「接続中毒者三名、検査を終えました」
『ご苦労さま。深度は?』
「筐体から距離を置かせ、次に血中のマイクロマシンを除去し終えましたが、バイタルは以前微弱。覚醒の兆しも無いことから、暫定深度を六と規定します」
『そりゃ大変だ。脳自体が仮想世界に無線接続しちゃってるね。接続先は?』
「回線を逆探知の最中です。候補が幾つか絞り込めてきたのですが……」
『やばそう?』
「ええ。加えて、発覚した時間から考えるとここまでの悪化は早すぎます。前例から鑑みるに、《彼ら》の関与が疑われますが」
『うん、多分そうだね』
「一昔前の観察作業を再開したのでしょうか。彼らに懐古主義は無かったかと記憶しておりますが」
『それが、ブームみたいなんだよ。その一件、《彼ら》で決まりだったら、中毒者の処置は一旦保留でね』
「……上の決定ですか?」
『うんそう、触らぬ神に祟り無しってヤツ。これからは《彼ら》との付き合いに、より一層の慎重さが求められるとかどうとか』
「慎重も何も、《彼ら》のことを人間の尺度で測れるとは思えませんが」
『それなんだけど……《彼ら》が個の概念を理解しつつあるというのは、聞いてるね』
「噂程度なら」
『説明の必要は無さそうだね。個の概念を知ることで、彼らにはそれぞれの差が生まれた』
「オンリーワンってヤツですか。それだけなら、良いことに聞こえますがね」
『個体差があろうと、彼らの知的好奇心は相変わらず。知識だけでなく実地で確かめたい――。そんな考えも生まれたらしい』
「……先ほどブームと仰っていましたが、他にも接続中毒者が?」
『ま、あれだ。《彼ら》にとって、地球人類は非常に遊び甲斐のある玩具らしいね。脳の量子情報通信とか、後は実在性集合無意識とか』
「脳なんて低スペックPCじゃ人類はここまで発達し得なかった。人口の増加に伴い、相互に知性を補完し合う力場が発生している――ってヤツですか」
『言語の概念じゃねーかって思ったけど、それだけじゃないのは一部じゃ知れ渡ってるね。その他の要因もあるが、《彼ら》の大多数は人類で遊ぶことにしばらく飽きないだろうと言われている』
「まあ素敵」
『こう考えるんだ。個体差が生まれたってことは、足並みが乱れるってことだと』
「……しかし何故今更、落ち着きかけた《彼ら》との交流にそのようなことが」
『その辺のライトノベルでも読めばいいよ。似たような設定が腐るほど在るから』
「なんですかその投げやりさ」
だいよんわ《そんな設定で大丈夫か?》
「……うん、終わったな」
本日のお仕事が。
短期滞在中である行商人の下働き。
四則暗算が出来ることは伝えたが、信用も無いので肉体労働が主でした。
そのくせ賃金も、その日の宿代を払ったら他の雑費で簡単に吹き飛ぶくらい。
ああ、世知辛い。
そして――。
「ああ、絶対クビになったよ俺……」
リアルの生活が、終わった。
もう三日経つのに、強制ログアウトの兆しがない。
研修終えて一月経ってないのに、無断欠勤。
「もうお前は誰にも縛られる事がない。自由なんだ……」
ジョージはにやけ面だった。
あのな、お前と違って、家は裕福じゃないんだよ。
ニートになっても食わせて貰えるなんて期待できないんだよ。
再就職先探さないと……。
「どうして、以前の会社をこのような短期で辞められたのでしょうか?」
面接官のつもりか、ジョージ。
「ああ、でもそれどうやって言い訳しよう……!」
「ちょっと異世界生活で、日雇いして糊口しのいでましたって言えば?」
「泣くぞ!?」
「泣いて内定とれればいいのにね」
くだらない洒落がトドメになって、ガチで涙出た。
肩にのし掛かる倦怠感。
今までの低賃金労働も、情報収集のついでにやってれば直に帰れるだろうと思ったからこそ出来たのに。
「ああもう、世界とか滅びればいいのに……」
世を儚んだその時だった。
影が落ちた。
夕暮れまで、もう少しが間があったはずなのに。
ジョージと一瞬見合ってから、視線を上へやった。
空を行く、影の主。
長い首でトカゲのような頭をした、コウモリみたいな翼を生やした黒い巨体。
ぶっちゃけ、西洋的竜。
あ、火ぃ吹いた。
威嚇してる?
竜は通り過ぎ、町の中央へ。
そしてジョージが嘆息した。
「お前が世界滅びろって言うから……」
「俺のせい!?」
「いーけないんだー、いけないんだー、役人さんにー、言ってやろー」
「中途半端に生々しいなぁおい!」
「それで、ゲーム的に考えればイベント発生だけど、どうする?」
急に真面目になるなよ。
ふむ、イベントねぇ。
いざという時のためにショートカット登録した《観察眼》は、半ば反射的に発動していた。
まあ、倒せそうだ。
多分、おそらく、きっと。
「もしかすれば、ひょっとしたら」
「前半三つよりも可能性下がってるぞ、おい」
自信の表れである。
まあ、他のスキルも使用できそうだってのは、宿の室内で可能な限り試しているし平気だろ。
しかし。
「……竜襲来とか、ベッタベタなイベントの為に俺の時間が奪われたのか?」
俺の全てが、具体的に言うと職が奪われたのか。
「急に凄むなよ」
「そうだ、俺は悪くない。アイツのせいで……!」
「現実逃避の上に八つ当たりか……救えねぇ」
「でも実際、素人が乱入しても迷惑になるのでは」
治安維持の組織ぐらい在るだろ。
そう続けると、ジョージは肩を竦めた。
「その組織がまともに機能していたら、そもそも都市に入ってくる前に迎撃なり避難勧告があったと思うが」
「避難勧告は聞き逃しただけだろ、多分」
気付けば周囲に人いないし。
この辺に宿が多いってのに、たむろってる人が皆無って少々異常だろ。
「それでも、いい加減さは伺えるな」
……まあ、仰るとおりです。
俺らがやる必要あるのかってアレもあるけど。
それにさぁ。
「お偉いさんに、てめぇウチのシマで何やらかしてんじゃぁって言われたら、どうしよ」
「いちいち理由つけて、そんなに働きたくないか。ナイス無職っ!」
そっちは何でそんなにノリノリなんだよ、ジョージ。
「いやだって、仕留めて鱗剥げば、当面の宿代にならないか?」
まあ、クロ・ラの設定では、竜系の死骸からは高価なアイテムが収集できるが。
「――まあ、倒せそうだしな、うん」
これも正義のためさ。
「じゃあ、行くか」
俺の前に立って、着いてこいと言わんばかりに背中を見せるジョージ。
「ああ」
俺は思わず苦笑しつつ頷いた。
――駆け出す先は、都市の中心方面、分厚い壁に囲まれた場所。
気付くと、そこも所々崩れている。
黒い竜を入れまいとした抵抗の後だろう。
「ところでジョージ」
「なんだよ」
「俺ら、リアルでどうなってると思う?」
……。
少し待っても、ジョージは答えなかった。
当然だ。
正解を確かめようもないし、考えても悲観的な答えしか出ないから。
それでも、言わなきゃいけないと思った。
「今の俺らが死ぬと、どうなるのかな?」
振り向いて、ジョージは歯を見せ笑った。
「死ななきゃいい」
――怪我は、このスーパードクターJに任せな!
ジョージはそう続けて、親指を立てた。
「ジョージの頭文字はGだぞ」
Georgeでジョージと読む。
「ばっか、日本語的なローマ字読みだし! ジャパニーズのJだし!」
「帰化してからモノを言え」
「差別ニダ、差別ニダ!」
「お前そっちじゃないだろ!?」
そのネタに触れるなよ!
あ、それと忘れてた。
「そういや、仮面はつけないのか?」
「バッカ、顔見せないで竜の素材取る権利発生しなかったらどうするんだよ」
権利が貰えるかも正直怪しいと思われ。
そして壊れた壁の隙間をくぐって、その先で四つん這いで廃墟を踏みにじる黒竜と、竜へ刃を向ける少女を認めた。
黒髪を結った少女は、服の上から要所のみ鎧で覆った軽装。その両手で細身のサーベルを構えている。
時間が静止したような、緊迫した空気に満ちたにらみ合い。
割って入ってはかえって邪魔なのではと思うのだが……。
うん、ぶっちゃけタルい。
俺とジョージは、ポーチから拳大の鋼球とスリングを取り出した。
……クロ・ラで最もポピュラーな遠距離武装ですが何か?
弓とかと違って、貫通や状態異常付加が無いけど、俺らの職業で磨ける遠距離攻撃は投石スキルぐらいなんだ。
スリングの一端は腕に結びつけて、もう一端はしっかり握って、包んだ鋼球を落とさないように腕を高くブンブンする。
「ディスコでフィーバーな気分だよな」
と、ジョージ。
「すっげぇ薄ぼんやりとしたイメージしか湧かないんだけど」
軽く半世紀以上前じゃね?
ぼやきつつ、投擲。
両方竜の頭に命中。
竜は青い血を吐き出しつつ、けたたましい叫びを上げた。
残念ながら、二発じゃ死なないようだ。
この鋼球はランクが高めなだけあって威力も相当なものなんだが。
そして更にポーチから取り出し、第二球を投擲。
ジョージもやや遅れて投擲。
痛みのためか、竜が叫びと共に頭を振るので、当たったのはジョージの方だけ。
藻掻くように四肢を振り回す。
そこでようやく少女が竜より距離を置こうと動く。
「乱入失礼します!」
俺は赤口をポーチから引き出しつつ抜刀、竜の眼前へ身を躍らせた。
「……どなたかは存じ上げませんか、ご助力感謝いたします」
背後から聞こえる澄んだ声は抑揚もなく事務的で、本心か皮肉か判別しにくい。
「援護は俺に任せろ。必殺技、活性拳が唸るぜ」
回復技で必殺するなよジョージ。
「お二方共に相当な使い手と見受けますが、この邪竜は異常なまでの自己回復能力を持っています。私の率いていた部隊はそのために半壊しました」
言外に逃げろと、親切に仰っていただいた。
ああ確かに、鋼球の当たった部分のへこみが治りかけている。
ステータスが高くなさそうなのは幸いだ。
動きも、見た限りじゃそれほどでもない。
よし、なら。
「一つ、伺いたいのですが」
背後の少女へ問いかける。
「何でしょう?」
「それだけの邪竜を倒せば、報償の一つも期待できますか?」
「ばっか! そこは恩を売ってフラグ建てるところだろーが!」
そんな戯れ言は無視。
ただしイケメンに限る、だ。
あり得ない幻想よりも、明日のおまんま。
「……邪竜討伐と釣り合う事は保証できませんが、私の権限で可能な限りの報酬を約束します」
「交渉成立!」
飛びかかって、竜の前脚を斬る。
傷口の焼ける音、赤口の斬った対象を同時に焼くえげつなさ。
どうだ、さすがに傷と火傷のコンボは再生しにくかろう!
――というわけで、ジョージの投擲援護と相まって、らくしょーだった。
ちょこちょこ斬って、退いて、鋼球投げて怯ませて、また斬って。
普段からよく使ってる戦術で、途中から半ば作業ゲーだったし。
必殺技使うまでもなかった。
「そんな……」
そして息絶えた竜を見て、唖然とした様子で少女は呟く。
よく見ると、和風顔で俺の好みだった。
万に一つも、フラグを残しておけば……。
「ご協力、感謝いたします」
そして少女は深々とお辞儀。
「お二人とも、素晴らしいお手並みでした。さぞかし名のあるお方なのでしょう」
……名のあるも何も、クロ・ラじゃ中堅がいいとこだって。
超無名。
耳がいてー。
「いえ、それほどでも……」
「ご謙遜を! きっと名誉ある職務に就かれているのでしょう?」
超頭痛い。
「いや、あの……」
「いえ、失礼いたしました。言うまでも在りませんよね」
たたみかけられて、頭の中で何か切れる音がした。
「無職だよばーか死ね!」
「えっ……」
少女が怯んでるけど、なんか止まらない。
「無職ですよ! もう勤め先クビ確定だね! はは、笑わば笑え。なんですか、なんですかその目。その汚物を見る目。無職が貴女に迷惑かけました? ねぇ、ねぇ? じゃあ見るなよ! そんなに滑稽か。俺がそんなに滑稽かああぁん!?」
「……失礼いたしました」
少女に因縁つけて、頭を下げさせた。
……はは、オワタ。
続く
冒頭のアレ、実はさんざん引っ張ったあげく主人公じゃなかったってオチのつもりだったなんて、言えない……。
主人公の名前がでないのがその伏線のつもりだったなんて言えない……。
まあ、変えますけど。