「それは、いいのだけどね。横島さん」
さん付けということは、真面目モードの話か。
「文珠も切れたことだから、そろそろ、妙神山へ行く気になった?」
「ええ、今度の冬休みにでも行ってきますよ。それなら、ひのめちゃんとかも巻き込まずに済むでしょうし」
「それなら、それでいいわね。ところでキヌのことなんだけど」
きたか。
「ここの院雅除霊事務所の除霊助手にしようと思うのだけど、どう思うかしら?」
「問題は、ネクロマンサーの笛ですね。年明け早々までに、それを買う資金の目処ってありますか?」
今回の除霊で焼夷弾入り多弾ロケットランチャーを使ったのが資金的に痛かったよな。
「けど、キヌって別にネクロマンサーの笛でなければ、ネクロマンサーとしての能力が無いわけじゃなかったんでしょう?」
「それは、ネクロマンサーの笛でネクロマンサーだと自覚した後だからできたのであって、そうでなかったらどうですかね」
「そうね。それに、対魔族を考えるなら、ネクロマンサーとしての能力って、ほとんど役にたたないわよね?」
たしかにその通りなんだけど、それ以外っておキヌちゃんの場合は、完全に補助系の霊能者になっちゃうんだよな。
「アシュタロスの時は霊視が主でしたけどね。その他だと、霊体離脱と、ヒーリングですね」
「横島さんが見落としていることがあるわよ!」
「はい?」
あれ? なんかあったっけ?
言われたのはそんなに以外でもなかったもので、
「彼女は他人のキョンシーを奪いとって操ったのでしょう?」
「それって、ネクロマンサーの能力じゃないですか」
「そうよ。けれど、ネクロマンサーの笛が手に入るまでの代用と考えても良いのじゃない?」
「そうかもしれませんが、キョンシーって、秘術ですよね?」
「そのあたりは当てがあるから、そっちの方面で、魔族との対抗ができる方にも対処できることを考えておくと良いと思うわね」
ネクロマンサーの笛って高いからな。
六道女学院入学に間に合うかどうかぐらいだけど、キョンシーを扱うおキヌちゃんか。
GS試験だと、キョンシーの方がいいけれど、武器として、ネクロマンサーの笛とキョンシーと両方同時に入れられないだろうか?
って、またおキヌちゃんの意思を無視して、考えているな。
「おキヌちゃんが、こちらにくる前に除霊助手を行うか、確認してからにしませんか?」
「それも一つの手だけど、キヌやひのめの扱いを見ていると、自分ひとりで解決しようとしていない?」
「……」
そうかもしれないが、同期か合体をするためには、もう一人は必要なんだよな。
今のところひのめちゃんが有力なんだけど、単純な霊力でいえば彼女の方が霊力は強いからな。
「ひのめちゃんに、魂のエネルギー結晶があるから、いずれはひのめちゃんへきちんと知らせて、アシュタロスと対抗するんでしょうね。ただ、アシュタロスは俺たちのことを知っているはずなのに、何も手をだしてこないのが不気味なんですが」
「そのあたりは、よくわからないけれど、芦優太郎の調査結果はアシュタロスであるとも、そうでないともわからないわ。ただし、彼は霊能力をもっていて勤めている会社の霊的不良物件を担当をしているから、アプローチはかけることはできるかもしれないわよ」
「芦優太郎はわかりましたが、アシュ財団は?」
「あそこの活動はおかしいのよね。魔界に戻したはずの魔族と、同じようなことをする魔族が捕まらずにいるのよね」
「アシュタロスとのつながりはあるんですかね?」
「それだと魔族であるジークフリードに聞いた方がよくないかしら?」
「そうですね。しかし、本格的にそのあたりに手を出すとしたら、文珠を会得したあとでしょうね……」
ただし、今の世界が異なるのは俺が平安時代に逆行したことにより、直接の介入ではなくアシュタロス、メドーサ、ヒャクメの祖母に影響をあたえたのだろう。
「そのあたりは、今度妙神山にいって、老師に相談してみます。ところで、おキヌちゃんの話に戻りますが、こちらでの生活環境はどうしましょうかね?」
「よく考えると今までキヌがいた部屋で、大丈夫かもね。横島さん」
「氷室家に俺と同じ部屋に住まわす気は無いって宣言してたじゃないっすか」
「ああ、言い方が悪かったね。キヌはそのままで、横島さんが分室の仮眠用に使っている部屋に移動すれば、それで問題ないんじゃないの?」
「えーと、そこには、ひのめちゃんの着替えなんかのためのタンスがあったりするんですけど……」
「それは、今までの横島さんの部屋へ移動すれば、それで問題ないんじゃないの? それとも他に良い案でもある?」
院雅さんに他の案をだす気は無さそうだな。
おキヌちゃんがせめて高校生なら、六道女学院の寮があるのにな。
もしかして、これって詰んでいるのか。
「多少、問題はある気がしないでもないけれど、ちょっと考えさせてください」
「あまり考えている余裕は無いよ。新しい部屋を借りてもらうのにも時間はかかるし、キヌの勉学の基礎を中学3年生にまであげる必要もあるんだからね。場合によっては家庭教師をつけることも考える必要があるのよ」
なんか前の記憶と違って大変そうだけど、令子っておキヌちゃんのこと、そうやってきちんと面倒をみていたのかな。
「キヌのことは、来週までに方向性をきめてから、氷室家やキヌの意向を聞いてみるわ。キヌがどうするかにもよりけりだけど、もし除霊助手になるなら、この事務所での役割を少し変えて行くわよ」
「へっ?」
「正直、ユリ子の接近戦の相手がきつくなってきたのね。それに、私の除霊方法だと、彼女のオールマイティに使える霊能力に制限をかけてしまう。もしかすると、魔族との対戦に間に合うぐらいまで育つかも知れないわよ」
「そういえば、院雅さんの接近戦は神通棍だって、言ってましたよね? 防御に徹していても、つらくなってきたってことですか?」
「その通りよ」
オールマイティというのは普通のGSとしてはいいけれど、魔族相手だとどうだろうか。
「魔族を相手にするなら、もしかすると、ユリ子ちゃんの霊能力を組み立てなおす必要があるかもしれませんよ」
「そのあたりは、横島さんの判断にまかせるわ」
「そうですか。あとは、ユリ子ちゃんの意思ですね」
ユリ子ちゃんは、この事務所で魔族を相手にすると思って来ていないだろうからな。
「あと、ひのめだけど火はともかく、水はどうなの」
「そろそろ実戦で試してみてもいいぐらいの実力にはあがってきていますね」
「そうしたら、そっちも、少しあたってみるわ」
「色々とすみませんね」
「いいのよ。今一番、経費がかかっているのはひのめだから」
聞かなきゃよかった。
院雅さんって、ある意味金銭的にはミニ令子なんだよな。とほほ。
土曜日の昼間、院雅さんとの話の通りに、一度ユリ子ちゃんの霊能力のうちの近接戦の能力をきちんとみてみることにする。
ユリ子ちゃんは近接戦としてはオーソドックスに、神通棍と破魔札だが、霊波砲も放つ。
ただ、微妙に動きがおかしいような気がするのはなんだろうか。
俺はそれに対して霊ハリセンだが、買うと高いので、院雅さんのお手製による結界札型のハリセンになる。
実際に練習をしてみると、大きい隙もないし戦っている最中の霊波の乱れも少ない。
こちらがちょっと隙をみせると、その場所へ的確に神通棍、破魔札もしくは霊波砲を放ってくる。
あたると痛いからほとんど避けているけれど、2回ばかりサイキックソーサーではじくように流さなければいけなかった。
防御の方はというと、さすがに、ハリセンでもこちらの速度の方が速いのか、かわさないで受け止めるのが手一杯のようだ。
正統な方法だとよく鍛えられているって感じだけど、ちょっと汚い手を2種類ばかり行ってみる。
一つは、
「チョウのように舞い…! ねずみのように逃げる!」
と声をだして逃げるそぶりをみせたところ、ユリ子ちゃんの気が一瞬緩んだので、
「ハチのよーに刺ーす!!」
ハリセンからは
『すっぽぁん』
と気持ちよくいい音がする。
霊力を込めていないから、痛くはないはずだけど。
「まずは1本ね。続けようか」
「はい!!」
この卑怯臭い手を使っても、文句を言うそぶりもみせない。
うん、なんか霊能科のエリート教育を受けているって感じの娘じゃないんだな。
今度は、先の神通棍を入れてきた隙をわざと見せると、そこに的確に神通棍で切り込んできたが、ハリセンでカウンターをとる。
連続してハリセンを入れられたことにたいして、気落ちはしていないようだが、
「これでも手抜きされているんですよね?」
「……手抜きってわけじゃないけれど、ユリ子ちゃんの神通棍の太刀はちょっと素直すぎるんだよね」
「一応、フェイントつかっているんですけど?」
「ああ。フェイントだけど、虚実の使い分けが普通の剣道ならいいのかもしれないけれど、虚実の使い分けでわずかだけど霊力に差がでているね。悪霊でも生きていた時に剣術使いとかなら気がつくだろうし、妖怪もそれくらいの差は気がつくだろうね。魔族なら気にかけないだろうけど」
ちょっとばかり、妖怪や、魔族のことをまぜて話をしてみる。
「魔族ですか?」
妖怪の方は気にしないのか。
「そう、魔族。よっぽどいい札をもっていないと、今だとまだ霊力が低いかな。霊的成長期だろうからまだまだ伸びるだろうれど、何かもうひとつ決め技みたいなのがほしいね」
「決め技ですか?」
「決め技でなくても、実際にこうやって練習してみて気がついたのだけどね。普通、神通棍は単純に棍と一緒だからどの部分でたたきつけても効果は一緒なのに、ユリ子ちゃんはある特定の縦のラインで当てようとしているね。もしかして、古武道か、剣道でもおこなっていなかった?」
「は、はい。自宅は、昔剣術の道場をおこなっていたのですが、今はたたんでいます。祖父がいまだにそこをつかって練習しているので、なぜか覚えてしまって」
「剣術ね。それで切っ先に相当する部分を無意識にむけていたんだ」
なぜか覚えたってだけで、切っ先まで向けるなんていうのは、そっち方面にかなり才能がありそうな気がする。
「院雅さん、ユリ子ちゃんって霊刀の方が向いているかもしれませんよ」
「霊刀……」
おや、だまっているな。
「単純に除霊助手にほいっと出せるほど、安くはないんだよね」
資金の心配か。
考え無しで言ってしまったが、おキヌちゃんのネクロマンサーの笛が遠ざかるな。
「霊刀を購入するかどうかはおいといて、ユリ子。魔族も相手にする気があるかしら?」
ユリ子ちゃんの反応は
「魔族って、院雅さんも相手にするんですか?」
そうきたか。
「私は昔でこりたので、もうする気は無いけれど、ここにずっといたならそういう相手をするのは横島君が担当するわよ。
ひのめはすでに魔族を相手にしたことがあるけれど、ここでそういう経験が無いのはユリ子だけなのよ」
「そうしたら、魔族を相手にするとなると横島さんやひのめちゃんと組むことになるんですよね?」
「そうよ」
「じゃあ、やります」
「そう。それならそれで、魔族を相手にするんだから、そういうこともできるフォーメーションを考えておくわ」
ユリ子ちゃんが分室の方にも顔をだすのか。
確かに剣筋は素直なんだけど、微妙にひっかかる点があるんだよな。
「……じゃあ、院雅さん。今日はちょっと遠目なので、俺達は早めに移動します」
「そうね。ひのめも今回は、火ではなくて水で除霊するのよ!」
「ええ。場所もいいですし今日の天候も味方をしてくれそうです」
今日の行く場所は、夏なら水着姿の女性がいる嬉しい海水浴場。
しかし、今は12月で当然のことながら海水浴客もいないし、雨が降って海も荒れているのでサーファーもいない。
「じゃあ、俺は後ろで見物しているけれど、院雅さんに言われた通りに火ではなくて、水で除霊するんだよ」
「はーい」
そう言いながらウェットスーツ姿で、海辺で待っていると
「ぼ――く、ドザエモーン!! カノジョ――! 一緒におぼれない――!? 心中しよーぜベイベ――!!」
このひのめちゃん死地へのナンパを仕掛けている悪霊退治が今回の仕事だ。
本来なら来年の海水浴シーズンにおぼれさすであろうが、訓練のためきている。
海水浴シーズンか直前なら高くなるが、今だと霊力レベルに対して、相場が安い。
だから他のGSは手をださないのだが、今回はひのめちゃんの訓練のためだからな。
「無理心中はいけないですよ。一人で極楽へ逝ってくださーい!」
そう言って、雨と海水を霊能力で浄化の水である『聖水』に変化させる。
悪霊の下半身はあっというまに崩れ、上半身も聖水化した雨でどんどん溶けていき消滅していった。
これでも霊力レベルBの悪霊なんだけど、あっという間だったな。
火である発火だと、この条件ならきびしかっただろうけど、この場と相性のいい水だからな。
「ひのめちゃん。今日の除霊は早かったね」
「雨のおかげです。天候がよかったら、もう少し時間はかかりましたよ」
「まあ、何より水でのきちんとした単独の除霊は初めてだったからね」
「だって、最近のオフィスビルって除湿機とか標準装備で、空気中の水が使えなかったじゃないですか」
「まあ、そうだけどこれからは郊外でも火より水を使える条件のところが多いから、いい条件で除霊ができるからさ」
「横島さん、最近、院雅さんに似てお金の関係にうるさくなってきていませんか?」
「えっ?」
確かに無駄遣いはしなくなったが、指摘されるようなことってあったかな。
「うーん。そんなに影響受けているっぽい?」
「だって分室にいると今月は黒字で終わりそうだとか、来年の予算どうしようとかって」
そういうことか。
「うん。独立をするなら経営のことも勉強しないといけないし、分室といっても模擬的に経営関係も学習しているからね。だからこれから、除霊道具がほとんどいらなくなりそうなので、経営的には楽になるはずだよ」
「そんなに院雅除霊事務所って、経営がきびしいんですか?」
「厳しいってわけじゃないけれど万が一の怪我とかには、保険とか労災とか一切きかない世界だから、そういうのをつみたてておかないといけないからね。それにこの前の死津喪比女はちょっと無茶なことをしたわりには、オカルトGメンからの金一封だけだったよな。他には冥子ちゃんの事務所から、シンダラの保護費の収入がなかったら、今年は赤字で終わっただろうからね」
冥子ちゃんのところからは、シンダラの保護だけで100万単位で収入が入ってきたからな。
あそこの金銭感覚にはついていけないが、こういう場合に助かる。
実際には分室としては赤字なんだが、初年度はこんなもんだしこれから働いてねと、院雅さんからはにこやかに言われているしな。
しかもアシュタロス、もしくは同等の霊障もなんとかお願いねって、俺は何でもできるわけじゃない。
しかし、文珠をだせるのって、菅原道真公ぐらいだけど他に知らないしな。
先に菅原道真公を頼りにしてみるのも手かな。
けれども、まずは老師に相談だな。
この仕事も終わり、帰るところで監視している視線はあったのだが気がつかなかった。
『あのアホ面…! しかし、女が好きそうなのに手をだしていない。これは違うか』
竜宮の使いである亀とのニアミスだが、煩悩はあいかわらず強い横島なのに、真夏ではないということで時期が悪かった。
しかし、乙姫の正体が地雷女だと知っているから誘われてもさけていただろうけども。
そして12月は、週末のユリ子ちゃんの訓練は万が一にそなえて日曜に変更してもらう。
クリスマス・イブはどこからも誘いがこなかった。やっぱりかよ。
ひのめちゃんから誘いがきたらきたでちょっと対応にこまるんだが、令子のところでパーティをするって言っていたからな。
翌日のクリスマスには学校で芦火多流から昨晩の令子の事務所でのちょっとしたパーティの話を聞いて、ちょっとばかりの懐かしさと頭痛がしてきた。
サンタクロースが、結界にぶつかったそうでそれに変わって令子が仕事をしに行ったっきり帰ってこないという。
今晩には帰ってくるだろうけど、俺に話してきたのは一緒にひのめちゃんも行ったって?
やはり中身は美神家の姉妹か。
ひのめちゃん、何を願って、何がでるんだろうな。
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除霊道具としてのハリセンは『4巻プロポーズ大作戦!!』にでています。
2012.02.01:初出