「あ、待った待った!」
「はい、いいですよ」
「くぅ、その余裕な感じが憎いぜ!」
ユーコン社の休憩室でシオンとディルムッドはチェスを楽しんでいた。まぁ会話からしてどちらが強いのかはまる分かりであるが。
「で、結局あの事件の後、問題になった嬢ちゃんたちってどうなったんだ?俺はまだ聞いてねぇんだ」
「ああ、あの銀の福音の時のことですか。実はですね……」
シオンによると銀の福音暴走事件は、発表していないガンダムが2機もあったので本来なら秘匿しておきたかったのだが、紅椿の存在のおかげで事件自体は発表せざるを得なかったという。
詳しく調査していくにつれ分かったことだが、妹である篠ノ之箒は臨海学校以前に篠ノ之束に連絡を取り、自身の専用機の製作を依頼したらしい。その後の臨海学校で紅椿を授与し、僅か数時間で銀の福音の任務に当たったという報告が入っている。
「篠ノ之束にいつでも連絡が取れるというのと、勝手にIS……しかも第4世代型を使用したということでIS学園の夏休み一杯は日本の特殊施設に拘束されるそうです。ガンダムのせいで世界中の性能競争が激しくなっているところに第4世代型ISですし、篠ノ之束の妹というのが大きかったようですが」
「しかしその姉が妹を取り返そうとしたりするのは考えなかったのか?」
違法研究をしていた研究所が人的被害ゼロで破壊されたという事件が過去に何度か起こっていた。確定ではないが、犯人の足取りが全く掴めないことから容疑者に篠ノ之束が挙がっている。
そのことと、彼女が今までやってきたことを考えると妹を助けようと襲撃してくる可能性があるのだ。
「もちろん考えましたよ?でもそこで妹さんを助けたところで、妹さんはもうIS学園にいるどころか、普通に生きることすらできないでしょう。つまり妹さんのことを考えれば助けにくることはできない……ということです」
「なるほどなぁ」
もし束が襲撃をかけて箒を救ったとしても助けた後はどうするのか?という話になるのだ。もちろん襲撃される可能性もゼロではないが、箒が束に連絡することができることを見落としていた日本に責任を取らせるため、日本で箒を拘束することとなったのだ。
「んで紅椿のデータは取れたのか?まさかそのままその妹に乗せるわけないんだろ?」
だがシオンはそれに対して、首を横に振った。
「それが……篠ノ之束はトラップを仕掛けていたみたいで、今までの書き換え技術だと書き換えができないんですよ。しかもパーソナルデータも書き換えができないようにしてあるので、事実上紅椿は篠ノ之箒以外搭乗することができないようになってまして……」
「おいおい……それじゃ紅椿だけ待機状態ありの、本当の意味で『篠ノ之箒の専用機』ってことかよ」
「そういうことです」
第4世代型ISということでロームフェラ財団とアメリカを除いた各国が紅椿の書き換え(という建前のデータ収集)を行ってたのだが、篠ノ之束が仕掛けていたトラップにより今までの技術が通用しなかったのだ。
その後あらゆる試みが試されたのだが結果は変わらず、お手上げの状態に陥ってしまった。
箒はその解除方法を知っているかもしれないという疑いもかけられており、彼女にとっては良い迷惑である。
しかし使えないとはいっても第4世代型ISに使われている技術は喉から手が出るほど欲しいものであり、一国に預けるという話はどこも受け入れられず、IS学園に封印という形を取った。
解除できる可能性のあるアメリカやロームフェラ財団は、この件に関わるつもりはないので(関わっても旨みが無いとも言える)、今のところ解除する目処は立っていない。
「ところで、ブラッドの旦那が怒ってたIS学園の指揮官の女……織斑千冬だっけ?そいつの処分はどうなったんだ?」
「それですか……向こう数カ月間IS学園から外出禁止、減給とIS学園においての指揮権の剥奪と外部への通信の禁止程度です」
それに対してディルムッドは眉を顰める。
「おい、そりゃ随分軽いじゃねぇか。ほとんどお咎めなしって言ってるようなものじゃねぇか」
「そういう意見もあったんですけどね……あの作戦は結果的には成功でしたし、味方の被害はトールギスの武器が破壊された程度でしたから、あまり厳しい罰を与えるのはいかがなものかという声が非常に多かったみたいで……」
そう、ブラッドやガンダムパイロットたちは織斑千冬の指揮能力に不満を持っていたし、事実そういう意見も出たが、作戦は成功していたというのが重要だった。
確かに織斑千冬は篠ノ之束を匿い、新型機とはいえ慣熟訓練もやっていない未熟なパイロットと腕に不安が残るパイロットを使い作戦を実行したという指揮能力に疑問を持つような行いをしたが、作戦は無事成功したのだ。
アメリカやロームフェラ財団は男性ISに切り替えようとしているが、他国では切り替えられるほどの技術が確立されていないため、まだまだ女性ISが主流なのだ。女性にとってもはや神格化されつつある織斑千冬を作戦が成功したのにも関わらず罰してしまった場合、女性たちからの反発は目に見えていた。
現在ISの待機状態が解除されたとはいえ、専用機持ちがISを使う場合かなり簡単に許可が下りてしまう。そこのあたりはやはり今までの弊害が出ている。
それによって専用機持ちが反逆しかねないという可能性があるのだ、他国ではあまり女性を刺激するような事態は避けたいのである。
しかし何も無し、というのもまた有り得ない。そこで妥協案として今回の処罰が決定されたのだが、やはり不満が残る者が非常に多く出る結果となった。
「まぁ仕方ねぇのかもしれねぇけどよ、納得はいかないよな。でもあの戦闘のおかげでヘビーアームズの戦闘データもとれたし、量産機の開発がそろそろ始まるんだろ?」
「はい、<サーペント>ですね?それに関してはアメリカの主要な企業がそれぞれ分担して部品を作ることになりました。いつまでもユーコンだけが作る状況を続けるわけにはいきませんからね……まぁ博士たちが開発した量産機用のISコア複製なんかの重要部品はユーコンが引き受けることになりますが」
ドクターJたちによってISコア複製も成功し、戦闘データもようやくとれたことからヘビーアームズの武装を受け継ぐ形になるサーペントが開発される目処がたった。
シオンが言った通り、重要な部品以外はアメリカ各地にある大企業が行うことになっている。こうすることでIS産業を発展させる狙いもあるのだ。
この一件でヘビーアームズの機体性能は公表されたが、アルトロンは公表されず、両パイロットも公表されなかった。
関係ないアルトロンは公表する意味が無いし、両パイロットの経歴は少々不味いものがあるので、一般市民に見せることはできない……それ故の処置だった。
よって銀の福音のパイロットを殺害した人物と言うのは公開されておらず、パイロットの家族は政府に反発しているが、政府の圧力によりその声も抑え込まれている。
綺麗事ではやっていけないのだ。
「ようやく、大きな一歩が踏み出せるってわけか」
「そうです……ようやくです。あ、チェックメイトです」
「……ああ!?待った待った!やり直しだ!」
「ダメです」
ニッコリ笑ったシオンを見て、コイツはドSなんじゃないかと思うディルムッドだった。
● ● ●
IS学園の生徒たちは普通の高校生よりも早い夏休みへと入っていた。それと言うのも1年生が臨海学校にて当たった任務に原因があるというのだが、軍の最重要機密に当たるとかで生徒に説明はなかった。
ともあれ事件に関係ない生徒には早く夏休みが訪れるのは嬉しいことだ。大体の生徒は喜んで受け入れた。ほとんどの生徒は帰国し、夏休みを堪能していた。がそうでない生徒も存在した……そう、国家代表候補生である。
IS学園は元々新型機のデータを蓄積させ、自国にデータを送る場というのが目的である。しかし自国に帰ってからは細かい調整などもあるので、国家代表候補生は忙しいというわけだ。
「ようやく一息つけましたわね……」
彼女――セシリア・オルコット――もイギリスの代表候補生として責務を果たしていた。帰国した彼女は休むことなく、機体の調整、新装備など様々なデータ収集を行っていた。
加えて彼女は両親が他界しているため、オルコット家のあらゆる面を管理しなければならなくてはならず(国家代表候補生のおかげで国家からの多大なバックアップがあるが)彼女の同世代の子が同じ目にあったならば、とてもこなせないほどのものであった。
まだ予定は入っていたが、今ようやく夏休みに入ってから初めて休みを得る事が出来たのだ。
「あら、そう言えばチェルシーさんはどこに行ったのかしら?」
チェルシー・ブランケットは彼女のメイドであるが、1つ年上の友人でもある。セシリアの両親が死んでから貴族であるオルコット家では親戚らが遺産を狙っている中で、チェルシーはオルコット家の中でセシリアが信頼のおける人物と言ってよかった。
「失礼いたします」
ノックが数回部屋に響くと、1人のメイドが入室してきた。容姿は茶髪のショートカットで、整った顔立ちは美少女と言ってよかった。
「あら、チェルシーさん。どちらに行ってましたの?」
「実は先ほど屋敷の方に手紙が来まして、それを受け取っていたのです」
「手紙ですか?どちらからですか?」
時期が時期だけに、パーティーの招待というわけでもないだろう。不思議に思ったセシリアはチェルシーに尋ねた。
「宛名は……ロームフェラ財団からとなっております」
「ロームフェラ財団から?余計にわかりませんわ……………ブッ!?」
セシリアは丁寧に封を破り、手紙を読んでいくと段々表情が渋くなっていく。だが、最後の文を見た途端思わず噴き出してしまった。
「どうしたのですお嬢さま、何と書かれていたのですか?」
「……3日後にルクセンブルク城にお越しください。貴公ととても重要な話がしたい……トレーズ・クシュリナーダ、と書かれていますわ」
「ト、トレーズ閣下からのお手紙だったのですか」
いつも冷静なチェルシーも、さすがにこの手紙の送り主を聞くと驚きを隠せなかった。
「もしかしてお嬢さまがトレーズ閣下の御眼鏡にとまったとか、そういったものなのではないでしょうか……?」
トレーズ・クシュリナーダはあれだけ絶大な人気を誇りながらも、女性関係はまるで聞かれない。聞くとしたら側近の女性がとてつもなく美人である、という話程度だ。
色恋沙汰を持ち込むチェルシーに、セシリアは首を振って否定した。
「それはないでしょう、私はあの御方と直接話したことはありませんから……ああチェルシーさん、3日後の予定は全部キャンセルしてくださいな。格好はドレスがいいかしら、いやそれよりもまずエステに行かなくてはいけませんね。さぁさぁ、今から衣装やら色々やることが増えてしまいましたわ、急ぎませんと」
セシリアは口調と表情こそ普通であったが、部屋をスキップしながら出て行った。
「……どう考えても浮かれていますね、はぁ……」
とはいえチェルシーとてドキドキしているのだ、直接招待されたセシリアの気持ちは自分より遥かに上なのは当然であった。
「しかし、本当にどんな要件なのかしら……?」
わざわざ電話も使わず手紙などという古臭い手段を使って、それでも要件の内容を明かさないとなると……。
「何だか若干臭いですわね」
近頃ロームフェラ財団での金回りが良くなっているとも聞いているチェルシーは、ちょっと裏があるような……そんな気もしていた。
● ● ●
手紙を受け取ってから3日後、セシリアとチェルシーはトレーズからの使いの者が操縦するシャトルでルクセンブルグまで行き、ルクセンブルグ城の敷地に入ると馬車で城へと向かっていた。
「美しい景色ですわね……ここもロームフェラ財団の所有地なのですか?」
「はい。今ご覧になられている景色は全てそうです」
セシリアの向かい側に座るロームフェラ財団私兵団の軍服を着ている男は、柔らかい表情でしかし馴れ馴れしくないよう接していた。
「失礼ですが、何故トレーズ様が私を呼ばれたのか理由をご存知ですか?」
「申し訳ございません、閣下からはただお連れするようにとしか聞かされておりませんので……」
「いえ……ただお聞きしたかっただけですので、御気になさらないでくださいな」
その会話をセシリアの横で聞いていたチェルシーはいくらか驚いていた。
今までのセシリアならば今は亡き父親のこともあって男性相手にはきつく接するのが普通であったのだが、IS学園から帰って来てからそういった態度では無くなっていた。
「(学園にいる唯一の男子生徒の方のおかげでしょうか……まぁ恐らくそうでしょう)」
とはいえ、それは良い変化だ。セシリアの両親が他界している今、オルコット家当主はセシリアなのだ。いちいち男性に会う度刺々しい態度をとっていたら、周りの人間の評判は下がるだけだ。そう言った意味で今のセシリアは以前よりも良い状態であるといえた。
兵士の男は口調こそ畏まったものだが、性格は気さくなのだろう。それから3人は何度も話をしているうちにルクセンブルグ城に着いてしまった。
セシリアたちが馬車から降りると、待っていたのは軍服を纏った金髪美女であった。
セシリアも金髪ではあるが、彼女はまだ少女といえる。だが目の前の女性は目つきも鋭く雰囲気もどこか戦士を感じさせ、完成された大人であった。
「ようこそおいでくださいました、セシリア・オルコット様。ここからは私が案内させていただきます」
しかし彼女の声は雰囲気と裏腹に、透き通るような声だった。彼女は美しい、と言う言葉がよく似合う女性だ。
「あなたは……?」
「申し遅れました……私はトレーズ閣下の秘書を務めさせていただいております、カティと申します」
では、私の後ろに着いてきてください。そう言って彼女はセシリアとチェルシーの2人と兵士を1人連れて巨大な門を開けた。
門の向こう側に広がる空間は煌びやかなものであったが、決して息苦しさを感じさせるものではなく、するりと心に入り込むような美しさを誇っていた。
セシリアは装飾のセンスに感心していると、カティは突きあたりの部屋のドアを開ける。
「失礼ですが、お連れの御方はこの部屋でお待ちしてもらえますでしょうか?」
「はい、畏まりました。それではお嬢さま、失礼します」
「はい、わかりましたわ」
チェルシーは指示に従い、後ろについていた軍人と共にセシリアに一礼してから部屋へと入った。カティには彼女らの雰囲気が主従というにはかなり親しいということが今の行動でわかる。
「仲が良いのですね」と声をかけそうになったカティだが、結局言わなかった。今優先すべきは彼女をトレーズの元へ連れて行くことであり、余計なお喋りをしているわけにはいかない……彼女はそう判断した。
「ではセシリア様、ご案内します。こちらへ」
カティの後ろに付いて廊下を歩いて行くと、そこから庭が見えた。花や木が人工的に整えられた庭の横に、射撃場もある。そして廊下と庭の間にある柱には鳥籠が吊るされてあった。誰かが飼っているのだろうか?
今日は雲ひとつない青空だけあって、世界が少しずつ変わろうとしている中この場所だけは何も変わらない、平和そのものの美しさのようにセシリアは感じた。
と感じたのは良いものの、トレーズの部屋に近づく度セシリアの動きが段々ギクシャクしてくるのは御愛嬌である。
何度か階段を上り、廊下を渡るとカティが立ち止まり、セシリアに向き直る。
「こちらがトレーズ閣下のおられる執務室です。よろしいですか?」
「は、はい!大丈夫ですわ」
若干声が裏返っていたが良いと判断したのだろう、カティは頷いてドアを数回ノックした。
「トレーズ閣下、セシリア・オルコット様をお連れしました」
「入りたまえ」
セシリアは固まった。開けられたドアの向こうにいたその人は……自身が憧れ、いや崇拝に近い感情を抱いていたトレーズが数メートル手前にいる事が信じられなかったのだ。
「一度パーティーで見はしたが、こうして話すのは初めてだな。ようこそ、セシリア嬢」
「は、はい!御目にかかれて光栄ですわ、トレーズ様。セシリア・オルコットでございます」
声をかけられてようやく自分が茫然としていたことに気づいたセシリアは、慌ててスカートの両端を摘まみあげ、お辞儀をする。
「(ああああ、私としたことが何たる無作法を~!?恥ずかしすぎて死にそうですわ!)」
第一印象が大事だというのに、緊張で声が裏返るわ、作法は上手く出来ないわでもう散々であった。もうセシリアは泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「楽にしたまえ、セシリア嬢。本来ならばこちらから行かねばならない要件であったのだが……セシリア嬢には苦労をかけた」
「いえ!こちらから出向くのは当然です。トレーズ様に足を運ばせるなど、もっての他ですわ!」
「そう言ってくれるとありがたい。まずは席につくといい、客人に立たせたままでは失礼というものだ」
「え!?しかしトレーズ様と同じ席につくなど……!」
慌てるセシリアの横で、普通の人には気づかない程度だが眉を顰めているカティがセシリアのための椅子を用意し、彼女のための紅茶も準備する。
無論カティの様子が変わっていることに気づいているトレーズであったが、彼は何も言わず薄らと微笑んでいるだけであった。
「(こ、これは座らなければいけないですわね!そうです、これ以上断っては無礼ですわ!)」
と自分の中で納得して、セシリアはゆっくりと慌てず優雅に席に着いた。まぁ言葉では否定したが、本当は嬉しくて緊張しっぱなしというのが本当の所であった。
セシリアが席に座ると、トレーズはカティが淹れた紅茶を口に含む。飲んでいるときに閉じられていた眼をゆっくりと開けて、カティの方に視線を送る。
「カティ……君の淹れた紅茶は相変わらず素晴らしい」
「は、身に余る光栄ですトレーズ閣下」
セシリアも続いて紅茶を飲むと、その味に驚いた。チェルシーの淹れた紅茶も美味しいが、これはそれを遥かに上回るものだ。
「とても美味しいです、カティさん」
「ありがとうございます、セシリア様」
セシリアが聞いた話によるとこのカティという女性、国家代表の座を蹴ってトレーズの秘書になったという。つまりはISの操縦はもちろん、生身の戦闘力もあるということになる。
それに加えてトレーズの秘書を務められるほど有能で、しかもこの美貌。女としてはちょっと嫉妬も感じるというものだ。
「(いるところにはいるんですわね……こういう完璧な人というのは)」
目つきが少し鋭いというところ以外はほとんど隙なんかないんじゃないか、セシリアはジッとカティを見つめる。
「何か御用でしょうか、セシリア様?」
「い、いえ……何でも御出来になって、素晴らしい方と思っただけですわ」
「……ありがとうございます、セシリア様」
そう言われたのが予想外だったのか、少しキョトンとしたカティだったが、少し笑みを浮かべながら礼を述べた。
その笑みは女のセシリアでもドキッとするもので、思わず顔が赤くなりそうだった。
「(不覚ですわ……やはりこの方はトレーズ様とそういう関係なのでしょうか?)」
セシリアはカティとトレーズが男女の関係なんじゃないかと紅茶を飲みながら考える。直ぐにそういった男女の事に想像を膨らませてしまうのは、10代の学生らしい思考ともいえた。そういった意味ではセシリアもまだまだ子供なのだろう。
「さて……一息ついたところで、本題に入りたい。よろしいかな、セシリア嬢?」
「はい」
ついに話される本題に、セシリアは身を固くした。まさか先の銀の福音のときのことなのだろうか……とセシリアは頭の中でいくつかシミュレートをする。
「セシリア嬢もロームフェラ財団には私兵団があることは知っているだろう。その私兵団がある計画の元、新たな名が付けられることになった。その名をスペシャルズという」
「スペシャルズ……ですか」
だがトレーズの言葉は予想を裏切るものであり、セシリアは話の展開が読めなかった。
「ロームフェラ財団の権限の元、あらゆる方面で融通がきく組織となる。無論その中にISの部隊も存在する」
そう言ってトレーズは一口紅茶を口に含んだ。
「セシリア嬢、君をそこの部隊の一員として迎え入れたい。私の部下にならないか?」
「………………え?」
セシリアは数秒間茫然とした。言葉自体は理解できる。しかし内容があまりに予想外過ぎていて、実感できないのだ。トレーズがそんな言葉を自分に対して言ってくれるとしたら、妄想でしかないはずなのだ。
だが現実にトレーズから「部下にならないか?」と言われたのだ。セシリアの頭の中で何度も何度もその言葉が駆け巡り、数秒経ってようやく正気に戻った。
「不満だったかな?」
「ととととんでもないですわ!身に余る光栄です!……ですが、私の様な者でよろしいのですか?私よりも強い代表候補生はIS学園にも存在しますのに……」
トレーズの言葉に慌てて返すセシリアだったが、徐々に言葉が萎んでいった。
セシリアはIS学園での専用機持ち同士の成績だと、下位である。無論一夏に対しては勝率が良いが、他のラウラ・シャルロット・鈴に対しては負けがこんでいる。
そんな自分が、崇拝するトレーズの部下になるには力量不足なのではないか?そんな考えが頭を過り、口から出てしまっていた。
「確かに君は他の代表候補生と比べると成績があまり良いとはいえないな。だが君の機体であるブルー・ティアーズは武装の実験機の意味合いが強い……あれでは戦闘用とはいえないな」
「え……?」
「セシリア嬢……確かに有能な兵士は必要だ。だが兵士に真に必要なものは能力ではない……何だと思うかな、セシリア嬢?」
「……忠実であること、でしょうか?」
セシリアにはわからなかった……この答えも半ば当てずっぽうである。有能な兵士というのは、指揮官ならば欲しいに違いない。しかし、トレーズはそうではないと言ったのだ。
セシリアの答えを聞いたトレーズは席を立ち、窓を見て薄らと笑みを浮かべた。その笑みは、何か懐かしいものを思い出しているような……そんな雰囲気だ。
「ある少年たち……そして我が永遠の友がそうであった。彼らは故郷に裏切られ、幾度も敗北しても尚立ち上がり戦い続けた。彼らは能力的にも素晴らしい兵士だったが、私が惹かれたのは彼らの“戦う姿勢”だ」
「戦う姿勢……」
「死を厭わない兵士……その姿勢こそが正しい人間の正しい戦い方だと思う。例え死してもその兵士の魂は気高く輝き、人々の心に感動を与えるのだ。セシリア嬢、君は家名を守るために幾度も敗北しながらも戦い続け、今こうして国家代表候補生という地位についている。その姿勢こそが兵士として必要なものなのだ」
セシリアはかつてない衝撃を受けていた。そして少し前までの自分を恥じていた。
国家代表候補生になる前は、何度も挫折しながらも歯を食いしばって歩み続け、今の地位を手に入れた。だが手に入れてからの自分は今まで自分の努力を馬鹿にしてきた者を罵倒し、それが肥大化して自分より能力の低いものを罵倒していたのだ。
セシリアは国家代表候補生になってからは、自分が嫌いだった者たちと同じになっていた。そのことをトレーズの言葉で気づけたのだ。
声に出したかった……自分はそんな評価してもらえる人間ではないと。だが同時に、そんな自分を評価してくれたトレーズに対して心から礼を述べ、この話を受けたかった。
しかしセシリアはそう簡単に答えを出せない立場だった。彼女は国家代表候補生になっていることで国家からオルコット家のサポートをうけているからこそ、未成年の彼女でも家名を守ることができている。
「君が家名のことを気にしているのならば、私の部下になればロームフェラ財団が支援しよう。国家代表候補生はあまり長い期間はできまい……ロームフェラ財団ならば国家代表候補生よりも長く支援を受けられる」
だがトレーズの言葉はセシリアの憂いも断ち切るものだった。
「トレーズ様……私は……」
しかしセシリアは承諾出来なかった。家名を守るという意味では、もう国家代表候補生を続ける必要はない。しかし彼女には、最後に1つだけ心残りがあった。
「(一夏さん……私は……)」
「しかしこれだけのことだ……即断はできないだろう。2週間。それまでに返答してもらいたい」
「……はい。必ず、お返事致します」
● ● ●
トレーズは窓からセシリアたちが帰るところを眺めている。その後ろではカティが眉を顰めていた。
「トレーズ様、何故彼女に対して便宜を図るのです?そこまでする必要はないと思われますが」
「彼女は必要だよ。いや……正確に言えば女性のISパイロットが、だがね」
「腕の問題ではない、ということですか」
「ふ……」
トレーズはそれ以上語らなかった。だが先ほどの答えで合っているだろうことは、彼の反応でわかる。
これはカティの考えだが、恐らく男女混合の部隊にすることで今まであった女尊男卑の壁を緩和させる狙いがあるのだろう。
狙いはわかる。だがしかし、あんな小娘に気を使うトレーズの姿を見ているカティの心中は穏やかでなかった。
第一セシリアのあの態度が気に入らなかった。トレーズ直々勧誘を濁した返事で、この場を後にしたあの態度が。
「(小娘が……)」
カティはその美しい仮面の下で、激しく毒づいていた。