのだろうか。
それを成した少女、マヤは、もはや原型を留めていないドラム缶の残骸を見ながら、
そっとため息をついた。
*
「やっぱり、ちょっと攻撃力が足りないわね」
俺の練習を見守っていたマミが、結果をみてそう言ってきた。
「やっぱり、そうかな?」
「ええ。
身体能力で言えば、私よりもずっと高いのだけれどもね。」
今俺たちは、マンションの近くの高架線の下で、魔法の使い方について実験をしていた。
俺の使える魔法は、変身能力と身体能力の強化のみ。
マミの言うとおり、身体能力はマミよりも高いが、いかんせん火力が低い。
人として見れば十分なものだったが、魔女と闘うとなると少々心もとない。
マミとは違い、俺は魔力を身体の維持に使用しているせいか、一定以上の魔力を出力することができなかった。
「変身能力を使えば、もう少し威力は上がるのでしょう?」
「確かに、筋肉を増やすように変身するとかすれば、多少は上がるけど…、
やっぱり魔力と比べると微々たるものだよ」
「そう。…厄介な問題ね。
燃費がいいのはいいことなのだけれど」
「でも、すぐにどうにかできる問題じゃないだろ。
もう少し、考えてみるよ」
そう答えつつ、姿を私服へと切り替えた。
先ほどまでの厳めしい服装とは違う、一般的な女性用の服装。
それは、マミからもらった服だった。
俺的にはさすがに少し抵抗があるのだが、
恥ずかしいから自分のために服を買ってくれなんて、厚かましいことは流石に言えなかった。
そんな俺の姿を見ながら、それにしても…と、マミが切り出した。
「ん?」
「やっぱり男の子だったんだなって思って」
「何の話?」
「服よ。魔法少女としての格好のこと」
ああ、と納得する。俺の変身時の服装は、マミと違い無骨なものだ。
マミの服は所々に意匠が凝らしてあり、マミの姿と相まってとても愛らしいものだ。
しかし、俺の服装は生前の趣味であったゲームの主人公を模したものだった。
ダークヒーローと呼ばれるそのキャラは、常に黒い服装を身に纏っており、
それを真似したマヤの服装は、間違いなく少女ではなく、少年の嗜好と言えた。
「正直、魔法少女には見えないわよね」
「何を今更。
マミの銃を使った戦い方だって、魔法少女には見えないじゃないか」
「それにしても、よ」
マミの言いたいこともわからないでもないが、やはりそこは元男の子。
カワイイよりは、カッコいいと思われたい。
マミはあれでカワイイもの好きだから、あまり気に入っていないのかもしれない。
しかし、マヤも心底から少女になったわけではない。そこは大目に見てほしいところだ。
「…でも、あれはあれでカッコいいわね」
「マミ?なにか言ったか?」
「いえっ!なんでもないわ!!」
そうして、じゃれあいながら、少女達は自らの『家』へと帰っていった。
*
今日も高架線の下を、ドラム缶がはじけ飛ぶ音がする。
昨日と異なるのは、そこにいる少女が1人しかいないということ。
今は平日の昼。マミは学校に行っていた。
「ふぅ」
練習を始めてから、3時間程経っただろうか。
戦闘訓練を開始してからすでに1ヶ月が経過している。
身体強化能力はもはや問題なく使えるようになっていた。
変身能力も、手足など末端部分のみの変化であればとくに支障はない。
火力についても、追々なんとかなるだろうと考えていた。
――それが、どんなに甘い観望かも知らずに。
生前に措いても、ろくに喧嘩もしたことがないマヤは、気づかなかった。
普通の人間ではありえない力に酔っていたこともあるのだろう。
あまりにも少ないマヤの経験では、察することはできなかった。
その楽観的な嗜好がどれだけ危険なものなのかを。
マンションへの帰宅途中に、最寄の公園に入っていく。
体の熱が冷めるまで、特になにもせず、ぼーっと風景を眺めていく。
戦闘訓練の後は、そうして寄り道するのが日課だった。
その日もベンチに座り、何も考えずにたたずんでいると、
「ねえちゃん、なにやってるんだ?」
近所の子供だろう。
まだ小学校にも入っていないだろう、見るからにヤンチャな男の子が声をかけてきた。
ねえちゃん?……あぁ、俺のことか。
「俺のこと?」
「あぁー、ねえちゃん、俺なんて言っちゃだめなんだぞ。
女の子は私って言うんだぜ。そんなことも知らないんだぁ」
ねえちゃんは馬鹿だなぁとでも言いたげな目で見てきやがった。
相手は子供、相手は子供と頭の中で繰り返すが、なんと言うか子供特有の表現が微妙にむかつく。
そんなこと知ってるよとでも返してやろうかと思ったが、流石に大人気ない。
「俺は特別だから、俺って言っていいんだよ」
「とくべつぅ?」
「そうさ。
実は俺は、……この町の平和を守る正義の味方なのだ!!」
………………。
なにかやけに静かな時間が過ぎた気がする。
せっかくポーズまで付けてやったのに、失敗したか。
男の子は皆、バッタ怪人は好きだと思ったのに、…知らんのか?
技の1号と力の2号。2人の力を受け継いだ技と力のV3。完璧なポーズなのに。
…ジェネレーションギャップ。にくいぜ。
「…す、すっげぇ~!!」
なんだ、感動して声が出なかっただけか。
流石V3だ。
「ポーズはダッセーけど、正義の味方なんだ!!」
「………」
目がキラキラしていた。
俺の反論をすべて封じる力を持った視線だ。
ちっ、平成ベイビーめ。
今日は勘弁してやるが、いつかV3の雄姿を叩き込んでやる。
少年。コータはどうやら同じマンションに住んでいるらしい。
たまたま公園に遊びに来て、ベンチを占領していた俺が気になったらしい。
一緒に遊んでいた友達は帰ってしまったらしく、暇だったとのことだ。
母親が帰ってくるまで時間があるらしいので、仕方ないから一緒に遊んでやった。
仕方がないからだ。
V3を馬鹿にされたから、鬼ごっこでは速攻で捕まえてやった。
大人気ない?聞こえんなぁ。
17時になり、空が赤く染まるまで全力で遊び、コータは笑いながら帰っていった。
友達が帰ってしまい、寂しそうにしていたからな。元気になってくれてよかった。
俺も帰ろうかと、公園を出ようとしたその時――。
突然、左目が疼きだしたのを感じた。
「この感じ、…まさか、魔女!?」
嫌な予感がする。
全速力で魔女の気配が感じた方向に走った。
公園を出て少ししたところで、
ふらふらと路地裏へと歩いていく子供の姿が目に映った。
100m程先だが、やけに気にかかる。
――あれは、コータ!?
全力で追いかけ、路地裏に入る。
「コータッ!!!」
が、フッとその少年は消えてしまった。
…結界だ。間違いなく、魔女の結界に取り込まれてしまったのだろう。
焦った俺は、矢も盾もたまらず、急いでその結界内に飛び込んだ。
魔女が現れたら、マミに連絡するという忠告も忘れて。
*
その結界の中は暗かった。
暗色系の色を混ぜ込んで作り出したような、マーブル模様の空間。
その中に一部だけ普通の空間が存在している。
広い砂地の庭に木造の建物。
建物の窓から中を覗けば、均等に並べられた机。そして壁には大きな黒板が見えた。
田舎の学校だろうか?
砂地もグラウンドと考えれば、そこそこ広いことにも納得がいく。
魔女はどこだ?
結界の中は、魔女どころか使い魔も見当たらない。
いや、いた。
木造校舎の屋根の上。
少女のような姿をした魔女がうずくまって座っていた。
見た目はただの少女にしか見えない。
しかし、ソウルジェムの反応を信じれば、間違いなく魔女だ。
とりあえず今は反応がない。
注意は払う必要があるが、置いておこう。
それよりも今はコータだ。
コータはグラウンドの中心で、グッタリと横たわっていた。
「コータ」
駆け寄って揺さぶると、コータは薄っすらと目を開けた。
意識は朦朧としているようだが、問題ないようだ。
魔女のくちづけは受けているが、自分で動けるようだ。
「ねえ、ちゃん…?」
「大丈夫だ。今、助けてやる。
動けるか?」
「ここ、どこ?…こわいよぉ」
「いいから、落ち着け。大丈夫。大丈夫だ。
動けるか?」
「うん」
少しは落ち着いてくれたようだ。
今は逃げよう、と思い、コータを抱えようとした、その時。
地面から巨大な口が飛び出てきた。
コータを気遣っている暇などない。
急いでコータを抱えその場から飛びのいた。
地面から飛び出てきたのは、2mはある巨大な唇がついた顔。口の中は鋭い牙が並んでいる。
そこだけ見れば色違いのパックンフラワーのようだ。顔には唇しかついていない。
全身を見ると、『それ』は四足獣のようだ。
四肢の先端は全て金属バットのようなものでできている。
そして『それ』の周りは小さな人形が2体、宙に浮かんでいた。
――魔女だ。
それはソウルジェムの反応からもわかる。
だが、屋根の上にいる奴も、…魔女だ。
1つの結界の中に2体の魔女。
こちらの手にはようやく動けるようになったコータ。
…どうする?いや、やるしかない。
少し下がり、コータに告げた。
「コータ。ここから動くなよ。
今俺が、あいつらをやっつけてやるから」
「うん!」
現金なものだ。もう元気になって目を輝かせている。
これは恥ずかしいところは見せられないな、と気を引き締め、
敵にむかって全力で走り出した。
――さぁ、戦闘開始だ!!!
- To Be Continued -
■後書き
長くなったため、分割します。
後書きは第1章 第4話にまとめて書きます。