ホテルで夕食までの時間のんびりしていると院雅さんから、
「人間として生き返ったおキヌちゃんが、院雅除霊事務所の面々に会いたがっているそうよ」
「それって本当ですか?」
「こんなことで嘘をついてどうするの?」
前回と違うのは、霊体が衰弱していない事と文珠か。
院雅さんの、除霊よりも怖い運転をする車で、村の病院へと向かう。
やっぱり、除霊で死亡するより、事故死する可能性の方が高そうだ。
オートマだから、俺が運転したいぐらいだー
病院についておキヌちゃんの病室である個室に向かって入ると、
「横島さん! ひのめさん! ユリ子ちゃん! 院雅さん! きてくれたんですね」
弱々しげな声だが意識は、はっきりしているようだ。
「幽霊時代の記憶があるのかい?」
「ええ。ありますけど、それがどうかしたのですか?」
「そのことは後で話すから、今は無理をしないで休養をとることだよ」
「ええ」
その直後に、安心したかのように眠りについたようだ。
幽霊時代の記憶があるだなんて本当に予想外だったな。
こっちは予測済だが、こうやってみるとおキヌちゃんの肉体と幽体がわずかながら、時々ぶれているのがわかる。
院雅さんの結界札をはってもらっているから、変な雑霊ははいってこないけれど、この病院をでたらお守りは身からはなせないだろうな。
それで、早苗ちゃんたち一家、院雅さん、俺とで集まっておキヌちゃんのことを話す。
「過去の記憶が、すくなくとも幽霊時代の記憶は思い出さないだろうとの話でしたが……」
「幽霊の記憶って、普通は夢のように思い出しづらいのですが、道士の作った霊的システムがよっぽどよかったんでしょうね」
まさか、文珠のことは言えないからな。
「それで、養子縁組の件なのですが……」
養子縁組する件は、今回は特殊なのでオカルトGメンが手配してくれることになるはずなんだけど、
「養子縁組をしないとか?」
「いえ、それは、私どももこの一体を守っていてくれたあの娘を、養女にできるのは名誉なことです」
ふむ、なんだろう?
「生き返ったあとの、おキヌを守るために結界札の用意をしたり、外にでた時でも安全なようにお守りをもたせたり、さらに神様までつれてこられてくるとは……」
「あの山男の神様は、祭ってくれる神社があるっていうのに喜んでなったから、いいんですよ」
「そうかもしれませんが、その……幽霊時代の記憶があるというのは、予測の範囲外だったわけなんですよね?」
「……」
実際の反魂の術の例自体が少ないうえに、成功例はさらに少ない。
平安時代でさえ、禁術に指定されていたほどだからな。
「まあ、そうですわね。私どももフォローはさせていただいておりますが、反魂の術についてきちんとした技能をもっているのは、この横島しかいないので」
俺が受け答えできなくなったので、院雅さんのフォローが入ったか。
「私どもが心配しているのは、この地には自由に動ける霊能力者がいないので、おキヌになにかあった時、間に合わなくなるのではないかと」
氷室神社に祭られることになった山男の神様も基本的には、村よりも山側の方にいるだろうからな。
「それで、おキヌは院雅除霊事務所の方々を信じているようですので」
「私ども、ですか。確かに幽霊の保護ということで、横島が保護していましたが……準備等がございますので、この件はあらためてお話させてください」
たしかにこんなに早く記憶が戻るなんて予測外だったから、こちらも受入準備がととのっていないよな。
おキヌちゃんの様子をみるために、今晩の泊まりは、早苗さんの母がおキヌちゃんの部屋に仮設ベットで、別な病室に泊まったのは意外にも院雅さんだった。
俺は院雅さんにこっそりと、
「あれ、院雅さんが面倒みるんですか?」
「横島君。あなた看護婦にセクハラしない自信がある?」
「……ないっす」
「ここで評判を落としたら、キヌが、これなくなるわよ」
こっちだと定期的に結界札やお守りをおくらないと、おキヌちゃんの身が危ないよな。
高校生になっていたら寮があって、六道女学院霊能科への入学をすすめるつもりだったが、あそこには中学がないしな。
「だから、温泉でも楽しんでおいで」
珍しく、院雅さんが優しく感じられるなぁ。
まあ、看護婦さんにセクハラさせないのが目的なんだろうけど。
ただなぁ、シンダラのことで、冥子ちゃんのところに、ドクター・カオスとマリアがいるって知らされた。
この時には、貧乏なカオスなおっさんしか思い出せないだけに違和感がある。
六道家の困ったことにアイデアをカオスのおっさんがだして、それを元にしてマリアが計算をして、冥子ちゃんに必要な人選をしているらしい。
冥子ちゃんのぷっつんが大幅に減ったのは、そういう裏があるなんて、大幅に世界がかわっているのは気のせいだろうか。
人骨温泉ホテルに泊まれて、俺自身は以前のこともあるから、おキヌちゃんのことについて、あまり心配はしていない。
しかし、まわりで院雅さん以外は、そのことを知らないからひのめちゃんとユリ子ちゃんが、おキヌちゃんを心配している。
「おキヌちゃんのことは、そんなに心配しなくてもいいと思うよ」
「なぜ、そんなにはっきりと言えるんですか?」
ユリ子ちゃんの琴線にふれちゃったかな。
「もともと、院雅さんは霊力レベルCの悪霊なら成仏させてしまうこともできるぐらいの桶胴太鼓へ霊力がのった音だせる。それにも、びくともしない霊体だったんだよ。そもそも反魂の術が失敗しやすいのは、その身体のそばに魂が無いのに行うのにたいして、おキヌちゃんは魂だけでなくて霊体があったからね」
「なんで反魂の術って、禁術なんですか?」
「うーん。やっぱり、死者を蘇らせるというのは自然の摂理に反しているからだろう……しかし、おキヌちゃんの場合は人為的に最初から計画させられていたからね」
ひのめちゃんもユリ子ちゃんもあまり納得していなさそうだが
「おキヌちゃんが反魂の術で生き返られない限り、あの狭い空間でずっと過ごさないといけなかったんだよ。しかもあの装置は地脈の力を利用していたから、並のGSじゃきれいにこわして成仏させるのは難しいだろうしな」
「なぜ、道士の方の装置はうまく動作していなかったんでしょうね?」
うーん。謎なんだよな。
あえてあげるならば前回と違うのは時期の違いなんだろうが、地下だから季節なんて影響ないだろうしな。
「反魂の術は研究していたのに対して、映像を残すというのには、当時だと無理だったんじゃないのかな?」
しぶしぶと二人とも納得していたが、俺自身としても納得しかねている。
まさか、アシュタロスが何か手を加えたなんて、気のまわしすぎだろうか。
あまり、明るい話題にはならなかった、人骨温泉ホテルだが翌日の駅への送迎の途中で病院によってくれるという。
翌朝はシンダラも元気になって飛んでいったし、院雅さんからは、頼まれていた荷物を事務所に送るのだけは忘れないでと頼まれている。
おキヌちゃんの病室に向かうと、おキヌちゃんが明るく
「私、死んでましたけど、生き返れてすごくうれしいです」
うん。今は体調的につらいかもしれないけれど、そういう明るいおキヌちゃんって好きだな。
「体力回付のリハビリに1ヶ月から1ヶ月半ぐらいかかるらしいから、それぐらいたったら、東京もどうにかなりそうね。あきらめず体力回復につとめるのよ」
「ありがとうございます。院雅さん」
「俺も、また、会えるのを楽しみにしているからね」
「横島さん、私がいなくてもきちんと部屋のお掃除してくださいよ…! 汚れたぱんつも放っといちゃ駄目ですからね…!」
「おキヌちゃん!! ちょっと待て…!!」
折角の氷室家の好印象が……
「やっぱり東京の男はスケベでスカン!」
最後の最後で、早苗さんの信用を落としちゃった。
ただ、前回と違うのは、幽霊時代のおキヌちゃんと俺がすごしたことを理解していた早苗さんの両親だろう。
「キヌさんが東京にきても、横島君と同じ部屋へ住まわす気は無いから大丈夫よ」
たしかにフォローはフォローなんですけど……
「東京で準備してまっているから、はやく体力を回復させて、ここの病院で勉強もしておくのよ」
そのうち生き返るのは分かっていたから、多少は勉強してもらっているが、学校の勉強という形式ではおこなっていない。
それでも、高校1年生の教室に来て授業風景を見て、わかる範囲もひろがってはいるようだが、基礎知識がぬけている。
院雅さんはそこを指摘したのだろう。
おキヌちゃんはガッツポーズをとっているが、力のなさがでているなぁ。
やはり体力の限界か。
「おキヌちゃん、正月頃にはまたくるから、まずは身体をだいじにしてろよ」
おキヌちゃんが、以前と違い幽霊時代の記憶をもっているが、氷室家の方はなぜか、おキヌちゃんのことを信じているから安心だろう。
病院からは、院雅さんの車で、この村ではなくて、レンタカーが帰せる近くの町まで行くことにする。
やっぱり、院雅さんの運転って怖いなぁ。
それで、レンタカーを返して列車で東京まで帰る間に、
「キヌのことは年明けに向けて考えるとして、ひのめとユリ子もキヌに負けないようにがんばるんだよ」
ああ、おキヌちゃんって前は世界でも珍しいネクロマンサーだったからな。
さすがの院雅さんも、無意識に言ってしまったのだろう。
「おキヌちゃんって、幽体で霊力レベルCの除霊に平気で参加していたのと、今も幽体と肉体がきちんとあっていないから、それくらいの霊能力はあると思うぞ」
このあたりって、以前は、もう少し霊能力は低かったはずなんだよな。
やはり、死津喪比女につっこんでいったか、そうでないかの差があるんだろうか。
「それで、六道女学院霊能科は普通どおりに授業を行うそうだから、ひのめとユリ子は学校へ向かって頂戴ね」
さすが、六道女学院霊能科だけあって、他の生徒の回復力が高いな。
「けれど、横島君の学校は休校だそうだから、ちょっと事務所までよってね」
院雅さんのさりげない笑顔が、令子の悪巧みを考えている時と似ていて、ものすごく嫌なんですが。
おキヌちゃんが入院している病院から、村の駅まで院雅さんに送ってもらう。
院雅さんは近くの町にあるレンタカー屋に、車をかえすそうだ。
事故らなきゃいいよなと思いつつも、一緒についていこうとは思わないぐらい、院雅さんの運転って、初心者丸出しで怖いからな。
列車の中では、昨晩のホテルよりはるかに明るく話しがすすむ。
「おキヌちゃん、早く元気になるといいですね」
「うん。体力さえもどれば、普通に過ごすことはできるだろうね」
けど、幽霊時代の記憶を持っているおキヌちゃんって普通の生活ができるのかな。
「おキヌちゃんって、中学3年生にあたるんですよね?」
「そうだね」
「来年は普通の高校に行っちゃうのかなぁ」
「こればっかりは、本人の気持ちだからねぇ」
とは、言いつつもおキヌちゃんが除霊助手になってくれるのを期待しているんだよな。
俺ってやっぱり、おキヌちゃんを利用することになるんだよなと思うと、ちょっとは気がひける。
帰りの列車の中では、おキヌちゃんの今後を皆で勝手に話しているけれど、一致してそばにいて欲しいという気持ちなのがわかるな。
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第一部 ずれている世界(完) エピローグ
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ひのめちゃん、ユリ子ちゃんとは別れて、自宅に荷物を置いて少し時間がたってから、院雅除霊事務所に向かう。
それで事務所に入ると、
「よう。メドーサ。あいかわらずいいチチしてるな?」
「うるさい。必要以上に手出しが出来ないからってセクハラするな!」
「刺又(さすまた)でぶったたいてからセクハラ扱いって、魔族にしては心が狭いぞ。前は自分の身体を武器にしてみようとしてたのに」
「契約する気も無い相手に好きにさせるか」
そういえば、今日はメドーサがくる日だったんだよな。
院雅さんに「事務所によってね」と言われるまで忘れていた。
元々、俺がいなくてもいいだろうに、こうして院雅さんは呼ぶんだよな。
「ところで、まだ院雅さんは戻っていないのか?」
「どこで、何をしてるのやら?」
「契約は切れていないんだな?」
「契約が切れていたら、ここにいるもんか」
「そりゃあ、そうか。とりあえず、生きてはいるらしいな。事故でもおこしていなければいいけど」
「事故? 何をしてるんだ?」
「ああ、車の運転。運転は苦手らしいからね」
「車って、あの東京に花粉をばらまいたバカな妖怪を相手にしてきたのか?」
「まあね。人間の霊力で相手できるって言ってたのはメドーサじゃないか」
「ああ、そういえば、そうだったね」
メドーサをからかうネタもないし、次回まで、また考えておくか。
それは、ともかく院雅さん遅いな。
本当に事故でもおこしたかと思っていたら、
「遅くなったけど。いらっしゃい、メドーサ」
「死んでいてくれていた方が、私としてはよかったんだけどね」
「それは、どうも。じゃあ、顔も見たことだし、今日はいいわよ」
「何? それくらいだったら、電話でも使えばいいだろう?」
「あら! だって、昔の弟子と会うのも楽しいんでしょう?」
へっ? このメドーサが、そんなことを思っている?
「院雅、冗談が過ぎるぞ! 横島も本気にするな!」
久々に動揺しているメドーサの顔がみられる。
確か、ルシオラとデキているとかわかった時以来だな……
次回までに、弟子時代を元ネタに何か考えておくか。
「あら、冗談に聞こえた?」
「ふん。帰らせてもらうよ」
そういって、テレポートして帰っていった。
「遅かったので、車で事故をおこしていたのかと思いましたよ」
「いやねぇ。帰りの列車のダイヤが乱れちゃって、こんな時間になったのよ」
「そうでしたか。俺たちがのっていたのはすんなり帰ってこれたので、気にしていませんでしたよ」
よく考えると死津喪比女の花粉って、広範囲で、人を仮死状態にまでおちいらせるのに、異様に死傷者の数は少ないようなんだよな。
前回の時は、広範囲で死者がでてたのを記憶していたが、人数までは覚えていない。
もしかしたら、この事件はおきるのをまたないで、おキヌちゃんを生き返らせることも可能だったんだろうか。
今さらながら、自分のうかつさにめげそうだ。
社会的な影響でいえば、親父が空港に飛行機をつっこませたとかあったな。
令子が体重のためなら、高速道路や飛行機を無理やりとめたとかも考えると、霊障よりそっちの方がもしかして問題か?
経済的影響とか、社会的影響が異なるか。
「それは、いいのだけどね。横島さん」
さん付けということは、真面目モードの話か。
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この当時は看護師ではなく看護婦だったので、そちらをつかっています。
ここまでを第一部として、次回からは第二部からとします。
2011.05.09:初出