俺の現在の潜在能力って何だ? 煩悩じゃないのか?
そう自問しつつも、武闘場まで行き老師と向かいあう。
老師がいつもの人民服を着た姿から、猿神(ハヌマン)として巨大化をする。
しかし、俺が今できるのは
「でてくれ文珠!」
……あっさりと文珠はでてきた。しかし、老師は、
「それぐらいなら、こちらで初めて会ったときに、この修業をすればだせたであろう。 小僧の潜在能力は、まだそこで止まってはいないぞ」
そうして、空中に高く飛び上がった時間を見て、俺は文珠に『逸』らすの文字をいれる。
しかし、老師の如意棒はそんなのおかまいなしにとばかりに襲ってきて、文珠でわずかに中心をずれた如意棒を、同時にだしたサイキックソーサーでさらに逸らす。
って、そんなことをしても足元の武闘場ごと破壊して跳ね飛ばされるが、
「横島、それくらいでくたばるなよ!」
雪之丞よ、離れた場所で見ているからって気楽に言うな。
俺って文珠で対抗しても、このざまなんだぞ。
文珠をだせれば終わりと思っていた俺に、今以上っていうと……思いつかねぇ。
その間に老師の攻撃は続くが、一々空中に飛んでくれるので、体制を整える時間はとれる。
文珠以外の潜在能力って……文珠の後でのここでの修業は、サイキックソーサーの進化系だったがそれはすでに済んでいる。
足りないのはサイキックソーサーの強化の面だ。
右手にサイキック棍、左手に自分の属性を強化した土行の方向へ色をずらしたサイキックソーサーを出して老師の如意棒を受け流そうとするが、力と技量の差で跳ね飛ばされる。
跳ね飛ばされた先は、いつの間にやらできていたのか修行場の見学用のガラス窓。
そこにいた人影をみて……まさか、令子がいるのか?
薄れいく意識の中で亜麻色の髪を見た俺は一瞬そう思ったが、今の令子が俺のために泣いたりしないよな。
「ひのめちゃん? 大丈夫、俺は……後に残すような死に様なんてみせない」
そう口にだしたつもりだったが、だしてあったサイキックソーサーに違和感を覚えつつも意識が途切れた。
時間は若干さかのぼりつつ、横島と老師の最難関コースの修業を見たひのめは、
「小竜姫さま。あれって本当に横島さんが言っていた、老師なんですか? 聞いていたのと全く違って大猿なんですけど」
「あれが師匠の本来の力をだせる、猿神(ハヌマン)の姿です。日本では山の神としてあがめられています」
「猿神(ハヌマン)って、そんな強力な神と人間が闘って無事にすまないわ――!!」
「いくらひのめさんが横島さんより強い霊力をもっていても、この修業は横島さんが望んではいったのです」
「でも、でも……横島さーん」
以前の令子と違い、若いひのめは涙を流し始めだす。
ちょうど、そのときに横島がガラスにぶつかってきて、こちらを見て何かを言ったようだが聞き取れない。
老師が大猿からいつもの人民服姿にもどって、ぽつりと言葉をだしていたのだが、あいにくと誰にも聞こえていなかった。
ガラスが開くようになったので、さっそく横島のそばによるひのめであったが、小竜姫がそこで、
「どこも変わったようには見えませんね」
「死んだのか?」
雪之丞が、驚いたように言っている。
ひのめは混乱して、
「横島さん、死なないで――!!」
そのころ美神美智恵は娘のひのめを送り出したが、色々な未来をみた中でごくわずかな範囲の時間内で、ひのめが妙神山へつかないと横島が死亡するのを覚えている。
横島がいないと、ひのめは少なくとも近い将来にて死亡する。
自分で直接つれていければと思いながらも、未来の不確定さに歯噛みをする美智恵だった。
小竜姫は、
「ああ。死んでいませんよ。霊力も何もかわっていないように見えるのですが、圧縮・凝縮系の霊能力者は、変化したかどうかわかりづらいですからね」
「横島さん、横島さん、生きていたのね」
ぎゅーとひのめにだきつかれている横島だったが、この時点で意識はもどらず。
横島にとって、これは幸なのか不幸なのか。
横島は目がさめると妙神山の一室のようだ。そうすると、
「横島さん、気がついたのですね」
ひのめちゃんが目を真っ赤にしているのは泣いていたのかな?
こんなときは、
「悪い。みっともないところをみせて」
「みっともないなんて……死ぬかと思いました!」
「この横島、そんな簡単には死なないさ。ほれ、令子さんに痛めつけられても平気だろう」
「お姉ちゃんと猿神(ハヌマン)とでは違います!」
「やっぱりひのめちゃんは、それくらい元気にしていてくれると嬉しいな」
「えっ?」
「いや。女の子を泣かすのは俺の人生になかったからねぇ」
つら、っと前の世界において幾人かの女性を泣かせて、令子と結婚したことはおくびにもださずに、この過去にもどってきた記憶だけで話す。
「それじゃあ、女の子を初めて泣かせたのが私なんですね? こんな女の子が泣くようなまねをしないで下さい!」
うーん。ひのめちゃんのを泣かせないって、これからのことを考えるとどうだろうか。
「それだとひのめちゃんに、嬉し涙を流させることもできないじゃない?」
「えー! そんなぁーことぉ……」
もしかして、私と付き合うことを考えてくれているのかしら。
ひのめの恋する女の子としての考えとしては、はずれていない。
しかしちょっと身もだえ気味の様子を見れば、横島も考えればわかりそうなものだが、この横島の考えには”つきあう”だなんてことは、まるっきり頭になかったりする。
ユリ子のことは勘違いだとわかったが、ひのめの横島との勘違いの道はまだ続くかもしれない。
そんなことはおかまいなしとばかりに横島は、
「そういえば、俺ってどれくらいの時間、気を失っていたのかな?」
ひのめは今まで考えていたことにハッとして腕時計をみながら、
「……ここに寝かされてから20分ぐらいですから、まだ40分はたっていないと思います」
過去のこの修業経験の中で一番長く気をうしなっていたみたいだな。
「ありがとう。ところでここのコースをうけて、俺がどんな能力に目覚めたか知りたいのだけど、知っているかい?」
「いいえ。それは小竜姫さまがお話されるそうです。小竜姫さまを呼んできますので、そのまま横になっていてくださいね」
「ああ」
多分、起きても問題ないだろうが、ひのめちゃんに心配をかけすぎたみたいだから、横になっているか。
しばらくすると、小竜姫さまとひのめちゃんに、ちゃっかり雪之丞までついてきている。
俺は上半身だけ起き上がると、
「横島さん、気がつかれているようですね」
「ええ。今すぐにでもその小竜姫さまの胸元にうずくまりたいです」
俺の言葉だけで小竜姫さまが俺の首元に神剣を振るが空をきる。
俺は首をひょいとかしげただけだったが、
「それだけ元気があるのだったら、早速修業でも開始しますか?」
「いえ、いきなり神剣をふるわないでください」
「今のは、横島さんが悪いと思います」
「俺も同感だな」
うー。どうせ俺一人が悪役さ。
修業はここのつきものだけど、
「修業の前に、俺の最難関コースでの成果ってどうなっているんですか? 生きているってことは、成果がでていたんですよね?」
「俺も知りたいところだ」
「私もです。まるっきり変わったように見えないんです」
雪之丞とひのめちゃんがわからない?
目に見える変化じゃないのか?
「そうですね。人間にとってはわかりづらい変化ですが、横島さんにはわかりますか?」
そう言って小竜姫さまは俺の目の前に手のひらを差し出した。
そこにあるのは……
「これは、たしかに慣れないとわからないかもしれませんね」
「横島さんには、これの違いがわかるみたいですね。人間というのは、やはり可能性をひめていますね」
「それって、俺への愛の告白ですか?」
また神剣が振るわれたが今度は水平ではなくて、縦にだ。
「ちょ、ちょっとまって下さい。最近は足で踏みつけるのが、お約束だったんじゃないんですか?」
「そんな約束はしていません! それに今は文珠があるから、ちょっとぐらい神剣で斬られても復活できるでしょうし」
「文珠の無駄遣い反対です」
「そう思うのだったら最初からそんなことはやめてください!」
そこで雪之丞が、
「文珠ってなんだ?」
うまく話せば雪之丞との戦いはさけられるか。
「小竜姫さま。俺が理解していることを話すので、違っている部分があったら指摘してもらえますか?」
「そうですね。横島さんがどれくらい文珠のことを理解しているのか知る、良い機会ですし」
俺は小竜姫さまから今までと同じ文珠と、今回の修業からできた新しい物を受け取り、
「文珠というのはこのビー球サイズの珠だけど、できることはこの珠に行わせたいイメージを念じて一文字入れる。その入れた文字の効果にしたがって、その文字の通り能力が発揮される、っという特性を持っている。この文珠自身について発揮できる能力は、これぐらいでよいですか? 小竜姫さま」
「そうですね。具体性がかけているので、その一文字を入れるというのを実際に行って、説明したら良いでしょう」
あまり具体的には話したくなかったんだけどな。
「例えば爆発を起こしたいと思ったらこのように『爆』の文字を入れる」
実際に『爆』の文字を文珠に入れて見せる。
「これを相手になげつけてあたった瞬間に爆発する。それに援護をしたいと思って『護』の文字が入ると結界ができたりする」
今度は文珠の中に入っている文字を『爆』から『護』の文字に入れ替える。
「だいたいそういう感じの使い方だけどルーン文字もきちんと理解すれば、一文字として入れることができると思う。それに文珠はある一定能力のある霊能力者なら、文字を入れることができるらしいよ」
「それって私にもですか?」
「うん、できると思うよ。しかしこのときに援護のつもりで『援』が入っても、その文字を入れる時のイメージが弱いと、文珠が勝手に文字の効果をだして応援するだけの立体映像がでたりするので使いなれないと、とんでも無いことになる場合があるかな」
俺の一番最初の時は、立体映像でなくてシャドウがでてきたけどな。
「文珠の具体的な能力はこんなものですけど、いかがですか」
「良いでしょう。しかし、ルーン文字が入るとは、よく気がつきましたね」
以前の世界での、未来で試してできたけれど、北欧神話ででてくるロキを意味する文字をいれたときは散々な目にあったよな。
「ええ。まあ、何か他の文字でも無いかなと思って探してみたら、思いついたってところです」
「あとは能力と言ったからには、その他にも話せる内容があるのですよね?」
「ええ。この文珠の霊力は俺が一気に出せる数倍程度の霊力を一気にも、徐々にでも放出することもできる」
「一気に放出すると強くて徐々に放出すると霊力が低いのか?」
「いや。そうともいえないんだ。結局俺の霊力が元になっているから、俺の霊能力の得意な分野では長時間高出力の霊力が保持できるし、不得意な分野だと一気に放出しても効果が弱かったりする。実際につかってみるとそういうふうに感じたのですが、それで良いですよね?」
「よく文珠を8個使っただけで、そこまでわかりましたね」
まずいな。もう少し話をつづけるか。
「自分自身の文珠だけではなくて菅原道真公の文珠は雷が得意であるとか、他の文珠使いの記録も文珠に得意の分野があるという記述があったんですよ。ただ残念なことにその書籍って、一度壊れてしまった唐巣神父の教会の書籍で、今は見つからないんですよね」
「それは残念ですね。文珠については神界でも記録が少なくて、よくわかっていないことが多いのですが」
こっちの小竜姫さまも、文珠使いの複数使用については知らないとみてよさそうだな。
「ここまではメリットだけど、この能力のデメリットは文珠を作れるのが、今の感じだと1週間に1個つくれるかどうかって感じっぽいんだよな」
「おい、なんだよ。その1週間に1個というのは」
「俺の霊力を固めて作るから、それを保持するのに霊力をためる殻を構成する必要があるんだろうな。そして文珠の霊力で実際に使われるのは、その殻の中の霊力のみのような気がするんだよな。これが文珠の生成時間がかかるんじゃないかな」
「菅原道真公が、そのようなことを言っていたらしいですね」
これは前の時の菅原道真公に教えてもらったからな。
「っということで、練習で使うにはもったいないのから、雪之丞とはしばらく戦わないぞ!」
「しばらくということは、今の俺の魔装術と戦えるようになれる自信があるのか?」
「雪之丞の魔装術には致命的な欠陥がありそうだからな」
「なんだとー! 小竜姫、それって本当か?」
「その話はあとにしましょう。黙っていられないのならこの部屋からでていてください。雪之丞さん」
「……わかった。あとで教えてくれ」
当面はバトルジャンキーの相手にしなくていいだろう。
「話をもとにもどすよ。こっちの同じような珠だけど、これも文珠だ」
「ええ、同じようにしか見えないんですけど」
「……」
雪之丞はだまっているようだな。
「殻があるからわかりづらいけど霊視をしっかりすると、この右手にもっている文珠と先ほど文字を入れた文珠の間に、なにか差があるのがわからないかな?」
「えーと、その手にもっているのは、横島さんが先ほど言っていた文珠よりも、黄色っぽいであっていますか?」
「そのとおり。俺の本来の霊波よりも黄色が強いので、土行にかたよった霊波でできた文珠ですね? 小竜姫さま」
「そうです。現存している限り文珠は神となった菅原道真公と横島さんの作る2種類でしたが、この文珠で3種類目ですね」
けれど、この霊波をずらした文珠がこんなに早く作れるようになるとはな。
老師は本当にぎりぎりのラインをみきっていたんだろうな。
「それでこの2種類の文珠の色の差ってどういう意味があるんですか?」
「ひのめちゃん。俺のサイキック黄竜陣を知っているよね?」
「ええ。実際にみたことがありましたよ」
「つまり普通の文珠より、黄竜が示す土行が強い方向の文珠になるんだよ。例えば地脈に関する操作が、普通の文珠よりも強力になるって感じだね。菅原道真公は雷の文珠が得意らしいから、木行である青っぽい霊波になっているんじゃないかな」
「へー、もしかしてサイキック五行黄竜陣とかってこのために練習していたんですか?」
霊能力者だけあって勘がいいな。
「いや、あれは前世の陰陽五行術とサイキックソーサーをあわせただけだけど、それが今回役にたったみたいだよ」
「そうだったんですか」
「それで一番のデメリットなんだけど、この文珠っていうのは極力秘密にしなきゃいけないってところなんだ」
「ええー! そんな便利な能力があったら宣伝になるじゃないですか」
「いや、文珠を色々と調べてみると、使い方によってはどんな魔族も倒すことができる、っていう話がのっているんだよ」
「えっと……それって良いことじゃないんですか?」
「魔族じゃなくて神族という話になったらどうなると思う?」
「……まさか魔族が横島さんを狙うとかがあるんですか?」
「その可能性は大有りだと思う。だけど使った感じでは、小竜姫さまクラスの相手では俺は勝てないよ。せいぜい神剣を手から『落』とす、とかならできそうだけどそれぐらいかな。けれども地上にでてくる魔族で、小竜姫さまクラスの霊力の持ち主がいたら、それだけで小竜姫さまもピンチになるからね」
とはいっても超加速があるからピンチっていうほどのことはないだろうけれど、まだこの小竜姫さまの超加速ってみていないんだよな。
そんな俺の話にも気にせず、
「そうかも知れませんね。文珠のことは広めないことがよいでしょう」
「雪之丞、それでいいか?」
「だまっていてやるから俺と戦え!」
「今でなくてよいだろう。俺の能力が今回の修業ででてきたのは、1週間で1個つくれるかどうかのようなものだからな!」
「勝ち逃げはしないよな?」
「そんなに心配なら……所長次第だけど俺のいる事務所に所属しないか? まだGS試験受けていないだろう?」
「ああ。あちらこちらに行って修業していたからな」
「GS試験は受かるだろう。けれども研修先の問題があるからどこかでGS見習い期間は必要だろうし、ちょっと所長にかけあってみるさ」
「同じ事務所だから逃げられないってか。香港なら当てはあるが、日本じゃなぁ……いいだろう、その話にのった」
あとは雪之丞のコントロールをどうするかだよな。
それこそ院雅さんにきめてもらおうか。
ひのめは、まさか私は横島さんとではなくて、雪之丞さんと組むことにならないわよね、とちょっと心配だったりする。
*****
ここの横島、今のところ実戦より修行の方が危ない橋をわたっています。
『28巻 ストレンジャー・ザン・パラダイス【その2】』で数字の『0』が入っているので、文珠に漢字以外の文字でも効果があると解釈しています。
2012.02.03:初出