一方東京ではオカルトGメンに今回の事件で付与された権限で、片っ端から細菌の専門家をあたって何種類かのサンプルを一時徴収するとか、無茶をしている。
いくらエミが呪術の分野でトップクラスの実力があっても、元となる細菌がなければ話にならない。
集まったサンプルの中で、死津喪比女がどの系統の植物になるのか不明なので、微生物農薬の元となる微生物をベースに、妖怪のみに効くように呪いをかけることにした。
何種類かの微生物から選んだのはエミの霊勘である。
「うまく呪いがかかったワケ! 人間やほかの動植物、には無害だけど、これをくらった、植物系妖怪はひとたまりもないわ」
「よし! そいつをここに注入しよう!」
「ライフル弾一発しか間にあわなかったけど大丈夫!?」
「まかせろ! ライフルなら得意中の得意だ!」
エミと西条の会話を聞いていて、今回は召集されるだけされて、何もできなかった令子は
『朝日がのぼる直前じゃないの』とぼやきたいが、自分で同じことをするのも無理なのもわかっている。
ちょっと前に、ナイトメアを冥子と一緒に退治して、収入もよかったので多少は機嫌もよい。
しかし、現地にいるひのめは大丈夫かしらと心配もしている。
そうしていと、離陸して水平移動を開始したばかりの垂直離着陸機が突然ゆれだした。
「ど……どうしたの~~!?」
「わかりません!」
「気流が急に乱れて――」
「地上に何かがタケノコみたいに生えとるぞ!」
「例のカビを――」
「植物系タイプの妖怪なら途中で自分を切り離せるかもしれないわ!」
「中まで入ってきた…!?」
「この粉、霊的な毒を帯びてる」
「このライフルを現地にいるGSにとどけなきゃ……!! 冥子!! シンダラは飛ばせる!?」
エミにとって、院雅良子は覚えていない人物だった。
「現地にいるGSって院雅さんね~。わかんないけど~~やってみる~~!!」
冥子にとっては院雅除霊事務所を通して、横島やひのめと協同除霊をしているので、かろうじて覚えていた。
シンダラも冥子をのせて偵察しているので、おおよその位置は把握しているがそこまで冥子もシンダラの頭の中はわかっていない。
「シンダラちゃ~ん、おねがい~~!!」
シンダラがライフルを持って飛んで氷室神社へ向かっていく。
トランシーバーから院雅さんの声で
「横島君。聞こえる?」
「……はい。聞こえます。なんですか?」
「ちょっと上にあがって来てもらえるかしら」
「へい」
なんか、あったのか。
おキヌちゃんにも聞こえていたので、簡単にことわって上にあがると社にきていた院雅さんが、
「居間で見ていたテレビ番組が映らなくなってきているのと、西条さんとの衛星電話を使っての通信もできないわ。これは、死津喪比女やられたわね。あとは、ここにライフルが届く可能性があるとしたら、シンダラよね?」
「そうっすね……あとはマリアくらいっすかねぇ」
「そうしたら、キヌにシンダラとマリアを通すように結界を調整しておいてもらって」
「それは、いいっすけど直接人骨温泉ホテルってわけには……いかないっすね。前回は人口幽霊一号が車についていて、その助けがあったから、ここまで念話ができたけど、今回それは無さそうっすね」
「そうよ。だから、ここに到着するのを待つか、死津喪比女が現れるまで動けないのよ。それと、ユリ子とひのめの食事が終わったら、おキヌちゃんを道士からまもるのにつけるから、いれかわりに食事にしたらいいわよ」
「道士が?」
「今の道士の映像が一時的な不具合だったら、おキヌちゃんを死津喪比女にぶつけようとするかもしれないでしょう?」
「……そうっすね」
うかつだったな。その可能性を考えていなかった。
やっぱり俺って、戦闘向きなのかなぁ。
雪之丞のような、バトルジャンキーではないつもりなんだけどな。
俺はユリ子ちゃん、ひのめちゃんと交代をして氷室家の居間で食事をしながら、テレビをみている。
東京から発信できなくなったテレビ局は、同一系列の他の地域のテレビ局が……主に大阪と、名古屋が報道としてテレビ番組を映している。
「ごらんいただけるでしょうか!? これが東京です」
「大部分が煙のようなものに包まれ、中との連絡はまったくつきません。この国会開催中の中、幸いにして土日でありアシモト首相が、自衛隊の突入を検討中とのコメントを発表しております」
他の局のヘリコプターも映っているがあるところを境にして、東京を花粉が覆っている様子を映しているな。
「これは死津喪比女の仕業ですかね」
「東京もここも全滅け?」
「――多分、死津喪比女でしょう。ここは結界があるからしばらくは大丈夫だと思うけど……東京はこのままだと危なさそうだ……」
「横島君、こっちのトランシーバをもって、社までみてきて」
「はい。しばらく、あっちにいってます」
神社、仏閣、協会を破壊されているので、神族も動く可能性はあるが、時間はかかるのだろう。
それとも、神族の上層部はすでにおこる可能性としておりこんでいて、やっぱり俺がこの事件で動くのをまっているのか。
時間的にシンダラであろうが、マリアだろうが、ここについていて不思議ではない時間がたっている。
なので実際には、前みたいにおキヌちゃんへ声が届く範囲にくるのではないかとの予測の元に動く。
俺は結界の外のあるところで隠行を駆使して待っている。
はたして、
「聞こえるかえ、小娘ども!!」
どっちだ? せめて俺の霊力が届く範囲まで近づかないと。
「江戸がどうなったか知っているかえ!? 人も物もすべてがマヒしておる! 放っておけば弱い者から死んでいくぞえ!」
魔族では常套句だが、妖怪がこの言葉を出すとはな。
「今すぐに結界を解いて、小娘を地脈から切り放せ!!」
死津喪比女の花を見つけた。5体ばかりいる。
もう少しそばまでいかないと計画が成功しない。
「わしを甘くみない方がよいぞえ。エネルギーのたくわえはまだ少々あるでな…!」
地震を起こしだしたが、本体とこいつら花達とでは、別々に考えて行動できるみたいだから油断はできない。
俺は、そっと計画を実行する。
俺が相手にえらんだ、死津喪比女の花がこちらを向いて、
「こんな小さなビードロの塊のごときで――」
と台詞を言いかけて、枯れつつある死津喪比女の花が声をあげる。
「な……!? この小さなビードロ……ただのビードロじゃない!?」
死津喪比女の花が言ってた小さなビードロとは、俺の切り札である文珠だ。
込めた文字は『即』時『枯』れるの意味として2つの文珠を使用している。
霊力でコントロールして、死津喪比女の花の1体にあてた。
多分、エミさんが呪いをこめて作成した細菌の銃弾よりも効果は高いだろう。
「ぐわァアッ!?」
「貴様ら何をした!?」
「答える義務なんかないね」
万が一、株分けしてたりとか、こっちも枝を切り離されて生き残られたりしたら、同じ手は効かないだろうからな。
それに俺は今、サイキック炎の狐で空中にいる。
油断さえしなければ、つかまることも無いだろう。
ここにいた5体が全滅したので、まずは、院雅さんにトランシーバで連絡をとる。
「無事、作戦通りにいきました。そちらはどうですか?」
「かたっぱなしから、村内へ連絡していたら、人骨温泉ホテルでシンダラらしい式神がライフルを持っているとの情報を入手できたのよ。行ってみたら、ライフルがあったので、引き上げ中よ。横島さん」
「じゃあ。適当なところで、銃弾は処置願います」
「そうじゃないと、つじつまがあわなくなるからね」
トランシーバは持ち歩いていたが、死津喪比女に気がつかれないように、俺の方は電源を切りっぱなしだった。
この間に空中を飛べるはずの、死津喪比女の本体もこないし、多分退治はできたのだろう……って本体がでてきやがった。
地竜の里目が死津喪比女本体の弱点である新芽に喰らいついている。
「よくも……よくもわしからすべてをうばいおったな――!! 殺してやる!! せめてお前だけでも道連れだ――!!」
て死津喪比女本体は、記憶にあるより大きいぞ。
文珠の遠隔操作はこいつのスピードについていけないから、行える手段は限られてくる。
それに今は文珠を使ってはいけないという霊勘がある。
「無理心中はごめんだね。死ぬなら一人でいってくれ」
「こざかしいっ!!」
俺はサイキック炎の狐で飛びながら、サイキックソーサー五枚によるサイキック白竜陣を防御用に展開している。
植物系の妖怪である死津喪比女は木行に属するからそれに勝ちやすいのは金行であり、それに属するのは白竜だ。
死津喪比女本体の目から攻撃にだす電撃をサイキック白竜陣でそらしながら、俺がまわりこもうにも死津喪比女の動きもはやくてまわりこめない。
死津喪比女の電撃が思ったより重たいので、こちらからうかつに手がだせないのでいる。
隙をうかがうが、弱点である新芽に里目が喰らいついていて、それを引き剥がせないだけあって、最後であろう力をこっちにふりむけているようだ。
里目が弱点をついているのに霊力にまだ差があるのと土行の地竜では、木行の死津喪比女を石化するのには相性が悪い。
こう着状態となるかと思ったが、死津喪比女の速度が除々に落ちている。
弱点であると新芽に向かうと見せかけて、死津喪比女がこちらを振り向いた瞬間に両手にだしてある栄光の手で、
「サイキック猫だまし」
「何ッ」
一時的に強力な霊的光をだして死津喪比女の目をくらませる。
その隙をついて、俺は本体の上面を飛んで、相手の弱点である新芽にサイキック白竜陣の大きさを小さくしてつっこませた。
「ギャアアアッ!!」
そう叫びながら、死津喪比女本体が爆発したが、その前に俺は離れている。
これで、ひと段落だ。
以前は『カオス・フライヤーⅡ号』を使って、霊波刀でつっこんでいったが、今の俺のサイキック炎の狐の速度では、最後の爆発に巻き込まれかねないからな。
あとは、おキヌちゃんの反魂の術を完了させるだけだ。
そして、おキヌちゃんのところに行くと一波乱がまちうけていた。
「横島さん。いいところに」
「うん? ひのめちゃんどうしたの?」
「道士が消えたんです」
「……まさか」
「そのまさかがおきたのよ」
あいかわらず、院雅さんは冷静に反応するな。
「反魂の術は、たしか道士からおそわっていないよね?」
「はい。結界維持のため、万が一、生き返って結界がなくならないようにです」
って、俺がそう言ったんだよな。
「そこからぬけだす方法は聞いている?」
「いえ、聞いていませんでした」
「そうすると、なんとか、反魂の術を成功させないといけないな」
そういえば結界はまだあるんだよな。
「結界を解除する方法はわかるかい?」
「いえ、それも……」
うーん。おキヌちゃんと入れ替えた山男がでてこないのは結界のせいかもしれないな。
「……わかった。俺がやる」
「えっ? 横島さん、反魂の術もできるんですか?」
「理論だけはね。おキヌちゃんの場合は、邪霊を近づけない結界、保存のいい遺体、生命力にあふれた若い女性、地脈の巨大なエネルギーと、そこにくくられている」
俺はまわりを見回す。
ひのめちゃんとユリ子ちゃんは、さすがに驚いているな。
院雅さんは、俺の記憶と霊能力を知っているから、特に驚きはしていない。
「これだけ条件がそろっていれば、理論上はうまくいくはずだ」
「そうしたら、それを見ていていいですか?」
「残念ながら、反魂の術って、本来は禁術なんだよ。だから、一族の中でも一人か二人にしか教えないと、俺の前世の記憶には残っている」
今はまともに残っていない平安時代の陰陽五行の術に関しては、前世の記憶が多少のこっていると院雅除霊事務所内では伝えてあるからな。
「だったら……」
「院雅さん、ここに結界を作ってもらっていいですか?」
「横島君らしいね。少し時間を……2時間ぐらい頂戴。そうしたら、専用の結界札を用意するわ」
「院雅さんも、反魂の術そのものを知っているんですか?」
「私の場合は、反魂の術に関連する結界の知識であって、反魂の術そのものは知らないわよ」
「じゃあ、俺の方は用意をするので、ひのめちゃんとユリ子ちゃんには、敷布団でももってきてもらおうかな」
「どうしてですか?」
「おキヌちゃんの遺体をここに寝かせるのに、この石の上に寝かせるのはかわいそうだろう? それとここから運び出すための担架をつくっておいてもらえないだろうか」
「はい。わかりました」
二人して頷いてくれる。
俺は用意してくれたものを確認したあとに、おキヌちゃんの氷付けの遺体を霊波刀で取り出して、すばやく、おキヌちゃんのいるシステムのところに行く。
「わぁ、これって、本当に私なんですね」
「うん。ここに生き返るんだけど、普通は魂を入れるだけ。しかし、おキヌちゃんの場合、幽霊としての幽体ごと入るので、非常に成功率が高いはずだ。あとは霊的な場を安定させる必要があるから、その丸い岩の中で静かに待っていてくれるかな?」
「ええ。お願いします」
周りには誰もいないで、霊的に安定したこの場で使う文珠を決める。
死津喪比女の時に2回目の文珠を使ってはいけないと霊勘があったのはこの為だったのか。
文珠の残りは2つだが、これだけ条件がよければ『蘇』えるだけでも、うまくいきそうな気はする。
しかし、令子の壊れかけた魂に『復』『活』で成功しなかったことがあるからな。
失敗して変になるよりも確実にうまく行く方法でいこう。
使った文字は『反』『魂』だ。文字通り反魂の術が成功するだろう。
おキヌちゃんの幽霊が、おキヌちゃんの遺体だった身体にすんなりと入っていって、呼吸と心臓が動き出し、生気がもどってきているのを確認する。
文珠の在庫もなくなったが、おキヌちゃんにはかえられない。
その結界が消えたタイミングで、のこのこ現れたのは、
「山男、今頃ノコノコでてきやがって」
「地脈と結界のせいで、この地の神になってた自分は身動きとれなかったんスよ!」
「……しかたがないか。んで、全ては終わったんだけどな」
「自分をここにくくってもらって、今、急速に山の神としてつけているんスけど」
「……そうだな。拠点として、ここの神社の神をかねて祭られたらどうだ? ここの神社は死津喪比女から守るのが役割だったが、中心となるのはここの村や山だからな」
以前は、特に、ここのフォローって覚えは無いのだが、この山男は氷室家によくきてお神酒を飲んでいたようだから、大きな違いは無いだろう。
「神として祭られるんですか。山と一体化する喜び…!! その上祭られるなんて、自分は山男に生まれてよかったっス……!!」
あいかわらずな奴だな。
俺はトランシーバを使って反魂の術が成功したことと、以前おキヌちゃんのかわりに、くくった山男が来ていることを伝えた。
おキヌちゃんは氷室家で横になっているが、筋力が落ちているのと、まだ意識がさましていない以外は正常になっている。
おきていないのでわからないが、肉体と、幽体は完全な一致をしているかは、反魂の術事態の成功例が少ないので不明だ。
あとは、いつ目覚めてもおかしくない状態にいる。
山男は、ここで祭られることになった。
実際に見える神様は少ないから、意外にこの神社もはやるかもな。
おキヌちゃんの目が覚めないうちに、少なくとも病室から出ることにする。
記憶の問題があるので、下手に目覚めの時にはいない方が良いだろう。
院雅さんは、
「さて、人骨温泉でも泊まりましょうか」
「はい?」
「シンダラがいるでしょう。それをどうするつもり?」
ああ、そういえば、前は令子の車に乗せてつれていったんだっけ。
「私に帰りも東京まで運転してとは言わないわよね?」
うんうんと首をたてにふる。ひのめちゃんも、ユリ子ちゃんもだ。
だって、院雅さんの運転の方が、除霊するより怖いんだよ。
「それに、これぐらいの規模の霊障になったら、 2,3日は学校も休みになるんじゃない?」
昔の俺の場合、よく学校を休んでいたから覚えていないんだよな。それに令子もそのあたりは無頓着だったしな。
まあ、今回はそうならなくても、オカルトGメンの管轄下になるだろうから、公欠扱いにはなるだろう。
それに、六道女学院の臨海学校での単位を使う機会がなかったから、明日の分に使わせてもらうという手もあるか。
「そうっすね。俺はそれでOKっす」
「六道女学院の方は、オカルトGメンから普通に連絡がいって、公欠だけど、普通に単位扱いになるわよね?」
「六道のおばさまか教師に聞かないとわかりませんが、今回は霊障だから公欠扱いにもならないかもしれませんね。それに院雅さんの言う通りに、明日、学校やっているかしら?」
「じゃあ、ユリ子もかまわないわよね? それに、今回はうまくすれば、貴女たちには特典がつくかもしれないわよ」
「それは、なんでしょうか?」
「ユリ子には、GS試験合格後の研修期間の換算数の低減。ひのめには、換算数からみてみると、今の調子だとこれで1年生のうちに正規のGSになれるかもしれないわよ」
「二人ともよかったじゃないか」
「そういう横島君も霊力レベルA下位から霊力レベルA上位の仕事がくるようになるかもしれないわよ」
それっていいことなのか?
そうなると、冥子ちゃんの仕事のレベルがあがるってことで、なんだかなぁ。
文珠も今回ので使い切ったし、そろそろ妙神山の最難関コースをためしてみるべきかな。
「そういえば、院雅さんには何かあるんですか?」
「事務所の受けられるレベルがあがるんだから、それで収入があがるでしょう。それだけで充分よ」
院雅さんって名誉とかよりは、金銭とちょっとしたスリルを楽しむタイプだったよな。
あいかわらず、私生活はよくわからないけれど。
人骨温泉ホテルについて、各自の部屋にとまると、シーズン外れの日曜ということもあり全員とも露天風呂付きの部屋にとまることになった。
とはいっても、ひのめちゃんとユリ子ちゃんは同じ部屋だけど。
後で知ったが、シンダラの保護費を名目にしてとのことだ。
六道家ならはした金なんだろうなぁ。
これで、おキヌちゃんと別れることになるかも知れないが、そうなったらそれも仕方が無いと思いつつ少しさみしいな。
そう感傷にひたっていたが、俺はあさはかだったのを知らされたのは翌日だった。
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呪いをかけた銃弾の『微生物農薬の元となる微生物をベースとしている』というのはオリ解釈です。
死津喪比女編はこれでおしまいです。
2011.05.08:初出