こうして文珠と、新しい文珠の能力を獲得した大晦日だったが、妙神山で食べる年越しそばってのもいいもんだな。
その翌日の元日にはヒャクメがきて、老師の部屋にジークと一緒に集まり思ってもいない話をされる。
「地上に拠点としての神界・魔界の出張所をつくるのよ。けれども横島さんの居るところが近いか同じ場所が良いと上層部が判断したの。だかた院雅除霊事務所分室の近くの空き室を借りることにします」
「神族の方でも了承されたのですね。魔族側からは僕がそこに行きますので、よろしくお願いします。横島くん」
「神族側からは私なのねー。こちらこそよろしくお願いします。横島さん、ジークフリードさん」
俺はどんな反応したらよいのかよくわからなかったので、
「なんでそんな結果になるんじゃー!」
「トップクラスのGSともなると、事務所単独で行動が多くなります。そして現在レベルが少し離されていると、GS協会では思われているのが院雅除霊事務所です。だから魔族が地上で人間への悪意ある行動をおこしたところで、院雅除霊事務所に私たちから依頼が行きます。それを受けたら他のGSとの協同除霊を申し込むのです。そうすれば世界的な霊障がおきた時に横島くんと共に活動できるトップクラスのGSたちが集まるだろうと、見込んでいます」
「……俺の昔ならともかく、事前に神託としてもっと適切なGSを中心にするっていうのは無いのかな? たとえばオカルトGメンの美神美智恵さんとか」
「それは私の方から話すのねー。美神美智恵さんは横島さんの元いた世界でもそうですが、この世界でも危険すぎます」
「以前の美智恵さんが危険というのはある程度わかるけれど、こっちで危険というのは?」
「彼女は時間移動能力者です。現在は未来で使用禁止をされたために、時間移動を使用はしていません。未来でみたことから自分の娘が、生き延びる為の方策を極秘に練っています」
「それでいいんじゃないの?」
「いいえ。世界規模の霊障の対策をとっていることを周りに話したという記憶は、彼女にありません。これは他からコントロールされるのを嫌っているためでしょうね。最悪の場合には、時間移動能力を使って過去で改変を行うかもしれません」
「時間移動能力を封じたら?」
「最悪の場合ですが、残念ながら冥界チャネルを閉じられたら、ごく一部の神族・魔族しか残せないでしょう。そして、7000マイトクラスの魔族と相手ができる魔力・神通力は、我々には残されていないので、人間の補助にまわるしか無いのです。それができるのは横島さんの文珠による同期/合体以外では、美神美智恵さんのみなのねー」
文珠の『同』『期』/『合』『体』や『模』は有効だけど『模』だけなら神・菅原道真公の文珠としてわたせば他の人間でも使える。
あれ? そういえば今の美智恵さんはなぜ隠れていないんだろうか?
「ひとつ疑問なんだけど、なんで美智恵さんは隠れていないの?」
「それは、世界規模の霊障後の未確定な複数の未来をみてきたためです。その中で一番彼女にとって都合の良い未来へと、自分自身の娘を保護させるということができれば、彼女にとってよいのでしょうねー。しかし、それを決行する前に彼女の時間移動を神族が禁じたようです」
「うーん……複数の未来を見てきたということは、どの未来でも人類は生きていたということ?」
「ええ。そして横島さんの生きている未来が、一番死亡者の少ない未来となるのです。だから我々も横島さんのそばで、微力ながら生き延びてもらえるようにがんばるんです」
何か抜け穴があるっぽいな。
「何か隠していることは無いか? ヒャクメ!!」
あからさまに、右耳の心眼が目をそらしやがった。
「俺のいる事務所に魔族退治の依頼が神族・魔族の出張所からくるってことは、その中心にいる魔族に、俺たちが狙われるってことじゃないか──!!」
「ばれちゃったのね」
「僕の方から話しますね。いわゆるおとり捜査もかねています。これは魔族側からの提案ですので、恨むのなら僕でかまいません。横島くん」
「うーん……それで、相手はルシファーらしいってきいていたけれど、それは確定じゃないのか?」
「ええ。残念ながら美神美智恵さんの記憶では、各未来でルシファーの、しかも違う部下が動いたところしか伝わってこないのですよ。だから裏にいるのはルシファーだと思われるのですが、どの魔族が活動するのか確定していなくて……」
「……はぁ」
ため息しか付けられない。
「俺が隠れているのって駄目?」
「シミュレーションの結果では、人類が最悪1割程度までに減って良いならそれでも」
「もーいやー」
「そうやってみせておきながら覚悟は、きめておるのじゃろう。小僧」
「老師。そういえば魂がつながっていたから、多少は俺の考えとかはわかるんですね」
「深層意識では小僧はそれを選ばぬというだろうとな。逆にあの状態では、表層意識はわからぬ」
若干焼け気味だが、しぶしぶと神族・魔族の作戦にのることにする。
まだ隠されていることはあるのだが、それを横島に伝えてはいない。
あとは普段通りに昼間は修業をして、夜は夕食という名の酒宴にかわっている。
一人アルコールを飲まない雪之丞は「水が美味い」って言っているけれどな。
ここに滞在最後の日である1月3日には、
「やっぱり、俺と戦って現在の実力を見せろ!!」
って雪之丞は言う。
たしかに雪之丞は小竜姫さまやジークとは訓練しているけれど、少なくともジークはある程度の手加減してくれているからな。
小竜姫さまがどれくらい手加減しているかは微妙なところだけど。
俺も根負けをして、
「一度だけだが勝負にさえならんぞ?」
「そんなに自信があるのになぜ戦わん!!」
「それは、これから訓練してみればわかるさ」
俺は結果がみえているから、乗り気じゃないんだよな。
雪之丞は小竜姫さまから説明を受けているはずなのに、戦いになると思っているのか?
まあ、いいだろう。
「じゃあ、武闘場に移動しようか」
「この時を待ってたぜ」
「横島さん、文珠は使わないんですか?」
「いや、不要だよ。本当に勝負にならないんだから」
「そこまでなめているのか? 横島!」
「なめていない、逆だ。だからこそ勝負にならないんだけどなー」
「逆? お前は自分が負けると思っているのか?」
「負けるとも言ってないさ。それは実際に訓練に入ってみればわかる」
「その自信、確かめさせてもらうぜ」
心の中でやれやれと思いながら、
「始めるか」
「おお」
言った瞬間に、雪之丞の魔装術を発動する。
このわずかなタイムラグに、俺はサイキックソーサーを作って雪之丞に投げつける。
結果はサイキックーソーサーが、雪之丞の魔装術が完成した後にぶつかって爆発する。
しかし、現在の魔装術に穴をあけるまで、破ることは出来ないが、その爆発で視覚と霊的感覚が狂うはず。
最初から作ったのはサイキックソーサーだけではなく、サイキック炎の狐も一緒でそれにまたがって空中に逃げあがる。
下で俺の姿を見失っている雪之丞に、
「俺なら上にいる」
「ちっ! そういえば、飛べたんだったな。確かに小竜姫の言う通り俺の魔装術は飛べないからな」
「それでこっちの攻撃もサイキックソーサーが効かないわけじゃないが、怪我を負わせることもできない。つまりにらめっこでおしまいだ」
「それで勝負にさえならないか。将来は戦えるのか?」
「多分だけどな」
「それを楽しみにしているぜ!」
「それじゃ、これで訓練は本当におしまいにしていいな? 降りたとたんにこられたら、俺のほうが一方的にやられるからな」
「そんなつまらないことはしないから降りて来い。それよりもきちんと、俺とガチで戦えるのを待つぜ」
俺は雪之丞だし、そうなんだろうなと思いつつ降下していき、
「俺の霊的成長期で伸びている最中だから、気長にまってくれや。そうじゃなきゃ、今日と同じ結果になるだけだからな」
「こんなつまらない戦いで、つきあわせることは無いから安心しろ」
これで雪之丞との訓練に付き合わされるのは当面先だろう。
「そういえばいつまでこの修行場にいるつもりだ?」
「ほんの2,3日のつもりだったが、あのジークとかいう魔族は、アマちゃんだが強い。しばらくここで修業するのもいいかと、思っているところだ」
そういえば、神族・魔族の出張所はいつできるんだったか、確認していなかったな。
「そうか。ここから下山するときになったら、院雅除霊事務所に連絡をいれてみてくれ。そうしたら雪之丞に事務所にきてもらうか、そうでないかきまっているはずだから」
「ここって電話が無いんだよな」
「そういうことだ」
俺とひのめちゃんは、妙神山を下山して今日はわかれる。
院雅さんには、
「雪之丞を分室に入れたいんだけど」
「分室が赤字にならないんだったらいいわよ」
雪之丞は格闘戦主体になっていくはずだが、霊波砲も使うからムキになると回りを破壊する癖があるからな。
「ええ。彼には周りに被害があっても良い、郊外の仕事を中心にしてもらおうと思っていますから」
翌日は、おキヌちゃんの入院している病院まで向かい、
「あけましておめでとうございます。院雅さん、横島さん、ひのめさん」
「あけましておめでとう。おキヌちゃん、私のことは今まで通りにひのめちゃんでかまわないのよ!」
「いえ。高校は六道女学院霊能科に行きたいと思っているので、先輩をちゃん付けで呼ぶのはよくないことだって、早苗お義姉ちゃんに教わったので」
「とりあえず、元気そうでよかったよ」
「はい、横島さん。今度の検査結果が良好なら、次の木曜日ぐらいには退院できそうです」
「分室の除霊助手の件はどうするのかしら?」
「私でよければお願いします。けれどできたら悪霊でも、やさしく成仏させてあげたいんです」
「やさしく成仏ね……それはおいといてユリ子は除霊方法の幅を持たせる必要があるから、除霊助手の方は事務所と分室と両方に参加する形をとるわよ。そういうスタイルになるから覚えておいてね」
「はい」
あとは病院の娯楽室の方で軽く日常の会話をしてから、別れをつげて東京に戻ることにした。
俺の経験した過去とは違うが、こうして準備を整えていくことになった。
会った感じでは、おキヌちゃんがネクロマンサーの笛は使えそうだ。
ユリ子ちゃん用の霊刀は、買うにしては値段が高いからな。
それは院雅さんに悩んでもらうとしてネクロマンサーの笛は俺が、がんばらないといけないんだろうな。
帰りの電車の中、ここのところの過密訓練と移動で疲れたのか、寝ているひのめちゃんを見ていると10歳のひのめちゃんと重ねることが無くなっていることに思いをはせる。
どちらかというと、令子や若いころの美智恵さんに似てきているかな。
肩にかかるひのめちゃんの頭の重みが気持ちよいので、そのままにしている。
モノノケに好かれやすい若いころの俺に、幽霊時代の好意の記憶をもっているおキヌちゃん。
身近で気にかかる女性の年齢が低くなってきているなぁ。
やはり肉体にひっぱられているのかなぁ。
俺の煩悩おさえらきれるだろうか。
そのように悩んでいる横島とは別に
『ひのめのあれは狸寝入りね。横島さんの若い頃の煩悩っていつまでもつかしら』
別な意味で楽しみにしている院雅がいた。
おキヌちゃんの見舞いに行った翌日には、お部屋の引越しさ。
なんで俺が、分室の一室にと思わなくもないがそんなに物も持っていないからな。
分室にあったひのめちゃんのタンスは俺のいた部屋に持っていくのだが、そこは俺が勝手にタンスを開けて持っていくわけにはいかないし。
あー、昔が懐かしい。
令子のタンスには下着の間に、拳銃とか精霊石とか手榴弾とかあったのにな。
おキヌちゃんは早ければ今度の週末にひっこしてきそうだし、雪之丞からはまだ連絡が入っていないから、神魔族の出張所ができるのはもう少し後なのだろう。
そして冬休みも残り一日となったところで、院雅さんから呼び出されて事務所に向かう。
「院雅さん、どうしたんですか?」
「文珠の生成速度について、知りたくてきてもらったのよ」
「確かに電話では話せないですね。うーん、この感じだとやっぱりあと3,4日はかかりますかね」
「前の時よりは、文珠の生成間隔は早くなっているんでしょ?」
「どうも俺の記憶の入れ替えが、おこなわれていたからどうなんでしょうね」
「記憶の入れ替え?」
「ええ。俺のいた世界は特殊だったらしくて、高校2年生を7,8回ぐらいは、繰り返していたらしいって神族は言うんですよね」
「どういうこと?」
「一種のサ○エさんワールドにいたように、高校2年生を繰り返していたようです。だから各種事件や俺の霊的成長は、当初思っていたより遅いのかもしれないですね」
「また、そんなにのんびりとかまえていていいのかい?」
「いえ、そういうわけでは無いんですけど。なんとなく気が抜けたっていう感じですかね」
「それならそれでいいわ。ところでこれはわかる?」
比較的細長い木の箱が厳重に封印されている。
ちょっと過剰かなと思うが、
「刀剣類に取り付いている悪霊か何かを封印しているんですか?」
「見た目だけでわかるのね」
「この木の箱が特徴的ですから日本刀ってところですか」
「その通りよ」
うむ。何か院雅さんの微笑みが不気味に感じられる。
「これはね、妖刀シメサバ丸よ」
「はい? 昔おキヌちゃんが愛用していた包丁ですね」
「そうじゃなくて、その前があるでしょう」
「ちょっとしたお茶目じゃないですか。こんな強力な妖刀を、院雅さんが除霊できるんですか?」
「私じゃないわよ。横島さんよ」
「えーと、俺の霊波刀やサイキック五行陣系ではこいつを除霊するのには、もう少し霊力があがってからじゃないと厳しいんですけど」
「何いってるのよ。文珠があるじゃない」
「文珠を使うのは、なるべく少なくしたいんですけど」
「ユリ子に霊刀が会うかもしれないって、言ってたのはだれだったかしら?」
「俺っすね」
「この妖刀が除霊されたら、日本刀として名刀になるわよね?」
妖刀でもあるけれど、記憶の中じゃ令子は強化セラミックのボディー・アーマーを着ていたから、斬られずにすんだほどの名刀だったよな。
「ええ、そうですけど妖刀シメサバ丸と、霊刀とどんな関係があるんですか?」
「にぶいわね。文珠で『浄』化すればそれだけでほぼ霊刀並になるんじゃない。それでたりなければ、ひのめの聖水の能力を使えば立派な霊刀になるわよ」
文珠を使うわなくても済めばいいんだけどな。
「もう少し時間がたってから、俺のサイキック五行黒竜陣で浄化するってのは?」
「それならひのめの水竜で充分よ。それにそれでは霊刀といえる程までにはならないわよね?」
たしかにひのめちゃんの聖水の能力より、効果が弱いサイキック五行黒竜陣では、浄化能力がたりないな。
「けど、急ぐ必要ってあるんですか?」
「キヌにネクロマンサーの笛を買って、事務所から貸すという形にしようかと思うのだけど、そうするとユリ子に何もしないわけにはいかないでしょ? それに折角ためたお金で精霊石を買おうと思っているのをあきらめるのよ!」
そうだよな。院雅さんってトップクラスのGSがもっている精霊石って1つしかもっていないんだよな。
本当だったら、あと1個ぐらい持っていてもいいぐらいは稼いでいるはずなんだけど、俺に協力してくれているからな。
「わかりました。妖刀シメサバ丸の除霊をしましょう。ただし次の文珠がでそうなときにしてもらえませんか?」
「なぜ?」
「今持っている文珠のストックではなくて、今度は水行の霊波を凝縮した文珠にしてみようと思うんですよ。 それなら同じ『浄』化でも効果があがりますからね」
「それって今の時期でもうできるの?」
「すでに土行の霊波を凝縮した文珠が作れていますので、後はそれの応用ですから」
「それならそれで良いわ。あとはこの妖刀シメサバ丸を、分室で預かっておいてくれない?」
「えーと、なぜですか?」
「それはユリ子をびっくりさせるのと、浄化できるメンバーが2人もいるのは、分室のほうでしょう」
「へい。わかりました。けれどおキヌちゃんにネクロマンサーの笛っていうと、おキヌちゃん用のキョンシーと2種類与えることになりますよね?」
「そっちはキョンシーのあてが外れたのよ」
「そうでしたか」
キョンシーを作るっていうのは秘術だからな。
院雅さんのつてでも無理だったか。
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幽霊時代のおキヌちゃんと横島の関係の話を増やしておけばよかったです。
2012.02.05:初出