ひのめちゃんの相手ができそうな先生か。誰だ?
「へー、どんな先生だい?」
「GSの免許はもっていないみたいだけど『夜叉丸(やしゃまる)』っていう式神の使い手で、GS免許をもっている先生より絶対に強いと思うの」
夜叉丸といえば鬼道か。そういえば、令子が3日間入院してたって言ってたな。
この調子だとひのめちゃんも忘れているな。
鬼道なら、ちょっと間が抜けているところはあるかもしれないが、式神使いとしては日本で三本指に入っていたから、今のひのめちゃん相手でも大丈夫かもしれないな。
けれども、
「うーん。たしかに、両方の先生をみていないから、俺にはわからない部分もあるけれど、弱いは弱いなりの戦い方があるんだよ」
「えっ?」
「だって、ひのめちゃんは、魔族とも相手にしたいわけだろう?」
「はい」
「そうしたら、魔族あたりなら最下級はともかく、だいたいは人間より霊力が高い相手ばかりだってわかっているよね?」
「……はい」
「横島君、そこまでにしてあげなさい」
「院雅さん。俺って言いすぎでしたかね?」
「そうね、横島君はちょっと言いすぎね」
「言いすぎでしたか……」
「けれど、ひのめも今の言葉をかみしめることよ」
「はい」
「じゃあ、ここも除霊がおわったから、分室のメンバーは解散してもいいわよ。ユリ子ちゃんは、もう少し今回の除霊のことをおさらいね」
金曜日の除霊自身は無事におわったから、明日からは妙神山か。
ひのめちゃんの能力って、水行の中でもあれかな。
ひのめは、母親である美神美智恵の言葉をかみしめる。
「横島クンみたいなタイプの男の子は、彼に近寄ってくる女の子には自分が彼女だとしっかり認識させながらも余裕をみせることね。しかも、横島クンに気がつかれないようにしながらも、ゆっくりとまわりのフォローをうけるようにしながらね」
自分は直接的だったかしら? と思うが、うまく母親のアドバイスを受けられるならと思うひのめがいたりする。
一方、美智恵にしても、言っているのは必ずしも本心ではない。
すでに神族に禁じられている時間移動能力で、複数の未来を視た結果からのアドバイスであり、実は気分が複雑だったりする。
横島がいなくても、将来におこる禍で人類が生きのびるのはみてきたが、娘であるひのめが生きているのは、全て横島のそばにいたときだけ。
しかも横島といると、かなりの確率で結婚した未来であるのをみたが、横島は浮気を繰り返している様子である。
その様子を見ていたが、それなりにひのめは幸福なのかもしれない。
早い時期に夫である公彦と結婚した美智恵には理解しがたい心境だったりする。
つかず、離れずの方法を教えたのだが、恋愛経験の少ない美智恵にとって、長女の令子より先に次女であるひのめに相談されて、これでいいのかとの思いもある。
しかし、娘の命がまずは第一である。
そのあとは、将来におこる禍の中でひのめを横島と結婚させる仲にまではいたらせないで、どうやってそばにいさせたまま勝つようにしむけるか悩みどころだった。
横島は妙神山へ行く途中、告白のことはどっかにいっているので、昨日から機嫌の悪そうなところが見受けられないひのめちゃんを見て安心していたりする。
これも三者三様であろう。
そして、妙神山には前回とはちがって、もとどおりの小竜姫さまがいたので思わず
「小竜姫さま。おおっ…あいかわらずお美しいっ…! ぼかあも――!! 神様と人間の禁断の恋にっ…!!」
『ぐしゃっ』っという音とともに
「それをやめてください!!」
小竜姫さまは、踏みつけるを覚えた。
神剣よりも、こっちの方が横島には効果的だと誰かに教えられたらしい。
「それで、今日は何のようですか?」
「はい。ひのめちゃんのことで相談がありまして」
二次元のカエルのようにつぶれていた横島がすぐに復活しても、その様子になれたのか何も気にせずに小竜姫さまは、
「そうですか、それでは、中におはいり下さい」
修行場に入りテレビがある修行者たちの休憩室に通される。
とはいっても、ほとんど修行者をみかけることも無いのだが。
「それで、ひのめさんの相談とは何でしょうか?」
「ええ、ひのめちゃんは発火能力者だったので、霊能力も火にかたよっていると思ったのですが、水の系統らしいんです」
「そういえば、この前は火をつかっていましたね。水の能力があるのに、もったいない能力の使い方をするものだと思っていましたよ」
気がついていて、しかるべきだったよな。
ひのめちゃんには、前回は相性の悪いと思っていた水妖系の阿紅亜(アクア)をだしていたのは、機嫌が悪いせいではなかったんだ。
それに臨海学校の除霊実習での火竜を使ったときに、海水を火で浄化してたのには、びっくりしたが水行の浄化ならありえる。
「身近の人間は誰も気がついていなかったのに、さすがは小竜姫さまですね」
「それは、私が火の赤竜だからでしょうね。火は一番よくわかりますが、水もよく察知できるんですよ。それにしても水の霊力が、大きくあがっているようですね」
水竜である竜神から黒竜のウロコをベースにした防御力のアップの話をすると、
「今でもそのような竜神が、地上に残っているのですね」
「けれど、私、今までとちがって、水の霊能力のイメージがわかないんです」
「それならば、影法師(シャドウ)の様子をみて、伸ばすべき方向をきめましょう」
「あっ、はい」
ひのめちゃんがとまどっているな。
「多分だけど、人間の力としての発火能力。それが小竜姫さまにとって伸ばす方向の判断しづらい原因になっていると思うんですけど、あっていますか?」
「ええ。よくもまあ、人の身で、これだけ強い水の霊力を見えづらくするだけの火の力をもっているものです。その火の力が、霊能力なら比較的容易に伸ばすこともできるのですが」
「水だと難しいんですか?」
「……そうですね。五行でも四神でも、火で水を見るのは困難です。しかし、ここは修行場ですので、それなりに対応はできますので安心してください」
たしか、以前は黒魔術が専門のエミさんの能力も伸ばしたのだから、大丈夫なんだろうな。
いつもの修行場に向かうと武闘場の目の前には、シャドウをぬきとる方円がある。
「その方円を踏みなさい」
「ここですね」
そう言って方円にひのめちゃんが入ると武闘場には、女性っぽいシルエットのシャドウだった。
特徴的なのは、甲冑(かっちゅう)を着こんでいるのにくわえて、ラグビーボール上の水球のにかこまれていることだろうか。
小竜姫さまは
「この甲冑(かっちゅう)の部分が竜神のウロコから作られているようですね。防御力に関しては人間の中でもこれより上位にいるものはかなり少ないはずです。この楕円状の水球からみると、どちらかというと霊的治療に向いているようですね」
「えーと、攻撃する方はどうなんでしょうか?」
GSとしては、防御や霊的治療であるヒーリングも大事だけど、魔族や妖怪を相手にするつもりなら、攻撃力が必要だからな。
「特に武器となる物をもっていないことから、水にあった武器か、この水球を使った攻撃になるでしょう」
そこで、小竜姫さまがちょっとこまったように、
「修行場に武器はありますが、今の人間界に同様の武器があるかしら?」
「えーと、どんなものでしょうか?」
「人間界で有名なものならば『抜けば玉散る氷の刃』と言われた村雨丸の、ナギナタ版ですね」
ああ、ひのめちゃんの運動神経じゃ、無理っぽいな。
「刀系より、長いナギナタはたしかに良いんですけど、それよりも相手との間合いを取れるものはありませんかね?」
「あとは弓矢にありますが、それならばそのシャドウをみる限りは、水球から水を分離させて攻撃に使用する方がまだよいでしょう」
「ひのめちゃん。近接戦と、長距離戦のどちらが自分に合うタイプかはわかっているよね?」
「はい。武器よりも、その水球から水を分離させて攻撃する方法を伸ばしていただけるように、修行をさせていただけますでしょうか?」
「そうですね。それでいきましょう」
ひのめちゃんの修行の方向はきまったか。
水なら街中でも訓練にこまることは無いよな。
「ところで横島さんは、今回どうしますか?」
「今日はつきそいなので……そうですね、食料調達でもしてきますよ」
「そうしたら、注意していただきたいのですが、もしとれるほど力があがっていても、鳥は1羽まで、動物は1頭までにしておいてくださいね」
あらっ、意図を見抜かれている。
俺は肩を落としながら、
「わかったっす」
「魚の方は特に制限しませんので、そんなに気をおとさないでください」
「魚をとりすぎたら、乾物にするじゃないですか」
「ここは、そういう修行場なので、あきらめてください」
「へい」
俺は別な異界空間にある、食料調達用の森林の中に入った。
そうしたら霊的な場は確かにみだれているのだが、霊格に関する乱れを感じない。
小竜姫さまたちって単純にここになれているだけじゃなくて、この霊格を探知していたのか。
いつもの川での魚釣りよりも前に、動物と鳥がいないか霊格を頼りに探していく。
小竜姫さまが動物や鳥をとる数を制限してたのは、どうも動物も鳥も本当に少なく感じる。
大型の鳥も、動物もいないので、狙ったのは野うさぎと鴨だ。
ともにサイキック系では高速のサイキックアローでしとめる。
魚の方も、前回までのいる場所がわかってきたからというのではなく、霊格をかんじとってその群れの中に釣り針を投げ込むというふうにしていく。
前回ここにきたよりも早いペースでつれるが、一応6尾にしておこう。
他にも食べられそうな葉物とかをとりおわったので、厨房にむかうが、まだ修行の続きをしているのかいない。
修行場にむかうと、小さいながらも玄武(げんぶ)を相手に練習をしていた。
「へー、早いペースでコツをつかんでいるみたいですね」
「そうですね。これならば、明日は影法師(シャドウ)ではなくて、実際の人間のままで修行に入ってみてもいいかもしれませんね」
「そんなに早く普通に練習できるようになるんですか」
「ええ。ただし、人間のままでは火の力が邪魔をするかもしれませんので、そこになれるのには、時間がかかるかもしれません」
「うーん。せっかく、きちんとした訓練が普段でもできると思ったのに」
「あせらないことだよ、ひのめちゃん。それから食料を調達してきましたが、どうしますか?」
「あら、もうこんな時間ですね。食事の用意をしていますから、瞑想でもしていてください」
ひのめちゃんのシャドウは戻されて、小竜姫さまは修行場をでていったが、
「明日の修行、うまくいきますかね」
「そこは、小竜姫さまを信じるんだね」
そうして夜、夕食という名の酒宴も終わって、ここの温泉に入り、折角となりに小竜姫さまも入っているのに、ひのめちゃんまで入っている。
ちくしょう、変にのぞけないじゃないか。
横島もちょっとばかりひのめちゃんにセクハラを働くと悪いだろうと思っている。
「あら、今回は横島さん覗きにこないようですね」
「霊力がなんか、無駄にあがっているみたいですね」
「横島さんが覗きにくるときは、隠行を使いますからわかりづらいですよ。そろそろ気にしつづけていないと、覗かれかねないレベルまで隠行のレベルがあがっていますからね」
「もしかして、横島さんの隠行って、小竜姫さまのお風呂に入っているのを、覗くためにおこなっているんですか?」
元々はその通りだったのだが、
「いえ、そうじゃないんです。横島さんの霊的な総合的な力をあげるための準備ですね」
「安心しました。横島さんって年上の女性が好きみたいだから、目を離すと、私以外に目がいっちゃうんです」
「あら。横島さんにこんな可愛らしい彼女がいたのですか?」
「いえ、まだですけれど、なってみせます!!」
「応援していますね」
ひのめちゃんの周りに対して横島の彼女になる計画は、実行にうつされたばかりである。
「そういえば、横島さんって、小竜姫さまに夜這いとをかけに行かないですか?」
「その気配が全くないのですよね。非常に不思議なのですが」
小竜姫にとっては不思議なことのひとつである。
ひのめにとってもメドーサの寝室に行こうとしてたのは気がついていたので、これは不思議なことであった。
単純に横島が、昔の香港での小竜姫さまの寝姿が『角(つの)』の状態だったので、その姿で寝ていると思い込んでいるだけである。
実際は普通の人間の姿で寝ているのだが、この横島、気がつくのはいつのことやら。
俺は翌日の修行で、瞑想をしているが、周りの状態も把握はきちんとしている。
ひのめちゃんは人間のままでも、火と水を使い分けがきちんとできている。
今までの火竜は直線的な移動しかできなかったが、水をベースにした同様の水竜では蛇行なども可能になっている。
これまでその他の霊力で作ったと思われていた、火の術のコントロールがここにきて、始めていかされたというところだ。
他にも2種類の能力を開花させている。
「小竜姫さま。水の霊能力がんばってきちんとコントロールできるようにします」
「ええ。今までおこなっていた、霊能力の基礎があったからこそ、水の霊能力をある程度までは扱えるのです。それを忘れないようにしてください」
「はい」
「俺からも、ひのめちゃんの件で相談にのっていただきまして、ありがとうございます」
「本来、こういうことに開かれた修行場ですから、気にしないで、また何かあったらきてください」
そうして、下っていく横島とひのめを見送っているのは、言葉すらでていなかった鬼門たちだった。
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ひのめ霊能力強化大作戦編はおしまいです。
2011.05.03:初出