応接室へ入ったところで、俺と院雅さんが横にならんで座り、ひのめちゃんは机の反対側に座る。
「院雅除霊事務所のこともあるのだけど、ひのめに伝えるんでしょ? 横島君」
「ええ」
「もう、そこまで話しはついていたんですか?」
「そうだよ。以前俺のことを院雅さんに伝えてあるとは、言ってあったよね?」
「はい」
「けど、今回はそれよりも個人的な情報と、今まで院雅さんや神魔族と一緒に集めた情報を、文珠で『伝』えることにする」
「えーと、横島さんとつきあいたいだけなんですけど、そうしないといけないんですか?」
「魔族は高位であるほど相手の心の隙をついてくる。俺の今後の相手は、多分かなり高位な魔族になる。だから本気でつきあいたいということならば、ひのめちゃんにはその時に動揺されないように伝えておく必要があるんだよ」
「私が動揺するようなことが何かあるんですか?」
俺は下手な言葉よりもゆっくりと首を縦にふることを選んだ。
ひのめちゃんは少し悩んでいたようだが、決心をつけたかのように、
「決めました。横島さんの秘密にしていた情報を、私に『伝』えて下さい」
ひのめちゃんも美神家の女性だ。下手に聞き返さなくてもいいだろう。
俺の伝える情報はきめてある。
文珠にはすでに『伝』の文字は入れてあるから、それを使って最初に院雅さんへ『伝』えた内容よりも、もう少しプライベートな情報もいれておく。
そう、俺が世界とルシオラのどちらかを選ばざる得なかったところも伝えた。
現在のところアシュタロスがデタント派とはいえ、何を考えているかわからない。
単純なGS同士のパートナーなら、そのことを伝えられても動揺があっても少ないだろうが、俺と付き合っているとなると話は違う。
魔族から聞かされた時に、動揺をしてしまうだろう。
それにルシオラを産む可能性があったのに、結婚してくれた令子のこともある。
今の時点で、令子と結婚することは考えていないが、たとえ未来で結婚していた、バツ一なのは気にしないとしても、結婚していた相手が姉だと知ったら、これはわからないよな。
あとは、今の時間軸で集めた情報とか、メドーサと定期的に会っているなどの情報も一緒に『伝』える。
院雅さんはほぼ知っていたからか、たいした反応はうかがえないが、ひのめちゃんは『伝』えた情報を一生懸命に飲み込もうとしているようだ。
そして俺がGSとしてや、人生でどんな選択をしていたのかを理解しはじめたのか、顔色が変わっていく。
やっぱり、ひのめちゃんには今の文珠で『伝』えたことを『忘』れてもらうことになるかな……
そうすると、俺への感情の起点になっているだろう、前世の記憶を『封』『印』は最低限しておく必要がある。
こちらで会った後の感情について『偽』りの感情へ『刷』り『替』える必要があるだろうな。
そしてひのめちゃんが決心したのか声をかけてくる。
「横島さん……言いにくいんですけど……」
つとめて明るい声をだすようにして、
「うん。いいから言ってごらん」
「……はい……横島さんって……」
「横島さんって?」
「おじさんだったんですね」
俺はズルッとソファーからすべり落ちそうになった。
「第一声がそれかい!」
院雅さんは笑いをこらえようとしているが、クスクスと笑い声が漏れている。
「いえ、時々大人っぽいとは思っていたんですけど、なんか同い年の高校生とあまり感じで、かわらないような気もしていたから」
「どうせ俺は、進歩がないさー」
いったいさっきまでのシリアスな雰囲気はどこにいったんだ。
「他にはなんとも思わないのか?」
「えっ? どんなところですか?」
「はい?」
まったく予想外の反応だ。俺から質問するはめになるのか。
「えーと、令子と結婚していたこととか、あまり俺からは言いたくなかったけれど、ルシオラを見殺しにしたこととか」
「それって横島さんの昔のことですし、私が横島さんと同じ立場なら、横島さんと同じことをしたんじゃないかなと思います。ただ後追い自殺しちゃうかもしれないですけど……そんなことよりも、今後の私達のことを話しませんか?」
「横島さん。ひのめの方がバイタリティはあるみたいね。私はお邪魔みたいだから、今日はゆっくり分室で話し合いでもしていなさい。キヌの方は今日の除霊につれていくから、安心してなさい」
「へー、院雅さんって、横島さんのことを、さんってつけて呼ぶんですね」
そういえば、先ほど伝えた中では忘れていたな。
「そうね。二人きりでいる時は、そう呼ばせてもらっているわね。見た目の年齢はともかく、除霊歴は横島さんが長いし、知識の範囲も広いしね」
「けれど 横島さんの方が、なんか院雅さんのことを見習っているみたいなんですけど」
「それは横島さんの昔が除霊方面に偏りすぎていて、GSとして独立するだけの総合的知識が欠落しているからね。そのあたりは私の方が指導しているのと、戦術面はともかく戦略の方は苦手みたいよ。だから横島さんのGSとしてのパートナーなら、そっちの方の学習することをおすすめするわよ」
「恋愛相談は?」
「事務所内恋愛禁止とは言わないけれど、そのあたりは節度を守って、まわりに悪影響を与えなければ問題にする気はないわよ。だからつきあうことになっても、はしゃぎすぎないことね」
「つきあうことになっても?」
「そのあたりは横島さんとよく相談することね。私からはこれぐらいだから、分室でよく話あいなさい。分室までタクシーをつかっても良いから」
分室までタクシーでもどることになったが、なんかひのめちゃんの気分は冠婚事業者のスペシャルパッケージみたいだ。
そこに冷水をかけなきゃいけないんだけどな。
分室にもどったところで、まずひのめちゃんと俺の関係をはっきりさせておく。
「ひのめちゃんが俺を好いてくれるのは嬉しいよ。けれど、当面は直接的というかそういうのは無しでどちらかというと、精神的な関係でとどめておく必要があるんだ」
「えー。横島さんってしょっちゅうナンパとかしているじゃないですか」
「おいおい。どこからその情報を」
「おキヌちゃんからです」
「……まあ、一緒にいることも多かったから知っているよなー」
「それにお姉ちゃんにしょっちゅうとびかかっていましたよね? 今となってわかったのは、横島さんのいた過去の時間軸で結婚していたからなんでしょうけど」
「俺自身から言うのもなんだけど、一定の線で止めてくれる相手じゃないと、まずいんだよ」
「ある一定の線って……最後までいっちゃうってことですか?」
「そう。もうわかっていると思うけれど、俺の今の霊能力を最大に発揮するのは、煩悩が必要なんだ。しかし、それが一回満足してしまうと、一時的ながらGSとしては平均レベル以下になるんだよ。なれてくれば、その制約もなくなっていくんだけど。だから、きちんと途中で強制的にでも歯止めができる相手が、今は必要なんだ。それをひのめちゃんが、拒めるかい?」
「横島さんにせまられちゃったら……あまり、自信はないです」
「だから恋人みたいにつきあうというよりは、友だちみたいな感じで、つきあっていくのができればいいんだけど。多分これからおきるであろう、世界的な霊障に類似した事件までは」
「それでも、やっぱり、お友だちというよりは恋人になってほしいんです」
女性にそこまで言わせたんじゃ断れないよな。
「こんな俺でよかったらつきあってくれ」
「最後の最後で、横島さんから告白のふりですか?」
「いいじゃないか。これぐらいカッコウをつけさせてくれ」
「そんなところも、横島さんですよね」
そう言いつつ、ひのめちゃんが抱きついてきた。
思わず抱き返そうとしようになるが、なんとか自制心をたもつことに成功してひきはがしにかかる。
「ひのめちゃん。うれしいのはわかったけれど、俺の自制心が持つ範囲にしてくれ。思わずそのまま抱き返して、なし崩しになりそうだった」
「だって……うれしくって。なのに迷惑かけちゃいました。私やっぱり恋人失格ですか」
「いや、そんなのことはないよ。魅力的だから抱き返したくなるんだから。ただ、本当に俺の自制心はあてにしないでくれ。今すぐにだきつかれたら、今度こそ最後までいってしまいそうだ」
「はい。気をつけます。けれど、これでつきあってくれるんですね?」
そういうひのめちゃんの笑顔をまぶしく感じるのは、俺がやっぱり歳を重ねているせいなのかな。
ひのめちゃんと付き合いだして、もう少しで2ヶ月になろうとする。
今日はひのめちゃんの家にいて一緒の部屋で勉強後、令子の手作りの夕食をご馳走になっている。
比べちゃ悪いが、ひのめちゃんのがんばった普段の夕食より美味いよな。
夕食後も多少の話をし、ある程度の時間がたつと、
「しかし、本当にひのめってこの横島クンとつきあっていられるって事、いまだに信じられないわ」
「お姉ちゃんこそ、最近横島さんに相手されていないからって、そんなこと言わないでよ」
「あー、俺はそろそろ帰らせてもらうわ」
これで、長居するとどんどん言い合いが、エスカレートしていくからな。
「横島さん、まって。玄関までおくるから」
「ああ、ありがとう」
一応言い合いのタイミングをずらせるのだが、帰りの玄関ではひのめちゃんから別れ際のキスをしてくる。
ここで俺が暴走したら、令子にどつかれるのを計算しての行動だ。
キスだけだなんて。こんちくしょー
「じゃあ、また、明日ユリ子ちゃんの所の道場でね」
「はーい」
最近はユリ子ちゃんの道場から、ひのめちゃんの家にいって一緒に勉強をする。
学校の勉強の内容が違うといっても、六道女学院霊能科の普通教科のレベルは高くは無い。
俺が通っている学校の教科書と違うが、レベルとしてはにたりよったりなので、昔の知識などを思い出してきているので、なんとか教えてあげることはできる。
ひのめちゃんの普通教科はこっちの高校とやはり同じぐらいのレベルだが、霊能科特有の教科は上位にはいっているみたいだな。
勉強後は、夕食を共にするというパターンが多い。
令子も仕事をする時はしているが、しない時は家にいることも多い。
だから、結構な頻度でこの手のことは日常茶飯事になりつつある。
一度は美智恵さんとも家で会い、
「ひのめちゃんと、おつきあいさせていただいてます」
「私は、まだおばあちゃんになりたくないから、きちんとつけるものはつけるのよ」
「お母さん、そんなつけるだなんて……健全なお付き合いよ」
「あら、そうだったの。ごめんなさいね。最近の高校生は進んでいるってきいていたから」
こう言っていたけれど、決して目は笑っていなかったんだよな。
それだったら、ひのめちゃんと俺がつきあうのを、反対しそうなものなんだけどな。
やっぱり、俺の知っていた一時期姿を消していた美智恵さんと、現役でGSからオカルトGメンを続けた美智恵さんに何か考え方に違いがあるのだろう。
ひのめちゃんはひのめちゃんで、未来におこるかも知れないことを知っているというのを、美智恵さんに伝えられないのが心苦しいらしい。
美智恵さんが切り札になるか、それとも違う時間軸に分岐してしまう行動をとるか不明なところが、神族や魔族には難点だもんな。
朝はいつもトレーニングで学校に向かうのには、最寄の駅までおキヌちゃんと一緒に行くことが多い。
それどころか、
「横島さん、遅れますよ?」
「大丈夫! 今、出発できるから」
「今日もお弁当、つくってありますからね」
「毎日すまない」
「いえ、自分の分を作るついでですから」
そうは言いつつもおキヌちゃんの食べる食事の量と、俺の量ってあきらかに違うのは休日の分室での食事なんかみてたら、はっきりと余分に作っているのがわかるんだけどな。
院雅除霊事務所が上位の魔族を相手にするということを知ってそれでも、
「やっぱりGSを目指します」
って言うおキヌちゃんだ。
そのあたりで気をつかってくれているのかな。
雪之丞は至極単純に
「やりがいのある相手を、より多く紹介してくれ」
って、バトルジャンキーなのは、かわらないな。
ただし、俺としては、周辺に損害を出さないようにしてほしいんだが。
俺の霊的成長が雪之丞に近いうちに追いつくと思っていたのだが、実際には開きかねない勢いで霊的成長をとげている。
世界中をまわっての強力な相手をすることによる実戦数の違いだろうか。
院雅さんはあいかわらず、神魔族とは異なるルートでの情報入手をしている。
ヒャクメやジークが霊的に情報を入手できないのを、人脈をつかって入手しているようだ。
7年前の15歳の時にGS試験を1位で突破してGS業界では天才少女という名称をさずけられていたが、そこから2年間GS界隈から消えている。
院雅さんによるとメドーサの魔装術に手をそめて、失敗した2年間はリハビリの日々で過ごしていたために外界との接触をたっていたということをきかされている。
しかし、どうやってメドーサと契約にいたれたのか、いまだ話はしてもらえていない。
GS業界へ復帰した時の霊力の低さから、以前の天才少女という名称はきえていた。
しかし、中堅GSとして活動していたのだが、俺との接触で過去の天才少女再びとかいう根拠の無い噂もながれだしてきている。
院雅さんは、ヒャクメにチャクラの霊視をしてもらったが、
「ここまで、よく普通の人間が復旧できています。これ以上は地上では無理なのねー」
「メドーサにも似たようなことを言われたから覚悟はしていたわ」
院雅さんは淡々と答えているが、ヒャクメの覗き癖でうっかりと、
「けど、頭の中がよめないのよね」
「それは読まれないように、プロテクトをメドーサがしているからね」
と院雅さんは冷静に答えていた。
院雅さんだが、今後おこるであろうアシュタロスがおこした世界的な霊障と同規模レベルの霊障にはタッチする。
それが終わったら興味のある事件も無いから静かに、結界札を使った元のスタイル事務所にもどすらしい。
分室は高校を卒業すれば俺に貸与するらしいが、そういうことはひのめちゃんはもとより、ユリ子ちゃん、おキヌちゃんに雪之丞のメンバーをみなきゃいけないのか?
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やっぱりR-18指定はさけておきます(おい)
ひのめちゃんと横島はくっつけましたが、横島は煩悩をおさえるのに苦労するかな?
美神美智恵に別な苦労がふりかかりそうです。
2012.02.21:初出