その日は週末に入りそうな除霊を聞くが、ものの見事に金曜日の晩の本番用の1件しかない。
分室も暇だからGS協会へ行って仕事が無いかを見にいくこととなったが、結局は無かったので事務所の方の除霊を手伝う方向で行くこととする。
そして金曜日の晩の除霊は、
「今日はひのめが後衛でユリ子が前衛ね。横島君と私はその除霊をみているだけだから、それぞれの自分達のやり方でおこなってもらうわよ」
「なんでですか?」
「ユリ子が実際に自分でできる除霊方法の範囲を広めるのがひとつね。もうひとつはキヌがきて除霊助手になるから、そのためのフォーメーションを試すのもあるわよ。あとはまだ時期は未定だけど、伊達雪之丞って子が除霊助手として入ってくるのよ。それで仮とはいえGS免許をもっているひのめにも、少し他の子を見るというのも覚えてもらいたいのよね」
「えーと、私が雪之丞さんを見ることもあるのですか?」
ひのめちゃんが心配そうに聞いているな。
この年末年始の修業をみていたら、無茶なことをしでしかねないところがありそうなのは、わかりやすいもんな。
「それは無いから安心して。彼を監督するのは、私か横島君が行うわよ。それをできない時はまわりが壊れても、損害賠償の発生しない仕事をしてもらうから」
「そんな危険な人が入ってくるんですか?」
「危険というよりは戦闘狂って感じかな。相手が強いと周りの被害が、考えられなくなるタイプなんだよ」
「彼が活動をしていたのは、昨年の春のGS試験で途中棄権による失格後は、香港を中心にして東南アジアだったのよ。強力な相手を除霊していくのけれど、あちこち壊してしまうので、ダテ・ザ・クラッシャーとかいう異名もあるらしいわ」
どっかのぷっつん娘よりはいいけれど、その損害賠償で俺の昔の低いアルバイト料での生活より低い食生活をしていたんだろうな。
「さすがに日本にはその話はひろがっていないけれど、彼も今後GSとして活動するならそういうところを、改めてもらう必要があるのでこういう風にするつもりよ」
「昨年のGS試験の時ならともかく、今は横島さんの方が雪之丞さんより弱いのに従うんですか?」
それって雪之丞を見て知っていればこその、ひのめちゃんの発想だよな。
ユリ子ちゃんが、
「ええ!! 横島さんより強いんですか?」
「霊力ならそうだな。あとGS試験のような方式でも負けるだろう。けれど事前準備をして、それを相手に気がつかせなければなんとかなるかな。たとえば死津喪比女の時なんかの時は、危なかったけれど準備をしてあったからこそ、予想外に多い花でも対処できただろう?」
「あれって、最後はおキヌちゃんが結界を広げてくれたから助かったんですよね?」
「ひのめちゃん。思い出は美しいままにしといて!!」
「そのあたりは、私の方でも考えておくから心配はしないでね。今日は夜までまたなくても良い相手だから、今から向かうわよ」
雪之丞のことはあいまいだけど、あいつも並大抵の相手に遅れをとることはないだろうからな。
その夜の除霊は、ひのめちゃんとユリ子ちゃんのコンビだ。
空調の切れているオフィスで、ひのめちゃんが空気中の水分を聖水化して弱い雑霊を払う。
ここで残ったボス格とはいっても、霊力レベルCの悪霊をユリ子ちゃんが神通棍と破魔札で成仏させるというものだ。
俺と院雅さんは、俺が作った簡易結界であるサイキック五行陣の中で、その除霊方法を観察している。
あらためて注意してみているとユリ子ちゃんの神通棍の扱いって、棍ではなく刀のように特定のラインを向けて斬っている。
ひのめちゃんひとりでも余裕でたおせるレベルだけど、ひのめちゃんが正規のGSとして独立できるようにしているんだろうな。
金曜日はその除霊で解散し、土曜日は暇だけど飛び込み客がいるかもしれないから、分室で待機はしている。
雪之丞が入るのと神魔族の出張所から入るであろう仕事のおかげで、今年の目標設定の見直しだ。くそー。
日曜日は普段ならユリ子ちゃんの修業のための場所に行っているのだけど、今日はおキヌちゃんがくるので事務所の方に早めの時間に行ってまっている。
一応大家が院雅さんなので鍵も合鍵もこっちにある。
合鍵ぐらい分室にあっても良いだろうに、院雅さんは俺のことを信用してないのかよー。
以前『覗』くの文珠を使おうとしたのは、おキヌちゃん相手じゃなくて、他の六道女学院の女の子のシャワーシーンを覗くためなんだから。ぐすん。
文珠の説明に色々な事例を、まぜておいたのがいけなかったな。
おキヌちゃんとそのお義母さんが、事務所に来たので挨拶をしあっている。
おキヌちゃんのお義母さんはいるが、これで当面のメンバー全員がそろった。
院雅さんから、
「もう皆さん知っているでしょうけど、今日から院雅除霊事務所に入ることになる氷室キヌさんです。事務所の除霊助手という形ですが、色々な除霊経験をつんでもらうのに、分室の方と2箇所で働くという形になります。氷室キヌさんから何か一言」
「この除霊事務所で働くことになります。見ていただけで実際の除霊をしてたわけじゃないので、一から勉強のつもりでがんばりますので、よろしくお願いします」
「歓迎だよ、おキヌちゃん」
「そうよ。水臭いわよ」
「一緒に働けるのって不思議な感じですね。双子に間違われるかしら」
好き好きに歓迎の言葉をのべているが、院雅さんから
「おキヌちゃんが、これを使えるかどうか試してみてもらいたいんだけど」
「これって横笛ですか?」
「そうよ。ちょっと特殊だけど吹けるかどうか試してもらいたいの。特に悪霊達にどうやって成仏してもらいたいか考えながら」
「悪霊達にどうやって成仏してもらいたいかですか……」
受け取った横笛をおキヌちゃんが吹くと音がでている。
音の方も不完全ながら霊波がのっている。
未来では完璧に霊波をのせていたけれど、この時代のおキヌちゃんがそうだったのか、今のおキヌちゃんの目覚め方が違うからこうなのか。
これは実際に悪霊と試してみないとわからないな。
「へー、音に霊波がのるって、院雅さんと似ていますね」
「似ているといえば似ているけれど、まるっきり性質が異なるものよ。その笛はネクロマンサーの笛っていって、一部の高位なネクロマンサーにしか扱えない笛なのよ。キヌの適正が、そうでないかと思って取り寄せておいたのだけど、これで正規に購入することにするわね」
「正規に購入? これって借り物なんですか?」
「そうね。キヌには事務所からの貸し出しという形にするけれど、ネクロマンサーの笛を使える霊能力者は世界で3人しかいないのよ。だから最終的には貸し出しでなくて、自分の物になるよう、がんばってね」
こういうところは、まだ一流と認められていない事務所のつらいところだな。
「はい、がんばります」
「キヌの正式の雇用契約は、分室で横島君としてもらってちょうだい。あとユリ子の方にも、除霊スタイルに合いそうなものを用意してあるわ」
「私にもですか?」
「これよ」
そう言って院雅さんが、木の箱から昨日まで妖刀シメサバ丸だった霊刀を取り出して、ユリ子ちゃんに手渡す。
昨晩ひのめちゃんが分室から帰ったあとに、作業をしたものだ。
水行に偏った霊波が入った文珠ができたので、同じ水行に属するサイキック五行黒竜陣の中で浄化をかけたから、効果は上乗せされている。
以前の時のGS試験での九の一の姉ちゃんのもっていた霊刀よりも、物理的にも霊的にも良い物に仕上がっているだろう。
「これって霊刀ですか?」
「そうよ。まだ霊刀としてできたばかりでGS協会やオカルトGメンに申請中なのと、慣れも必要でしょうから、実際に除霊で使えるのは再来週ぐらいでしょうけど」
「できたばかりの霊刀?」
「ちょっと出自が特殊だからね。その生成方法を好事家が知ったら1億円はくだらないわね。けれど上位の霊刀ぐらいだからそこまでの価格にはならないけれど、これも事務所からの貸し出しという形になるわよ。私としてはユリ子が使わないなら、売ってしまってもいいんだけどね」
「……少し試してから、考えさせてください」
おお、ユリ子ちゃんもしっかりしているな。
「今日は除霊もないから各自待機でお願いね。それからキヌは、部屋の整理とかそっちをしてていいわよ」
こうして俺達は分室のあるアパート向かい、そのままおキヌちゃんの部屋優先ということで2階の外階段で一緒にあがっていく。
おキヌちゃんのお義母さんが分室を見たがったようなのでおキヌちゃんの部屋の後に寄っていってもらうということにする。
「幽霊時代に使っていた方の部屋だからね。送られてきた荷物は入れてあるから、配置とか気に入らなかったら、分室に居るから呼んでくれ。さすがに荷ほどきは、女の子のものが入っているから何も手をつけていないけど」
「そこまでしてくれていたんですね」
「あと悪いけれど、俺がつかっていた部屋は、ひのめちゃんの仮眠室になるから」
「別に横島さんが、使っていてもよかったのに」
そういえば幽霊だと思って、おキヌちゃんに私が横島さんのことを好きなのを伝えていなかったわ。
愛子さんは、気がついていたみたいだから、てっきりおキヌちゃんにも言っていると思ったけれど、愛子さんってこういうのも好みなのかしら。
「おキヌちゃん。愛子さんに毒されすぎよ。日本で普通こういうところは同性同士で借りるんだから」
「そうだったんですか。アメリカでは普通だってきいていたんですけど、日本じゃ違うんですね?」
うーん。愛子の知識って、どういう方向に偏っているんだ。
まあ青春の方向なんだろうけど。
「キヌですけど常識は中途半端に知っているようで、気がつくのに遅くてすみませんでしたね」
「俺なら大丈夫ですよ。おキヌちゃんの幽霊の時って霊体が安定していたから、その気なら押し倒せていたけどそんなことしなかったですし、なんとなく妹みたいな感じですから」
「横島さん、幽霊を押し倒すって発想はどこからでてくるんですか?」
「はっはっはっ……」
乾いた笑いしかだせない。以前は最初の時に、幽霊のおキヌちゃんを押し倒したからな。
「まあ、普通に触れる幽霊がいたので、仲良くなったんだけど、成仏しちゃったんだよね」
「そんなこと、聞いたことなかったんですけど」
「平日の話とかを、していないところとかもあるからね。その中でのことさ」
おキヌちゃんを保護するようになってからは、一緒にいることが多かったみたいだからその前の話よね。
それだと唐巣神父の教会にいたころだから、もう少しくわしく横島さんのことを聞いておけばよかったわ。
その頃は、横島に対して姉へ飛びかかる、単なるスケベな高校生だと認識だったので、積極的に横島と話はしていなかったひのめだった。
おキヌちゃんが戻ってきた時には、おごそかに分室でパーティをおこなうつもりだった。
呼んでもいないのにきたのは、分室周辺にいる幽霊時代のおキヌちゃんと親交のあった浮遊霊たちだ。
歩ける範囲だと近くの神社の土地神が良い奴というか、おきぬちゃんより若いのでおキヌちゃんに敬意をもっていて、そこで簡単なパーティをすることになった。
あと意外にも令子と芦火多流がやってきた。
この1月の寒い中なのに外で行うにもかかわらず、令子が良く来たなって思ったらしっかりと防寒服を着こんでいる。
令子とおキヌちゃんとの相性が良いのは、なんとなく感じていたが、芦火多流が、
「私が会いたかったので」
っと謙虚そうに言う。
芦火多流が本気なら他の残りの姉妹もくるだろうから、素直ではない令子のために申しでたんだろう。
「んで、令子さんがきているのは、ひのめちゃんが連絡したのかな?」
「ええ。まさか本当に来るとは思いませんでしたが」
実の妹でさえ、そう思うんだからな。
しかし、前と違って人間で知っているのが極端に少ないな。
院雅さんは寒いからパスだっていうし、ユリ子ちゃんが事務所の方からきたぐらいだ。
前回って、どうやって人があつまったんだっけ?
そういえば霊団におわれて厄珍経由でネクロマンサーの笛を購入したから、その口伝であつまってきたのか。
院雅所霊事務所というと自分達で札とかつくるから、厄珍ところの良い常連客とはいえないからな。
あと、やはり前の世界であっている期間が違うのだろう。
そうすると死津喪比女がなぜ思ったよりも早く霊障をおこしたのか、それと道士の映像が中途半端に壊れていたかだな。
小難しいことを考えるよりも今日はおキヌちゃんが無事にもどってきて、多いのが浮遊霊といっても人間として生き返ったのを喜んでくれているのだからいいのだろう。
しかし、やはりこの業界は狭いのでおキヌちゃんが生き返ったことを知ってパラパラと会いにくる。
幽霊のおキヌちゃんって可愛かったし明るくい性格だったからみんなに人気があったんだなとつくづく思わされるな。
1月も末頃に雪之丞が院雅除霊事務所に連絡をいれてきた。
院雅さんは俺のPHS番号を教えたようで、
「横島か?」
「そうですが、どなた様ですか?」
「雪之丞だ。院雅除霊事務所の分室にやっかいになるぜ」
ふー。そっか。
「それは院雅さんからOKはもらっているが、給与面は聞いているか?」
「だいたいな」
「それで、住所はきまっているのか?」
「無い! どこか無いか? 事務所でもかまわないから」
「分室は俺が住んでいるから却下。まずは住まいをさがせ。仕事はそれからだ」
「わかった。もう少しまっていてくれ」
「ああ」
電話はそれで終わったが、雪之丞から連絡してきたということは神魔族の出張所の目処がたったということか。
思ったよりも行動は早いな。
この近くだとどこになるのかね?
ヒャクメかジークから連絡でもくるだろうからそれまで待つか。
しかし1月に入っても、GSとしてはたいしてやることが変わらない。
冥子ちゃんところからの依頼がまた来た。
ひのめちゃんとユリ子ちゃんに俺の組み合わせの予定の日で、今までより注意深くしないといけない。
注意をして依頼内容をみると、この組み合わせまつかんでいるような内容の協同除霊だ。
マリアの処理能力もすごいが、どっからそういう情報がながれているかというと、
「うれしくて学校で霊刀使って除霊するって話をしちゃいました」
ユリ子ちゃんだった。
ユリ子ちゃんって刀の扱いになれているが、ちょっと俺の知っている普通の剣道とも違うような気がする。
なんとなく覚えたと言ってたので、詳しく聞いてみると簡単な手ほどきは、おじいさんから受けていたが、あまり本格的には打ち込んでいなかったらしい。
剣道ではなくて実際の刀を想定している剣術なのだから、おじいさんに訓練してもらうといいよとアドバイスすると、
「普通の悪霊なんかと違って、人型以外の相手では問題になるんじゃないんですか?」
「確かにその通りなんだけど、それって人型相手だけしか初めから想定していないときなんだよね。人型とそうで無い場合には、確かに剣筋というのは変える必要はあるけれど、基本動作はだいたい同じだから、訓練しておいて損は無いよ」
「それだけですか?」
「どちらかというと1対1より1体対多数、多数対1、多数対多数あたりを意識しながらだとより実戦に近くなるよ。それと自分の間合いを覚えることだね。防御方法は人型とそうでないので大きくかわる。人型以外では、それこそ千差万別だけど、こちらからこれっていうのは無いから、今の院雅さんの結界札で防御して、霊刀で相手を除霊していくってのになるかな」
ユリ子ちゃんのおじいさんも喜んで相手しているそうだし、俺と1週間に1回の練習量じゃ足りないもんな。
それにしても六道家は、やはり六道女学院の生徒に、迷惑をかけられないようにしているんだな。
こういうのにあわせて計算しているだろうマリアの計算能力と、その範囲で仕事をもってくる六道家もたいしたものだな。
冥子ちゃんのお友だちというと、俺以外には「令子ちゃん、エミちゃんにマーくん」だそうだ。
だいたい冥子ちゃんのぷっつんによる暴走は、マーくんといるときに発生することが多いらしい。
一人だと未だぷっつん率は5割を超えるらしいから、まだ良いのだろうけどなんでそこでマリアの計算がずれるんだろうな。
思ったよりも早く冥子ちゃんとマーくんもとい鬼道正樹が結婚するんだろうか。
子どもさえできなければいいが、子どもができてしまうと冥子ちゃんの動きに制約ができるし鬼道正樹じゃ上位の魔族相手では力不足だよな。
おキヌちゃんも事務所でネクロマンサーの笛は、うまくふけていなかったみたいだったようだ。
実戦で試してみると、実際の怨霊の行く末を本気で心配できたのだろうか成仏させている。
ネクロマンサーの笛はともかく、思ったよりも霊力が高いんだよな。
正確に計っていないからわからないが多分まえよりも霊力は5割り増しぐらいだろう。
これも、霊体ミサイルとしてつっこんだかことによる違いなのか、文珠による反魂の術の効果による差なのかだな。
そうはいっても身体を動かすのは苦手みたいだから、ヒーリングが中心みたいだけど霊視の訓練ってやはりヒャクメを頼るかな。
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妖刀シメサバ丸は霊刀にクラスチェンジしてもらいました。
2012.02.07:初出