体が後ろに倒れたことがわかる。衝撃が体に通り、痛みが腹に感じるのがわかった。耐え難い痛みとまではいかないが。それは確かに自分にダメージを与えた。バリアジャケット越しでこの痛みだからかなり強烈なのが入ったという事になる。
何が起きたかというのは見当がつくとか以前に見ている。原因は目の前の気味が悪いくらい無表情な少年の右の裏拳。それが見事なタイミングと力で私の鳩尾に決まっただけである。
非情に簡単な話だ。そこまでならばだ。
私は加速魔法を使って、彼の背後に回ったのだ。そのスピードは魔法を使う者か、もしくはさっきバインドで捕えた青年みたいに運動能力を限界近くまで鍛え上げていなければ捉える事は出来ない。出来て反応するくらいだ。
この少年はさっき反応して躱すことが出来ていた。だから、躱す事だけならば想定内だった。躱すとは言ってもぎりぎりであったからだ。そのまま嬲り殺しに近い戦いで制圧をしようと考えていたのだ。汚いと思うかもしれないが、それが確実だと思ったからだ。
そして出血大量で死。かなり苦しい死に方になってしまうが、躊躇いはなかった。復讐をすると決めた時に躊躇いも両親も捨てたと思い込むことにしたからだ。例え、捨てきれていなかったとしても。そうすれば、動けるからだ。
それが脚本だった。なのに、その脚本の成立の根底が崩されかけていた。動けるのはいい。躱すのもいい。それならば、完璧に躱されても構わない。躱したとしても、体力は削られて結局嬲り殺しになるからだ。
しかしだ。反撃されるというのはどういう事だ。拳を握って、その右腕を後ろに振って当てる。しかし、それこそ言うは易し、やるは難しだ。高速移動中の相手をどうやって見て取れる。
それも場所もだ。適当に振ったという可能性もあるが、幾らなんでもそれはないだろう。それならば次に攻撃をしたら少年は今度こそ嬲り殺しか、もしくは即死の二択をたどるという事になるだけだ。
しかし、現実にそんな幸運が起きるのは滅多にない筈だ。勿論、彼の特異性を見れば、有り得なくはないかもしれないが、戦闘の面でそんな奇跡を起こせるほどとは思っていない。現実を侵食する異常なんてあってはならないのだから。
では、何故だ?どうやって私の動きを読み取れた。彼が自分の力を押さえていたからとかか?否、それはないと思う。最初の加速魔法の時の彼の動きは間違いなく限界速度だった。長い間戦いをしたり、見たりしたら解る。相手が本気なのか。まだ力を隠しているのかとかがだ。理屈ではなく勘でだ。
故におかしいと判断する。それとも何だ?火事場の馬鹿力?命の危険になって秘められた才能が開花した?馬鹿馬鹿しい。そんな偶然、それこそこの世にあるはずがない。そんなものがあったのならば、俺達は復讐なんてものに走ってはいない筈なのだから。
では、何故だ?
そしたら答えが返ってきた。答えというのはこの問いの答えというわけではなく━━━少年の本気の蹴りが私の顔に迫っていて、次にどう動くべきかという答えだが。
「……!」
判断は瞬時。そういえばそうだ。自分は倒れてから立ち上がってもいなければ、起き上がってもいない。相手からしたら絶好のチャンスだ。長年の戦闘経験が体を勝手に動かし、体を横に転がす。あのまま蹴りを喰らったら、とりあえず鼻の骨が粉砕されることは確実だ。
余りにも容赦ない攻撃。それがすぐ横に到着したことを認めると更に寒気が奔る。それを無視して腕で地面を押し、その反動で達がある、敵は私の横五メートルくらい。
加速魔法ならば一瞬の距離だ。しかし、躊躇う、使っても勝てるのかと。一瞬の疑念が心に広がるが、しかし、それを直ぐに取り払う。理由はプライドから。この魔法は自分が提督になるために使ってきた最早デバイスの次くらいの相棒と言ってもおかしくない魔法だ。
それこそ管理局に入り始めてからずっと頼りっぱなしの魔法だった。別段特別な魔法ではない。唯一の特色と言えばそれは砲撃魔法にも効果をつけられるという事だけだ。事実、自分よりも魔力が高い者とかさっきのように運動神経がおかしい人間とかには突破されたことがあった。
しかし、そんな雑魚みたいな私をここまで生かしてくれたのがこの魔法だ。足りないか力と手数を速度と技術で補い、此処まで生きてこれた。それは紛れもなくこの魔法のお蔭だ。
だからこそ、この魔法が。自分の自慢の魔法が。こんな魔力も特別な力も、高過ぎる運動神経も持っていない子供に負けるとは思えないと思ったのだ。故にさっきの結果は運だと判断し、再度灰色の陣と言葉が形成される。
『SPEED UP』
無感情な声と共に再び駆け抜ける。普通では出せない速度に体が軋む。しかも、老いた体にはかなりきつい。しかし、そんなGにも慣れたものだ。これくらい慣れなければ加速魔法なんぞ使ってられない。
今度は彼の眼前に移動して、攻撃すると決める。もしかしたら、加速魔法を使う時に背後に回ると思われて反撃をされているのかもしれないと思ったからだ。思考は行動となりそして到着は一瞬。後はそのまま剣を払うだ━━━
足を払われた。多分だが置いといただけの。しかし、こっちは加速してこの位置に辿り着いたのだ。力や技などなくても自分の速度だけで簡単に転べてしまう。
何故だという思考が頭の中を支配する。そしてそれと同時に彼が右半身を捩じり、そしてストレートを放つ。
「……くっ!」
防御魔法……間に合わないと断じて咄嗟に両手をクロスさせて防御態勢を取る。それと同時に彼の歳の割には上手いと言ってもいいくらいの章程がクロスの中心を穿つ。
その勢いに乗り、私は後ろに吹っ飛ばされた。吹っ飛ばれたままずっと自分に自問自答していた問いをつい彼に発してしまった。
「何故だ……何故、反撃できる……!」
それに対して彼は無表情に告げた。
「ふむ……本当ならば秘密なんだが特別に教えよう。実は何と俺は━━━月の加護を受けていてね。ロマンティックだろう?」
と軽口をたたいている無表情の少年であったが━━━実は余裕なんて一欠けらもなかった。まぁ、彼からしたら戦い全てに余裕なんて成分が含まれていないのだろうけど。運が悪いというか何というか。彼は生涯でほとんど自分より弱い敵と戦った事なんてないのだから。
あるとすれば時々何時もつるんでいる美少女?四人組のせいで時々嫉妬心と憎悪を持った少年たちが突撃強いてきて、それを見事撃破しているくらいの事だけだった。
(……たく、もう……)
加速魔法を使った移動に攻撃を合わせる。そんな事は種と仕掛けがなければとてもじゃないが無茶無謀の攻撃なのである。こんな事は彼でない限り、出来ない事だったと思う。
俺がやっている事の種と仕掛けは簡単だ。まぁ、内容は簡単だけど実際にやるのはかなりしんどいのだが。老兵の魔法は加速魔法。読んで字の如く自身を加速させる魔法である。
単純が故に強力な魔法。火力はないが強みはある。地味ではあるが、効果はある。まぁ、とは言っても魔法世界ではどうなのかは知らないが、すくなくとも俺みたいな普通の人間には脅威に違いない。
「「「嘘だ(や、なの)!!」」」
普通の人間という所でそんな声が聞こえたが無視。とまぁ、という事でかなり強力であると。すくなくとも俺の動体視力ではとらえることは難しい。恭也さんレベルならばともかく。
では、何故相手に攻撃できるのか。勿論、実力を隠していたわけでもないし、秘められていた力が遂に覚醒を魔眼解放……!的な覚醒イベントが発生したわけでもない。そんなイベントは高町だけで充分だ。
だから、俺は人間が健康状態ならば持っているもので打倒しようという事にした。当たり前のもので当たり前じゃないモノに勝とうという事だ。今回のタネは音と砂だ。
そう、加速魔法。動きを早くする魔法。ならば、あれだけ速く動いたのだ。足音がするのは当たり前だろう。不幸中の幸いな事に相手のスピードは漫画みたいに音速を突破していないし、恭也さん達の神速みたいな反応が全く間に合わないというスピードでもなかった。
音を聞いて動く。それくらいのことが出来るのならばそれは何もかもが出来るという事と同義だ。動くと言っても出来る事は1アクションだけなのだが。それでも十分だ。相手に反撃するには多過ぎるくらいだ。
そして音によって大まかな場所は大体推測できる。そして最後に砂だ。運が良い事にここの庭はよく掃除されている。雑草なんてほとんどない。ほとんど砂場で動いているような庭だ。
故にほんの少し動いたら砂がまるで霧みたいに立ち上る。それがあんな速い動きならば尚更だ。お蔭で大体の動きを察知することが出来、反撃することが出来る。高町母には感謝感激雨あられだ。
そう。ここがコンクリートならば為す術もなく俺は死んでいた。今日が雨だったならば為す術もなく死んでいた。この魔法が加速魔法ではなく、瞬間移動魔法みたいなものならば死んでいた。それならば足音も砂も動かず俺の後ろに回り込めるからだ。相手が飛行魔法を使えていたならば俺は死んでいた。加速以前に俺は上空に対する攻撃手段なんてナイフを投げるか、さっきの拳銃しかないからだ。
そして━━━相手が高町やテスタロッサみたいに溢れるような魔法の才能がなくて良かった。そうでなくては俺は死んでいた。それならば、加速魔法なんて使わずにさっきのガトリングソードとかいう魔法に加速を加えればそれで俺は終わりなのだから。
使わない理由はない。逆に使えない理由ならばあるだろう。単純に━━━魔力の枯渇。幾らなんでも魔力を使い過ぎたという事だろう。これまでに結界、魔力刃の精製、砲撃魔法、加速魔法、捕縛魔法。しかも、その内恐らく三つは老兵が苦手としているであろう分野の魔法だ。高町達のような例外でない限り、枯渇しない方がおかしい。
って言ってもどれくらいで魔力が減るのか解らないから全部推測なんだが。それでもあの砲撃……というより射撃魔法を使ってこないところから多分そうだと思うのだが。まぁ、温存しているだけなのかもしれないから油断はしないでおこう。
とりあえず相手の利点は一つ潰した。願わくはこのまま簡単に行ってくれたらいいのだが……。
とまぁ、この少年は簡単にこの方法を利用しているみたいに言っていたがそんなはずがない。余りにも出鱈目なとは言わない。これは確かに少年の言った通り。可能な作戦だ。
しかしだ。この作戦を実行するのに一体どれだけの集中力が必要になると思っている。普通に見るだけなら捉えることも出来ない相手を音と砂の動きだけで見て取る?成程、可能だ。理論上では。
だが、それをするのに普通ならどれだけの緊張感を感じる?どれだけの集中力が必要になる?一度失敗したらそこでデッドエンド。それを彼は今、二回。その前も含めるならば五回は切り抜けている。
体力だって少しは休めて回復したとはいえ消費しているし、今は更に左腕の怪我の事もある。血液が流れることによって焦りが生まれるし、何よりも痛みで判断力が鈍るはずなのに。
何もかもが最悪な状態なのに、彼は何時も通り。しかし、これらの事は風雷慧という少年にとっては当たり前の事だった。
風雷慧
彼を説明する時。周りの人間は色々言うだろう。人の事を虐めるとか、愉快犯だとか、お金に余裕がないとか、月村すずかに迫られて逃げているとか、アリサ・バニングスと喧嘩してダブルノックダウンを何時もよくしているとか、フェイト・テスタロッサの純情さに敵わないとか、高町なのはと八神はやてをからかいまくっているとか、尊敬できるとか、運動神経が高いとか、頭の回転がいいとか、性格が最低最悪とか、彼の決め台詞が手加減なく、遠慮なく、容赦なく、無慈悲に、無意味に残酷なぐらいに残虐だとか、暴論遣いとか。
色々彼について人によって語る事が違うだろう。
だが、しかし、人によって語る事は違うが一つだけ彼について皆が皆、同じことを言うだろう。
高町なのは然り、アリサ・バニングス然り、八神はやて然り、月村すずか然り、フェイト・テスタロッサ然り。それがユーノ・スクライアやクロノ・ハラオウン。最近知り合ったヴォルケンリッターや高町家や月村家の全員が同じ事を言うだろう。
彼は無表情で一度も表情を変えているところを見たことがないと。
彼の知り合いは既にそれを当たり前の事だと思っている。だからこそ気づいていない。気づいているのは精々高町士郎とヴォルケンリッターのメンバーだけだろう。
ずっと無表情でいるなんて並大抵なんて言葉で言えるような簡単な異業ではないだろうと。どれだけ無表情でいようと集中してもつい、表情というのは変わってしまうものだ。
日常的なモノならばともかく、突発的な痛みや笑い、怒りという物はあるはずだ。彼は感情がないと疑われがちだが、実際は感情がある人間だ。そうでなくてはそれはもう完璧な『植物』人間だろう。植物は生きているとか言われたらおしまいだが。
それなのに彼は無表情のままだ。つまり、彼は完璧に感情と表情をコントロールしているという事になる。どれだけの集中力があればこんなことが出来るか。故に彼は醜悪と蔑まれる。宗教家ならば笑うという事は神が与えてくれた人間の機能だとか言っていただろう。
そうだとしたら実に愉快だと彼は言葉だけで嘲笑うだろう。つまり、今俺は神に対して抗っているのだからと。そして別にどうでも良い事だけどと呟くだろう。
そんな彼が集中という分野で失敗するはずがない。少なくともその分野だけならば彼は高町恭也や高町美由希はおろか、高町士郎さえ超えるまさしく化物染みた集中力なのだから。
「っ!とぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
加速魔法で接近されて頭を切り払われそうになったところをしゃがむことにより回避しながら、そしてそのまましゃがんだ反動で前に正拳突きを入れる。当たったところまではいいが、そこから相手が自ら後ろに飛んで衝撃を逃したことが分かった。
思わず舌打ちをしてしまう。この戦術も最早限界だ。最初の内はともかく相手も反撃をしてくると解ったのならば対処してくる。結局はその場凌ぎだ。何れは体力を失くして終わってしまう。
それはあっちも同じだと思いたい。もう相手は何度加速魔法を使ってきたか。数えるのは途中であきらめた。俺がずるずると生き残っているせいか相手も肩で息をしている状態だ。
そうでなくては戦った甲斐がないというものだ。とは言っても何の慰めにはならないが。あっちの体力がなくなってきているという事は比例してこっちの体力もなくなっているのだ。何せ相手が動くときは攻撃の時で、俺はそれを躱しているのだから。
それでもまだ加速魔法を使ってくれてよかった。あれは先読みさえ出来れば動きは単調だ。幸いな事に腕の振りだけを加速とかは使えないらしく、そこからだけは普通のスピードだ(それでも十分に速いけど)。
後は良いのが入れば勝てるんだが……
そうは簡単にはいかない。相手はただでさえ強いし、経験もあっちの方が豊富だし。純粋な身体能力では俺よりもはるかに上。更にはバリアジャケットだっけ?そういった鎧みたいなものも着けている。こっちの攻撃が上手く決まったのは最初の驚愕している時の二回だけだ。
はて、どうしたものかと考え込んでいたら
「成程……理解した」
という言葉が飛んできた。
「理解?何を理解したというのかね?この回避方法かい?それとも俺の溢れんばかりの魅力かい?」
「後者は斬り捨てるが、無論前者だ。つまり━━━どうやって回避をされているかはわからないが、加速魔法は通じないという事をだ。」
「へぇ?そりゃ、賢明だね。賢明ついでにここで投降してくれないかね?そうすれば俺は楽に終われるし、もしかしたらあんたの罪も軽くなるかもしれないよ」
「……言うまでもない」
「……全く、頭が固い事で。でも、これじゃあジリ貧ですよ。まぁ、そりゃあ、何れはどっちかの体力がなくなって倒れるでしょうけど。若い分、俺の方が有利でしょう」
嘘だ。若い分有利とかそんな事は全くこれっぽっちも思っていない。相手は現役は引いたのかもしれないけど、それでも俺よりも戦ってきた人間だ。体力がまだあってもおかしくはない。
それでも言葉に出してこっちの方が有利と言えば相手は無意識のうちにそこを気にしてくれるはずだ。これも一つの心理戦。腹黒いとか言われても当然。何せいろんな人たちからクソ野郎と言われているからな~。あっはっはっはっ。
「……メタな発言はどうかと思うが、無視しておこう。確かに老いた身では多少辛いものがある。しかし、まだまだ若いものに負けるとは思ってはおらん。」
「よくある発言どうも。ならば、共倒れでもしますか?そんな事をしている間にユーノ達が結界を壊してくれると思いますけどね」
「君はそれを望んでいるだろうが、勿論却下だ。君の弱点は大体分かった。ならば、それで行こう」
「……へぇ?俺の弱点ですか。後学の為に知りたいですねぇ。俺の弱点てどれですかね?一杯有りすぎて解らないんですけど」
不味いかもしれないと思った。俺の弱点なんてそれこそ言葉通りに大量にある。そういったものを隠して今、立っているのだが。精神論とかそういうところで行ってくれたらうれしいのだが。とは言っても、現実とは非情なモノ。
「なに、簡単だ。君は正攻法に弱いというという事だ。君相手は搦め手など使わずに真っ向から勝負した方がやりやすい。つまり、魔法というこて先に頼るのはもう止めよう。これからは単純な剣術で勝負だ。」
「……」
あーあ、やべぇ。全くもってその通り。それこそが風雷慧の最大にして最悪な弱点。つまり、普通に戦ったならば大抵の自分よりも上の実力者には負けるという事。それはある意味普通の事。
どれだけ思考を積み重ねても、どれだけ策を考えても。そういったものが通用しない実力だけのバトルでは俺は大抵足手纏いだ。周りの人間ならば、その年齢でその動きが出来るならば大したものだというだろうけど。この場ではそんな褒め言葉を貰っても意味はない。
どんなに言い繕っても、結局は弱いので強いのには勝てないという事だ。魔法使い相手でも弱肉強食の法則にはあらが得ないようだ。とは言っても相手は恐らく真っ向からというならば御神不破流の人間よりは劣るはずだ。というか劣っていないのならば加速魔法なんていらないはずだ。
それならば何とか動体視力も俺の技術も使えるはずだ。そして油断も出来ない。魔法を使わないとか言っているがそれがブラフの可能性は大いにありだ。いざという時に集中力は絶やすことは出来ない。
結局は不利という。どんだけ策を練っても、どれだけ汚い手段をとっても結局は不利。我ながら自分の弱さに冷や汗をかきながら溜息をついてしまう。有利な状況で戦いたいなんて事は言えないが、せめて対等くらいは許してもらいたいものだ。
そう思い身構えた瞬間。
来た。
そこから先はさっきまでとはまた別種の戦いやと思った。今までの戦いは人が何だかビュンビュン消えて、まるでド○ゴンボールみたいやったから、現実味というのがあんまりなかった。
それこそまるでテレビの中の出来事みたいな戦いやった。それを相手に私の初めての友人が何時もと同じ無表情で戦っているというのは少し信じ難い出来事やった。だけど、その左腕の赤い血が現実であるという事を教えてくれた。
余りの痛々しい姿に何度も悲鳴を上げたが、今はそんな余裕はなかった。
お爺さんの動きははっきり言えばさっきみたいな凄いと思えるような動きではなかった。さっきみたいにビュンビュン消えないで、ただ走る。それは私みたいな人じゃない限り、誰でもできる動き。それに素人目やけど、多分何というか恭也さん程洗練されていないと思う。
多分、同級生の男の子とかやったら地味とかいう動きかもしれない。最近のアニメとか漫画が好きな子供はこういう地味さをそのままで受け取るだろう。
しかし、私は何故かそんな動きを美しいと思ってしもうた。
その光景を見ている人間は誰しもそう思った。その動きは恐らく努力すればできるもの。天才ならばもっと効率よく動くだろう。高町恭也がいい例だ。故にそこに洗練さはなく、ただ効率よく動くための足運び。
しかし、そこにあるのは紛れもない努力の美しさや。このお爺さんが一体どれだけの訓練をしてきたのかはわからへん。だけど、その情熱はきっと凄かったんやと思った。
だけど、その美しい努力の走りが向かう先は━━━慧君の所だ。それも何時の間にかほとんど正面だ
彼も見惚れていたのか、突然の事態にはっとして動こうとするが間にあわへん。だから思わず
「慧君!?」
と声に出す。
しかし、お爺さんは容赦なく剣を上段に構え。振り落した。ギロチンでさえこんな勢いよく落ちひんやろと思うくらいの勢いやった。本当に振っているのが老人かどうか疑うような場面やった。
それに対して彼は間に合わないと悟ったのか。次に出る行動は余りにも予想外の行動やった。本当に一瞬の集中で彼は落ちてくる剣を真剣白羽取りをしたのだ。
余りの事で声が出ないが、どうやら完璧ではなかったらしく、両手から血が流れている。
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それを見て、逆にお爺さんは更に力を込めて押し出す。叫ぶと言うよりも雄叫びという感じの声を出して、更に力を込める。慧君はそれに対して全く抗えていない。
当然や。慧君の力は鍛えているとはいえ子供の領域。贔屓目に見ても中学生以下ぐらいやろう。それで鍛えに鍛えた老人を相手にするのは無茶を通り越して無理や。
故に慧君は逆らう事はせず
「ああああああああああ!!」
彼にしては珍しく叫んで、剣の軌道を無理矢理横に逸らした。彼の左耳に掠るような起動で剣は振り下ろされ、お爺さんはいきなりの軌道修正で体の体勢が崩されて、前に転びかけたところ、慧君が良い所に降りてきた頭に頭突きをかまさはった。
「……!」
お爺さんは衝撃で頭を後ろに飛ばされかけはったけど、すぐさま気を引き締め、逆に頭突きをし返す。それに慧君は正面から受けて、頭から流血。たまらずたたらを踏んで後ろに下がろうとしたところを、更に蹴りが襲い掛かり、後ろに文字通り吹っ飛ぶ。
彼の小さい体はそれこそボールの様に簡単に吹っ飛ぶ。それに対してお爺さんはまだ許せぬと言った感じで吹っ飛んでる彼に向かって走り、しかも、追いついてきてる。魔法がなくても凄い身体能力やと思う。
そして彼に追いついたかと思うと振りかぶった剣を振り下ろす。その光景に本日何度目かの悲鳴を上げようとしたが
ガン!!とまるで鉄を殴るような音と共にお爺さんの剣が慧君の後方に吹っ飛ぶ。何やと思ったら、それは何と慧君がお爺さんの剣の峰やったっけ?そこを殴って吹っ飛ばしたような構えやった。
んな、アホなと思う。普通誰だって凶器に向かって拳を向けようだなんて思えへん。誰だって痛いものは嫌やからや。事実、殴った右手からは更に血が出てる。それなのに微塵も恐怖心を抱かへんなんて……。今更ながら慧君にほんの少しの恐怖を抱くが、そんな事をしても、勿論事態は止まらへん。
ようやく浮いていた両足を地面につけて、そして前に進み、腕を後ろに下げた。右腕ではない。右腕はさっき剣を殴り払うために使ったためにまだ戻せていない。故に彼が後ろに捩じったのは左腕だった━━━剣が突き刺さって怪我をしている左腕を。
その行為にさーっと血の気が引くのがわかる。そんな事をしたら左腕はこれからも使えるのかとか、痛くはないのかという疑問が湧いて出てくる。そういった事の知識がないので詳しくはないんやけど、それでも傷口に塩を縫っているのと変わらない行為であることは解る。
それでもそんな事気にせず左ストレートを放とうとする。傷の事は心配だが、もしかしたら、子の一撃で終わってくれるんちゃうかという淡い希望が胸に灯る。
しかし
「……!慧君、後ろ!!」
「ケイ!避けて!」
なのはちゃんとフェイトちゃんがいきなり声を荒げて叫ぶ。何で後ろかと思って慧君の後ろを見てみると
そこにはまるで魔剣みたいに浮かび上がった、お爺さんのデバイスがあった。
何故という疑問は魔法という法則を思考に入れたらすんなり理解できた。恐らくは魔法で剣を浮かび上がらせているのやろう。だから、真っ先になのはちゃんとフェイトちゃんが警告を入れることが出来たのだ。
しかし、それを言うのが遅すぎた。慧君は当然の事だが気が付いていなかった。後ろにあるのが人ならばもしかしたら気づいていたかもしれない。だけど、後ろにいるのは魔力で操られている剣なのだ。慧君は魔力を持っていない。故に魔力で起こされた現象についてはまったく反応が出来ない。
間に合わなと思考したら
サクッとまるで豆腐に端を入れるような感覚で彼の体に刺さった。
「……!」
いやという音が絶叫として口から発声される。こんな大きな声を自分でも出せたのかと馬鹿みたいなことを頭の冷静な部分が考えている。でも、そんな馬鹿みたいなことを考えても現実は変わらなかった。
(……殺った……!)
少年がこちらの剣を殴り払ったのは予想外の出来事だったが、それでも対処は出来た。今まで隠し持っていた切り札のうち一つが最高のタイミングで発動できたからだ。
お互い手の内を解らない。だが、こっちはメリットだらけの戦場だ。こっちは相手の行動を大抵予想することが出来るからだ。この少年は魔力など持っていない。故に使ってくる攻撃手段は五体を使っての格闘術だ。他にあったとしてもそれは袖とかに入れてるかもしれないナイフとかそういうものだけだろう。
だが、こっちはあっちとは違い、魔法を使える。さっきは魔法は使わないと言ったが当然嘘だ。別に卑怯だなんて思ってないし、この少年を相手にするには丁度いいくらいだろう。それでも相手が魔法世界出身者ならばもう少し用心していただろうが、彼は管理外世界の人間。当然だが、どんな魔法があるのか知らないのだ。
知っていたとしても、それは友人が使っている、砲撃魔法や防御魔法。後はバリアジャケットぐらいだろう。基本中の基本というものぐらいだ。故にこういう小手先な魔法を喰らってしまう。
今、使ったのはちょっとした浮遊魔法。本来ならば自身にかけて使う魔法なのだが、SWORDは長年使ってきた相棒と言ってもいいデバイスだ。どういう風に調整すればいまみたいな結果になるかどうかなんて目を瞑ってでも出来る。
とは言っても所詮は浮遊魔法。刺さってはいるようだが、深くはない。しかし、間違いなく激痛で少しは動けないはずだ。運よく内臓とか重要な体の組織は傷ついていないようだが、ならば止めを刺してやればいい。
何も魔力刃を造るにはデバイスが絶対必要というわけでもないのだ。その気になればデバイスがなくても魔力刃は精製できる。ならば、行く。迷う段階なんてとっくの昔に通り過ぎた。有りがちだが、私が彼に対して唯一良心的な行動が出来る事と言えばそれはこれ以上苦しまずに殺してやるのみ。
最早闇の書の復讐という事だけでは収まらない行為。解っている、自分がやろうとしていることは無関係な一般市民を殺害するという管理局員としては有るまじき、否、人間として有るまじき行為だという事だ。
そこらの犯罪者と何の変りもない。だから、この暴走とも言ってもいい復讐が終わったら、管理局で裁かれよう。例え、それが終身刑だろうが、死刑でも。死んだとしても向こうに逝ったら━━━会えるわけが、ないか……
そこまで考え、そして前に踏み込む。そうしながらも、右腕に魔力刃の術式を編む。非殺傷設定など等に切ってある。これを少年の無褒美であろう左胸にある心臓に刺せば、即死だ。苦痛はない筈だ。最も、そんな死に方をしたことがないので本当に痛みはないと言ってもいいのかはわからないが。
最早勝利は目前。だからこそ、警戒を怠った。
目の前から左拳が飛んできているのに。
「……なっ!」
予想もしていない攻撃。故に何の心構えもなく喰らってしまう。何の対処もしようと思っていなかったから、さっきまでの攻撃よりもはるかにダメージが大きかった。後方に吹っ飛び、転がっていく。
慌てて立ち上がり、前を見る。鼻から赤いものが流れている。思いっきり鼻の所を強打されたから当然の反応だった。しかし、私の負傷なぞ、目の前の少年に比べれば遥かにマシだった。
たったの数秒で彼は血まみれだ。勿論、自分の血で。ただでさえ、左腕は出来て真新しい傷があり、そこから止血しているのにまたかなりの血が流れ、今もまだ背中の肩辺りに刺さっている剣の所からも血が流れている。
満身創痍という言葉は今の目の前の少年の為にあると言っても過言ではないかもしれない。顔まで赤く塗れている少年はそれでも無表情に背中に刺さっている剣を抜こうと手を伸ばしていた。
「……馬鹿な……!何故動ける!いや、動けるのはいい。しかしだ。今の君は体がかなりの激痛を発しているはずだ……!気力で何とかなるものではないはずだ……!」
「……ん~。別に言ってもいいですけど。ただで言うのも何だからクイズ形式で行きましょうかね。一、俺は無痛覚病で痛覚がない。二、ど根性で痛みを我慢している。三、実は背中から出ている赤いものはトマトである。さぁて、どれでしょうか?」
激痛を感じているはずなのに、声には痛みの色がない。どういう事だ。馬鹿らしいが、彼のクイズに乗ってみることにした。勿論、油断はせずにだ。とりあえず三番は論外だから無視する。となると、一か二かだが。二は考えることは出来るが、それは幾らなんでも許容外のレベルのはずだ。根性で耐えるにしても限度というものがある。
となると答えは一という事にしかならない。
「……君は……何も感じれないのか……?」
「残念。一番じゃないのだよ。答えは」
そう言って彼は背中から何かを取り出しら。それは━━━潰れたトマトだった。それは見事に潰れていて、その潰れ方が何ともまるで剣か、何かによって刺されたような潰れ方で。
「何と三番でした!!」
「マジなのか!?」
「嘘だけど」
「……」
「おいおい、何だその冷たい目は。まるで、貴様ちゃんと空気を読みやがれ、このNO AIR READINGみたいな眼差しは。それも何故恭也さんや外野の眼付もそうなっているんだよ。」
正直かなり疲れてしまったが、気を取り直す。目の前の少年は少年で無表情ではあるが、どことなく残念そうにトマトを捨てる。しかし、そんなギャグを言っている間にも彼の背中や腕からは血が流れている。そして、さっきの彼の答えから考えうると。
「有り得ん……その痛みを気力だけで耐えるなぞ、出来るはずがない。いや、出来るのはいいだろう。しかしだ。あんな瞬間的に耐えられるはずがない……!」
「んな事を言ってもねぇ……大体、痛みって耐えるものじゃなくて、受け入れるものでしょう?」
まるで、さも当たり前の事でしょうと言った感じで彼はそれこそ暴論を吐いた。しかし、今回は以前のモノとは違い、それは狙ったものではない様子だったのだ。つまり、これは彼の本心だという事になる。
彼に対しての恐怖心が間欠泉の様に湧き上がる。違う、それは絶対に違う。痛みは受け入れるものではないのだ。痛みとは我慢せずに、それを周りに告げ、危機感を出すためのものだ。熱いものに触れた瞬間に手を引っ込められるのは、それは痛みがあるからだ。そうやって、痛みを感じるが故に痛みを避けることが出来るのだ。
なのに彼の言い分の場合、熱いものに手を触れても「ん、熱いな」の一言で終わってしまうという事だ。手を離す事さえもしないのかもしれない。これでは人の本能に逆らっている。
「……解らない」
「んん?解らないって何がだね?俺の若さの秘密かい?そいつは教えられないな。」
「……何故君がそんな事をするのかという事だ。それでは━━━辛いだけではないか」
「━━━」
おどけた口調は一瞬で閉ざされた。そこにあったのは本当に、本当の『無』表情だった。その顔には何の感情も籠っておらず、人形と言われてもそうだと思いたくなるような表情だった。
人間なのに人形。その矛盾に足が何故か後ろに下がる。それを見て、少年も自分がどんな表情をしているのかを気付いたのか、手で一度顔を隠し、そして離すと、そこにはいつも通りの無表情があった。そして何か言おうと口を開くが
止めたと言わんばかりに首を振った。
「……何も語らぬか」
「……ここで何かを語ったらまるで悲劇の主人公気取りになってしまうでしょう?そういうのは大っ嫌いなんです。悲劇のっていう所も、主人公って言う単語も。そういうことをするのに相応しいのは俺以外の人間だ。俺みたいな地獄に堕ちるべきゴミクズには相応しくないですよ。それにイタイし」
悲観したような言い方……ではない。彼はそれを当たり前だと思って発言している。やはり、そうなのかと思った。戦う前に発した言葉。死にたくないではなく、まだ死ねない。まるで、その目的を終えたならば、死んでもいいと思っているような言い方だ。
それとも━━━死にたいと思っているのだろうか。
余分な感傷だ。これから殺そうとしている相手の事など知ってどうするというのだ。余本どころではない。意味のない感傷だ。だけど、何となく解ったかもしれない。
何故こんなにも彼を殺さなければいけないと思ったのか。その答えは簡単だ。この少年はこのまま生きていたら、地獄の苦しみを抱いたまま生きていくと直感で気づいたからだ。感情で殺すと思ったのではなく、義務感で殺さなければと思ったのだ。
そうかと真実に気づき、そしていきなり動いた。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「っ!」
いきなりの振り下し。加速魔法無しの歩法は速くはなかったが、鋭さはあった。それにより超近距離の戦い。
「っ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
対する少年は右腕をまるで岩の塊のように握りしめた右ストレート。それは自分のお腹の方を真っ直ぐ狙っている。スピードもパワーも文句なしといえるレベルだ。
お互いが確信した。この一撃が場の流れを変えると。故にお互いその一撃にかなりの力を込める。交差する剣と腕。息をする暇さえお互い無く、ただ体を相手を倒すための武器とする行為にだけ、全力を込める。
結局届いたのは少年の拳だった。
原因は武器の違い。拳と剣では幾らリーチが違っても、この距離では拳の方が速い。子供であるというのはマイナスしかないと思われがちだが、子供であるがゆえにその小柄さが余分な動きを排除できたのだ。
そしてその衝撃はもろに老人の鳩尾に来る。
「……っは!」
今回は防御を捨てた一撃の為、衝撃を逃がそうという考えなんて、出来なかった。バリアジャケット越しでもこのダメージ。思わずくの字に曲がる、すると、首が下りた瞬間にその頭を掴まれ、そのまま少年の膝との顔面激突。
手加減も容赦もない。激痛が顔全体を走り、思わず目を閉じる。鼻血が再び流れる。だけど、そんな事を知ったものかと言わんばかりに、更にアッパーを決めてくる。無理矢理状態を上にあげられ、空を見上げる。頭はぐわんぐわんと脳震盪。
頭がボーっとしてきた。だけど、戦士としての経験か。解る。彼が更に傷んだ鳩尾を狙ってくることが。その一撃を受けたら、多分墜ちてしまうだろう。
まさかのいきなりの終わりだった。魔法も使えないただの少年に敗北。恥と言えば恥だ。圧倒的な立場だったくせに最後の最後に他人としての情で殺そうと思ってしまったのがいけなかったのだろう。
これで終わりかと思った。呆気ないと思った。でも、仕方がないと思った。所詮は才能の無いただの枯れた老人だ。そんな人間が今更何かを成し遂げられると思ってはいなかった。それが復讐でも同じ結果だという事だろう。
自分に最後を任せてくれた人間には申し訳ないと思う。すまないと、君達の想いを無駄にしてしまったと。そして胡乱気な頭で周りを視ると。
そこには心底恨めしい存在が立っていた。
ドクンと心音と共に周りの風景が記憶によって浸食された。そこは過去の風景。一瞬の走馬灯と言ってもいい幻覚だ。過去を再生することしかしない幻覚だ。
そしてその光景とは失くした自分の家族。自分が心底守りたいと、自分が命を懸けてでも守りたいと思った家族の姿だ。
まずは子供が小さい時の風景。そこにあるのは本当に何処にでもあるような風景。子供と遊び、ただ笑うだけの風景。でも、そこには幸せがあった。普通の綺麗さがあった。
子供とじゃれ合い、妻と話し合う。それだけで私は薔薇色のような人生を得たと思えた。それだけで充分なのに子供……息子は嬉しい事にお父さんみたいになりたいなどと嬉しくなるような事を言ってくれる。
危険だからやめなさいと苦笑しながら言っていたのを覚えている。その度に息子は駄々をこねたのでどうしたものかと笑っていたのを覚えている。でも、実は内心嬉しいと思っていた。それを後で妻に知られてからかわれたものだ。
何とも綺麗な黄金の日々だった。これだけで自分はどれだけ辛い任務があっても、生きて帰ってこれると馬鹿みたいに思っていたのだ。何と小さい人間だったのかと苦笑する。
そして場面が変わる。そこはやはり今まで住んでいた家の風景。だが、変わっている事があった。それは住んでいる住人の年齢だ。私と妻は少し老け、息子は青年と言ってもいいレベルの見た目になっていた。
覚えている。それは息子が管理局に入る事が決まった時の事だ。我ながら息子に対して甘かったのか、何度ももっと危険の少ない仕事をしないかと問うたのが無駄だった。その事で妻はそういう頑固なところは自分に似ているなどと苦笑して言っていた。
決め手の一言が何とも卑怯な事に、何時か父さんの後を継いで立派な提督になりたいからだなどと言うのだ。そんな事を言われたら、嬉しくて首を横に振る事などできるはずがないではないか。
だからこそ、息子の特訓は厳しくやった。理由はただどんな時でも生きて帰ってこれるようにとただそれだけを願った訓練だった。妻は心配そうにその光景を見ていたのを覚えいている。でも、止めなかったのは、これが息子の為になると思ってくれたからだと思う。
そして士官学校に寄宿しに行ったのを妻と一緒に見届けた。
最初の内は手紙からは楽しいという話題だったが、途中から辛いという言葉も交じっていた。当然だ。訓練は当然のように厳しいだろうし、更には魔力の適正というものがある。息子は幸い、自分よりは魔力はあったが、それでも高いというレベルではなかった。
それによって後から知った話だったが、虐めもあったらしい。その当時はその事は露とも知らず、だから、私達は辛いのならば止めてもいいと何度も言った。管理局で働きたいのならば、別の道もある事も提示した。それでも息子は頑として受け入れなかった。
そこまでの風景を一瞬のうちに見ている間に気づいた。
嗚呼、私は、まだこんなにも家族の事を覚えている、と。
嬉しい事だと思ったら、再び風景が動き出した。その風景は確か息子がようやく全線で働けるレベルになって士官学校から卒業して、働き出したところの時の風景だったと思う。
その頃になって息子の顔が良い顔になってきたのに気付いた。理由を聞いてみたら、自分の手で誰かの笑顔を作れるのが嬉しいという事だった。何ともいい息子に育ってくれたと酒場で同僚に言ったものだ。
そして久々に家で三人集った時に、息子は告げた。何時か父さんの所で修行して本当に提督を継いでみせると。不覚にも涙が流れるかと思った。息子の前では何とか流さずに出来たが、妻と二人になった瞬間、決壊して大人げなく泣いた。妻も一緒に嬉し涙を流してくれた。
もう何も現世に未練がなくなってしまう事ばかりの連続であった。
だが
風景が変わる。その風景を見た瞬間、血が凍った。その風景は覚えているというよりは忘れるはずがないと言える風景。その風景には自分が顔は何とか無表情になっているが、それでも嬉しそうというか楽しみにしているのが自分でも解るくらい浮き足立っていたのがわかっていた。
何故嬉しがっているのかといえば、それは私の誕生日が今日だからだ。勿論、もう十分な年寄りなのだから、誕生日だからとは言っても、そんなに喜ぶものではないと解っているのだが、この前偶然にも、妻と息子が私にサプライズパーティーをするという事を聞いてしまったのだ。
それでつい、嬉しくなり、私はそれを知らないふりをして今日まで過ごしていたのだ。
━━━止めろ。
私が帰ったら、クラッカーでも鳴らして驚かそうという魂胆らしい。それに私も驚こうか、もしくは意地悪に私もクラッカーを買っておいて、先制を取るのもいいなと年甲斐もなくはしゃいでいた。
━━━止めろ。
そうして仕事を何時もよりは手早く終えようと必死にデスクワークをしていた。そう言う楽しい事があると解ってるのならば、つまらないデスクワークがまるでご飯を食べるように簡単に出来た。
━━━止めろ。
そうして、いた、ら、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話が、電話がかかってきた。
━━━止めろ!!
その電話のななななななななななななななななななななななないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいyooooooooooooooooooooooooooooooooooooooohaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!止めてくれ!!!
止め━━━
妻と息子の死亡通知だった。
そこから先の記憶はあいまいだった。ただ、次に見えた光景は二人が眠っている墓石の前で膝をついている自分の姿だった。
何を考えればいいのかさっぱりだった。自分が何か悪い事をしたのかという典型的な自罰思考をしていた。勿論、人並みに少しは悪い事はしたと思うが、こういう仕打ちをされるようなまねはしたかというとさっぱりだった。
二人は自分の誕生日プレゼントを買うために買い物をしていたらしい。そしてその買い物帰りに襲われたらしい。現場を検証したところ、息子は最後まで妻を守って戦ったらしく、妻はそんな息子が死にそうになった瞬間、庇ったのではないかという事だったらしい。
そして結果は守った妻ごと、守られた息子は死んだ。犯人は闇の書の守護騎士。ヴォルケンリッターという事だった。息子が持っていたデバイスに記録が残っていたのだ。
原因はどうやら……というよりやはりリンカーンコアを狙ったものらしい。闇の書事件の言う昔から続いている忌まわしい事件。呪われたロストロギアの血の惨劇。
しかし、そんな忌まわしさなんて自分にはどうでもよかった。そんな忌まわしさよりも今は憎らしさが勝っていた。そうだ、何故私達なのだ。何故このタイミングなのだ。何故殺したのだ。
世界には大量の魔力を持った人間がいるのに何故私の息子なのだ。日にちなどランダムで選んでいるだろうに何故幸せの絶頂期の時を選んだのだ。別に魔力だけを奪うだけならば殺さなくても良かっただろうに何故殺したのだ。
何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故
何故だ!!
理不尽な結果だった。悪魔がいたならば魂を捨ててでもこの結果を変えていたかもしれない。神がいるならば祈りに祈り、何故こんな世界を作ったと嘆いただろう。
もう駄目だ。血が滾る。憎悪が己と世界を焦がす。肉が傷む。怒りが己と世界を焼く。頭痛がひどくなる。哀しみが己と世界を凍らす。何もかもがどうでもいい。ただ、家族を、自分を。こんな目に合わせた存在をただ、ただ、ただ、ただ、ただ、ただ!!
殺し尽くす……!
瞬間、頭が覚めた。想いを蘇えらせ、今感じていた痛みも絶望も諦めも何もかもを捨てた。この身に残るのは灼熱染みた怒りと憎悪と狂気の炎のみだ。その狂気が私に命ずる。叫べ、と。否定する理由はなった。故に叫んだ。
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
咆哮は獣の如く。視線は手負いの獣が如く。ふらついていた手足は確かな力を持って張りつめる。突然の変異に目の前の少年や周りが驚く。しかし、そんな事はどうでもいい。アッパーでぐらついていた脳は無理矢理にも活動を再開した。
そして目の前の少年を右腕に編み上げていた魔力刃の術式で思いっきり袈裟斬りを放った。それも禁じ手の一つ。手足の部分加速というものを使ってだ。これは完璧な禁じ手だ。
何せ使うと手足が壊れるというのが前提の欠陥魔法だからだ。一部だけを加速するとなると加速について来れない肉体が限界を感じて肉と骨が砕ける。当然と言えば当然の結果だ。
勿論、今回も例外ではなく、自分の右腕の筋肉と骨は文字通り砕け、千切れた。強烈な痛みが生まれるが、そんな事は知ったことではなかった。ただ、結果として目の前の少年の左肩から右わきまで切り裂けたというのが重要なのだから。
一瞬、少年の体は静止して、そして心臓がドクンと一鼓動をした瞬間。
ブシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!と血が溢れだした。
「━━━!!」
周りの人間が悲鳴を上げたがそんな事は知ったことではないし、まだ手を緩めるつもりなんて全くない。もしかしたら、このレベルでも痛覚遮断と言ってもいい能力と言ってもいいのか解らない能力を使ってくるかもしれないのだから。
だからそのまま、魔力刃を消して、そのまま少年の頭を鷲掴みにする。そのまま前に押し、体勢を崩そうとする体を止めようと彼の足が条件反射でたたらを踏みながら、踏みとどまろうとするがその足を大外狩りの用法で払い、そのまま少年の後頭部を地面に思いっきり激突させる。
グシャッ生々しい肉が潰れる音が響く。でも、そんな事もどうでもいい。重要なのは少年がまだ生きているという事だけだ。ならば、一度で潰れないというのならば、何度でもと単純な頭でそう考え、少年を片手だけで持ち上げる。所詮は子供の体。軽すぎて片手でも持ち上げられる。そのまま何度も後頭部を地面に叩きつける。
グシャッ、グシャッ、グシャッ、グシャッ、グシャッ、グシャッ!何度も叩きつける。その度に周りから止めろとか止めてとか悲鳴が聞こえるがそんな事は知らない。この少年を殺せば、結果的に自分の復讐が完遂できる。それだけで傷んだ体を酷使する理由になった。
何度叩きつけたのか解らない。五回か、十回か、もう三十回ぐらいは叩きつけたか。もう回数なんて知ったことではない。しかし、何度目かの叩きつけで少年の顔を見た。そこにはある意味ようやくと言った感じで諦めの表情が瞳に籠っていた。
この瞬間。あれ程死なないのではと思った少年を殺せるのは今がチャンスだと思った。すぐさま捨てられていた自分のデバイスを手繰り寄せる。そのまま彼の心臓に刺そうとする。彼は今、叩きつけた反動で浮かび上がっている。それでは刺し辛い。なので、地面に押し付けるために殴って、地面に押し付けた━━━左肩から右脇までの傷口の上を。
勢いが緩んでいた傷口を叩いたショックで更に血が飛び出した。顔にもかかるがそんな事は気にしていられない。獣のように高ぶった頭が何を思ったか、声を作る。
「終わりだ……!死んで私の復讐を完成させろ……!」
その言葉と共に剣を振り下ろそうとする。少年の顔は飛び出した血で見えない。その血ごと刺してやろうと思い、両手でデバイスを構えた瞬間。
その血を割るように少年の左腕が私の首を掴んだ。
「……ぐっ!!」
いきなりの窒息で体に力が入らない。何処にそんな力があったのだと思いながら、つい、彼を睨み殺すという言葉みたいに視線に殺意を宿して無表情の少年を睨みつけようとした時。
見てしまった。
その少年の瞳に隠しようもない狂気が宿っている事を。
その狂気の名は知らないが、それは確かに狂気だと思う。こんな所では死ねない。死ぬわけにはいかない。終われない。終わってはならない。生きなければいけない。死んではいけない。
死ねない
死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない。
そんな負の感情で支配された瞳でこちらを睨みつけ居ていた。体はゾッとする。そんな狂気を宿しながらも、無表情の仮面で隠していたのかという想いで、しかし、感情はそんな怒りで焼き付いていて、体ほど正直に反応しない。
怒りと狂気の睨み合い。どちらも引く気など毛頭に考えていない。現に少年の左腕は痛みを押して尚、締め付けてくる。違う。これは窒息を狙ったものではない……!首の骨を折る気だ。
「っっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
片手なのに恐ろしい力で握ってくるので、振り解くのは断念して、彼の脇腹を思いっきり蹴る事によって離れることにした。上手い事入ったので骨の一本ぐらい折れたかもしれない。彼の口からも血が流れ、そして転がって行った。
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら首を擦る。そこにはぬるりとした感触。それは最後までつかもうとした手の爪で引っかかれた跡。それがかなり執念深かったのか、意外とかなりの出血量であった。
ぞっとする。その出血量ではなく、その執念深さと狂気に。いや、それが生きたいとかいう願望ならば当たり前の反応と言いたのだが、これはむしろ逆だ。少年の瞳の中の狂気はそんな美しいものではなかった。生きたいのではなく、死ねないだ。
酷い妄執だ。それが私の間違いという可能性はない。生きたいのならば今頃形振り構わず逃げているだろう。
しかし、無表情の少年は逃げるどころか、むしろ立ち上がってきた。眼光は今まで以上に鋭く血のせいか、赤く光っている。自分をさっき獣のようになったなどと比喩表現を使っていたが、これは桁違いだ。
自分が獣ならば、少年はバケモノだ。何がバケモノと言えるわけでもないが、何故かその単語が頭に浮かびあがってきたのだ。
そう思ったら
少年の姿がまさしく異形の化物となって
そして、ニッと三日月形に口を歪めて━━━嗤った
「……!」
幻覚だ。変な事ばかり考えたせいと痛みで変な妄想を視てしまっただけだ。しかし、その幻覚はまやかしでも、今、体が震えていることは否定することが出来ない現実だった。さっきまでの怒りが嘘のように無くなり、代わりに変な恐怖心だけが生まれる。
落ち着けと震える体を叱咤する。大体何故嗤うのだ。彼は一度だって表情を変えていないのに、何故想像上のバケモノが嗤う。見下すように、愉快そうに、痛快そうに嗤うのだ。きっと少年の毒気に当てられただけだ。
そうに違いないと頭の中の恐怖心を頭を振る事によって振り払い、立ち上がろうとしたら、足がカクンと折れて、再び膝立ちの状態になってしまった。ダメージを受け過ぎたと思考して不味いと思った。今、かなり無褒美な状態だ。ここを攻撃でもされたら……!
少年もそう思ったのか、直ぐに攻撃をしようと一歩踏み込んだら、少年も膝がカクンと折れて、そのまま体勢を崩して、女の子座りみたいな体勢で座ってしまう。その原因も解る。単純に血を流し過ぎたのだ。
そもそも今の状態でどちらが優勢かどうかというならば、間違いなくこっちだ。あっちは刀傷によって体力やダメージもそうだが、血を流している。こっちは体力とダメージくらいだ。後一撃で蹴りがつくというのは恐らく同じ条件だが、それでもどちらが体力があるかといえば、それはこちらの方だ。
あちらは既に出血大量寸前まで血を流している。これまでの出血を考えれば当然の事だ。自分の身を慮らずに戦っていたらそれはこうなる。彼の周りも彼の地で少し赤く染められている。
これならば、自分が何もしなくても死んでしまうだろう。勿論、そんな事はしない。これは復讐なのだ。復讐なのに自分の手ではなく、時間に任せて完遂するなんておかしい。幕引きは自分の手でするべきだ。
そうして立ち上がる。ふらりと体は揺れ、ダメージが吐き気を生み出す。もう一撃喰らったら気絶するという診断は間違いではない。しかし、後、一撃くらいは問題ない。
そう思い目の前を見ると
「おっ、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
足をガクガク震わせながら必死に立ち上がろうとしている少年の姿があった。もう痙攣と言っても言いくらい震えに震えていた。両手を膝につけ、体に力を入れ、その結果、血を再び流す。最悪な悪循環だ。
それでも必死に立ち上がろうとする。まるで、その光景は━━━まるで命を燃やし尽くして飛び上がろうとする蜉蝣に見えた。
交尾を追えたら、ほんの数時間で死んでしまう儚い生物。その刹那の時間を必死に飛び上がる傍目からは醜い虫。そして憐れな存在。だって、飛び上がれても、最後に行き着く先は地面なのに。
「お……!おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
なのに少年はは無理矢理立ち上がった。まるで、それしか知らないという風に。前に進むしか知らない。それが地獄の奥底でも。そう、彼の視線が告げている。
嗚呼
本当に━━━怖い。
自分は心底━━━この少年に恐怖している。
「……次の一撃でどちらかが倒れるだろうな」
「……でしょうね。倒れるのは年上というのが相場ですけど」
返ってこないと思いながらも言った言葉だったが意外に返事があった事に少し驚いた。もうバケモノみたいな少年と会話が成立するとは思っていなかったからだ。その恐怖心を抱いたまま、少年と話し合う。
「私は君が怖くなったよ……今だってそう。まるで人と話しているとは思えなくなってきた。君がバケモノじゃないのかと馬鹿みたいに考えてしまう。」
「はっ。最高の評価ですね。バケモノ。ええ、昔そう言ってもいい存在と会いましたよ。いや、あれは出会ったというよりも遭遇したと言った方が良いのかな。ま、どっちでも変わりませんか。」
「……成程。」
「今思えばあれが自分を変えたのか……少なくとも、今の自分よりは少しはマシな存在になってただろうに。ああ、そうだ。今までの自分を捨てると思いを作ったのが自分の歪みならば、捨てた後の風雷慧を作り上げたのは間違いなくアレのせいだ。」
「……意外だな。君がそこまで自分の事を他人のせい等と言うなんて」
「……事実だ。見本がなければ俺は今頃冷たい土の下で眠っていたでしょう。最悪にして災厄。それの土台を作り上げたのが、まさか悪魔だなんて……ほんと━━━達が悪い。」
まるで苦笑するかのような口調。しかし、その顔はやはり━━━笑っていなかった。
彼の言葉がどこまでが本気なのか全くわからなかった。ここに至ってレリオ・マルクは少年の事を理解使用する行為を完璧に断念している。相手が敵ならばまだ理解は出来るだろうけど、違うモノを理解しようなんて愚かの一言だ。
もうお互い時間はない。そこで一つ愚にも付かない事を聞いてみた。
「なぁ━━━君は過去を変えたいと望んだ事はないかい?」
「……質問の意図が、解りません」
「そのままの意味だよ。出来るかどうかは別として、過去を変えたいと思った事はないかい?もし、あの場でああしていたら。もし、あの場に自分がいたら。もし、あそこに行かなかったら。ありとあらゆるIFを思い描いて、そしてそれが叶ってくれないかと思った事はないかね?例えそれが間違った行いだったとしても、例えそれが馬鹿げていて、非情に愚かな考えだったとしても━━━その考えを。一度でも考えなかったと言えるかね?だから、聞かせてくれ。君は過去を変えたいと望んだことはないかい?」
「……」
その問いに彼は沈黙した。短くて、長い沈黙。その沈黙が答えかと思ったら
「━━━望めない」
一言だけだった。
それも答えは望んだ事があるでもなく、望んだ事がないのどちらでもなく望めない。自分にはそんな事を言える資格なんてこれっぽっちもない。そう、彼はむしろ自分に言い聞かせていた。
そうか、と私は苦しみ
そうさ、と彼は嘆いた。
そして私達は同時に動いた。
もう小手先の技術なんて必要ではないと直感で理解できた……などと格好つけた言い方を言っているが、そんなのではない。単純にもう小手先の技術を使えるような体力がなければ、血も足りないだけだ。
こりゃ戦いに勝っても、負けても死ぬかもしれん。何時もながらの命の危険だ。命の危険も何十回もやれば慣れてくるというものだ。今回も助かるかどうかはさておいて。
まぁ、死ぬのは別にいい。漫画みたいに主人公だから死なないなんて馬鹿げた冗句を言うつもりはさらさらない。死ぬときは死ぬし、生きる時は生きる。それが人生というものだ。バケモノの俺が『人』生なんて言える義理はないかもしれないけど。
閑話休題。
自分で言うのも何だが、決着の時だというのに余計な事を考えるとは……流石は俺だね?別にどうでもいいけど。
そう思っていたら、後踏込一歩のところまで近付いていた。相手の攻撃は冗談からの振りおろし。俺は自分の利き腕から出される右ストレート。自分が最も信用している業とは言えない技だろう。
そこら辺の子供出来る攻撃。つまり、誰でも出来る攻撃で倒そうというわけだ。この戦いの勝敗を分ける原因は簡単だ。ただ、どちらの攻撃が先に届くかという事だけだ。そして結果は立つのが一人で倒れるのが一人か、立つのが一人で、死ぬのが一人のどちらかだ。
全く割に合わない。あっちは最悪でも気絶で済むのに、こちらは勝っても負けても死ぬ可能性があるのだ。余りの不平等さに泣けてくる。別に今更の事だけど。
故に声高らかに叫んだ。足りない力を雄叫びと命を上乗せすることによってスピードを上げる。向こうも同じ考えなのかあっちも声を荒げて叫び。
そして
剣をいきなり直下の地面に刺した。
「━━━は?」
意味が解らない行動。その行動に初めての馬鹿みたいな戸惑いの声を口から発する。意味が解らない。そこから剣でもさっきみたいに操ってこっちを攻撃する気か?そこまで魔力と体力が余っているとは思えない。
じゃあ、何らかの別の魔法か?以下同文。じゃあ、ここに来てのまさかの敗北宣言?まさか、そんな柔な意思ではないのはこれまでの戦いで十分に証明されている。
では、何のために?とは思うが、振りかぶった拳の勢いはもう止まらない。疑問をそのままに攻撃の意思を放とうつするが
『SPEED UP』
無機質な声と共に老人がその場を離れて十メートルくらい後方に下がる。どうやら加速魔法の分の魔力はあったらしい。ついでに、魔法を発動するだけならば、魔法発動時にデバイスを握っているだけで良かったのか。
だが、そんな事はどうでもいい。更に不可解な事だ。今の加速魔法をそのまま使えば、俺をもしかしたら倒せていたのかもしれないのに。集中力はともかく、体が追いつけるとは自分でも思っていない。
ここに来て、疑問は嫌な予感に変わる。その証拠としては老人の声だった。
「……私のデバイスは長年付き合ってきた、言わば相棒みたいな存在でね。ストレージデバイスで意思はないが、それでも愛着などそういったものは使ってきた年月の分、培ってきた。」
いきなりの独白。意図も何も読めない言葉。利益となるか不利益となるか解らないので、どう行動すればいいのか解らなくなってしまう。薄氷の上を歩くというのはこう言う気分なのだろうか。
「長年。そう、長年付き合ってきた相棒だ。SWORDのお蔭で本来ならば死んでいたであろう戦場でも上手く生還できた。感謝の一言では足りない、相棒というよりも命の恩人と言ってもいいかもしれないな」
最もデバイスなので恩人という言い方は多少おかしいかもしれないかもなと苦笑しながら付け加えられた。その言葉の中には確かな感謝と━━━そして何だ?これは、済まないと思っているのか……?
何故だとそう心の中に問い質す。その答えを老人が答える。
「だから、本当に残念だ━━━自分の命の恩人ごと、自爆させるなんて」
「……!」
嫌な予感的中。今日も俺の感度は良好というふざけた診断結果に呆れる。
「ああ、安心したまえ。自爆とは言ってもSWORDには自爆装置なんてロマン溢れる装置はついていない。自分のデバイスだ━━━自殺させるような機能をつけるはずがないだろう。爆発するのは刀身だ。あまり派手ではないが、少なくともそこら辺は爆発するかな」
いや~んな感じ~。何とかして剣から離れようと必死に体を動かそうとするが、元々拳を振り切っている体勢のせいで直ぐに動けるような姿勢ではない事と、更には今までの戦闘による体力消耗と出血大量のせいで何時もの五割の力もスピードも出ていないことが原因だ。
つかぬことを聞きたいのですが、爆発まであと、何秒ですか?
「ああ、それは━━━今だ」
世界は今、光った。
最初に閃光。次に爆音。そして最後に爆発。それらは感覚だけならば、すべて連続で起こったように感じた。余りの光と音に目と耳が痛くなるが構うものか。今はただ、あの少年を殺したことを祝う事と、SWORDの冥福を祈る事だけだ。
爆発による煙で少年の所は見えないが、確実に死んでいるだろう。威力はそんなにあるわけでもない。だが、それでも、あれだけ爆発の中心に近かったら間違いなく死んでいる。あの殺しても死ななさそうな少年は間違いなく死んだはずだ。
そう思い、上空から雨のように降ってくる土を鬱陶しいと思いながら、振り向く。そこには何時の間にか結界が破られていたのか、結界内は言ってきていた少年の知り合いがこっちを見ていた。
しかし、そんな視線はどうでもいい。一番重要なのは闇の書の守護騎士と主。その姿を見て嘲笑した。どうだ、見たか。私は今、お前たちに復讐したぞ。お前たちがやって来たことを全部お前に返したぞ。我らが感じてきた痛みや苦しみや後悔や悔しさや憎悪や怒りを全部お前たちにぶつけてやったぞ。貴様らの願いも強さも誇りも平和も全てを粉微塵にしてやったぞ。
どうだ?
解ったか?
そうだ。
これが。
これがだ。
これがお前らがやって来たこと━━━
ザリッと酷く不快なノイズが後ろから聞こえた。
「━━━」
思考が停止した。行動が停止した。感情が停止した。何もかもが停止した。
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
こんな足音みたいな音がして良い筈がない。
ザリッ
そうだそうだそうだ。これは間違いだ。あってはならない間違いだ。きっと殴られ過ぎて頭の回線がおかしくなってしまったに違いない。そうだ、そうに違いない。何を馬鹿な事を考えているのだろう。そうだ、足音なんてあるはずがないじゃないか。そうだそうだそうだそうだそうだ。あってはならないのだ。
ザリッ、ザリッ
ああ、頭の方の異常は解っていても治らない。これはもう末期なのかもしれない。その幻聴の音の具合から察すると━━━後、そう二歩。
ザリッ、ザリッ
そうそう。今、丁度二歩になってしまったようだ。
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない、有ってはならない。
そうだ。人間ならばあのときに既に死んでいなければならない。そうだ、人間ならばあの時死んでいなければならないのだ。そうだ。人間ならば死んでいなければいけないのだ。そうじゃなきょおかしい━━━
「━━━あっは」
楽しむような子供の音色が聞こえる。余りにも無邪気な嗤い声。その音色は余りにも綺麗すぎて気持ち悪い。こんな音ならばまだ雑音の方が音楽になり得るというものだ。
「あっはっはっはっは━━━」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、こんな音を聞いてはいけない!!!こんなものを聞いていたら頭がおかしくなる!!!!!!!どうしてどうしてどうして!!?私は何時の間にこんな最悪な夢に紛れ込んでしまったのだ。こんな所には一秒だっていてられない!!そうだ!!夢なんだからここが現実ではないという証明をすればきっとここから出れるはずだ!そうに違いない!!そう、さっき感じた違和感は……そうこの足音の正体が生きているはずがないという事だ!そう、人間ならばもうあの一撃で死んでいなければならないのだ。
そう
人間ならば
じゃあ
後ろの正面だぁれ?
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははははははっ、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
「━━━ひぃっ!!」
我慢できずにまるで暴走したように振り返る。こんなものを背後で見えないまま対峙するなんてもう我慢の限界だった。
そこには
さっきと同じで血だらけになっている無表情の少年が拳を振りかぶって立っていた。
そこから先の答えは肉を打つ音だけ。
お爺さんを殴り倒した後。慧君は暫く無表情に倒した老人をしばらく見ていたが、不意に足から崩れていくのがわかった。それを見て、私のすることは直ぐに決まった。
「フェイトちゃん!!私を慧君の傍に連れてって!!」
「━━━え?」
余りの凄惨な光景か、もしくは慧君のあんな嗤いを見たせいか。フェイトちゃんは一瞬我を失ってしまっていたようだった。でも、そんな些末事は私には関係はなかった。
今、重要なのは今の慧君には私が必要だという事だけだった。なら、今はフェイトちゃんの都合を聞いている暇ではない。今はただ私のしたい事をするためにフェイトちゃんに手伝ってもらうだけだ。
「いいから!慧君が死んじゃう!!」
「っ!!解った!!」
慧君が死ぬという言葉で直ぐに我に返ってくれて、私の手を掴んで、そしたら一瞬で慧君の目の前にいた。移動する前にフェイトちゃん以外の声が聞こえた気がしたので、もしかしたらお爺さんと似たような魔法でも使ったのかもしれない。
でも、お礼を言うのは後だ。今、慧君は私のもたれかかるように倒れようとする。その光景を不謹慎ながらも嬉しいと思い、倒れてきた彼を抱き抱え、そして━━━彼にキスをした。
「「「……!」」」
後ろや横で驚いたような声やら何かが聞こえてきたけど無視。今は私は事前に口の中で切って出しておいた血を慧君に分け与えているのだ。そう━━━吸血鬼の血をだ。昔ならば忌むべき力だったけど、今だけは感謝する。これのおかげで慧君を救えるのだから。
「……っん……!」
キスをして血を与えてから、少し元気になったのか、慧君は目を薄くだが、確かに目開き、私を弱々しく押し返そうとする。その反応が余りにも可愛らしくて、思わずキスをしながら笑ってしまった。うん、大丈夫。その瞳が赤かったからきっとちゃんと回復するだろう。
でも、これじゃあ、どちらが女の子か解らないや。そう思いながら、残念だけど唇を離す。彼と私をつなぐ架け橋は本当ならば唾なんだろうけど、私達の場合は赤色の架け橋。血によってつながった私達。吸血鬼と悪魔のペアには丁度いいと思う。それを大事に思いながら言葉を紡ぐ。
「駄目だよ、慧君。休むことはいいけど、死ぬのは許されないよ。だって慧君は約束は破るけど、契約は守るんだよね」
「……」
慧君は無表情というよりは仏頂面をして目を逸らす。その顔が語っている。卑怯だという感じに。そんなの知ったことではなかった。嫌がる彼を無理矢理抱き寄せて彼の耳元に口を寄せる。
「謝るなんて事はしないよ。だって、慧君は謝られるのが好きじゃないからね。だから、ね?今は休んで。休んだ先はきっと慧君がそんなに望むようなモノは来ないと思うけど……でも、私は慧君を望んでいるから。だから、絶対に死なないでね。」
「……こ……の……」
仕返しは必ずするからなと弱々しく呟きながら、彼は目を閉じた。寝る時も相変わらずの無表情。でも、あれだけ言い返せたならばきっと大丈夫だろう。さぁ、私の血を与えたとはいえちゃんと治療してもらわなきゃいけないだろう。というかあれだけでは応急処置にしかならないので、もっと血液を与えないといけないだろう。
そうなると、もしかしたら私の事も話さなきゃいけないかもしれない。でも、そろそろ話そうかなと思っていたのだから、丁度いいかもしれない。
周りは慧君の戦いで少し固まっている。きっとこの戦いは誰にも理解できないモノだっただろう。私でも全部が全部理解できるものではなかった。慧君の怖い所を改めて見せられた。でも、別にそれで態度を変えようとは思わなかった。
理解も予測も出来はしなかったけど、でも、想像はしていた。きっと慧君は怖い人だという事を。でも、それで良かった。だって、吸血鬼の隣を歩いてくれるんだもの。そんな人が怖くないはずがない。怪物と一緒に歩く存在はやっぱりバケモノが適任というのが定石だと思う。
きっと、これからもそうだろう。慧君の事を理解できず、恐怖する。あんまり好きな言葉じゃないけど、それは仕方がない事だと思う。でも、これは当たり前の事だと思う。だって、他人の事なんて完璧に理解できる筈なんてないのだから。
どんなに親しくても、どんなに愛し合っても、どんなに憎しみ合っても。相手の事を完璧に理解できるなんて事は残念ながらないと思う。それこそ相手の心を読む能力でもない限り不可能だ。
人はきっと一生他人の事を理解することは出来ない。それは吸血鬼や悪魔でも一緒。でも、だからこそ、寄り添うことは出来るだろう。同じになる事は出来ないけど、一緒にいることは出来る。慧君が契約で私を守ってくれるのならば、私は想いで慧君を守る。
それが私みたいな非力な存在でも出来る事だろう。そうして私は慧君を抱えて急いでクロノさんという人の所に走った。ただ、慧君の命を助けてもらうために。
あとがき
どうも、ようやくお爺さんとのバトル編が終わりました。
あんまり何話も続けたらグダグダになると思い、思い切ったら、何時もの二倍長い量になりました。
……
ま、まぁ、とりあえず楽しんでもらえることを祈ってます。
最初の加速魔法を集中力で何とか場所を予見したとかいうのがありますが、普通の人は絶対無理でしょうね。
音と一瞬の砂の動きで場所を確定するなんて何て集中力と書いている自分でもそう思います。
チートらしき能力が今のところない主人公の唯一のチート能力と言ったところでしょう。
とは言っても神速みたいに集中して場所を特定する前に攻撃するような最速攻撃には形無しですけど。
ちなみに作者の中では加速魔法は神速の三、四歩手前という事にしていますので、ご了承を。
後、後半でかなりチラリと瞳が赤く輝いているという事を書いてますが、この時、夜の一族の能力を使っているという事で。
具体的な事は次で言いますけど、とりあえず万能ではないという事で。
だから、最後に爆発から生き残ったのもちゃんとしたトリックがあるので。
後はこれだけで相手が怖がるものかと思う人がいると思いますけど、作者的にあんだけダメージを受けているのにそれをはっ?それが?的に行動してくる少年がいたら恐怖すると思います。
長々とした説明だと思いますが、一応作者なりの理由があるので出来ればそこらへんは菩薩のような心で許していただきたいと思います。
また、感想なども毎日楽しみにさせてもらっているので、遠慮なくどうぞ。
今の話の内容以外の事でも結構なので。
では、また次の話で。