銀ちゃんこと、近畿銀一のことは院雅さんやひのめちゃんにも、特段伝えていなかったからな。
まさかGS試験1次を突破するだけの霊能力を、もっていたとは思わなかった。
けど、俳優志望なのは小学生時代からだと聞いていたけれど、こっちの時間軸では何か途中でかわったのだろうか?
雪之丞? あいつは魔装術も使わずに、あっさりと霊的格闘術だけで勝ち上がった。
夕刻の院雅除霊事務所での打ち合わせでは、雪之丞とユリ子ちゃんがGS試験で勝ちあがるために、再度残った64人の相手のチェックした内容を話し合う。
「幸いなことに、雪之丞とユリ子ちゃんは決勝までぶつからないから、前半組と後半組で話ができるわね」
「雪之丞の相手になるとしたら、九能市氷河という選手の霊刀ヒトキリマルが、魔装術にかなうかどうかだと思うな。ただし、よくはみていないが、本人の霊力そのものはそれほど高くないから、あとは勘九郎がどうかくらいか?」
「同じ白龍寺にいたからわかるが、あいつはパワーバカじゃなくて、それなりに格闘もできるから油断はできねえぜ」
俺はあの勘九郎の、その手の人が好きそうな目が、好きじゃないんだよな。
「あとは目立ったところで、ワン・スーミン。去年と違って棍を使っての技術は高いが、油断しなければ問題ない霊力レベルだよな」
ぶっちゃけ今の雪之丞に勝てる相手なんて、現役のGSでもほとんどいないはずだぞ。
だから必然的に、ユリ子ちゃんの相手になりそうな相手の話が中心になる。
「雪之丞の相手はそんなものとして、ユリ子ちゃんの相手で大変そうなのは?」
「本人の言っている内容がはったりでなければ、蛮・玄人(ばん・くろうと)だな。純粋な霊力が、魔装術を使っている俺を上回る」
「今回は10%っていう霊力なのに、対戦相手がびびっていて一発なぐられただけで気絶してたからな」
「私の相手になるかもしれない人って、そんなに霊力が高いんですか?」
「実際に戦ってみないとわからないけれど、加賀美円明流独特の霊的死角に入れれば、魔装術のように、よっぽど強力なガードができない限り大丈夫だと思うぞ」
「そうですか……ただ人を斬るっていう感触って、料理で肉をきるのと違うんですよねぇ」
ユリ子ちゃんのメンタル面を心配しないとまずいかな。
「ユリ子。それを気にするようなら、GSになるのはあきらめなさい。実際に魔族でも、人間とほぼ同じ感触になる相手も多数いるのだから」
「はい。GSになるのをやめる気はありません。それにもともと剣術って、そういうのが本来の姿でしたし、弱音をはいてすみませんでした」
ユリ子ちゃんのGSになる決意も確認できたし、いいか。
霊刀を使う限りは、どうしようも無いしな。
実際に霊波刀でも、そういう感触はわずかながらもある。
刀系を使う霊能力者にとっては、のりこえないといけない壁なんだよな。
そんな中で雪之丞が、
「俺としては、実力を隠して戦っているのが、一人いると思う」
「誰だ?」
「近畿銀一っていう奴だ」
よりによって雪之丞は銀ちゃんに目をつけたのか。
「近畿銀一ってまさかアイドルの近畿剛一ですか?」
おキヌちゃんが、驚いたように言う。
そういえば、以前もおキヌちゃんって銀ちゃんのファンだっけ。
「多分……そうだろうな」
俺が一言そういうとまわりが、
「横島さんが、男性のアイドルなんて覚えている!」
「もしかして、あーいう人が好みだったのですか!?」
「……」
おキヌちゃんは幽霊時代から近くにいただけあって、よく俺の性格を把握している。
ユリ子ちゃんは、腐女子かよ。女子高って、ユリ子ちゃんの性格も、一般人とやっぱりずれているな。
ひのめちゃんは、ひのめちゃんで、今度は何を隠しごとをしているのよ、っていう目付きだし。
「おい。俺だって男の顔ぐらいは覚えているわー! どんな目で俺を見ているんだー」
「それは、横島君の普段の行動からでしょう」
「院雅さ~ん。なんで~! 多分、小学生時代の友人ですよ。テレビで見かけたときにそんな感じがしていたのだけど、今日の大会で実物をみたら面影が残っていたから」
「へー。それじゃ、GS試験が終わったら、サインをもらってもらえますか?」
「銀ちゃん、いや近畿銀一が俺のことを覚えていたらだけどな。大阪の小学校5年生で互いに転校してから、あっていなかったからな」
「けど、アイドルなのに、なんでGS試験にでてきたんでしょうね?」
ユリ子ちゃんの疑問はもっともだ。俺もわからん。
「多分、それってこの秋にテレビ放映が延期された『踊るゴーストスイーパー』の役作りじゃないかもしれませんね」
「放映延期?」
「ええ、もともと『踊るゴーストスイーパー』って、この春から放映される予定だったんです。けれど、主役が事故にあって主役の入れ替えでテレビ放映されるらしいんですよ。その新しい主役が、近畿剛一ってことを聞いていたんです」
「あの非実践的な動きで、相手がさけられないとは、かなりの実力者だと俺は見るぞ。決勝まで勝ち上がってこないと、戦えないのがくやしいぜ!」
銀ちゃんって、体力もあるしスタントなんかもやってたから、ある程度は周りに見せるための演舞や殺陣(たて)は得意だったからな。
雪之丞って、そういえば最初の俺のときも、出来るって勘違いしてたよな。
多分、GSは合格しても、本業はアイドルのはずだから、途中でギブアップかGS試験放棄ってのもあるよな。
しかしそれにしても、もしかして銀ちゃんがGS試験に受かったら『イケメンヒーロー』ブームの火付け役になるのか?
他のメンバーも軽く話しはしてみたが、先ほどのメンバー以外にめぼしいのは見当たらないので、今日は疲れをのこさないようにはやばやと解散することになった。
同じアパートであるおキヌちゃんとの一緒の帰り道に、
「明日、GS試験試合後に近畿剛一さんのサインをお願いしてもいいですか?」
「ああ、一緒にいこう。俺のことを覚えていてもいなくても、昔の性格と変わらないなら、アイドルだからファンだって言えば、サインぐらいはしてくれるような奴だったぞ」
「って、横島さんは昔から覗きとかしてたんですか?」
「ああ、銀ちゃんと一緒……」
やべぇっと思いつつ、口を開くのをとめておキヌちゃんを見ると、
「そういう時代もあったんですか。なんかおもしろい話がきけそうですね」
そう言われて、小学校時代の銀ちゃんの話をおキヌちゃんにお披露目することになった。
アパートにつくころには、あらかた覚えていることは話したが、ファン心理とは恐ろしいもので、おキヌちゃんにとってますます身近な感じになったみたいだ。
翌朝はGS試験会場の目の前の広場に集まることになっていたが、朝食時におキヌちゃんから予想しているべき内容を聞かされた。
「えーっとですね。近畿剛一がGS試験にでているって、インターネットで噂がひろまっちゃっているんです。だから、今日の会場って近畿剛一のファンで埋め尽くされているかもしれません」
おキヌちゃんがちょっと悲しそうだ。
うーん。なんとかしてあげたいが、一般人も無料で入ることができるからな。
案外GS協会が宣伝行為として、利用しているんじゃないのだろうな。
GS協会って機械音痴が多かったはずだから、そんなことまで考え付かないか。
それはともかく、集合場所が銀ちゃんのファンでうまっているかもしれないから、近くの公園にでも集合場所をかえてみるよう院雅さんに言ってみるか。
そう思ったが、今日は院雅さん午後からくるって話だったよな。
昨日はユリ子ちゃんにお手製の弁当をつくったらしいが、今日は人数が多いのでパスらしい。
おキヌちゃんが作るという線で、今日は朝から全員分のお弁当を作っているので、俺から各自に集合場所変更の連絡をしていく。
杞憂であればよいのだが、おキヌちゃんには先に2階の席を確保してもらいにいってもらう。
4分の1くらいお弁当を持っていってもらったが、間に合えば席とりには充分だろう。
公園で待ち合わせをしていると、分室の予備用のPHSからの着信があったので、でるとおキヌちゃんが、
「もう結構な人数の近畿剛一ファンがきていて、垂れ幕とかはりだしています。みんな早くきた方がいいですよ」
さすがに会場全部は近畿剛一ファンで埋まると思わないが、対戦相手は居心地がわるいだろうな。
集まった皆には、
「昨日の近畿銀一っていうのは、やはり近畿剛一で確定らしい。もうファンが、2階の席で応援用の準備をしはじめているそうだ」
そういえば、ピートの時も応援はあったが、あれよりさらにすごいんだろうな。
GS試験会場につくと、女性の集団が目立つ。
選手である雪之丞とユリ子ちゃんとはわかれて2階に行くと、おキヌちゃんの他に六道夫人と冥子ちゃんもいる。
お約束なのね。
院雅さんからは、
「六道女学院トップレベルの生徒を預かっている事務所の分室なのだから、挨拶にきているだけよ」
そう簡単に言ってくれるが、院雅さん、午前中は寝ているってこないし。
まあ、午前中の対戦相手はおもしろくなさそうだからな。
「おはようございます。六道夫人、冥子ちゃん」
「今日もここで一緒に、観戦していてよいかしら」
「ええ。うちの事務所って、六道女学院の生徒が多いですからね」
けど、昨日よりは視線が集まらない感じだ。
六道夫人に注目するよりも近畿剛一ファンたちの多さに、まわりは気にしているのだろう。
その中で厄珍が、
「一般人でもGSの戦いがわかる、霊視ゴーグルがあるね。今ならお安くするあるね」
そう言って、近畿剛一ファンの中で販売していっている。
霊視ゴーグルだってけっして安くないのに、飛ぶように売れているぞ。
まさか、厄珍が商売のために噂をながしたわけじゃないだろうな。
けれど、厄珍が男性アイドルを覚えているとも思えないから、別ルートで情報を入手したのだろう。
この手の情報入手の早さには、あいかわらず思わず舌を巻く。
そしてユリ子ちゃんの、昨日から数えて2試合目のGS資格がとれるかの、試験がはじまろうとしている。
ユリ子ちゃんの対戦相手は、今となってはオーソドックスな神通棍と札術だ。
札の種類まではわからないが、金持ちか、儲かっているGSの助手のところでも無い限り、高い札は持っていないだろう。
対して、ユリ子ちゃんは院雅さんの結界札と、自分の霊波で書いた幾種類かの札を防御用に身につけている。
札についての心配は、まず要らないだろうな。
神通棍は「精霊石クオーツ」によって霊力を増幅する。
その霊力に関してはマイト数で表され、増幅率も判明しているが、それに対して霊格の数値化はできていない。
しかしながら、霊格があがれば武器の威力もアップするとは言われていた。
霊能力者の霊格と、精霊石を使用した武器の増幅率に関連しているのは最近GSの間でもわかりつつある。
しかし、神通棍の光り方で霊格を判断する方が、今の俺にとっては霊格の判断の精度があがる。
審判から「初め」の声があがったあと、ユリ子ちゃんと対峙している相手から神通棍が伸びて光りだす。
霊力や霊格が、全てではないがかなりの目安にはなるのと、この感じだとユリ子ちゃんが有利だなと思っていると、
「あの娘、負けるわね~」
ぽつりともらす六道夫人に俺は驚き、
「あの娘って、ユリ子ちゃんのことですか?」
「加賀美さんではなくて~、その対戦相手の女性は今年の卒業生なの~。GS試験合格するだけの力はあるけど~、運が無いわ~」
「そうでしたか。そうしたら同じ学校だっただけあって、ユリ子ちゃんのことを知っているでしょうから、作戦を練っていたりしませんか?」
「加賀美さんって作戦を練っただけで~、簡単に負けるような娘なの~?」
「……霊力や霊格をみる限りでは、他の格闘技術などで上回っていないと無理そうですね」
「そうよ~。霊力は卒業したころより上回っているみたいだけど~、霊格は変わっていないのと~、格闘技術っていうのは2ヶ月程度で変わるのはむずかしいわ~」
ふーむ。六道夫人って、霊格がわかるんだ。
もしかして、クビラって霊格も見れるのかな。
そうすると、昨年の雪之丞との戦いの時の隠行を見破られていたのもあって、昨年は少し目をつけられたっぽい感じがしたのか?
そんな疑問もわいたが、
「っということは、格闘技術もユリ子ちゃんが上なんですか?」
「それは見ていればわかるわ~」
すでに会場では打ち合いを始めているので、六道夫人から試合会場へ意識をかえる
ユリ子ちゃんが勝ち上がれば、次の試合相手になる試合会場も気にはしておくが、ユリ子ちゃんの対戦相手とどんぐりの背比べって感じっぽい。
さらにその次の試合であたるかもしれない銀ちゃんをみていると、霊力はともかく、中々霊格は高そうだ。
しかしそんな中で、
「きゃー、近畿さーん」
「近畿さん、がんばってー!」
「近畿さんの顔にキズを付けたらどうなるかわかっているわよねー」
「バカー、そんなふうに近畿さんにかからないでー」
えーと、銀ちゃんの試合は真面目に見るのがあほらしくなってくる。
ユリ子ちゃんの方は、どちらかというと剣筋を見ている感じだ。
剣筋を見ているのは、対人相手ならそれでもいいかもしれないが、っと思ったら動きだした。
相手も反応しているが、反応が遅いのと、戸惑いも見受けられるからユリ子ちゃんを見失ったのだろう。
加賀美円明流独特の霊的死角に入ったのだろうな。
そしてユリ子ちゃんが、対戦相手の首筋に霊刀を押し当てている。
「これ以上戦いますか?」
「……ギブアップします」
「勝者! 加賀美選手!」
勝つだろうとは思っていたが、実際に勝つのは別問題だ。
これで仮免状態だが、GSとしてきちんとたてるわけだ。
しかし、この試合のあとは、もうギブアップは無しだからな。
だから本来なら師匠である院雅さんが、そばにいてやる必要があるのだが、今はいないのでかわりに選手である雪之丞が声をかけているのは見える。
雪之丞は体育会系だからなのか、こういう面ではマメだな。
近畿剛一ファンたちの声から、銀ちゃんも勝ちあがったらしい。
対戦相手はやりづらかったんだろうなぁ。
少し待っているとユリ子ちゃんが俺達のいる2階席にきたので、
「ユリ子ちゃん、GS試験合格おめでとう!」
「おばさまも~、六道女学院から合格者がでてうれしいわ~」
「今度一緒に~仕事ができるのかしら~」
なんか冥子ちゃんが、物騒なことを言ってるが、
「ユリ子さん、おめでとうございます。なんかGS助手って、私だけになりそうですね」
「ユリ子。今度からカルテットで除霊ね」
ユリ子ちゃんはそれらを受けて
「ありがとうございます。このあとの試合もがんばります」
って、けっこう真面目すぎるところもあるんだよな。
正道も邪道もわかっているみたいだから、良いとは思うんだけど。
しかし、雪之丞はあがってこないな。
次にでてくる蛮・玄人の戦いを、直接見るために会場に残っているのだろう。
ただあれだけの霊力をもっているのは、昨晩聞いた感じでは、やはりあとは鎌田勘九郎が次点らしい。
勘九郎は魔装術以外でも、それなりに霊的格闘術ができるらしいから油断ができないのか。
それでも以前の時のように、ゴーストスイーパーハンターとして鍛えられているわけではなさそうなので、違った霊的格闘術なんだろうな。
寝技だったらものすごく嫌だけど。
しかし、銀ちゃんがいないと、うってかわって本当に会場が静かだぞ。
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2012.02.25:初出