「ウイングゼロ……!?それが新しいガンダムの名前……!」
「ウイングゼロを上に射出する。トールギスから降りろ」
「了解……!」
無人機に囲まれている中生身で降りる、というのはさすがのブラッドでもほんの少し躊躇った。
だがここで躊躇っていても殺されるだけだ。ブラッドはコックピットを開放し、そのまま射出地点へと走り出した。
「生身でゴーレムの前に飛び出すなんて無謀というか、命知らずというか……エム、攻撃目標をあの男に……ってありゃりゃ」
束はブラッドの行動に呆れながら、エムに声をかけた。が肝心のエムは頭を抱えながら激しく痙攣していた。素人目に見ても彼女が危険な状態であることは、明白であった。
「これ以上やると飲まれて暴走するか、心がぶっ壊れちゃうね~。ここでエムが壊れるのは不味いし、外そうっと」
頭部の機械を外すと、エムはその場に倒れ動かなくなった。息があることから、単に気絶しているだけと束は判断した。
「くーちゃん、くーちゃん!エムを解放しておいてー!……さて、性能は落ちるけどそのまま戦闘続行だね」
別の部屋から現れた、12歳くらいの少女であろうか。銀髪を腰まである長い三つ網にしている。彼女は頷くと、エムを別の部屋へと運んだ。
束の命令変更にゴーレムたちの眼の部分が何度か赤く点滅し、ビーム砲をブラッドへ向ける。
それとほぼ同時であろうか、地面からトリコロールカラーの機体が膝立ちの状態で出現した。
トールギスも今膝立ちの状態であるが、それよりも1回り以上大きく見える。ISとしては破格のサイズで、もはやISといっていいのか判断に困るほどであった。
だが乗り込む前に、どう考えてもゴーレムのビーム砲がブラッドを捉えるだろう。事実、もうビーム砲にエネルギーがチャージされていることを示すように黄色く発行していた。
「南無三!」
ブラッドは覚悟して、走りながらそう呟いた。ゴーレムのビームが大気を燃やしながらブラッドへと迫る。だが、それが直撃することはなかった。
「トールギス……!?何故だ、誰も乗っていないはずだ……!」
トールギスが盾を構えながら、ブラッドを守るようにビームの射線上に立ちはだかった。ビームの嵐の前でも主人を守るように、トールギスは立ち続けた。
「こんなこともあろうかとプログラムしておいたのは正解だったようだな」
「未熟なパイロットを持つと苦労するというもんじゃな」
トールギスが無人で立てたのはH教授がコックピットシステムに簡易的な自立行動プログラムを搭載していたためである。
無論これは簡易的なものでありいくつか細工してあるため、他の技術者たちがこれからMDのようなシステムを作り出すことはまずできないであろう。
「すまないトールギス……不甲斐無い私を許してくれ……」
悲しみを滲ませながら、ブラッドはウイングゼロのコックピットに乗り込む。トールギスやガンダムの様な今までの機体と異なるコックピットであり、内部は球体のようであった。
そしてブラッドがウイングゼロに乗り込んだ瞬間、トールギスから閃光が溢れ大爆発を起こした。数機のゴーレムが巻き込まれトールギスと共に消滅し、その爆風にウイングゼロも巻き込まれた。
「あらら、巻き込まれちゃったよ…………って、マジ?」
呆れた風にモニターを見ていた束は、爆風が晴れた後の光景を見て間の抜けた声を出してしまった。
「トールギスよ……お前の無念は、私の手で払わせてもらう。見ていてくれ……」
無傷であった。ゴーレムが跡形もなく吹き飛んだ爆発に巻き込まれても尚、その装甲は美しいままであった。
ウイングゼロは白を基本とし、胸部は青、腹部は赤で彩られていた。大きな特徴といえば、大きな白色のウイングバインダーと、左腕を覆うシールド、そして巨大な2つのライフルだ。
その巨大なライフル―――ツインバスターライフルを目の前のゴーレムらに構える。そして引き金を引いた。
ツインバスターライフルの銃口からは考えられないほど、巨大……いや、そんな言葉が生ぬるいほどの極太の黄色い閃光が発射される。プラズマ波を纏ったビームは、十数機のゴーレムを呑み込み消滅させた。
そう、新型装備を展開していたゴーレムさえも塵一つ残さず消滅させたのだ。新装備を展開させても、1秒も持ちこたえる事が出来ずに、破壊されたのだ。
「……………………嘘ぉん」
束は眼を見開いて、冷や汗を流す。有り得ない。今までのガンダムの性能から言っても、考えられないほどの威力だ。いや、あのサイズであの威力など不可能のはずだ。
束の手が震える。凄まじい、という言葉すら陳腐に感じるほどの威力を見た恐怖で震えているのか……それともその技術を見て興奮しているのか。それは彼女にしか分からない。
残ったゴーレムらはビーム砲を構え、接近しながら撃ち始めた。明らかに離れているにも関わらず、接近戦をするためなのか左腕からサーベルを展開させる機体もある。先ほどと違い乱雑な動きだ。
ブラッドはウイングゼロのウイングバインダーとブースターを同時に吹かせ、ビームを回避した。その機動性はトールギスに乗っていたブラッドでさえも驚くものであった。
「素晴らしい……この反応速度……!」
ウイングゼロはブラッドの思う通りに、まるで考えるだけで機体がついてくるかのような反応速度で戦場を飛び交う。
ビームもゴーレムもウイングゼロに追いつくことが出来ない。明らかに、トールギスの機動性を超えるものだ。
その異常とも言える機動性にも関わらず、ブラッドは体に何の異常も感じていなかった。否、そんなことよりウイングゼロの圧倒的な性能に心奪われていたのだ。
ゴーレムは攻撃を当てるどころか、センサー・アイがウイングゼロを常に捉えることすらできない状態で、ウイングゼロはゴーレムらが密集する中心へと飛び込む。ツインバスターライフルの連結部分から光が漏れ、2つに分かれたバスターライフルを180度左右に広げた。
「この戦闘能力!!!」
バスターライフルから先ほどより細いとはいえ、極太の黄色いビームが発射される。そしてウイングゼロごと回ることでビームも回り、周囲のゴーレムを呑み込んでいく。ビームに呑み込まれたゴーレムは例外なく爆発し消滅した。
「素晴らしい……なんという性能なのだ!残りはたった5機のみか」
あまりの性能にブラッドの口角が上がる――――――瞬間、体が黄色の閃光に包まれた気がした。
「何だ……!?」
今まで簡単に避わしていたゴーレムのビーム。そのはずにも関わらず、右腕に当たり、右腕が消滅した。
「ぐぁ!」
背部にも直撃し、バランスが崩れる――――――次の瞬間、コックピットにビームが直撃し、ブラッドの肉体を焼き尽くした。
「うおあぁぁぁぁ―――――――――――――――!!!」
だが次の瞬間には、元のままであった。
死んでいない。確かに自身の肉体が焼き尽くされたと感じたはずなのに、肉体が確かに存在していた。汗が全身を滴る感触が非常に生々しかった。
「なんだ、今のは………っちぃ!」
連結させておいたツインバスターライフルを接近してきたゴーレムに向ける。ゴーレムが格闘戦に持ち込む前に、ツインバスターライフルを最大出力で発射する。
無論ゴーレムはビームに呑み込まれ消滅した。しかしそのビームはゴーレムを消滅させても威力が衰えず、遠く離れた町の中心へ着弾した。
ドーム状に爆発する黄色い閃光。町の人々がビームによって吹き飛ばされ、消滅する。ブラッドの眼には呑み込まれていく人々の死に様がハッキリと見えた、見えてしまった。
有り得ない、有るはずが無い。こんなに遠く離れているのに一人一人の顔がしっかりと確認できることなど、有るはずが無い。そして、その内の一人と眼があった。
「わああああああああああああ!!!!」
だがまたしても違う。引き金を引いてもいないし、残りのゴーレムの数は5機のままだ。汗が顎先から大量に滴っていた。
「いったい何なのだ、これは!?」
だがもう目の前でゴーレムがビーム刃を展開させた左腕を、ウイングゼロのコックピットに叩きつけようとしていた。
突きささるビーム刃がブラッドの体を貫通し、絶し尽くしがたい痛みと共にブラッドの体を消滅させた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
しかし刺されていない。むしろウイングゼロのビームサーベルがゴーレムを串刺しにしていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
崩れ落ちるゴーレム。粗い息遣いが、コックピットの中で響く。気づくと残っていたはずの5機のゴーレムが全て消えていた。
ブラッドは覚えていなかった。どうやって残りの5機を倒していたのかを。
「あれは、なんだ?いや、私は何と戦っていたのだ?……………敵だ。私の、敵を倒していたんだ」
そうだ、自分は敵を倒していたんだ。自身に近づく武器を持った者、自身の命を弄ぶもの、戦いを引き起こすもの。
その全てが敵だ。そのブラッドの眼は、黄色く輝いていた。
『龍 書文だ。その機体はなんだ、パイロットはどうした?返事をしろ』
ブラッドの眼に映ったのは救援に来たアルトロンガンダム……否、蛇の様な恐ろしい龍が自身に牙を向け呑み込もうとしているものだった。
「貴様も私の敵だ――――――――――――――――――!!!」
『何だと!?』
ツインバスターライフルの最大出力をアルトロンガンダムに向けて発射した。間一髪で、胴体部分への直撃は避けた龍だが、左腕の部分がビームによって消失した。そしてそのビームは遠く離れた野原に着弾し、全てを焼き尽くした。
胴体に龍の体があるためアルトロンの左腕をやられた程度ではパイロット的には問題が無いのだ。しかしそれは肉体面だけの話である。
「確かにさっきの声はブラッドのものだった、だが今のは……!?」
見たこともないガンダム。有り得ない攻撃力。そして味方からの攻撃。取り乱したところを一度も見せたことが無い龍でさえ、目に見えて混乱していた。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!私の敵は、私の敵はァァ―――!!」
ブラッドの叫び声が響き渡る。するとウイングゼロは明後日の方向へ飛び出し、そのまま変形を始めた。
鳥のような形態へと変形したウイングゼロは、そのまま遥か彼方へ飛び去ってしまった。
「い、一体どうなっているんだ……?」
龍のその言葉は、ユーコン社で戦いを見守っていた者たちの心情を代弁しているものであった。科学者5人を除いて。
● ● ●
ルクセンブルグ基地。ロームフェラ財団のIS部隊『スペシャルズ』の本拠地としてこの基地が使われていた。部隊が発足して、IS部隊の訓練は主にこの基地で行われている。
その食堂でスペシャルズの軍服を纏った金髪の少女は食堂内を見渡す。自分と同じ軍服を着た者たちの中で、どちらかといえば若い世代が多く見えた。それに男性の方が多いが、女性も少なくなかった。
軍隊、としては珍しいのではないのだろうか?基本的にどこの国の軍もIS部隊は必ず存在するが、配備数の少なさから規模は小さく整備班など様々なものがあっても決して規模は大きいものでなかった(もちろん重要性が非常に高いものであったとしてもだ)
自分以外に女性がいる事に少し安堵した少女。そこへ後ろから肩を叩かれた。
「きゃっ!?」
「おお?」
声をはしたなくあげてしまったことを少し恥じながら、後ろを向くと赤みがかった茶髪のショートカットの少女が驚いていた。
「ごめんごめんセシリア!そんなに驚くとは思ってなくてね!」
「キャラさん!だから後ろから声をかけるのをやめてくださいって言ってるではありませんか!」
「甘いよセシリア!兵士たるもの、いつも気を張ってないと!」
「はぁ……」
金髪の少女―――セシリア・オルコット―――は溜息をついた。いくら言っても目の前のキャラはその癖を直してくれないのだ。
セシリアはイギリスにいる際、キャラのことを何度かメディアで見たことがあった。フランスの代表候補生で自分より1つ年上で美人でありながら高い実力と社交性で人気が高いと聞いている。ちょっとスキンシップが過剰なところがタマに傷であるが。
「そういえばあなたは何故こちらに?あなたは上手くいけばフランスの代表になれるかもしれないという噂も聞いていましたが……?」
「ああ~、それね……」
セシリアが尋ねると今まで明るく話していた彼女が明後日の方向を向き、遠くを見るような眼をする。まずいことを聞かれた、というよりは思いだしているような仕草だった。
「あ……失礼いたしましたわ。言いづらいことでしたなら別に……」
「いや、そう言うことじゃないんだけどね。なんて言うか、今のフランス政府が信用できないっていうか、やばい感じなんだよね。特にデュノア社との関連がさ」
「やばい、ですか……」
デュノア社、といえば心当たりがある。というかつい最近までそこの社長の娘と一緒に学園生活を送ってきたのだ。当たり前である。
「IS学園に行ってたなら知ってると思うけど、シャルル・デュノアってうち(フランス)の代表候補生が在籍してるでしょ?でも私たちにはそんな子がいるなんて知らされてなかったんだよね~」
「それは……」
「有り得ない話でしょ?自分の国の代表候補生の名前を知らされてないなんて……しかもそれが男のIS操縦者なんだから、余計だよ。まぁ時期的にトールギスやガンダムが出てきてそっちに集中したってのもあるかもしれないけど、それでも全く噂も聞かないなんておかしいでしょ?」
「確かに……他国のことならともかく、自国でそれは有り得ませんわ」
「でしょ?」
シャルル、否シャルロット・デュノアが男装して一夏に近づいたことはシャルロット本人から聞かされていた。彼女の話の内容に憤りを覚えたし、彼女の味方になってあげようと思いもした。あのときはその場のノリで言ってしまった様な感じが大いにあったが。
しかしよくよく考えてみれば、いくら一夏のデータを手に入れたいからと言って専用機を持たせ代表候補生として学園に入学するには、デュノア社だけでは不可能だ。必ず国家の査察が入るに決まっている。
そうなると考えられるのは……
「政府関係者が敢えて見逃した、ということでしょうか?」
「もしくは政府が主導で行ったか、の2択だろうね。かなりのハイリスク・ハイリターンには間違いないだろうけど、正直そこまでやるかって感じだね」
キャラは腰に手を当てて大きくため息をつく。セシリアにも溜息をつきたい気持ちはよく分かる。いくら利益に繋がるからといって、少女を利用するなどとあってはならないことだ。
真偽のほどはわからないが、そういう噂話は何もないところでは出ない。少なくとも政府がそういったことと何らかの可能性がある、ということだ。下手をすれば国際社会から追い出される事態でもあり、キャラの判断はある意味正しいともいえた。
「それでこちらに所属することにしたのですか?」
「まぁ大体そんなとこかな?それに正直な話、代表候補生なんかやれる期間なんかあんまないし、それだったら条件が良い方を選ぶよ。セシリアもそうなんでしょ?第3世代ISを任された代表候補生がこっちにくるからにはさ」
「………それもあります。けれどそれだけではありません。私はあの閣下の下で働きたいと思ったから、こちらに来ました」
セシリアは一夏と会った後、1日経ってからロームフェラ財団にスペシャルズへ参加することを告げた。
セシリアは一夏に会った後、悲しみを感じていたがどこかでこうなることはわかっていたような気はしていたのだ。一夏は確かに優しい……がその優しさは異性に対するものではなく、友人のものであると薄々は分かっていた。
あれだけ異性に囲まれた環境でアピールされているのにも関わらず、一向に彼が特定の誰かと仲良くするということがなかった。
それが原因かはわからないが、クラスメイトが神聖な学び舎で一夏と他の男とのいやらしい本を書いていたのを見てしまった記憶がある。
彼の傍にいたいという気持ちは今でもないわけではない。だが現実に世界は変わりつつあるのだ。それになんとなくというよりは多くの人が感じているであろうこと……これから大きな出来事が起きるという予感が、彼女を突き動かしたのだ。
「革命の気配は、己で察しろ……ということでしょうか?」
「う~ん、中々深い言葉だね……確かに、私も感じているよ。何かが大きく変わるだろうって予感をね。だから私もここにいるんだよね」
「良いか悪いか、別ですけれどね……」
「全くだね」
そのまま2人で昼食を取り、ISの訓練をするために倉庫へと向かう。倉庫には多くの人間が動き回っており、その理由は倉庫内に直立しているスペシャルズのIS<スコーピオ>によるものだ。
「やっぱり今までISに関わってきた身からすると、スコーピオは凄く違和感があるというか力強さを感じるよね!」
「確かに……今までの設計とは大きく異なりますから仕方ないでしょう。ですがこの機体からは『騎士』のようなイメージがあります」
スペシャルズで開発されたIS<スコーピオ>はその名の通り蠍をイメージした全身装甲のISである。
全長6mでトールギスやガンダムと同程度のサイズである。ガンダニュウム合金をコックピット周辺とビームサーベルとビームライフルを兼用しているビームベイオネット、A.S.プラネイトディフェンサーという大型ビームシールドに使っており、他の装甲部分にはネオチタニュウム合金を用いている。
非常にごつい外見であり、外見だけで言えばガンダムより遥かに威圧感を相手に与えるであろう。
しかし外見に反して武装は少なく、ビームベイオネットと頭部バルカンとマイクロミサイル、両腕の袖口部分にビームガン兼用ビームサーベル、蠍の尻尾にあたる部分に多関節の二連装ビームキャノンを搭載している。がどれも距離を選ばない戦いができ、万能機として運用できる機体である。
このIS<スコーピオ>はトレーズ以外誰も知らぬことであるが、元々のスコーピオからいくつかの変更点がある。
まず生産性向上とサイズの関係性のため、可変機構が失われている。その可変機構が失われたため、可変時に機能する武装であったヒートロッドは多関節の二連装ビームキャノンに変更された。
スコーピオの設計自体トレーズ主導の元に行われていたが、二連装ビームキャノンを取り付けることをトレーズが強く望んだという逸話がある。
その理由はトレーズしか与り知らぬことである。彼がその武装に1人の少年……いや自身の親友を思い浮かべ、敬意を込めて作らせたのかもしれない。
また袖口部分に補助武器としてビームガン兼用ビームサーベルを両腕に1つずつ装備している。これはビームベイオネットが破壊された場合、本機の戦闘能力が著しく低下するため、それをカバーするために新しく設計されたものである。
本来のスコーピオは本機より武装は少ないのだが、それはモビルドールとして運用されることが前提としてツバロフ技師長の設計により製造されたものであり、有人機……それもISの操縦に関して錬度が低い兵が多いスペシャルズに宛がう機体としては不足であったために補助武装を多くするという処置を取ったのだ。
「しかし私としては接近戦用の武装が多いのが少し気になりますわね……」
「セシリアは射撃の方が得意だからね。でも今までのISと違って接近戦用の武装を召喚するためのイメージとか必要ないし、大丈夫でしょ?」
「はい……恥ずかしながら……」
従来のISの武装はパイロットのイメージにより召喚・補充されるものであったが、その召喚スピードはパイロットによってバラつきがあった。しかしスコーピオはそういったことは無くなるので、苦手だったパイロットにとっては優位に働くようになる。
「あ、そろそろ訓練の時間だね!行こう!」
「そうですね、もし当たったら勝たせてもらいますよ?」
「望むところだよ!」
訓練は実機によるものと生身のものがある。ISは肉体の延長上という捉え方もあり、肉体面の強化と並行して操縦訓練も行っている。
意欲向上のために隊員同士の模擬戦の結果で番付を行っており、セシリアとキャラはトップ10に入っている。やはり今までの経験の差から実機での番付は男性よりも女性が上位にいることが多い。
今日は実機の訓練である。実機では様々な訓練をした後、最後に模擬戦を行うこととなっている。そして今日の模擬戦の1戦目はトップ10の内の2人の男女であった。セシリアやキャラと互角以上の腕前を持つ者たちである。セシリアはキャラと模擬戦を行うこととなっており、3戦目である。
「では両名、直ちに機体へ搭乗せよ!」
「「はっ!」」
女パイロットと男パイロットは敬礼をし、そのまま2人はスコーピオへ乗り込む。トレーズの意向からか、このスコーピオはISスーツを着なくても乗れるようになっており、緊急時であったならば軍服を着たまま搭乗出来るようになっていた。
2機は訓練場へバーニアを吹かし、着地する。既に2機とも武器は構えていた。だがそこへ許可していない3機目のスコーピオが2機より離れた場所へ着地した。
「おい、誰だあれは!許可を出していないぞ!あのパイロットに通信を開け」
「はい。通信繋がりました……あ、あの……」
「どうした……し、失礼いたしました!!は、はい!直ぐに!」
通信兵がうろたえているので教官は覗きこんだが、すぐに敬礼している。その様子から、スコーピオに乗っている人物は階級が高いのだろうと予測できる。
「階級が上なのは間違いないだろうけど……」
「でもそれにしては随分慌てていたようですが……」
セシリアたちの疑問を余所に、教官はモニターの人物の言う通りに行動し、出撃したパイロットたちに通信を繋げる。
「両名に伝達する。模擬戦の内容を変更し、貴様たちで目標のスコーピオを撃破せよ。これは命令である」
「は、了解しました!」
「了解です!」
と、返事はしたものの、内心2人は困惑していた。先ほどの教官の態度からして、当初の予定には無かったものなのだろう。しかし彼らは軍人である以上、こなす他ない。
「やるしかないわね」
「その通りだ。私が前に出る、援護を頼む!」
「了解!」
後方のスコーピオが敵スコーピオにマイクロミサイルを一斉に発射する。これは回避運動を促すためのものであり、これで仕留められるとは思ってもいない。敵機の回避先にもう1機のスコーピオが接近しつつ、ビームベイオネットからビームを放った。
しかし敵機を捉える事はできなかった。マイクロミサイルもビームも難なく回避している。その機動は危うさはなく、むしろ美しさもあった。
「少なくとも互角以上か……!?」
後方から2種類のビームが絶え間なく敵機へ放たれている。ビームベイオネットと二連装ビームキャノンを同時に使っているのだろう。敵機に当たりこそしていないが、確実に動ける範囲を狭めている。
そこへ男パイロットはビームを放っているのだが、それでも見切られている。引き金を引く瞬間にはもうその場にはいないのだ。
「早い!だが……いや、来る!」
敵機は先読みされているかのような回避から一変して、二連装ビームキャノンを頭部の上へ多間接を曲げてビームを放ち、ビームベイオネットからビームサーベルを展開させ接近し始めた。
「接近戦なら容易くいけると思うな!」
男パイロットも同じような形で二連装ビームキャノンで牽制をしながら、ビームサーベルを展開させ突撃する。待ち構えていては機体性能が互角な分、勢いがある方がパワー勝ちするであろうという判断からだ。
男パイロットはそのままビームサーベルを振り上げた。このタイミングならば敵機のビームサーベルが右手をぶら下げるように構えている以上、相手はシールドで防ぐかビームサーベル同士のつばぜり合いになるであろうと判断したからである。
「がぁっ!?」
しかしそのどちらも実現することは無く、男パイロットは大きな衝撃で意識が飛ばされかけた。男パイロットがビームサーベルを振り上げた瞬間、敵機はさらにブースターを吹かせ、その勢いのまま左肩で体当たりを行ったのだ。
体勢が崩れた機会を見逃すはずもなく、敵機はビームサーベルをコックピットに当てる。
もちろん模擬戦用なので本当にビームが出ているわけではなく、行動不能になった際に鳴るブザーで撃破を知らせることになっている。
これほど早く僚機が撃破されたことに数瞬うろたえたが、後方のスコーピオはビームでの弾幕を張り、接近をさせないつもりでいた。
しかし敵機はその弾幕すら掻い潜り、二連装ビームキャノンで牽制しつつ接近を果たした。
ビームサーベル同士の激突。押し合いになるかと思えたが、女パイロットは一歩後ろに下がり、横薙ぎに振るった。
「上手い!」
キャラのその言葉に多くの人間が賛同する。セオリーにない行動を行った彼女の攻撃は、下手なパイロットならば決まっていただろう。
だが敵機はそれを読んでいたのか、ブースターを吹かし上空で避け、そのまま蹴りをかました。
「ぐぅ!?」
仰向けに倒れたスコーピオにビームサーベルが突きつけられ、撃破のブザーが鳴る。2対1の戦いは、圧倒的差で決着がつくこととなった。
そうなると当然勝ったほうのパイロットの正体が知りたくなるもの。しかも2人の方は腕の良いパイロットであるし、他のトップ10もセシリアたちと同じ場所で観戦していたので、誰だか見当がつかなかった。
「セシリアは誰だかわかる?私はわかんない!」
「そんな断言されましても……私にも見当がつきませんわ」
「静まれ!全員、モニターに注視しろ!」
周りの者たちもセシリアたちと同じく謎のパイロットの正体について話し合っていたが、教官の一声で静まりかえった。
『このような形で試してすまなかった。君たちの実力を肌で感じたかったために、この様な形を取らせてもらったのだ』
モニターに映ったのは薄い金髪をオールバックにし、気品に溢れた顔立ちと2つに分かれた眉毛に軍服を身に纏ったトレーズ・クシュリナーダその人であった。
「トレーズ閣下だ……」
「トレーズ閣下だったのか……」
「トレーズ様……」
そう言った驚きの声がセシリアたちの周りから聞こえてくる。彼女も当然驚いていたが。
『戦いはセオリー通りにはいかないものだ。それは私の戦い方で理解してくれたと思う。その未知の敵の情報をいかに引き出し、勝利に導くかは君たちに懸かっている。無駄死にはしてはならない、少しでも相手の情報を引き出すのだ……後の兵士のために!』
「「「「「後の兵士のために!!」」」」」
その彼らの声に満足したのか、トレーズは薄く笑みを浮かべる。
『では諸君、健闘を祈る』
ブツン、とモニターが切れる。それと同時にトレーズはコックピットから出て、コックピットハッチに捕まりながら、外の風を受けていた。軍服のマントが風ではためいている。
「五飛、君は今の私を罵るだろうな………だがこれも必要なことなのだ。変えるための必要悪なのだ………」
トレーズのその表情は、どこか悲しげであった。
~~おまけ~~
とある国の兵器会社の社長は頭を悩ませていた。デスク上に置いたパソコンのデータを見たせいである。
「このままでは我が社の存続が危うくなる……あいつはいつまで経っても肝心な情報を寄こさんし……」
IS産業で利益を増やしてきた彼の会社だが、第3世代型ISの開発が詰まっており、他の大会社よりも一歩も二歩も遅れが出ていた。
しかもその第3世代型ISでさえアメリカの新型ISには性能で劣っているのだ。彼の会社は時代の流れに乗り遅れていると言っても過言ではなかった。
そこへ数回ドアをノックする音が彼の耳に入ってきた。人が頭を悩ませているときに……と内心愚痴を零しながら、入室を許可した。
「入れ」
「失礼いたします。社長、お知らせしたいことがあるのですが……」
「何だ?何か新しい開発でもあったのか?」
「いえ、そうではないのですが……実は――――――」
入室してきた秘書の語られた言葉に、彼は興奮を隠せなかった。今まで悩んでいた問題も、全て解決できる鍵が手に入ったかもしれない報告であったからだ。
「直ぐに案内しろ!ほんの少しでも情報を漏らすな、これは我が社の命運が懸かっているのだからな!」
「畏まりました」
彼は笑顔であった。がそれは酷く欲にまみれた、汚いものであった。
「待っていろ、ガンダム……!」