夕暮れ迫る海鳴の住宅街を歩く人影が一つ。
それは住宅街にそぐわない、ロックンローラー風の装いをした赤毛の男。
ギターケースを肩に担ぎ、チャリチャリとアクセサリーのぶつかる音が無機質に響かせており、鋭い目つきと全身から発するに剣呑な気配に、野良犬や鳥までが怯えて逃げ去っていく。
八神家の前まで来ると、彼はおもむろに扉を開く。
「おとーん、おかえりー」
「庵くん、おつかれさんやー」
「…ああ、ただいま」
八神家の大黒柱、八神庵の帰還であった。
*
「今回はどうやったん?」
「いちおう決勝戦は見たけど、また黒幕おったんかー?」
「ああ…『また』ルガールだった」
「あちゃー、あのオッサンも懲りへんなー」
「もはやあれは意地だな」
庵が出場している格闘大会、KOFこと『キングオブファイターズ』。
決勝戦の後にスポンサーや黒幕との戦いがあることは関係者の間ではもはや暗黙の了解となっている。
その中でも黒幕件スポンサーとして最多の参加をしているルガール・バーンシュタインは、当初こそさまざまな力を求めてのことだったが、最近は優勝者との力試しのほうが主目的になっているらしかった。
ちなみに収益は十分なので、毎回最終ステージ=戦艦を沈没させても元は取れているようだ。
「おとん、お風呂入るやろー? わたしが背中洗ったるー」
「そうだな、お願いするか」
「あー、はやてちゃんずるいー。わたしもー」
「…待て歩、お前も一緒に入る気か?」
「あかんのー?」
「いや…いけなくはないが…」
「おかーん、そないなことしたらおとんがエッチな気分になってまうでー?」
「はうあっ!? そ、そういわれればー…あうー」
「はやてに言われて気づくなと…まあいいか、歩だしな…」
*
「そうだ歩、お前宛に手紙が来てたぞ」
「どれどれ…? あ、同窓会の案内や! 主催はともちゃんやて」
「なつかしいな」
「あー、おかんがよく話しとるボンクラーズのひとー?」
「あはは、そうそう。ともちゃんが1号、神楽ちゃんが2号。で、わたしがボンクラーズ3号やねん」
「その順番は何なん?」
「成績だったそうだ…ちなみに、悪い順だ」
「でも、3人合わせれば130点やねんでー?」
「おかーん、足してもしゃあないやろー」
「そうなん?」
「たぶんなー」
「はやて…そこは断定しておけ…」
*
「そういえばおとん、おかんと学校おなじやったん?」
「ああ、俺が2年のときに歩が転校してきてな」
「いきなりともちゃんに『大阪』てあだ名つけられてん。わたし神戸育ちやのにー…あ、でも生まれは和歌山やで?」
「いや、知っとるからー。和歌山のひいばあちゃんからみかん毎年来てるしー」
「今年もお礼を送っておかないとな…まあ、それはともかく、俺が歩の先輩だったわけだ」
「そうやねん。庵くんはその時からもうKOFに出とったんやけど…わたしはちょお怖い先輩がおるなー、くらいしか知らんかってん」
「おかんはその時からニブかったんやなー」
「あうー」
「んで、そこからどうやって知り合ったん?」
興味津々な様子で、はやては眼を輝かせて二人に訊ねる。
「音楽室の片付けしてる時に、うっかり色々落としてもうて…それで、その時たまたまギターの調整してた庵くんが片付け手伝ってくれたんよー」
「あの時完全に壊れてたのもいくつかあったが…まあ、俺がいたおかげで歩はあまり怒られずに済んだ」
「おとん、他の人からは怖く見えるらしいからなー。先生涙目やー」
「あとでKOFの賞金使って弁償してくれたんやよねー」
「さすがおとん、お気遣いの紳士やー」
「そこから『ああ、けっこうええ人なんやなー』ってよう話すようになってー。あ、勉強も教えてもろたなー」
「ボンクラーズなのには変わりなかったがな。まあ、赤点は取らなくなったが」
「さすがおかん。歪みないなー」
「いやー、照れるなー」
「褒めとらんてー」
*
「それから一緒に遊びに行ったりするようになったなー。で、たまたまともちゃんたちと会うてー」
「ああ…あの時は歩が俺に脅されてると勘違いして、滝野と神楽が襲い掛かってきたんだったな」
「二人とも勢いあるからなー」
「KOF選手やったおとんに!? ないわー」
「まあ、二人もKOFのことは知らなかったようだしな」
「ないわー」
「そん時やったねー、ともちゃんが『大阪と付き合うってんなら悪人じゃないって信じてやる!』って」
「それがきっかけで本当に付き合い出したんだったな」
「…ないわー」
どっとはらい