チリチリと音が聞こえる。
ガラガラと崩れる音が聞こえる。
バチャと液体がぶちまけられる音が聞こえる。
一体何の音なのかさっぱり(さっぱり?)解らない。
そうやって自分に嘘をつくが勿論現状は変わらない。
意識は理解を拒むのに頭は意識を拒む。
チリチリという音。
それは炎が燃え上がる音。
ガラガラという音。
それは建物が崩れる音。
バチャという音。
明瞭だ。
どこにでもあって、そして必要なモノ。
ただの人の赤い血だ。
この数時間か、もしくは数分か。それとも数秒なのかもしれないが、その時間の間に随分見慣れてしまったものだ。お蔭で鼻とかが麻痺しているような気がする。
新鮮だったわけではないが、こうもずっと見ていたら流石に飽きてきたモノである。とは言っても、そんな風に言ったところで何かが変わるというわけでもないわけなのだが。
周りの風景も変わらない。ここはどこにでもあるようなデパートだ。いや、デパートだった場所と言うべきであろうか。少なくとも普通のデパートという所はここまで壊れていなければ、こんな灼熱地獄でもなければ、こんな阿鼻叫喚な地獄絵図でもないだろう。
炎は吹き荒れ、瓦礫は飾りの様にそこら辺に転がっている。そしてそれらを着飾っているオプションはただ一つだ。つまり━━━人間の死体だ。
そこには色んな人間の死体が転がっていた。
天井の瓦礫が落ちてきて、潰れた死体。炎によって焼かれた死体。将又は逃げようとして、同じ目的を持った人間の集団に踏まれて死んでしまったと見えるような可哀想な死体。
どっちにしろ結論は死んだという事。そういう意味ではここは平等なのかもしれない。
地獄の風景こそが平等というのは相当皮肉が籠っていると思える。そうでもしなければ人間は平等になれないのかと。
そこまでどうでも良い事を考えてふと思った
そういえば俺の両親はどこにいるのだろうかと。さっきまで一緒に……いたはず?だった両親はどこに行ったのだろうか?そう思いぼろぼろの体と意思を振り絞って首だけを何とか動かす。
右を見る。
そこには瓦礫が雨の様に落ちてきたのだろう。その瓦礫の雨を一身に受けた串刺しの刑を受けたかのような男の人。ブラド伯爵でもここまではしないであろうというぐらいの刺されようだ。お蔭でお腹から少し赤黒いものがはみ出していた。自分が父親と呼んでいた人だ。
左を見る。
左の方にはもろに炎の嵐を受けてしまったのか、人間としての原型は限りなく崩れていて、最早顔どころか、性別すらも解ることが出来ない状態の死体だ。肉が焼けた臭いがそれからするというのでいい気分がまったくしない。多分、俺が母親と呼んでいた人間のはずだ
さにあらん。
希望を思っての行動は無意味だと知っていたはずなのに。ここでは希望はあっても、その希望によって造られる現実(奇跡)はない。品切れ状態という者だろう。
そこまで考えてふと思った。何だか自分の思考が冷めている気がすると。それもそうだろう。これだけの地獄地獄を見せられてきたのだ。思考が覚めるぐらいしないともう正気を保っていられない。
否、そもそも、今の状態はもう正気であるのだろうかすらわからない。そしてもう正気にこだわる理由もないのではないかと思う。だって、どっちにしろ自分の命はそろそろ終わりだろう。
少なくとも救援が来ている様子は今のところ内っぽいし、自分の体はもう極限状態だ。とてもじゃないが立って歩いて何て事をする余裕なんて一欠けらもない。
あったところで体を動かす気力がもう存在しない。つまり、絶体絶命。もう少ししたら周りのモノと同化するだろう。今ここで生きている矛盾という者を消すために。
どうでもいいと心底そう思った。こんな状態の自分が生きていてもどうにもならないし、どうにか出来るとも思えない。地獄によって壊された人間は地獄に帰るのが定めだろう。
まぁ、簡単に言えばあるべき場所へ帰れという所だろう。まぁ、そんな事を言っても死後の世界に地獄という者があるのかは知らないけど。現実の世界にはこうしてあったけど。
はぁと本気で溜息をつく。溜息をつけた事に少し驚いた。それこそ本当にどうでも良い事だけど。
ぼんやりとした目で再び周りを見回す。変わらない風景。さっきまで生きていた何時もの光景をまるで異常だったと思ってしまいそうになる。それともその考えは正しいのだろうか。
思考がさっきから逸れまくりだと思う。こんなことを思ってもどうせ何にもならないというのに。
下らない思考はもう止めようと思う。とっとと寝よう。こんな風に思考を続けているからこんな風に生き続けてしまっているのだろう。体は疲れ切っている。ならば、体の力を抜き、目を閉じたらすぐに夢の世界に行けるだろう。それが悪の付く夢かどうかはさておき。
そうと決まったら有限……はしていないので無言実行でいいのかな?無言実行をしよう。体の力を抜き、目をゆっくりと閉じた。閉じていく風景は相変わらずの炎と壊れた建物の風景だったが。
これで眠れると思った。
………………………………
なのに望んだ瞬間は何時まで経っても来なかった。つい、それが冤罪だと解っていても思ってしまった。理不尽だと。他の人間はカタチはどうあれ眠っているのにどうして自分だけ眠れないのかと。
理不尽な今に理不尽な怒りが込みあがってくる。どこにそんな力があったのかと問いかけたくなるぐらい目に力が籠められる。冗談じゃない。これだけ理不尽な光景を受け入れているのにどうして終わりぐらい選ばせてくれない。
周りの終わりを選ばせて貰えなかった人たちの事を無視して考えてしまう。不遜な考えだが今、この瞬間だけ。ここにいる何もかもに殺意を抱いた。
ああ、もう
むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく。
こんなもの全て
■■してしまいたい━━━!
「その願い、叶えてあげましょうか?」
その瞬間。
目の前に立っていた。
さっきまでそこには何もいなかったのにそこに立っていた。
そこに立っているのは女性だった。年は14ぐらいの少女であった。髪は白で長く背中まで届くぐらいのロングヘア。身長は150~155の間くらい。
顔は可愛らしさと綺麗さを合わせた美を三個ぐらいつけてもいい造形だった。服装は何だか中世のお姫様が着てそうなドレスを真っ黒にしたものであった。
そして何よりも印象的だったものは、その瞳のアカさせあった。
炎よりも紅く血よりも朱いアカ。この地獄の中でも尚アカく輝いていた。
何故だろうか。
どこからどう見ても人間の美少女。しかし俺はこの少女を人間と定義するのは間違いだと本能的に思った。
何故だと思っていたら気付いた。
この場所、この地獄にあまりにも似合いすぎている。まるで地獄を住処にしているようなものだ。この美もそう異界の美。魔とも呼んでいいくらいだ。
美しすぎるものには魔が宿る。まさにその権化だ。こんなのは絶対に人ではない。
冗談のような存在だ。しかし、御伽噺というには禍々しいし、夢物語の存在というには穢れた存在に見える。かといって神様とかいうような感じではない。全くもって神々しさがないからだ。
むしろ、これは━━━
「その通りよ。察しがいいわね。私、悪魔なの」
それは簡潔に答えた。
非情に詰まらない答えだ。悪魔なんてそんなの今時の小説にさえ全然出てこない。大体悪魔と言うには外見が完璧に人間の姿じゃないか。まぁ、悪魔が人間の姿を取ってはいけないという法則なんてないけど。
まぁ、いいや。その悪魔様が一体何の用なのでしょうか?
「あら?呼んだのは貴方の方なのに。忘れたの?それとも━━━目を逸らしているの?」
知ったことじゃない。どっちにしろ俺はこのまま死ぬのだから。ああ、それともお前は俺を迎えに来たという意味での悪魔だろうか?それならばとっとと連れて行って欲しいものだ。強いて言うならばそれは悪魔ではなく死神の仕事ではないのかと思うが。
「ん?まさか。何で私が貴方を連れて行かなきゃいけないのかしら。むしろ、逆よ。貴方は生きてないと面白くないわ」
勘弁してくれと本気で思う。何が悲しくて悪魔なんかに気に入られなきゃいけないんだ。というか、悪魔なんておかしいだろ。きっと、これはそう。俺の死に際に見ている幻という奴だろう。
だとしたら何て変なものを俺は見ているのだろうか。少し自分の脳みそに疑問を抱いてしまった。見るのならばもう少しまともなものを見るべきだろう。家族との思い出とか。
皮肉にもならないけど。
話が逸れた。じゃあ、この自称悪魔は一体何の用で俺に会いに来たのだろうか?俺が呼んだとか寝言ほざいているけど、呼んだ覚えもない━━━あー、もしかしてあれかな。悪魔は魂を取るというからそれかな?とっとと死にたいとか願ったし。
「十点てとこかしら。願ったぐらいしか合ってないわ」
手厳しいと思ったがどうでもいいや。俺が願った?俺が願ったのは別に━━━早く寝たい、だけ、の、はず、だ。
「あら?現実逃避が早いわね━━━でも、駄目よ。許さない」
瞬間
空気が変わった。変わった原因は目の前の人間らしきものが笑っただけだ。何もおかしい事などしていない。なのに空気が変わった。笑みの形は三日月型。それは心底愉快そうに俺を見ている。
穢されたと思った。理由なんてない。ただ穢された。そう思った。
さっきまでピントが合っていないモノと話しかけている気分だったが、何となく理解してしまった。これは人間ではないという事を。考えればそうだ。こんな状態の場所にこんな美しい存在がいるはずがないのだ。
異常の風景に似合うのは異常な存在だけなのだから。
それはその笑顔のままこちらを見て、まるでとろけるような甘い声を出してくる。声だけ聴くとまるで誘惑してるみたいだ。
「よくもまぁ、そんな反吐が出るような願いを考えたわね。私ですらそんなもの、本気で願った事がないのに。精々面白半分なのに。真剣にそんな最低な願いを感じたのはこれが初めて。ふふふふ、嗚呼、本当に最高。悲鳴でさえそんなに甘くはないわ」
何を言っているのか全く理解できない。人語で話しているはずなのにまるで異界の言葉を聞いているような感じがする。さっきまで自分を狂っているとか思っていたが、とんでもない。
こんな所にいる事を当然としている生き物こそがまさしくそれだろう。俺はどっちかというとこうでもしないとタエラレナイと思ったから、思考が一時的にこうなっただけだろう。
でも、これは違う。
これは生まれついての■■だ。
関わってはいけないモノだ。関わった瞬間人生が終わるモノだ。
悪魔はただ嗤う。人の都合何て関係なしに。
「クスクス。これだから観察は止められないのよね。嗚呼、何て無様な人間。嗚呼、何て醜悪な人間。嗚呼、何て汚らしい人間。嗚呼、何て下らない人間。嗚呼、何て傲慢な人間。嗚呼、何て愚かな人間。嗚呼━━━何て美味しそうな人間。」
急速に恐怖が湧き上がってきた。余りにも遅い動き。どっちにしろ体は動かない。蛇に睨まれた帰るというのはこう言う気分なのだろうか。知りたくはなかった気分だ。
「あら?ようやく理解したの?ふふふ、可愛らしいくらい鈍感ね。本当に」
食べちゃいたいくらい━━━
ペロリと口の周りを舐めるその仕草は何て妖艶なんだろう。もう体は限界だ。こんな恐怖を覚えてしまったからか。さっきまで望んでいたモノが体を支配していく。意識が勝手の閉じていく。余りにも脈絡がない終わりだ。
閉じていく意識の中。悪魔の嘲笑が聞こえる。
「忘れないで。貴方はいずれ最低最悪な存在になるわ。■■にして■■の■■。■■にして■■。それはきっと傍から見たら凶悪なモノでしょうね。でも、忘れないで。私はそんな貴方を━━━心底■しているって」
声は虚ろに、姿は朧気に。何もかもがぼんやりとしていく。炎を彩っていた光景が闇に呑まれる。行先はどこに。それすらも闇の中。そして最後の言葉を聞いた。
「ねぇ、貴方の願いを叶えさせて?」
それは夢を見る少女のような声色だった。
「いい加減に起きなさい!風雷慧!」
その声で無理矢理起きてしまった。
一瞬の自分の喪失。そのあやふやさを心地よく思う。
数秒でようやく自分を取り戻す。
しかし今度は今の状況の理解が遅れている。
頭の理解の遅さを五感が自動的に補正する。便利な頭だ。
視覚は風景を。
嗅覚は人がいる証を嗅ぎ取り。
聴覚は人のざわめきを。
触覚は堅い木の感触を。
味覚は別に何も。
それらの情報を頭の中で整理してようやく今の状況を理解する。
ここは聖祥小学校一年の教室。時間は外を見る限り放課後だろう。じゃあ周りのざわめきはクラスメイトが帰ろうとしているからでであろう。昨今の若いやつらは落ち着きが足りないなぁと自分も昨今の若者だということはとりあえず棚に上げる。
そしてようやく本題?
俺を睡眠という名の安楽地獄から目を覚まさせた諸悪の根源の方を見る。
目の前にいるのは平均身長ぐらいのロングヘアな少女である。
しかしこの少女。他の子供と違って違う所がある。
それは金髪でつり目なところだ。
もう一度言う。
金髪でつり目なのだ。
サーヴィスにもう一度。
金髪でつり目なのだ。
自分のサーヴィス精神の大きさに自分でもびっくりだね。後五回ぐらい続けたいが話が進まないので仕方なく断念しようではないか。世界の修正に感謝するがいい。
アリサ・
「バーニング」
「そうそう、燃え上がる魂、熱き鼓動、進は紅蓮の道。その名はアリサ・バーニング!!ってアホか!」
素晴らしい。ここまで自爆してくれるといじめ甲斐があるというものだ。では続けようか。悪魔の加護の下で。
「すまない、故意だ」
「そう、それなら仕方ないわね。じゃあ私は寛容な心で貴方を滅殺するのが人として正しい判断かな」
おおっと、意外とアグレッシブな。
「すまない、恋だ」
「そう、それなら仕方ないわね。恋とはまさしく燃え上がるような想いだものね。それならバーニングと間違えてもってんなわけあるかい!」
しかし二度ネタは減点だな。まだまだツッコミの経験が足りんな。
「で、何の用だ。用がないなら帰らさせてもらうぞ」
「あんたのその一瞬の切り替えには私もついていけんわ。はぁ、一応の義務だから聞くけど一緒にかー」
「だが断る」
「なんで一瞬で断るの!」
「あ、アハハ」
いきなり声が増えた。
まさか。
「バニングス!ついに影分身の術を覚えたかっ。流石人外!」
「あんたの中での私は一体何に分類されてんのよ!しばき倒すわよ!」
「ははは、何に分類されているかなんて鏡を見給え。一瞬で理解できぐわっ」
「アリサちゃん!ダメだよ、ただでさえおかしい風雷君の頭を叩いたら更におかしくなっちゃうよ!」
「なのはちゃん、本音が漏れているよ」
仕方がないのでそちらを見る。
そこにはまぁ、バニングスと並ぶ美少女と呼んでいいだろう少女が二人立っていた。
一人は高町なのは。
身長は三人の中で一番小さく髪の毛は栗色でツインテールで束ねている。語尾になのをつける可哀想な人類だ。
もう一人は月村すずか。
身長はアリサと同じくらいの身長で髪の毛はカラスの濡れ羽色でストレートに下している。清純というのがよく似合っている女の子だ。
そして個人的だが俺は高町が苦手だ。
何故かというと。
「さぁっ、今日こそ名前で呼んで!」と強制してくるのだ。
もはやストーカーと呼んでもいいレベルだ。
なるほど。
「高町は変態だったのか……。まぁ、特別驚くような事ではないか」
「いきなり自己完結しないでなの!ていうかどうしてそんな結論に!」
「ああ、確かになのはのそれはもう呪いレベルだものねぇ……」
「ごめんね、なのはちゃん。フォローできないよ」
「いじめだよ!」
「「「Yes,correct!」」」
「ふぇーん!」
これが俺。
風雷慧の日常。
あの地獄から戻ってきた日常だ。
大切なものは地獄(あそこ)で失くしたが。
結局今日も高町ストーカーから難なく逃げて街を彷徨っている。いつも通り。俺らしく。断っておくが別に俺は高町自身を特別嫌っているとかではない。
……苦手にはしているが。
バニングスも月村もそうだ。
むしろ今の若者の事(自分も含めて)を考えると今時珍しすぎるタイプだろう。多分だがあいつらは他人のために命を張れる素晴らしい馬鹿だろう。人間としては最高クラスの人間だろう。
よくあんな希少種になれたもんだと度々感心する。よほどご両親の教育が良かったのだろう。
ん?
じゃあ高町の家族も高町みたいな性格をしているのだろうか?
………一家総出でストーカーか。いやらしい家族だ。
なるほど。確かに希少種だと改めて実感をする。個性が薄い俺から見たら憧れはしないが感嘆はしてしまいそうだ。心の中で自嘲する。
実際の顔の筋肉はまったく動かないが。
すると今日見た二年前の夢を何となく思い出す。
あの火災。
あの地獄。
そう
あの時。
あの場所は地獄であった。
生きる希望は光の速さよりも速くなくなり。
絶望は絶望しすぎて感じられなくなる。
否、絶望こそが当たり前だと認識してしまうが故に絶望を感じれなくなってしまう。
そんな地獄。
それが地獄。
その中から何を間違ってか生還してしまった。
本当に、本当に運よく助けが間に合ったらしい。奇跡だとよく言われたものだ。
だがしかし、しかししかし。
生還した少年は地獄を体験する前の少年ではなくなった、いや亡くなったと言った方が適格かもしれない。あの地獄を経験した後、もう既に俺は今までの俺ではなくなったからだ。
喜ぶことができなくなった。
怒ることができなくなった。
哀しむことができなくなった。
楽しむことができなくなった。
笑うことができなくなった。
つまり感情を表すことができなくなった。医者が言うには自己のショックで感情を出しづらくなったのだろうという一般論を言ってきた。別にそんな一般論は興味がない。
重要なのは治療法がないということだ。
当たり前だろう。
別に病気や怪我ではないのだ。治す方法なんてない。そして何より俺が治す気がない。治そうとする気力がそもそも欠落しているのだ。治るはずがない。
そう。
だから俺は理解できない。
何故高町はあんなに必死になって友達になろうとするのか。
まったく理解できない。
何で友達が必要なのだ。何で他人を信用しなきゃいけないのだろうか。まったくもって理解できない。あれなら殺人鬼の方が理解できる。
結局はそういう事だろう。
地獄から無事救出されたと思われた少年は実質命を救われた代わりに救われない生き物になったのだろう。
まぁ、こんな思考はただの被害妄想だろう。
考えるだけで馬鹿らしい。そう考えると自己嫌悪がふつふつと湧き上がる。
その自己嫌悪で思わず。
■■してしまいそー
一瞬の空白。
ついさっきまで何を考えていたのか思い出せなくなる。自分の迂闊さに自分で呆れる。
そう、確か夢の話だっただろうか。あの夢も別に久しぶりというわけではない。というか一週間に4、5回のペースで見ている。いい加減何度も同じ映画の同じシーンを見ているみたいで飽き飽きしている。
だが唯一気になるところがある。
あの少女。
人の形をした悪魔。
あの唇を三日月に歪めて笑うあの不気味すぎる笑み、あの嗤い方。
今でもはっきり覚えている。しかしあら不思議なことにあの少女はあれ以降一度も会っていない。やはりあの火災の中で現実逃避をするために自分が生み出したただの妄想の産物なのか。
だがそれにしてもだ。
あの悪魔の嘲笑は
嫌でも゛本物´だと実感させる。
自分でも馬鹿らしいと思うが思うことは止められない。
あれは悪魔なのだと。
人の魂を契約で貪り食らう化け物だと。
それ故に疑問がもう一つ残る。
俺は
俺はあの悪魔に対して何を願ったのだろうか?
その答えもあの地獄に置いてきてしまった。
知ろうにも覚えていない。
聞こうにもその対象がいない。
あの地獄の中、俺は一体何を願ったのだろうか。それが唯一の自分の目的かもしれない。
それを知ったら俺は。
変われるだろうか………?
答えは誰も知るはずがない。
それこそ悪魔の知恵がなければ。
……………………………。
いらないことを考えすぎたようだ。
目の前には図書館がある。丁度いい。暇つぶしに本を読もう。
そう思い目の前の建物に入ってく。
いつも通り。
適当に。
あとがき
前から気に入らなかったプロローグの大幅修正と第一話と第二話の合併です。
今度は注意されたように出来る限り…と━━━を減らし、文末に句読点をつけるようにしてみました。
これで大丈夫でしょうか……?
正直まだまだ不安です。