「状況を知らせ!」
「11から32区画が大破、他にも多大な被害が出ています!アリーナもほぼ破壊されました!」
「ウイングゼロ急上昇!外部へ飛び出しました!」
「ヴァン社長お止まり下さい!」
阿鼻叫喚であった。ウイングゼロが放ったツイン・バスターライフルはアリーナの耐久力を無きが如く破壊し、本社の一部を崩壊させていた。
その破壊した張本人であるウイングゼロのパイロットであるヴァン・デュノアとは通信が取れなくなっていた。いや、正確に言えば通信は取れている……がパイロットが応答できない、といった方が正しいだろう。
「私は今何をやったんだ!?何を………ッ!!」
ヴァンは今自分が何をやっているのか、現実味を持つことができなかった。
例えて言うならば、まるで悪夢を見ているかのようである。
だが……これこそ自分が“やりたかった”ことではないのか?
「バカなッ!」
ヴァンは口に出して、その考えを否定する。しかしそれは彼自身の倫理観から出たものであって、本人の欲求はどうであるのか、彼自身にもわからなかった。
「ウイングゼロを捕えろ!パイロットは錯乱している!ミサイルの照準合わせ!」
「しかし、それでは社長が……!?」
その命令の内容に若い技術員は慌てるが、命令を下した男は顔を顰め、苦痛であるかのように言葉を発する。
「確かに危険ではあるが、ウイングセロの装甲は桁外れだ。多少の攻撃では破壊されん!まずウイングゼロを一刻も早く止める事が重要だ!」
「……了解しました!ミサイル、照準!」
「(よし……これならば……)」
先ほどまで苦痛の表情を浮かべていた男は誰からも見られていないことを確認すると、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「(このまま上手くいけばヴァンを都合よく葬ることもできるかもしれん。もしできなかったとしてもこれほどの失態だ、社長の地位を維持することはできまい)」
男はヴァンの今の経営手段に反発している上層部から構成されるグループの者の部下であり、彼自身もその考えに賛同していた。
ヴァンは元々技術畑からの出身であったが、前社長の娘と結婚したため今の社長という地位に納まった男である。
実力ではなく女にとりいって地位を得るようなやり方をする男を快く受け入れる者がいるはずがなかったが、彼自身が社長に就いてから第一世代・第二世代型ISのスタンダードを基くほどの機体を生みだし、業績は鰻上がりに伸びていった。
そのおかげか当初非常に強かった反発の声が収まり、その代わりに賛同の声を得るようになっていた。
しかしそれは上手く行っていたときの話である。ここ最近の経営不振で鳴りを潜めていた反発していた勢力が強くなりだしていた。ただでさえ第三世代型が製造出来ずに悩んでいたところに、さらなる高性能機が現れたのだから焦るのも当然である。
その一刻も早く事態を好転させたい反発勢力にとって、ヴァンがテストパイロットを勤めるという今回の件は渡りに船であった。
そういった事情があるにも関わらずテストパイロットを志願してしまったヴァンは、未知への探求心に負けてしまったということだろう。こういったところはやはり技術畑出身と言えるだろう。
「ミサイル斉射!」
「ヴァン社長、お許しください!」
技術員はボルガノ博士を殺したキ○ガイヒーロー的な台詞を吐きながら、ウイングゼロ目掛けてミサイルの発射ボタンを割りと躊躇い無く押した。
ウイングゼロから見れば正面を覆い尽くすほどのミサイルが迫る。
通常のISより遥かに高い防御能力を持ったウイングゼロでも、全段直撃すれば少なからずダメージは与えられる“はず”である。
しかしここで一つの要素を男は忘れていた。もしパイロットがミサイルの大軍を捌けるほどの技量を持ち合わせていたら、どうなるのか?
無論今日初めてISに乗ったヴァンの素のままの技量ならば絶対に不可能だろう。
――――だがそれを覆すものが存在していた。
ミサイルの爆発が空を色どり、紅い花を咲かせているようであった。直撃を確信した男は次の指示を飛ばそうとして――――表情が凍る。
爆発の煙を振り払うように超加速で飛び出してきたほぼ無傷のウイングゼロの姿に、男は背筋に氷柱を入れられたような感覚に襲われた。
「バカな、無傷だと!?あれほどの弾幕を避け切ったというのか!?」
驚愕する男に向かってツイン・バスターライフルを構えるが、横から来るラファール・リヴァイヴ・カスタムのアサルトライフルを後退しつつ避ける。
「は、速い!」
デュノア社にもう一機配備されているISが本社を破壊したウイングゼロを抑えるために撃ち続けるが、ISのパイロットの目が追いつけないほどの動きを見せる。
「あ、あれが初めて操縦した者の動きなのか!」
「脳波、脳内物質共に異常な数値を示しています!通常では有り得ない数値です!」
元々ISには戦闘時に極度の興奮や混乱しないよう、戦闘時でも平常時と同様の脳内物質の分泌量にコントロールするシステムがある。
そのせいで最初の方は気を配っていなかったが、今のヴァンの脳内物質は平常時とは真逆……およそ通常放出することのできないほどの量の脳内物質が確認された。身体機能もめちゃくちゃに高めるほどの量である。
元々の反応速度を大幅に超え、凄まじい身体能力を手に入れた世界でもトップクラスのパイロット……それが今のヴァン・デュノアであった。
「ははは!」
低出力のツイン・バスターライフルがラファール・リヴァイヴ・カスタムの装甲をパイロットごと溶かし、消滅させる。
「う、うわ!く、崩れ」
その爆発の余波は指令室の一部も破壊し、男を含めた数人の技術員が瓦礫の下敷きになった。
これでデュノア社に存在する兵器ではウイングゼロに対抗することはできなくなった。敵影無し、状況クリア。
「はっははははーッ!あーっははは――――!!!」
ヴァンは狂ったように笑う。外部マイクをオンにして、その笑い声を周辺に聞かせるように笑い続けた。
「俺の邪魔をするからさ!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
いつもは冷静と言われている男が気が狂ったように笑い続ける。自身で大きくした会社を自身で半壊させたのにも関わらず、まるで何も見えていないようであった。
そもそもデュノア社はヴァンが社長に着いてから急成長しフランスを代表する軍事企業になったにも関わらず、元々いた古株の幹部たちから各国に後れを取っている責任を押し付けられていた。
彼の根回しや若い部下たちの尽力によって、どうにか今日までうまくやれてこれたが成績が下がっていくことを止めることはかなわず、古株やスポンサー……つまりは老人たちがチクチクと嫌がらせをしてくるのだ。
良い時は蜜に群がるように擦り寄り、悪くなれば嫌みと余計な口出しを挟む。もはや自身の地位しか考えていない老人たちの姿は、間違いなく老害であった。
それだけではなくパイロットや整備士にはIS学園卒業生の女性も多くIS学園の生活が
原因かどうかわからないが、大体がプライドが高くエリート意識の強い者が多い。
同僚の男性の言うことを聞かず、わざわざ上司が出て言わなくてはいけないような女性社員もいることは、悩みの種の一つであった(無論そうでない社員もいるが)
それに加えて―――これは自業自得であるが―――自身の隠し子の存在が出てきたことが彼の心に多大なストレスを与えていた。
昔の女との間にできた子供が彼の母親が死んでから唯一の身寄りであるヴァンの所へやって来てから、妻と揉め家庭が上手くいかなくなり、家庭の問題を片づけていたら次は企業の業績が落ちていった。
まさに踏んだり蹴ったりな状況で、彼のストレスは頂点に達していた。
「……このウイングゼロは敵の動きを教えてくれる何かがある。時折見る幻覚と何か関係しているのか……?」
しかしどう見ても狂っているようにしか見えないヴァンの脳内では、ウイングゼロの他のISにはないシステムに対して思考を巡らせていた。
これほど建物を破壊し、敵パイロットや社員を殺しておきながら何も感じていない……いや路傍の石を蹴飛ばした後ぐらいの感覚に近いヴァンの精神は、人を一度も殺したことが無い彼としては明らかに異常である。
「もっと多くの戦闘データが必要だな、そうすればより具体的に解析することができるはずだ。素人の私がこれほど闘えるパイロットになれるのだ、完全に解析できて造ることができれば……」
技術を物にするために、自分の科学者としての探求心……好奇心を満たすために、強大な力を振るうため―――――もっと多くの血が必要なのだ。
「とすれば、国家所属のISと戦う必要があるな、誘き出すか………んっ!?」
ヴァンが思案する前に、コックピットが黄色い光に包まれる。
――――首都からやってきたラファール・リヴァイヴ・カスタム4機がウイングゼロを包囲し、様々な装備を同時に叩きこむ。爆炎の中無傷のウイングゼロが4機を追撃する。
「……何だ今の映像は、あんなものは見たことが……センサーに反応?」
わずか一瞬の映像であったが、思い当たる節のないものに首を傾げる。が、それとほぼ同時にセンサーが4つの機影をキャッチしていた。
そう、今見た映像の通り、4機のラファール・リヴァイヴ・カスタムである。
「そこのIS……なっ!ガンダム!?」
「馬鹿な、何故ガンダムが我がフランスに!?」
「しかも大きい……!ISの3倍はあるぞ!」
ラファール・リヴァイヴ・カスタムのパイロットたちは警告しようとしたが、あるはずのないガンダムの姿に驚きを隠せない。しかも今までのガンダムよりも一回り、二回り大型なのだ、驚くなという方が無理である。
「……いいタイミングだな」
「何を言っている?大人しく武器を捨てて投降しろ。デュノア社破壊について聞かせてもらう!」
「もし従わないというのなら、こちらには撃墜許可も下りている。命の保証は無い」
「……従えば命は助けてくれるのか」
その言葉を聞いたラファール・リヴァイヴ・カスタムのパイロットはニヤリと笑みを浮かべる。未確認のガンダムに乗っていても、数で囲まれれば投降してしまう。
不抜けたパイロットだ、と表情にアリアリと浮かべていた。
「ああ、命の保証はしよう。貴様が大人しく投降すればな」
「――――だが断る」
「!?」
「せっかく貴様らで実戦データが取れるのに、投降するわけがない――――からかっただけだ」
「貴様ぁ……!」
ウイングゼロは全身装甲のためパイロットの表情はわからない。だがどう考えても侮蔑の表情を浮かべているのは感覚で理解できた。
「先に撃ちたまえ。それともこちらから仕掛けないと応戦できないか?」
驕りにしても調子に乗り過ぎだ。4人とも全く同じ感想で、怒りのボルテージは一気に上がった。
「なら望み通り……」
「「「落ちろぉ!」」」
一気に四方へ展開したラファール・リヴァイヴ・カスタム4機はそれぞれの火器を出現し、ウイングゼロへ放った。アサルトライフル、ガトリングガン、ミサイルポッドなど多様な火器で逃げ道を塞ぐ。
しかしバーニアとスラスターを巧みに使うことで、ほぼ被弾することなく少しだけあった隙から飛び出た。
「かかった!」
それこそ狙い。3機はバズーカ、シュツルム・ファウスト、グレネードランチャーで追撃する。
見事な連携ではあるが、ウイングゼロを崩すまでには至らない。急上昇しても尚追尾してくるのをマシンキャノンで撃ち落とす。
動きが止まりツイン・バスターライフルを向けられようとしている3機のパイロットの表情に恐れを含ませながら笑みが浮かびあがる。
「その首、もらったぁ!」
ウイングゼロの上空から攻撃に参加していなかった残りの1機が、灰色の鱗殻(グレー・スケール)を構えながら急加速をかける。
灰色の鱗殻(グレー・スケール)はラファール・リヴァイヴ・カスタムのシールド裏に搭載されている69口径のパイルバンカーであり、リボルバー機構により炸薬交換による連続打撃が可能な代物である。
第二世代の武装ではあるが当たれば第三世代を破壊できるほどの威力を持っている、まさしく切り札だ。
未だ反応していないウイングゼロの頭部に、確実に命中することを確信した瞬間であった。
「なぁ……!?」
首を僅かに逸らす。360度見えるとはいえ、初めて乗った人間がまるで武道の達人のように僅かなタイミングのズレもなく完璧に避けることは絶対に不可能であるにも関わらず、ヴァンはそれをやってのけた。
そのまま体を反転させ、シールドでその機体を弾き飛ばす。元々機体のサイズが違う上にパワー差もあるので、ただそれだけでラファール・リヴァイヴ・カスタムのシールドエネルギーを大きく削られてしまう。
「あれを避けた……!?」
「まだよ!もう一度……!」
その言葉を続けさせないかのように、ツイン・バスターライフルの両手で持ち始める。
ツイン・バスターライフルの中央……接合部分が光り輝き、2丁のバスターライフルに分離する。そのまま彼女らに向けて、両方のバスターライフルを発射する。
軽く1機以上は呑み込める大きさの黄色いビームが4機に降り注ぐ。
言葉を交わす余裕もなく、全速力で散開した4機。幸い損傷せず4機とも避ける事が出来たが、その中央にウイングゼロが既に両腕を左右に180度広げた状態で存在した。
まずい、と感じた瞬間に4機は四方に散っていく。がそれを意に介さず、ウイングゼロはそのままツイン・バスターライフルを発射する。
180度展開したツイン・バスターライフルから発射された極太のビームが伸び、1機を呑み込む。
その様子を3機は見守ることなく、ウイングゼロ自身が回転することで放出され続けているビームも回転し3機を呑み込んだ。
「ふ、ふふふふ、はははははははははははははははははははは!」
なんと脆いことか。世界を変え、価値観をも変えたISがこんなにも脆い相手とは彼自身驚きだ。
しかも今の相手はフランス代表らを含めたメンバーであったにも関わらずなのにだ。
「だがもっとだ、もっとウイングゼロを知るには足りない。もっと相手が必要だ」
自身の会社の惨状には目もくれず、ヴァンはそのまま国外へと飛び出した。その目は黄色に光り輝いたままであった。
● ● ●
時間はヴァンがウイングゼロに搭乗する少し前にまで戻る。
デュノア社の本社は巨大な施設である。昔からある兵器企業というわけではなく、IS産業で大きく栄えたため、業界では所謂‘成り上がり’と揶揄されていた。
とはいえフランス一の兵器企業であることは間違いない。社員でも一般のものでは施設の全てを把握しておらず、全貌を把握している者は極一部と言われていた。
その理由は単に施設が大きいから、というわけではない。一般社員が行く機会がほとんどない地下や立ち入り禁止区域が存在し立ち入る事が出来ないからだ
では何故立ち入ることができないのか?
簡単だ。見せる事が出来ないからである。特に普通の感性を持った、普通の社員に見せる事が。
ウイングゼロが保管されている場所とはまた違う地下の一室。堅牢な扉に閉ざされた部屋は、特別な機器を用いない限り通常入室することは困難であろう。しかも扉の前には武装した男が2名直立した姿勢で待機している。
その2名以外誰も存在しない廊下に、ヒールの音が木霊する。スーツを着こなした女性が扉に近づく。
「身分証の提示を」
「はい。毎回やるのもどうかしらねぇ……」
門番はその女性の姿を確認すると同時に敬礼し、確認のために身分証をチェックする。
義務付けられているとはいえ、毎回同じことを繰り返される女性は敬礼を返しつつ身分証を渡した。溜息を吐きたくなるが、規則なので仕方が無い。
むしろ部屋の中にある「もの」を考慮すれば緩い位なのだが、面倒なことを繰り返すというのは人間飽きが来るものだ。
「どうぞ」
「はいはい」
女性は面倒くさいのか、門番の言葉に手をヒラヒラさせつつぞんざいに答えながら部屋の中に入る。
一言で言えば、そこは白い部屋であった。しかしその部屋を綺麗だという感想を持つものはいないだろう。
原因は一つしかない。部屋の奥に磔になっている上半身裸になっている金髪の男性のせいだ。顔や上半身には痛々しい傷が数多くあり、長い金髪と俯いた顔のせいで表情を窺うことはできない。
「起きろ。いつまでも寝ているな」
「……寝かせたのは貴様たちだろう?」
寝ていたと思われていた男は女性の顔を見ると不機嫌そうに顔を顰める。それを聞いて女性は鼻で笑う。
「貴様が減らず口を叩かずにさっさと洗いざらい喋れば、寝るようなことにならないのよ」
「……そういう物言いだから、余計喋らないとは思わないのか?」
「立場が違う。貴様と私は対等ではないわ」
「……御しがたいな」
「口では何とでも言えるわ。ブラッド・ゴーレン?」
言葉はまだしも、態度は傲慢という言葉が当てはまる女だ。ブラッド個人としてはとても気に入らない女であったが、今この時は女のほうが圧倒的に有利な立場であることは間違いない。
磔にされていて指を少し動かせる程度で、体は散々痛めつけられたために体力もほとんど残っていない。お手上げの状況とはまさにこのことである。
「誰がウイングゼロを造ったのか、コックピットにあるシステムはなんなのか、とりあえず知っていることを洗いざらい喋ればもう少し待遇は良くなると思うけど?」
「……だから知らんと言っている……ぐっ!」
「だから、それは通用しないって言ってるでしょ?」
鞭で頬を叩かれたブラッドは横目で女性を見るだけだ。睨みつけるわけでもなく、ただ見るだけだ。
「……喋った方が楽だと思うけどねっ!」
うめき声と鞭の音だけが部屋に響く。その音が少しだけ扉の前の警備の耳にも届く。
「……俺ならとっくに折れてるね。なんであそこまで耐えられるんだか」
「俺なら金出してもやってもらうね。あんな美人にヤってもらえるなら、尚更だぜ」
「お前、ドMだったのか………」
しかしそれも長く続くことは無かった。突如凄まじい爆発音が響いたのと同時に、立っていられないほどの振動と共に部屋が崩れた。
「きゃあっ!」
その振動で転んで頭を打った女性は、額から血が流れる。崩れた壁のおかげで拘束が外れ自由になったブラッドは転んでいる女性の頭を蹴り飛ばして気を失わせた。
そしてそのまま扉のすぐそばの壁に張り付く。恐らく警備の2人が急いで入ってくるだろうと予測してのことだ。
「大丈夫ですか!?」
「頭から血が!」
「(予想通りすぎるな!)」
2人とも拳銃を構えたまま入室してきたが、倒れている女性に一瞬気を取られブラッドの気配に気づいていない。そのまま背後から両手を組み合わせてハンマーのように警備員の頭を思い切り打ちのめす。
「がっ!?」
「貴様!?」
「遅い!」
もう一人が倒れる仲間に気づいたが、ブラッドは既に懐に潜り込んでおり、右アッパーで顎を捉える。
そのまま相手の崩れ落ちる体勢を利用しての左背足での回し蹴りは、警備員を典型的な脳振騰の症状を作りだし、終わらせた。
「くぅ……やはりきついな、一刻も早く脱出しなければ」
そう言いながら警備員の拳銃を奪い取り、警戒しつつ廊下に出る。廊下も部屋と同様に罅が入り、崩れている部分も多々ある。
「外に出なければならんが、脱出するための足をどこで手に入れるかが問題だな……」
ブラッドがいた部屋は地下でも奥の方であったため直ぐに人に会うことは無かったが、この会社から脱出するには一度地上にでなくてはならない。
地上に出るには恐らく人に見つかるだろう。例えそうでなかったとしても移動手段を見つける時間もかかってしまう。
「気が重いが、やるしかないな……」
ダメージの残る体に鞭を打ちながら、素早く壁際を駆け足で走り抜ける。しばらくすると声が小さく聞こえてくる。ブラッドは足を止め身を屈める。
「一体何が起こっている!報告はまだか!?」
「げ、原因はまだわかりません!地下としかまだ……」
「ええい、速く突入するぞ!」
「お待ちください!まだ上からの指示が出ていませんので、これ以上は……」
「(あちらも事態が掴めていない……ということはやはり脱出のチャンスは今しかないな)」
近くの階段では他の警備員に間違いなく鉢合わせするだろうと考え、遠くの非常階段から急いで地上へと向かう。
「(階段を抜けた。後は乗り物を探せば……)」
「おい、そこの!止まれ!」
「ちぃ!」
地上に出たまでは良かったが、出た途端警備員らしき者に見つかってしまう。ブラッドはわき目も振らず走りだした。
「止まれ!止まらんと撃つぞ!」
止まってたまるか、と内心呟きながら全速力で駆け抜けていくブラッド。その背に向けて、警備員は銃を掃射し始める。
ジグザグに駆け抜けていく横を銃弾が掠めていく。そして右肩に焼けるような痛みが走った。
「くぅ!?」
右肩を撃ち抜かれたらしい。左手で右肩を押さえながら速度を緩めず走り抜ける。
「あれだ!」
駐車場に出たブラッドは、縺れながら一瞬で利用できそうな車を探し、それを見つけた。車のキーが刺さりっぱなしの不用心な車だ。
彼は気づいていなかったが、判断能力と思考速度が以前より増していた。運の強さがとてつもなく強いのも確かだが、彼がここまでほぼ迷わず来れたのもそれが大きかった。
急いでエンジンを回し急発進させた。トランクや窓ガラスに銃弾が突きぬけていくのを肌で感じながら飛ばしていく。ガラスや銃弾が肌を掠め傷つけてたとしても、ただアクセルを全開にするだけだ。
いつの間にか脇腹からも血が流れていたせいか、少し視界がぼやけてきたようだ。
「こんなところで……!」
その直後、爆音が耳に響く。1機のISが空を舞っている、ウイングゼロの姿がデュノア社から見える。
「ウイングゼロ!?一体誰が……ぐぅ!?」
痛みで視界がぼやける。散々拷問で痛めつけられたせいもあって、もう限界に近かった。
ウイングゼロがデュノア社の近くで破壊を行ったせいか、追ってがないことに気づいたブラッドは近くに見えた病院のマークへ向かって飛ばしていく。
「ここに駆けこめば……」
停止するように病院の係員が手振り身振りをしているが、それを無視して入口手前で車を止める。
もう歩く気力も残っていないのか、フラつきながら病院の扉を抜ける。
「ブ、ブラッドさん……!?」
どこかで聞いたような声が、ブラッドの耳に聞こえた瞬間、彼の意識は消え失せた。