ここで道士がでてくるはずだと思ったら、
「横島さん、もうだいじょうぶです」
早苗さん……いや、これはおキヌちゃんの霊波が混じっている。
「おキヌちゃんだよね? 心配していたよ」
「横島さん……! ごめんなさい、私が結界を広げるのが遅れて」
えっ? それは道士の役割じゃないのか?
疑問に思いつつも、死津喪比女が、
「そこに……!! 小娘をひっぱりださないことには手がだせない…! おぼえておいで…!」
そう言い放って、地中に戻っていくが、
「実は、私どうしたら、いいのかよくわからなくて……説明をしますから、社の板間にきていただけませんか?」
「ああ。行くよ」
そうすると、早苗さんからおキヌちゃんの霊波が消えて、コシを抜かしていた。
ユリ子ちゃんにささえられると、安心したのか、そのまま気を失ったようだ。
「ユリ子、そのまま早苗さんを、家に連れて行ってあげて。あそこも、結界の範囲に入ったみたいだから」
「いえ、早苗は、私どもの方で見ますので、社の方へ」
「いま、結界からでたら、どのようなことになるかわかりません。早苗さんに何かあった場合には医師ではなく、ヒーリングができるユリ子をそばにいさせた方が良いでしょう」
「……それでは、お願いします」
前回、令子と二人きりで道士とあっていたが、そういえば今さらきがついたけれど、早苗さんって当時も体調を悪くしていたんだったよな。
「それじゃ、社にむかいましょ! 横島君。ひのめ」
「はい」
「ええ」
社の中に入ると部屋の真ん中に堂々と四角い穴があいて、ななめに滑って降りていくようになっている。
「ここを調べた時には、特に何も感じなかったんですけどね」
「私もよ。けれど、そこの穴の隅に見える板をとめておくところに、高度な幻覚をしかけておく呪的システムをくみこんであるみたいね」
「ここに入っていくんですか?」
「ああ。さっきの霊波はおキヌちゃんだったから、困っているのは確かだと思うよ。だから、俺はそこを降りていく」
「じゃあ、私もついていきます」
「院雅さんは?」
「ここまで、調べていたんだから、当然行くわよ」
ちょっと戸惑い気味だが、本来だったらこの部屋で道士から、説明をうけてこの穴をすべらされるはずだったからな。
「それじゃ、一番手には俺がいきますから、降り終ったら下から声をだします」
「それで、お願いするわ」
院雅さんも無事にすべり降りられるのはわかっているだろうが、様子をみたふりぐらいはひのめちゃんの目の前でおこなわないといけないからな。
俺は『サイキック炎の狐』に跨りながら、ゆっくりと滑り台のようになっている、穴のなかを下っていく。
特に何もなく下まで降りきるとそこには、早苗さんの父に似た道士の立体映像がいるのだが、何の反応もなくどこかおかしい。
「横島さん。きてくれてありがとうございます」
丸い球体に多数の足がついているような物体から、おキヌちゃんの霊体が上半身だけ出ている。
「ああ。何か困ったことがあるのだろう? あと、院雅さんと、ひのめちゃんが上で降りてこれるか、俺からの声を待っているから呼ぶけどいいよね?」
「はい。お願いします」
この間にも道士の立体映像はだまって立っているだけで何も動こうとしないが、俺は降りてきた穴へ向かって、
「普通にすべり降りてきて問題なさそうでしたよー」
「……わかったわー。今、おりていくからー」
院雅さんとひのめちゃんがすべり降りてきたところで、
「さて、どういうことだか説明できるかな? おキヌちゃん」
「ええ、私が、ここの結界の要で地脈の堰(せき)だというのは、そこの道士さまから、教えていただいたのです。けれどそこからは、こんな感じでこちらから具体的な質問をしないと答えてくれないので、困っていたところなんです」
結界の要だと認識していることは、霊体ミサイルになるという案をきかされていないだろう。
しかし、確認のために、
「それで、おキヌちゃんが結界の要というのは?」
「それは、記録をみせてもらうのが良いと思います。道士さま、私がここに戻ってきた時に写してもらった記録をまた写してくださってもいいですか?」
道士の立体映像は、おキヌちゃんが、このシステムに組み込まれる前からのところを立体映像として写しだした。
映し出された内容はというと
『おきぬちゃんが、江戸からきた道士さまが欲しがっているのはただの助手ではないこと』
『この地を襲う災害の原因は妖怪・死津喪比女であること』
『藩主は、この妖怪を沈めよと公儀から命令されていること』
『道士さまが必要なのは人身御供であること』
『くじ引きできまったのは、藩主の娘である女華姫であったが、それを見ておキヌちゃんが志願したこと』
『女華姫とおキヌちゃんが幼友達であること』
『女華姫が人身御供の件は自分とかわれというのにもかかわらず、おキヌちゃんが変わらない意思と、女華姫を説得していること』
『そして、おキヌちゃんが時々口ずさんでいた歌が、親の子守唄であること』
『今おキヌちゃんの霊体がいるシステムは、死津喪比女を枯らすための地脈の堰(せき)であること』
『システムのそばにある水場に身投げする必要があること』
『おキヌちゃんが反魂の術の話をきりだされたところで死津喪比女の花が現れたこと』
『現れた死津喪比女の花に対して、女華姫直属のくノ一と女華姫が現れたこと』
『死津喪比女の花に女華姫が襲われかけたところで、おキヌちゃんが入水したこと』
『おキヌちゃんが入水したところで、死津喪比女の花が枯れ際に地脈をせきとめても数百年は行き続けると言ったこと』
そこで、立体映像は切れた。
「おキヌちゃん。反魂の術って知っている?」
「いいえ? それって、何ですか?」
ううん。すぐに反魂の術のことを話すべきかどうかだよな。
そこへ院雅さんが、
「今の映像だけだと地脈の堰(せき)いうのはわかるけど、結界の要というのは説明してもらったのかい?」
「いえ、なんとなく、そうなのかなと思いまして」
院雅さんのところにいたのは結果として、結界の基礎知識をおキヌちゃんが感覚的に覚えたんだな。
「ただ、私がこの結界を維持していても、死津喪比女は力をつけていっているようなんです。さっき、結界を広げたことによって、死津喪比女への力の供給はだいぶ減ったようなんですけど……」
「それは、どうやって覚えたの?」
「道士さまにきくのです。たとえば、先ほどみたいに横島さんを結界でまもりたい場合は、どういうふうに操作したらいいのですかって」
どうも、俺の記憶とちがってどこか道士の立体映像についていた人格がそぎ落とされた感じになっているんだな。
ただ、おキヌちゃんの入水後に作ったはずだから、ここの道士にそこまでの力がなかったか、何かの手違いで人格保持の部分が壊れてしまったのだろう。
「さて、どうしましょうかね。院雅さん」
「死津喪比女だとわかったんだし、オカルトGメンに連絡だね」
俺の以前の記憶に頼りにするのなら、それでいいのだが、死津喪比女が株分けした方をどうするかが問題だ。
俺とひのめちゃんは、おキヌちゃんのそばにいる。
「具合が悪いところとかはないかい?」
「ここからでると問題がありそうだから、ここから動けないくらいで、あとは特に問題はありませんよ」
「死津喪比女も、オカルトGメンがなんとかしてくれると思うわよ」
ひのめちゃんは、そう信じて言っているんだろうな。
「どちらにしろ、死津喪比女が退治できれば、おキヌちゃんはこのシステムからでても問題は無いと思う。それにさっきの映像で、反魂の術と言っていたので、生き返れると思うよ」
「えっ? 私が生き返るんですか?」
「そうよ。おキヌちゃんの体が氷付けになって保存されているから、道士はそこまで考えてシステムを作っていると思うの。そうですよね? 横島さん」
「そうだろうね。ただ、おキヌちゃんには悪いけれど、死津喪比女を退治するまで、そこにいてもらいたいんだけど」
「そ…それじゃ…私…本当に生き返れるんですね!」
「ああ。生き返ることが可能か、その道士に聞いてみるといいよ」
「ええ。道士さま。私って、死津喪比女が退治されたら生き返られるですか?」
「その通り」
その一言のみで、道士の答えは止まった。
これは、おキヌちゃんが動かし方を聞くだけでも困難だっただろうな。
「今はまだ。具体的な生き返り方は聞かないでね。そうじゃないと、聞いているうちに本当に生き返ってしまうかもしれないから」
「ええ。けど、早く人間になりたいです」
「おキヌちゃん、もうちょっとだから。待っててね」
「はい!!」
そのあとは、普段の金曜日の晩の通りにおキヌちゃんとの雑談をひのめちゃんをまじえておこなっている。
上でオカルトGメンと連絡しきた、院雅さんがおりてきて、
「こちらで確認した妖怪は死津喪比女であることを伝えたら、むこうでも別な文献を発見して、300年前にこの地に現れた妖怪が死津喪比女だと確認したわ」
ひのめちゃんだと正直に話しすぎてしまうだろうし、院雅さんは所長だからな。
おキヌちゃんのことは、特に話していないはずだけど。
「それで、オカルトGメンはどうすると?」
「向こうの作戦は呪いをかけた銃弾を、こちらの花たちに打ち込むそうよ。こちらは、ここの結界でまっていれば良いってさ」
花が東京にでるであろうことは伝えていないから、オカルトGメンがこの妖怪を退治にこちらまでくるというのはいいだろう。
しかし、オカルトGメンの対応が、どれくらい早くすむかわからないので、
「いつ来るかって言ってましたか?」
「明日の朝までには間に合わせるって言ってたよ」
そうか、今晩中ではなかったんだな。
院雅さんが早めに死津喪比女である可能性の連絡をしたけれど、この手の妖怪を対処した経験が無いと判断されたんだろう。
問題は過去の歴史で、江戸が霊障でマヒ状態になったという情報が無いことだよな。
「そろそろ、いい時間だから、眠っておくことだね」
「寝袋でももってくればよかったかな」
「家では、きちんと一人部屋でしたよ」
「ここだと動けないだろう?」
「横島君。何のためにトランシーバーを、もってきているのかわかっている?」
そういえば、院雅除霊事務所の全員では、地方の仕事に行くことも無いから、トランシーバを新調しといたんだっけ。
おキヌちゃんには、トランシーバのやり取りを実演して覚えてもらった。
トランシーバそのものは適当に丈夫そうな複数の岩を選んで、ロープをはり、そこから吊るしておく。
一本や二本きれても、手が届くようにおキヌちゃんの入っている岩の足にも紐をつけておいた。
「じゃあ、こっちのトランシーバは電源コンセントにつなげて電源を入れっぱなしにしておくから、何か気にかかることがあったら連絡してね」
「はい。おやすみなさい。皆さん」
オカルトGメンが間にあってくれれば、一応、おキヌちゃんを生き返らせる口実はできる。
あとは、死津喪比女が道士を見ていないから、わざわざ株分けをしていないことを祈っていたいな。
時間がたったので寝ていると、その最中にトランシーバからの声で起こされた。
「横島さん! 聞こえますか!!」
俺は何事が起きたのだろうと思ってトランシーバを取ろうとしたら
「横島さん! おきてくださいー!」
あー、今トランシーバで答えようと思ったのに
「おキヌちゃん。何がおきたんだい?」
「地脈から異常な波動が発生したんです!」
「わかった。そちらに行くからちょっとまって」
うん、こんな時間だったかな。あのころは昼夜逆転みたいな生活をしていたから、時間をはっきり覚えていないんだよな。
院雅さんの寝ている部屋へ行って、
「院雅さん! 緊急事態です! 起きなかったら、この不肖横島、おこしに入っちゃいますよー!」
うん。ことわりはいれたぞ。入ろうと思ったら
「そんなに大声をださなくても、仮眠だったからわかるわよ」
仮眠? この状態を予測していたのか?
ふすまの戸があいたところで、パジャマ姿の院雅さんだが、これはこれで、見慣れていないから、中々と良いもんでって、
「ところで、緊急事態ってなんだい?」
「……おキヌちゃんが、地脈からの異常な波動を感じたようです。俺はおキヌちゃんの方へ行ってますので、こっちの方はお願いしてもいいですか?」
「そうだね。こっちは私がいるから、キヌをひとりにさせておかない方が良いと思うわ。それから、トランシーバーの予備のバッテリーパックを持っていきなさい」
俺はおキヌちゃんのいる地下へ入ると
「おキヌちゃん、地脈から異常な波動ってどんな感じだった?」
「あまり感じない死津喪比女の波動が大きく感じられて、それが移動していったんです」
「どっちの方角かわかるかい?」
「はい、あっちの方向です」
おキヌちゃんが指を指した方向は、まさしく東京本面。
花粉をふりまくのだろう。
オカルトGメンが間にあえばよし。そうでなければ……
「院雅さん。聞こえますか?」
「聞こえているわよ。それで、具体的なことはわかったのかい?」
「死津喪比女の波動が東京の方へ向かったようです。今度は、直下型の地震などをおこすつもりかも知れませんね」
ここで花粉とは言えないからな。
「こっちもテレビで様子をみているよ。幸い生番組が流れているので、それで、東京の状況はリアルタイムで状況がわかるから」
「じゃあ、こちらは、トランシーバを受信状態のままにして待っています」
予測はしていたが、早めに手をうてば以前より被害は小さくできると信じて行動に移ろう。
*****
道士がこんな状態です。
2011.05.07:初出