雪之丞から連絡のあった翌日に、ヒャクメとジークが分室へきた。
「来たのは、神魔族出張所ができたのからなのねー」
「おめでとう。花でも贈らせてもらうよ」
「そんなことはいいので、横島くんにはイラクへ飛んでほしいのだけど」
「また、やっかいなところへ。それでどれくらいの期間がかかりそうな仕事に、なりそうかな?」
「1週間ぐらいかな」
「今のままじゃ無理!! 今回限りならいいかもしれないが、続くならせめておふくろを説得してくれ!! 俺の長期休学はおふくろの腹積もり次第だ。それくらい同一時空を繰り返す空間特性(サ○エさんワールド)のことを、修正した報告書にのっていないか?」
「そっちの説得は、今から行うから用意をしてほしい」
「本当に説得してくれよ。俺はいまだにおふくろにかなう気は、しないんだから」
「遠距離からみてもよくわからないけれど、近くにいけばだいじょうぶなのねー」
「準備はしておくから、説得を待つ。では無事任務を達成してくれたまえ」
「無理に軍隊調で言わなくてもいいんですよ!?」
「とりあえず、説得してくれれば俺はいいとし、て一緒に行く候補者は?」
「小笠原エミさんを考えています」
「了解したよ」
「では、いってきますのでしばしお待ちを」
ヒャクメとジークは、ナルニアまでテレポートしたのか急に消えた。
まったくここの結界札も役にたたないな。
俺は準備をしおわったが、二柱とも中々戻ってこない。
これは交渉に時間がかかっているな。
さらに待っていると二柱は、もどってきたが二柱の話を聞くと、
「なぜあの女性の心の中が、読めないのよ」
「なんで話しているだけで、最高指導者よりプレッシャーがかかるんですか」
「「あの女性は本当に人間ですかー」」
ヒャクメとジークが、はもっている。
この二柱じゃ説得は無理だったか。
せめて小竜姫さまかワルキューレだったかなー
「って、なんで無理だって思っていたのねー」
「ヒャクメか。いやぁ、霊格っていうのがわかるようになってきてよく考えると、俺の知っている人間の中では、一番霊格が高いんだわ」
「霊能力者なんですか?」
「いや、霊能力者ではないけれど、俺の知っていたおふくろは、霊能力者としては完成されていた令子に、殺気だけで霊力と対抗できていたからなー。それに結果として俺を日本において行ったから、俺のいた過去では、アシュタロスはあの中では滅んだし、あの直観力はあなどれないってな。しかし、こっちにいるアシュタロスって、俺の知っているアシュタロスじゃないのか?」
「これも宇宙意思なんですかね?」
「令子の話によると、がんばらなければ宇宙意思も追い風にならないみたいだから、どうなんだろうな?」
「これは計画のやり直しかもしれませんね」
「前の世界でも神魔両方の最高指導者がアシュタロスをなんとかしようとして、失敗して人間が対処したらしいからな」
「それを言われると」
「いや、俺のいた世界での話だから、こっちでは違うかもしれないだろう?」
「とりあえず、イラクの件は小笠原エミさんに依頼してみます」
「本当に急ぎだったのか」
「ええ。リバースバベルの塔です」
「ふむ。俺の記憶の通りなら雪之丞も、つれていった方がよさそうだな」
「そうですね。今の横島くんと小笠原エミさんの組み合わせなら、当時の伊達雪之丞くんの戦力と変わらないと判断したのですが……」
「とりあえず長期学校を休むのにあたって俺の過去にあった以外の事件で、複数回、長期やすまないといけないというのは、ちょっと補正してくれ!」
「はあ。善処します」
うむ。お役所仕事からぬけられないか。
「そうなの」
「まずはリバースバベルの塔の案件を片付けてから、今後の方針を再度検討してくれないかな」
「そうですね」
そうして二柱が消え去ったので、フォローの電話をナルニアの両親に電話をする。
「留年するぐらいなら、GSを休業してもらうから。院雅良子さんもそうだったみたいだし、GS業界はそれでだいじょうぶなんでしょう」
「留年はしないよ。ただし今は霊的成長期なので、この能力を伸ばせるところから、離れる気は無いからな。おふくろ」
「まずは学校第一なんだからね。第一お前より優秀なGSって、まだまだいるんでしょう。なんで神魔族がお前を選んだのか説明もしないから、追っ払ったわ」
「しょっちゅう妙神山に、顔をだしていたからかな。学校にはきちんと行くから」
「あたりまえでしょう!」
そこで話は終わったが、未来のことをそう簡単に話せないだろうしな。
説得もへったくれもないな。
しかし、リバースバベルの事件ってもっと後におこるはずだったよな。
どちらにしても、この件がかたずいたら芦家のことをまずは教えてもらおうか。
どうもアシュタロスとつながっているような気がするんだよな。
それとおふくろが気にかけていたのはメドーサのことかと思ったが俺が調べ切れていない院雅さんの空白の2年間をさぐってもらうかな。
って、なんでおふくろが、院雅さんはGSとして活動していない時期を知っているんだ?
雪之丞と契約する前に雪之丞がイランに向かったから、さっそく分室予算の予定が狂い始めている。
いっそのこと正規の除霊助手ではなくて、都度フリーのGSへ頼むスタイルの方が良いのかなとも思い始める。
このあたりは雪之丞との話し合いだが、束縛を嫌う性格の雪之丞なら、GS試験までこれにのるかな?
別にGS試験までは、フリーの霊能力者であっても問題ないしな。
うまくすれば過去の実績で、GS見習いの必要点数の免除ができるかもしれない。
どちらにしてもまずは、GS試験を通ってもらってそれからだけどな。
イランのリバースバベルの方は、現在の雪之丞ではやはり力不足ということでエミさんと向かうらしい。
あのエミさんの呪術の衣装は俺の煩悩を刺激してくれるから、中々うらやましいなー。
この事件は未然に防げたから、心配する必要は無いし、最悪ジークが助っ人になれば問題ないだろう。
どうせパズズといっても偽者だったからな。
それで平日はというと、
「横島さん、夕食できましたから食べにきてください」
幽霊時代の習慣なのか、夕食を誘いにきてくれる。
おキヌちゃんも一人だし、俺も一人だから互いに暇つぶしにいいんだけどね。
「毎日食事をつくってくれるのはうれしいんだけど、勉強は大丈夫かい?」
「なんとか六道女学院の霊能科なら、受かりそうなレベルまでにはなりました」
普通科に比べて霊能科はあまり学力レベルが高くなくても、霊力の方が重視されているからおキヌちゃんなら充分だよな。
「がんばって受かってくれな」
「ええ。横島さんに普通の料理方法を教えるほうが難しいくらいです」
「ご飯に味噌汁となにか一品あれば充分だしな」
「横島さんの作った味噌汁って、普通味噌汁って言わないで鍋とかいいますよ」
「いやねー。キャンプ料理っぽい物しか作れないからな」
妙神山での修業と、あちこちの地方で令子においてきぼりにされたせいだな。
その前に俺と令子のスキンシップのせいもあるんだが。
おキヌちゃんの霊能力は補助系だからGSになるっていうのは、現状のルールではきついんだけどおキヌちゃんは理解しているのかな。
それはさておき、普段の訓練の為にとある場所を借りることになった。
「横島さん。お爺さまの許可がでました」
「ありがとう。ユリ子ちゃん」
「いえ、お爺さまもはりきっているみたいですし、私もお爺さまだけ相手するのだと、腰痛とかおこさないかちょっとばかり心配ですから」
ユリ子ちゃんの自宅の道場に、GS試験や六道女学院での年中行事になっているクラス対抗戦で使用している物理的攻撃がきかない結界で、訓練させてもらうことになった。
行うのは普通の木刀で行う実戦形式の稽古で、霊力さえこめなければ、あてられたっていう感触はあっても痛くは無い。
ユリ子ちゃんのおじいさんは、そこが気にいったのだろうか、今までユリ子ちゃんに、あてられるレベルではないと聞いていたんだけどな。
ばしばしとユリ子ちゃんに木刀をあてている。
見た感じでは、ユリ子ちゃんのおじいさんの剣速は早くないのだけど、ユリ子ちゃんが剣を受け止められないんだよな。
門下生でもない俺からは師匠とか呼ばれるのは嫌らしく
「加賀美さん、この剣術って加賀美円明流でしたよね? どうしてユリ子ちゃんに剣をあてられるのですか?」
「まだわからないようなら、また一運動してみるか。お若いの」
「ええ、お願いします」
このユリ子ちゃんのおじいさんとの木刀での勝率は4割。
棍だと6割ぐらいまであげられるが、霊波刀とは微妙に位置がちがうと。
とはいっても俺の対魔族戦は、サイキック棍ではなくて霊波刀になるからこちらで強くならないとな。
なぜあてられるかは理論だけはわかる。
ただし、実戦で相手にしたことがなかったからな。
小竜姫さまや俺にとって過去にあたる魔族や神族の剣系の筋はというと、どちらかというと直線系に属する。
普通の人間の反応速度を超えた速度でくるのと、強引な力技による太刀筋を強制的に変更してしまう。
まず人間ができないゆえに、まさしく神業といっていいだろう。
それに対してこの加賀美円明流の動きは、老師の棍術である円系あるいは球系に動きが近い。
それだけなら老師の身外身の術でつくられた小猿でも可能な技で、実際その修業のおかげでこの加賀美さんとも打ち合えるのだけど、
「なんでそうやって、次から次へと死角に入ってこれるんですか?」
「その死角に入ったはずなのに、木刀をさけられるのがシャクにさわるのだがな」
「あたっても痛くは無いっていっても、実戦ではそういうわけにいきませんからね」
まったくもってこの死角に入いってこられるというのは、どうしようもない。
意識しているのかしていないのか、人間の目の死角と霊的感覚の死角が重なる場所にちょうど入ってくるのだ。
逆にいうと必ずそこにいるのだが、そこって木刀だとやりづらいところなんだよな。
棍なら後ろ前というのは無しにできるから、その空間に打って見るというのが実情だったりするのだが。
「しかし、本当によくこれだけ避けられるの。自信をなくすぞ。まったく」
「それでも6割ぐらいは加賀美さんが勝っているじゃないですか」
「それは最初に5連勝したおかげだろう。ここ10回ぐらいは五分じゃないのか?」
「そうかもしれませんが、こっちは霊能力による霊感もあてにしてようやくですからね。本当に加賀美円明流っていうのは、対魔の系統の剣術じゃないんですか?」
「さて。自分は師匠からは聞いておらんからな。ただ、本当の死角という場所を、身体でおぼえこまされただけだ」
もし対魔の剣術で無いのであれば、この流派の開祖か途中に霊能力者がいたんだろうな。
「今日はこのあたりにしておくかの」
そう言って加賀美さんが入り口に戻ろうとした瞬間、木刀を投げてきたので、それをかわしたら、
「口からこのあたりにしておくと言っておいて、油断も隙もありませんね」
「油断しとらんかったであろう。それで良いではないか。あと片付けはよろしくな」
こういうタイプの戦い方をするから、俺の逃げるふりをしてユリ子ちゃんの油断をさそってあてても、文句も言わなかったのか。
「ユリ子ちゃんと俺の練習はみなくていいのですか。加賀美さん」
「孫と戦えば、おのずとわかるから良い」
はあ。そうですか。
「しかし、ユリ子ちゃんのおじいさんって、とんでもないな」
「私もお爺さまに、ここまで手加減されているとは、思っていませんでした……」
「表の技そのものなら、そこまで差は無いと思うよ。けれどあの人間の死角に入っていく技だけは、尋常じゃないな」
ヒャクメタイプの内心を読める魔族がいたら、同様の方法をとられるかもしれないからな。
それはさておき、
「ユリ子ちゃん、今度はこっちの訓練といこうか」
「お願いします」
ユリ子ちゃんとの訓練では剣筋はほぼ加賀美円明流で、ユリ子ちゃんにあてづらいと感じていたのは、この死角に入るというのを自然に覚えているのだろう。
あとは多少我流がまざった感じだから、その我流の部分を対非人間型妖怪等に変化すれば霊刀でもいいのだろうな。
この調子なら春のGS試験にでても、良いレベルにいるだろう。
ヒャクメとジークが、この世界での人間界のルールの調査不足で、今の俺が長期にわたって学校を休むのは難しい、というのを見落としてくれたようだ。
ヒャクメならまだしも、ジークもそうだったとはな。
こうなると問題はひのめちゃんを見習いから、正規のGSになるための除霊数が問題か。
金曜日から日曜日までと、祝前日に祝日で対応するとなると、今年は1年生のうちには連休は春休みしか残っていないんだよな。
やっぱり今の調子なら、除霊助手の使い方とかも学習してもらわないといけないから、正規のGSになるのは2年生になってからだろうな。
一方ひのめは、お母さんの話からするとユリ子似のおキヌちゃんだから、おキヌちゃんが横島さんに好意をもっていても、相手にしないから大丈夫って言ってくれている。
だけど、本当におキヌちゃんと、どう話をしようかしら。
平日になんとかいこうとして、食器の洗い物だけはさせてくれたけれど、その他はさわらないようにって、注意されちゃっているのよね。
私が食事をつくる練習をしてたら、今はおキヌちゃんが作っているし、それに美味しいから、なんとなく不利な感じがするのよね。
お母さんが言うよりは、少し積極的にいったほうが良いかしら。
そして2月も中旬になり、無事リバースバベルの事件も解決して雪之丞は院雅除霊事務所の除霊助手になったが、平日はおだやかなこの事務所である。
「院雅の旦那。この事務所はこんなに暇なのか?」
「その『院雅の旦那』っていうのはやめてほしいのよね」
「わかったよ。院雅の旦那」
何回いってもなおらないのね。
「事務所の方は、休日はそうでもないけれど、平日はこれぐらいよ。そんなに暇なら他の除霊事務所へレンタル契約もいいわよ。たとえば六道GS事務所とか」
「冗談はやめてくれ」
「あら。月に1回ぐらいは協同除霊しているから、どちらにしてもそのうち一緒に仕事をすることになるわよ」
「本当かよ」
「それ以外なら表立っていないけれど、妙神山の出張所でも出張っている? あそこなら世界中の魔族を調査しているから、すぐに動きがとれるわよ」
「願ったりかなったりだ」
あら単純ね。
神族のヒャクメの予想したとおりだけど、
「話は通しておくから、明日紹介状をもっていきなさい」
「話がはやくて助かるぜ。院雅の旦那」
結局、当初計画とは異なり横島を通じて全体の連携をはかるのではなく、全体の連絡は雪之丞が行いそれを制御しているように見せるのが院雅除霊事務所となる。
院雅自身の霊力は低いので、もう一人の正規GSである横島にある程度目が行くことになる。
今後動く魔族が誰であるのかわかれば良い神魔族にとっては、どうでも良いことだった。
雪之丞が世界中をとびまわっている間、新たにヒャクメからもたらされた情報がある。
南部グループ南部リゾート開発社の所有している旧華族の屋敷の廃屋が、結界につつまれていて不明とのことだ。
しかしその結界からグーラー(食人鬼女)がでてきたのを検知したところで、そのグーラーが連れ戻されるところをヒャクメがキャッチした。
それを聞いた俺は『グーラーってファーストキスの相手だったよなー』じゃなくて、
「そういえば茂流田(もるだ)って、俺のときは南部グループだったよな。つぶれてなくなったからよく覚えていないけど」
それはつぶれていなくても、覚えていないだろうなとヒャクメは思うが、
「横島さんの記憶とはちがっていて、こちらでは南部グループの子会社なのねー。ちなみに茂流田(もるだ)は会社に出社してこなくなったので、退職扱いになっているわね」
「グーラーの処理ってどうなったかわかっている?」
「結界で見えないのよねー」
ヒャクメでも無理か。
「そうなのねー」
「この件は、その屋敷の除霊依頼が他のGSに行くまで、下手に手がだせないな」
「今のところ日本で有力な魔族の動きは無いのよね」
「連絡をくれたら、またここにくるから」
「そうなのねー。ジークも雪之丞さんと一緒に行くっているから、情報収集は私ひとりなの。だからまたきてね」
「俺は暇つぶしの相手じゃないぞ」
「神界にいるよりは、調べがいがあるからいいのね」
「はいはい」
それで、分室にもなっている自宅にもどったら依頼のファックスが届いていた。
依頼元は南部グループの持株会社である南部ホールディングスの法律部門担当者『芦優太郎』からだった。
まさか芦優太郎から直接依頼がくるとは……
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リバースバベルは『スプリガン5巻』にでていたのを借用させてもらっています。
原作では南部リゾート開発部でした。
2012.02.09:初出