第三話
アメリカ合衆国空軍は今年、新たな軍備再編計画を立案した。
戦闘用LMを主としたその計画には当初、多くの方面から反対が寄せられた。
しかし、デモンストレーションの映像や実際にやってみせた模擬戦でもエステバリスの優秀性が証明されると、状況は一変した。
元よりISによる女尊男卑があまり浸透していなかったアメリカでは、ISの最大の欠点である女性のみ搭乗可能という点が克服された兵器は多いに喜ばれた。
また、作業用LMの存在も人々の多く知る所となり、発注が多く出た。
丁度深海作業用モデルと災害救助用モデルが狙った様に発売が開始されると、こちらもまた大きな反響を呼び、全米で売れた。
国外販売は国から制限が出て不可能であったが、それでも十二分な収益を得る事ができた。
これにより、RE社は現在未曾有の黒字経営となっている。
IS~漢達の空~
「遂に、ここまで来たなぁ…」
『そうだねぇ』
『苦労したのう』
『これからが楽しみ♪』
「お前ら、気楽だよなぁ」
『そう作ったのは君じゃない』
『そうそう』
『何事もポジティブポジティブ♪』
RE社 社長室
そこでは現在社長であるジョ二ー・ドライデンが一人過ごしていた。
より正確に言えば、一人と三基。
彼ら・彼女らは会社のマザーコンピューターである三基のオモイカネ級AIだ。
一号機はアリエス、牡羊座。
陽気で子供っぽさがあるが、どこか似非熱血系。
二号機はトーレス、牡牛座。
爺むさい、慎重な性格。基本的にのんびり屋。
三号機はキャンサー、蟹座。
楽天的な女性人格。意外と抜け目が無い。
以下順次作成中。
黄道十二星座にそった名を持っており、現行ではISを除き最高峰の処理能力を持っている。
ただ、その全スペックを発揮し、成長していくにはどうしても人の手がいる。
そのため、専門のオペレーターをAI一基につき数名必要とするし、今後も順次建造されていく予定だ。
「今週に入ってからの侵入者は?」
『全部で47名だね』
『警備用無人機が足りんようになってきたぞい。増産せんとな』
『CIAの人達も頑張ってるけど、限界みたい』
LM-02の採用からこっち、RE社には各国や他の企業からの密偵や工作員が大量に侵入を試みていた。
そして、その度にCIA職員や社の警備隊が出て来るのだが、そのとて限界がある。
そこで、警備用の無人機が開発された。
とは言え、攻殻機動隊のタチコマ達のように個別のAIは搭載していない。
オモイカネ級AI達が操作する外部端末の様なものであり、消耗品だ。
一応自立稼働はできるが、その場合は予め設定された動きしかできない。
それらは主に2種類あり、施設警備用と戦闘用に大別される。
前者はタチコマから搭乗スペースをオミットしてサイズダウン、光学迷彩と脚部に電磁吸着機能を備えたものである。
施設の外壁や天井などに張り付き、24時間体制で200近い機体が高精度の複合センサーでRE社関連施設を警護している。
基本兵装は35mmチェーンガン×2、スタンガン×2のみだが、後部のアタッチメントに対空機銃やロケット砲、小型地対空ミサイルも装備できる。
戦闘用は木連製虫型無人兵器であるバッタ、しかもDフィールドを装備した後期型である。
飛行も可能であり、高い運動性を持っているが、その性能はエステバリスには遠く及ばない。
兵装はチェーンガンと小型マルチミサイル、Dフィールドと自爆である。
現在は50機程製作され、警備用無人機が対処できない敵性戦力を確認すると出撃する。
現在は幸いにも出撃した事は無いが、それも最早時間の問題だろう。
ちなみに二機種とも動力は要重力場アンテナを使用しており、小型ながら高出力を誇っている。
「ともかく、何時どっかの連中が襲撃してくるか解らない状況だからね。無人機はは今後も増産していくよ。」
『『『はーい』』』
「じゃ、僕は会議に行って来るから。」
結構アットホームな雰囲気のする社長室だった。
「じゃぁ定期会議を始めます。先ずは市場の報告からお願いします。」
「は、まずLM-01の方ですが……最近生産が開始かれたLM-01B・Cの深海作業仕様・災害救助仕様の売れ行きは順調です。既にそれぞれ200台以上の注文が来ており、生産ラインは3カ月先まで埋まってます。この状況は今後暫くは続きそうですが……これは先日議題に上ったLM-01のライセンス生産の開始で今月から徐々に解消されていく予定です。後は順次LM-02のラインを増やしていく予定です。」
LM-01Aギュゲスは作業用機械としては結構高額ではあるが、搭乗員の保護機能が従来の重機に比べて遥かに高く安全性に優れ、多数のオプションによって汎用性が高い。
そのため、大きな企業や会社では何処も多かれ少なかれ購入している。
だが、購入の最大の理由はそれを解析し、その技術を自社のモノにするためだった。
無論、この程度はRE社側でも予想していた。
しかし、RE社はこれを黙認し、寧ろ好都合とライセンス生産の話が来た際にOKを出した。
これは一企業の独占状態を避け、可能な限りアメリカ全体の技術レベルが向上する事を目的としたものであり、既に一部の政府高官には話がいっている。
とはいえ、企業としては利益の元は独占していたいのが本音であるのだが、そう言う訳にもいかない理由があった。
原因はLM-02の存在だった。
現在、アメリカ空軍の最新鋭機であるこの機体、ISと同等の性能で遥かに低いコストに高い汎用性が揃った名機なのだが、最新機であるが故に未だ配備が終わっていない。
さっさと揃えたい、揃えてISから脱却したいというのが現政権の考えであり、予算獲得と戦力強化に燃える軍部とIS関連の利益に喰いつき損ねた企業群からも強烈な後押しがあり、断る事は不可能だった。
かと言ってLM-02の生産は他社に任せるには時間が掛かり過ぎる。
何せ重力兵器や人工筋肉など、ISにすら使われていない様な技術も多いので、何らかの事故が起きる可能性が大きい。
そこで、比較的安心して任せられるLM-01の方をライセンス生産に出したのだった。
そうやってLMに関するノウハウを蓄積させ、何れは出資してくれた企業から順にLM-02のパーツ生産を任せる事になるだろう。
もしそれで他社がLMを開発しようとも、RE社としては別に構わない。
それはその会社がIS主流のこの社会に対しての楔が増えるという事を意味する。
RE社としては寧ろ歓迎すべき状況だ。
それに競争を止めた企業が行きつく先は停滞しかない。
他社と競合し、努力を怠らない。
それが企業の繁栄のための秘訣にして原則だ。
「肝心のLM-02の方ですが…こちらはやや遅れていますが、先程の報告と合わせ、年度内に配備を完了する予定になっています。また、ドライデン大尉率いる教導隊は順調の様ですが……機体の消耗が激しいので、現在は本社でオーバーホール中です。」
まだまだ大量生産するには人手も施設も足りないRE社では、どうしても生産が遅い。
現在、社内向けのLM-01や無人兵器で生産ライン絶賛増設中だが、作業完了にはもう少し時間がかかる予定だ。
幸いにも量産効果でLM-02のコストは更に1割ほど低くなり、生産速度も向上したので、まぁ順調と言えなくもない。
「次に現在稼働中のオモイカネ級AIですが、三基とも順調です。少々人格が個性的すぎますが…皆さんもそんな感じですしねぇ。現在生産中の子達も揃えば、ぶっちゃけ世界中の電子世界はわが社が掌握できるようになります。」
「それよりも言うべき事があるでしょ」
「は、すいません……LM-02の発表以来、クラッキングは毎日三桁近くきておりますが、未だに突破は許していません。相手側の方の情報を毎回奪取したり、膨大なウイルスを送り込んだりもしていますが、全く減りません。CIAやFBIの皆さんに協力してもらっていますが、焼け石に水状態です。」
もうノイローゼになる位にRE社にはハッキングが多い。
多いが、オモイカネ級AIならびオペレーター諸君の働きにより、一度も中枢への侵入は許した事が無い。
寧ろ有益な情報を得た事も多々あり、それを政府筋に流している事もあり、感謝されている位だ。
だが、こうも連日来ては業務に支障を来たす事も出て来る。
そのため、一刻も早いオモイカネ級AIの増産が求められていた。
また、オモイカネ級AIの存在は何時の間にかホワイトハウスも知る所となっており、何基か注文が来ていたりする。
とは言え、ロールアウトしない限りは現状のままに運営していくしかなかった。
「現在警備部門が逮捕した侵入者ならび侵入を試みた者は通算1000人を超えました。CIAの皆さんの協力もあって水際で止めていますが、正直人手が足りません。先のオモイカネ級AIと並行し、警備用・戦闘用無人兵器と警備部隊のLM-02配備の声が上がっています。」
社長室での会話通り、本当に侵入者の数が多いのだ。
もう最近では食傷気味で社員全員がうんざりする程だ。
捕え次第CIAに引き渡しているのだが、プロである向こうの職員すらうんざり顔を見せる程に多い。
警備用無人機もオモイカネ級AIも、数を増やさなければこれ以上は限界だった。
しかし、IFS強化体質のオペレーターがいないとは言え、何故オモイカネ級AIが三基も揃っていて対応できないのか?
これには仕方のない事情があった。
そもそも、オモイカネ級AIは22世紀の技術で火星極冠遺跡の技術をデットコピーした代物であり、その性能はナデシコCが地球圏を電子的に掌握した事からも伺える。
だが、現在RE社で製作されたオモイカネ級AI群は20世紀の技術で作り上げたマイナーチェンジ品であり、その性能は劣る。
総合的に見れば、凡そ70%といった所だろうか。
兎も角、AI自体に問題は無いのだが、製作側の技術レベルがまだ足りないという現実を浮き彫りにしたのだ。
ISの存在とLM-01の基礎研究の御蔭で最新鋭技術を得たと言えども、まだまだという事だった。
ただ、AIの人格部分や電子戦に関しては、攻殻機動隊の技術を併用したため、本家よりも約20%劣るという出来になっている。
「さて、現在開発中の試作機PLM-01並び02ですが、進捗状況は30%といった状態です。ご存知の通り両機とも出力・機動性強化型のテストヘッドですが……やはり01の方は量産機として採用するにはどうしてもコストが高くなってしまいます。」
PLM-01は脚部を大型化、そこに二基のジェネレーターを搭載し、推進系の出力を向上した仕様だ。
稼働時間の延長、機体出力の上昇、機動性の上昇はするものの、反面、整備性の低下、コストの上昇、その高機動故の操縦性の低下が問題となり、テスト用に少数生産される予定だ。
現状許す限りの高性能機に仕上がる見込みであり、もったいないのでデータ収集完了後は一部のエースパイロットに支給される予定だ。
PLM-02は推進系全てを高出力化、要重力場アンテナとバッテリーを高効率化した純粋な性能向上機だ。
現行のLM-02の後継機に相応しい性能を保ちつつ、推進系と要重力場アンテナ、バッテリーを交換するだけで済む予定なので調達コストも低く済ませられるという優れものであるため、次世代機のLM-03はこちらで決定している。
ただある程度改善されたとはいえ、稼働時間の短さとエネルギー消費の高い兵装の搭載が難しい等のLM-02同様の欠点を持っている。
「今後は01で得たデータを02にフィードバックする予定です。データ取り終了後は教導隊と一部のエースパイロットに配備される予定です。製作完了はそれぞれ3カ月後、2ヶ月後を予定しています。正式なロールアウトは来年度以降になる予定ですが。」
「開発部には全員ボーナスだね。皆もたまには家に帰るようにね。」
へーい、という気の入っていない返事が各所から帰ってきた。
後で強制的に自宅に強制送還させる必要があるだろうか?
ジョニーはそう考えたが、今は会議に専念すべきと考えた。
「次に相転移エンジンの試作一号機が完成しました。起動実験は危険ですので政府側から指定されたポイントで行う予定です。こちらは余裕を持って来週行います。」
相転移エンジン。
インフレーション理論を用い、真空の相転移を利用し、真空の空間をエネルギーの高い状態から低い状態へ相転移させる事でエネルギーを取り出す画期的なエンジンである。
その最大の特徴は真空さえあれば幾らでもエネルギーを取り出せる事にあり、宇宙空間において最大限のスペックを発揮する。
その起動には大きなエネルギーを必要とするが、それでも従来の発電方法よりも遥かに大きなエネルギーを取り出せる事に変わりは無い。
これを用いれば、米国はエネルギー問題を一挙に解決可能であり、また、ISの登場で停滞していた宇宙開発分野において大きな前進となる。
まさに、宇宙を目指す漢達にとって、夢の様な技術なのだ。
そのため、この相転移エンジンの開発には開発者の中でも宇宙開発のプロフェッショナル達が多数所属しており、漢達の夢のため、日夜開発に勤しんでいる。
とは言っても、ナデシコ級戦艦に搭載された程のものではなく、木連のジンシリーズに搭載されたやや小型で出力の小さなものを使用する予定だ。
ナデシコ・Yユニットがただ二度だけ使用した相転移砲の威力、木連の大艦隊を一撃で消滅させる程の危険さを考えると、いきなり大出力のエンジンでの実験は避けたい。
そこで、最悪暴走しても都市一つ消えるだけで済む小型相転移エンジンが最初の実験に選ばれたのだった。
ただ、それにしたって既存の発電方法よりもかなり優秀なのだから十二分だろう。
「また、相転移エンジン搭載型の大型航宙艦ならび大型兵器の設計も進んでいます。」
その言葉に、その場にいた面々は色めきたった
巨大兵器、それは漢の浪漫。
宇宙戦艦、それは漢の夢。
この会社には何時までも少年の夢を忘れない奴らしかいなかった。
「前者のPRE-01は新技術のDブレードを採用した双胴艦であり、小型デブリ程度は問題ありません。また、デブリや小惑星破壊用に約12門の対空レーザー砲と正面に重力波砲であるグラビティ・ブラストを搭載しています。ですが、ものがものですから、ロールアウトは再来年以降になる予定です。」
宇宙開発用にしては明らかに過剰な武装だが、もし近い将来アメリカだけが宇宙開発で進み過ぎれば、十中八九何れかの勢力の妨害行動が考えられる。
その際、自衛用の武装があるのと無いのとでは大きく違う。
正体不明のISに襲撃される、なんて笑えない事態も在り得るのが、今の彼らなのだ。
しかし、大型艦の開発は今まで経験の無いものなので、やはり時間がかかる。
再来年以降と言ったが、相転移エンジンの開発が成功してもロールアウトには4年後という試算が出ていた。
ちなみに型番のPRE-01は試作のPに社名のRE、01は1号艦を指す。
「後者のPLS-01方ですが、肝心の相転移エンジンの方が成功すれば、試作一号機は来年中に完成します。装備はグラビティブラストとDフィールド、要重力波ビーム発生器のみです。二号機以降は更にミサイルや対空迎撃機銃にレーザー砲、レールガン等を装備させる予定ですので、Gブラストの充填の隙も埋められる見込みです。」
LM-02エステバリスが満足な戦闘を行うには、どうしても要重力波ビーム発生器が必要不可欠となる。
現在は各地の空軍基地に発電機とセットになった発生器搭載型車両や大型輸送機による輸送がなされているが、ISに見つかった場合、ただの鴨にしかならない。
現在は長期作戦行動を行う際には追加のエネルギーパックを装備して稼働時間を延長するのだが、根本的な問題解決にはなっていない。
そこで、相転移エンジンと一緒に要重力波ビーム発振器を運用するための兵器が求められた。
その結果、戦域でLM-02と作戦行動を取れて、十分な戦闘能力を持った兵器としてジンシリーズが選ばれた。
相転移エンジンによる高い攻撃力と防御力を特徴とするジンシリーズは機体サイズが20m以上と大型で近接戦闘に難があるが、それはLM-02と作戦行動を取らせた場合には解消されるため採用された。
とは言え、まだ肝心要のエンジンの方が完成していないし、いきなり大型兵器を作れる訳がないので、試作機を作ってノウハウの蓄積に努める必要がある。
そのため、試作一号機はエンジンとの親和性と当初目的とする相転移エンジンと要重力波ビーム発生器の保護のためのDフィールド、LM-02の火力不足を補うGブラストという当初必要とされる最低限の機能が求められた。
その結果、余計な両腕はオミットされ、胴体は正面のGブラストと操縦席兼脱出装置である頭部で構成され、下半身は重力場推進とランディングギアだけとなった。
ぶっちゃけ、見た目だけならXG-70である。
あるぇー?とジョニーは思ったが問題は無いので、まいっか、と流した。
ちなみにPLSは試作ランドシップ、要は試作型移動要塞の事である。
「じゃ、報告はここで終了。重要だと思う事は各部署ごとに纏めて提出して、皆仕事に戻るように。」
そして素早く自身の職分に戻る面々。
全員が本当は会議に出たくない程忙しいのだが、こうして顔を合わせて認識の擦り合わせをするのは集団作業では必須事項であり、自分達の目標の再確認にもなるため、決して欠席はできないのだ。
漢達は、空を取り戻しただけで満足はしない。
その先、宇宙をも目指して進み続ける。
全ては、ISによって遠ざかってしまった空と宇宙を目指して。
『しぃッ!!』
敵ISが射撃を掻い潜り、ブレードの一撃を見舞わんと肉薄する。
だが、そう簡単にはやらせない。
「させない!」
空かさず蹴りを見舞い、相手の姿勢を崩そうとする。
だが、相手は人類最強と名高い女傑。
その位は見きっていた。
『ふっ!』
くるり、と目の前のISが宙返りを打つ。
普通なら回避不能であろう一撃を、敵はあっさりと回避する。
蹴りは空振り、こちらの姿勢が僅かながら崩れている。
しまった、と思うが、もう遅い。
次の瞬間、相手のブレードが袈裟懸に振り抜かれ、私のシールドエネルギーは底を尽きた。
「やっぱりだめね。あなたを懐に入れた時点で私の負けだったわ。」
「とは言うがな。最近ではヒヤヒヤする事も多くなっているぞ。」
「嘘おっしゃい。今日も派手に切り捨ててくれちゃって。」
ナターシャ・ファイルスと織斑千冬。
アメリカ代表候補生と日本代表。
この二人は何かとよくつるんでいた。
片や遠距離戦のエキスパート、片や近接戦のスペシャリスト。
共に2年生の身でありながら生徒会に属し、得意・不得意が外れる2人は何かと模擬戦をしている。
今は2:8で千冬の方が勝ち越しているが、それは千冬が専用機持ちである事にも起因する。
もし2人が互角の機体に乗っているのなら、勝負はもっと白熱する事だろう。
「まぁ良いさ。次は全弾回避する。」
「その前に撃ち落としてあげる。」
ふ、ふ、ふ、と笑う美少女2人の迫力に、アリーナで観戦していた周囲の者達はちょっと引いた。
「あ、あのーお二人とも?お飲み物はいりませんかー?」
そこに笑顔を引き攣らせながらも近づく者が一人。
2人の後輩にして最近では雑用係が板に付いてきている山田麻耶だ。
「あぁ、助かるよ山田君。」
「あら、ありがとうマヤ。」
麻耶からスポーツドリンクの入った缶を受け取り、直ぐに飲み始める2人。
しかし、ナターシャは直ぐに口を離して首を傾げた。
「これ、少し温い?」
「その方が身体には良い。」
「へぇ、そうなの?」
「私も織斑先輩に言われて始めたんですよー。」
模擬戦直後の少しほのぼのとした空気。
こうした雰囲気をまた感じる事ができるのも、千冬のおかげね、とナターシャは思う。
一年前の入学直後、ナターシャは荒れていた。
幼馴染のジョニーを裏切ってしまった後悔と彼の気持ちに気付けなかった自身に対する怒り。
その二つに苛まれ、彼女は自分の身体を顧みない様な訓練を繰り返していた。
他の学生や教師が止めろと言っても聞かず、彼女は只管に己を虐め続けた。
模擬戦では相手のISを破壊しようとし、危うく大破させる程の損傷を与えた事もあった。
そんなナターシャを正面から打ち破り、その頬をぶん殴って正気に戻したのが千冬だった。
『筋は良いがな。不様過ぎるぞ、貴様。』
『貴方には関係無いでしょう!』
『あるさ。目の前で不快なものを見せられた。今後も続くようなら、幾らでも殴ってやる。』
事実、千冬は何度もナターシャに勝利し、ぶん殴ってきた。
やさぐれていたナターシャとそれに真正面から向かってくる千冬。
2人は何時しか親友と言える程に友誼を結ぶ仲となっていた。
「そう言えば、千冬。まだ弟さんに言ってないの?」
「…それは、まぁ…。」
「早くした方が良いわよ。…状況は待ってはくれないのだから。」
そう言うナターシャの笑みには、いつも影が付いて回る。
彼女が何に悩んでいるのかは誰も知らない。
何人かが聞こうとしたが、千冬はそれを止めた。
千冬は彼女が自分から話しだすまで待つつもりだ。
それが友人というものだと、彼女は思っている。
「善処する。」
「早めにね。」
千冬の弟、一夏は彼女がIS関係者である事を知らない。
彼女は弟が何か厄介事に巻き込まれないか気が気でないのだ。
千冬は世界初のIS搭乗者、狙われる理由には事欠かない。
だが、ナターシャは情報を遮断する事はいけないと言う。
本人に自衛の意識を持たせ、必要な知識と技能を身に付けるべき。
どんなに過去から逃げようと、過去は追ってくるのだと。
彼女は千冬を諭した。
そして、千冬はそれを了承したのだが、未だに弟に言えずにいたのだった。
「…どう言い出せと?」
「素直に事実を言えばいいんじゃないのかしら?」
「あはは、姉が人類最強だなんて聞いたら弟さんびっくりし痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
「私は、弟の事で、からかわれるのが、大っ嫌いだ!!」
織斑千冬
世界初にIS操縦者にして人類最強の少女。
その実態は、ただのブラコン少女である。