トレーズ・クシュリナーダとスタンリー・チャイルドとの会談から2カ月以上経った。
宇宙ステーションは一応の完成は見たが、肝心のガンダニュウム合金の製造は未だ完成してない。だが無重力空間での金属精製はガンダニュウム合金だけでなく既存の金属より優れたものを生みだすことができることが判明し、現在そちらも模索中である。
月面開発はまだまだ初期段階である。ようやく簡易基地の建設作業が始まったばかりだ。
宇宙開発が今まで進んでいなかったため、宇宙船の性能はお世辞にも良いとはいえない。ドクターJたちが作った小型高出力ジェネレーターのおかげで大分出力が上がったが、やはり月に行くまでの時間はかなりかかった。
しかしそれに見合うだけの資源が月にはある。地球には存在しない鉱物は、加工すれば現在地球にあるISの装甲を上回る可能性があると予測されている。(なお、作業に用いている機械はISの様なパワードスーツではなく、ブルドーザと人を組み合わせた様なマニュアル式の作業用機械<プチ・モビ>だ。ドクターJたちがパパッと作った簡単な代物である)
まさに宇宙は宝の山だ。普通なら他の国も介入してもおかしくないのだが、それは非常に難しい。
現在宇宙開発を行っているのは、エス・チャイルド財団とそれの資金援助をしているロームフェラ財団だけだ。
その2つの財団は世界でも並ぶもののない超巨大財団だ。両財団とも諸外国に多大な影響力を持つ。
エス・チャイルド財団はアメリカ大陸とアジアの一部を、ロームフェラ財団はヨーロッパ諸国を中心に強い影響力を持ち、各国のIS開発は大なり小なり両財団に資金援助をしてもらっている。
資金援助はIS開発だけでなく、あらゆる面で行っているため各国は財団に逆らうという選択肢を取ることは立場上非常に難しい。
金も莫大に消費する上に、財団への印象を悪くしたくない各国は独自に宇宙開発を行うことはできなかった。
もちろん両財団、ひどかったのはヨーロッパのロームフェラ財団だ。しかし両財団に探りを入れる者は民間企業に存在したが、上手くいかなかった。
そのことを予測していた両財団は財団の構成員をあらゆる所に配置しており、不審な動きを見せたものは捕えられていった。
特に一国ずつの力が強いヨーロッパをほぼ抑えられたのも、ロームフェラ財団のある男に忠誠を誓う者たちが各国に散らばっていたのが大きかったようだ。
捕まった者は手酷い目に合わされ、その惨状をわざと確認できるように情報を微妙に漏らしたりするなどの情報操作を行っていた。
それにより探りを入れる者たちはいなくなり、今まで通り第3世代型ISの開発を進めることになった。
だがそれらは第3世代型の開発が難航しているからこその調査であり、現在は収まりを見せているトールギスのデータの奪取だったのだ。
TVやインターネット、雑誌などといった様々なメディアによってトールギスと男性パイロットのブラッド・ゴーレンは今や世界中で知られるようになった。
人類の半分は男性であり、トールギスの人気は止まることを知らなかった。彼とトールギスは女尊男卑を打ち破るために必要な、男性にとっての希望なのだ。
だからトールギスがいるユーコンが襲撃されたというニュースは大きな話題を呼び、それに対するデモが世界のいたる所で起きたのだ。
民衆の力というものは大きいものだ。普段世の中を収めているのは一部の人間だが、世の中を動かすのは民衆なのだ。
トールギスのデータを手に入れたい各国と軍事企業の上層部であったが、仮に手に入れても民間の反発は目に見えていた。民主主義をとっている国家にとって支持率低下は避けたい故に、トールギスから手を引く他なかった。
また国の力そのものであるISを数機送りこんでも、その悉くが撃破されISコアがアメリカに取られていくことは非常に問題だった。
ただでさえ一国につき10個前後しか持つことができないISコア(しかも研究用や訓練機用もあるので実際に実戦投入できるISの数はさらに減る)を奪われるのは非常に痛い。
それ故に襲撃は出来て1回、無理して2回が限度なのだ。しかも襲撃に使ったパイロットも国家代表ほどではないが、代表候補生並の実力を持つ者まで投入して全機撃破という失態をさらしたのだ。
これ以上人材、物的資材を失うわけにはいかなかった。
極秘に襲撃犯に加わっていたフランスのデュノア社はこの案件に手を引き、デュノア社の社長は息子の様な娘…じゃなかった、娘の様な息子をIS学園に送ることを決定した。
その狙いは世界で二番目に出た男性ISパイロットである織斑一夏のデータ収集だ。彼はトールギスより価値は大分劣るとはいえ、十分すぎるほどに利用価値はある。
そういった考えの者たちが何人か出始めているが、そんなことはちっとも知らずに呑気に授業を受けている織斑一夏であった。
● ● ●
「トレーズが生きていたとはのぅ。しかもロームフェラ財団とは、皮肉が過ぎるな」
「あのー……皆さんはトレーズ・クシュリナーダとはお知り合いなのですか……?」
「まぁ、そんなところじゃな」
お前ら未来からきたはずなのになんで知り合いが他にいるんだよ、と突っ込みたかった。
だがこの老人たちがまともな答えを返してくれないことは出会ってから数カ月一緒にいる科学者には分かり切っていたので、あえて突っ込まなかった。
トレーズ・クシュリナーダからの伝言は約束通りドクターJたちに伝えられた。
ロームフェラ財団幹部からの伝言がエス・チャイルド財団代表直々に通達されたのだ。直接通達を頼まれたユーコンの上層部は顔が面白いことになったという。
トレーズ・クシュリナーダが生きていたことにドクターJたちは多少なりと驚いていたが、彼らの関心はそこではない。
「あちらもガンダニュウム合金を手に入れたがっているか……当然じゃな、こちらの金属のままじゃ満足のいく装甲なんて作れるはずもない」
「なにせリーオーの装甲より遥かに劣るからのぅ」
「しかもビル……人型機動兵器の核融合炉まで渡すとな、バカなことをしたものだ」
「奴はMDを否定しているらしいから、ビルゴが量産される心配は恐らくないだろうがな」
問題なのはトレーズがガンダニュウム合金とビルゴに搭載されていた核融合炉を入手したということだ。
彼はさすがに1人ではなかったが、自力でドクターJたちが作り上げた最高傑作であるウイングゼロに匹敵するMSであるガンダムエピオンを開発した過去がある。
しかも彼自身ガンダムパイロットと互角の操縦技術を持つのだ。もし彼がエピオン並のMSを作って自身が搭乗した場合、今のトールギスでは絶対に勝てないだろう。
そもそもMSとしてトールギスとガンダムエピオンは性能差がある。
加えて今のIS版トールギスとエピオンでは動力炉のせいで出力に差がありすぎるし、パイロットの腕にも差がある。直接戦ったら、まず勝ち目が無い。
もしMSのウイングゼロを作ったとしても、この世界の兵器とは全く操縦系統が違うため乗れるパイロットが皆無だ。一からパイロットを育てる時間も、それにふさわしい者もいない。
つまり手詰まりというわけである。
「まぁ今はできないことよりガンダムを優先すべきじゃな」
「うむ、今『おーい、爺さんたちいるかー?』ってなんじゃ、ディルムッド?」
片手を上げてやってきたのは、先日ユーコンに到着した新型のパイロットであるディルムッド・フォーラーだ。その明るい性格で普通なら避けるであろうドクターJたちを「爺さん」と呼んでいる。
ユーコンの科学者たちはその呼び方はまずいじゃないか、と思い止めようとしたのだがドクターJたちも満更でもなさそうなので、周りは何も言わなかった。
「いやぁ、俺のデスサイズヘルはまだできねぇのかなって聞きにきたんだけどよ」
「デスサイズヘルが一番開発が進んでいるが、それでも完成度は80%だな。まぁ後はバスターシールドの取りつけとお前に合わせるための微調整だけだがな」
「マジか!いやー、楽しみだなぁ」
そう言ってディルムッドはガンダム4機が置かれているハンガーに目を移す。
自身のISになるであろうガンダムデスサイズヘルは、その機体の両肩から前後4枚の黒い羽根のような装甲が肩上部にあり、全体が黒で染められている機体の姿は悪魔を想像させた。
その4枚の装甲は<アクティブクローク>と呼ばれ、収納時は胴体前後を覆うものだ。前面には<プラネイトデイフェンサー>の応用であるフィールドジェネレーターを搭載し、強力な電磁フィールドを発生させる。さらに耐ビームコーティングを施したガンダニュウム合金製<アクティブクローク>はIS版トールギスの最大出力のD・B・Gをも防ぐほどの防御力を発揮する。
デスサイズヘルのバックパックから頭部の横に出ている装置は<ハイパージャマー>と呼ばれる電子戦用装備だ。強力なECMを発生させ他機のカメラやレーダーといった電子機器をほぼ完璧に無効化する能力があり、他機からは姿が消えているようにしか見えない。
しかしただ姿を消せるというのならISにも標準装備されているが、デスサイズヘルは“姿を消しながら攻撃できる”のだ。ISはその特性上攻撃する際はステルスを解いて姿を見せなければならないが、デスサイズヘルはそうではない。
それを聞いた科学者たちの驚きっぷりと言ったら、ガンダムのパイロットなのに生身で16mのMSを素手で倒したり、蹴りで高層ビルを真っ二つにしたり、仕込杖の刀で2階建てのバスを真っ二つするのを見たときに匹敵するものであった。
「でもISは顔を晒していることが多いから、関係ないんじゃないか?」と思うかもしれないが、実際ISは<ハイパーセンサー>という機能を通して視覚を強化しているのでデスサイズヘルの<ハイパージャマー>は有効である。
さらに胸部にある肋骨状の増幅装置<リブジャマー>により幻惑効果が高められている。
そんな防御とステルスに関しては非常に優れたデスサイズヘルだが、攻撃に関しては非常に癖のあるものが揃っている。
ツインビームサイズにバスターシールド、頭部バルカンといった武装で遠距離に対応できる武器はバスターシールドしか存在しないのだ。しかもツインビームサイズは鎌であるため切り合いには適さないのだ、そういった意味で非常に扱いにくい。
とはいえ総合的な性能はトールギスを上回るほどのものであり、完成度80%の現時点でも存在するISを超える性能を誇っていた。
これほど短い期間でここまでできた理由は、以前デスサイズヘルを開発した際ドクターJたち5人のみでロームフェラ財団に見つからないように行っていたが、今回はユーコンの科学者を加え資材も手に入りやすいからである。そうでなかったらここまで早く新型ができるはずもない。
「でもここってよく襲撃されるんだろ?最近は減ってきてるみたいだけど、早めに完成させた方が良いじゃねぇのか?」
「焦っても仕方あるまい、残りが微調整だけとはいえ現状のままでは戦闘を行うには不安定だからな。ましてやお前はISでの実戦経験がないから余計じゃな」
「まぁそうなんだけどよ……」
確かに兵士としての能力は高いディルムッドだが、ISでの実戦経験がない。そのためにデスサイズヘルの性能を引き出せるかどうか不安ではある。が、それは以前のブラッドも同じであったので、今ディルムッドはトールギスで訓練を行っている。(全開で機動を行っていないので病院送りにはなっていない)
「ところで他の機体とパイロットってどうなってんだ?」
「ふむ、機体に関して一番完成度が高いのがデスサイズヘルで続いてヘビーアームズ、サンドロック、一番遅れているのがアルトロンじゃな」
実際はヘビーアームズとサンドロックに開発の差はそれほどないが、アルトロンとは差があった。
アルトロンは他の3機よりも特殊な武装が多く、それに手こずっていた。
アルトロンの武装は両腕が龍の様な頭で伸びてくるドラゴンハングに、ドラゴンハングに内蔵されている火炎放射器。ツインビームトライデントは柄の両端から三又槍のビーム刃を出す。背部に搭載された尻尾に見えるのは2連装ビームキャノンであり、尻尾に見える部分は多関節アームになっているので様々な方向に射撃が可能である。
左肩に装備されたアルトロンシールドは特に特殊な機能はないが、少々小型の円型シールドで縁が鋭利であるため投げつけて攻撃もできる。ガンダニュウム合金製なので中々の攻撃力である。
最後に頭部バルカンであるが、これは4機のガンダム全てに搭載されているため特徴的ではないが、それ以外はガンダムの中でも特殊な武装を備えている。
全く関係のない話だが、ガンダムは全機とも癖が強い機体であり普通のパイロットでは効果的な運用はできず、トールギスほどではないがやはりパイロットを選ぶ機体であった。
しかしこれはドクターJたちがユーコンの上層部の要望に応えた代物であり、また彼らは扱いやすい機体を作るつもりは毛頭なかった。
「パイロットの方はもうすぐ到着予定です。こちらがパイロットのデータです」
横にいた科学者がレポートをディルムッドに差し出してきた。随分と準備の良い男だな、と思いながらディルムッドはレポートを捲っていく。
「中国系アメリカ人でエス・チャイルド財団の出資者の息子の龍 書文と元戦闘機パイロットで射撃の名手のアイオリア・バーガンと同じく元戦闘機パイロットのシオン・オリバか……って、この龍ってやつ大学出たばっかりなのかよ!?軍人でもないのに使えんのか~、こんな奴?」
そもそも軍人から見ればIS学園で訓練された後、軍や企業でISに乗る若い者が増えているが、正直軍人をしては問題がある者が多いため現場の者からすれば止めて欲しいというのが現状だった。
いくらIS学園で軍の訓練の真似事をしたところで、本職の軍人から見ればぬるま湯以下である。
しかもそういった者が軍に入るとISが乗れるというだけで男の上司に反抗してくる女軍人になったりしているのだ、現場の人間としては良い迷惑である。(もちろんその後きっちり地獄の罰を与えておいた)
例としては中国代表候補生の鳳 鈴音が鈴音のIS学園行きを渋っている上司の目の前で、腕にISを部分展開させて脅しとして壁を思いっきり殴ったという報告がある。
訓練を受けている者でさえこうなのだ、碌に訓練も受けていない者を新型のパイロットに選んだことにディルムッドは不満の声を上げた。
「確かに彼は財団の関係者です。しかし彼は幼少の頃から出資者でもあり軍人の父から訓練を受けており、戦闘機などの兵器の操縦技術や格闘能力、機械工学などあらゆる能力が非常に高度なレベルにあるそうです。特に格闘能力に関しては、今まで負け知らずだそうです」
龍 書文は無手の闘いが得意であるが、武器の扱いも精通しているらしい。噂ではその強さは裏社会にも顔が利くほど凄まじいものだそうだ。
「彼は大学を卒業したばかりで、研究員でもやっていけるほどらしいのですが本人がパイロットを希望したそうです。いろいろ手続きがあるのでもう少し来るのに時間はかかるそうですが」
「他の奴らもか?」
「はい。あなたと同じく引き抜きがほとんどです。あなたの場合上司の方が簡単に了承してくださったので特別早かったのです」
「まぁ俺の場合、厄介払いに近いからな」
他の者たちはともかく、ディルムッドの場合よく女軍人と揉め事を起こしてその度に営倉に入れられていたので、上司としては良い厄介払いだったのだろう。
「フン、未熟な兵士を乗せることが前提の兵器など無用じゃな。ところでブラッドの奴はどこいった?今日は姿が見えんが」
いつもならトールギスの整備を手伝っているブラッドの姿が見えないことにドクターJは疑問の声を上げる。
それを聞いたディルムッドはニヤついていた。
「ブラッドの旦那か?今日はお楽しみ、ってやつだよ……爺さん」
「ほぉ、奴は女嫌いだと思っていたんだが……」
「女によるんだろ?」
「それもそうじゃな」
老人と一緒になってニヤついているディルムッドの姿は、祖父と孫のようでもあった。
● ● ●
駅の外にある大きな石造の前で黒髪の女性が立っている。誰かと待ち合わせなのだろう、頻りに左手につけている時計を気にしている。
彼女の容姿は美しいというよりは、可愛いといったものだ。薄い青のブラウスに同じ色で膝くらいのスカートとシンプルであったが、それが彼女の可愛さを引き立たせていた。
本人は自分の容姿を子供っぽいと思い込み悩んでいるようだが、彼女の友人からすれば贅沢な悩みだ、と思われている。その最大の理由は服の上からでも十分にわかるぐらい大きい胸である。
本人からしたらあまり大きくない方がいいのだが、それを友人に言ったら
『ねぇ、それ私に喧嘩売ってるんでしょ?そうだよね、ねぇ!』
と物凄い形相で言われ、逆卍固めをくらったのは嫌な思い出である。(ついでに友人はその技を日本の後楽園の地下で見て会得したらしい)
今日の服装も友人に手伝ってもらった物であったが、シンプルすぎるし若干胸元が見えてしまうしでダメなんじゃないか、と友人に言ったのだが「大丈夫!」としか言ってくれなかった。
変に思われたら嫌だなぁ、とか褒めてくれるかなぁなどと色々考えていると、2人組の男が近寄ってきた。
「彼女、1人?」
「暇だったら一緒に遊ばない?」
「え、人を待っているので……ごめんなさい」
いわゆるナンパであったのだが、彼女―ヒヨリ・カザネ―は即座に断った。こう見えてヒヨリはこういうことははっきりと断れるタイプだった。
「あ、友達?だったら一緒に遊ぼうよ!」
だが1回断られたくらいで諦めるわけはない。今は女性に可愛がられることで地位を保とうとしている男が多いが、彼らは純粋に良い女に声をかけて「上手くいけば儲けもんだ」とぐらいにしか考えていない。
もっと強く断らなきゃ、とヒヨリが口を開こうとしたのだが、その前に1人の男が近づいてきた。
「悪いが彼女は私と2人で行動するのだ。退いてもらいたい」
サングラスをかけた薄い金髪で長身の男だった。その姿を見たヒヨリは、ぱぁっと表情を明るくする。
「なんだよ、野郎付きか」
「行こうぜ」
男がいると分かった途端、彼らは引いていった。悪い人間ではなかったことにヒヨリはほっとして、やってきた男に振り返る。
「ありがとうございます、ブラッドさん」
「いや、私の来るのが遅れてしまったのが悪かったのだ。すまないヒヨリ」
「い、いえ、私が来るのが早すぎたんです。謝らないでください」
頭を下げたブラッドにヒヨリはワタワタと手を振った。
実際ブラッドは約束の時間には遅刻していない。むしろ30分前に着いたのだが、ヒヨリは約束の時間より1時間早くやってきたので、結果的に遅くなってしまっただけだ。
「君がそう言ってくれるなら、それでいいか。では行こうか、ヒヨリ」
「は、はい……よろしくお願いします」
「こちらこそだ」
ディルムッドがお楽しみといった理由……それは、ブラッドがヒヨリに会いにいったからであった。
「すいません、無理にお会いしたいなんて言って……」
「いや、こちらもようやく休みがもらえたからな。ちょうどよかった」
正確に言えば今回誘ったのはヒヨリの方からである。
ブラッドがアメリカどころか世界の有名人になってしまったのを知って、このまま自分との繋がりが無くなってしまうのではないか?と考えたヒヨリは電話を使いその場の勢いで誘ってしまったのだが、ブラッドはこれをあっさりと誘いを受けたのでヒヨリはしばらくの間放心していた。
ちょうどヒヨリから電話をもらった時、一応襲撃は収まっていたしディルムッドがユーコンにやってきたのでブラッドは休暇を与えられたのだ。
ブラッドは自分からヒヨリに連絡を入れようかどうしようか悩んでいたのだが、ヒヨリの方が一歩早く、嬉しさ反面情けなくもあったのは本人だけの秘密である。
ついでにどこから嗅ぎつけてきたのかは不明だが、ディルムッドがヒヨリのことを根掘り葉掘り聞こうとしてきたが華麗にスルーして今日はやってきたのだ。
で2人がまず足を運んだのは映画館である。表情の硬いヒヨリ、ありきたり過ぎたかと内心心配しているブラッド。
20代前半という盛りのときに女嫌いになった彼は、10年以上デートらしいデートなんてしてこなかった。しかもブラッドとヒヨリは10以上も歳が離れているため、ジェネレーションギャップがあるんじゃないかと彼は思い込んでいた。
実際ヒヨリはブラッドと実質デートしているという緊張と、何やら周りから感じられる視線のせいで表情が硬くなっているだけなのだが。
しかしそこは最近トールギスの速度と敵機の撃墜スピードにあやかって“ライトニング・バロン”<閃光男爵>の二つ名をもらった男、判断は早かった。
軽く彼女の手を握って、映画館に向かって足を進めた。「あ……」という声がヒヨリから漏れたが、彼女はしっかりと握り返して、ブラッドに寄り添うように歩いた。
最近の映画はウケているのは男性パイロットのロボット物が流行っていた。まぁどう考えても、トールギスの影響だろう。迫力の戦闘シーンは評価が高く、何より主役ロボットがトールギスに似ているというのが大きかったようだ。
最初の計画ではヒヨリの要望から恋愛映画を観る予定だったのだが、ブラッドはそのロボット映画のチケットをわざと買ってヒヨリに渡した。
「あのブラッドさん、これ見る予定の映画とは違いますよ?」
「ヒヨリはさっきからこれを見たそうにしていたからな。嫌だったかな?」
「み、見てたんですか……」
「まぁ結構な回数で見ていたからな」
「……恥ずかしいです」
ヒヨリがチラチラと看板や広告を見ている姿を見ていれば分からないはずはないのだが、気付かないのは本人だけだということだ。
「それに私のトールギスにどれくらい似ているのか、気になるしな」
ブラッドはサングラスを取って少年のように笑いながら、そう言った。
2人が指定席で座って待っていると「おい、あれって……」「まさか彼女いたの!?」といった声が聞こえてくる。ブラッドはこういったことは10年前にもあったので特に思うところは無いが、ヒヨリは慣れておらず恥ずかしそうにしていた。
そして肝心の映画の内容といえば
「確かに評判通り面白かったが……私は最初からあんなに乗りこなしていなかったな」
「そうなんですか?……もしかして、病院に来てたのって……」
「そこの辺りは内緒だよ、ヒヨリ」
ブラッドはにこやかに笑ってヒヨリの言葉を遮った。わざわざ怪我をしていたことなど言う必要もなかったし、カッコつけたいという気もあったからだ。
そう言うとブラッドは先ほど買った缶コーヒーを口にする。2人は昼食を終えて、外をブラブラしている途中だ。
「すいません、映画代どころか食事代もおごってもらって……」
「いや、君に払わせるわけにはいかないだろう。それにユーコンにいってから金は溜まるが使い道がなくてね、心配しなくていい」
「でも……」
それでもヒヨリは少し不満を顔に出していた。ブラッドはそれを見て苦笑しながら、彼女を納得させるために口を開く。
「それなら、私を誘ってくれたお礼というのならどうかな?私は君が誘ってくれて嬉しかったのだ、これくらいはさせてくれ」
「あ……わ、分かりました……」
「(我ながら似合わない気障ったらしいセリフだな……若干恥ずかしいぞ)」
少し恥ずかしそうに俯くヒヨリを見て、ブラッドは背中が痒くなったような気がした。第一こう言うセリフを吐くのが似合うのは私ではなくディルムッドだろう、と内心呟いていた。
「ところで次はどうしますか?」
「そうだな……じゃあ―」
自分の考えを言おうとした瞬間、ブラッドは体に電流が走ったような感覚に襲われた。
咄嗟に懐に入れた銃を取り出そうとして、何とか思いとどまる。「どうしたんですか?」とヒヨリに声をかけられるが、「ああ……」と返事にもならない返事しか返せなかった。
ここは危険だ。そう頭で理解したブラッドだった。しかし、その前に1人の少女が彼らの傍に近づいてきた。
「失礼。貴様はブラッド・ゴーレンだな?」
「……そうだが」
そこに立っていたのは15~16歳の日本人の女の子だった。黒髪をショートカットにした姿は、美少女と言って差し支えない容姿である。
だがブラッドはいつでも銃を抜けるように体勢を作る。彼は理解していた。目の前の少女が招かねざる客だということを。
「貴様の機体、頂くぞ」
そう、少女は呟いた。