第5話
米国が提案した輸出向けの新型機の輸出が本格化したのは、あの国連総会議から丁度2ヶ月後だった。
ELM-01Aストーク
コウノトリの名を持つ8mのこの機体はLMとは言うものの、その前身のLM-02とはかなり異なる機体である。
この機体はIS技術のLM-02への流用を図ったPLM-01・03を参考にジェネレーターを搭載し、機体の凡そ3割の部品を第二世代型ISと共有している。
勿論男性も登場可能だが、量子通信システムもなければ量子格納機能もコアネットワークも絶対防御も無い。
無いが、量産可能で訓練すれば誰でも搭乗可能でISも頑張れば撃墜できるという戦闘用LMとしての必須条件は達成している。
人工筋肉の割合が低いため瞬発力は余り良いとは言えないが、その分装甲表面に対レーザーコーティングを採用、レーザー兵装には高い耐久性を持つ。
その外観は鋭角的なLM-02に対し、全体的に重厚で迫力ある姿となっている。
解り易く言えば、足がやや小さくなったステルンクーゲルといった所だろうか?
LM-02との機能面での主な相違は要重力場アンテナとDフィールドのオミット、ジェネレーターの搭載にある。
Dフィールド分の重力制御は全て慣性制御と操縦者の保護、射撃時の反動キャンセルに使用される。
ジェネレーターの搭載による高出力の実現でレールキャノンやレーザー兵装の搭載、ISよりも長い稼働時間を実現した。
LM-02と比較しても決して劣っている訳ではない。
寧ろ最大出力と稼働時間、火力においては上回っているため、別の良さを持った機体と言える。
…まぁ、その分機動性や運動性、コストや整備性で劣るのだが。
しかし、ISと部品の一部を共有と機体の大型化により調達コストと使用資源が増大、ジェネレーター搭載による整備性の悪化と重量増加など、大量生産には向いていない機体だった。
どちらかと言うと大型機としての搭載能力を生かして長距離侵攻や爆撃でもした方が良い機体だ。
ちなみに、米国と友好ないし同盟関係の国々には改良機であるELM-01Bシーガル(カモメの意)が輸出されている。
外見上はELM-01Aとの差異は無いものの、Dフィールドを搭載、ISとのパーツ共有化をせず、駆動系の一部に人工筋肉を使用している点でLM-02に近しい。
コストや整備性ではA・B型双方大差ないが、人工筋肉による運動性・操縦性の向上、Dフィールドによる防御力の向上と近接戦闘能力の大幅な強化を実現しているため、A型の方が性能は勝っている。
ただ、やはりこちらも大量生産には向いていない。
配備を完了するには予算も資源も足りず、国内のIS主兵論者の意見をどうにかできない内は大々的な購入もできないだろう。
増してや、自国生産や国内開発は何年掛かるか解らない。
ロシアや中国などの大陸国家なら可能かもしれないが、常に内側に火種を抱え込み続ける二国の内情を考えると、下手な増税は本当に革命を招きかねない。
新型機を数年で完全に配備してしまう国力を持つアメリカが異常なのだ。
何故こんな機体を輸出したのかと言うと、それは勿論RE社にアメリカ政府側の注文があったからだ。
曰く、「量産し辛く、IS脱却が余り進まない様な機体は無いか?」
現在、アメリカはISからの脱却が進んでいる。
しかし、他国にはもっとISに惹かれて欲しい又は移行するまでの時間を稼ぎたい。
そのため、ISと部品を共有化した機体を輸出したのだ。
少なくとも、今暫くはISに繋いでおきたい。
部品を共有化しているのならば、そう直ぐにISからの機種転換は行われないであろうし、ISモドキや出来そこないとでも批判されれば更に配備は遅れる事だろう。
ISと共有化していなくとも、購入・生産の負担が多少あれば配備は遅れる事だろう。
それが僅かなものだとしても、その僅かな時間が肝要だった。
そして、各国が足踏みしている間に、アメリカは更に上を行く。
既に準備は整っている。
後はそれを実行に移すのみ。
アメリカはただ誰よりも先を目指すのだった。
IS~漢達の空~
世界が輸出開始されたELM-01に湧きかえっていた頃、アラスカに存在するRE社秘密ドッグは静かに動き出した。
そして、そのドッグからつい半月前に竣工した船が出港していった。
しかし、その船が海水に着水する事は無かった。
中に浮き、空を行く白亜の双胴艦。
今までSFの中の存在だったそれが、遂に現実のものとなった瞬間だった。
PRE-01 ナデシコ
かの伝説的機動戦艦と同じ名を持つ、この世界初の相転移エンジン式戦艦だ。
しかし、その姿は瞬時に周囲の風景と溶け込み、最初から何も無かった様に全てを押し隠した。
光学迷彩、ナデシコフリートサポート級ユーチャリスの持つDフィールドを応用した可視光線を屈折させるものだ。
湿度や温度など周辺環境に大きく影響される攻殻機動隊形式のそれは携行性に優れるが、大きなものを長時間隠蔽するにはこちらの方が都合が良い。
そして、白亜の双胴艦はその原型となった艦と同じく、地球の自転を味方に付けて加速を開始した。
目指すは空の先、宇宙。
漢達の夢を乗せて、白亜の艦は人知れずに空を行く。
アメリカ航空宇宙開発局中央管制室
そこでは今、アメリカという超大国が注力している国家プロジェクトの最終段階が進行していた。
「PRE-01離水成功。現在、予定されていた加速航路に乗りました。」
「そのまま監視を続行。PRE-01からの報告は?」
「『問題無し。航海は順調。』と。」
「『貴艦の航海の無事を願う』と返せ。」
RE社が建造した世界初の航宙戦艦であるPRE-01は予定よりも3カ月遅れで竣工、幾度かの慣熟航海を経て、今日その誕生の目的を果たすべく宇宙へ向けて加速を開始した。
本来なら他のシリーズとセットで運用する事が想定されていたのだが、他のPREシリーズは未だ設計段階で影も形もない。
後1年もあれば同型艦は完成だが、一年もせっかく建造した艦を遊ばせておくには勿体ないため、PRE-01はオリジナル同様の手法を以て宇宙へと旅立つ事が決定した。
その搭乗員は誰もが熟練の者達、誰もがスペースシャトルや宇宙ステーションの搭乗経験が長期に渡る者達だ。
しかし、ある者は年齢で、ある者はISの登場により閑職に追いやられた者達だ。
そして、そんな彼らだからこそ、この船に乗るに相応しかった。
PRE-01 ナデシコ
全長400m、全高230m、全幅180mの大型航宙艦である。
動力は相転移エンジン2基、核パルスエンジン4基を搭載。
重力推進、慣性制御を採用した他、内部に浄水設備や最先端医療施設などが存在し、長期間の航海を可能としている。
また、量産型オモイカネ級AIの存在によって搭乗員への負担が少なくなった他、電子戦にも優れる。
また、艦載兵器として15機、予備3機のLM-02、艦外作業用LM-01を80機運用可能な母艦としての機能も有する。
兵装としてDフィールド、Gブラスト、対空レーザー砲×12を持ち、スペースデブリや小惑星の破壊から戦闘まで行える。
現在はその本来の特徴的な双胴艦からは逸脱した箱型のシルエットを取っているが、これは目的地である月面到達後の施設建造のために大量の資材を運ぶためにDブレードの間にでっちあげの装甲板を張り合わせて急遽大型格納庫を追加したためである。
月面到着後はこの格納庫は解体され、そのまま施設建造のための資材となる予定だ。
なお、オリジナルよりもサイズアップが図られたのは強度と信頼性を最優先した上で艦載スペースを大きく取ったである。
これはISという兵器が宇宙開発を命題にしている事から、ISを主力とする勢力との戦闘行動を想定したものだ。
今後はこのPRE-01の運用データを元に後続艦の開発を続けていく予定だ。
また、建造中の航宙輸送艦が完成するまでは地球・月面間で人員や資源を運搬する役割を持っている。
漢達の、人類の夢を乗せた白亜の船は、今はまだ人知れず空を行くのみだった。
IS、インフィニット・ストラトス
それが空の覇権を握っていたのは、一重にその圧倒的性能による。
機動性、火力、装甲etcetera
またPIC、ハイパーセンサー、コアネットワーク、シールドバリアー等の数多くの新技術を搭載している事でも知られる。
量産不可能で女性しか搭乗不可能という欠点はあるものの、その存在が既存のあらゆる兵器に取って代わったのも無理からぬ性能を持っていた。
しかし、絶対的な武力の象徴であったISから空の覇権を奪われつつあるのは、国際情勢に少しでも詳しい者であれば簡単に解る事だった。
LM、ランドメイド
重力操作・慣性制御によるISに負けない機動性、類稀なる汎用性、誰にでも使えるという操縦性、そして大量生産可能というそれは、徐々に世界に浸透しつつあった。
その存在はISが齎した女尊男卑の風潮が蔓延る中、それは鬱屈を貯め込んでいる世界中の男性に新たな希望を見せている。
しかし、そのLMでも未だISを超えられない点が幾つかあった。
量子コンピューターやコアネットワーク等は別にいい。
それは前線で戦う兵器の役割ではなく、後方のものだ。
ワンオフアビリティやパッケージ、形態移行もそう。
武器と機体の開発、調整は技術者の仕事だ。
問題は絶対防御だった。
ISの持つエネルギーを大きく消耗するものの、核ミサイルの熱量すら防御する堅牢さは容易に模倣する事も、他の技術で代替する事も許さない。
つい先日、RE社がたった4機のISの襲撃に本社の全戦力を投入しても手間取った理由がそれだった。
圧倒的な火力、絶望的な物量、経験豊富で巧みな連携の敵機
そんな絶望的な要素しかない状況で、IS4機を全機撃墜するのに1分以上も掛かったというのだから驚きだ。
絶対防御を持ったIS相手だと、確実に直撃を当ててもエネルギーがある限り防がれてしまう。
結局、撃墜するには3度も直撃を与える必要があった。
これがLM相手だったら1分も掛からなかったというのに、だ。
そして、RE社はLM-02の改修プランを立案した。
元々その性能から既に米空軍ではISを抜いてパイロット達の憧れの的であるそれは、名機であるが故に現場の要望に応えた細やかな改修とバージョンアップが続けられている。
今は全米に配備完了し、予備パーツを国内企業が担当、RE社は輸出向けのELM-01A・Bを主として生産している。
しかし現状に満足する事なく、RE社はPRE-01建造やPLM01・02開発で新たに培ったノウハウを生かすべく動き出した。
各国にELM-01A・Bが配備される事もあり、現状のLM-02では不足の可能性もありと判断した米国も、それを積極的に後押しした。
現在考案されているプランはPLM-02由来の高効率の要重力場アンテナと大容量バッテリーへの換装、そしてPLM-01を参考にした状況に応じて換装できる追加ユニットの開発だった。
新型の要重力場アンテナとバッテリーは従来の4割増の性能となっている。
量産していないため、コストは若干高いが、採用されれば問題無い。
問題は追加装備の方だった。
ここで一度PLM-01に話を移す。
PLM-01は脚部を大型化し、ジェネレーターを搭載、出力の向上を図った機体だ。
その分、LM-01よりも高コストで整備性も悪く、高過ぎる機動性が災いして扱い難いが、その分高性能な機体だ。
しかし一号機が完成した時、その機動性に機体の方が耐えられない事が判明した。
これにより機体フレームの強度から設計し直し、PLMシリーズの中で最も遅く完成し、二号機・三号機が建造され、一号機は詳細な記録を取った後に予備パーツに分解された。
だが、今度は高機動中に被弾した場合、相対速度もあって相当なダメージを受ける可能性が指摘され、その対策に二号機と三号機はそれぞれ独自の路線で開発された。
二号機には専用の追加装甲が付加、単純に防御力を向上させるプランが採用された。
更に追加装甲分の重量を背負っての高機動を実現するため、各部に各種推進機を設置し、更に増した機動性に対処するため、剛性の向上を目的とした装甲を追加した。
また、増加された装甲が近接戦で挙動に干渉しない様に、追加された肩部装甲が格闘時にせり上がって後退する近接戦形態への変形機能を搭載した。
そこにPLM-02の高効率要重力場アンテナと大容量バッテリーを採用したため、最早最初の面影が存在しない全く別物の機体と成り果てたのだ。
高出力兵装の搭載とDフィールドの強化により攻防共に高レベル、遠近どの距離でも対応可能な汎用性を持つ。
更に両肩・腿・脚部のブースターによる圧倒的な加速力と機動性は、パイロットに専用の対Gスーツを装着させねば簡単な操作もままならない。
他、幾つかの追加装備も考案されており、あらゆる作戦に対応できる適応性も持っている。
対し、三号機が出した答えは、Dフィールドの強化による防御力の向上だった。
ジェネレーターの搭載で増していた出力によりDフィールドは3割増しとなっていたが、それでも出力にはまだ大きく余裕があった。
そこで前腕に一基ずつ、コクピット周辺に三基の小型のDフィールド発生器を設置し、格闘性能とパイロットの生存性を高める事に成功した。
だが、そこでは終わらず、二号機が度重なる改良で既存器とは次元が違う機動性を獲得したのに対抗し、三号機もまた更なる改良が成された。
両肩に回転式ターレットノズル一基ずつ、腰部前方に可動式バインダーノズル二基、背部に新型の大型重力場推進機を搭載、結果的に二号機にも負けない機動性を獲得した。
しかし、二号機と異なり、搭載されたバインダー全てを細かい挙動で制御する事はEOSでは不可能という問題が立ち上がった。
そこで、RE社が近年輸入用LM-01を日本に輸入するにあたって提携した「とある日本企業」のIS関連技術を発展させた脳波コントロールシステムを搭載する事で完成を見た。
高い近接戦能力と防御力を併せ持ち、その機動性は二号機にも劣らず、こと運動性に関しては上回ってすらいる。
また、機動性も機体各部の回転式ターレットノズルやバインダーノズル、大型重力場推進機を一点に向けて加速すれば、瞬間的にだが二号機のそれを超える事ができる。
おかげで対Gスーツはもう一着必要になった程だ。
ぶっちゃけ、ブラックサレナと夜天光である。
しかし、二機に共通して言える事なのだが、その圧倒的な性能を使いこなすパイロットが限られていた。
性能ばかりに固執して操縦性が著しく低くなっていたのである。
幸いにも予算は潤沢であったし、二機のデータやノウハウを生かした次世代機であるLM-03の開発も大きく進んだ事から出資の回収も見込めるものの、会計部門の者が見れば卒倒しそうな程のコストが消費されていた。
そこまでして開発された二機が操縦不可能な欠陥品というのもアレなので、この二機は扱えるエースが存在する教導隊に引き渡される事となった。
今頃は米国の空を馬鹿みたいな速度で飛びまわっている事だろう。
さて、話は戻って追加装備の件である。
PLM-01二号機・一号機で培われたノウハウを元に開発される事となった追加装備は主に3つに別れる。
これを改修されたLM-02に装備し、あらゆる状況下で対応させるのがプランの概要だ。
改修機にはLM-02C エステバリスカスタムの名が予定されている。
高効率要重力場アンテナと大容量バッテリーを標準装備し、LM-02よりも倍近い活動時間と出力を持つ。
強化された出力を生かし、LM-02では不可能だったレールガンが装備可能、Dフィールドも強化されている。
コクピット周辺は装甲が分厚くされただけでなく、3基の小型Dフィールド発生器を備え、搭載されたCPUが状況に応じて個別・必要によっては一斉に発動、パイロットの生存性を向上させている。
また、重力場推進機が小型化、出力はそのままに軽量化に成功している。
そして追加ユニットを装備する事で、更に状況に応じて機体の性能を高める事ができる。
1つ目は高機動ユニット、長距離侵攻や強襲作戦を主眼に置いて設計されている。
背面に背負う様に装備する高機動ユニットは鋭角的な戦シルエットを持つ。
これは大容量プロペラントとバッテリー、重力場推進機とジェットエンジンで構成されており、全ユニット中最高の機動性を持っている。
このユニットは簡易変形機構を採用しており、背面に折りたたんだ状態から展開する事で巡航形態、戦闘機の姿に移行する。
その際の最大速度は実にマッハ3弱、並のISでは追い付けもしない速度だ。
翼下には4つのハードポイントがあり、作戦に応じた兵装や増槽を装備できる。
元戦闘機パイロットが多いLM-02のパイロット達なら上手く運用できると期待されている。
これにはRE社所属の元航空機開発者達の努力が詰まっている。
2つ目は近接戦ユニット、主にLMやISとの近距離格闘戦を想定した追加ユニットだ。
両肩・両足に反応装甲、前腕に小型Dフィールド発生器を一基ずつ装備している。
前腕の発生器により格闘能力と防御力が向上、殴り合いを得意とする。
接近時の被弾を抑えるための反応装甲は防御の他に、鉄器に対する散弾地雷としても機能する。
また、新型の対バリア兵器であるフィールドランサーを標準装備している(他のユニットでも問題は無いが)。
これはISのシールドバリアやLMのDフィールドに瞬間的に高電圧による過負荷をかける事で減衰させるという特製を持つ。
発電にはランサー基部のバッテリーを使用するため、バッテリー終了後はただの槍として使用する。
予備のバッテリーは腰部横のハードポイントに計4個まで装備できる。
3つ目は砲撃戦ユニット、遠距離からの火力支援や砲撃を想定したユニットだ。
頭部両脇に複合センサーとレーダーマストを追加、両肩・脚部・前腕に汎用ラック付きの追加装甲を備え、腰部背面に射撃時の反動キャンセル用の慣性制御ユニットを搭載する。
汎用ラックはLM-02Gと同じ構造を有しており、同様の装備を使用できる。
高い索敵性能を生かしてアウトレンジからの攻撃を得意とし、あのアシッドレインの運用も可能となっている。
しかし、火力で圧倒するのがコンセプトであるため、近接戦闘には難がある。
僚機との連携を前提にした装備と言える。
現在、この追加ユニット群は試作されたPLM-02で試験運用されており、LM-02の全面改修と同時に順次全米に配備される予定だ。
ELMの輸出、PRE-01の航海開始、LM-02の全面改修。
それらを行ってもRE社の、漢達の歩みは止まる事は無い。
しかし、そんな漢達に興味を持ち、その技術を得ようとする者がいた。
その日、RE社サーバに対し、大規模ハッキングが開始された。
オモイカネ級AI12基の防衛網を以てしても、そのハッキングには辛うじて膠着状態を作る事しかできず、事態は一進一退を繰り返していた。