「おじちゃんたちも、お母さんををいじめに来たのかー」
一応、見た目だけは高校生の男女のはずだけど、この男の子の幽霊には、俺らがおじさんに見えるらしい。
ひのめちゃんは
「おじちゃんたちって、私はおばちゃんに見えるってこと?」
「うん」
「こら! お姉さんに訂正しなさい!」
おお、手のひらから炎の塊を出している。
「はい。美人のお姉さま」
この男の子、生きる道をよく知っているな。
死んで幽霊になっているけど。
ひのめちゃんは冷静さをかいていると判断して制し、俺が話をすることにする。
「ところで、お母さんをいじめに来たって言ったけど、以前にもだれかきたのかい?」
「うん。変な格好した人がゴーストスイーパーだと言って、お母さんを無理に殺そうとしたんだ」
「お母さんを無理に殺そうって、あの家の中でお母さんは生きているのかい?」
「ううん。死んで幽霊になっているのは僕もわかっているけど、お母さんは僕が見えないみたいなんだ」
他の幽霊は、見えない幽霊ってタイプか。
けれど、中の幽霊である斉藤さんには子どもがいなかったと聞いているのだが、どうしたものかな。
とりあえずは無難に、
「うーん。僕の名前は教えてもらえるかな?」
「タツオっていうんだ」
「じゃあ、タツオ君は、自分が死んでいるのもわかっているのかな?」
「うん」
幽霊である斉藤さんは、自分が死んでいるのを認識しているのかな。
「タツオ君は、なんで成仏ができないのかな。もしくは、幽霊のままでいるのかわかるかな?」
「……ううん。わからない」
「じゃあ、言い方を変えてみよう。気にかかることは、何があるのかな?」
「お母さんが、きちんと正気にもどってくれることだよ。僕を探し出すようになってから、おかしくなっていったんだけど……」
途中で他の幽霊が見えなくなるというのは初耳だな。
「あそこまで色々騒音をおこしたりすると、まわりの人に迷惑だって、おそわっていないかい?」
「うん。だけど、僕もお母さんも死んで数年も立つのに、あんなふうになったのは最近なんだ」
「それは……お母さんはタツオ君がみえなくなって、悪い幽霊になっちゃったのかもしれないね」
「そうなのかな。けれど、昼間は静かにしているよ」
聞いている情報と同じだな。さて、どうしようか。
「そうなのかい?」
「うん」
「もう少し、教えてほしいんだけど、お母さんはあの家からでてこないらしいけれど、理由は知っているのかな?」
「なんか、家を出入りするのに、見えない壁みたいなのがあるんだ。ぼくはなんとか、そこをでられるんだけど、お母さんはでられないみたいなんだ」
霊体が出入りできないということは結界の一種かな?
「それって、前からそうなの?」
「ううん。そういえば、お母さんが僕を探し出したのと同じころかな」
なんか、人為的につくられた結界がある感じだな。
「とりあえずは、お母さんが静かになる明日にくるけれど、静かになるのって何時くらいなのかわかるかな?」
「朝になったら、静かになるよ」
やはり、今日支配人から聞いた状況と一致するな。
「じゃあ、タツオ君には悪いかもしれないけれど、家の外まで行って中の様子をうかがわせてもらってもいいかな」
「うーん。あまり、あのお母さんを、みてほしくないんだけど……」
「今の状態をみておかないと、悪い幽霊なのか、そうじゃないのか、明日の朝だけではわからないんだよ」
「おじさんもお姉さまも、お母さんに悪いことはしない?」
「少なくとも、明日お母さんと会えるまでは特にしないよ。明日はその静かな状態の時に、今みたいに話せたら特別なにもしないで済むかもしれないよ」
「うーん。絶対何もしないとは言ってくれないの?」
「そうだねー。あそこの騒ぎが悪いことだって、教わったって言ってたよね?」
「うん」
「だから、あーいう騒ぎをおこさないでいてくれたら、何もしなくて済むんだよ。だけど、このままなら、いずれは誰かに退治されちゃうよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だから、今晩は様子をみさせてもらって、明日の朝、またきてお母さんとお話ができるかをしてみたいんだ」
「でもー」
これ以上は、子どもの幽霊の話を続けるのは難しいな。
俺は霊力を開放していった。
「おじさん……お母さんを殺しちゃうの?」
霊力を感じとってくれたか。
「いや、殺すんではなくて、悪い幽霊なら成仏といってすくってあげるんだよ。今でも、成仏させるだけなら簡単にできるだけの力があることをわかってもらいたかったんだ。ただ、本当に悪い幽霊なのかわからないので、話をしてみたいんだよ」
「殺すんじゃなくて、成仏?」
「そう。普通は死んだら成仏といって、あの世に行くんだよ。タツオ君もお母さんも何年も幽霊としているみたいだけど、タツオ君を視る限り悪い幽霊には見えないんだよね」
正体は不明だが、このタツオという少年の幽霊から特に悪意は感じない。
中の幽霊を、力不足ながらまもりたがっているような霊波を感じる。
「だからね、今のお母さんは一時的に騒音をだしているけど、何か事情があるのかもしれないから、そこを明日話してみたいんだよ」
「うん。本当に今日は家の中を、外からみるだけだよね?」
「それは、家の中から、お母さんにおそわれない限り大丈夫。お母さんは家の外にでられないんだよね?」
「うん。絶対に家の外にでてこれないから大丈夫だよ」
「じゃあ、案内してもらえるかな?」
「うん」
そうして男の子の幽霊であるタツオ君を先導にして、ひのめちゃんとついていく。
「本当に、今日退治しなくていいんですか?」
「ああ。なんか、この騒霊騒ぎって、人為的な感じがするんだよね。それに事前に聞いた感じから、今日でなくても良いとの契約にしてあるしね。そういう心配も大切だけど、家についたら、霊視ゴーグルをだせるようにしといてくれるかな」
「はい」
家の外についたところで、タツオ君にお母さんのいるところを教えてもらう。
そこには、うろうろと落ち着きなく動いていて、悪霊に近いかもしれないが、完全にそうだともいえない雰囲気がする。
どちらかというと錯乱状態といったところか。
ひのめちゃんからは、
「家の中に結界があるみたいですね」
「じゃあ、わるいけれど、霊視ゴーグルを通してカメラで写真撮影をしてくれるかな?」
「ええ。けど、写真撮影ですか?」
「そう。結界があったという証拠の写真だ。元からあったものなのか、さっきタツオ君が言ってた時期につくられた結界なのか、結界の性格は異なる。けれど、家を外部から護るなら普通は外側に対して広がるように結界をつくるのに対して、内側にあるっていうのが変なんだよ」
令子のところでも教えてもらったけれど、結界に関しての知識は、院雅さんの方が上だからな。
「写真はとれました」
「念のため、霊視ゴーグルを貸して」
霊視ゴーグルを見つけると、ひのめちゃんの言うとおりだが、
「元々外部にも結界のあった形跡が、のこっているように見えるな。これは、結構特殊な事例にあたったかもしれないぞ」
「そうですか、結界越しではっきりわかりませけど、霊力レベルCだから、今でもすぐに問題なくかたづけられそうですけど」
「確かに霊力はそのレベルだけど、霊格が高い。もしかしたら、とんでもない大物に化ける可能性があるから、話し合いですむといいかもしれない」
「まさか、そんなの少ないってきいていますよ」
「その珍しいケースかもしれない。明朝、話し合えるかどうかできまるな」
「せっかく、普段使えない技を試せるかもしれないと思ったのに」
「力や技におぼれたら、GS試験の決勝戦にでた勘九郎みたいになるかもしれないから気をつけた方がいいよ」
まあ、俺も核ハイジャック事件のあとは、力をもとめてみたことはあるけれど、やっぱりそれだけじゃないとは気がつかされたんだよな。
「あと、これは考え過ぎかもしれないが、今晩寝る前は霊力の消耗はさけておいた方がよいかもしれない。これが人為的なものだとしたら、今晩のことをみられているかもしれないから、襲われる危険性がある。だから気をつけるんだ」
「はい。院雅さんの結界札を部屋の中に貼っておきます」
「それがいいと思う。俺は、ホテルの支配人に話をしておくから、霊力だけは温存しておくようにね」
「なんか、今回は真面目に仕事するんですね」
「うん? そんなに普段不真面目にみえていた?」
「いえ、霊力レベルCの割りにはなんか、単純な霊力レベルCの仕事じゃない感じで話しているっぽいので」
「いや、なんか、今日の少年の幽霊や、その幽霊からの話をきいているとそんな感じがしてね」
「そうですか」
何かひのめちゃんにプレッシャーでもかけちゃったかな。
ホテルへ戻って支配人に除霊は明朝にすることを伝えると渋い顔をしているので
「除霊依頼書に以前GSがきてたことは書かれていません。そのあたりは知っていましたか?」
そうすると、
「ええ、来たことはありました。それはGS協会に依頼をする前に、あの屋敷の幽霊が騒々しくなってきた頃、ホテルにお泊りの方でした。その方の提示された金額があまりに高かったので、この村にある寺の住職も霊視程度ならできる霊能力者で、相談してみたんですよ。そうするとGS協会のことを、知っていらっしゃったので頼んだんです」
「そのGSだと名乗っていた人物名は?」
「我々もホテル業を営んでいますから、お名前をお知らせすることはできません」
「そうですか。なにか気にかかるので、GS協会の方へ問い合わせていただけますかね。もしくはICPO超常犯罪科へ、問い合わせだけでもお願いします」
「どうしてですか?」
「いえ、現場の男の子の幽霊が『以前にもお母さんをいじめに来た』と言っていたので、気にかかるんですよ。それに、朝からなら話せるかもしれないので、その幽霊と話してみたいんです。少なくとも数年は、あそこにいた幽霊で、最近までは騒いでいなかったそうですから」
「はあ。たしかに、幽霊屋敷としては有名でしたが少年ですか……以前は特段に悪いこともしていなかったので、寺の住職ともその時は素直に話してくれたのですが……今は、昼間でも寺の住職を中に通さないようだったので、これは無理かなと思いましたので……」
「それならば、今日、きてすぐに話してみるという手もあったのですが、それなら仕方が無いでしょう。ただ、一度その幽霊とは暴れていないときに、会わせてください。それによっては、成仏をしてもらったり、移動してもらったりすることもできますので」
「はあ。そういうことになりましたか。けれど今晩だけですね」
「ええ」
それで、俺は部屋にもどって考えてみるが、GSと名乗っていた人物の動きがあきらかにおかしい。
あと、なぜ、あの男の子の幽霊は無事だったのかだな。
倒す程の霊では無いと判断したのかもしれないが、多少は気にかかる。
「それはともかく、ホテルといえば風呂だよな」
温泉ではないからそんなに期待していなかったが、鉱泉を暖めているので効能としては温泉に通じるものがある。
しかし、女湯と通じていないな。くそー
部屋にもどったが、名前のわからないGSの動きがどうも気にかかる。
魔族がここにかかわっているかというと、それもなっていう感じだが。
睡眠は帰りのバスとJRでとるとして、今晩は念のために徹夜になるか。
わずかに空けた窓からは、屋敷からのラップ音が響いてくる。
街中ならそんなに気にするほどのものでも無い音だが、このくらいの村だと、これでも騒音なんだろうな。
四六時中緊張なんてものは、たもっていられないからな。
暇つぶしに買っておいた本を読むが、徹夜するには薄すぎた。
しかたがないので、徹夜の暇つぶしにテレビをつけて音量はしぼっておく。
気がついたら、ラップ音が聞こえなくなっていたので、テレビの電源をきってもやはり聞こえない。
ひのめちゃんの部屋に電話をすると、
「おはようございます。横島さんですか?」
「そう、横島だよ。ラップ音が止まっているので、これから幽霊に会いに行く。準備ができたら、部屋へ電話をしてくれ」
「準備ならもうできています」
「は、はやいね。今から移動するから、ロビーで待ち合わせて一緒にいこう」
「はい」
ロビーでひのめちゃんと一緒になり、屋敷にでむく途中、
「ラップ音もでていなかったですけど、ポルターガイスト現象もとまっていますね」
「ああ、あとは、女性の幽霊、斉藤竜子さんと話が通じるか、というところなんだけどね」
屋敷のある特定の距離、エリア内に入ったのであろう。
昨日の男の子の幽霊、タツオ君があらわれた。
「待っていました。お母さんは今静かなので、会うだけなら問題ないと思います」
「昨晩みたいに案内をしてもらってもいいかな?」
「うん」
タツオ君が玄関まで案内してくれると、
「僕は先に入って、中でまっているから」
そう言って、先に壁抜けをして中へ入っていった。
「ひのめちゃん。今の気がついたかい?」
「ええ、一瞬ですけど、ものすごい霊力を感じました。霊力レベルBどころかA、下手をしたらSですよね?」
「ああ。中の幽霊が問題じゃなくて、あの息子でないはずなのにお母さんと言っている、男の子の幽霊の方に気をつけないといけないかもしれないな」
今は結界を抜けるのに、一時的に霊力を開放をしたのだろう。
もし、敵にまわったら2個の文珠を使って対抗できるかどうかのクラスだな。
それを先ほどまで微塵も感じさせなかったというのは、どういう意図なんだ?
タツオ君をまたせるのも悪いといえるかは疑問だが、ドアを開けて、鍵は特にかかっていないので入っていく。
中には、昨晩のうろうろしていた様子とは異なる斉藤さんの霊が椅子に座ってぼんやりして、こちらを眺めている。
何かあきらめているような感じの顔だな。
こちらからは、
「えーと、聞こえますか?」
たずねるが、クビをちょっとひねったぐらいだが、反応があるということは、音声か何かは伝わっているのだろう。
「ひのめちゃん、筆記用具ってあったよね?」
「ええ、レポート用紙ですけど」
「それで充分だから、出して」
そう、俺が試してみるのは筆談だ。
最初に書いたのは、
『この文字が読めたら、首を縦に振って下さい』
そうすると、弱々しげだが首を縦にふっている。
一応、会話は成立しそうだが、なぜこんなに弱々しげなのだろうか?
『これから質問します【はい】なら首を縦に【いいえ】なら首をよこにふってもらっていいですか』
これも首を縦にふる。
何回か、やりとりしていると、昼間はその場所から移動できないのはわかった。
「どうも、この結界が、幽霊の動きを封じているようだね」
「そうなんですね」
「ああ、これだけ意思疎通ができるから動けないことや、まわりにきちんと働きかけができていないことなんかに対して、諦めているような感じだね」
「じゃあ、この結界をなんとかすればいいんですね」
「ああ。人間には何も影響が無いみたいだから、霊視ゴーグルで場所を探してみて、そこの写真をとっておいてね」
「わかりました。霊視ゴーグルをつかってですね」
「それと普通にとるのと、何番目にどこをとったかもメモをしておいてね」
俺はひのめちゃんが次々と結界の元となる部分の写真撮影をしてもらっている間に、斉藤さんとの筆談を続けていた。
「全て写してきたんですけど、なんか、結界芯があって、それのまわりにさらに結界をはっているタイプなんですよ」
「じゃあ、ちょっと実物をみてみるか」
行ってみると霊波刀も、予備で持ち歩いている神通棍も通さないタイプの結界で、結界芯をまもっているな。
「これは霊的に通過させないタイプの結界だね。物理的には通りそうだから、石なんかで破壊できそうだけど、そうすると結界芯ごとなくなりそうだ。証拠品としてのこしておくのに、枯れ枝を2本ばかり探してきてくれないかな」
「枯れ枝ですか?」
「うん。普通の枝をおってくると、まだ木の枝に霊的な要素がのこっているからね。それに対して枯れ枝なら霊力がなくなっているか、少なくなっているんだよ。だから、結界芯を破壊しないで、取れると思うんだよね」
まあ、こういうのは令子が得意な裏技の一種だが、意外にそういうのが役にたつんだよな。
逆に霊的なものが無いトラップあたりは魔族あたりがひっかかりやすいしな。
だからここの少年の幽霊であるタツオ君は、霊力が高くても手をだせないんだろう。
*****
簡単だと思った幽霊でしたが、実体はちょっとばかり違う方向にいきそうです。
2011.04.28:初出