『11時の方向、熱源探知!高速で接近中!』
『モニター確認』
『映像、出ます!』
白を基調としたトリコロールカラーの戦闘機が人型へと変形していく。全てが人型へと戻り、緑の丸いコックピットブロックが光り輝いた。
もはやそれは人々の恐怖を煽るものでしかない。
「ガンダムのパイロット、直ちに機体を降りて投降しろ。さまもなければ撃墜する!」
一番階級の高いラウラが投降勧告を行う。むろんこれは軍人としての責務であって、やらなくてはならないからやっているだけだ。本心は別であるのは言うまでもない。
「ずいぶんと予定より多いが、むしろちょうどいい……その方が見せてくれるだろうからな」
「(見せる……?一体……?)」
最後の見せるという言葉に、ラウラは引っかかりを感じた。それが見たいだけのために、今までの惨劇を起こしたというのか?
いや、とラウラは思考を切り替える。理由などどうでもいい、自分は軍人としての役目を果たすだけだ。――――それに、個人的にガンダムは嫌いだからだ。
「全機!攻撃開始!!」
一か所に固まらず、今までの戦闘でツインバスターライフルの直径から数機分入いらないような位置から攻撃を開始する。
「各機散開!ついてこい、ラム、ケル!」
「了解!」
「了解です、隊長!」
ヤーザの声に各機が散らばり、ヤーザの後ろに同じハンブラのパイロットであるラム・ケルが続く。その機動はブースターの光の尾が彗星の様に伸びていくようだ。その機動と行うと共に背部ビームキャノンを展開させて連射する。
対するウイングゼロは肩のサブスラスターなどで銃火器から放たれる死の線を軽く避けていく。まるで雨の中を傘もささずにはしゃぐ子供の様な軽快さだ。
「そうだ、もっとだ……もっと来い!」
「ライフルを集中的に狙え!」
ヴァンの挑発とも取れる言動に動じることなく、ラウラは命令を下す。ツインバスターライフルは強力無比である故に、それを失えば遠距離での攻撃力を著しく低下させることができる。当然と言えば当然の命令だ。
だが元々の性能差のせいで完璧に攻撃を封じることは非常に難しい。
この場にいるどの機体よりも高い推力が、ウイングゼロのウイングバインダーから白い光となって放出される。
『は、速い!?』
それはこの場にいるパイロットのほとんどの視線を振り切るほどのものであった。そのまま上空に位置取った体勢で、ウイングゼロはツインバスターライフルを発射する。
斜め地上に向けて撃たれた閃光は2機のISを飲み込む。
ISが配備されてから戦死者を出したことが無い彼女たちは、仲間だった者たちが死んでいく様を見せつけられ悲しみを叫ぶ。
もちろん全員ではない。だがそれは圧倒的な隙であった。
だがしかし――――ヴァンはそれを眺めていただけだ。そう、ただその様子を眺めていただけで、止まっていたのだ。
「正気かぁ?!」
その声はウイングゼロの後ろからであった。青一色で染められた機体を駆る女、ヤーザがビームサーベルを振りかざしているのをようやくヴァンは認識する。
「なにぃ!?」
しかし驚いたのはヤーザだ。攻撃されたと認識されてからのウイングゼロの反応速度は尋常ではなかった。
振り返りながらシールドでガードすることにより、ビームサーベルの斬撃を防ぎ切る。シールドもガンダニュウム合金でできているそれは、ビームサーベルの焼け跡さえもつくことはない。
「このパワーは……っ!」
あらゆる面でハンブラを上回るウイングセロの圧倒的なパワーは一瞬で均衡を崩す。
「そらぁ!」
しかしその崩れた瞬間、傾いた体勢を利用してウイングゼロの頭部に蹴りをかました。あえて蹴ることでピンチを脱したのだ。
少し体勢を崩したウイングゼロへ追い打ちとして放たれる第2世代型ISの収束誘導弾は、後退しながらマシンキャノンをばら撒くことで撃ち落とされていく。
そして爆発。白煙がウイングゼロを包み込み、破壊されたかどうかが確認できない。普通のISならば撃破するには過剰な攻撃であったのだが。
「効いたか……?いや、全機回避だ!!」
一瞬の判断の後に出されたラウラの指示に、同じ部隊の者と勘の良いパイロットは急速に回避行動を取った。
瞬間、黄色のビームが2体のISを捉え消し去る。また命が消え去った。白煙から出現したライフルを構えているウイングゼロは無傷であった。
「まさか誘導弾を全部避け切るとは……!?」
「化け物め……!?」
想像以上の戦闘力を誇るウイングゼロに戦慄するパイロットたち。
ラウラもこのままの戦闘を続けていては万が一にも勝ち目は無いと悟る。全滅は避けられないだろう……自力に差があり過ぎるのだ。
「(もっとも危険なところに活路がある……そうですよね、織斑教官)」
手段は選んでいられない。ラウラは強攻策を取る他ないと判断した。
「……突撃する。各機、援護しろ」
「危険です隊長!単騎で特攻など!」
副官のクラリッサはラウラに制止の言葉を投げかける。だがラウラはより一層眉を吊り上げた。
「特攻ではない!これは勝利のための……!」
フルブースト。言葉を最後まで紡ぐ事無く、ラウラはウイングゼロへ突撃する。
ラウラの意図を汲み、ラウラの道を作るために各機から放たれる絶え間ない弾幕の中、ウイングゼロは被弾無く、ツインバスターライフルを低出力で連射することで1機2機と冷静に撃墜していく。
「そうだ、私をもっと追いつめてみろ……!」
ヴァンは自分に言い聞かせるように、コックピット内でそう呟いた。
ウイングゼロの戦闘能力の高さは武器や機体性能だけではない。もっとも大きな点はISコアの未解析部分にある戦闘予測システムであろう事は、ヴァンもいくつかの戦闘で掴んでいた。
戦闘時に発動するそのシステムは直接パイロットの脳に作用し、相手の動きを見せてくれると共に、もう1つ特殊なことが発生する。
「パイロットがある一定の段階まで戦闘を続けると“あれ”が起こるはずだ……!」
パイロットの周辺が黄色く輝くとき、ウイングゼロは戦闘に全く関係ない幻の様なものを見せるのだ。それを何度か体験はしているが、未だに全貌は掴めていない。
だがもう少しで理解できそうなところまでヴァンはきていた。
だからシステムが発動するまで戦闘を続ける必要があった。そのためならば何を犠牲にしたとしても、もう彼は何も気にしていない。あるのは解析したいという欲求だけだ。
ヴァンは突撃するラウラへツインバスターライフルを、最大出力では無いにしろIS1機は呑み込めるほどの大きさのビームを発射する。
「なんとぉー!!」
ラウラの行動はほぼ野生の勘に近かった。回避行動と共に、左肩に搭載されたプラズマレール砲が発射された反動でビームのプラズマ波のみ右肩に掠っただけですんだのだ。
右肩に搭載されたレールカノンは完全に破壊されたが他は無傷であり、既にそこはラウラの距離だ。
そう、ラウラの専用機で第3世代型ISシュヴァルツア・レーゲンの最大の特徴である停止結界<AIC>の範囲内だ。
「止まれぇー!!!」
「何!?」
ここで初めてヴァンが驚愕の声を上げることとなる。
接近したラウラの頭をシールドの先で貫こうとした、その数cm手前でウイングゼロはその動きを止めた。否、“止められた”のだ。
「撃てぇー!!」
ラウラは命令を叫ぶ。
現存する通常のISならば、残っているIS部隊の砲撃の直撃を食らっても、絶対防御で生き残ることができる。
このまま攻撃を集中させれば、余波でも間違いなくラウラは戦闘不能になるだろう。だが死ぬことは無い。ただISのエネルギーが0になり、ISが解除されて生身になるだけだ。
故に手加減なし。文字通り、全力で全てのISは攻撃をウイングゼロに集中させた。
連続する凄まじい爆音。ウイングゼロとラウラが火球に包まれ、瞬く間に広がっていく。
攻撃が数秒続くと、ラウラが爆発の煙から地面へと落下し始めるのが確認された。すると黒ウサギ隊の1機が救出に行き、ラウラをキャッチした。
「すまない、助かった……」
「いえ、お怪我が無くて幸いでした」
幸い、ラウラに大きな怪我はないようだ。1分近く続いた砲撃の煙はウイングゼロの位置が確認できなくなるほどであり、全てのISはようやく攻撃を停止した。
「これならば例えガンダムといえど……」
「ああ、終わりだな……」
だがラウラはどこか引っかかっていた。
自身を納得させる理由は持っていない。説明はできないが、引っかかっていたのだ。
煙が徐々に晴れていく。晴れていくたびに、その場にいるISパイロットたちは一部を除いて顔を青ざめ、震えだす。
「どうやらウイングゼロの装甲に対しては過小評価だったようだな」
―――無傷だった。
口元を釣り上げ、ヴァンはそう呟いた。そう、ウイングゼロはほぼ無傷の状態でその場に佇んでいたのだ。
確実に葬れるであろう攻撃を加えたのにも関わらず、全く通用しなかった事実はパイロットたちの心を挫くのには十分すぎるほどであった。
「気を抜きすぎだなぁ、ガンダム!!」
瞬間、ヴァンのコックピット内が黄色く光る。
その直後、右後方から迫る海ヘビの先端部分を肩のスラスターを吹かせることで避ける。
がしかし、右足に別の海ヘビが絡みつき、一瞬だが動きが止まったところで右腕・左腕と別の機体からの海ヘビが絡みつく。
「海ヘビの電撃を味わいなぁ!」
3体のハンブラから電撃が流れる。電子機器はもちろんのこと、パイロットを直接殺すにはうってつけの武装である。
「終わりだな、ガンダム!」
「機体はそのまま、パイロットには死んでもらう!」
「がぁぁあああー!!!」
ラム・ケル2人の言葉と共にヴァンの絶叫が響き渡る。いくらガンダムの装甲が強靭であろうとパイロットは生身の人間。
しかも元々ヴァンは特に鍛えたわけでもない素人、普通のパイロットより殺すのは簡単だろう。
再度ヴァンの周囲が黄色く光りだす。だがこれは未来が見えたわけではなく、ヴァン自身の脳に変化が起こっていた。
何故ISを操縦したことも無く、碌に体も鍛えていないヴァンがトールギスを超える性能のウイングゼロを操縦できるのか他の人物にはわかっていなかった。
トールギスの時点でパイロットに過剰な負荷を与え死に至らしめる性能を誇っていたが、ウイングゼロは全ての点において遥かに超える性能を持っていた。
優れた身体能力を持つブラッドも最初は病院送りになったトールギスよりも上であるにも関わらず、ヴァンは何度も戦闘を重ねても怪我らしい怪我は無い。
ではウイングゼロにはパイロットを保護するためのセーフティな機能が付いているのか? ヴァン自身そのような安全機能を含めて、あの黄色く光る不可思議な現象が起こるものと考えていた。
だが爺様5人たちは全く逆のコンセプトをウイングゼロのシステムに搭載していたのだ。そう、ヴァンやブラッドが翻弄されたシステム。その名は――――
――――Z.E.R.O.System(ゼロシステム) 戦闘状況下におけるあらゆる情報を即時演算し、パイロットの脳に直接フィードバックするコクピットシステムの通称である。
普通、人間は生活している際自身の6割ほどの身体能力しか発揮していないが、このシステムは脳内物質をコントロールすることによって身体能力を劇的に高める事が出来る。
これによりウイングゼロの操縦の際に起こる急加速・急旋回時の衝撃などの緩和をすることで、通常パイロットにできない機体制御を可能とするものである。
また先ほど説明した通り、戦闘時のあらゆる情報・未来予測がパイロットの脳に直接叩きこまれるシステムであり、それは文字通り“全ての”未来が強制的に見せられるのだ。
そう、今この時、ヴァンは自身が死んでいく姿までも未来予測という幻覚をはっきりと感覚がある状態で見せられているのだ。
―――――そして、当然のごとく彼は絶叫した。
「あああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
どこまでが現実でどこまでが幻なのか、彼にも判断が付かない。だが確かなのは、このままでは死ぬ未来しか見えないことだけであった。
「離れろぉーー!!」
ウイングゼロは自身に搭載されたバーニア、スラスターなどの推進システムをフル稼働させる。本来の身体能力のヴァンならばとっくの昔に感電死していてもおかしくないのだが、ゼロシステムにより身体能力が劇的に向上されたヴァンは堪え切り、動かすことができた。
その強化されたヴァンとウイングゼロの圧倒的な推力と機体のパワーに、海ヘビは千切れ3機は吹き飛ばされた。
「ぬおぉ!」
「うわ!」
「ぬぅ!」
3機が吹き飛ばされた後、ウイングゼロのコックピット内はより強く黄色く輝きだす。今までで最高の輝きであり、ヴァンは自身の周りの動きが全て予測し把握しているかのような感覚に陥った。
「広がっていく、私の意識が広がっていくぞ!そして見えるぞ!貴様たちが死んでいく未来までもがな!」
「ほざくなー!!」
突撃する黒ウサギ隊の近接攻撃に、いつの間にかツインバスターライフルをシールド裏に接続したことで空いた右マニュピレーター(右手)に、肩に内蔵されたビームサーベルを持たせ胴をすれ違いざまに切り裂いた。
「でやぁぁー!」
振りかぶってからの右袈裟切りに、返しての胴薙ぎ。たったそれだけであるが瞬く間に2機を火球に変える。
「遅い、遅いなぁ!」
撃っても撃っても、まるで先読みされているかの如く最小限の動きで避けられ、緑色に輝くビームサーベルで肉体を貫かれていく。
もはやパイロットたちにとってウイングゼロは機械の形をした悪魔以外の何物でもなかった。
「く、来るな、来るなー!!!」
恐怖一色しかない叫び声と共に撃たれる銃器。だがそれも何も意味はなく、彼女の命はビームサーベルで断たれた。
「もう少し、もう少しだ!」
シールド裏に接続されたツインバスターライフルを、この戦闘で初めて最大出力で発射される。ウイングゼロへの恐怖で今までの様な編隊機動ができておらず固まっていた2ケタに近い数のISは閃光に飲まれ、粉々に散っていった。
「こいつは、さすがにやべぇな……」
ヤーザら3人は生き残っていたが、背中に冷や汗を大量に浮かばせていた。このままでは殺されるのを待つだけだ……そのことはこの場にいる誰もが感じていた。
「これで終わりだ!!」
叫びながら最大出力で放とうとツインバスターライフルを構えた、その瞬間であった。
その場にいる全機のレーダーに反応したのは、11時の方向。高速で接近する機体を捉えていた。
「高速熱源体、接近!」
「バカな、新手か!?」
飛来するのは赤紫色を基調とした機体だ。左腕に小型のシールドと、そこから伸びる鞭のようなものが、唯一見える武装であった。その色合いと後ろの1対の羽が、まるで悪魔のような風貌をイメージさせる。
だが最大の特徴は、全身装甲にしてツインアイとV字アンテナのフェイス――――まさしく、ガンダムそのものだった。
「あれは……ガンダム、なのか?」
「データにない未登録の機体です!」
混乱する兵士たち。新たなガンダムは敵なのか、それとも味方なのか?その中にヴァンも含まれていたが、彼は次の瞬間、またしてもウイングゼロに幻覚を見せられることとなる。
「うおあぁぁあ!」
いや、それは幻覚ではないのかもしれない。何故なら、それで見たものは全て自分の死であったのだから。目の前のガンダムによって。
「はぁ……はぁ……何者だ……何者なんだ、貴様は!?」
「我が名は、トレーズ・クシュリナーダ。各国からの要請により援軍に参った」
「トレーズ・クシュリナーダだと……!?ならばそのガンダムは……!?」
場は騒然とした。アメリカでしか開発できないと思われていたガンダムを、ヨーロッパ貴族で構成されているロームフェラ財団幹部の彼が搭乗して戦場に現れたのだ。
しかもウイングゼロと同等のサイズの新型ガンダム。もう後が無い状況で、まさしく救いの手そのものだった。
「君に未来は無い。それはゼロが見せてくれたはずだ」
「だ、黙れ!私は栄光をつかむ!ここで死ぬはずが無いんだー!!」
先ほど見た幻覚は間違いなくヴァン自身が目の前のガンダムに殺されるものだった。だが彼はその幻覚を頭から振り払うように叫ぶ。
誰がどう見ても、追い詰められているようにしか見えなかった。
シールド裏に接続したツインバスターライフルを新型ガンダム<ガンダムエピオン>に向かって最大出力で発射する。
「トレーズ・クシュリナーダ、参る!」
だがその攻撃を危なげなく回避したトレーズは、腰部から抜刀した荒々しく緑に輝くビームソードを右手に構えつつブースターを吹かせ、ウイングゼロへ突撃する。
左腕に搭載されている小型シールドから伸びているヒートロッドが複雑な動きをしながら、ウイングゼロの左腕―――正確にはツインバスターライフル―――に巻き付く。
ウイングゼロの圧倒的なパワーを持ってしても、エピオンのヒートロッドには耐えきれず、あっさりとツインバスターライフルを明後日の方向に放り投げられてしまった。
少なくとも互角以上のパワーを持っていることは明らか。多数の死傷者を出してもウイングゼロからツインバスターライフルを放すことができなかったIS部隊の者たちは、その光景を茫然と見ていた。
ライフルを簡単に奪われたことに驚きつつも、肩に搭載されているマシンキャノンを掃射する。それをウイングゼロと同等以上の速度で避けながら、エピオンはビームソードを振り上げて斬りかかり、ウイングゼロのビームサーベルと衝突した。
「くぅ!」
「………」
辺りに迸るビーム粒子が、2機をより強く照らし出す。2機のパワーはまさしく拮抗していた。
両者は同時に鍔迫り合いを解き、再び斬りかかる。突き・袈裟切り・唐竹・横薙ぎとウイングゼロが果敢に攻めるが、ほとんどの攻撃をビームソードで往なされるか、紙一重で避けられてしまっていた。
だがエピオンの攻撃も、同じように当たらない。だがそれでも、余裕の無さで言えばウイングゼロの方が無かった。何故ならばヴァンが見た先ほどの幻覚もこのような状況から殺されたからだ。
自分はこのまま先ほどの幻覚通り……否、奴の筋書き通りに殺されてしまうのではないか?ヴァンは先ほどからその考えを頭の中で何度も巡らせていた。
まさしく、ヴァンは精神的に追い詰められていた。
「何故、貴様がガンダムに乗っているのだ!どうして私の邪魔をする!?もう少しで……もう少しでこのガンダムは完全に私の物になるはずなのだ、それを何故!?」
ヴァンの頭の中を様々な事が過る。もう少しでこのガンダムを解析し、世界一の企業と科学者の名誉を欲しいままに出来るはずなのに。あんなイカれた女が造った兵器に頼ることなく、世界を背負ってたてるのに。
第一このガンダムには相手の動きが予測できるようなシステムがあるはずにも関わらず、目の前のガンダムは互角以上に戦っていることがそもそもおかしいのだ。まるで―――
「そうか!その機体にもこの機体と同じシステムが!!」
「その通りだ。だがこのシステムは安易に勝者を作りだしてしまうものだ……ヴァン・デュノア、君にその機体はふさわしくない」
「――――!」
その言葉を聞いたヴァンは激昂する。完全に見下されているのだ……このウイングゼロに乗った自分が、誰よりも強いはずの自分が!
「だが君のおかげで世界が動くのだ……今まで力を持てなかった弱者が強者に立ち向かい、強者は恐怖から守るために戦うことによって」
「………!まさか、この私を利用したのか!?」
おかしいとは思っていた。このウイングゼロに対抗できる機体を擁しながら、今まで表舞台に出なかったことが。
これだけ殺戮を繰り広げたウイングゼロが人々の、少なくとも犠牲となった女性たちの反発を呼ぶことは間違いない。
つまり量産ができなかったISのおかげで戦争はなくなっていたが、そのISがまた新たな戦乱を呼ぶことになるのだ。それも、かつてない大規模の戦乱を。
エピオンがトレーズに見せた未来も、これから発生するものだったのだ。つまり彼も以前とは違い、生きる未来があるのだ。
そして、ヴァンには逆の運命が待っている。それをヴァンは頭のどこかで理解しながら、否定し続けていた。
「私が負けるはずが無い!こんなシステムに、私が負けるはずが無いのだ!」
「はぁあ!」
両者は同じく武器を振り上げて、衝突する。だが次の瞬間、ウイングゼロは体勢を崩していしまった。
「なっ!?」
鍔迫り合いをしていたエピオンが、衝突した一瞬後に半身になったことでウイングゼロの力を横へ逃がし、体勢を崩させたのだ。
その体勢を利用してエピオンは蹴りを腹部に叩きこんで吹き飛ばす。この一連の動きは、中のパイロットの生身の実力があったからこそできたものである。
吹き飛ばされたウイングゼロはすぐさまスラスターで体勢を立て直した瞬間、コックピットに赤熱したヒートロッドを叩きこんだ。
「うおあああぁぁーっ!!?」
断末魔の声と共に、ウイングゼロは地面に落下していく。
「(私は……ミレア……)」
叩きつけられる直前、ヴァンが見た最後の光景はウイングゼロが見せた未来と同じく、エピオンが自分を見降ろし佇む光景と金髪の女性が微笑んでいる表情に向かって手を伸ばして終わった。
「ヴァン・デュノア、君は良い役者だった………これで時代は変わる………」
トレーズは動かなくなったウイングゼロから目を離し、虚空を見上げる。その視線はどこか悲しみを含んでいるかのようであった。
エピオンが見せた未来。それは戦乱が起きる事を予知していたものだった。
ヴァン・デュノア撃破から数日後、ヴァン撃破と共に発表されたロームフェラ財団のIS部隊<スペシャルズ>は波乱を呼んだ。
国家に属さない私設組織が圧倒的戦力を持つ。それは世界のバランスを崩すことになる……そう危惧する者は世界中で非常に多かった。
日に日に高まる、新型を含めた男性IS支持者と従来のIS支持者の対立。しかし専門家の中で「こんなに速く対立が加速するのは不可解である」と意見した者がいたが、彼は数日後消息不明となっている。
一部ではこの対立を煽っている者たちがいるのでは?と考えられていたが、それも公になることは無い。
「上手く対立は進んでいるようです。これならば、織斑千冬と篠ノ之束が接触する日も近いでしょう」
「レティ、良い仕事をしてくれる。ところで彼はどうしているかね?」
「はっ、護衛もついており、順調に回復しているようです」
大きなプールの様な、幻想的とも言える風呂に浸かるトレーズは嬉しそうであった。その横で佇んでいるレティは、ほんの少し頬が薄紅色に染まっている。
「次のバスタイムには、バラのエッセンスを頼む」
「は、畏まりました」
決戦は、近い。
後書き!
はい、また1ヶ月以上かかっちゃいましたね!もう何度目の土下座でしょうか!
文字数の関係で、ブラッドさんは次回には必ず出ます。というか、戦闘がこんなに長く書けるとは思ってませんでした……が、才能が欲しいです。
さて本編で説明できなかったことを1つ。ヴァンの体はこの話が始まる頃には既にボロボロでした、とだけ。だから後れをとった感じです。
というか、あんなにドーピングされたら先に体が終わる気がする。
ついでに脳内物質でドーピングすると聞いて、イメージしたのは幽☆遊☆白書の神谷先生(ドクター)です。分からない人は、仙泉編を見よう!