ひのめちゃんが外の林の中へ、枯れ枝を捜しに行っている間に、
「タツオ君に質問があるんだけどいいかな?」
「うん」
「斉藤さんとの筆談では子どもはいないようだけど、君は何者なのかな?」
「そ、それは」
やはり、そうか。幽霊の斉藤さんに、この男の子のことを確認したとき、反応が変だったし。
「霊力が高くてとても俺なんかじゃ、かないそうにないのはこの屋敷にタツオ君が入る時にわかった。君から悪意をむけられていないが、隠し事をされたままなら、このまま結界を残して斉藤さんを除霊しなきゃならない羽目になるかもしれない」
「どうしてもそうなっちゃいますか?」
「君があの斉藤さんを、あやつっていたりしていないよね?」
「それはしていません!」
ふむ。霊勘を信じるならば信用はできそうだが、さてどうしたものかな。
ひのめちゃんがもどってくるまで時間も無いし、
「じゃあ、今は問わないけれど、もし君たちが悪い幽霊だった場合で、俺を倒しても大勢のGSや霊能者が退治にくるだろう。だからそれは覚えていてくれるかな」
「うん」
安堵したようにみえるから、攻撃される様子はなさそうだが、竜装術を使えていた時にためてあった自動発動型の文珠に『護』の文字をいれておく。
ひのめちゃんが枯れ枝を持ってきたので、念のために各枝が結界芯まで問題なく届くことを確認した。
特にトラップもなさそうだから、縦に抜き取れれば、ここのそれぞれの結界は全て解けるだろう。
「じゃあ、ひのめちゃん。この結界芯をぬきとってね」
「えっ? 私ですか?」
「だって、この仕事は、ひのめちゃんの研修のための仕事だよ。肝心なところを行わなきゃ」
「はい。やります」
俺は枯れ枝を渡しなおしながら、タツオという名の幽霊とひのめちゃんの間で、タツオが見えるような場所に移動する。
さらに文珠の『護』の効果がある範囲で、ひのめちゃんを護れる位置へと微調整の移動だ。
ひのめちゃんは、悪戦苦闘しながらもゆっくりと確実に結界芯を抜き取ると、
「ありがとう、おじさん、お姉さん」
そういえば、おじさんのままにしていたか。今さらいいか。
「ああ、これでもう一回、さっきの斉藤さんと話ができるね」
「うん」
そうして、斉藤さんの腰掛けていた椅子の方へ移動して部屋に入ると、こちらにお辞儀をしている斉藤さんがいた。
「頭をあげてください」
「本当にありがとうございます。ようやっと、自由に動けます。先ほどから筆談でお手を煩わせてすみませんでした」
「いえ、それよりも調子はどうですか?」
「数週間ぶりに自由になれて、音ももどってきました。これで夜も操られないですみそうです」
「操る?」
俺はタツオを見るが首を横に振っている。
「勘違いしないでください。多分、今まではってあった結界の特性だと思います」
「そうでしたか。他にも別の種類の結界があって、それは壊れてあったのですが、あれは何だかわかりますか?」
「あれは、私が幽霊となっても、この屋敷にとどめておくものです。しかし、あの結界を張れる者はもうおりません。だから私は成仏するのでしょう……」
「えーと、幽霊のままで、この地にとどまらなければいけない理由があるのですか?」
「それを話したとして、結界を修復できるのでしょうか?」
修復の確約はできないし、下手に地上にいさせると悪霊化する可能性もあるな。
「いいえ。無理ですね。ただ、そこの男の子との関係を教えてもらってもよいですか?」
「……よろしいでしょうか?」
斉藤さんがタツオに向かって確認している。
「我から話そう」
そうすると、男の子の幽霊の姿から竜の姿に変化した。
こりゃあ、霊格が高いし、霊力も強いはずだ。たたかっても勝ち目なんてないよな。
しかし、生霊と死霊の違いぐらいはわかるつもりだったが、まだまだ霊視は甘いということか。
「我は竜神の霊体だ。本体は湖の底で眠りにつかせておる」
「その竜神が、なぜその女性にこだわりをもっていたのかは、話せるでしょうか?」
「それは、私の方から話させていただきます」
「うむ、よかろう」
斉藤さんの方から話すのか。
「我々はこの湖の竜神さまに使えていた一族であります。しかし、私の代で、跡継ぎもできない身体となってしまい、竜神さまに使えるために幽霊となって残ることにしたのです」
「それは、自分の意思で」
「ええ。当然のことです」
力強く答えるその姿勢は、ここでの一族として竜神に仕えること誇りとしていたのだろうというのを思わせるのと、さらに別な理由もありそうだが。
しかし先ほど話すのをためらったのは、この竜神に無理やりそういう風にさせられたと思われるのが嫌だったのかな?
「それで成仏しなかったのはわかります。もし可能なら、この地にとどまって竜神に仕えることを望みますか?」
「とどまれればですが、そのようなことができるのですか?」
「我一柱の力では、この者をこの地にとどめ続けることはできぬぞ。地竜を従えし者よ」
いざとなったら里目で襲わせようと思っていたのが、ばれていたのね。
「近くに地脈は無いかな?」
「残念ながら水脈の力が強くて、ここの地脈では正常な意識のまま、この者をとどめておくことはできないであろう」
「うーん。幽霊になってから動ける範囲って、この家周辺ぐらいだったのかな?」
「そのようなことを聞いてどうするのだ。地竜を従えし者よ」
「地脈だけで正常な意識を保てないのなら、霊を地脈にくくった上で水脈の力で意識を保たせる程度の浄化をさせる。失敗したらそのまま成仏してしまうから結果は同じだからね。こんなことを思っているんだけど」
「ほう。土行の地竜を従えし者と、水行を扱う娘で行うというのか。面白いものよ」
「へっ? 水行を扱う娘? このひのめちゃんなら、発火能力者だから火行じゃないのか?」
「人間としては火行が強いのかもしれぬが、霊体は水行が強いぞ。その娘が先ほどのことをするのではないのか?」
ひのめちゃんの霊体は水行が強いって?
ひのめちゃんの話はともかく、
「いえ、俺がおこないます。斉藤さんは、これから地脈にくくられます。ここの地脈の強さをはかっていないからよくわかりませんが、行動範囲はそれほど広くはないでしょう。まあ、村まではいけるぐらいですかね。それで充分ですよね?」
「竜神さまがそれでよろしければ、私はその道を選びたいと思っております」
「うむ。我も人との間をとりもつ者がいなければ、基本的には水からでないからな」
「竜神さま、私が邪魔なのですか?」
「いや、そのようなことは申しておらぬ。できれば我も話せる相手は欲しいが、これは我のわがままゆえに、お主がそれを聞く必要は無い」
「そうすると、私が、そばに仕えさせていただいてもよろしいのですね」
「そこの地竜を従えし者よ。本当に先ほどのようなことを一人でできるのか?」
「その斉藤さんを、地脈にくくったり、水脈の中の霊力と結びつかせることはできます。ただし、水脈の中の霊力を常時一定に保ち続けるようなことはおこなったことが無いので、この地にきちんととどまらせられるとは言いきれません」
「水脈の中の霊力の調整なら我がおこなおう。これでも水神のはしくれ。それぐらいはどうとでもなろう」
水行を扱う竜神だから水神だわな。
まあ、日本では昔から普通は竜神といえば水神が多かったけど、
俺の周りの竜神って、メドーサは土行の黄竜だし、小竜姫さまは火行の赤竜だしな。
「じゃあ、まずは地脈にくくるので、斉藤さんは家の外にでていただけますか?」
「ええ。わかりました」
斉藤さんは覚悟をきめているな。
外ではサイキックソーサーを五角形にし、その際に黄色の方向に霊波をずらす。
そしてそのサイキックソーサーを五箇所に配置した。
「斉藤さん、その5枚の板の真ん中のあたりにたっていただけますか」
「はい」
俺は、そのサイキックソーサーに対して五芒星を霊的に形成させる。
『サイキック五行黄竜陣』だが、別に今回は声にださなくてもいいし、地脈とつながらせるイメージだけで、斉藤さんと地脈がつながったのを感じ取る。
たしかに、ここの地脈は弱いな。
「もう少し、その場所でまっていてくださいね」
俺は一度だしたサイキックソーサーを全て戻して霊力を吸収しなおして、今度は五角形サイキックソーサーを黒色の方向に霊波をずらしたものをだす。
また、五芒星の位置にだしなおして、今度は『サイキック五行黒竜陣』だ。
黒竜は水行につらなるので、今度は、斉藤さんと水脈の中の霊力をつなげるイメージでこれもつながった。
弱いながらも水流なので多少不安定感がある。
本当はあまり自信がなかったのだけども、水神である竜神もいることだし、今までの話から言うと、そのあたりの微調整は竜神がやってくれるだろう。
「これで終了です。どうですか体調の方は?」
「ええ、今のところ問題ありません」
「ふむ、水脈の霊力が不安定じゃな。なかなか、この者から目が離せまいて」
そういう竜神からは優しげな霊波を感じてくる。
竜神は竜神で、この一族、特にこの斉藤さんを、好ましく思っているのであろう。
「まあ、本来の依頼内容とは異なりますが、騒がなければ問題ないはずなので、あまり夜中に大声とかあげないようにしてくださいね?」
「何を言っておるのじゃ? 地竜を従えし者よ」
「いえ、別にいいんです」
うん。斉藤さんの様子をみると、どちらかというと、この二人恋仲なんだろうな。
「それよりも、教えていただきたいことがあるのですが?」
「望みか?」
「いえ、この件の報酬は他からいただくのでいいんですが、先ほどひのめちゃんに向かって『霊体は水行が強い』と言いきっていましたよね?」
「その通りだが」
「それを確認させてもらっただけです」
「それだけでよいのか?」
「何かありましたっけ?」
「我が子どものふりをして言ったことは、全て守ってくれたではないか」
「ああ。そういえば、そうでしたね。あれも契約になるんですか?」
「そう。あれも契約の一種になる。あれを護らなければ、お主の命は無かったであろうな」
おいおい、物騒なことを今さら言わないでくれよ。
言霊として霊力をのせられていたとは思えないけれど、それだけ、隠行の能力が高いということか。
っということは、以前のGSは……言わずもがなか。
「俺よりもひのめちゃんに水行の術を簡単なのでいいのから、教えてあげてほしいのですが」
「えっ? 私ですか?」
「そう。だって、これはひのめちゃんの研修用の仕事だ。ここまでの大物が、でてくるとは思っていなかったけどね」
「お主がそれで良いならば、我はそれでもかまわぬ。そこの娘も直接言葉をかわすことが少なくとも、その場で聞いており、それにしたがっておったからな」
「はい。それでは、お願いします。私に術を授けてください」
「お主達はいそいでいる様子だが、術を授けるのは時間がかかる。それでよいであろうか?」
「今日、戻ってしまいます……」
「それでは、代わりとなる物を贈るのではいかがであろうか?」
俺はひのめちゃんへ首を縦にふる。
「はい。それでお願いいたします」
「お主達の時間で、数分まっておれ」
そう言って、竜神の霊体が消えた。本体への瞬間移動かな?
「どんな物でしょうね?」
「わからないけれど、竜神からの贈り物って神話の時代にはよく聞いたけれど、時代が現在に近づくにつれて減ってきているから、なかなか無い経験だぞ」
「お話中、すみません」
「ああ、斉藤さん」
「ここまでしてもらって、お名前をきいていなかったのですが」
竜神が人間の名前なんて覚えるわけが無いから気にしてなかったが、こっちは幽霊か。
「俺は横島忠夫」
「私は美神ひのめです」
「今回の件、どうもありがとうございました」
「いえ、気にしないで下さい。これもGSの仕事ですから」
「けど、その前に来たGSは……」
「それは、知らなかったと押し通すことですね。実際知らないだろうし、俺らは何もみていませんから」
「そ、それでも」
「現在の日本の法律には、幽霊を直接護る法律はありません。竜神も、人間に対して何かをおこなったのなら、元竜神として日本のオカルトに関する法律で罰せられます。だから、何もなかったというのが良いんですよ」
「さも、見たかのようですね」
「いえ、竜神の言葉からの推測だけですから、俺は実際におこったことは何も知りませんよ」
「そうですか。そうさせていただきます」
ひのめちゃんは頭に『?』マークをうかべているが、こんな裏はまだしらなくてもいいかな。
それとも甘やかしすぎだろうか。
こういうことは、本来俺の得意分野じゃないからな。
簡単な雑談をしていると、湖から黒竜があらわれ、
「我から贈らせてもらうのは、これだ」
そう言って黒竜の鱗がひのめちゃんの目の前にだされたが、分厚くて重たそうだ。
ひのめちゃんが恐る恐ると、
「えーと、もって帰るのに手間がかかりそうなんですけど」
「それをお主の霊的防御とするように術を行使するから、そこに立っているがよい」
そうすると、聞きなれないけれども、小竜姫さまが竜装術を封じた時の韻をふくんでいるな。
きっと竜族あたりの言葉なのだろう。
その言葉で数語を口からだしあえた瞬間に、黒竜の鱗がひのめちゃんに分解されながらすいこまれていった。
「これでその娘の防御力は、はるかに上昇している。これでよかろう」
「竜神からいただき物で、もったいないほどのありがたみです」
「はい。ありがとうございます」
「それでは地竜を従えし者と、我の鱗を授かりし娘よ。さらばじゃ」
そう言うと、黒竜と斉藤さんが消えたな。
建物をどうするか確認しわすれたが、そのあたりは、あまり手をつけないようにしてもらえばいいか。
*****
ひのめちゃんのことは次話である程度でてきます。
小竜姫さまはたしか、アニメでは黄色系の竜に変身していましたが、火を吹いているので、ここでは火竜である赤竜としています。
2011.04.30:初出