「は、はははははは……まさか、こうなるとは、ねぇ。」
アステロイド某所に浮かぶ旧木連所属の秘密生産工場。
本来なら無人の筈のそこには、現在二つの生体反応が存在していた。
『終わりだ、ヤマサキ。』
ぞっとする様な殺意と憤怒、憎悪を言葉に乗せたらこうなるだろう。
山崎と呼ばれた男の目の前のモニターからはそんな声が発せられた。
声の主はテンカワ・アキト。
かつて蜥蜴戦争と呼ばれる一大戦争の終結に一役買った戦艦において、所属機動兵器のパイロットを務めた男。
そして、今では数少ない火星の生き残りの1人、世界で唯一のS級ボソンジャンパーである。
ヤマサキとテンカワの関係は、端的に言うと研究対象とモルモットだった。
ヤマサキの雇用主である元木連中将であるクサカベ・ハルキの元、ボソンャンプを軍事転用をするために、高確率で高いジャンパー適正を持つ火星の生き残りは文字通り「狩られた」。
そして、モルモットとしてヤマサキ以下多くの科学者によって「研究材料」にされた。
結果、生き残ったのはたった2人だけだった。
テンカワ・アキトとテンカワ・ユリカ、2人は夫婦だった。
新婚旅行に旅立った瞬間捕えられた2人はそのまま公式には死んだものとされ、約2年間、モルモットにされた。
そして、妻であるユリカはクサカベらの部下に慰み者にもされながら、最後はボソンジャンプの演算装置、通称「遺跡」と融合させられ、アキトは料理人でありながら五感を奪われた。
そして、死にかけたアキトだけが、彼の仲間達の中で彼らの生存を信じていた者達に助けられた。
そこから、アキトは妻を取り戻すため、復讐のため、クサカベ率いる反政府組織「火星の後継者」との暗闘に身を投じた。
ヤマサキ達のラボのある大型コロニーや秘密研究所は頻繁に襲撃を受けるようになった。
黒装束に身を包んだテンカワ・アキトの仕業だった。
勿論、「火星の後継者」の部隊は幾度となく彼を退けた。
それでも、テンカワ・アキトは何度も現れた。
ヤマサキが結果的に強化してしまったジャンパーとしての能力は彼にC.C、ボソンジャンプの媒体であるチューリップクリスタルさえあれば何処にでも行けるという、距離を無にする翼を与えてしまった。
幾ら撃墜しても、彼はその度に脱出し、更に実力を上げて襲ってくる。
その過程で、テンカワ・アキトは複数の大型コロニーを大破ないし中破に追いやった。
犠牲者は数万に及んだ。
それでも、双方とも止まる事は無かった。
結果として、地球連合政府ならび木連政府は多大な被害を受けながら「火星の後継者」の乱を鎮圧、現在はその残党の掃討と復興活動と軍備再編、ボソンジャンプ関連技術の見直しを行っている。
「火星の後継者」残党軍は地下に潜伏し、テンカワ・アキトはそれを地獄の使いの如く追い続けた。
そして今、最後の残党、ヤマサキ・ヨシオの潜伏地点を突き止め、テンカワ・アキトはそこを襲撃した。
結果は最初から決まっていた。
多数の虫型無人兵器が迎撃に出たものの、度重なるカスタマイズを受けた人型機動兵器エステバリス・カスタムの敵ではなかった。
ものの数分で蹴散らされ、ヤマサキ・ヨシオのいる施設内にエステバリス・カスタムが侵入した。
「まぁ、そうだろうね。君の勝ちだよ、テンカワ君。」
疲れた様な、呆れた様な表情で、ヤマサキはモニターの中の死神と話す。
既に施設自体が致命的な損傷を負った現在、普通の人間であるヤマサキにはこの状況で逃げ出す事はできない。
彼は彼の知り合いである北辰の様な強者でもなく、テンカワ・アキトの様なジャンパーでもないのだ。
「でも、悪あがきというか最後っ屁とでも言うべきか……取り敢えず、最後の手を打たせてもらうよ。」
そして、ヤマサキは施設に対し、あるコマンドを入力した。
瞬間、ヤマサキのいる施設中枢を包む様にボウソ粒子が散布された。
『何のつもりだ。お前は跳べない筈だろう。』
「では、悪役っぽく解説させてもらいましょう。」
ヤマサキは普段と変わらず、茶目っ気を交えた説ゲフン!……解説を始めた。
「ボクは遺跡を研究していく内に、仮説ではあるが遺跡の法則性、というか習性かな?それに気付いたんだ。それは『自己保存』。まるで生物がその版図を広げていく様に、遺跡は自分に関する知識や技術をより広めていく。とは言っても、まだまだ仮説に仮説を重ねた検証段階だけどね?」
『………。』
たった一人の無言の観客を相手に、ヤマサキは解説を続けた。
「木星の遺跡を研究して当時の木連は技術水準を引き上げた。火星の遺跡を研究して地球もまたその技術水準を大幅に引き上げた。今後も人類は多少のゴタゴタを起こしつつ、遺跡の技術を発掘し、応用して発展していくだろう。これは君の知り合いのフレサンジュ博士も提唱していたよ。」
既にボウソ粒子はかなりの密度となり、特徴的な青い光が視認可能な状態となっている。
「だけど、本来なら遺跡の持つ高度な技術は到底ボクら人間には解析できない程のものなんだ。それが解析できたのは……遺跡側から敢えて解析できる様に情報を小出しにしているんじゃないか、と思い当たったんだ。そして、解析できる者にはより多くの情報を提出する。」
ヤマサキは徐々に震動が近づいてくるのを感じた。
もう数十秒で閉鎖した隔壁は全て突破されるだろう。
「何故か。それは遺跡が自己保存を求めているからだよ。破壊されれば、過去の歴史すらリセットし得る代物なら、絶対に破壊される訳にはいかない。なら、修理するための外部の存在と自身の予備を作れる存在は必須だよ。」
盛大な爆音が響き、最後の隔壁が砕かれた。
ワインレッドの6m大の巨人とヤマサキの間には、最早たった20m程度の距離しかなかった。
「古代火星人が消えた現在、ボク達人類は『遺跡』のための道具に選ばれたんだ。」
そんな、現在の人類を根底から覆す様な言葉と同時、ヤマサキの上に巨人の拳が降ってきた。
『…………。』
赤い花が咲いた場所を見やり、テンカワ・アキトはコクピット内で無言のままだった。
彼の妻、ユリカは今は実家に戻り、父であるコウイチロウと義妹のルリと共にリハビリに専念している。
だが、アキトはそんな彼女らの元には戻れなかった。
戻れば軍人たる事を己に律しているコウイチロウは彼を捕縛せねばならず、そればかりか嘗ての仲間達に被害が出かねない。
なにより、同郷の者達と自分自身の怨念のために、テンカワ・アキトは止まる訳にはいかなかった。
そして、最後の仇を討った。
心情は、ただ空虚だった。
心を空にしている時、不意に先程まで使用されていたモニターが光を取り戻した。
『これが誰かの目に映っているとしたら、ボクは既に死んでいる事だろう。』
恐らく、生体反応に連動した自動再生なのだろう。
ヤマサキが何事かを話していた。
アキトは黙ってそれを見た。
『ボクの仮説、遺跡の自己保存が本当ならこれから行う最後の実験は……きっと成功する事だろう。』
『ボクは自分の持つ遺跡を根幹とする全ての知識を、ここではない異なる次元に送信する。』
『周囲に展開しているだろうボウソ粒子はそのためのものだよ。遺跡は一端物質をボウソ粒子に分解し、受信した情報を元に指定された地点に再構成する事で時空跳躍を行う。これを利用すれば、理論上では情報を送信する事は可能さ。人間や電子機器だって簡単に跳躍させちゃうんだしね。』
『もしボクの仮説が正しければ、情報は一つの欠けも無く送信される事だろう。遺跡は遍く次元全てに偏在し得るからね。例え異世界だろうとちゃんと送り届けてくれるさ。』
『でも、ただ送るんじゃつまらない。ボクみたいに何かの箍が外れた、狂った人間に送られるようにした。きっと送られた所は大変な事になるだろうね?』
『追いたければ好きにしなよ。ただ、こればかりは最低でもA級ジャンパーである必要があるよ。とは言ってもA級は2人、S級は一人だけだじゃねぇ。』
『これははっきり言って嫌がらせさ。成功する可能性も一桁以下。天文学的と言ってもいい。でも、ボクが知り得た多くの知識を無に帰するよりは断然マシだと思ってね。』
『できれば、誰かが追ってくるのを期待しているよ。その方が、きっと面白くなるからね。』
テンカワ・アキトは沈黙を保った。
だが、彼の胸元には未だにタールよりも黒く、粘性を持った感情がとぐろを巻き、理性が冷静に選択をする。
残って、僅かに残された時間をどうにか平和に過ごすか。
このまま跳躍し、ヤマサキが情報を送信した次元へ行くか。
そして、テンカワ・アキトは選択し、その場にはボソンの輝きだけが残った。
没理由:黒い復讐者に対抗する主人公が想像できませんでした。
追記:戦闘シーンは最近ハマってるマクロス・ゼロを参考にしております。