疲れたからまっすぐへと、あの安アパートにもどりたかったのだが会場では、
「今日のことはしっかり説明にきてね」
そんな院雅さんの言葉にさからえません。
師匠から弟子へと、まわり中へ聞こえるように言っていたので、こちらに対して質問をしたかったのであろう令子とか、人柄の良い唐巣神父をだまらせる効果はあっただろう。
六道夫人もにこにこしながら、何を考えているのやら。
小竜姫さまはそんな人間の心理なんかに気がつかないで、
「さきほどはたすかりました」
「神様に恩を売れるチャンスなんて、中々無いという師匠ですから」
おもいっきり、電話でのことをもう一度言っておく。
これで、院雅さんの追及の手は緩まないかな。
院雅さんの方を視ると霊圧があがっている。
今日は思いっきり追及されそうだ。はぁ。
事後処理があるということで、小竜姫さまと、唐巣神父に令子は会場にのこっている。
ひのめちゃんは救護室にでものこっているのかな。
単なる選手である俺は先ほどの言葉のやりとりもあるだろうが、院雅さんと一緒に事務所へ戻った。
「色々と知りたいことはあったけれど、今日こそはきちんと話してもらうわよ」
ごまかしつづけたツケがきたかな。
「えーとですね。なんか、今日は予知夢みたいなのをみまして、それで色々と助かりまして」
「それだけだと、魔装術に対しての対処方法の的確さと、さらに初めてだというのに、魔装術を使いこなしていたことの説明になっていないわよ」
「……院雅さんこそ、魔装術のことをどれくらい知っているんですか?」
「……」
時間稼ぎの一言だったが、なぜか考えこんでいる。
一般に魔装術はそのコントロールの難しさから、詳細を知っているものはいない。
なぜかこの魔装術へこだわるようにうかがえる院雅さんだが、意を決したかのように、
「私も魔装術が使えたのよ。今は使えない……使わないようにしていると言ったほうが正しいかしら」
「へっ? 魔装術が使える? けれど今は使わない? なぜ?」
「魔装術のことをかなり知っているみたいだけど、魔装術をコントロールができないと魔族に化けてしまうのは知っている?」
「ええ、まあ」
前回の時の陰念なんかもろにそうだったし、勘九郎も今の状態で使い続けたら、いずれは心が力にのっとられて、魔族になるだろうしな。
「私は魔族化しかけたのよ。なんとかコントロールはとりもどしたけれど、霊的中枢(チャクラ)がずたずたになってね」
「えっ? よく、無事というか、ここまでなおりましたね」
少なくとも前の陰念は、魔族から人間にもどれてもチャクラがまともに活動しないくらいに、おかしくなっていたせいでもう霊能力を使えるようにならなかったしな。
「それなりに努力はしたわよ。けれどね……魔装術をつかっても、霊力のアップはできなくなったのよ」
「それって、霊的中枢(チャクラ)も修復されきっていないで、さらに霊力のリミッターが壊れているということですか?」
「その通りよ、察しがいいのね。多分、今、魔装術をつかっても5%ぐらいしか霊力のアップは期待できないのに、魔族になってしまう危険性が高いのが私よ」
「そうでしたか……」
「こんな私を軽蔑する?」
ほとんど感情がこもっていないようだったが、わずかに悲しげな霊波を感じる。
「いえ。尊敬に値するぐらいです」
「なぜ?」
「俺ってちゃらんぽらんですから、そんな状態になったら自暴自棄になって、どんな生活をしているのか。それに比べたら院雅さんってすごいなって思うんですよ」
「私のことをうちあけたんだから、横島君のことも知っておきたいの。これから師匠としてやっていけるかどうかを含めてね」
「それって、話ようによっては?」
「他のGSを紹介して、そっちで見習いになってもらうわ」
下手なところを紹介されると令子と離れる可能性がでてくるし、そうするとアシュタロスとの戦いにも影響がでてくる。
小さいところでは関係しなくても良いが、大きい事件では関われる程度の関係を築いておきたい。
ここの院雅除霊事務所なら唐巣神父の教会からも、今後の令子の活動拠点になるであろう人口幽霊一号ともそれほど離れていない。
短期でGSの本免許がとれても、令子との接点がとれるところは少ないだろう。
令子のところにこちらから行ったら給料、いやアルバイト料が思いっきり低いだろうしな。
さすがに極貧生活はごめんだぞ。
何より重要なのはこの美人で色気のある所長から離れるのは、今の俺にとって煩悩パワーを増加させる手段が減るということだ。
「そんなに難しそうに考えているけれど、わずかな時間とはいえ師匠である私にも話せないことなのかい?」
色気をたっぷりと振りまきながら、俺の隣にきていた。
またしても不覚。この横島、こんなおいしい状況になっていたのを気がついていなかったなんて。
「いえ、悩むだなんて、院雅さんのそばにいさせてもらえるなら……」
そう言ってだきよせようとすると、するりとにげられた。
ああ、俺の煩悩のバカやろー
なんかあきれたように、
「その調子なら本当の悩みなのか、怪しいところだね。明日いっぱいまではまっていてあげるから、それまでに答えをだしておきなさいよ」
アパートに帰ってきてGS試験の仮免が発行されることは、院雅さんから電話で伝えられてきたが、俺は明日どこまで話すべきかで悩んでいた。
1ヶ月半ばかりの付き合いだが、除霊作業という生き死にかかわる仕事をしていると、それなりの信頼関係を必要とする。
だから師匠として俺を導くつもりがあるのかもしれないが、俺の意識と知識の方が11年先のものだと知ったら、彼女はどういう反応を示すだろうか。
昨日はショックのあまりに忘れていたが、いつもの日課である寝る前の瞑想を行う。
普通の瞑想だけでなくサイキック五行吸収陣と似た技というか、元の基本技術をたどるとサイキック五行陣にたどり着く。
これは俺の前世が陰陽師なのに霊力のこもったお札を作るために、筆を通して安定させて霊力を供給させるのが苦手というところからきている。
そこで、ヒャクメの分析をもとに、老師が考えだしてくれた技だ。
その変化形であるサイキック五行重圧陣の中で、霊圧をかけながら瞑想を行う。
瞑想を行うが雑念だらけだ。
土曜日曜はお昼までに事務所へいけばいいので、明日考えるか。
そうして疲れた中、ぐっすりと眠る。
朝は朝食といってもコンビニ弁当なのだが、その前のランニングと軽い体術を使ったイメージトレーニングを行う。
イメージトレーニングは実際には霊力をつかわないが、霊力をつかったと過程して仮想敵を想定して行う。
俺の場合は大きくわけて、2系統の相手を想定している。
悪霊や、身体を変形させることが少ない人間の形をとる魔族と、人間の形をとっていなくて、どのような攻撃防御手段か不明な相手を想定する。
戦ったことの無い相手はイメージしづらいので、文献などをあさって、イメージトレーニングをつんでおく。
しかし、あくまでイメージなので、実際に戦ったときには異なる能力があったりするから油断は禁物だ。
アパートに帰って、院雅さんに伝えることを考える。
この1ヶ月半と院雅さんと一緒にgsとしてすごした限りでは、秘密はまもってくれるだろうと思う。
昨日魔装術を一時的に授かった時点で、文珠のストックもついでにつくっておいたから、最悪な手だが『忘』の文珠で忘れてもらうこともできる。
そうなると、あのちち、しり、ふとももと別れるのがなごりおしい。院雅さんとわかれるのも悲しいぞ!?
日曜の12時前につくように出発する。
昼食は霊力をたくわえられるようにと、オカルト稼業兼任の料理屋に頼むことが多い。
たまに焼いたヤモリがはいっていたりするのが嫌なのだが、霊力のもとだからな。好き嫌いは言っていられない。
事務所に入ると思いがけない人物がいた。
それも、そう。昨日のGS試験で俺と試合をした芦鳥子がいる。
なぜ?
疑問はすぐに解けたが、予想外だった。
「あらためまして。芦鳥子(ちょうこ)です。院雅除霊事務所のGS見習いとして契約をお願いにまいりました」
「えーと、院雅さん。もう一人この事務所で、GS見習いを雇うんですか? はっ! それとも俺に愛想をつかした!!」
「馬鹿ねぇ。そのようなことじゃないわよ。横島君」
「私、アメリカから引越ししてきましたので、日本でのGSに知り合いがいないのですよ」
「あれ? 院雅さん。芦家って代々GSだったんじゃなかった?」
「それは彼女の祖父までで、彼女の父は普通の会社員だそうよ」
「はい。それで、アメリカでは別なGSに師事していたのですが、彼女にも日本のGSにツテはなくて、GS試験で負けた相手のところに師事するのが良いだろうって」
「けど、きのうは確か再戦を要求するっていっていたような」
「いえ。あんな負かされ方でも負けは負けですし、そのあとの決勝戦での戦い方ですが、あの陣をつかわれていたら私の負けでしたよね?」
「うっ!」
確かにあれをつかっていたら勝てるんだが、あれだけでも結構目立つ術なのに何回も使えるのは目立ちすぎるので、できれば使わない方向でいたんだけどな。
世の中うまくいかないものだ。ただ、そこで院雅さんが、
「確かにこの横島君の実力はあるけれど、教えたのは私じゃないわよ」
「それは言いすぎではないかと……」
「そ、そ、それじゃぁ、私はどうしたら良いのでしょう」
「そうね……横島君、昨日のことはきちんと考えてきてあるでしょうね」
「はい。ただ……人目があるところではちょっと」
「横島君と話があるので、その要件がすんでから話をするのでいいかしら。鳥子さん」
「ええ。まずは相談にのってもらいたいですから」
「そうしたら昼食に良い時間だし、これで外食と暇つぶしでもしていてもらえるかしら」
院雅さんが財布から1万円札をだして渡そうとしている。
「いえ。そんないただかなくても、相談をもちかけたのはこちらですから」
「いや、仮契約みたいなものだわ。勝手に他のところにいかれてもこちらとしても困るかもしれないからね」
「それならお受けいたします」
なんか昨日の試験に比べるとネコをかぶっている気がしなくもないが、やとわれようとするのだから普通はそうだよな。
「そうね。午後3時にきてもらえるかしら。それまでには、こちらの方もなんとかなっていると思うから。横島君、そうよね?」
3時か、そんなものかな。
「そうですね。それぐらいなものだと思います」
芦鳥子が事務所からでていったあと、すぐに話ことになるかもしれないと思っていたのだがその前に、
「もしかしたら、一緒に食事をするのも最後になるかもしれないから、今日は奮発しているわよ」
「やめるかもしれない人間に?」
「立つ鳥後をにごさず。もしやめることになっても、横島君ってそういう感じに見えるしね」
「そうですか。そう言っていただけるとうれしいっす」
嵐の前の静けさか意外にのんびりとした感じで、昼食はすすむ。
昼食後は本来の話題をついに話すことになる。
「それで、横島君のことを教えてくれるわよね。いろいろと」
「ええ。その前に、もし納得していただけなければ、これからお伝えすることを忘れてもらうことになりますが、それでもかまわないですか?」
「忘れてもらう? それは私に忘れろ、ってこと?」
「いえ、実際に忘れさすことができるんですよ。俺の霊能力のひとつなんですが」
「やはり横島君って。サイキック系だけじゃなかったのね」
「いえ、その能力もある意味サイキック系です。それの進化版ってことになります。どちらかというと昨日の試合の霊波砲とか、魔装術もどきを使う方が本来の俺の能力じゃないのですが、それは本筋じゃないのでいいですか?」
「それだけ、あなたにとっての秘密事項ってことね。わかったわ。それでいいわよ」
俺は文珠を一つ出し『忘』と言う文字を入れる。
「これがさっきの忘れさすことのできる、霊能力になります」
「これが霊能力? どちらかというと霊具じゃないの?」
「いえ、これは俺がつくりだした……俺の霊波の塊が固定化したものです。そしてこの『忘』の文字の効果で、この文字の意味の通りに忘れてもらうことができるんですよ」
「ふん。変わった能力ね。それは、わかったから、あなたが今まで秘密にしていたことって何?」
「そうですね。これを使うと早いっす」
俺は文珠の中の文字を『忘』から『伝』と変える。
「これで『忘』から、俺の考えていることを言葉としてではなく、イメージごと直接『伝』えることができます」
「何、その能力。聞いたことなんて……もしかして、うわさにきいたことがあるけれど、それって文珠?」
「よく知っていましたね。その通り文珠です。これを知っているなら、これが使えるってだけでも、秘密にしたいってわかりますよね?」
アシュタロスを倒したのは最後、文珠だという噂が流れて魔族や一部の神族の過激派から狙われたことがある。
確かに文珠の力も必要だったが、それだけじゃない。
あのワルキューレさえ最初は『使いようによってはどんな魔族も倒すことができる』と言ってたから、そういうイメージが人間より神魔の間では大きかったのだろう。
まあ、令子と二人の合体でおそってきた連中は倒しまくったからあながち間違いではないんだが、そのたびにあやまりにくる小竜姫さまとワルキューレが可哀想だったな。
令子は小判とか、金塊とかもらったらころりと機嫌をなおしていたけれどな。
「そうね。今の日本、あるいは世界なら横島君をとりこにしようとするかもしれないわね」
「昨日の火角結界を解除したのも、これで『視』認をして、解除用のコードを判別したんです。けど、文珠だけだと、それほどたいしたものでもないんですよ」
「えっ?」
「これ以上は、話すよりも文珠をつかって『伝』えます。いいですよね?」
院雅さんが頷いたところで、俺は令子にあったところから、大きな事件に関する内容について、感情を殺しながらレポート風のイメージで伝える。
世界を選ぶか、ルシオラを選ぶか。なんてのを伝えるのはごめんだから、そういう個人情報などもさけているので、淡々としたレポート的に受け取っていると思うのだが。
「あ、あ、貴方って未来からきたの? そのせいで一番古く考えられるのは平安時代からあなたの世界と分岐している世界となってしまっているって? そんな……」
多分、それであっていると思うんだよな。あとは中世ヨーロッパでカオスとかとあったことが影響を与えているかもしれないけれどな。
調べてみる限り、過去の記憶にある大きな事件で時間のずれは無い。
俺の知らないところでおこっているかもしれないが、影響範囲は極めて限定的だ。
わかっている限りでは、ひのめちゃんが大きくなっていたり、残っていなかったはずの二鬼家や芦家があったり、GS試験の事件が1年はやかったり。
芦家は芦財閥なんてふざけたもののかわりなのかもしれないが、このまま順調にすすめば1年後にはGSとしてトップクラスにいるだろう。
それとも魔族化していたのかもしれないが、どちらにしても俺のいた前の世界ではなかったはずだ。
かなり簡略にしてレポート風にして『伝』えたが、院雅さんはどう判断する。
クビになるかな?
*****
文珠はあと最低1つ残っています。
椎名作品ではアメリカはコメリカという説はありますが、ここでは美神美智恵が使った空母がアメリカ空軍ということで、アメリカ設定にしてあります。
2011.03.29:初出